『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』 作:シキセ
三日の道だった。往きと同じ日数を、同じ街道で辿り直す。
帝都を出て一刻もすれば、街道の空気が変わる。山が見えてくる。人の気配が薄くなる。
馬の上で、右手は使い物にならなかった。手綱は左手一本で握り、右腕は腹の前に吊ってある。並足なら支障はない。駆けようとすると、鞍の揺れが肩の奥へ直に届いた。苑子が道中の速度を落とす手配を、俺が言う前に済ませていた。
一日目の宿で、栞は馬の疲れで寝込みかけた。二日目には持ち直した。帝宮の奥から一歩も出たことのなかった体には、三日の野宿は堪えたはずだが、栞は弱音を吐かなかった。
栞は馬の上で、ずっと外を見ていた。
「……山が、多いですね」
「そうだ」
「帝都には、ありませんでした」
「そうだな」
栞がしばらく黙ってから「……こんなに広いのですね、外は」と言った。
帝宮の外を知らない。言葉通りだった。窓から見える範囲が世界の全部で、その窓すら誰かの許しがなければ開かなかったのだろう。今、この娘の目に映っているものは、全部、生まれて初めて見るものだ。
「風が、通ります」
「山道だからな」
「……頬に当たります」
当たり前のことを、一つずつ確かめている。俺は答えるのをやめて、勝手に見させておいた。
道の途中、休憩をとった。
小夜が苑子から食い物を受け取って、栞の隣に座り込んだ。
「栞、これ食べますか」
「……何ですか」
「焼き饅頭です。帝都のより美味いです」
「なぜそれを知っているのですか」
「世一さんに以前もらいました」
栞が一口食って「……本当に美味しい」と目を丸くした。
小夜が「でしょう」と言った。満足そうだった。
風音が離れた木陰から二人を眺めて、何も言わなかった。木の幹に背を預けて、自分の符叢を膝に置いている。三日の道中、この女は一度も符叢を手放していない。
(数えているな)
札の枚数ではない。自分がどこに立っているかを数えている。契約で縛られた符士として、この一行のどの位置に座るのが正しいのか。決めかねている顔だ。決めかねたまま、それでも付いてきている。
「風音」
「……はい」
「饅頭が余っている」
風音が少し間を置いてから、木陰を出て、受け取りに来た。座る位置は、小夜と栞から二歩離れたところだった。二歩は、今日の距離だ。明日には縮むかもしれないし、縮まないかもしれない。急かす気はなかった。
────
二日目の夜、宿の部屋でルクシエルが実体化した。
「……お加減は」
「馬に乗るぶんには問題ない」
「では、傷を診ます」
答える前に、ルクシエルの手が着物の合わせに掛かっていた。肩を出させて、掌を当てる。柔らかい光が滲んだ。この三日、宿に入るたびに同じことをしている。
「……熱が、少し戻っています。馬の揺れですね」
「そうだろうな」
「明日は、もう少し遅く進んでいただきます。苑子さんには、もう申し上げました」
いつの間にか、俺の体の管理が女どもの共同事業になっている。文句を言う筋合いもない。実際、動かない腕を抱えて三日の街道を渡っているのは俺だ。
光が肩の奥へ染みていく間、ルクシエルは何も言わずに手を当てていた。伏せた睫毛の下で、金色の目が傷の縁を追っている。
「……肩の熱が引いたら、次は、下です」
「なんだと」
「陽の気が、腰に溜まっています。三日、馬に乗って、出しておられません」
言い方が診断だった。脈を取る医者と同じ調子で、この女はそれを言った。
「溜めておくと、傷の治りが遅れます。……ですので今夜は、私がぜんぶ、お世話いたします……♡」
「治療の一環だと言うのか」
「はい」
顔色一つ変えない。だがこの三日、宿に入るたびに手を当て、原符に沈んでは出てきて、また手を当てていた女だ。務めだと言い張りながら、務めの範囲を少しずつ広げていた。気づかないほど、俺は鈍くない。
「……好きにしろ」
「はい♡ ……今夜は、指の一本も動かさないでくださいませ。ぜんぶ私がいたしますから……♡」
ルクシエルが寝台の脇に膝をついた。俺の帯を解く手つきに、ためらいがなかった。着物の前を開いて、下帯を寛げる。すでに硬くなっているものが、白い指の中に収まった。
「……お加減が悪いのに、ここはこんなにお元気です……♡」
「余計なことを言うな」
「ふふ……申し訳ありません。……でも、安心いたしました……♡」
軽く扱かれる。手のひらの熱が、直に伝わってきた。重ねてきた夜の数だけ、この手はこちらの好みを正確に知っている。知っていて、労るように優しい。何もさせず、全てを委ねさせる手だった。
「動いては、だめですよ……♡ 右肩に響きますから。……今夜は私に、甘えてくださいませ……♡」
「動いていない」
「はい……♡ では、そのままで」
ルクシエルが顔を寄せた。金糸の髪が腹に触れて、その下から舌が伸びる。先端を舐め上げられて、腰の奥が痺れた。
「……ん……♡」
咥えた。喉の奥まで飲み込んで、そのまま吸い上げる。頭が上下するたび、白い喉が動くのが見えた。目だけがこちらを見上げている。務めを果たす目と、そうでない目が、同じ顔の中に同居していた。
「……治療にしては、ずいぶん愉しそうだな」
口を離して、ルクシエルが蕩けかけた目で見上げた。
「……熱心に、いたします……♡ 世一様に気持ちよくなっていただくのが、今夜のお薬ですから……♡」
理屈が通っている。通っている顔で、また咥えた。今度は舌を絡めながら、根元を指で扱く。上と下から挟み込まれて、こちらの息が上がった。
「んっ……♡ ……ふ、っ……♡」
自分の口の中で膨らむものに、声が漏れている。この女は、奉仕しながら自分が昂ぶる。昔からそうだった。ドレスアーマーの胸元が、留め具の内側で窮屈に張り詰めているのが見えた。
「ルクシエル」
「……はい」
「上も出せ」
一瞬止まって、それから自分で留め具を外した。豊かな膨らみがこぼれ落ちる。ルクシエルは何も言わずに、それを俺のものへ寄せた。柔らかい重みが両側から挟み込む。
「……このまま、挟んだまま……続けますね……♡」
胸で挟んだまま、先端を舌で舐めた。挟む圧と、舌の熱が同時に来る。左手を伸ばして、金糸の頭を撫でてやると、目を細めた。
「……気持ち、いいですか……?♡」
「悪くない」
「……よかった……♡ もっと、よくなってくださいませ……♡」
本当に嬉しそうに言う。この女の場合、それが演技でないことがわかるから始末が悪い。
胸の谷間で扱かれながら、先端だけを吸われる。腰の奥が限界に近づいた。
「出すぞ」
「……はい……♡ お口で、ぜんぶお受けします……♡ ……くださいませ……♡」
先端を咥え直して、根元を強く扱かれた。喉の奥へ解き放つ。ルクシエルが目を閉じたまま、動かずに受け止めた。何度か喉が動いて、それから口を離した。
「……ぜんぶ、いただきました……♡」
口の端を拭う仕草が、やけに丁寧だった。
「……熱が、少し下がった気がします」
「気のせいだ」
「いいえ。脈が落ち着いております」
本当に手首を取って脈を見ている。ただし指先は熱いままで、目の蕩けも引いていない。診る手つきだけ律儀で、その律儀さで自分の息を整えている——そういう間だった。
「……もう一度、肩を診ます。それから、明日の朝までに、もう一度」
「もう一度、何をだ」
「……両方、です♡」
言い切って、ルクシエルはまた俺の右肩に掌を当てた。柔らかい光が、傷の奥へ染みていく。
しばらくそうしていた。掌の下で熱が引いていくのがわかる。夜の宿は静かで、廊下の向こうで誰かが寝返りを打つ音まで届いた。
やがて、肩に置かれた掌の熱が変わった。治療の熱ではない方の熱だった。朝まで、とは言わなかったらしい。
「診療の続きか」
「……はい♡ ……そういうことに、していただけますか……♡」
嘘をつくのが下手な女だ。下手なまま、言い訳だけは用意してくる。
「上がってこい。俺は動けん」
「はい」
ルクシエルが寝台に上がった。俺の腰を跨いで座り、ドレスアーマーの裾を自分でたくし上げる。さっき外した留め具はそのままで、豊かな膨らみが揺れながらこぼれていた。
内腿は、もう濡れていた。奉仕している間ずっとそうだったのだろう。指を這わせると、入り口が柔らかく解けている。
「……あっ♡ ……せ、世一様……そこは、もう……」
「準備は済んでいるな」
「……はい……っ♡ ……ずっと、そうでしたので……」
腰を落とさせた。熱い内側が、根元まで一息に俺を飲み込む。
「あぁ……っ♡」
長い息が、耳元でこぼれた。
「動け。俺の腕は片方しか使えん」
「……はい……っ♡ ……ぜんぶ、お任せください……っ♡」
ルクシエルが膝立ちのまま腰を上下させ始めた。最初は遠慮がちに、すぐに深く。膝の上で豊かな乳房が揺れて、俺の胸に当たって潰れる。左手で腰を掴んで、落ちてくる勢いに合わせて引き下ろすと、奥の壁を突く角度になった。
「んあっ♡ ……そこ、あたって……っ♡」
「わかってやっている」
「……いじ、わる……っ♡ ……世一、さま……っ♡」
敬称の間が崩れてきた。この女の言葉から丁寧さが抜け落ちるのは、限界が近い時だけだ。
腰の動きが速くなる。内側が波打って、締め上げてくる。膝の上で跳ねる体を、左腕一本で押さえ込んだ。白翼が背中で開いて、金糸の髪が汗で首筋に貼りついている。
「あっ♡ あっ♡ ……もう、だめ……っ♡ ……いき、ます……っ♡」
「出す。抜かんぞ」
「……はい……っ♡ ……ください……っ♡ ……ぜんぶ……っ♡」
最奥まで落とさせて、そのまま押し上げた。ルクシエルの中が締まりきり、背が大きく反る。白翼が広がったまま、震えが止まらなくなった。
「んん——っ♡」
奥で解き放った。注ぎ込まれる感覚に、ルクシエルの喉から掠れた声が漏れる。膝の上に崩れ落ちてきた体を、左腕で受け止めた。
しばらく、二人とも動かなかった。
「……世一様」
「なんだ」
「……熱が、上がってしまいました」
「誰のせいだ」
「……私です」
素直に認める。それでいて、俺から離れる気配がない。汗の浮いた額を俺の首筋に押し当てて、そのままでいる。
「……明日の朝、もう一度、診させてくださいませ……♡」
「治療か、それとも」
「……両方、です♡」
律儀で、甘い女だ。
────
三日目、日が傾きかけた頃、遠見の山並みが見えてきた。
「あれが遠見か」と風音が言った。
「そうだ」
「……思ったより山深い」
「符侯領としては標準だ」
風音がしばらく山を見ていた。それから、わずかに眉を寄せた。
「……生きている山ですね」
「陽の気が濃い。この山域は特にそうだ」
風音がわずかに顔を引き締めた。符士として、気の質の違いを感じた顔だ。帝都は人の気で濁っている。ここは違う。符士なら、鼻先で嗅ぎ分ける。
栞の方を見ると、山を見たまま口を小さく開けていた。呼吸が浅くなっている。陽の気の濃さに当てられていた。
「……すごい。こんな——山全体が、符気で満ちているような——」
「俺の気だ」
栞が「……え」と振り返った。
「この山域に俺の陽の気が染みている」
栞の顔が赤くなった。理屈を知らなくても、体が先に理解する。この娘の場合、まだ何も知らないぶん反応が素直だった。
「……そうなのですか」
「慣れろ」
「……は——い」
栞がまた前を向いた。呼吸を整えようとしていた。
風音が、その様子を横目で見ていた。それから自分の腕を一度さすって、何も言わずに前を向いた。この女も同じものを浴びている。浴びていて、栞のようには顔に出さない。出さないだけで、出ていないわけではなかった。
────
遠見の邸に着くと、律也が門の前に立っていた。
「お帰りなさいませ」
律也が俺を見て、肩を見て、一瞬だけ顔を変えた。吊った右腕と、その下に巻かれた晒しを、家宰の目が一息に読んだ。
「問題ない」
「……はい」
問題ないわけがない、と顔に書いてあった。書いてあるまま、律也は何も言わなかった。門前で当主の傷を論じない。それが家宰の作法だ。
律也が一歩引いて、後ろの面々を見た。英稟、苑子。風音、小夜。近侍。栞。
律也の目が「これは」という顔をしたが、これも飲み込んだ。
「お部屋と夕餉の用意を」
「すでに。冬子様も雪様もお待ちです」
「一位の符が戻る。座を整えろ」
律也の顔が、初めて動いた。
「……英稟様が」
「取った」
律也が英稟の方を見た。英稟が小さく頷いた。
「……そうですか」
それだけ言って、律也が深く頭を下げた。長い礼だった。星宮の家格を守る符が、この家に戻る。三神の家に生まれ、星宮に仕えて死んだ父を持つ男には、それがどういう意味か、俺より深くわかっているのだろう。
「——お帰りなさいませ」
もう一度、そう言った。今度は、俺だけに向けた言葉ではなかった。