『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』 作:シキセ
――以下、英稟の決勝は、俺のいない決勝の話だ。翌日、まだ熱の残る寝台の上で、苑子と、居合わせた者たちから聞いた。英稟の側から記す。
決勝当日の朝、苑子が控え室に入ってきた。
「……世一様が、決勝に出られません。昨夜、お怪我をなさいました。右肩です。傷は塞がりましたが——今日の符闘は無理だと、今朝、決まりました」
英稟は符叢を確かめる手を止めた。
「……昨夜、何があったのですか」
「詳しくは、申し上げられません。ただ——昨夜お発ちになる前に、一言、お預かりしています。出られなくなった時に渡すように、と」
苑子が、間を置いた。
「『表を任せる』と」
英稟がしばらく黙った。
「……表を、ですか」
「はい」
「命令、ですか」
「命令ではない、と。預ける、と仰いました」
英稟が符叢を封じた。ゆっくりと。
「……昨夜、世一様はどちらへ行かれたのですか」
「申し上げられません」
「裏、ですね」
苑子は答えなかった。答えなかったことが、答えだった。
英稟が立ち上がった。控え室の窓から、競技場の方角と——その向こう、神廟のある北の空を、順に見た。夜のうちに何かが起き、終わったことは、傷の場所と、苑子の声の静けさから、察していた。
「……私にも、選べます」
「英稟様」
「棄権して、世一様のそばに付くこともできます。……でも、終わった戦いに、今から加われはしません。私が今日できるのは、この決勝で勝つことだけです。星宮家の家格は、今日ここで一位を取らなければ守れない」
英稟が、軍帽をかぶり直した。
「世一様が裏で戦い、終えられたなら——私は、表を守ります。それが、預けられた側の返し方です」
苑子が頭を下げた。
「……お伝えしておくべきことが、もう一つあります。決勝の相手は、宵月家の次期当主。準決勝で世一様に当たるはずでしたが、その世一様が不戦のため——繰り上がりで決勝に上がってきます」
「符帝家に、最も近い家ですね」
「はい。……おそらく、挑発してきます」
英稟が「わかりました」とだけ言った。
────
決勝の舞台に、英稟が出た。
対するのは宵月家の次期当主。あの、待機室で世一に「退け」の伝言を寄越した、笑顔の作りものが上手い男だった。
男は符叢を構えながら、英稟に笑いかけた。
「星宮のご当主。……本来なら、私はここに立てなかった。符侯殿と当たるはずでしたので。棄権とは、残念です」
「そうですか」
「符侯殿がいなければ、星宮家は脆い。皆そう言っています。あなたの勝ち上がりも——符侯殿の札と、符侯殿のご指導あってのもの、と」
英稟は答えなかった。
「今日の一位は、空席同然だ。符侯殿が降りた席を、あなたが埋めるだけ。星宮家は、結局、符侯殿お一人に寄りかかった家です」
英稟が、初めて口を開いた。
「その通りです」
男の笑みが、わずかに崩れた。
「……認めるのですか」
「私は世一様から学びました。世一様の札で強くなりました。それは事実です。……ですが、今日ここに立っているのは、私です。世一様は、いない。世一様の空席を埋めるのではありません。私の席で、私が勝ちます」
英稟が符叢を開いた。
「始めましょう」
────
宵月の陣は、重厚な守護型だった。七耀陣に類する陣を軸に、盤面を固めてから磨り潰す。長期戦の家だ。
そして——英稟の甕星には、対策が打たれていた。
「宵月家の家伝、『封陣』。場に陰属性の使役式が実体化した瞬間、その戦力を半減させます」
甕星が出た瞬間、圧が削がれた。英稟の主力が、封じられる。
観客席が、ざわめいた。
(甕星が、半分殺されている)——後で聞いた者は、そう言った。
英稟は動じなかった。
甕星を、あえて実体化させたまま置いた。半減した戦力のまま、盤に残した。
「……なぜ引っ込めない」と宵月が言った。「半減した甕星に、価値はない」
「囮です」
英稟が手符を伏せた。
宵月が七耀陣の展開を進めた。半減した甕星を脅威と見ず、盤面を固めることに手を割いた——そこが、英稟の引いた線だった。
浅葱戦で得た、短期決戦への切り替え。
世一から学んだ、相手の手番を二手先まで読む盤面把握。
そして——英稟自身の、危険な一手。
「甕星の戦力を、手符一枚で倍化します。半減した状態からの倍化——差し引き、通常の甕星のまま」
「……封陣を無効にするのではなく、上から掛け直したのか」
「無効にする札は、持っていません。ないものは、使えない。あるもので、上書きします」
甕星の圧が戻った。宵月の固めきる前の盤面に、正面から届いた。
「ですが、それでは手符が尽きる」宵月が言った。「倍化に一枚使った。次の防御が——」
「防御はしません」
英稟が伏せ符を開いた。速攻の布石だった。
「今ここで、勝ち切ります。次の手は、残しません」
(——それは、世一様なら選ばない手です)
英稟は、後でそう言った。
世一なら、伏せを温存して二手先で詰める。手を残しながら勝つ。だが英稟は、手を残さなかった。全部を、この一手に乗せた。
倍化した甕星が、宵月の陣の中心を撃ち抜いた。
固めきる前の陣は、中心を抜かれれば崩れる。宵月の符叢が、雪崩を打って削れた。
「……っ」
宵月が、何かを言おうとした。
言い終わる前に、甕星の二撃目が入った。符叢が尽きた。
────
沈黙のあと、宵月が符叢を置いた。
「……参りました」
英稟が一礼した。
観客席が、遅れてどよめいた。半減させられた甕星を囮に使い、封陣を上書きし、手を残さずに勝ち切った——名門符家の決勝としては、荒く、危うく、そして鮮やかな勝ち方だった。
英稟が壇上から会場を見渡した。
離れた席に、世一の姿はなかった。
英稟はそれを確かめて——それから、前を向いた。
「一位は、取りました」
小さく、自分に言うように呟いたのを、近くにいた苑子だけが聞いた。
「世一様には、まだ勝っていません。それは、次に」