前編なのに長くなってしまった...後編はいつもどおりの短さになると思います。
前回コメントしてくださった方ありがとうございました!
「えっちょっ…マジ、ヤバ…ヤバッ」
「こ、これとかもお気に入りで」
「ひゃあ~! これ超かわいい~!!」
心寿ちゃんが乾さんのコス写真をスマホで見せてくれていた。
それに喜多川さんは大興奮している。
「マジで天使! ジュジュサマ激ヤバ~!! これ全部心寿ちゃんが撮ってるんだよね?」
「あ…はいっ」
「マジすごいね! あたし心寿ちゃんの写真超好き!」
「あ…ありがとうございます」
喜多川さんの言うとおり、どの写真も乾さんが可愛く撮れている。被写体である乾さんのポテンシャルも間違いなくあるが、この撮り方と編集をした心寿ちゃんによる力も大きく影響しているだろう。
「私は撮影を頼んだだけで、私のコスネームもアカウントもこの子が作ったのよ」
「へえ~」
「それはどうして?」
「えっと…お姉ちゃんせっかくコスプレして写真を撮っても誰にも見せないから…。お姉ちゃんの可愛い写真誰かに見てほしいって思って、お姉ちゃんにアカウント作っていいか相談したんです。そしたらいっぱい“いいね”してもらえて、たくさんの人がお姉ちゃんのこと褒めてくれたんです!」
心寿ちゃんが乾さんの写真を載せてくれたから喜多川さんはジュジュサマを見つけることができたんだ。心寿ちゃんがしたことはいい意味でとても大きなことだと思う。
もしかしたら、巡り巡ってそのおかげで乾さんが喜多川さんのコス写真を見つけた可能性があるわけだし。
「けど、知らない人になんて返信すればいいのか分からなくて…全部無視しちゃって…」
「だから誰とも絡んでなかったんだ」
心寿ちゃんは人見知りで内向的な性格というイメージがあるけど、乾さんのことであれば行動力が生まれて、実際アカウントを作って撮った写真を投稿しているわけだし。
でもSNSで知らない人相手となると行動力を使えずあたふたしている姿が想像できる。
「私は自己満足でやってるんだから、他人の評価なんてどうでもいいのよ」
「でもでもっ“1万いいね”もしてもらえたりフォロワーさんもたくさん増えたし、お姉ちゃんはやっぱりかわいいんだなって私は嬉しかったけどな…」
「心寿ちゃん」
「はい」
「ジュジュサマのこと、超好きなんだね!」
「はいっ! 大好きですっ!!」
そういった心寿ちゃんの顔は今日一番のいい笑顔だった。これが花が咲いたような笑顔というんだろう。そのくらいとても明るく嬉しそうな表情をしていた。
とてもかわいい。
「ああ~っ! ジュジュサマ嬉しそ~っ!」
「うっ…うるさいわね…!」
知り合って間もないから当然ではあるが初めて見る表情だ。特別表情が変わっているというわけではないが、嬉しくて照れているのが伝わってくる表情だ。かわいい。
いつもならはっきりと言いそうなものだが、照れ隠しだからか声も小さい。
「カメラはお父さんの一眼レフを借りてます」
心寿ちゃんがもってきていた一眼レフカメラを机の上に出して見せてくれた。
「かっこいい~! お父さんカメラマンさんなの?」
「いえ、カメラが趣味なんです」
「鳥や風景を撮るのが好きなのよ」
「おっとな~っ!」
カメラで撮ることは大人な趣味だと感じる。
もちろんスマホのカメラ機能や近場で済ませるということもできるだろうが、カメラで撮ることが好きな人がそれで収まるとは思えない。
だから撮影のためのカメラや移動のための費用を考えるとまさに大人の趣味だ。
「これはレンズを交換しなくていいカメラなので便利です」
「レンズってよく交換するものなんですか?」
「好みに合わせて変えられます。レンズを変えると同じように撮っても違いがあって面白いですよ」
「へー」
「はい」
質問のために手をあげた。
「あっはい…っ、ご、五条さん…!」
あっ…着せ恋の登場キャラに“五条さん”って呼ばれたの初めてかも。
なんだか新鮮だ。
「スマホで撮影するのとはかなり違うんでしょうか?」
「はい。やっぱり高画質なのと、できる表現が多いです。例えば花を背景に撮る場合、背景をぼかしてレイヤーさんを引き立てることが出来たり」
「あたし後ろがぼけてるやつめっちゃ好き!」
「手前をぼかして優しい雰囲気の写真が撮れたり、シャッタースピードを操作すれば散る花びらもブレずに写すこともできます」
「すごいですね」
カメラ1台でこんなに撮り方があるのか…。
ここにレンズが加わるだけでさらに取り方の種類が増えるわけだ。
「いいな~マジ楽しそう」
「はいっ! イメージ通りに撮れたり、ふとしたいい表情が撮れると本当にうれしくて。もっと上手に、もっともっと可愛く撮りたいってなります」
「しかも撮るのがジュジュサマってアガるよねー!」
「はいっ!」
コーヒーを飲んでいる乾さんを見てみると明らかに照れている。
コーヒーを飲んでいるのも照れ隠し故だろう。かわいいな。
「ってゆーか心寿ちゃんはコスしないの?」
「えっ…」
「人がコスしてんの見るとさ~やりたくならない? 超かわいいし、楽しそうじゃん。“自分も~!”みたいな?」
「…私…」
「心寿もしたかったの?」
「ううん。ないです! したくならないです! お姉ちゃんを撮るのが好きなので私はしません」
「そっちか~」
「はい」
これは……原作やアニメだと“本当はしたいと思っているが否定している”というのが見ている人に分かりやすいように映されていたが、こうして現実として聞いてみると“アニメを観るのは好きだが、作る側になりたいわけではない”といったように、自分は撮ることが好きなのであってコスがしたいわけではないと捉えられてしまう。
これでは二人が気づかないのも無理はない。
原作の新菜も持っていたような“好きなものを正直にいえない”という経験をしていないと気づくのは難しいだろう。
「ねっ心寿ちゃん、カメラちょっと触ってもいい?」
「どうぞ」
カシャッ
喜多川さんは心寿ちゃんからカメラを借りると、俺たちをそれぞれ一枚ずつカメラに収めいった。
「カメラいいな! あたしも綺麗な背景ボケ撮りたいな~。お金貯めて絶対買おう」
「一眼レフカメラっていくらくらいなんですかね」
スマホで軽く調べてみる。
「あった」
182,875円
(買える)
299,800円
(買えるな)
773,300円
(買え…)
1,034,100円
(いや、さすがに高いわ)
「高い…しかもレンズ別売り…」
「三脚やストロボなんかもそろえるともっとするわよ」
今は配当が安定しているところに預けているから順当に増えていっている。
だから一眼レフカメラとその他の道具を買おうと思えばひと月で全部買える。ストロボ等の道具の値段次第だが。まあ月を跨げばすべて揃えられる自信はある。
ただ、そこまで用意するほど現状はカメラが趣味ではないし、そこまでしようとも思っていないから、買うなら一眼レフカメラとよくても三脚くらいだろう。
「この前のイベントでカメラさんたちがもっていたものがこんなに高価なものだったなんて…」
「ヤバいよね」
正直、俺の金銭感覚は昔より少しずれていて、10万円以上もするカメラが“高い”ではなく“買えるもの”という認識になっている。
だけど、金銭感覚をみんなと完全にずらしたくはないし、自分の金銭感覚を壊れないようにするためにもこうして“高価なもの”として口に出すようにしている。
「まあお金貯まるまではスマホで撮るって感じかな」
喜多川さんの買うことに躊躇いがないところがすごい。
「カメラはピンキリだから無理しすぎないものを選ぶのね」
「なるほど」
ただ、買える幅が広い分悩むことになりそうだ。
………そうだ、良いことを思いついた。
……――
…――
話を終えて各々会計を済ませた。
「そういえば、私たちロケハン行くんだけど、あなたたちも一緒に行く? スタジオ借りるの初めてだから、一応下見しておいた方がいいと思って」
「行く行く! 絶対行きたいんですけど!! 行きます!!」
「ぜひよろしくお願いします」
「じゃあ週末 新三郷駅で待ち合わせね」
「は~い!」
「行くのは………廃病院スタジオよ」
――――――――――――――――――――――――
週末、集合した新菜たちは廃病院スタジオに向かった。
「こういうスタジオもあるんですね」
雰囲気あるな~。
スタジオってことは廃病院風に作られたってことだよな?
すごいな。
「あたし廃墟初!みたいな?」
「私もです! 今日とっても楽しみで、昨日なかなか眠れなくて…」
皆が廃病院の入り口に向かって行く中、顔色が悪くなっている紗寿叶に気づく者はいなかった。
「うわヤッバ~~っ! よき~~っ!」
「わぁ~っ、こんなかんじなんですね」
初めてのスタジオかつ廃墟モデルということで興奮気味の海夢と心寿はどんどんと中に入っていく。
「確かにプリンセスデイジーの右ストレートに敗れて逃げ込んだ廃病院にぴったりですね」
「…そうね。暗い展開なんだけど負けたシオンが自問自答するシーンが好きなのよ…。っていうかあなたホントに全話見たのね」
「ごじょー君! あたしら上見てくるねー」
「はい」
「心寿ちゃん行こっ」
「はいっ!」
テンションが高くなっている心寿ちゃんの返事が聞こえた。
俺も中に進もうとして思い出した。
(そうだ、乾さんはこういう場所苦手だったな…)
「乾さん」
「な、なによ」
声が少し震えているのが分かる。
ただ、それを俺が気づいてると気づかせてはいけない。
「実は俺こういう場所が苦手で…乾さんが良ければ手…(はダメか)袖を掴んでもらえませんか?」
「そうなのね、あなた“も”苦手だったの…」
こういうときアニメとかなら「“も”?」とか聞き返すんだろうけど俺はしないぞ?
「し、仕方ないわね! あなたが怖いって言うんだからしかたなくね!」
そう言って乾さんは俺の服の袖を掴んでくれた。
ちなみに俺が乾さんに掴ませてくれないかと言わなかった理由は、手を握れば乾さんが気絶してしまう可能性があるから必然と掴む場所は袖になる。けど乾さんは半袖だから掴む場所がなく、あるとすれば手首になってしまうからだ。
袖をつかんでもらった俺は乾さんと並んで、一緒に中に進んでいった。
……――
……――
一方、海夢たちの方は。
「う~ん…いい感じなんだけどー…逆に暗くなり過ぎたりしない?」
廃病院であるため照明が付いておらず、窓からの光しかないため撮った写真が雰囲気以上に明るさとして暗くなることを海夢は懸念した。
「ストロボがあるので平気です」
「無敵かよ~」
「ストロボとレフ板は屋外の撮影でも使えるのであるといいですよ」
「外晴れてても?」
「はい」
心寿は光が射している窓へ近づく。
「ん?」
「天気がいい日は眩しくて目が開けられないので…だから逆光にするんです。肌の質感も綺麗にみえますし」
そして振り返り窓に背を向ける。
「でもそれだと顔が暗くなってしまうので…」
「あっ! レフ板を使って明るくするんだ!」
「です! ウィッグが透けてキラキラするし、艶も綺麗に出るし」
「それ超いいじゃん! ごじょー君にも教えよー!」
「逆光おすすめです♬」
ゴロゴロゴロ…
そんなに大きくはないが雷鳴が聞こえた。
「なんか降りそうだね」
「はい…」
「あ~あたしも映えるとこでやってみたいなぁ~~っ。ってか心寿ちゃたち外で撮るときどこ行ってんの?」
「うちの庭です…」
……――
……――
「降ってきましたね」
外はザアアアアアっと音がするほど雨が降っていた。
「…そ、そうね」
乾さんと一緒に移動していたが、最初に軽く摑まれていた袖は皺ができるくらい強く摑まれており、歩く速度もだいぶ落ちてきていた。
俺と一緒に歩いていた分、原作よりもマシではあると思うが、それでもそろそろキツそうだ。
「すみません、少し休憩してもいいですか?」
「え、ええ」
階段の踊り場の角に座ると隣に乾さんも座ってきた。
座るにあたって袖を離したが、座った後は何も言わずとも掴んでくれた。
「………ねえ、なんでここまでするの?」
「え? どういうことですか?」
「…こういう場所苦手なんでしょ? それなら入り口で待ってても良かったはずよ。コスをするのは私たちで主に撮影するのは心寿になるでしょうし…あなたは無理をしなくていいはずよ」
「うーん…たしかに俺は衣装作りと喜多川さんのメイクだけですし、カメラを持っていなければ撮影技術もありません」
「そういう意味で言ったわけじゃ…」
「大丈夫ですよ、わかっていますから。それで、俺も喜多川さん乾さんの衣装を作って今回の合わせに携わっている一人として一緒に下見はしておきたいと思ったんです」
「そう…」
「はい、なので俺のことは気にしなくて大丈夫です。俺がしたくてしていることですから」
実際に俺もスタジオに興味があったし、乾さんと二人で行動したかったからだ。
それに本当はこういう場所は苦手ではない。本当に真っ暗で夜に雰囲気のある場所だと別だが。
だからこういう話をするとき嘘をついているのが申し訳なくなる。乾さんを少し安心させつつ近い距離で一緒に行動できたから後悔はしていないが。
チラッと乾さんを見てみると少し震えている。
安心させるために抱きしめてあげたいが嫌がられる可能性が高いし、なにより気絶してしまうだろう。
こういう時は気を紛らわせるのがいいか。何か話題を――
紗寿叶との会話のために話題を考えようとしたとき、先に口火を切ったのは紗寿叶だった。
「…あなた将来の夢ってある?」
「! はい。雛人形の頭師…人形の顔を作る職人になることです」
「素敵な夢だわ、絶対に叶えなさい。私は…魔法少女になりたかったの」
『わぁ……』
紗寿叶は【フラワープリンセス烈】の特にシオンを観た幼い時の記憶が今でも強く残っていた。
「強くてキラキラしてかっこよくて、フリフリのかわいい服を着てて…子供のころ魔法少女に憧れて、夢中で、“大きくなったら魔法少女になる”って本気だったわ」
当時の紗寿叶も他の同世代の子のように魔法少女に憧れる一人だった。
だが、その憧れた全員が成長すれば現実を直視することになる。
「けど小学生にもなれば分かるじゃない。あれは全部作り物の世界で、魔法少女みたいに努力しても願っても“私の夢は一生敵わないんだ“って」
理解した少女たちはそこで夢が夢でなくなる。
魔法少女が現実にはないただの創作物であると分かってしまったなら、たとえ【フラワープリンセス烈】が好きで見続けてグッズを買い集めている人がいたとしても、それはファンになったのであって“魔法少女になる”という夢は終わっている。
「でも中学生の時、衣装が売ってることを知って…すぐに買って着たの。知識がないからウィッグをセットすることも知らなかったし、メイクもしてないし、衣装のサイズは合ってなくてブカブカだし。初めてのコスはひどいものだったけど」
紗寿叶はこの時のことを、感情までも一生忘れることはないだろう。
「それでもただ本当に嬉しかった。無理をしてでも、全部作り物でも、私は私の夢をかなえたいのよ」
俺は原作を(アニメも)見ていたから知っていた。乾さんにとって【フラワープリンセス烈】が、シオンのこの衣装が大切なことを。
初めて会った時もシオンが好きで、本気だったことも伝わった。
でも、今、本人から現実に生の声で聞くのとでは全然違う。どれだけ今回のコスにかける思いが重いか、どれだけ大切に想っているかが分かってしまうほどに。
「乾さん」
「何よ」
「そんなに大切な衣装なのにどうして俺に頼んだんですか? 俺よりうまい方はたくさんいます。今からでも他の方に頼むべきです。なんで俺だったんですか?」
今言葉にした台詞が本意であるほど乾さんにとって大切で、俺がコス衣装作りで技術が足りていないと理解してしまった。
「…私、喜多川海夢の写真を見たとき嫉妬したのよ。嫉妬なんてみっともないってわかってるけど、ホントにどうしようもないくらい羨ましかったの。“私もこの人の作った衣装が着たい”、“どうしてもこの人じゃないと駄目だ”って」
紗寿叶は初めてコスをした海夢の写真を見たとき、確かに海夢のことを作品の内容も知らずにコスをしているレイヤーだと思っていた。マイナス印象だったのだ。
だが、衣装だけは違った。マイナスな印象を持っている海夢に嫉妬するほど衣装に目が留まった。
「確かに衣装を作れる人はたくさんいるわ。でも……ごめんなさい、うまく説明できないわ。理屈じゃないのね。私、きっとあの時――
一目惚れしたのよ。あなたの作った衣装に」
「正直に言うと、自分でも嫉妬したのには驚いたわ。でも、どうでもいいものに嫉妬なんてしないでしょ?」
――――――――――――――――――――――――
『綺麗だろぉ~。このお雛さんじいちゃん達が作ったんだぞ。すげえだろ』
『うん…すごい…すごいキレイ…』
『世界で一番キレイ…』
『ワッハッハッハ! 世界で一番か! ハハッ! いっぱいある人形屋の中からパッと目が留まって、“この人形が一番”って気に入ってもらえるよう必死こいて作ってるから、一番って言ってもらえるのはじいちゃんうれしいなあ』
『“目が留まる”って何?』
『ん? ああ、なんて言ったらいいか…“一目惚れさせる”ってことだな』
『…俺も…』
『ん?』
『大きくなったらお雛様作れるようになりたい。じいちゃんみたいになりたい』
『ワハハハハッ。新菜も…』
『ん?』
『練習すりゃあじいちゃんみてえになれらぁ』
……――
「そっかぁ、そっかぁ~」
「え? どうしたn――」
ドォン!!
どこかに落ちたのだろう。とても大きな雷鳴が響いた。
「きゃっ」
紗寿叶は驚いた拍子に新菜の腕に抱き着いたが、無自覚なためそのことに気づいていない。
(なんなのよも~っ! なんで今日に限って悪天候なの――)
紗寿叶が顔を上げると、近くに新菜の顔があった。
多分、私はこの時のことをずっと覚えていると思う。
場所はスタジオとはいえ廃病院。天気は悪くて雨は降るし雷も鳴った。おかげでただでさえ照明がついてなくて薄暗い建物内がさらに暗い。明るくなるのは雷が光った時だけだ。
私にとっては隣に人がいること以外が悪条件。夜じゃないことがまだ救いか。もし一人だったら泣いているかもしれない。
それくらい私はこういう場所が苦手だし、今は無理をしていた。
五条新菜と会話をしたことで多少気はまぎれた。今だけじゃない、ここまでずっと近くにいてくれたし、私は怖くてどんどん返答が雑になっていたのに話しかけてくれたおかげですこしマシだった。
それでも残っていた恐怖心や未だに轟いている雷が気にならないくらい――
私は彼に、五条新菜に見惚れていた。
「うれしいなあ…めちゃくちゃにうれしい。じいちゃんもこんな気持ちだったんだなぁ」
新菜はこの会話が始まった時、考えないようにしていたが心のどこかで紗寿叶が“一目惚れをした”と言ってくれることは分かっていた。
だが、目の前にいる、実在する紗寿叶から生の声で話を聞いて、台詞を知っていても心に重く響いたように、『嫉妬した』、『一目惚れをした』という言葉がとても響いた、とても嬉しかったのだ。
だから満面の笑みになってしまうのも仕方ないのだ。
「…あなた、そんな風に笑うのね」
「あっ…えっと、変でしたか?」
「いいえ、素敵だったわ」
トクンッと心臓の音が鳴っているのが自分でもわかる。でもそれとは別の何か胸の奥が動かされた気がした。
見惚れていた笑顔ではなくなっているのに、間近で見る五条新菜の顔がキラキラして見えた。
「ごじょーくーん? 雷ヤバかったけど大丈夫~?」
おそらく上の階の奥から喜多川海夢の声が反響して聞こえてきた。
「喜多川さんたちも近くに来てるみたいですし、いったん合流しましょうか」
「そうね」
ここで気がついた。自身が新菜の腕に抱き着いていると。
ぴゃっと離れ、顔を赤く染めていた。
(なにやってんの私は~~!!)
紗寿叶は心の中で悶えていた。
「どうかしましたか?」
「い、いえなんでもないわ」
そして新菜の後に立ち上がると、何事もない様に自然と新菜の袖を掴んだ。
……――
…――
下見が終わった帰り
「ねえ、五条新菜」
「はい、何でしょうか?」
「あなた、ああいう場所が怖いって嘘でしょ?」
ギクッと一瞬体を強張らせた。
「えっと、俺は誰かといると結構平気で…」
「バレてるからもういいわよ」
新菜の顔に冷や汗が流れる。
(うっ…怒らせてしまっただろうか)
「……すみません」
「別に怒ってないわよ」
怒ってはいないらしい。よかった~。
内心ほっとし、体の緊張も解けた。
「どうしてわかったんですか?」
「だってあなた全然怖がってなかったじゃない。いくら人といればマシとはいえ、ああいう場所が苦手なら多少は怖がるはずだもの」
演技は上手くしないとバレるし、バレないにしても俺も怖がっていると乾さんを安心させられないと思った。
だから怖がる振りという選択肢はなかったのだが、その時点でバレるしかなかったということか。
「私も…私はああいう場所が苦手だから、だからこそ怖がっているかはよくわかるの。あの時は私自身に余裕がなかったから気づかなかったけど…」
「乾さん…」
乾さんが声量を落として会話をし始めた。
心寿ちゃんは喜多川さんと話が盛り上がっているし少し距離も空けているから大丈夫だとは思うが、念のために声量を合わせよう。
「さすがにあんなに近くにいる状態で怯えてたのにバレてないなんて思ってないわ。いえ、きっと最初からあなたは…」
最初の時に気づいた。だから紗寿叶に袖を掴んで欲しいと言い、一緒に行動したのではないかと考えた。
そこで一つの疑問が浮かぶ。
「…どうして、自分が怖がってるって嘘をついたの? もし最初から気づいていたなら普通に袖を掴んでいいと言ってもよかったはずよ」
「乾さんてハッキリと言う方だと思ってます。喜多川さんが合わせを提案したときもハッキリ『嫌』と言って断っていましたし、4人で集まって話した時も『他人の評価なんてどうでもいい』と堂々とおっしゃっていました」
「事実だもの」
「はい。なのに、怖がっている時は口に出しませんでした。分かっている気になっているわけではないですが、乾さんの性格的に言うのは恥ずかしいか怖がっていると思われること自体が嫌なのではないかと」
「うっ…まあその通りよ」
まあ正直、原作で知っていたからと言うのが大きいと思う。
知らなければ乾さんが廃病院などの雰囲気のある場所が怖いことを指摘…苦手かどうかなど原作のように言ってしまっていた可能性が高い気がする。
「じゃあ手じゃなくて袖を掴むように言ったのは?」
「簡単です。下心で言っていると思われたくなかったからですね。あとは乾さんが半袖で俺の方が袖を掴めるほど長い服を着てたからです。」
まあ隣で一緒に行動したかったって下心はあったけど。
「ふふっ…なにそれ。でも、ありがとう。助かったわ」
「いえいえ」
原作よりも好感度が上がっていそうでよかった。
それに手はつないでいないが、隣で一緒に行動できたと考えれば十分収穫はあったと言えるだろう。
この時、新菜は気づいていなかった。自分が思っている以上に紗寿叶の心を動かしていたことに。
次回は小話でr18の予定です。
天野 千歳(あまねさん)の性別をどうするか
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原作通り男
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女体化
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身体は女、精神は男