『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』 作:シキセ
小夜が「地下貯蔵庫・五名」と言った時から、引っかかっていた。
五名で符帝家の地下を狙う。陽動としては規模が小さすぎる——いや、逆だ。本命としては小さすぎる。陽動としてなら、ちょうどいい。
「小夜」
「はい」
「お前が知っている計画は、本当に全部か」
小夜が止まった。
「……全部です。私が知っている範囲では」
「その範囲が問題だ」
「……つまり——私が知らない計画が、別にある」
「五名で地下貯蔵庫を狙う計画は陽動だ。警護を引きつける囮に使われている。お前ごとだ」
小夜の顔から表情が消えた。
「……本命は」
「神廟だ。風音はそのために運ばれた」
沈黙があった。
小夜がゆっくりと「……私は——使い捨てでしたか」と言った。
「そうだ」
「……知りませんでした」
「知っていたか」
「……もし知っていたら——対価を上げていました」
「そうだな」
「……怒っていいですか」
「どこへ向けて怒る」
「……組織に、です」
「構わない。ただし今夜は、怒るより先にやることがある」
机の上に、拾い集めた札を全部並べた。
偽造の棄権届と予備番号。大会内部から発行された通行証。神廟警備を減らす符帝印の命令書。参加者に偽装して警備配置を数えていた目。資材搬入路の検めの緩さ。そして——決勝の夜、警備が競技場へ集中する半刻。
一枚ずつは、ただの不正だ。並べると、一つの作戦になる。
「読み上げる。違うところがあれば言え」
小夜が頷いた。
「一。大会の決勝へ、符帝家の主力警備を集める。決勝は符帝臨席の建前があるから、警備は競技場から動けない。二。同じ刻限に、地下貯蔵庫でお前たち五人が騒ぎを起こす。三。残った警備が貯蔵庫へ割かれて、神廟の周辺が薄くなる。四。その神廟へ、拉致した独立符士を突っ込ませる。体に術式を刻んで——爆符としてだ」
小夜の喉が、小さく動いた。
「五。狙いは最奥の封印だ。全部を破る気はない。一層だけ破って、中のものを一度だけ起こす。どんな性質のものか、外から観測する。……本番は、その次だ。今回は調査だ」
「……調査のために、人を一人、爆符にするんですか」
「連中にとっては、独立符士一人と下っ端の見張り五人で、封印の中身が計れるなら安い買い物だ」
小夜が長く黙った。
「……一つだけ、違うところがあります」
「言え」
「五人、と言いましたが——見張りの持ち場は四つでした。私の分を入れて五つになる。……つまり私が抜けた今、あの計画は四人で回っています。四人でも回る計画だった、ということです。最初から、私は数に入っていなかった」
「なるほどな」
「……悔しいので、覚えておきます」
問題は、刻限だった。
連中の決行は、明日の夕刻——決勝の最中だ。警備が競技場に固定される半刻を狙う。だが、風音はもう神廟の中にいる。運び込んだ駒を、決行の刻限まで、封印のそばで寝かせている。
(なら——今夜だ)
決行を待って踏み込めば、決勝と正面からぶつかる。表と裏、両方は取れなくなる。だが今夜のうちに踏み込んで、決行の前に潰せば——夜のうちに決着がつく。明日の夕刻には、決勝の席に立てる。
順当なら、俺は準決勝で宵月家の次期当主に当たり、決勝で英稟と当たる。星宮家の家格は、俺か英稟のどちらかが一位を取れば守られる。だが、取れるなら両方取る。裏を今夜のうちに畳み、表は明日、自分の手で取る。
符帝家に警告を入れる手はある。だが——警備の内側に、正規の書式で通行証を刷る内通者がいる。警告は内通者を通って、ヨモツイクサに届く。決行が延びるだけだ。延びた先では、風音はもう帳面の外にいる。「事故」の場所が変わるだけだ。
正面から、今夜のうちに止める。
「小夜」
「はい」
「お前の裏ルートは、今夜も使えるか」
「……使えます。三の門の詰め所が薄くなる刻限は——今夜なら、あと一刻の後です」
「案内しろ。今夜のうちに入る。中まで来い」
小夜が、一拍だけ間を置いた。
「……私も、中まで入るんですね」
「嫌か」
「嫌じゃないです。ただ——確認です。私は見張りじゃなくて、案内役ですよね」
「案内役で、俺の目だ。それと——中で風音が動いていたら、お前の仕事が増える。使い捨てにはしない」
「……わかりました。行きます」
────
出る前に、苑子だけを部屋に呼んだ。
「今夜、神廟に入る。風音を取り戻す。夜のうちに終わらせて、明日の決勝には出る」
苑子が、息を一つ呑んだ。呑んで、それだけだった。
「……もし、朝までにお戻りにならなかったら」
「その時のために、一言だけ預ける。英稟に——『表を任せる』と」
「……命令として、お伝えしますか」
「命令じゃない。預けると言った。……渡すのは、俺が出られなくなった時だけでいい」
苑子が俺を見た。それから、深く頭を下げた。
「……確かに、お預かりします。使わずに済むことを、祈っております」
苑子が下がった後、ルクシエルが符叢から出てきた。
「……聞いていました」
「そうか」
「一つ、私の我儘を言ってもよろしいですか」
「言え」
「神廟の封印の奥にいるものを——私は、見たいと思っています。私が来るより、ずっと前からそこに封じられているもの。……私の忘れている千年に、繋がっている気がするのです」
「元より連れて行く。お前の目が要る」
「……ありがとうございます」ルクシエルが、少しだけ目を伏せた。「それと——風音さんの体に刻まれた符が、敗北で起動する類のものなら、盤面の勝ち方を選ばなければなりません。勝てばいい符闘では、ありません」
「わかっている。だから今夜は、勝ち方を組んでから出る」
机の上の札を、もう一度並べ直した。
狭い場所。殺せない相手。踏めない起動条件。夜明けという時間の上限。
条件を並べると、符叢を組むのと同じ形になる。勝てる札を探すのではない。どの条件が来ても回る形に、四十枚を組む。静馬がやっていたのは、それだ。
────
夜半過ぎ、三の門を抜けた。
小夜の言った通り、詰め所は薄かった。決行が明日と決まっている夜は、かえって警備の谷になる。連中が自分で作った谷を、連中より先に使わせてもらう。
三重の錠は、開けるための錠ではなかった。
最後の一枚を破ったとき、小夜が「……壊れやすいです、これ」と呟いた。護符の綴じが、外から開く手順ではなく、内から叩き壊される前提で組まれている。誰かが、通す気で作った道ではない。通らせて、その先で決着をつける気で作った道だ。
その先の広間から——気配が、返ってきた。
一つでは、なかった。
「……二人、います」
小夜が、息を殺して言った。