※この作品はR-18です。

光の軍医 ルカ   作:時野彼方

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「奪われた純潔、冷徹な監禁。しかし、その憎むべき敵の腕の中に、あってはならない「安堵」が灯り始める」

ゼノスの私室で目覚めたルカを待ち受けていたのは、身体をを暴かれ、尊厳と踏みにじられ、純潔を奪われるという苛烈な現実だった。憎むべき宿敵にすべてを支配される捕虜生活。
だが、「異端の呪い」と蔑まれてきたルカの肉体を、ただ一人の『ルカ』として渇望するゼノスの眼差しに触れるうち、ルカの頑なな心は狂い始める。
言葉を交わし、肌を重ねるたびに、ルカの胸に空いていた硝子の穴は、ゼノスの不器用なぬくもりで満たされていく。お互いの底なしの孤独を埋め合うような、歪で濃密な監禁日々。そして、引き裂かれるような想いの中、仲間たちによる奪還の瞬間が訪れる――。


第三章「神造の器と獣の愉悦」 R18

第三章 神造の器と獣の愉悦

 

第四十三節 黄金の鳥籠

最初に意識へと滑り込んできたのは、未知の「柔らかさ」だった。

深く身体が沈み込む、極上の羽毛の寝台。

二十年の人生で一度も肌に触れたことのない、滑らかな絹の上質なシーツ。

そして、鼻腔を微かにくすぐる、異国風の重厚で甘美な香の匂い――。

 

(……ここは、どこだ……?)

 

深い闇の底から、ルカの意識がゆっくりと浮上してくる。

重い瞼を、苦しげにゆっくりと開いた。

視界に飛び込んできたのは、見慣れた医務室の天井でも、宿屋の木目の壁でもなかった。見たこともない豪奢な彫刻が施された高い天井。部屋を埋め尽くす重厚な黒檀の調度品。そして、冷たい雨の滴るガレマルドの街並みを一望できる、巨大なガラス窓。

 

冷酷な鉄格子などは、どこにも見当たらない。剥き出しの牢獄ではなかった。

だが――ここが絶対的な「不自由」の檻であることだけは、肌に触れる空気の重さが告げていた。

 

ルカは朦朧とする頭で身体を起こそうとし、直後、あまりの激痛に美しい顔を歪めて呻いた。

「……っ、う……」

全身の筋肉が引き裂かれるように痛む。凄惨な戦闘の傷跡、限界を超えて枯渇した魔力の残滓、そして、何よりも鮮明に蘇る「完全な敗北」の記憶。

脳裏を過る、あの圧倒的な黄金の瞳。ゼノス・イェー・ガルヴァス。

 

その名前を意識した瞬間、部屋の奥の薄暗がりから、低く掠れた声が響いた。

 

「――目が覚めたか」

 

その響きに、ルカの総毛が瞬時に逆立った。

身体を強張らせ、声の主へと青紫色の瞳を向ける。

 

そこには、巨大な長椅子に深く腰掛け、漆黒の魔導アーマーを脱ぎ捨てて薄手の黒い室内着を纏った、ゼノスがいた。

波打つ長い金髪が肩に散らばり、その双眸――底なしの狂気と情欲を孕んだ黄金の瞳が、まるで当然のように、最初からずっとそうしていたかのように、目覚めたルカを凝視していた。

 

ルカは恐怖と嫌悪感から、反射的に寝台を蹴って立ち上がろうとした。

「あ……っ」

しかし、自由の利かない華奢な肉体は無残にもふらつき、シーツの上に再び崩れ落ちる。ゼノスとの圧倒的な体格差、そして傷ついた肉体では抗う術もない。

 

ゼノスはピクリとも動かなかった。倒れそうになったルカを助けようともせず、かといって嘲笑うでもない。

ただ、狂おしいほどの熱を帯びた瞳で、ルカの一挙手一投足を見つめている。

まるで、手に入れたばかりの極上に美しい、珍しい生き物を観察するように。その衣服の隙間から覗く白い肌を、舐め回すように。その視線そのものが、ルカにとっては耐え難いほど不快で、悍ましかった。

 

「……何故、俺をここに連れてきた。捕虜なら、牢獄へ入れればいいだろう」

 

掠れた、しかし精一杯の拒絶を込めた声。

ゼノスはほんの少しだけ、愉しそうに眉を動かし、自らの薄い唇に長い指先を添えた。

 

「牢獄? あんな不潔で冷たい場所に、美しいお前を置いておけるはずがないだろう。」

 

あまりにも自然に、あまりにも当然のように紡がれた、歪んだ告白。

ルカは次の言葉を失い、ただ呆然と皇太子の顔を見つめた。意味が分からない。

自分たちは敵同士だ。戦い、敗れ、捕らえられた。それだけの関係のはずだ。

なのに、ゼノスの語るその言葉の裏には、背筋が凍るような生々しい熱があった。武人としての執着を遥かに超えた、狂気的なまでの独占欲と、雄としての情欲。

 

ゼノスが、ゆっくりと長椅子から立ち上がった。

一歩。また一歩。

巨大な影が近づいてくる。床を鳴らす足音が、まるでルカの処刑へのカウントダウンのように室内に響き渡る。

 

ルカは無意識のうちに、寝台の上を這うようにして後ずさった。しかし、すぐに背中が重厚なベッドのヘッドボードにぶつかる。

逃げ場など、最初からこの部屋のどこにも存在しなかった。

 

ゼノスはベッドのすぐ脇で足を止めた。手を伸ばせば、その大きな掌でルカの細い首筋を容易に掴める距離。

見下ろす黄金の瞳が、怯えに震えるルカの青紫色の瞳を真っ直ぐに射抜く。

濃密で、息が詰まるほどの長い沈黙。

 

ルカは、狂いそうなほどの居心地の悪さに身を捩りたかった。

戦場で刃を突きつけられるよりも、今、この豪奢なベッドの上で、無防備な姿のままゼノスに至近距離で見つめられていることの方が、何百倍も恐ろしく、淫らに皮膚を刺激する。

なぜ、そんな目で自分を見るのか。

 

ゼノスは静かに、その低く甘い声を室内に響かせた。

 

「やはり、本物は報告書の画などとは比べものにならぬな。……お前は、本当に美しい、ルカ」

 

ルカはギリッと美しい眉を寄せ、睨むような目を向けた。

「……何を言っている。俺は『男』だ。それに、敵だぞ」

「性別も立場も、俺にとっては些事だ。お前が美しく、俺の心をこれほどまでに激しく昂らせる。それがすべてであり、疑いようのない事実だ」

 

即答だった。まるで世界の真理を語るかのように、堂々と、そして傲慢に。

ルカの胸の奥に、激しい困惑と恐怖の渦が広がる。

 

生まれてこの方、二十年の人生の中で、そんな風に熱烈に、熱を孕んだ言葉で「美しい」と求められたことなどただの一度もなかった。

故郷の村では、両性具有という異形ゆえに『気味が悪い怪物』『呪われた子』『不吉な存在』と忌み嫌われ、日陰を生きることを強いられてきたのだ。

だからこそ、目の前の最強の男が、自分を「一人の美しい存在」として、生々しい欲情の対象として見つめてくる理由が、余計に理解できず、恐ろしかった。

 

ゼノスはベッドの傍らにある椅子へと、静かに腰を下ろした。

そして――相変わらず、何もせず、ただじっとルカを見つめ続けている。

その黄金の瞳の奥で燃え盛るどす黒い情欲の炎は、確実に、そしてねっとりと、ルカという純潔な獲物を、逃がさぬよう黄金の鳥籠の中に閉じ込め、飼い殺そうとしていた。

 

 

 

第四十四節 捕食の爪牙

窓の外の雨は、さらに激しさを増していた。

ガラスに叩きつけられる水滴の音が、室内の重苦しい静寂をより際立たせている。

 

ベッドの端に背を預けたまま、ルカは全身の血液が冷えていくような恐怖を感じていた。

椅子に腰掛けたゼノスからの、ねっとりとした、皮膚を舐め回すような視線。そこにあるのは、純粋な殺意などではない。もっと生々しく、どす黒い支配欲と情欲の塊だった。

 

「……捕虜として、このような場所に囲うつもりなら」

ルカは震える声を絞り出し、ゼノスを強く睨みつけた。

「いっそ、今すぐここで俺を殺せ」

 

プライドを、そして自らの存在そのものを踏みにじられるくらいなら、死んだ方がマシだった。光の戦士として、軍医として、これまで戦場を生き抜いてきた誇りが、ただの玩具として飼い殺されることを拒絶していた。

 

だが、ゼノスはその言葉を聞いて、喉の奥で低く笑った。

 

「殺す? 冗談を言うな」

ゼノスはゆっくりと椅子から立ち上がった。その巨大な体躯が、ルカの視界を暗く覆い尽くしていく。

「これほどの輝きを持ったお前を、なぜ俺が手放さねばならん。殺すには……あまりにも惜しい」

 

「っ、近寄るな……!」

ルカが咄嗟に身を翻そうとした瞬間、ベッドのマットレスが大きく沈み込んだ。

 

「――何をす、うぁ……っ!?」

 

逃げる間もなかった。ゼノスの強靭な腕が、ルカの華奢な肩を、文字通り力任せにベッドへと押し倒したのだ。

ずしり、と。人間のものとは思えない圧倒的な質量が、ルカの身体の上に覆い被さる。両手首を大きな一本の手で纏めて頭上へ組み伏せられ、身動きが完全に封じられた。

 

「お前の“光”を、俺の色に染めてやろう。」

「放せ……放せ……ッ!!」

 

ルカは必死に身体を捩り、抵抗した。しかし、上に乗る怪物は微動だにしない。

それどころか、ゼノスの黄金の瞳は、自らの下で必死に抗い、呼吸を乱すルカの姿を見て、ますます昏い歓喜に濡れていく。

 

「無駄だ。その細い身体で、俺から逃げられるとでも思ったか?」

 

ゼノスの空いたもう一方の手が、ルカの胸元へと伸びた。

その長い指先が、白く美しい軍医制服のボタンへと掛けられる。

 

パチ、パチ、と、静かな室内に、ボタンを外される非情な音が響く。

「な――何を、する……やめろ……ッ!」

自分が今、この男に何をされようとしているのか。その輪郭が明確になるにつれ、ルカの脳内は激しい恐怖と大混乱に叩き落とされた。

 

戦場で傷つき、命を落とす覚悟なら、とうにできていた。だが、敵の総大将に組み敷かれ、衣服を剥ぎ取られ、その肉体を男に陵辱されるなどという展開は、ルカの人生のどこにも存在しなかった。

 

容赦なく制服の胸元が左右に大きく押し広げられ、冷たい室内の空気が、ルカの肌へと直接触れた。

 

「……ほう」

 

ゼノスの動きが、一瞬だけ止まる。

その黄金の瞳が細められた。

 

露わになったのは、透き通るように白い、未だ誰の指先にも触れられたことのない無垢な肌。

男のものであるはずのその肉体は、あまりにもしなやかで、華奢で、どこか淫靡な柔らかさを孕んでいた。

白く小ぶりなふくらみが露わになり、ゼノスの視線がそこに吸い寄せられる。そこから伸びる細い腰の曲線は、神が最高の情熱を注いで創り上げた彫刻のようだった。

 

「美しい……。本当に、神造の器だな、お前は」

ゼノスは生々しい感嘆の息を漏らし、その熱い掌を、ルカの剥き出しの脇腹へと滑らせた。

 

「あ……っ!」

冷たい指先が直接肌に触れた衝撃に、ルカの身体がビクッと大きく跳ねる。

「触るな……! 汚らわしい、離せ……ッ!」

涙を湛えた紫の瞳で必死に睨みつけるが、その拒絶の言葉さえも、ゼノスの股間の奥を猛烈に、果てしなく昂らせるだけの愛撫でしかなかった。

 

「汚らわしい、か。良いぞ、もっと俺を拒絶してみせろ。お前が泣き叫び、その純潔が俺の色に染まる時、一体どんな極上の悦びが待っているか……確かめさせてもらう」

 

ゼノスの声は、獲物を前にした獣そのものの、淫らで悍ましい執着に満ちていた。

「……本当に美しいな。破壊したくなるほどに」

ルカは、激しい羞恥と、迫り来る破滅への恐怖に、ただ絶望の息を呑むことしかできなかった。

 

 

 

第四十五節 暴かれた秘密

「やめろ……離せ……ッ!」

 

ルカは狂ったように身体を揺らし、残されたすべての力で抵抗した。頭上へ押さえつけられた手首をねじ切り、上に覆い被さる巨大な体躯を退けようと、死に物狂いで暴れ狂う。

しかし、その必死の反抗は、ゼノスにとっては小鳥のはばたきにしか感じられなかった。

 

ルカが激しく暴れ、その白い肌を摩擦で赤く染めるほどに、ゼノスの黄金の瞳にはどす黒い歓喜の火が燃え盛る。抵抗されればされるほど、それを力で圧し折る悦びが、男の全身の血を狂おしく沸き立たせていた。

 

「や、やめ…っ」

「そうだ、もっと抗え……。お前のその足掻きが、俺をこれほどまでに愉しませる」

舌が肌を這う。首筋から鎖骨、そして胸へ。乳首を甘く吸われた瞬間、ルカは小さく身を震わせた。

 

「く、……う、ああああッ!」

自由になる首を巡らせ、ルカは至近距離にあったゼノスの逞しい腕に、獣のように噛みついた。皮膚が裂け、血が滲むほどに強く、執念深くミコッテの牙を突き立てる。

だが、ゼノスは眉一つ動かさなかった。

 

パンッ!

 

乾いた破裂音が、静かな室内に響き渡る。

ゼノスの容赦のない平手打ちが、ルカの白い頬を鋭く捉えた。

「あ……っ!」

衝撃でルカの顔が横を向き、視界が激しく火花を散らす。脳を揺さぶる痛みに一瞬だけ抵抗が弱まった、その隙をゼノスは見逃さなかった。

 

冷徹な腕力が、ルカの身を包んでいた衣服を、布の裂ける音と共に一気に引き裂いた。

白い軍医制服も、その下に着ていた肌着も、すべてが容赦なく剥ぎ取られ、荒々しく床へと投げ捨てられる。

 

「――っ、あ……!」

 

次の瞬間、ルカは自らの全身に、冷たい夜の空気が触れるのを感じた。

遮るものは、もう何一つない。

今まで、生まれてからこの方、誰一人として見せることのなかった、自らの歪な『両性体』の肢体が、完全にゼノスの視界へと晒されてしまったのだ。

 

ルカの全身の血液が、一瞬で凍りついた。

故郷の村で不吉と罵られ、自らも忌み嫌い、呪い続けてきたこの肉体の秘密。それを、最も恐ろしい宿敵の目の前で、いとも容易く、暴力的に暴かれてしまった。その事実が、ルカの心に刃を突き立てるような激しいショックと絶望を齎した。

 

「嫌だ……見るな、見るな……ッ!」

涙が溢れ、視界が滲む。ルカはなおも必死に身体を丸め、その秘密を隠そうと腰をひねった。

しかし、ゼノスは冷酷にその腰を巨大な掌で掴み、ベッドの中央へと縫い止める。

 

「ほう……なるほど。これが、お前という存在の真実か」

 

ゼノスの黄金の瞳が、歓喜に細められる。

圧倒的に強大な力には、到底抗えなかった。ゼノスはルカの抵抗を嘲笑うように、その白くしなやかな両脚を左右へと大きく割り開いた。

 

「やめろぉッ! 頼む、やめてくれ……っ!!」

 

ルカの悲痛な絶望の叫びが響くが、開かれた脚の間に、その『局部』が無防備に晒される。

年頃になってからは、優しかった母にすら決して見せることのなかった、ルカの身体の最奥。

宵闇の中、ゼノスは息を呑む。

 

「……これは」

 

指先が、花弁の奥をそっと開いたとき。

目に映ったのは、あまりにも精緻で、あまりにも美しい構造。

そこは、あまりにも精緻で、あまりにも優美な「神の造形」だった。

ただ“雌”であるのではない。ただ“男ではない”のでもない。

神が、両性の均衡の果てに創り出した、至高の完全なる形。歪でも不完全でもない、どこまでも優美にして美しい花びらが、そこに完成されていた。

 

「……見せろ。もっと、お前の奥のすべてを」

 

ゼノスは小さく呟きながら、ルカの脚の間に深く腰を沈めた。

指先で、恥じらうように蠢く小さな突起をそっとなぞり、そこから滴り始めた透明な蜜の雫が、内ももの白い肌を伝うのを見届けると、ゼノスの喉がかすかに鳴った。

 

「や……見るなっ……! 見るな……っ!」

 

ルカが顔を背け、涙まじりに抗う。

けれどその声は震え、吐息は熱を帯びていた。ゼノスはその震えすら、快楽への扉と見做す。

まるで宝石を扱うような指先で、秘所を押し広げる。

ゼノスは、その息を呑むような光景を、ただ凝視していた。

 

「完璧だ……。神々がどれだけの執着で、この身体を創ったかがわかる」

 

ゼノスの厚い吐息がかかり、ルカの下腹がぴくりと震えた。

戦場で、そしてこの薄汚い世界で、これほどまでに清らかで、無垢なまま守られてきた奇跡のような存在。この青年が、自らの異形をひた隠しにし、誰の手にも触れさせず、その『純潔』を頑なに守り続けてきたことを、ゼノスは一目で確信した。

 

ドクン、とゼノスの下腹部が、爆発的な情欲の突き上げによって猛烈に熱く疼く。

これは、俺の獲物。俺だけが汚し、俺だけが我が物とすることを許された、至高の器。

快楽で征服する。悦びでしかこの身体は屈しないであろう。

 

「素晴らしい……。やはりお前は、俺のためだけに存在していたのだ、ルカ」

 

「あ、う――」

 

ルカが恐怖に息を詰まらせた瞬間、ゼノスの巨大な影が降ってきた。

激しい音を立てて、ルカの薄い唇が強引に塞がれる。

 

「ん……っ!? んううーっ」

 

ルカにとっての初めてのキスは、暴力的なまでの、熱い口づけだった。

ゼノスの舌が、拒絶して閉じられたルカの歯列を強引にこじ開け、その口内の最奥へと容赦なく侵入してくる。ルカの息を、声を、その純潔な甘さをすべて強欲に貪り尽くすような、濃厚で淫らな口づけ。

ルカの頭の中は、今までに味わったことのない羞恥と、己のすべてを奪われていく底なしの恐怖で、塗りつぶされていくのだった。

 

 

 

第四十六節 獣の愛撫

ルカの唇を強欲に貪り尽くしたゼノスは、ゆっくりと顔を上げた。その口元には、ルカの口内から溢れた銀の糸が淫らに光っている。

ルカは激しく咳き込みながら、酸素を求めて胸を上下させた。しかし、恐怖が去る暇など一瞬も与えられない。

 

ゼノスはベッドの上に膝をついたまま、自らの黒い室内着に手を掛けた。

布地が滑り落ち、露わになったのは、ガレアン族特有の、あの屈強なルガディン族にも劣らないほど筋骨隆々とした、圧倒的に逞しい体躯だった。無数の戦傷が刻まれた強靭な胸板、鋼のように引き締まった腹筋。そして、その下腹部には、獲物を今すぐ貫き、蹂躙するために悍ましいほどの質量を湛えて猛り狂う、巨大なペニスがそびえ立っていた。

 

ルカは恐怖のあまり、喉をひくつかせて絶望の息を呑んだ。

そのガレアンの巨躯の下に晒されている自分は、あまりにも無力で、細すぎる。

 

ゼノスは再び、その巨大な影をルカの上へと覆い被せた。

「さあ、始めようか。お前という神造の器を、俺のすべてで満たす時間を」

 

ゼノスの大きな掌が、ルカの顎から首筋、そして鎖骨へと、ねっとりと這うように滑り降りていく。

その触球は驚くほど丹念で、くまなく、ルカの全身の皮膚を一枚ずつ剥ぎ取るかのように執拗だった。神秘的で、妖絶なほどに美しいルカの肉体。その上から下まで、一寸の隙間も残さぬように、ゼノスは獣のような情欲に濡れた目で凝視しながら愛撫を刻んでいく。

 

「やめろ……触るな! 離せ、離してくれ……ッ!!」

 

ルカは涙を流しながら、再び狂ったように暴れた。しかし、ゼノスはビクともしない。それどころか、ルカが必死に抵抗し、嬲られるたびに部屋に響き渡る絶望的な悲鳴が、ゼノスの五感をこれ以上ないほど激しく悦ばせていた。

 

ゼノスの指先は、未成熟な少女のようにふわりと膨らんだ胸へと辿り着いた。

「あぁッ……!」

尖った胸元を大きな指先で挟み込み、容赦なく押し潰すように揉みほぐす。生まれて初めて受ける、肉体へのあまりにも暴力的な快楽と愛撫。

ルカは屈辱に顔を歪め、首を激しく左右に振って拒絶した。だが、ゼノスは時間をかけて、その白い胸を揉みしだき、そして引き締まった脇腹から細い腰へと、執拗に大きな掌で撫でまわした。

 

やがて、その邪悪な指先が、ルカの最も恐れていた下半身へと侵入していく。

完全に割り開かれた両脚の間、薄紅色の美しい花弁。ゼノスはそこに自らの太い指先を押し当て、ねっとりと円を描くように愛撫した。

 

「いや、嫌だ……あ、あッ」

ゼノスの頭が再び脚の間に沈み込む。

舌が、熱を帯びた蜜壺の入り口をなぞる。

 

「う、うっ…あっ」

甘く、滑らかで、まるで花蜜のような匂い。

ゼノスの吐息が熱を増し、喉が深く鳴る。

 

「お前はまだ、自分の中に何があるかを知らない。俺がそれを暴いてやろう……」

「や、やめ……あぁッ!!」

ルカが短い悲鳴を上げた瞬間、その狭窄な入口へと、太い指が容赦なく一本、突き入れられた。

「痛、い……ッ! こんな…狂っている……放せ、痛い……っ!」

かつてない異物の侵入に、ルカの身体が弓なりに跳ね上がる。激しい屈辱と、肉体を引き裂かれるような苦痛に顔を歪ませるルカ。その紫の瞳から、大粒の涙が幾度もシーツへと零れ落ちた。

 

しかし、ゼノスはルカを解放しなかった。空いた片手で、ベッドの脇に置かれていた小さな硝子瓶を掴み取る。中には、怪しげな琥珀色の液体が満ちていた。

 

ゼノスは自らその液体を口に含むと、激痛に喘ぐルカの顎を強引に掴み、再びその唇を塞いだ。

 

「んむ……ぅ!? ん、んん――ッ!」

 

抵抗するルカの喉の奥へと、口移しでその甘く熱い液体が強制的に流し込まれていく。一滴も残さず飲み干させると、ゼノスは唇を離し、ルカの濡れた頬を指先で優しくなぞった。

 

「ハァ、ハァ……何を、飲ませた……っ」

「処女の痛みを和らげる薬だ。……これからお前のその身体を根元まで貫き、壊してやるためのな」

 

ゼノスの低い声が、ルカの鼓膜を容赦なく揺らした。

その言葉によって、ルカはこれから自分がゼノスの手によって、どのような陵辱を受け、純潔を奪われるのかを、残酷なまでに明確に突きつけられた。

 

「そんな……俺は……」

頬を伝う涙。羞恥、怒り、恐怖。そして奥底で芽生える、知らない熱。媚薬の熱がじわじわと身体の内側から広がり始めるのを感じながら、ルカは底なしの絶望に身を震わせるしかなかった。

 

 

 

第四十七節 未知なる熱

「あ、ぐ……あ、う……っ!」

 

ルカの喉から、苦しげな呼吸が途切れ途切れに漏れる。

口移しで飲まされた液体の熱が、じわじわと体内の奥深く、血液の隅々にまで浸透していくのが分かった。頭の芯がぼうっと熱を帯び始め、思考が融解していくような恐怖がルカを襲う。しかし、肉体が迎えている現実は、その恐怖を遥かに上回る暴力性を孕んでいた。

 

ルカの薄紅色の花弁は、これまで異物などただの一度も受け入れたことのない、完全なる未通の狭窄だった。ゼノスの太い指一本を迎え入れただけでも、裂けるような痛みがルカの細い身体を震わせる。

 

ゼノスはその狭い入り口を確かめるように、さらに指の数を一本、また一本と増やしていった。

 

「痛い、痛い……ッ! やめ、やめてくれ……ッ!!」

 

ルカは涙をボロボロと溢れさせ、絶叫に近い悲鳴を上げた。

身体を捩り、腰を逃がそうと死に物狂いで足掻く。だが、その華奢な両肩と細い腰は、ゼノスの圧倒的な筋力によってベッドへと完全に圧し付けられていた。どれほど拒絶しようとも、巨大な手によって、無理無体に自らの最奥へと指を侵入させられ、時間をかけて執拗に押し広げられていく。その事実を受け入れることしか、今のルカには許されていなかった。

 

激しい苦痛に引き裂かれながらも、ルカの心臓は別の理由で激しく警鐘を鳴らし始めていた。

飲まされた媚薬が、確実にその効果を発揮し始めていたのだ。

濡れそぼる秘所は、ゼノスの指の動きにに呼応するように花開きかけていた。

 

(身体が、あつい……)

 

痛みの最中に、経験したことのない、どろりとした不気味な甘さが混ざり始める。指が肉壁を擦るたびに、背筋をゾクゾクとした不快な戦慄が駆け抜け、呼吸がさらに浅くなっていく。恐怖だった。誇りも、心も、そしてこの忌まわしい肉体さえも、すべてがゼノスという男に侵食され、塗り替えられていくような、底なしの恐怖。

 

「ハァ……ハァ……っ、んむ……ッ!」

 

ルカの絶望をさらに煽るように、ゼノスは再び激しくその唇を奪った。

息を吸う隙間さえ与えない濃厚な口づけ。それと同時に、ゼノスの空いた片手が、ルカの未成熟な少女のように仄かに膨らんだ胸を、形が歪むほど乱暴に揉みしだく。

「んんーっ! む、ぐ……ッ」

口内を蹂躙され、胸を弄ばれ、下半身の美しい花弁は無残に押し広げられ、指でかき乱される。ルカの五感は、完全にゼノスによって支配されていた。

 

どれほどの時間が経っただろうか。

不意に、ルカの体内を満たしていた熱い指が、ぬちりと音を立てて一気に引き抜かれた。

 

「あ……っ、ハァ、ハァ……」

 

異物が消えた解放感に、ルカの身体から一瞬だけガクリと力が抜ける。

涙に濡れた紫の瞳が、天井を虚ろに見つめた。これで終わってくれるはずがないと分かっていても、僅かな安息を求めてしまう。

 

しかし、真の破滅はここからだった。

 

ゼノスはルカの開かれた両脚の間に、自らの腰を深く割り込ませた。

そして、じっとりと愛液と蜜に濡れたルカの入り口へと、自らの凶悪に猛り狂うペニスの先端を、容赦なくぴたりと押し当てたのだ。

 

「――っ!?」

 

押し当てられたその瞬間の質量だけで、ルカは全身の毛穴が逆立つような衝撃を覚えた。

熱い。そして、あまりにも巨大すぎる。

数本の指でさえあれほどの激痛にのたうち回ったのだ。それとは比較にもならない、悍ましいほどに太く、硬い鉄槌のような質量が、今まさに自分を貫こうとしている。

 

ルカは恐怖に顔を青ざめさせ、ガタガタと激しく全身を震わせた。

 

 

 

第四十八節 純潔の崩壊

「やめろ……頼む、やめてくれ……ッ!!」

 

ルカは死に物狂いで腰を浮かせ、その巨大な質量から逃れようと激しく暴れた。開かれた脚を閉じようと力を込めるが、ゼノスの鋼のような両腕が、それを無残にも左右へと固定している。

 

パァン――ッ!!

 

再び、冷酷な破裂音が寝室に響き渡った。

「あ、っ……!」

激しい平手打ちがルカの頬を容赦なく捉え、痛みに歪んだ顔がベッドへと叩きつけられる。脳を揺さぶる激痛と衝撃にルカの身体が硬直した、その一瞬の隙を狙い、ゼノスは腰を厳かに進めた。

 

「っ――あ、あ、あああ……!」

 

ルカの口から、この世のものとは思えない絶叫が上がった。

狭く、未だ誰も立ち入らせたことのない薄紅色の内壁へと、ゼノスの悍ましいほどに巨大なペニスの先端が、肉を割り、押し広げながらゆっくりと侵入を始めたのだ。

 

熱い。裂ける。壊される。

否応なく侵入を許していくたびに身体と心が軋み、呼吸が引き攣れてゆく。

自らの肉体の最奥を、人間のものとは思えない暴力的な質量でじわじわと蹂躙されていく恐怖とショック。あまりの激痛の凄まじさに、ルカの視界は真っ白になり、紫の瞳の焦点が急激に狂っていく。意識が遠のき、そのまま深い闇へと逃げ込みそうになった。

 

しかし、ゼノスはその気絶さえも許さなかった。

入り口までゆっくりと引き抜き一度腰を止め、ルカの狭窄な内壁の、恐ろしいほどの締め付けを堪能したゼノスは、黄金の瞳に凶悪な歓喜を滾らせ、一気にその腰を深く打ち付けた。

 

「いっ、あ、あああああああああああッッッ!!!」

 

引き裂かれるような悲痛な叫びが、天を衝くように室内に響き渡る。

最奥へと容赦なく突きたてられた一撃によって、ルカが二十年間頑なに守り続けてきた純潔の証が、無残にも打ち破られた。

圧倒的な質量に耐えきれず、ルカの柔らかな内部は裂け、開かれた脚の間から、清らかな白いシーツへと鮮血がドクドクと流れ落ちていく。

 

「助け、て…かあさん……っ!、ミリア……ブラン……助けてくれ、だれか……ッ!」

 

あまりの痛みに錯乱したルカは、涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らしながら、遠い故郷の母の、そして海都に残してきた大切な仲間たちの名前を呼び、泣き叫んだ。届くはずのない救いを求め、シーツを爪が剥がれんばかりに強く掻きむしる。

 

ゼノスはルカの最も深い最奥まで完全に挿入しきると、内部を押し広げるように腰をグラインドさせた。

「うぁあっ…!!あぁっ!!」

「……素晴らしい。この狭さ、この熱……やはりお前は、俺だけのものだ」

ゼノスの言葉に合わせて、戻しては奥へ、戻してはもっと奥へ、さらに深く。

濡れた花が咲くように、内側が開かれていく。

やがて動きを止め、根を下ろすように、ルカの肉壁が自らのペニスを壊れそうなほど強く締め付けている感覚を、ゼノスは息を荒げながらじっくりと味わう。

 

そして、無慈悲な抽挿が始まった。

蜜壺の中を、ゼノスの昂ぶりが往復するたびに、ルカの身体は跳ね、悲痛な声が零れた。

 

「いやだ、やめろ!いやぁっ……あ、あああッ! 痛い、痛いぃッ!」

 

ベッドが軋み、肉と肉が激しく衝突する生々しい音が室内に響く。

ゼノスが腰を動かすたびに、ルカの小さな身体はベッドの上でなすすべもなく大きく揺さぶられ、その度に内部を容赦なく削り取られるような激痛に襲われた。

ルカは狂ったように泣き叫び、首を振って拒絶し続けたが、ゼノスはそのルカの美しい顔が苦痛に歪み、絶望の中で喘いでいる姿に、かつてない極上の愉悦を感じていた。

 

「もっと奥へ……この身体のすべてを、俺に開け」

内壁が限界まで押し広げられ、未知の感覚が絶え間なく襲いかかる。甘い激痛と快楽の狭間で、ルカの心は軋んだ。

 

——どんなに辛くても、美しい心と身体で生きて……。

 

母の言葉が、ふと頭をよぎる。

「うっ…うぅぅっ!あぁっ」

涙がぼろぼろと零れた。

 

ゼノスはその涙を舌で舐め取ると、腰の動きが深く、緩やかに変化する。

花弁が開ききり、ゆっくりと何度も最奥を捉えるたび、ルカの紫の瞳がが熱に潤き、ゆらめいた。

 

「もっと啼け、ルカ。お前のその悲鳴が、俺をさらに昂らせる」

 

黄金の瞳を獣のように爛々と輝かせ、ゼノスはその動きをさらに激しく、深く、容赦なく狂暴にしていった。ルカの純潔は今、この絶対的な怪物の手によって、完全に、そして無残に奪い尽くされようとしていた。

 

 

 

第四十九節 二つの深淵

「あ、が……あ、ああああッ! やめ、あぁっ……っ!」

 

ルカの喉からは、もはや声とは呼べない悲痛な悲鳴が絶え間なく絞り出されていた。

容赦なく最奥を穿つ、ゼノスの狂暴な抽挿。肉体が引き裂かれるような激痛に、ルカの指先は血の気が引き、シーツに擦りつけられた爪からは血が滲んでいる。

 

「ひっ…うぁ!……やめっ…!……うぅぅ……っ!」

 

腰を打ち付けられ、深く抉られるたびに絶叫にも似た声が零れる。

体内が裂けるような感覚――そこへ少しずつ快楽が侵食していく。

 

激しい苦痛と、媚薬が齎すどろりとした悪夢のような熱、そして何よりもルカの肉壁が恐怖によってゼノスを壊れそうなほど強く締め付ける感覚が、ゼノスのものを限界まで昂らせていた。

 

「う……ぁ……や……ああ……っ!」

 

「そう……それでいい。もっと叫べ。もっと、甘く……もっと淫らに」

 

ゼノスは獣のような荒い息を吐きながら、さらに深く、激しく腰を打ち付けた。ベッドが激しく軋み、肉が衝突する生々しい音が響き、ルカが絶望に身を悶えさせたその瞬間、ゼノスの腰がガチリと最奥で固定された。

 

ドクンッ――!!

 

「ひ、あ……あああああッ!!」

 

ルカの身体が激しく弓なりに跳ね上がる。

ゼノスの凶悪なペニスから、熱い精液が、ルカの裂けた薄紅色の内壁の最奥へと容赦なく大量に吐き出された。体内の奥深くを、敵のドロドロとした異物で満たされていく感覚。

身体は両性としての歪な機能を備えていながらも、これまで一人の「男」として、その誇りを胸に生きてきたルカにとって、それは魂までをも汚されるような、耐え難い絶望だった。ルカはただ、溢れる涙をシーツに染み込ませ、声もなく泣き崩れるしかなかった。

 

ぬちり、と一度ペニスが引き抜かれる。

ルカは股間から流れ落ちる鮮血と精液の不快感に塗れながら、掠れた声で泣きじゃくった。

 

「もう…いいだろ……これで……気が済んだのなら、俺を殺せ…」

 

絞り出すような声だった。だがゼノスはその呟きに、くつくつと喉を鳴らして笑う。

 

「いや。始まりだ。お前の中の扉はようやく開いたばかりだ」

そう言ってゼノスは、指先をルカの太腿からゆっくりと這わせ、汗ばむ肌の上を撫でた。

 

「殺せ……お願いだから、今すぐ俺を殺してくれ……っ」

 

だが、ゼノスはその懇願を冷酷に一蹴した。それどころか、ルカの細い腰を強引に掴むと、その身体を無理無体にベッドの上に四つん這いの姿勢にさせたのだ。

 

「な……何を、する気だ……やめろ、やめてくれ!」

 

嫌な予感にルカが青ざめた瞬間、今度は肛門へと、ゼノスの熱い指が容赦なく突っ込まれた。

 

「――っ、あ、あああああッッ!?」

 

前孔とは異なる、排泄のための未開発の孔。そこへ太い指が容赦なくねじ込まれ、内壁を強引に広げるようにしてほぐし始める。

激しい苦痛と、どこまでも自分を人間として扱わない陵辱の数々に、ルカの心はボロボロに引き裂かれていった。だが、その激痛と屈辱の最中であっても、体内で渦巻く媚薬の効果はさらに強まり、ルカの理性をじわじわと焼き溶かしていく。

 

「あ、う……っ、ん、あ……っ」

 

痛みなのに、身体の芯が痺れるように熱い。その己の肉体の裏切りが、ルカをさらなる大混乱へと突き落とした。

 

ゼノスは指を引き抜くと、今度はその後孔の入り口へと、再び猛り狂う巨大なペニスを押し当て、一気に腰を進めた。

 

「いやぁぁぁあああッッ!!! 痛い、いだいぃッ!」

 

直腸を割り裂くような異物の侵入に、ルカは四つん這いのままベッドに顔を伏せ、激しく泣き叫んだ。

前も後ろも、自らのすべての純潔をこの一人の男に暴力的に蹂躙され、貪られている。自分の身に今、現在進行形で降りかかっているあまりにもおぞましい現実に、ルカの精神は限界を迎えていた。胸の奥から、激しい嫌悪感と吐き気が競り上がってくる。

 

「ハァ……ハァ……っ、お、ゲホッ……っ」

 

しかし、ゼノスはルカの限界など一切無視し、直腸の壁をこすり上げるように激しく腰を振り続けた。

そして、ペニスの先端がルカの直腸の最奥へ達した瞬間、ゼノスは再び咆哮を上げ、その熱い精を後孔の奥へと激しくぶちまけた。

 

「――っ、が、は……ッ!!」

 

内側から二度も異物で満たされた衝撃と、精神的な拒絶反応に、ルカは耐えきれなかった。

胃の中のものが一気に逆流し、ルカは美しい顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、ベッドの脇へと激しく嘔吐した。すべてを奪われ、文字通り心も体もドロドロに汚されながら、ルカはただ深い絶望の闇の中へと沈んでいくのだった。

 

 

 

第五十節 刻印

二度までも最奥へ精液を注ぎ込まれてなお、ゼノスの狂暴な昂ぶりが収まることはなかった。むしろ、純潔を奪われ、自らの色に染まりゆくルカの肢体を目にするたびに、その情欲は天井知らずに跳ね上がっていった。

 

夜が深く更け、闇が部屋を支配する中、ルカは一晩中、狂った獣の爪牙に身を委ねるように蹂躙され続けた。

少女のように小さく膨らんだ美しい胸は、指の跡がどす黒く残るほど乱暴に揉みしだかれ、幾度も吸い上げられて朱色に汚されていく。

そして、あの可憐な薄紅色の花弁は、容赦のない抽挿によって何度も引き裂かれ、前からも後ろからも、執拗に、何度も、何度も、その最奥を巨大な質量で抉られた。

 

「あ……っ、うあ、あぁ……ッ!」

 

明け方、窓の外が白み始める頃、ルカはすでに涙も枯れ果て、意識朦朧のなかにいた。しかし、容赦なく肉体を貫く痛みよりも、飲まされた媚薬の毒が、ついにルカの神経を完全に掌握し始めていた。

 

「あぁっ、ん、っあんっ」

激痛のなかに、ドロドロとした甘い痺れが混ざり合う。

心は激しく拒絶し、この怪物を呪っているというのに、一晩中開発され続けた肉体は残酷にもルカを裏切っていく。ゼノスが最奥の壊れそうなほど敏感な拠点を衝くたびに、抑えきれない淫らな喘ぎ声が、ルカの薄い唇から零れ落ちる。

 

「フッ……良い声で啼くようになったな、ルカ」

 

ゼノスは勝ち誇ったようにほくそ笑み、さらに腰の動きを卑猥に深くしていった。

これまで一人の「男」として、その誇りを胸に、戦場を気高く生き抜いてきたはずだった。それなのに、今や敵の総大将のベッドの上で、両性体としての歪な身体を剥き出しにされ、女として、雌として、その最奥を 蹂躙され、狂わされていく。その凄まじい屈辱、敗北感、そして底なしの絶望感が、ルカの精神を粉々に叩き割っていく。

 

羞恥と混乱。そして……自分の中の激しい熱が、自分の意思とは違う形で高まっている。

 

「くっ……あ……あぁっ……!」

 

初めて、ルカの身体が緩やかな高まりに達しようとしている。ゼノスの指は、それを見抜いているかのように巧みに動き、内奥に散った快感の花弁を一枚一枚なぞるようにして、ルカを導いていた。

 

「あっ、やめろ、あぁぁッ! いや、あぁっ……ッ!」

 

ルカが首を激しく振った瞬間、ゼノスはルカの腰を強引に抱き寄せ、この夜、何度目かも分からない、最も深く激しい一撃を最奥へと打ち付けた。同時に、ペニスが爆発的な熱量と共に、ルカの胎内へと大量の精を激しく吐き出す。

弓なりに反った背。意識が遠くで弾け、温かくて残酷な波が全身を包み込んだ。

 

「――っ!!あ、あ、あぁぁぁあああああッッッ!!!」

 

あまりの熱量と、脳を灼くような強烈な快楽の閃光。

ルカの身体はビクビクと激しく痙攣し、心裏の拒絶を置き去りにして、生まれて初めての強制的な『絶頂』の感覚に襲われた。激しい絶頂の余韻に身体を震わせながら、ルカはついに限界を迎え、力尽きて意識を失った。

ゆっくりとペニスを引き抜くと、ルカは小さな声をあげて身じろぎする。愛液が溢れだし、白い太ももを伝った。

ゼノスはルカの頬に残りの精を絞り出すと、自らの精液と鮮血で汚れたルカの美しい顔を見つめ、満足そうにその濡れた唇へ口づけを落とした。

 

 

翌日。

昼を過ぎた頃、ルカは激しい頭痛と全身を切り裂くような激痛の中で、ようやく目を覚ました。

 

「……っ、あ……」

 

身体を動かそうとした瞬間、股間からどろりと、昨夜注ぎ込まれた異物が溢れ出す不快感が伝わってきた。シーツに目を向ければ、引き千切られた制服の残骸と、乾き始めた純潔の血、そして二人の体液が混ざり合った白濁の痕で酷く汚れている。

自らの身に起きたあまりにも凄惨な惨状。誇りも純潔も、すべてを奪い尽くされた現実に、ルカは胸を締め付けられるような絶望に涙を流した。

 

「……殺せ」

 

部屋の窓辺に佇んでいたゼノスへ、ルカは枯れた声を絞り出した。紫の瞳には、消え入りそうな、しかし確かな憎悪の炎が宿っている。

「捕虜としてこんな風に生かすくらいなら、今すぐここで、俺の命を絶て……!」

 

しかし、ゼノスはゆっくりとベッドへ歩み寄り、ルカの涙を湛えた頬を指先で愛おしそうになぞった。

 

「何度も言わせるな。お前を殺すには、あまりにも惜しい。お前は俺の心を昂らせる、唯一無二の存在なのだからな」

 

その日を境に、ルカは首元にガレマルド製の特殊な魔力拘束具を嵌められ、一切の術式と魔力を封じられた。

しかし、地下の不潔な牢獄へ落とされることは決してなかった。ルカは捕虜としてはまったく異例の、そして残酷なほどの待遇のまま、ゼノス専用の、あの豪奢で広大な私室へ監禁されることとなったのだ。

 

そこは、逃げ出すことの許されない、美しくも悍ましい、黄金の鳥籠だった。

 

 

 

第五十一節 籠の中の日々

監禁生活は、あまりにも奇妙な平穏を孕んでいた。

 

豪奢なベッドの上で目を覚ます。

まだ身体の芯に残る、注ぎ込まれた熱の気配と、太腿を伝う不快な痕跡にルカは顔を歪めた。

重い身体を動かして寝台を抜け出し、用意された湯殿へと向かう。湯あみの中で、夜の情事がもたらした生々しい汚れと、全身に刻まれた淫らな痕跡を、白く細い指先で丁寧に洗い流していく。

 

そうして身を清めた後、用意された服に着替え、大きな窓から差し込む冷たい光を眺め、用意された食事を取り、部屋にある本を適当に読む。そして時折、城の中庭を歩くことさえも許されていた。

 

それは、およそ敵国の捕虜とは思えない破格の扱いだった。

周囲には常に逃亡を防止するための冷徹な兵士たちが配置されている。だが、ルカの細い手首に繋がれる鎖はなく、閉じ込められる檻もない。

 

その代わりとして、常にルカの自由を奪い、支配していたのは――ゼノスだった。

 

朝も、昼も、夜も。

気がつけば、必ずあの巨大な皇太子がすぐ近くにいた。日が昇っている間はねっとりとした視線で一挙手一投足を見張られ、そして日が沈めば、漆黒の闇に包まれた寝室で、ルカは毎夜のように無慈悲な情熱に組み敷かれた。

 

ゼノスの獰猛な指先が、花の蕾のようなルカの白い胸を容赦なく揉みしだし、引き締まった細い腰を強固に拘束する。拒絶の涙を浮かべる青紫色の瞳を見下ろしながら、ゼノスは黄金の瞳を爛々と輝かせ、その悍ましくも圧倒的な質量で、ルカの最奥を躊躇いなく穿ち、抉り抜いた。

ルカの華奢な肢体はただなすすべもなく翻弄され、ベッドの上で激しく跳ね続ける。その肢体を自らの色だけで塗り替えるように、ゼノスは夜が更けるまで獣のような情欲の飢えをぶつけ、その可憐な獲物を飽きることなく蹂躙し尽くした。

 

 

 

夕暮れに差し掛かったころ。

中庭のよく手入れされた石畳を歩きながら、ルカは鬱陶しそうに美しい眉をひそめた。

「……お前は暇なのか」

前を歩いたまま、背後へ向かって吐き捨てるように言う。すると、すぐに低く落ち着いた声が返ってきた。

 

「暇だ」

 

一秒の躊躇もない即答だった。

ルカが思わず振り返ると、ゼノスは本当に退屈そうに佇んでいた。とても一国の軍を率いる皇太子とは思えない尊大な態度。

「仕事はないのか」

「ある」

「なら持ち場へ行け」

「断る」

「何故だ」

 

ルカが苛立ちを露わにすると、ゼノスの黄金の瞳が、面白そうに細められた。

「お前を見ている方が、遥かに価値があり、面白いからだ」

 

ルカは本気で頭を抱えたくなった。冗談を言っているのではない。この男は心の底から、大真面目に自らの欲望だけに従って行動している。それが余計にルカを困惑させ、居心地の悪い恐怖を植え付ける。

 

ゼノスは歩調を早め、ルカのすぐ横へと並んだ。

そのねっとりとした視線が、上から下へとルカの姿をなぞるように落ちる。

あの夜に乱暴に引き裂かれた白い軍医制服は、ルカの身体に合わせて、まったく同じデザインで新たに上質な生地で仕立て直され、与えられていた。

 

風に揺れる美しい青い髪。その衣服に包まれた、男のものとしてはあまりにも華奢なしなやかな身体。警戒にピンと立ち、微かに震える猫耳。

戦場の喧騒の中では見えなかった、ルカの細かな仕草のすべてが、ゼノスの五感を刺激していた。

本を読む時の視線の動かし方。考え込む時に無意識に唇を噛む表情。不機嫌な時にせわしなく揺れる尻尾。

その一挙手一投足のすべてが、深く、興味深かった。

 

「一体、何なんだ」

ルカは耐えかねて、思わず不快感を口に出した。

「何がだ」

「お前だ」

ルカは石畳の上でピタリと立ち止まり、その青紫色の瞳を、真っ直ぐにゼノスへと向けた。

「何故そこまで、俺に執着する。俺の身体を弄び、秘密を暴いて、まだ足りないのか」

 

濃密な沈黙が、二人の間に流れた。

珍しく、ゼノスがすぐには答えなかった。冷たい風だけが、中庭の木々を揺らして吹き抜けていく。

やがて、ゼノスの薄い唇が開いた。

 

「分からぬ」

 

低い、地を這うような声。しかしそれは、偽りのない本心だった。

ゼノス自身にも、この胸の奥で煮え滾るどす黒い熱情の正体が、正確には理解できていなかった。

ただ、あの硝煙渦巻く戦場で、世界を拒絶するように光を纏って立ち尽くしていた美しい光の軍医を見つけてしまった。そして、純潔を強引に奪い尽くしたあの夜、自らの下で涙を流し、絶望に泣きじゃくりながらも、なお折れぬ瞳で睨み返してきた美しき獲物。

この手を血に染めてでも、決して手放したくない。誰の目にも触れさせず、自らの腕の中だけで飼い殺したい。ただそれだけだった。

 

「だが」

ゼノスは一歩、距離を詰めて続ける。

「お前を見ていると、俺の人生の退屈が消え失せる。お前という存在だけが、俺を昂らせるのだ。……それだけでも、ここに繋ぎ止めておくには十分すぎる理由だろう」

「……」

 

ルカは呆れたように深く息を吐き、視線を逸らした。

だが、その言葉を聞いた胸の奥に、ざらりとした小さな違和感が残った。激しい嫌悪ではない。かといって、怯え狂うような恐怖でもない。もっと曖昧で、自分でも決して名前を付けることのできない、歪な感情の芽生え。

 

ゼノスが、ふと大きな手を伸ばした。

ルカの白い頬にかかっていた、風に乱れた青い髪を、指先で優しく払う。

ほんの一瞬の、愛撫のような接触。

「っ……!」

ルカは野生の感覚で反射的に、大きく後方へと飛び退いて身を固めた。

ゼノスはそれ以上は追わず、ただ愉しそうに唇の端を吊り上げた。

「警戒心の強い猫だな」

「……俺は猫じゃない、ミコッテだ」

「そうか」

 

言葉とは裏腹に、ゼノスの黄金の瞳はまったく納得していない色を帯びていた。そのすべてを見透かしたような余裕のある態度が、ルカにとっては妙に腹立たしく、胸を締め付けた。

 

やがて、夕暮れの赤い光が、冷徹な城のすべてを赤黒く染め上げていく。

石畳の上に、二人のあまりにも体格の異なる長い影が、歪に伸びて重なり合った。

 

不意に、ゼノスが再び容赦なく手を伸ばした。ルカが身構えるよりも早く、その巨大な掌がルカの顎を強く掴み、上向かせる。

「な、っ……」

ルカは身体を強張らせ、必死に後退しようとした。しかし、掴まれた顎は微動だにせず、そのままぐいっと力任せに引き寄せられる。

 

次の瞬間、息の詰まるような乱暴さで、ルカの薄い唇が強引に塞がれた。

 

「んん……ッ!? んううッ」

 

有無を言わせぬ、濃厚な口づけ。ゼノスの熱い舌が、ルカの口内を深く抉るように蹂躙する。

それと同時に、ルカの細い腰に強靭な腕が回され、仕立て直されたばかりの白い制服のスカートの中へと、ゼノスの大きな掌が容赦なく滑り込んできた。

「ん…放せ……っ、やめろ……ッ!!」

 

ルカは激しく身じろぎをして抵抗した。自由になる両手でゼノスの胸を強く押し、必死の力でその腕力を振りほどく。

「ハァ、ハァ……っ!」

辛うじて拘束を逃れたルカは、乱れた衣服を片手で押さえながら、逃げるようにして中庭から自らゼノスの私室へと走り去った。

 

ゼノスはその場に佇んだまま、逃げていく後ろ姿をじっと見つめていた。

その下腹部、薄手の衣服の奥では、ルカの肉体の感触と抵抗の緊迫感によって、ペニスがガチガチに硬く猛り狂っていた。

ゼノスは股間の疼きを隠そうともせず、酷く淫らにほくそ笑みながら、自らの巣へと戻っていく愛らしい獲物の後を、ゆっくりと追うようにして歩き始めるのだった。

 

 

 

第五十二節 夜の獣、未明の涙

ゼノスの私室へと逃げ帰り、重厚な扉を閉めたところで、この城のすべてがゼノスの支配下であることに変わりはなかった。

背後から、静かに、しかし絶対的な威圧感を伴って扉が開く。

 

「ハァ、ハァ……くっ」

 

ルカはベッドの端に縋りつき、狂いそうなほど激しく波打つ胸を押さえて振り返った。

夕闇の逆光を背に受けて入ってきたゼノスは、すでにその黄金の瞳を情欲の泥に染め上げ、獲物を完全に追い詰めた獣の顔をしていた。中庭でスカートの中に忍び込んできたあの大きな掌の熱が、未だにルカの太腿の皮膚に生々しく焼き付いている。

 

「どこへ逃げる、ルカ。お前の世界のすべては、すでにこの部屋の、俺の腕の中にしかないというのに」

 

「来るな……! 触るな……ッ!」

 

ルカの必死の拒絶を嘲笑うように、ゼノスは一瞬で距離を詰めた。

長い金髪がルカの視界を覆い、次の瞬間には、細い身体が容赦なく極上の羽毛の寝台へと押し倒されていた。

 

ズシ、と伸しかかる、抗いようのない屈強な質量。ルカは息を詰まらせ、涙目でゼノスの胸を押し返そうとしたが、その両手首はすぐさま巨大な片手で纏められ、頭上のヘッドボードへと縫い付けられる。

 

「あ、う……っ、放せ……っ!」

 

「お前が拒むほどに、俺の奥が狂おしく疼く。お前のその折れぬ瞳も、鋭い爪も、すべてを俺の体温で溶かしてやろう」

 

ゼノスは空いた手で、ルカの衣服を乱暴に、しかしどこか執拗な愛撫を交えながら剥ぎ取っていった。新調されたばかりの白い軍医制服のボタンが弾け飛び、冷たい空気が露わになった裸身を包み込む。

 

夕暮れの赤い残光に照らされたルカの肉体は、妖絶なほどに美しく、あまりにも淫らにゼノスの五感を刺激した。

 

「素晴らしい……。何度見ても、お前は俺を飽きさせない」

 

「いやだ……は、ぅ……、あ……」

 

ルカが羞恥に顔を真っ赤に染め、身体をよじって隠そうとするが、ゼノスは容赦なくその華奢な両脚を掴み、左右へと大きく割り開いた。

薄紅色の花弁が、無防備に晒される。幾度もの夜を重ね、連日のようにゼノスの強大なペニスを受け入れてきたルカの身体は、本人の激しい心の葛藤とは裏腹に、すでにその侵入を拒めぬほどに熟れ、雌として開発されつつあった。

ゼノスが大きな指先で薄紅色の花弁をそっとなぞると、秘所はすでに恐怖の汗に混じって、どろりとした滑らかな蜜を自ら溢れさせながらゼノスのごつい指を迎え入れ、1本、また1本と飲み込んでいく。

ゼノスは指を引き抜くと自らの衣服を脱ぎ捨て、ガチガチに猛り狂った巨大なペニスを容赦なく押し当てた。

 

「あぁっ!……あ、あああぁぁッ…!」

 

圧倒的な質量が、熱を帯びた内壁へと滑り込んでいく。かつての引き裂かれるような激痛は減り、内壁を限界まで圧迫し、みちみちに押し広げる衝撃がルカの全身の神経を痛みから快楽へと麻痺させた。肉壁はじっとりと熱い質量を締め付け、吸い付くようにしてその最奥まで凶器を呑み込んでゆく。

 

「最高の、狭さだ……。ずいぶんと素直に俺を迎え入れるようになったな」

 

ゼノスは歓喜の声を漏らし、深く緩やかな抽挿を始めると、ルカの薄い唇からは、せつなげに震える喘ぎ声が零れ落ちた。

ベッドが激しく揺れ、パンパンと肉と肉がぶつかり合う濃厚な音が室内に響き渡る。

「 や、あっ、あっ、あっ」

 

植え付けられた暴力的な快楽の記憶が、肉体を内側からドロドロに溶かしていく。敏感な最奥の拠点を、ゼノスの昂ぶりが正確に抉るたび、背筋を貫くような淫らな痺れがルカの五感を焼き尽くし、紫の瞳は熱い涙に潤んで視界を白く歪ませた。

痛みの中に混ざり込む、背筋を貫くような淫らな痺れが何度も襲う。

 

「あぁ、っ……あ、あぁ、んッ…」

喘ぎ声が甘く変わっていくのを、ゼノスの狡猾な耳は見逃さなかった。

「そうだ……お前の身体は、もう俺を覚えてしまった。お前は俺のものだ」

「ちが、う……俺は、おまえの、ものに……あ、うあぁっ!!」

 

敏感な最奥を容赦なく抉られ、ルカの思考は完全に白く焼き飛ばされた。

激しく蹂躙され、その中に熱い精液をぶちまけられても、ゼノスの情欲は止まらない。今度はうつ伏せにひっくり返され、後孔へと巨大な質量が容赦なく突き立てられる。

 

「あ、や……っ、やめ……!」

ゼノスの太さに馴染みかけている直腸の壁は、ヌチヌチと音を立てて凶悪な質量を根元まで受け入れ、びくびくと愛おしげに収縮した。

「あ……、ひ、うぅ……っ! あうぅっ……!」

ゼノスは逃がさぬようにルカの細い腰を強く掴み、後ろから猛烈な速度で腰を打ち付け続けた。

前も、後ろも。ルカの誇り高き魂は、ゼノスの圧倒的な熱と暴力によって、夜が更けてもなお、幾度も、幾度も、徹底的に蹂躙された。二度、三度と体内の最奥にドロドロとした種を注ぎ込まれ、強制的な絶頂の快楽へと叩き落とされる。

心は憎悪に狂っているのに、身体はゼノスの与える快楽に震えて啼く。

何度目かも分からない絶頂の余韻に身体を震わせ、肉体がもたらす底なしの快楽の果てに、ルカは夜半過ぎ、ついに力尽きて深い意識の闇へと沈んでいった。

 

 

――どれほどの時間が経っただろうか。

 

深夜、嵐が去った後のように静まり返った私室。

ベッドの上には、全身をゼノスの痕跡と白濁した液で汚され、疲れ果てて眠るルカの姿があった。

ゼノスはルカの細い腰を抱き寄せ、その寝顔をじっと見つめていた。

 

その時、ルカの端正な眉が、苦しげにきゅっと寄せられた。

長い睫毛が微かに震え、その目尻から、一筋の透明な涙がハラハラとシーツへと零れ落ちる。

 

「……かあ、さん……」

 

小さな、消え入りそうな、掠れた寝言だった。

過酷な運命の中で、異形として生まれながらも自分を愛してくれた、遠い故郷の母。海都の仲間たち。

夢の中でだけは、この悍ましい黄金の鳥籠から逃れ、あの温かかった日々に帰っているのだろうか。捕虜としてすべてを奪われ、男としての誇りも汚された青年が、夢の中で縋るように呟いたその言葉は、あまりにも儚く、哀れだった。

 

ゼノスは、ルカの目尻から流れる涙を、自らの大きな親指の腹でそっと拭い取った。

「母、か」

その黄金の瞳に宿るのは、憐れみなどではない。自分以外の誰かを想い、涙を流す獲物への、どす黒く歪んだ独占欲だった。

 

ゼノスはルカの涙に濡れた頬へ、そしてまだ仄かに熱を持った薄い唇へと、吸い付くような、濃厚で独占的な口づけを再び落とした。

夢の中でさえ、お前を誰にも渡しはしない。その心も、肉体も、流す涙の理由さえも、すべて俺のものだと言わんばかりに、ゼノスは眠れる獲物を見つめ続けるのだった。

 

 

 

第五十三節 呪いの名前

窓の外には、終わりなき冷たい雨が降っていた。

帝国の堅牢な城壁を静かに、執拗に叩く水滴の音。灰色の空はどこまでも低く、重たい雲が垂れ込めている。

 

ルカは図書室にいた。

そこは、かつて数々の帝国の学知が集められた場所であり、偶然にも皇太子の私室からほど近い位置にある、広大な書庫だった。

首に嵌められた魔力拘束具によって一切の術式は使えないものの、ルカの城内での行動は、捕虜としてはやはり信じられないほどに自由だった。この重厚な扉から、決して外の世界へは逃げられないという絶対的な前提を除けば。

 

カサリ、と静かにページをめくる。

古い医学書。古今の人体構造を記した解剖図。東方の治療術に関する詳細な研究書――。

机の上に広げたそれらは、かつて海都で、あるいは戦場でルカが見慣れてきた知識の数々だった。

だからだろうか。文字を追っている間だけは、激しく陵辱され続ける日々の恐怖から離れ、少しだけ心が落ち着くのを感じていた。

 

その時、静寂を破って背後から低い声が響いた。

 

「随分と難しい本を読んでいるな」

 

ルカは顔を上げない。誰が来たのかなど、その声の質量だけで嫌というほど理解できた。

「暇だからな」

「そうか。俺も暇だ」

「知っている」

 

ガタ、と重厚な椅子が引かれる音がして、ルカの真向かいへとゼノスが腰を下ろした。

もはや、いつものことだった。朝、昼、夜、ルカがどこで何をしていようとも、気がつけばこの皇太子は必ず近くにいる。話しかけてくることもあれば、ただ黙って見つめているだけのこともある。

していることはそれだけなのに、その存在感はあまりにも大きく、図書室の空気を一瞬で支配してしまう。

 

しばらくの間、再び沈黙が続いた。

部屋を包むのは、窓を叩く規則的な雨音だけ。

やがて、ゼノスがルカの手元にある本へとその黄金の瞳を向けた。

 

「人体の本か」

「……仕事柄な」

「ならば――お前は、自分の身体について深く調べたことはあるか」

 

ページをめくろうとしていたルカの指先が、ピタリと止まった。

ルカは答えない。いや、答えたくなかった。あまりにも内側に深く隠してきた、自分自身の歪な肉体の真実。

だが、ゼノスはその一瞬の硬直を見逃さなかった。黄金の瞳が、獲物の急所を見つけたように淫らに、そして鋭く細められる。

 

「あるのだな」

 

沈黙。息が詰まるほどの、長い沈黙。

ルカは耐えかねたように、パタンと音を立てて本を閉じた。

 

「……何が言いたい」

 

声が少し硬く、震える。

だが、ゼノスはどこまでも静かだった。

 

「お前は――自分の身体を、ひどく嫌っている」

 

核心だった。

鋭い刃で胸の奥を抉られたような、激しい痛みがルカの全身を駆け巡る。

嫌っている。違う。そんな単純な言葉で片付けられるものではない。

もっと深く、もっと古い傷。二十年の人生の中で、かつて優しかった母が生きていた頃から、ルカの心にずっと深く突き刺さったまま、血を流し続けている傷だ。

 

「それを、呪いだと思っている」

 

ゼノスの冷徹な言葉が重なる。ルカはきつく目を伏せ、奥歯を噛み締めた。

否定など、できるはずがなかった。

幼い頃、故郷の村で両性体の身体を知られ、化け物と呼ばれた。不吉の象徴だと罵られ、石を投げられた。

普通の男のようには生きられず、普通の女のようには子を成せない身体。男でも女でもない異形。この世界で、誰かと共に未来を歩み、愛される資格など、最初から剥奪されている身体。

そう、自分に言い聞かせ、呪い続けて生きてきた。

 

「……事実だ」

 

絞り出すような小さな声。それが、ルカにできる精一杯の抵抗だった。

 

雨音が、さらに激しさを増していく。

ゼノスはしばらくの間、何も言わずに黙ってルカを見つめていた。

やがて、その薄い唇から、短く冷淡な言葉が放たれた。

 

「――くだらんな」

 

ルカの身体が、びくりと跳ね上がった。ゆっくりと顔を上げると、怒りにも似た激しい感情が胸の奥から急速に湧き上がってくる。

「何だと……?」

「くだらんと言ったのだ」

 

ゼノスの黄金の瞳が、ルカの青紫色の瞳を真っ直ぐに射抜いてくる。そこには、一片の揺らぎも、躊躇いもなかった。

「その程度のことで、お前は自分という存在のすべてを否定しているのか」

 

ガタァン!! と激しい音を立てて、ルカは椅子を蹴るようにして立ち上がった。

感情が、もう抑えきれなかった。

 

「その程度だと……!?」

 

震える声が、静かな図書室に響き渡る。

「お前に、お前に俺の何が分かる……っ! 」

 

ルカがこれほどまでに激しく、剥き出しの感情を他者へぶつけたのは、人生で初めてのことだった。だが、ゼノスは怒鳴り返すこともなく、ただ黙ってルカの言葉を受け止めている。

堰を切ったように、ルカの口からずっと閉じ込めてきた絶望の言葉が溢れ出した。

 

「俺は、誰にも必要とされなかった……っ! 故郷の奴らからは化け物扱いされて、日陰を生きるしかなかったんだ!」

「……」

「普通の人間のように、子孫を残すことだってできない!」

「……」

「普通ですらないんだ、俺は……っ!」

 

声が掠れ、激しい呼吸のせいで胸が苦しい。ずっと心の最奥に閉じ込め、鍵をかけてきた血を吐くような本音だった。

 

ゼノスは静かに椅子から立ち上がった。その巨大な体躯が、ルカの前へと一歩だけ近づく。

 

「ルカ」

 

怒りもせず、ルカの歪な肉体を否定もせず、ただ真っ直ぐに、その存在のすべてを肯定するように見つめている。

 

「それが、何だ」

 

低い、しかし不思議なほどにルカの鼓膜へ、魂へと深く響く声だった。

 

「お前は、今こうして生きている。……戦場で戦い、背後の仲間を守り、その手で多くの傷を癒し、数え切れぬほどの命を救ってきた」

 

ゼノスの黄金の瞳は、微塵も揺るがない。

 

「それだけの実績を持ちながら、未だ己に価値がないと言うのなら――」

ゼノスは薄く、どこか酷く艶やかに笑った。

「この世の大半の凡俗どもは、生きている価値さえなくなるな」

 

ルカは、息を呑んだまま言葉を失った。

何か反論したかった。この身勝手で残虐な怪物に、自分の何が救えるのかと罵りたかった。

したいのに――どうしても、言葉が出てこない。

 

胸の奥が、焼けるように熱い。苦しくて、涙が溢れそうになる。

なのに、その言葉の圧倒的な力強さに、ずっと暗闇に置き去りにされていた心が、どこか深く救われるような、奇妙な感覚を覚えた。

 

認めたくはなかった。認めれば、今まで自分が信じ、耐えてきた「呪い」の二十年間がすべて崩れ去ってしまうような気がしたからだ。

だからルカは、耐えかねてぷいと顔を背けた。

 

しかし、その日。

初めて、ほんの少しだけ――ルカの心を縛り付けていた呪いの名前は、確かに揺らいだ。

誰にも愛されない。誰にも必要とされない。

そう頑なに信じ込み、心を閉ざし続けてきたルカの壁が、ゼノスという絶対的な肯定の前に、ほんの少しだけ、音を立てて軋み始めていた。

 

 

 

第五十四節 鏡面の背徳

ある日の夕刻、戦場での血生臭い指揮から戻ったゼノスは、鎧を纏ったままの酷く荒々しい足取りで私室の扉を押し開けた。

 

部屋の片隅、微かな灯りの下で静かに本を読んでいたルカは、そのあまりにも凶暴な気配に息を呑んだ。立ち上がって距離を取ろうとした瞬間には、すでに遅い。ガレマルド製の冷たい金属鎧の感触と共に、ルカの華奢な身体は乱暴に抱き寄せられていた。

 

「ん……っ やめ、ん、んぅ…」

 

鉄の匂いを孕んだ、息もできないほどの荒々しい口づけがルカの薄い唇を塞ぐ。ゼノスは強引に舌を突き入れて口内を蹂躙しながら、空いた手でルカの白い軍医制服に手を掛けた。

引きちぎられるようにしてボタンが弾け飛び、引き裂かれるたびに仕立て直される衣服が再び容赦なく床へと剥ぎ落とされていく。

 

ゼノスは衣服をすべて奪い去ると、抵抗するルカの細い腰を片手で軽々と抱え上げ、部屋の壁面に据え付けられた巨大な姿鏡の前へと連れて行き、無理矢理に立たせた。

 

「な……何のつもりだ、やめろ……見せるな、見たくない……ッ!」

 

ルカは涙を溢れさせ、激しい羞恥に顔を覆おうとした。だが、ゼノスはその両手首を掴んで鏡の枠へと固定し、ルカのすべてを鏡の中へと晒し出す。

 

鏡に映し出されていたのは、妖絶なまでに美しい、奇跡のような両性体の裸体だった。

白く透き通るような肌には、ここ数日で刻まれたゼノスの生々しい愛撫の痕が、まるで紅い花弁のように点々と浮かび上がっている。男のものにしてはあまりにも線が細くしなやかな肩から、やわらかく膨らんだ胸、桜色の突起、そして驚くほど細くくびれた腰の曲線。その下半身の合間には、未だに昨夜の情事の名残で微かに朱を帯びた、薄紅色の瑞々しい花弁がひっそりと佇んでいる。

神の悪戯か、あるいは至高の芸術か。あまりにも淫らで、清らかな美しさ。ルカは自らのその歪な肉体の輝きを直視することができず、激しく首を振って目を閉じた。

 

「目を開けろ、ルカ。お前が呪いと呼ぶその身体が、どれほど俺を狂わせる美しさか、その眼でとくと見ろ」

 

ゼノスの低い声が耳元で響いた直後、下着が乱暴に下ろされ、獰猛に猛り狂う巨大な質量がルカの背後へと迫った。

 

「いや、あ……あぁぁぁッ!」

 

ルカの悲痛な絶叫が、鏡に遮られて部屋に木霊する。

ゼノスは一切の容赦なく、受け入れる準備もないままルカの後孔へとその巨大なペニスを根元まで一気に突き立てた。直腸の壁が限界まで押し広げられる激痛と、内側から肉体を裂かれるような衝撃に、ルカの背中が激しく弓なりに跳ね上がる。

 

「見ろ、ルカ。お前が今、誰に貫かれ、誰のものになっているかをな」

「あっ、あ…いやだ!いやだぁっ!」

 

ゼノスは背後からルカの細い腰をガチリと掴み、鏡から目を背けようとするルカの顎を強引に掴んで、正面の鏡へと無理矢理に向かせた。

鏡の中では、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに濡らし、苦痛と快楽の狭間で激しく喘ぐルカの姿が、そしてその可憐な身体を後ろから容赦なく激しく突き上げ、蹂躙しているゼノスの姿が、生々しく映し出されていた。

 

「あ、ひぅ、あぁッ! やぁっ……あ、あッ!」

 

パン、パン、と肉が激しく衝突する音が響くたび、ルカの小さな身体は鏡の前で激しく揺さぶられる。自分が今、最も憎むべき者の巨大なペニスで後ろから犯されているという悍ましい視覚的現実が、ルカの理性を容赦なく破壊していった。

 

さらにゼノスは、後ろから腰を激しく打ち付けながら、空いた手をルカの股間の前へと回した。

「ひ、あぁッ!? やめろ、あぁっ……っ!」

ルカが悲鳴を上げるのも構わず、ゼノスは潤んだ薄紅色の花弁の入り口へと、自らの太い指を乱暴に、しかし的確に突き入れた。

 

「いやっ!! あ、あぁぁぁ!!」

 

後ろを巨大なペニスで抉られながら、前孔の最も敏感な最奥を指で激しくかき乱される、二重の陵辱。

ルカは激しい屈辱と苦痛のなか、大粒の涙を流しながら鏡の中のゼノスを睨みつけ、泣き叫んだ。

「何故……何故、こんな……!」

「これは調律だ」

 

ゼノスは狂おしい歓喜に黄金の瞳を歪め、さらに激しく腰を打ち付け、指を狂暴に動かした。

「お前が呪いとのたまうこの身体を啼かせ、俺の手で絶頂の悦びへと叩き落とす瞬間が、たまらなく愉しいのだ」

 

「あ、く、あぁぁッッッ!!!」

 

その瞬間、前後から同時に与えられる破滅的な快楽の波動が、ルカの脳髄を完全に焼き切った。

「あ、あっ!!……っ、うあぁぁあああッッ!?」

言葉にならない絶叫とともに、ルカの身体が弓なりに引き絞られる。

その瞬間、極限まで高まった秘奥の収縮に伴い、未だかつて経験したことのない大量の淫水が、勢いよく溢れ出した。シャァッと弧を描いて放出された透明な熱い液体が、二人の足元と、正面の鏡面を容赦なく汚すように激しく飛び散る。

軍医としての知識はあったが、生まれて初めて味わう「潮吹き」という狂乱の現象が鏡に写るのを目撃し、ルカの精神は完全な敗北感に打ちのめされた。

ゼノスは目を細めそれを眺めた。

「ほう…。 これほどまでに見事な花を咲かせるとはな」

「ぅ…ぅっ……」

全身を激しく痙攣させ、パタパタと蜜を流しながら、ルカは心身力尽き、深い意識の闇へと失神していった。

 

ゼノスはぐったりと折れ曲がったルカの身体を鏡の前でしっかりと抱きとめ、その体内の最奥へと、熱い精液を激しく注ぎ込むのだった。

「お前をつくりかえる。拷問や苦痛ではなく…快楽によって調律する」

 

 

 

第五十五節 弱さの温度

冬が、すぐそこまで近付いていた。

帝国の夜の冷え込みは、海都の比ではない。窓の外に目を向ければ、灰色の闇の向こうから、静かに、重たく、今年最初の雪が降り始めていた。

 

ルカは私室の窓辺にぽつんと立っていた。

遥か遠くに見える、ガレマルドの城下町。点々と揺れる無機質な灯りは、かつて暮らした故郷の温もりとはあまりにもかけ離れている。

ここには、自分を必要としてくれた仲間もいない。どこへ行く自由もない。

すべてを奪われ、呪われた身体を毎夜のように暴かれ、ただ飼い殺されている。

 

それなのに――最近のルカの胸中は、奇妙なほどに凪いでいた。

かつてあれほど自分を苛み、胸を締め付けていた凍えるような孤独が、以前よりもずっと、薄く弱くなっているような気がするのだ。

認めたくはなかった。認めてしまえば、誇り高き光の戦士としての自分が、魂まで完全に屈服したことになってしまう。その理由が、他ならぬゼノスだということなど。

 

「……馬鹿らしい。何を考えているんだ、俺は」

 

自嘲気味に小さく呟いた、その時だった。

視界が急激にぐにゃりと歪み、周囲の景色が大きく傾いた。

 

(……あつい…)

 

朝から身体が鉛のように重かったことには、気付いていた。ただ、気付かない振りをしていただけだ。それは軍医として前線を生き抜いてきたルカの、悪い癖でもあった。他人の傷には誰よりも敏感なくせに、自分のこととなると、いつも後回し。今回も、ただの寝不足か何かだろうと高を括っていた。

だが、今回は違った。

見知らぬ地へ連行されてからの絶え間ない緊張。毎夜、あの規格外の巨躯に無慈悲に肉体を蹂躙され、心を抉られ続けた心労。それら積み重なった疲労のすべてが、ついに決壊し、限界を超えたのだ。

 

「っ、は……あ……」

 

ルカはその場にガクリと膝をついた。肺に上手く空気が入らず、呼吸が浅く苦しい。

おぼつかない手で額へ触れると、皮膚の感覚がおかしくなるほどの熱気が掌に伝わってきた。

まずい、と思った時には、すでに遅かった。ルカの紫の瞳から急速に光が失われ、そのまま冷たい床へと意識が遠のいていった。

 

 

次に目を開けた時、視界に飛び込んできたのは、見慣れた豪奢な天蓋だった。

ゼノスの私室。その中央に鎮座する、広大な寝台の上。

指先一つ動かすのにも億劫なほどに身体が重く、額にはしっとりと冷たい濡れ布が乗せられている。

そして――何よりもルカを驚かせたのは、寝台のすぐ傍らに、帝国の皇太子が腰掛けていたことだった。

 

ルカは一瞬で身体を硬直させた。

「……何を、している」

掠れた、情けないほどに細い声。

ゼノスは手元にあった本を静かに閉じ、その黄金の瞳をルカへと向けた。

 

「起きたか」

「質問に、答えろ……」

「見ての通りだ。看病をしている」

 

あまりにも自然な、当然と言わんばかりの答えだった。

ルカは熱のせいだけではない頭痛を覚え、眉をひそめた。

「……帝国皇太子が、捕虜の看病だと?」

「そうだ」

「正気か。そんなものは、侍女にでも任せればいい……」

「断る」

 

やはり即答だった。すべてを自分の思い通りに支配しなければ気が済まない、この男らしい独善さ。

だが、今日のゼノスは、いつもと少しだけ雰囲気が違っていた。その黄金の瞳が、どこか険しく、不機嫌そうに歪んでいる。

 

「何だ……その目は」

ルカが微かな息の下から問いかけると、ゼノスは数秒の間、黙ってルカを見つめ続けた。

そして、ぽつりと溢すように言った。

 

「お前が、病気で倒れるとは思わなかった」

 

ルカはたまらず目を伏せた。

戦場では、常に強くなければならなかった。軍医として、仲間を守る盾として、誰かの役に立ち続けなければ存在を許されないと思い込んでいた。だからこそ、こうして他者に弱る姿を見られることが、ひどく情けなく、恥ずかしく、耐え難かった。

 

ゼノスは、そんなルカの頑なな横顔をじっと見つめていた。

戦場でのルカは、誰よりも気高く、強かった。何度傷付き、血を流しても、不屈の瞳で立ち上がってきた。

だが、今は違う。熱に浮かされ、白い頬を林檎のように赤く染め、細い肩を震わせて苦しそうに呼吸を繰り返している。そこにあるのは、圧倒的な力を持つ光の戦士などではなく、ただの、儚く華奢な一人の青年だった。

 

その無防備な脆さが、ゼノスの胸の奥に、妙に深く、生々しく突き刺さった。

守ってやりたいなどという、安っぽい感傷ではない。もっと原始的で、どす黒い独占欲に近い何か。

失いたくない。俺をこれほどまでに昂らせるこの美しい光が、俺の預かり知らぬ病ごときで、呆気なく消え果てるのを見たくはない。そんな、飢えにも似た感覚。

 

ゼノスは静かに立ち上がると、器の水で布を絞り直し、再びルカの熱い額へと優しく置き去った。

ルカは抵抗しなかった。いや、する気力さえ残っていなかった。

ただ、少しだけ不思議だった。何故、これほどまでに残虐で、自分をモノのように弄んできた男が、ここまで過保護に自分に構うのだろうか。

 

ゼノスは、いつになく低い、落ち着いた声で言った。

 

「大人しく休め。……お前は、これまで何でも一人で背負い込みすぎてきたのであろう」

 

ルカは答えなかった。いや、答える言葉が見つからなかった。

二十年の人生の中で、そんな風に自分の内側の重荷を案じ、休めと言ってくれた人間は、誰一人としていなかったからだ。いつだって「強くいなさい」と、あるいは「助けてくれ」と、周囲から求められるばかりだった。

 

ゼノスは再び椅子へと腰掛け、静かに本を開いた。

部屋の中は、恐ろしいほどの静寂に包まれている。

窓の外では、音もなく雪が降り積もり、室内の暖炉だけがパチパチと心地よい音を立てて爆ぜ、部屋を暖めている。ただ、ゼノスがページをめくる微かな音だけが、規則正しく響いていた。

 

ルカは、重い瞼をゆっくりと閉じた。

不思議な夜だった。

敵国の捕虜と、すべてを奪った憎き皇太子。本来なら、決して交わるはずのない、あり得ない関係。

それなのに――暖炉の熱と、額にある布の冷たさ、そしてすぐ傍らにある圧倒的な体温を感じながら、ルカは思った。

 

今この瞬間だけは、ほんの少しだけ。

自分は、この世界で独りではないような気がする、と。

ルカの心を縛る冷たい雪は、ゼノスの不器用な温度によって、静かに、しかし確かに溶かされ始めていた。

 

 

 

第五十六節 母の夢

雪は夜通し、音もなく降り続いていた。

大きな窓の外は一面の白銀に染まり、世界はその豪奢な私室を置き去りにして、静まり返っている。

 

部屋の隅で赤々と燃える暖炉の火が、壁に長い影を落としながら不規則に揺れていた。室内は行き届いた温かな空気に満ちている。

だが、広大な寝台の上に横たわるルカは、未だ苦しげに胸を上下させていた。

熱は一向に下がる気配を見せず、白い額にはびっしょりと汗が滲んでいる。薄い唇から漏れる呼吸は浅く、途切れがちだった。

 

ゼノスは傍らの椅子に腰掛けたまま、ただじっとその様子を見つめていた。

膝の上の本はすでに閉じられている。文字を追う気にはなれなかった。黄金の瞳は、吸い寄せられるようにルカの姿だけを捉え続けている。

長く影を落とす睫毛。シーツに乱雑に広がる、濡れた青い髪。熱のせいで酷く赤く染まった頬。

いつもなら自分を激しく拒絶し、鋭く睨みつけてくる青紫色の瞳は、今は固く閉じられたままだ。あまりにも無防備なその姿に、ゼノスは吸い寄せられるように顔を覗き込んだ。

 

いつもなら、その無防備さに乗じて強引に唇を重ね、昏い情欲を満たしているところだった。ゼノスの唇が、ルカの熱い吐息に触れようとした、その時。

 

ルカの唇が、微かに、震えるように動いた。

 

「……母さん……」

 

小さな、掠れた声。

意識の底から漏れ出たような、儚い呟きだった。

ゼノスの端正な眉が、微かに跳ね上がる。

ルカは苦しげに眉間を寄せ、小さく頭を振った。酷く悲しい夢を見ているのだろう。

 

「母さん……っ」

 

もう一度、その名が呼ばれた。今度は明確に、怯えるように声が震えている。

その響きを耳にした瞬間、ゼノスは動きを止め、黙り込んだ。

何故だろうか。胸の最奥に、これまで感じたことのない、鉛のような重い感覚が沈み込んでいく。

 

ルカは普段、どれほど過酷な状況に置かれようとも、誰にも頼ろうとはしなかった。誰にも甘えず、誰にも自らの弱さを見せない。その気高い魂の鋭さこそが、ゼノスを何よりも昂らせてきたはずだった。

そのルカが、熱に浮かされた夢の中でだけ、幼子のように母親を呼んでいる。その厳然たる事実が、妙にゼノスの胸に深く、生々しく残った。

 

ルカの呼吸が、さらに激しく乱れ始める。

 

「置いて、いかないで……っ……」

 

今にも消え入りそうな、悲痛な叫びだった。

ゼノスは僅かに目を見開く。

置いていかないで。

たったそれだけの、ありふれた拒絶への恐怖。だが、その短い言葉の裏側に、この青年がどれほどの孤独と痛みを隠し持って生きてきたのか、ゼノスには少しだけ理解できたような気がした。

 

黄金の瞳が、静かに細められる。

初めてだった。自分を翻弄する不屈の「獲物」が、これほどまでに幼く、脆く見えたのは。

世界を救う光の戦士でもない。命を繋ぐ軍医でもない。気高き英雄でもない。

そこにいるのは、ただ、遠い過去に母を失い、その傷口を抱えたまま立ち尽くしている一人の子供だった。

 

ルカは苦しげに身じろぎをし、細い指先で寝台のシーツをきつく握り締めた。その身体が小さく震えている。まるで、声を出さずに泣いているかのように。

 

ゼノスは静かに立ち上がり、寝台の傍らへと一歩を踏み出した。

そして、しばらくの間、伸ばしかけた手を止めて迷った。

自分でも理由が分からない。これまでの人生で、誰かに対してこんな風に躊躇ったことなど一度もなかった。弱者には死を、強者には闘争を。それだけがゼノス・イェー・ガルヴァスの世界のすべてだったはずだ。

それでも、伸ばした手の動きを止めることはできなかった。

 

大きな掌が、そっとルカの額に触れる。

驚くほどに熱い。だが、その圧倒的な熱量が、ルカが確かにここで生き、脈打っている証のように感じられた。

 

「……馬鹿な奴だ」

 

低い声が、静かな室内に落ちる。

それがルカに向けられたものなのか、それとも、こんな奇妙な衝動に駆られている自分自身に向けられたものなのか、ゼノスにも分からなかった。

 

暖炉の火が爆ぜ、窓の外では雪が静かに積もっていく。どこまでも長く、深い夜だった。

ゼノスは、シーツを握りしめて震えるルカの華奢な身体を、壊れ物を扱うかのようにそっと引き寄せ、その大きな腕の中に抱き込んだ。いつもならそこから荒々しく衣服を引き裂き、肉体を蹂躙するはずの男が、今夜はただ、ルカの乱れた青い髪を、大きな掌で幾度も、静かに撫で続けるのだった。

 

 

夜明けが近付く頃。

部屋の温度が僅かに下がり始めた気配の中で、ルカはゆっくりと目を開けた。

 

まだ熱で霞む視界の向こう。パチパチと小さく爆ぜる暖炉の火と、窓の外から差し込み始めた薄白い朝の光。

そして――寝台のすぐ傍らで、静かに眠りについている男の姿があった。

 

ゼノスは椅子に座ったまま、腕を組み、静かに目を閉じている。その長い金髪が、始まったばかりの朝日に照らされて淡く輝いていた。

 

ルカは、身体を動かすことも忘れて、しばらくその光景をじっと見つめていた。

何故、この男がまだここにいるのか。

何故、用もないのに自分のもとを訪れてはじっと見つめてくるのか。

何故、捕虜である自分にそこまで執着し、構うのか。

 

頭の芯を焦がす熱の中で、いくつもの疑問ばかりが浮かんでは消えていく。

だが――不思議なことに。

いつもなら沸き上がるはずの激しい嫌悪や拒絶の感情は、どこにもなかった。

それどころか、氷のように冷え切っていた胸の奥が、ほんの少しだけ、じんわりと温かい何かに満たされているのを感じていた。

 

その温もりの正体が一体何なのか、今のルカにはまだ、どうしても分からなかったけれど。

 

 

 

第五十七節 フレイア

ルカは三日間寝込んだのち、ようやく熱が下がった。

窓の外を眺めれば、夜通し荒れ狂っていた雪はいつの間にか止んでいた。

白銀一色に染まった静謐な庭園。凍てつく空気の中に、どこか清らかな光が差し込む静かな朝だった。

 

ルカは私室の暖炉の前で、一人静かに本を読んでいた。

病み上がりということもあり、まだ身体の芯には微かな怠さが残っている。だが、指先を動かし、思考を巡らせるには十分だった。

カサリ、と静かにページをめくる。その時だった。

 

「お前の母は、どんな女だった」

 

不意に、静寂を破るように低い声が室内に響いた。

ルカの指がピタリと止まる。網膜に映っていたはずの医学書の文字が、一瞬にしてただの無意味な黒い染みへと変わった。

ゆっくりと顔を上げる。

向かいの長椅子には、いつの間にかゼノスが腰掛けていた。いつもと変わらぬ、そこにいるのが当然と言わんばかりの尊大な態度。

 

ルカはしばらくの間、何も言わずにゼノスを見つめた。

「……何故、急にそんなことを聞く」

「気になった。ただそれだけだ」

「それだけ、か」

「それだけだ」

 

黄金の瞳には何の策略も、嘲弄の色もなかった。本当に、ただ純粋な興味だけで問いかけている。

ルカは小さくため息をつき、手元の本を閉じた。

不思議だった。いつもなら自らの領域に踏み込まれることに激しい怒りを覚えるはずなのに、何故か、拒絶する気にはなれなかった。昨夜、熱に浮かされる中で肌に触れていた、あの大きな掌のぬくもりが、まだ記憶の隅に残っているからだろうか。

 

ルカは視線を落とし、パチパチと爆ぜる暖炉の火を見つめた。

揺れる紅い炎の向こうに、遠い過去の、凍結されていたはずの記憶がゆっくりと蘇ってくる。

やがて、ルカは静かに口を開いた。

 

「優しい人だった」

 

それが、最初の言葉だった。

「……いつも、笑っていた」

 

炎が揺れる。頭の中に、故郷の景色が鮮明に浮かび上がる。

深い森に囲まれた、小さな集落。夕暮れ時の茜色の空。庭の隅にあった、一本の大きな柿の木。そして、何よりも愛おしかった、母の声。

 

「俺が、呪いの子だと村の奴らに罵られて泣いていると――」

ルカの唇の端が、ほんの少しだけ、切なげに綻んだ。

「……すぐに駆け寄って、何も言わずに、強く抱き締めてくれた」

 

その笑みは、戦場を生き抜いてきた光の軍医のものではない。ただの、母の愛を乞う幼い子供のそれだった。

ゼノスは何も言わなかった。からかうことも、遮ることもせず、ただ真っ直ぐにルカを見つめて、その言葉に耳を傾けている。

 

「綺麗な人だった。青い空みたいによく笑って、誰にでも、どんな人間にでも優しかった……」

堰を切ったように、少しずつ言葉が溢れ出していく。自分でも驚くほど、この男に対して素直に過去を語っていることに戸惑いながらも、止まらなかった。

「俺は……母さんが好きだった。本当に、大好きだった」

 

小さな、消え入りそうな声。

暖炉の炎が、ルカの視界の中でじわりと滲む。青年はきつく目を伏せた。

 

「だから……今でも思う。俺のような異形が、生まれさえしなければ」

 

その瞬間、室内の空気が一変した。

ゼノスの黄金の瞳が、獰猛に細められる。だが、ルカはそれに気付かないまま、胸に溜まった澱を吐き出すように言葉を続けた。

 

「母さんは死ななかった。村の人たちから、化け物を産んだ不吉な女だと迫害されることもなかった……っ。もっと、普通の人間として幸せになれたはずなんだ。……俺さえ、いなければ」

 

静かな、しかし確かな呪詛を孕んだ声。

何年も、何年も自らの内側に抱え、繰り返し自らを苛んできた暗い罪悪感。だからこそ、何の衒いもなく、ごく自然に口から出た言葉だった。

 

だが、次の瞬間。

 

「違うな」

 

地を這うような低い声が、ルカの言葉を容赦なく割り込んだ。

ルカが驚いて顔を上げると、ゼノスが黄金の瞳で自分を真っ直ぐに射抜いていた。

 

「違う。……お前は、何も分かっていない」

 

もう一度、今度は明確な拒絶の意志を込めて告げられる。ルカは不快そうに美しい眉を寄せ、反論しようと唇を開いた。だが、言葉にならなかった。ゼノスのその双眸が、あまりにも真剣で、揺るぎない光を放っていたからだ。

 

「その女は――」

ゼノスは、珍しく慎重に言葉を選ぶようにして、厳かに続けた。

「お前を愛していた。だから産んだのだ。だから守り、だから最後まで生きてほしいと願った」

 

暖炉の薪が、パチンと大きく音を立てて爆ぜる。ルカの胸の奥が、鋭くズキリと痛んだ。

「だが、俺のせいで母さんは――」

「聞け」

 

ゼノスが冷徹に声を遮る。低く、重厚で、決して獲物を逃がさない絶対的な声だった。

「お前は、その母の願いを半分しか覚えていない。あるいは、都合よく忘れているな」

 

ルカは息を呑み、青紫色の瞳を見開いた。

母、フレイアの最期。

あの日、血の気が引いていく震える唇。自分を撫でてくれた、骨張った優しい手。呼吸が止まる直前、聞き取れなくなるほどに弱々しく、けれど必死に紡がれた、あの最期の言葉。

 

『どんなに辛くても……美しい心と、美しい身体で……生きてほしい』

 

胸の最奥に焼き付いていたその記憶を、なぞるようにゼノスは静かに言った。

 

「その女は、お前に死んでほしかったのか? お前自身が、自分の身体を呪い続け、日陰で惨めに生きていくことを望んでいたのか?」

 

言葉が出なかった。

「――違うだろう」

 

ルカの喉が、引き攣ったように激しく震える。胸の奥が苦しい。熱くて、痛くて、今すぐこの場から逃げ出し、目を逸らしたくなるほどの衝撃だった。だが、ゼノスの放つ圧倒的な存在感の前に、動くことさえ叶わない。

 

ゼノスは静かに長椅子から立ち上がった。暖炉の紅い炎が、黄金の瞳の中でゆらゆらと不気味に、そして妖艶に映り込んでいる。

 

「お前はずっと、母の死という過去を背負って生きている。それは分かる。……だが」

 

一歩、ゼノスがルカとの距離を縮める。

その時、ほんの僅かに、男の声が驚くほど柔らかくなった。

 

「その女が命を賭して愛した『ルカ』という存在を――お前自身が、一番否定し、呪っているのではないか」

 

濃密な沈黙が、二人の間に重たく降り積もる。

暖炉の爆ぜる音だけが、虚しく室内に響いていた。ルカは、何も言えなかった。反論の言葉など、どこを探しても見つからなかった。

代わりに、青紫色の瞳の端から、一筋の透明な雫が静かに溢れ、頬を伝って落ちていく。ルカ本人すら、自分が泣いていることに気付かないほど、静かな涙だった。

 

それを見て、ゼノスは何も言わなかった。

安易な慰めの言葉をかけることも、憐れみの目を向けることもない。ただ、ルカの瞳から零れ落ちたその涙から、片時も目を逸らさずに見つめ続けていた。

 

やがて、ゼノスは大きな手を伸ばし、ルカの華奢な身体を抱き寄せた。

「呪いとのたまうお前を、こうして欲する者もいる」

「なにを……ん」

驚いて身を固くするルカの唇を、有無を言わせぬ動きで強引に塞ぐ。

いつもなら、肉体を引き裂くような暴虐さを孕んだ口づけだった。しかし、今重ねられた唇は、驚くほどに優しく、ルカの吸う息のすべてを愛おしむように濃厚だった。

「んっ…」

 

ゼノスはルカの軽い身体を両腕で軽々と抱きかかえると、そのまま部屋の中央にある広大な寝台へと歩み、ころりと放り投げた。

いつもなら、自らのすべてを賭して激しく抵抗するはずのルカだったが、今は何故か、その身体に力を込めることができなかった。ゼノスの言葉によって心の最奥の壁を壊されたショックと、その後に訪れた奇妙な安堵感のせいで、されるがままに大きな掌で愛撫され、衣服を一枚ずつ脱がされていく。

 

隠すもののなくなった両性体の肢体が、ベッドの上に美しく晒される。

この日、ゼノスがルカを貫いた動きには、いつもの狂暴なまでの暴力性は影を潜めていた。ルカの未だ熱の残る身体を労るように、美しい薄紅色の花弁が痛まないような角度で、ゆっくりと、けれど確実に最奥までその巨大な質量を沈めていく。

「まだ熱が残っているな」

「あ……っ、ふあ、あ……っ」

 

身体の芯を解すような、優しくも濃厚な熱がルカの体内を満たしていく。病み上がりゆえの加減なのか、それとも、皇太子が時折見せる気まぐれなのかは分からない。ただ、ルカはゼノスの与えるかつてない密やかな甘やかさに翻弄されながら、揺れる視界の中で、ただ黄金の瞳を見つめ続けることしかできなかった。

 

 

 

第五十八節 ぬくもり

ある雪解けの昼下がり、ルカはゼノスに促されるまま、自分が育った村の話や母フレイアとの思い出をぽつりぽつりと語っていた。

不吉の象徴と罵られた過去、歪な身体のせいで味わった孤独。これまで誰にも明かしたことのない暗い記憶のはずだったが、不思議と、目の前に佇むゼノスには素直に打ち明けることができた。

だが、堰を切ったように言葉を紡ぐうち、ルカの青紫色の瞳から、こらえきれない涙がじわりとあふれ出してきた。

 

一度溢れてしまったものは、もう止まらなかった。

 

暖炉の爆ぜる火がゆらゆらと揺れる。

視界が急激に滲み、赤々とした炎の向こうに、懐かしい母の顔が鮮明に浮かび上がる。

優しかったフレイアの笑顔。自分を呼ぶ温かい声。化け物だと泣くルカを包み込んでくれた、あの温かい手。

――もう二度と会えない、大切な人。

 

ルカはこれ以上涙を流すまいと、薄い唇をきつく噛み締めた。

だが、心の壁が決壊した肉体は言うことを聞かず、大粒の雫が頬を伝って零れ落ちる。

ぽたり、と固く握りしめた手の甲へ、また一滴。

 

その時だった。

涙に濡れた視界へ、不意に大きな影が落ちた。

 

ゼノスだった。

いつの間にか長椅子から立ち上がり、ルカの目の前まで歩み寄ってきていたのだ。

ルカは自らの醜態を隠そうと、慌てて顔を背けた。

「……見るな」

掠れた、ひどく情けない声が喉の奥から漏れる。

ゼノスは何も答えなかった。ルカはさらに拒絶を示すように顔を伏せ、身体を縮こまらせた。

 

すると。

ふいに、ルカの華奢な肩へと、温かく重い質量がかかった。

 

一瞬、自分の身に何が起きたのか分からなかった。

はっと気付いた時には――ゼノスの強靭な、巨大な両腕が、ルカの背中へとそっと回されていた。

ルカの思考が、完全に停止する。

毎夜のように暴力的に組み敷かれ、すべてを奪われてきたその同じ腕に、今、ルカは静かに抱き締められていた。

 

言葉が出ない。

全身の筋肉が驚きでカチリと硬直する。

本能的な恐怖から、逃げようと身をよじりかけた。だが――ルカはそれ以上、身体を動かすことができなかった。

 

戦場で幾度も巨大な刀を振るい、数多の敵を屠ってきた圧倒的な武の腕。毎晩のようにルカを無慈悲にねじ伏せ、凌辱してきた、恐ろしい肉体の質量。

それなのに。

今、ルカを包み込んでいるその腕には、不思議なほど力が込められていなかった。

逃げようと思えば、いつでもその隙間を抜けて逃げ出せる。その程度の、酷くあいまいで、密やかな拘束。

まるで、その腕の中に留まるかどうかを、ルカ自身の意志に委ね、選ばせるかのような。

 

ルカは結局、動けなかった。

耳元のすぐ近くで、地を響かせるような低い声が鼓膜を揺らす。

 

「泣くがいい」

 

短い言葉。たった、それだけだった。

安っぽい慰めでもなければ、前を向けという励ましでもない。ただ、涙を流すことそのものを許す、無骨な一言。

だが、その飾らない言葉が、かえってルカの胸の最奥へと深く、鋭く突き刺さった。

 

ルカは静かに、諦めたように目を閉じた。

――温かい、と思った。

思えば、こうして誰かの体温に包まれ、無条件に抱き締められたのは、一体いつ以来だろうか。

まだ村にいた頃、母が生きていた遠い昔のことかもしれない。もう疾うに忘れてしまったと思い込んでいた、他人の「ぬくもり」という感覚。

胸の奥が苦しくて、堪らなくて、さらに涙が溢れて止まらなくなる。

 

ルカは震える指先を伸ばし、ゼノスの着ている黒い上着の布地を、ぎゅっと掴んだ。

無意識の行動だった。ルカ自身はまったく気づいていない。とても自然に、その大きな身体へと縋り付いていた。

 

その瞬間、ゼノスの黄金の瞳が、僅かに見開かれた。

ルカという気高き獲物が、泣きながら自ら誰かへ縋り、頼る姿など、ゼノスは想像したこともなかった。いつも一人で立ち、誰も頼らず、誰にも寄り掛かろうとしなかった、あの不屈の光。

そんな青年が、今だけは牙を収め、自らの胸の中で子供のように震えている。

 

ゼノスは何も言わなかった。ただ、ルカを包む腕を離そうとはしなかった。

静かに、じっと、その華奢な質量を自らの胸へと縫い留める。

暖炉の火が静かに揺れ、二人の体格の異なる影が壁に一つに重なり合う。どれほど長い時間が過ぎただろうか。

 

やがて、ルカの肩の震えは、少しずつ収まっていった。

あれほど溢れていた涙も止まり、浅かった呼吸も、ゼノスの規則正しい胸の鼓動に合わせて落ち着きを取り戻していく。

 

そしてようやく、ルカはゼノスの胸に顔を埋めたまま、小さく呟いた。

 

「……変な、奴だな……お前は」

 

鼻声の、ひどく掠れた声。

ゼノスは腕の中で、その口元を僅かに、愉しげに歪めて笑った。

「知っている」

 

返ってきたのは、それだけだった。

だが、ルカはまだ気付いていなかった。これまで徹底的に拒絶し、憎んできたはずの相手に対して、自分が初めて『自分から』手を伸ばし、触れたということに。

 

そしてゼノスもまた、未だ気付いてはいなかった。

この奇妙な午後のぬくもりを境に、ルカという存在を失うことを、ただ想像するだけで――胸の奥が不快に、狂おしく掻き乱されるほど、その情が深く深く、取り返しのつかないところまで育ち始めていることに。

 

 

 

第五十九節 待つということ

それは、本当に小さな変化だった。

他者から見れば決して気付かないような、そしてルカ自身でさえも、意識の表層へ浮き上がってくるまでは捉えきれなかったほどの、密やかな兆し。

 

朝、いつものように目を覚ます。

窓を開けると、外の白銀は少しずつ黒い土を覗かせ、融け始めていた。過酷だった帝国の冬が、静かに終わりを告げようとしている。

ルカは机に向かい、本を開いた。いつも通りの朝。何も変わらない監禁生活。

 

――ふと、気付けば視線が重厚な扉の向こうへと向いていた。

無意識の行動だった。何故自分がそんなところを見つめているのか、その理由すら分からない。

しばらくして、はっと我に返る。

 

馬鹿馬鹿しい、と自嘲気味に息を吐き、慌てて視線を本へと戻す。文字を追い、知識を頭に叩き込もうとする。しかし、数行も読まないうちに、再び視線は吸い寄せられるようにして扉へと向かってしまうのだった。

 

誰も来ない、静かな部屋。

ただ暖炉の火だけが、パチパチと音を立てて虚しく揺れている。

ルカは不快そうに美しい眉をひそめた。どうにも胸の奥がざわついて、落ち着かない。その理由を、本当は疾うに理解しているはずだった。ただ、認めたくないだけだ。

 

その時、重苦しい金属音を立てて、唐突に扉が開いた。

聞き慣れた、傲慢で確かな足音。

 

「……何をそんな顔で、扉を睨んでいる」」

 

地を這うような低い声。ゼノスだった。

ルカは心臓が跳ね上がるのを感じながら、反射的にパタンと本を閉じた。

「……別に」

即答だった。いつになく余裕のないその態度に、ゼノスは黄金の瞳を少しだけ細めた。

「そうか」

その声音には、隠しきれない愉悦の色――ルカの動揺を面白がるような響きが混ざり合っていた。

(……気付かれている)

そう察した瞬間、ルカは自らの脆さが許せず、さらに不機嫌そうに顔を歪めた。

「暇なら、自分の仕事でもしたらどうだ」

「終わらせた」

「嘘だな」

「半分は本当だ」

 

相変わらずの傲岸不遜な態度。ゼノスは当然のようにルカの向かい側の席へと腰を下ろした。いつもの席、いつもの距離。

ただ、それだけのことなのに。

何故だろうか。ゼノスがこの空間に存在しているというだけで、ルカの体内の焦燥が、少しだけ凪いでいくような錯覚を覚えた。

 

ルカはその決定的な事実に、ついに気付いてしまった。

途端に胸が激しくざわつく。嫌だった。絶対に認めたくなかった。

この男は自分を戦場から拐い、毎夜のように肉体を無理無体に蹂躙し、すべてを奪った敵だ。それなのに、その存在に「安心」を抱いている自分が、どうしても許せなかった。

逃げるようにページをめくるが、文字はただの黒い染みとなって網膜を滑り落ち、何一つ頭に入らない。

 

沈黙が続く。しかし、以前のような張り詰めた刺々しさはなく、不思議と苦ではなかった。

やがて、ゼノスが静かに口を開いた。

 

「……帰りたいか、ルカ」

 

唐突な問いかけだった。

ルカの指先が、本の端を掴んだまま凍りつく。

帰る。その言葉が脳裏に響いた瞬間、ルカの心には、海都に残してきた大切な仲間たちの顔が次々と浮かび上がった。

ミリア、ブラン、斧術士ギルドの面々。肌を刺す、懐かしい潮風の匂い。

故郷の村ではない。けれど、居場所のなかった自分を初めて受け入れ、必要としてくれた、確かに自分の「家」だった場所。

 

「……当たり前だ」

 

静かな、しかし確固たる拒絶を込めた声。

ゼノスは何も言わなかった。ただ、その黄金の瞳が、ほんの一瞬だけ、仄暗く伏せられた。

その刹那の表情が、どうしてか、酷く「寂しそう」に見えた。

 

(そんなはずは、ないのに……)

 

ルカは激しい困惑に囚われた。何故、そんな顔をする。捕虜が故郷へ帰りたがるなど、至極当然の理屈ではないか。

なのに――ルカの胸の奥が、小さな針で刺されたように、チクリと痛んだ。その痛みの理由を、今はどうしても分かりたくなかった。

 

不意に、ゼノスが音を立てて立ち上がった。

「――今日は、これから忙しい」

珍しく発せられた明確な予定の言葉。

「だから」

 

「っ、あ……!?」

 

次の瞬間、ルカの身体は有無を言わせぬ腕力によって、ベッドへと乱暴に押し倒されていた。

驚きに目を見開くルカの耳元へ、ゼノスの唇が寄る。ピンと張り詰めたルカの猫耳を、ゼノスは逃さぬように優しく甘噛みし、そのまま息を奪うような濃厚な口づけで唇を塞いだ。

 

「ん……ぅ、ん、――ッ!」

 

背徳的な熱が瞬時に室内を支配する。ゼノスは衣服の上からルカのやわらかく膨らんだ胸を形が歪むほど乱暴に揉みしだき、制服のスカートを容赦なくたくし上げた。下着が強引に膝まで引き下ろされ、片方の足首にひっかけたまま、ルカの両脚が大きく割り開かれる。

 

ゼノスは自らの太い指をルカの口内へと突っ込み、溢れる唾液でねっとりとかき回した。そして、その濡れた指をそのまま、ルカの薄紅色の秘部へと容赦なく突き入れた。

「あぁッ! はぁ、あ、あッ!」

ぬちぬちと粘つく水音と、ルカの高い喘ぎが寝室に響き渡る。毎晩のように開発され続けた肉体は、指が最奥を抉るたびに、ルカの意志を裏切って淫らな蜜を溢れさせていく。

 

今日のゼノスは、どこか急いでいた。

指を引き抜くと同時に、猛り狂う巨大なペニスをルカの入り口へと押し当て、一気に腰を進めた。

 

「いや、あぁッ! あ、うぁぁっ!!」

 

内側を限界まで押し広げる圧倒的な質量。身体を完全にゼノスの形に開発し尽くされているルカは、苦痛の中に混ざり込む破滅的な快楽に耐えきれず、狂ったように喘ぎ声を漏らした。

その淫らな喘ぎに触発されるように、ゼノスは獣のような荒い息を吐きながら、猛烈な速度で激しく腰を打ち付け続けた。肉が衝突する音が響く中、ルカは快楽の泥に溺れそうになりながら、シーツを爪が剥がれんばかりに強く握りしめ、ひたすら喘ぎ声を漏らすことしかできなかった。

「あっ!あっ、あっ…あぁっ」

最奥の拠点に強く突きたて、ゼノスが吠えるような吐息を漏らして腰を固定した。

びゅくびゅくと、熱い精液がルカの胎内へと容赦なく大量に吐き出されていく。体内の最奥が異物で満たされていく感覚に、ルカは身体を震わせた。

 

乱暴にペニスが引き抜かれる。

ルカがベッドの上で激しく息を切らし、呆然と涙を流していると、ゼノスは乱れた衣服を整えながら、冷徹に告げた。

 

「……夜は、ここへは来られん」

 

それだけを言い残し、ゼノスは一度も振り返ることなく部屋を出て行った。

バタン、と重厚な扉が閉まり、静寂が戻ってくる。

 

 

そして、夜。

 

室内は、不気味なほどの静寂に包まれていた。

ルカはベッドの上に座り、手元の本へと視線を落としていた。幾何学的に並ぶ文字の数々。いつもと同じ本、いつもと同じ部屋。何も変わらない、はずだった。

 

それなのに。

――妙に、この私室が広く感じられた。

 

パチパチと燃える暖炉の火も、窓の向こうの暗い雪景色も、どうしてかいつもよりずっと、寒々しくて冷たい。

ルカは不快そうに眉を寄せた。

 

理解したくはなかった。その事実に名前を付けたくなどなかった。

けれど、夜がどれほど更けようとも、ゼノスは一向にこの部屋へ姿を現さなかった。

 

本を読もうとしても、頁をめくる手が止まる。

窓の外を見つめても、暗闇が広がるばかり。

諦めて眠ろうと目を閉じても、心臓の鼓動がうるさくて眠れない。

そして――気がつけば、ふと扉の方を見つめてしまっている自分がいた。

 

誰も来ない、静かな夜。

 

その瞬間、ルカはようやく自らの胸の内にある、残酷な答えに気付いてしまった。

 

(俺は……待っているのか。あの男を……?)

 

自分を凌辱し、すべてを奪った、あの最低な帝国の皇太子を。

途端に、胸が締め付けられるように苦しくなった。あり得ない。そんなはずはないと、必死に頭を振って否定する。

けれど、否定すればするほどに、心は激しく騒いだ。

 

本当に少しずつ、一歩ずつ。

ルカ・エレミヤの閉ざされた世界は、ゼノスという絶対的な存在によって、変えられ始めていた。

 

 

 

第六十節 知らない感情

皇太子の執務室は、重苦しい静寂に包まれていた。

机の上にうず高く積まれた書類の山、各戦線からの報告書、果てのない軍議、冷徹な政治。

それらはゼノス・イェー・ガルヴァスにとって、退屈ではあっても本来なら手慣れた日常の仕事のはずだった。

 

だが、ゼノスは不意にペンを握る手を止める。

無意識の行動だった。

そのまま、視線は机を離れて窓の外の景色へと向かう。白銀が溶け、黒い大地が露出し始めたガレマルドの庭園。それを見つめながら、ゼノスはふと自問した。

――何度目だ。

今日だけで、もう何度も同じように手を止め、外を眺めている。

理由は分かっていた。

脳裏に浮かぶのは、ただ一つの名前。

(……ルカ)

 

ゼノスは微かに顎を引き、書類へと視線を戻した。集中しろ、と自らに命じる。

しかし、思考は主の命令を裏切り、勝手にあの私室へと飛んでいく。

今頃、何をしている。

いつもと同じように医学書の本を読んでいるのか。それとも庭を歩いているのか。あるいは――またあの脆い身体で、熱を出して倒れてはいないか。

 

「馬鹿げている」

低く、吐き捨てられた言葉。自分らしくない。ゼノスは不快そうに眉をひそめた。

 

今までの人生において、誰かの動向を気にしたことなど一度もなかった。

忠誠を誓う臣下も、駒に過ぎぬ部下も、血の繋がった家族ですら、自らの心を揺らす要素にはなり得なかった。

なのに、何故ルカだけが、こうも頭にこびりついて離れないのか。

 

黄金の瞳が、仄暗く細められる。

脳裏に鮮明に蘇るのは、いつかの図書室。暖炉の前で、故郷の出来事や母フレイアの思い出を語り、堪えきれずに涙を流していたルカの姿。

そして、その後に自らの腕の中に引き寄せた、ルカのあの熱い温度。

あの時、何故自分があんな行動に出たのか、今でも理由の統制は取れていない。慰めるなどという温い感情は、自らの中には存在しないはずだった。

だが、一つだけ、確かなことがあった。

あの瞬間、自分はただ――ルカを一人にしたくなかった。

理由はそれだけだった。

 

ゼノスは静かに息を吐き、目の前の書類を音を立てて閉じた。

「……今日は終わりだ」

理由など必要ない。ただ、心がそうしろと告げている。そう決めると、迷うことなく席を立った。

 

 

 

夜だった。

ルカは私室の窓辺に立ち、じっと外を眺めていた。

雲の隙間から、雪解けの柔らかな月光が差し込んでいる。静かな夜だった。

 

その背後で、ガチャリと重厚な扉が開く。

ルカは振り返らなかった。振り返らなくても、それが誰であるかは分かっていたからだ。

最近の自分は、その足音の重さとリズムだけで、ゼノスの到来を正確に察知してしまう。それが、自らの心が侵食されている証拠のようで、少しだけ悔しかった。

 

「……仕事はどうした」

窓の外を向いたまま、ルカが少し硬い声で言う。

「終わらせた」

「嘘だな」

「八割は本当だ」

 

いつもの、代わり映えのしないやり取り。ルカは呆れたように小さくため息を吐いた。

だが――その溜息の裏側で、自らの胸がどこかホッと安心していることに、ルカは気付いてしまう。

 

ゼノスはルカのすぐ隣、窓辺まで歩いてきた。

二人は言葉を交わすことなく、並んで外の景色を見つめる。月明かりに照らされた、静謐な夜の世界。

訪れた沈黙は、不思議と苦ではなかった。かつてのような、互いの喉元を狙い合うような刺々しさは、そこにはもう存在しない。

 

その時、閉め切られていなかった窓の隙間から、夜の冷たい風が吹き込んだ。

ルカが無意識に小さく肩を震わせる。

ゼノスはその僅かな変化を見逃さなかった。無言のまま、自らが羽織っていた厚手の外套を脱ぐと、ルカの華奢な肩へとそっと掛けた。

あまりにも自然な、流れるような動作だった。

 

ルカは驚きに目を見開く。

「……何をする」

「寒い顔をしていた」

「寒いのは外だろう。俺は平気だ」

「平気な顔には見えん」

「……」

 

あまりに当然のように言われて、ルカは返す言葉を失った。ゼノスを見上げても、何も言わず、ただ当然のような顔をして月を見つめている。

ルカはおずおずと、肩に掛けられた黒い外套の端を指先で握り締めた。

暖かい、と思った。ゼノスの、圧倒的な体温がそのまま残っている。その温もりが衣服を通じて肌に伝わるたび、胸の奥が妙に落ち着かなくなり、ざわめいた。

そして――それと同時に、酷く安心している自分がいる。

それがまた、腹立たしかった。小さく、拗ねたような声で抗議する。

 

「返す」

「好きにしろ。だが着ていろ」

「意味がわからない」

「わからなくていい」

 

ゼノスはルカを見下ろし、その端正な口元を僅かに和らげて笑った。

「……俺は、子供じゃない。寒くない」

「知っている」

だが、その低い声音は、いつになくどこか柔らかだった。

 

ルカは再び窓の外へと視線を戻した。

見上げる月は、酷く綺麗だった。

そして、ルカは心の中でそっと気付く。

以前なら、この男と過ごす時間など、息が詰まるほどの苦痛でしかなかった。世界から隔絶され、たった独りで暗闇に耐えているような絶望。

けれど、今は違う。

隣に、自分を捩じ伏せ、けれど同時に不器用に包み込む誰かがいる。

ただそれだけのことで、窓から見える代わり映えのない世界が、ほんの少しだけ違って見えるのだ。

 

認めたくはない。あり得ないことだと、心が強く拒絶する。

だが、変わり始めている。確実に、少しずつ。

 

それは、ルカだけの変化ではなかった。

ゼノスもまた、自分自身では未だ気付かぬうちに。

かつて闘争と退屈しかなかった、たった一人きりだった自らの世界を、ルカという存在によって鮮やかに書き換えられ始めていた。

 

 

 

第六十一節 悪夢の夜

夜だった。

窓の外では、しとしとと春の雨が降り続いていた。

冬の凍てつく雪とは違う、どこか物憂げな雨音が静かにガラスを叩く。

部屋の隅の暖炉にくべられた薪はすでに小さくなり、室内は薄暗い闇に包まれていた。

 

ルカは先ほどまで、ゼノスの強靭な肉体に組み敷かれ、抗えぬ快楽の波に呑まれて喘いでいた。

激しい情事のあと、疲弊したルカは寝台の真ん中で深い眠りに落ちていた。

その寝息は穏やかで、嵐のあとの静けさを体現しているかのようだった。

 

だが、それは突然のことだった。

 

白い額が苦しげに歪む。

細い胸の上下が急激に乱れ、その華奢な身体が小刻みに震え始めた。

意識の底で、ルカはまた、あの忌まわしい過去の檻に囚われていた。

 

 

暗い洞窟だった。

肌を刺す冷たい石の床。まとわりつくような湿った空気。そして、鼻を突く濃厚な血の臭い。

――ワンダラーパレス。

そこには、まだ幼く、無力だった頃のルカがいた。全身傷だらけで、いくら助けを求めて声を上げても、暗闇がその声を吸い込むだけで誰も来ない。

圧倒的な恐怖。底なしの孤独。胸を掻きむしるような絶望。

 

そして。

どこからか、聞き慣れた愛おしい声が響く。

 

『ルカ』

 

優しく、すべてを包み込むような声音。

ルカが弾かれたように振り返ると、そこには母フレイアが立っていた。いつもの柔らかな笑顔。慈愛に満ちた瞳。彼女はルカに向かって、そっと両手を伸ばしている。

 

ルカは走った。必死に、なりふり構わず、ぬかるむ地面を蹴って母の元へとひた走る。

だが。

届かない。どれだけ脚を動かしても、どうしても距離が縮まらない。どれだけ声を枯らして叫んでも、指先さえ触れられない。

 

『母さん……っ! 母さん!』

 

フレイアの姿は、ルカの絶叫を置き去りにして、眩い光の向こうへと遠ざかっていく。

 

『待って……! お願いだから、置いていかないで……っ!』

 

叫び、叫び続け、喉の奥から血の味がするほどに乞う。

しかし、その願いが届くことはない。

また、失うのだ。またあの地獄のような暗闇の中に、たった一人で取り残される。

嫌だ。そんなのはもう、耐えられない――。

 

 

「……っ……、あ……っ!」

 

ルカの身体が大きく跳ね起きるようにして震えた。

現実の寝台の上。ルカの額にはびっしょりと冷や汗が滲み、浅い呼吸が激しく乱れている。その表情は、見ていられないほどに苦しげだった。

 

部屋の片隅の机で、夜更けの書類に目を通していたゼノスの手が、微かな衣擦れの音に止まる。

ゼノスは静かに立ち上がると、音もなく寝台の傍らへと歩み寄った。

ルカは未だ深い眠りの中にありながら、悪夢の残滓に身を悶えさせている。

 

「……母さん……っ……」

 

掠れた、今にも消え入りそうな声。

ゼノスは端正な眉を不快そうに寄せた。また、あの夢か。

フレイア。ルカが今もなお、その背中に亡霊のように背負い、追い続けている過去の象徴。

 

「……」

 

ルカの細い指先が、何もない虚空を求めるようにして彷徨う。

そして、その手が不意に、寝台の横に立つゼノスの黒い上着の裾をきつく掴んだ。

強く、まるでそれだけが世界に残された唯一の救いであるかのように、必死に縋り付く。沈みゆく者が、荒れ狂う海の中で一本の生命線を掴み取るかのような、盲目的で切実な力だった。

 

ゼノスは動かなかった。黄金の瞳が、自らの服を握り締めて震えるルカを静かに見下ろす。

ルカは眠っている。そこにいるのが誰なのか、意識の上では理解していないはずだ。それでも、掴んだ指先からは一向に力が抜ける気配はなく、微かに震え続けている。

 

「……行くな……っ……」

 

小さな、掠れた呟きだった。

それが夢の中の母親へ向けられたものなのか。それとも、もっと別の、今ここにいる存在へ向けられたものなのか。

ゼノスはしばらくの間、何も言わずに沈黙していた。

 

やがて、ゼノスはゆっくりと寝台の端へ腰掛けた。

大きながっしりとした掌が、ルカの乱れた青い髪へとそっと触れる。

かつてのゼノスであれば、到底考えられない行為だった。他者を慰める、他者の痛みに寄り添う。そんな温い行為に興味を持ったことなど一度もなく、必要性すら感じたことはなかった。

 

だが、今は違った。

長い指先が、優しくルカの髪を梳いていく。その心地よい刺激に、ルカの頭頂部にある猫耳がピクリと小さく震えた。

すると、あちこちに飛び跳ねていたルカの激しい呼吸が、目に見えて少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 

ゼノスは、自らの胸の奥が、僅かに凪いでいくのを感じていた。それが「安心」という感情であることに、気付き始めていた。

ルカが苦しむ姿を見るのは、ひどく不快だ。傷付けば腹が立ち、涙を流せば胸の奥が鉛のように重くなる。そして、この気高き獲物を完全に失うことを想像するだけで――どうしようもない苛立ちと、昏い独占欲が脳髄を駆け巡る。

 

何だ、これは。

この奇妙な感情の正体が理解できない。いや、理解したくもなかった。

だが、一つだけ、動かしようのない確かな事実があった。

 

ゼノスは静かに呟いた。静寂に溶けていくような、誰にも聞こえない低い声で。

 

「……お前は」

 

言葉はそこで途切れ、先へは続かなかった。今のゼノスには、それを表現する言葉を持ち合わせていなかったからだ。

その代わり、無意識のうちに、ルカの華奢な頭を自らの厚い胸元へと引き寄せていた。

 

眠ったままのルカが、その温もりに導かれるように小さく身じろぎをする。

そして、張り詰めていた全身の力を、嘘のようにふっと抜いた。上着を掴む指先は、決して離されないまま。まるで、その男の胸の中こそが、世界で最も安全な場所だと本能で知っているかのように。

 

ゼノスは静かに目を閉じた。

窓の外の雨音を聞きながら、その胸の奥は、妙に静まり返っていた。

 

 

 

第六十二節 朝の攻防

朝になった。

昨夜の鬱陶しい雨はすっかり上がり、雲の隙間から柔らかな春の陽射しが室内に差し込んでいた。

窓の外からは、雪解けを喜ぶ小鳥たちの囀りが微かに聞こえてくる。ひどく穏やかな朝だった。

 

ルカは、ゆっくりと瞼を持ち上げた。

(……よく、眠れた気がする……)

不思議な感覚だった。ここ最近の捕虜生活の中で、これほど深く、満ち足りた眠りを得られたのは初めてかもしれない。身体もどこか軽くなっており、いつもなら目覚めと共に襲ってくる悪夢の重苦しい記憶も、今朝は遠い霧の彼方の出来事のようだった。

 

しばらくの間、ルカはぼんやりとした頭で天井の豪奢な装飾を見上げていた。

そして。

自らの身体に伝わる、決定的な違和感に気がついた。

 

何かを握っている。自分の右手の指先に、確かな、分厚い布地の感触があるのだ。

ルカは怪訝に思い、視線を這わせるようにして手元へと落とした。

 

その瞬間、全身の血液が凍りついたように固まった。

 

そこにあったのは――見紛うはずもない、ゼノスの着ている黒い上着の裾だった。

高級な織物の質感。嫌な予感が頭をもたげる。

ルカは恐る恐る視線を上方へと動かした。

 

寝台のすぐ脇。

いつもの椅子に腰掛けたゼノスが、黄金の瞳を爛々と輝かせながら、じっとこちらを見つめていた。

そして――その端正な顔は、明らかに、酷く機嫌が良さそうに歪んでいた。

 

ルカは数秒間、完全に思考を停止させた。脳内の処理が追いつかない。

嘘だろ、と思いたい一心で、もう一度自らの手元を見る。

やはり、掴んでいる。それも、指が白くなるほどしっかりと、まるで大切な宝物を逃がすまいとするかのように、ゼノスの衣服を握り締め続けていた。

 

「……」

沈黙が室内に流れる。

「……」

さらに数秒、息を詰めるような沈黙。

 

そして次の瞬間、ルカは弾かれたようにその手を離し、ベッドの端まで飛び退いた。

 

「ち、違う……っ!!」

 

言い訳めいた第一声が、裏返った声で室内に響く。

ゼノスは面白そうに片方の眉を上げた。

「何が違うのだ」

「知らん! 違ったら違うんだ!」

ルカは顔を真っ赤にして即答した。頬が信じられないほど熱い。耳の先までカッと血が上り、頭頂部の猫耳もパタパタと激しく揺れている。

最悪だ。昨夜の記憶が全くない。自分がどうやって眠り、どんな夢を見たのかすら覚えていない。

だが、この目の前の状況だけで、すべてが理解できてしまう。自分は何か、とてつもなく恥ずかしいやらかしをしてしまったのだ。確実に。

 

ゼノスは胸の前で悠然と腕を組んだ。その表情は、普段の冷酷さが嘘のように、珍しく愉悦に満ちている。

「昨夜のお前は、随分と素直だったな」

「黙れ」

「俺の服を掴んだまま、朝まで決して離そうとしなかった」

「黙れ!」

「それだけではない。――『行くな』と、泣きそうな声で縋ってもいたな」

「黙れと言っている!!」

 

耐えかねたルカは、傍らにあった枕を掴み、全力でゼノスの顔面へと投げつけた。

しかし、ゼノスはそれを視線すら動かさずに、大きな片手で軽々と受け止める。まるで、ルカがそういう行動に出ることを完全に予期していたかのように。

その余裕に満ちた姿が、ルカには余計に腹立たしかった。

 

「……夢だ」

ルカは顔を真っ赤にしたまま、必死に胸を張って言い張った。

「そうか」

「そうだ!」

「ならば、何の問題もないな」

「問題ない」

「お前が俺に縋り、引き留めたわけではないのだろう? ならば、俺が気分を害する必要もない」

「……っ!」

 

完全に墓穴を掘ったことに気付き、ルカは言葉を詰まらせた。

ゼノスがフッ、と僅かに唇を押し上げて笑う。本当に、注意していなければ見落としてしまうほどの微かな笑み。

 

だが、ルカは気付いてしまった。

最近、この皇太子は自分の前で、よく笑うようになった。

拐われてきた当初は、もっと凍りつくほどに冷徹で、ただ極上の獲物を値踏みして刈り取るような、残酷な眼差しで見つめてくるだけだった。何を考えているのか、その底が全く見えない怪物だったはずだ。

それなのに、今は違う。

少なくとも、自分と二人でこの部屋にいる時は、その獰猛な表情が、驚くほど柔らかく綻んでいる。

 

その厳然たる事実に気付いた瞬間、ルカの胸の奥が、ドクンと妙にうるさく騒ぎ立てた。

ルカは慌ててゼノスから視線を逸らし、毛布に顔を埋める。見てはいけない、自らの心を揺るがす禁忌の光景を見てしまったような気分だった。

 

その時、椅子の引かれる音がして、ゼノスが立ち上がった。

そして、ベッドの端で縮こまるルカの元へと歩み寄ると、無造作にその大きな掌をルカの頭へと置いた。

 

ぽん、と。

痛くもない、軽く、本当に愛おしむような手つきで。

 

ルカの身体が、再びカチリと硬直する。

「な……っ」

抗議の言葉を紡ごうとするが、喉が引き攣って言葉が出ない。

ゼノスはそんなルカの動揺などどこ吹く風で、平然とした顔で見下ろしてきた。

「……顔色が良くなったな。体調も戻ったようで何よりだ」

 

それだけだった。

ただの気まぐれな体調への言及。それだけのはずなのに、ルカの心臓は、まるで全力疾走したあとのように激しく、うるさく脈打っていた。

子供扱いされた。いつも通り激怒してその手を振り払うべきだったのだ。

なのに――。

悔しいほどに、その頭に乗せられた掌のぬくもりが、嫌ではなかったのだ。

 

ゼノスは満足したように手を離すと、そのまま大きな背中を向けて窓辺へと歩いていく。

そのガレマール族特有の、圧倒的な体躯を誇る背姿を、ルカはベッドの中から無意識のうちに、じっと見つめ続けていた。

 

外からは、春の柔らかな光が差し込んでいた。暖かな朝だった。

 

そして――二人はまだ、何も知らなかった。

自分たちを包む、この何気なくも穏やかな時間が、いつか残酷に失われる日が来ることを。

だからこそ、今はまだ。

訪れた束の間の春の陽射しの中で、互いの存在を、まるで当たり前のことのように感じ始めていた。

 

 

 

第六十三節 触れる距離

春が、すぐそこまで近付いていた。

あんなにも深く帝都を覆っていた雪はほとんど消え去り、窓から差し込む陽射しも日を追うごとに柔らかさを増している。

 

ルカは書庫にいた。

相変わらず高い本棚に囲まれ、一人静かに医学書を紐解く時間。それは捕虜という不自由な身の上において、唯一もたらされる平穏な時間だった。

 

ふと目を留めた棚の上段に、読みたい医学書を見つける。

ルカは手を伸ばしたが、あと少しのところで届かない。ほんの数センチ、指先が届かないもどかしさに、小さく爪先立ちをして背伸びをした。

指先がようやく本の端へ触れた、その瞬間。

 

背後から伸びてきた別の大きな手が、無造作にその本を上から掴み取った。

 

ルカは驚いて息を呑み、勢いよく振り返る。

すぐ背後――触れ合うほどの至近距離に、ゼノスが立っていた。衣服を通じて、男の圧倒的な体温が直に伝わってくる。

 

「……近い」

 

思わず、拒絶の言葉が掠れた声となって漏れた。

ゼノスは顔色一つ変えず、高い棚から容易く本を抜き取る。

「届いていなかったな」

「……余計な世話だ。放っておいても自分で取れた」

「そうか」

 

気のない返事をしながらも、ゼノスは抜き取った本をしっかりとルカの手元へと差し出した。

それを受け取る際、二人の指先が触れ合う。ほんの一瞬、皮膚と皮膚が擦れ合っただけ。それだけのことなのに、ルカの胸の奥がドクンと跳ねた。

妙にその感触を意識してしまい、ルカは慌てて本を胸元に抱え込むようにして視線を落とした。

必死に自らの動揺を揉み消そうとするが、一度騒ぎ出した心臓はなかなか静まってくれない。ルカはそれ以上の思考を拒絶するように、ゼノスから逃げるように書庫をあとにした。

 

 

その夜。

ルカは私室の机で、昼間に書庫で渡された本を読んでいた。

難解な記述を追い、ノートに微細な文字で書き留めていく。集中するあまり、気付けば夜は深く更け、深夜を回っていた。

 

静まり返った部屋。暖炉の火がパチパチと優しく爆ぜ、室内を心地良い温度で満たしている。

文字を追うルカの瞼が、次第に重くなっていく。

抗おうと一度は首を振ったものの、心地良い暖かさに誘われるようにして、ルカは机に突っ伏したまま、いつの間にか深い眠りへと落ちていった。

 

次にゆっくりと目を覚ました時。

視界に飛び込んできたのは、見慣れた天井の装飾だった。

背中には、包み込まれるような柔らかな寝台の感触。ここは机の前ではなく、自らのベッドの上だった。

 

ルカは信じられない思いで、パチパチと何度も瞬きを繰り返す。

(どうやって……ここに……)

朧気な記憶の糸を必死に手繰り寄せる。書庫へ行き、本を貰い、夜遅くまで机で読んでいて――そこで記憶は完全に途切れていた。

 

「……起きたか」

 

部屋の隅、窓辺から低く重厚な声が響いた。

振り返ると、月光を背に浴びたゼノスがそこに佇んでいた。

 

その姿を見た瞬間、ルカはすべてを理解した。

自分が机で眠ってしまったあと、この男の手によって、この寝台まで運ばれたのだ。あの強靭な腕で、軽々と抱え上げられて。

そう思い至った瞬間、顔がカッと一気に熱くなる。

 

「お前……」

「間抜け面をして眠っていた。だから運んだ、ただそれだけだ」

 

至極当然のように、冷然と言ってのける。

ルカはたまらず片手で顔を覆った。恥ずかしさと、自らの警戒心の薄さに対する情けなさが一一に押し寄せてくる。

だが――不思議なことに、そこに激しい嫌悪や「嫌だ」という感情は、どこを探しても存在していなかった。

 

ゼノスはルカの動揺を気にする風もなく、窓の外の暗闇を見つめたまま、ぽつりと言葉を零した。

「……軽いな」

「……何だと?」

「もっと食え。あまりに細すぎて、手応えがない」

「余計なお世話だ」

 

ルカは布団を跳ね除けるようにして即答した。

だが、そんなルカの刺々しい反論を聞きながら、ゼノスはフッ、と満足そうに僅かに唇を歪めて笑っていた。その酷く穏やかな笑みを目にした瞬間、ルカは次の反論の言葉をすべて喉の奥に失くしてしまった。

 

ゼノスが、静かに寝台へと近付いてくる。

その圧倒的な存在感に気圧されるように、ルカの身体がふわりと柔らかいシーツの上へと寝かされた。

遮る間もなく、ゼノスの薄い唇がルカの唇へと重ねられ、深い口づけが落とされる。衣服が音を立ててゆっくりと、けれど確実に脱がされていき、男の巨大な質量がルカの身体の上へと重なってきた。

 

「ん、あっ!…あぁっ……」

 

ルカの口から切ない喘ぎ声が漏れ出す。

ゼノスの激しい愛撫に翻弄され、熱い吐息を漏らしながらも、ルカは必死に、自らの心の奥底にある小さな本音から目を逸らそうとしていた。

気付かないふりをした。気付いてしまえば、自分が完全に屈してしまうような気がしたから。

 

――机で無防備に眠ってしまった自分を、呆れながらも優しく抱き抱え、この温かい寝台まで運んでくれたこと。

その男の不器用なぬくもりが、本当は、どうしようもなく嬉しかったのだということに。

 

 

 

第六十四節 近づく足音

春の柔らかな風が、帝都の隅々を吹き抜けていた。

あれほど分厚く大地を閉ざしていた雪は完全に消え去り、手入れされた庭園には瑞々しい新しい緑が芽吹いている。

凍てつく冬の終わりを告げる、酷く穏やかな午後だった。

 

ルカは中庭の片隅にある、年季の入った石造りのベンチに腰掛けていた。

膝の上には一冊の古びた魔導書。時折吹き抜ける風が、ルカの美しい青い髪を優しく揺らす。その動きに合わせて、頭頂部の猫耳がぴくりと繊細に動いた。

誰にも邪魔されない、静かな時間。

 

最近は、城内でこうして過ごす時間が増えていた。

本を読み、飽きれば静かな庭を歩く。そして、そんなルカの視界の端には、いつの間にか当然のようにゼノスが現れる。

何かを命じるでもない。ただ、ルカの隣に音もなく腰を下ろし、同じ景色を眺めている。

ただ、それだけだった。

 

本来ならば、これは異常極まりない関係だ。

侵略国家の皇太子と、その国に刃を向けてきた国の捕虜。相容れるはずのない、命を奪い合うべき敵同士。

それなのに――いつからだろうか。ルカは自らの胸の奥で、この奇妙で穏やかな時間を、どこか当たり前のこととして受け入れてしまっている自分に気付いていた。

 

「……難しい顔をしているな」

 

聞き慣れた、地を這うような低い声。

ルカが顔を上げると、そこには予想通り、黄金の瞳で自分を見下ろすゼノスの姿があった。

 

「……していない」

「している」

「していないと言っているだろ」

「いや、しているな」

 

子供の口喧嘩のような、代わり映えのしないいつものやり取り。

ゼノスはルカの抵抗を意に介さず、当然のように隣のスペースへと腰を下ろした。さらりと風が二人の間を吹き抜け、心地のよい沈黙が落ちる。不思議と、息が詰まるような気まずさはそこにはなかった。

 

――その時だった。

遠くの回廊から、静寂を乱す慌ただしい駆け足の音が響いてきた。

現れたのは一人の帝国兵だった。その顔は青ざめ、規律を重んじる帝国軍としては珍しく、酷く動転している様子だった。

 

「ゼノス殿下……っ!」

 

兵士はゼノスの前に進み出ると、崩れ落ちるようにその場に膝をついた。呼吸は激しく乱れ、周囲の空気を一変させるようなただならぬ雰囲気を纏っている。

ゼノスの黄金の瞳が、僅かに鋭さを増した。

「……何事だ」

「こ、国境付近の防衛線にて、大規模な交戦が発生いたしました!」

 

ルカの指先が、魔導書の頁を掴んだままピタリと止まる。胸の奥を冷たい刃で撫でられたような、不吉な予感が走った。

兵士は震える声で報告を続ける。

 

「前線からの報告によれば……敵軍の中に、海都・黒渦団の、あの『斧術隊』の旗が確認されたとのことです!」

 

世界が、一瞬にして停止したかのような錯覚に陥った。

かつての仲間たち。そして――斧術士ギルド。

ミリア。ブラン。

この暗い城の奥底に囚われてからも、一日として忘れたことなどない、大切な人々の名前。

 

ルカの胸が、ドクンドクンと激しく、痛いほどの質量で脈打ち始める。

生きていた。みんな、無事だったのだ。そして――諦めずに、自分を探し続けてくれていた。ずっと、ずっと、この遠い帝国の地まで、ルカを取り戻すために。

 

「敵の進軍速度は異常です。複数の拠点が瞬く間に襲撃、陥落いたしました……っ。このままでは、帝都への侵攻も時間の問題かと……!」

 

兵士の悲痛な声のあと、中庭には再び沈黙が降りてきた。

ただ、春の風だけが虚しく吹き抜けていく。

ゼノスは何も言わなかった。ただ、その黄金の瞳が、ほんの一瞬だけ、仄暗い影を落とすように伏せられた。

 

ルカはその僅かな反応だけで、すべてを理解してしまった。

終わりが、近付いている。

この部屋で、この庭で、あの男と過ごしてきた歪で激しくも静かな時間は――もう、長くは続かないのだということを。

 

「……下がれ。直ちに軍議の準備をせよ」

「はっ!」

兵士が急ぎ足で去り、中庭には再び二人の守られた静寂が戻ってきた。

だが、先ほどまでの穏やかさは、もうどこにも残っていなかった。

 

ルカは膝の上の魔導書を見つめたまま、深く俯いた。

本当ならば、狂おしいほどに嬉しいはずだった。待ち望んでいた助けが来る。自分を慕ってくれた、居場所をくれた仲間の元へ帰れる。それだけを目標に、この地獄を耐えてきたはずなのに。

何故だろうか。今のルカの胸の奥には、鉛を流し込まれたような、酷く重く暗い感情が立ち込めていた。

 

ゼノスが、音を立ててベンチから立ち上がる。

「……仕事が増えたな」

 

短い言葉。いつもと変わらない、冷徹で傲然たる声音。

だが、その声が、どうしてか今までよりもずっと、遠い世界の出来事のように感じられた。

去ろうとする男の背中を見つめ、ルカは胸を突き動かされるようにして、無意識にその名を呼び止めていた。

 

「――ゼノス」

 

初めてだった。

この城に拐われて以来、自らの意志で名前を呼んだのは。

 

ゼノスが、ピタリと足を止めて振り返る。

陽射しを浴びて輝く黄金の瞳と、揺れる青紫色の瞳が、真っ直ぐに交錯した。

 

ルカは瞬時に言葉を失った。

自分が今、この男に何を言いたかったのか、自分自身でも全く分からなかった。

ただ、自らの理性を無視して、彼の身体を引き留めたかった。ほんの少しだけ、あと少しの時間だけでも、この場所に留めておきたかったのだ。

 

「……いや。……なんでもない」

 

結局、喉まで出かかった感情を押し殺し、それしか言えなかった。

ゼノスはしばらくの間、ルカの怯えたような瞳をじっと見つめていた。

そして――その端正な唇を、寂しげに、けれど僅かに優しく歪めて笑った。

 

「そうか」

 

それだけを短く残し、皇太子は漆黒の外套を翻して去っていった。

遠ざかっていく、圧倒的な武を背負った大きな背中。ルカはただ、それを見送ることしかできなかった。

ヒュルリと春の風が吹き、瑞々しい花びらが二人の間に舞い落ちる。それはまるで、遠くない未来に訪れる、決定的な別れの予感のようだった。

 

その日から、帝都を包む空気は一変した。

穏やかだった春の気配は消え失せ、鉄と血の混ざった、戦の匂いが濃くなっていく。兵士たちは血眼になって城内を駆け回り、ルカの私室の周りの警備も目に見えて増強された。

 

そしてルカは、まだ知る由もなかった。

遠い国境の泥濘の先で、ミリアとブランが、全身を血と泥に塗らしながら、必死にこの帝都を目指して斧を振るっていることを。

ただ、自分たちの家族である、大切な仲間をその手に取り戻すためだけに。

 

 

 

第六十五節 取り戻すために

夜の帳が降りた国境付近には、冷たい雨が降り続いていた。

春の雨だというのに、肌を刺すような冷気を含んだ、暗い雨。

帝国領との境界に急造された野営地は、降り続く雨のせいで泥濘と化していた。中央でパチパチと爆ぜる焚き火の火も、雨粒に打たれて今にも消えそうに小さく揺れている。

 

夜はすでに深かった。

だが、この劣悪な環境の中にあっても、泥にまみれた天幕の中で眠りに就いている者は少なかった。

それは、明日の戦を恐れているからではない。そこにいる全員が、胸の内に全く同じ一人の青年の姿を思い浮かべ、焦燥に駆られていたからだ。

 

「……」

 

ミリアは薄暗い魔導灯の光の下で、穴が開くほどに地図を睨みつけていた。

自慢の美しい長い金髪は雨と汗でぐっしょりと濡れ、頬は痩け、その瞳には濃い疲労の色が滲んでいる。肉体の限界など、とうに超えていた。

それでも、彼女は指先一つ休めようとはしなかった。休むことなど、到底できなかった。

 

「……また、そうやって無茶をする気か。少しは横になれ、ミリア」

 

背後からかけられた、地を這うような低い声。

振り返らなくても分かる。大柄な斧を背負った男、ブランだった。

かつて行き倒れていた幼いルカを拾い、不器用ながらも育て上げてくれた男。今やルカにとって、厳しくも温かい兄代わりのような、絶対的な存在。

 

ミリアは地図から視線を外さないまま、頑なに言い張った。

「無茶なんかじゃないわ。これくらい、なんてことない」

「無茶だ」

 

ブランの即答に、ミリアは忌々しそうにチッと舌打ちをした。

図星だった。ここ数か月間、ルカが戦場でゼノスに連れ去られて以来、彼女はまともに睡眠をとっていなかった。狂ったように戦場を渡り歩き、帝国の情報を集め、捕らえた帝国兵の口を割らせ、どんなに些細な噂であってもその尾を追い続けた。

すべては、ただ一人のため。ルカを、あの優しい仲間を救い出すためだった。

 

焚き火の向こう側で、泥に塗れた若い黒渦団の兵士が、祈るようにぽつりと呟いた。

「……生きてるんですよね、ルカさん。無事なんですよね……っ」

 

その問いに、天幕の中へ重苦しい沈黙が落ちてきた。

誰も答えない。いや、誰も答えることができなかった。

分からないからだ。あの、残虐非道と恐れられる帝国の皇太子に、力ずくで拐われたのだ。五体満足でいるのか、傷付けられ、監禁され、絶望の中で泣いているのではないか。何も分からないという事実そのものが、彼らにとって何よりも恐ろしい拷問だった。

 

ミリアは机の端を、爪が白くなるほど強く握り締めた。

脳裏に浮かぶのは、あの懐かしい、少し癖のある青い髪。こちらを見つめる、澄んだ青紫色の瞳。自分たちよりも一回りも小さな、華奢な背中。

 

いつも自分のことを後回しにして、無茶ばかりする馬鹿。

自分がどれだけ傷付き、痛い思いをしていても、周りを安心させるために無理に笑ってみせる馬鹿。

誰かを守るためなら、自らの命を天秤にかけることすら厭わずに死地へ飛び込んでいく、大馬鹿野郎。

そして――世界中の誰よりも優しく、脆い、自分たちの家族。

 

「あの子は……」

ミリアが、震える声を絞り出すようにして呟いた。

焚き火を囲んでいた兵士たちが、一斉に顔を上げる。

 

「絶対に、生きてる」

 

静かだが、鋼のような強さを孕んだ声だった。

「ルカは、そんな簡単に死ぬようなタマじゃないわ。私たちが、誰よりもよく知ってるでしょ」

 

ずっと共に戦ってきたのだ。どれだけ深い傷を負っても、どれだけ過酷な運命に翻弄されても、ルカは最後には必ず、その足で立ち上がってきた。

だから、信じるしかなかった。ルカの強さを、ルカの命を。

 

ブランは胸の前で太い腕を組み、ミリアの言葉を聞いて、その強面を珍しく僅かに和らげて笑った。

「……そうだな」

短い返事。しかし、その獰猛な斧術士の瞳にも、ミリアと全く同じ、揺るぎない確信の光が宿っていた。あいつも、信じている。ずっと、ルカの帰りを。

 

パチパチと焚き火が爆ぜる中、再び静寂が降りる。

その時、ブランが遠い目をして、ぽつりと呟いた。

 

「……無事に連れ帰ったら、まずは思いっきり引っ叩いて叱ってやらねえとな」

ミリアは張り詰めていた緊張を解くように、ふっと吹き出した。

「ふふ、確かにね。大説教の刑よ」

「おうよ。一人で勝手に攫われやがって、手間の掛かる奴だ」

「本人の責任じゃないでしょうに。相手が悪すぎたのよ」

「……知ってるさ」

 

ブランは苦笑を浮かべ、それから、誰にも見られないように少しだけ視線を地面へと落とした。

大きな拳が、心なしか微かに震えている。

 

「……心配させやがって……」

 

地を這うような、本当に小さな小さな掠れた声。ミリアだけが、その不器用な男の吐息を聞き届けていた。彼女は何も言わず、ただブランと同じように、自らの足元を見つめた。

 

天幕にいる全員が、同じ気持ちだった。

ルカは強い。誰よりも優秀な戦士で、医者だ。だが――強いからこそ、放っておけば一人で傷を抱え込み、誰にも頼らずに壊れてしまうのではないかと、どうしようもなく心配になるのだ。

だから、迎えに行く。何があっても。

 

たとえ帝都の城のどれほど深い奥底に囚われていようとも。

あの恐るべき皇太子のすぐ隣に置かれていようとも。

絶対に、この手で奪い返して見せる。

 

ミリアは意を決したように立ち上がると、広げていた地図を力強く畳んだ。

そして、天幕の隙間から、冷たい雨の降り注ぐ夜空を見上げた。

遥か遠く、ルカがいるはずの帝都の方向。幾重もの暗い雨雲が立ち込める、北の空。

 

「待ってなさいよ、ルカ……」

 

誰にも聞こえないほどの小さな声で、彼女は誓うように呟いた。

 

「絶対に、あなたを私たちの『家』へ連れて帰るから」

 

その強い決意の言葉は、激しくなる春の雨の音の中へと静かに消えていった。

 

だが――この時、泥に塗れて進軍を続ける仲間たちの誰も、知る由はなかった。

その頃、帝都の豪華絢爛なゼノスの私室の中で、ルカもまた、窓の外を見つめながら無意識のうちに彼らとの温かい思い出に胸を馳せていたことを。

 

そして――それと同時に。

これから戦火へ身を投じるであろう、あの残酷なはずの男、ゼノスの背中をも同時に思い浮かべてしまい、自らの心の中に芽生え始めた激しい矛盾と戸惑いに、一人激しく胸を掻きむしり、苦しんでいるということを。

 

 

 

第六十六節 帰る場所

夜。

帝都の空は厚い雲に覆われ、楽しげな月光はどこにも見当たらない。ただ、湿り気を含んだ春の風だけが、ガタガタと冷徹に窓を揺らし続けていた。

 

ルカは一人だった。

寝台の上に座り、自らの膝をきつく抱え込んでいる。それは、普段の気高く不屈な彼なら決して晒すことのない、ひどく脆く、小さく見える姿勢だった。

だが、今夜ばかりはどうしても心が落ち着かなかった。

 

昼間に兵士がもたらした、あの戦況報告が頭から離れない。

帝国領への侵攻。そして、何よりも――仲間たちの存在。

ミリア。ブラン。斧術士ギルドの面々。

目をつむれば、すぐに彼らの顔がありありと浮かび上がる。皆が自分を待っている。諦めずに、今この瞬間も泥を蹴って進軍しているのだ、きっと。

 

ルカはそっと目を閉じ、遠い海都の記憶をなぞった。

港町を吹き抜ける塩風の匂い。訓練場に響き渡る荒々しい喧騒。医務室の静けさ。そして、何よりも自分を「家族」として受け入れてくれた仲間たちの笑顔。

全部、ルカにとって命に代えても守りたかった、最も大切な居場所だった。

 

帰りたい。ずっと、そう思っていたはずだった。

それなのに――何故、これほどまでに胸の奥が痛むほど苦しいのだろうか。

理由は分かっている。自らの心がどこに向かおうとしているのか、ただ、認めたくないだけだ。

 

その時、重厚な扉が静かに開いた。

ルカは弾かれたように振り返る。

 

ゼノスだった。

姿を見るより先に、足音だけで彼だと分かってしまう。その事実が、またしてもルカの胸をチクリと悔しさで刺した。

 

「……また、難しい顔をしているな」

 

地を這うような低い声。ルカは小さく息を吐き出し、膝の上の手を僅かに緩めた。

「お前は……いつもそれだな」

「事実だからな」

 

ゼノスは音もなく近付いてくると、ルカのすぐ隣、窓辺へとその身を寄せた。二人の間に、しんとした沈黙が落ちていく。

かつてなら息が詰まるほどの苦痛でしかなかったその沈黙が、今ではどうしようもなく心地良い。そのこと自体が、ルカにとっては最大の「問題」だった。

 

ルカは自らの薄い唇を強く噛み締めた。

何故だ。何故、こんな風になってしまった。

この男は敵だ。自分を戦場から力ずくで拐い、誰にも触れさせなかった歪なこの身体を、毎夜のように乱暴に暴き、蹂減し尽くした憎むべき相手のはずだ。

忘れるな、忘れるな、と心の中で何度も自らに呪詛のように言い聞かせる。だが、一度融けだした心は、もうルカの理性に盲目的に従おうとはしなかった。

 

「……帰りたいか」

 

不意に、ゼノスが静かに問いかけてきた。

ルカは弾かれたように顔を上げる。こちらを見つめる黄金の瞳には、何の策略も、嘲弄の色もない。ただ、静かな眼差し。

 

答えは、最初から決まっているはずだった。

「帰りたい、仲間の元へ」と。それが光の軍医として、ルカ・エレミヤとして選ぶべき唯一の正解だ。

それなのに――喉の奥が引き攣ったように固まり、どうしても言葉が出てこない。

 

長く、長く、凍りついたような沈黙が部屋を支配する。

そして、ようやくの思いでルカの唇から漏れたのは、ひどく掠れた声だった。

 

「……分からない」

 

自分自身でさえ、驚くほど弱い答えだった。そんな曖昧な言葉を、ゼノスを前に晒してしまうなんて。

ゼノスもまた、その答えを予想していなかったのか、黄金の瞳を僅かに細めた。

 

ルカは耐えかねて視線を床へと落とし、ぽつりと小さな声を零した。

「帰りたいはずなんだ……。みんなに、会いたい」

それは偽りのない本音だった。

「ミリアにも……ブランにも……みんなのところに、戻りたい」

 

喉の奥がキュッと詰まる。それでも、胸に溜まった澱を吐き出すようにして言葉を続けた。

「だけど……」

そこで、言葉が完全に止まった。この先の言葉を紡いでしまえば、自分がゼノスに何を抱いているのか、完全に認めることになってしまうから。

 

ゼノスは何も急かさなかった。声を荒げることも、無理に答えを暴くこともしない。ただ、ルカの言葉の続きを静かに待っている。

 

ルカはシーツを握り締める拳に力を込めた。その指先は、微かに震えていた。

「……お前といる時間も……嫌じゃ、ない」

 

声は今にも消え入りそうなほどに小さかった。

 

部屋の中が、水を打ったように静まり返る。ただ窓を叩く風の音だけが響いていた。

ゼノスはしばらくの間、微動だにせず黙っていたが、やがて、ゆっくりとルカの目の前へと歩みを進めた。

そして、何も言わずに大きな手を伸ばす。

 

そのがっしりとした掌が、ルカの青い髪へとそっと触れた。

優しく、本当に優しく。まるで壊れやすい、幼い子供の髪を梳くかのような繊細な手つき。

ルカは拒絶しなかった。以前なら激昂して振り払っていたはずのその手を、今はただ、黙って受け入れている。頭頂部の猫耳が、そのぬくもりに応えるように微かに震えた。

 

ゼノスはルカを見つめたまま、静かに、低く告げた。

「そうか」

 

短い言葉。たったそれだけだった。だが、その声音は、不思議なほどに温かかった。

ルカは諦めたように目を閉じる。差し出すぬくもりに、どうしても安心してしまう。その事実に、自らの心が急速に侵食されていくことに、ルカは恐怖すら覚えていた。

 

自分は一体、どうしたいのだろうか。

帰りたいという気持ちも、ここを去りたくないという気持ちも、どちらも嘘偽りのない本当のルカの心だった。

そして、ルカは生まれて初めて、真実を理解する。

自分が――このゼノスという男を失うことを、心の底から恐れ始めているのだということに。

 

 

 

終わりは、もうすぐそこまで来ていた。

 

帝都の空気は、張り詰めた糸のように引き絞られている。

城の廊下を歩くだけで、慌ただしく行き交う兵士たちの殺気立った気配が肌に刺さるように伝わってきた。

 

夕暮れ時、ルカは部屋の窓辺に立っていた。

燃えるような赤い光が、広大な部屋を血の色に染め上げている。ルカは遠くの、赤と黒が混ざり合う空をじっと見つめていた。その遥か先、前線の地で、仲間たちが必死に剣を振るっているのだという確信があった。

 

その時、背後でカチャリと扉が開く音がした。

振り返らなくても分かる。ゼノスだ。最近の自分は、本当にどうにかしてしまっていた。足音だけで、気配だけで、彼が来たことを完璧に察知してしまう。そして、それがルカにとって日常の「当たり前」になっていた。

 

ゼノスは何も言わず、ルカのすぐ隣に並んで立ち、共に沈黙のまま夕暮れを見つめた。

いつもなら心地よいはずの時間が、今日ばかりは酷く重苦しい。

 

やがて、ゼノスが静かに口を開いた。

「お前の仲間は……随分と優秀なようだな」

低い声。その響きに、ルカの胸が僅かに痛んだ。

「……そうだな。みんな、強い。優しくて、何があっても決して仲間を諦めない奴らだ」

誇らしかった。だからきっと、彼らはどんな困難を乗り越えてでも、ここまで来るだろう。自分をこの手へ迎えに。

 

ゼノスは遠い空の果てを見つめていた。その黄金の瞳に、沈みゆく夕陽の紅い光が妖しく映り込んでいる。

「……来るだろうな」

短い言葉。それだけだった。

だが、ルカには分かってしまった。ゼノスもまた、この歪な日々の終わりが、決定的な別れの時が近付いていることを完全に理解しているのだと。

 

胸が、締め付けられるように苦しい。

「お前は――」

ゼノスが、前を見据えたまま静かに言った。

「その時が来れば、迷わずあ奴らの元へ帰るのだろう」

 

それは問いかけではなかった。ルカを試すような確認でもない。ただ、それが光の戦士であるルカの「あるべき姿」なのだと、自分に言い聞かせるような声音だった。

ルカは答えようとした。「当然だ、俺には帰る場所がある」と。なのに、またしても喉の奥が詰まり、言葉が形を成さない。沈黙だけが、二人の間に重たく降り積もる。

 

ゼノスは促すこともせず、ただ隣で待っていた。

そして、ルカは搾り出すようにして、ようやく呟いた。

「……分からない」

掠れた、自分でも驚くほどにか細く、脆い声。

 

ゼノスが僅かに目を細め、ルカはたまらず俯いた。

「帰りたい……みんなに会いたい。それは本当だ。だけど……」

続きが出ない。胸が苦しくて息がうまくできない。どうして、この男と離れることを想像するだけで、これほどまでに心が引き裂かれそうになるのか。

 

ゼノスは静かだった。長い、長い沈黙のあと、男はぽつりと零した。

「……妙な話だな」

ルカが顔を上げると、黄金の瞳が真っ直ぐに自分を射抜いていた。

「――俺も、分からぬのだ」

 

初めてだった。あの唯我独尊を地で行くゼノスが、自らの感情を「分からない」などと口にするのは。その戸惑いの言葉が、何故かルカの胸へ深く突き刺さる。

 

ゼノスは静かに言葉を続けた。

「お前がこの城に来る前は……俺には、何も必要なものなどなかった」

それは、紛れもない事実だった。戦いだけがあればよかった。強者との命の削り合い、その果ての勝利だけがすべてで、それ以外の有象無象には一切の興味を持たなかった。

もし、かつてのゼノスであれば、ルカを奪還しに来る軍勢など、力ずくで叩き潰し、妨害することなど容易いはずだ。

 

だが、今は違う。ルカをこれ以上傷付けたくないという、自らの中に芽生えた奇妙な「情」が、彼の行動を鈍らせていた。

ルカは息を呑み、ゼノスの横顔を見つめた。ゼノスはふっと視線を逸らし、まるで自らが口にした言葉そのものに戸惑い、持て余しているようだった。

 

「……くだらん話だな」

ゼノスはいつものように、フッと冷ややかに笑ってみせた。だが、その笑みは、どうしようもなく「寂しそう」に見えた。

 

ルカの胸が、激しく締め付けられる。

何かを言いたかった。この男に、今伝えておかなければ二度と伝えられないような、何か大切なことを。

けれど、どうしても言葉にならなかった。

なぜなら――二人とも、まだ知らないからだ。自らの胸の奥で暴れ狂う、この狂おしいほどに切ない「感情の名前」を。

それを何と呼ぶのか、どうやって向き合えばいいのか、二人にはまだ、知る術がなかった。

 

だから、結局、何も言えないまま。

 

夕陽が完全に地平線の彼方へと沈み、部屋を染めていた赤い光が、ゆっくりと漆黒の闇へと溶けていく。

二人は夜が訪れるその最後の瞬間まで、静かに窓辺に立ち続けていた。

お互いの肩が今にも触れそうな、そんな近い距離で。

けれど、決して触れ合わないまま。

まるで、今の二人の危うい関係そのものを表すかのように。

 

あと少し。あと、ほんの少しの猶予だった。

もし――もしも、二人に残された時間がもう少しだけ長くあったなら。

二人はきっと、その胸にある感情の答えへと、辿り着くことができたのかもしれない。

 

 

 

第六十七節 奪還

その日の夜遅く。

ガレマルドの深い静寂は、大地を揺るがす地響きのような轟音によって、無残にも打ち砕かれた。

 

窓の外、漆黒に染まっていた帝都のあちこちから、天を突くような紅蓮の炎が次々と燃え上がりだす。

けたたましく鳴り響く警鐘。遠くから風に乗って聞こえてくる、帝国兵たちの怒号と鉄が激しくぶつかり合う剣戟の音。爆煙を孕んだ炎が、凍てついていた夜空を禍々しく、けれどどこか鮮やかに赤く染め上げていく。

 

戦いが始まった。とうとう、この時が「来てしまった」のだ。

 

ルカは張り詰めた面持ちで窓辺に立ち、激しく揺らめく遠くの火の手をじっと見つめていた。

自らの胸の奥が、かつてないほど激しく騒ぎ立てる。

分かっている。理解している。――来たのだ。あの地獄のような泥濘を、血の滲む執念で突破して、仲間たちが自分をこの手へ迎えに。

 

その時、一際大きな轟音が城内に響き渡り、頑強な石造りの城全体が大きく揺れた。

天井の豪奢な装飾が細かく震え、廊下の向こうから兵士たちの悲鳴が上がる。

ルカが反射的に身構えた瞬間――。

 

カチャリと、いつもと変わらぬ静けさで扉が開いた。

 

現れたのは、ゼノスだった。

周囲の喧騒や、迫り来る戦火の真ん中にいるとは思えないほど、普段と変わらず毅然と落ち着き払っていた。

だが、その黄金の瞳だけは、飢えた獣のように鋭く光を放っている。

 

「……始まったな」

 

短い言葉。ルカは喉が詰まったように、何も言い返すことができなかった。

胸の鼓動がうるさいほどに速くなる。嬉しい、はずだ。あんなにも待ち望んでいた仲間たちが、自分を救うためにここまで来てくれたのだから。

本来なら、それだけで、これ以上の喜びはないはずだった。

なのに、何故だろうか。自らの胸の奥が、抉られるように深く痛むのは。

 

ゼノスはそれ以上歩み寄ることもせず、静かに窓の外の景色へと視線を向けた。

激しく燃える帝都。それを包囲するように迫り来る、かつてのルカの同盟軍。

そして、その光景を複雑な瞳で見つめる、自らの隣に佇むルカの姿。

長い、耳が痛くなるほどの沈黙が二人の間に落ちる。

 

やがて、ゼノスが静かに口を開いた。

 

「……行くか」

 

ルカは弾かれたように顔を上げた。

「……え?」

「お前の仲間のところへ」

 

あまりにも当然のような、迷いのない声音だった。ルカは息を呑み、男の真意を測りかねて硬直する。

「……何を」

掠れた声で、どうにかそれだけを紡ぎ出す。

 

ゼノスは僅かに肩を竦めてみせた。

「お前は捕虜だ。――そして、捕虜の奪還を、俺が力づくで阻止することも、当然できる」

静かな、けれど有無を言わせぬ武の重みを孕んだ声。

「だが。戦場で何かを奪ったなら、同じように戦場で取り返されることもある。……ただ、それだけのことだ」

 

ルカは完全に言葉を失った。

目の前の男は、己の欲望のままにすべてを蹂躙する、あのゼノス・イェー・ガルヴァスだ。奪われた獲物を自ら手放すような真似など、彼らしくない。あまりにも、彼という存在の有り様からかけ離れている。

だが、そう口にするゼノスの横顔は、不思議なほどに凪いでおり、妙に穏やかだった。

まるで、最初からすべて分かっていたかのように。いつか、この歪で奇妙で温かな日々に、終わりが来ることを。

 

ゼノスはゆっくりと、ルカとの距離を埋めるように歩み寄った。

そして、戦場で数多の命を奪ってきたその大きな掌で、ルカの白い頬をそっと優しく撫で上げる。

吸い寄せられるように、互いの顔が近付いていく。ルカは拒絶することなく、受け入れるようにして静かに瞳を閉じた。

唇に触れる、ぬくもり。深く、静かな口づけ。

 

――その時だった。

 

城のすぐ奥深く、廊下の目と鼻の先で凄まじい爆発音が響き渡った。

続いて室内に飛び込んできたのは、聞き覚えのある、けれどずっと焦がれていた力強い叫び声。

 

「ルカーーーッ!!!!」

 

ミリアだった。

何度も自分を呼び、窮地から救い出してくれた、あの懐かしい金髪のヒーラーの声。

ルカの青紫色の瞳が、カッと見開かれる。一気に胸の奥が熱く昂り、涙が溢れそうになる。

 

そして次の瞬間、大質量によって蹴破られた重厚な扉が、凄まじい轟音と共に木片となって室内へと吹き飛んできた。

視界を覆う白い煙の向こうから、二つの鋭い影が猛然と飛び込んでくる。

 

美しい金髪を振り乱した女性と、身の丈ほどもある巨大な斧を担いだ大柄な男。

ミリアとブランだった。

 

二人とも全身傷だらけで、衣服は帝国兵の血と前線の泥にまみれ、息を切らせている。

それでも――ルカの姿を視界に捉えた瞬間、彼らは泣き出しそうなほどに、最高の笑顔を浮かべた。

 

「見つけた……っ!!」

 

ミリアが叫ぶ。ルカの美しい紫色の瞳から、大粒の涙がぼろぼろと溢れ落ちていた。

「この、大馬鹿野郎……っ! どれだけ、どれだけ私たちが心配したと思ってるのよ……っ!!」

 

ルカは窓辺で呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

夢ではない。本当に、みんなが来てくれたのだ。遥か遠い国境を越え、帝国の鉄壁の防衛網を突破して、ただ自分一人のために、ここまで命を懸けて這い上がってきてくれた。

 

ブランが大股で近付いてくる。そして、いつも通り何も言わないまま、泥に汚れた大きな手で、ルカの青い髪をぐしゃぐしゃと力任せに撫で回した。

 

「……無事で、よかった」

 

短い言葉。だが、その一言に込められた兄のような深い愛情だけで、ルカの心を満たすには十分すぎるほどだった。

ルカの視界が、熱い涙で滲んでいく。

自分には、帰る場所があった。ずっと、孤独の暗闇の中で完全に失ってしまったと思い込んでいた絆が、今も確かに、ここにあったのだ。

 

ミリアがルカの細い腕を、二度と離さないと言わんばかりに強く掴み取った。

「帰るわよ、ルカ。私たちの『家』へ!」

 

当然のように告げられたその言葉に、ルカは深く頷こうとした。

だが――その身体が前を向く直前、ルカは自らの理性を裏切るようにして、無意識に後ろを振り返ってしまっていた。

 

部屋の薄暗い奥深く。

ゼノスが、ただ独りでそこに佇んでいた。

腰の刀を抜く素振りすら見せず、去りゆくルカたちを追ってくる気配も微塵もない。

ただ、静かに、じっとこちらを見つめ続けていた。

沈みゆく夕陽を映したような黄金の瞳。今は何も語ろうとしない、昏い瞳。

 

ルカの胸の奥が、引き裂かれるように激しく締め付けられた。

何かを言いたかった。この男に、自らのすべてを暴き、けれど同時にぬくもりをくれたゼノスに、大切な何かを伝えなければならない気がした。

だが、どうしても言葉にならなかった。

 

ゼノスもまた、何も言わなかった。

ただ、去りゆくルカの姿を見つめながら、ほんの僅かに、その端正な唇を和らげて微笑んだように見えた。

それは、ルカの涙が見せた気のせいだったのかもしれない。あるいは、室内に吹き込む炎の揺らぎがそう見せただけなのかもしれない。

ルカはこの時の彼の表情を、生涯忘れることができなくなる。

 

「ルカ! 急いでっ!」

 

ミリアの切迫した声が、ルカを現実の世界へと引き戻す。

ルカは自らの唇を血がにじむほどきつく噛み締めた。

そして、一歩。また一歩と、自分を引っ張る仲間たちの方へと脚を動かしていく。

光の戦士、海都リムサ・ロミンサ黒渦団の軍医として、本来自分がいるべき場所へ、帰るために。

 

けれど――扉の敷居をくぐる直前、ルカはどうしても、どうしても堪えきれず、もう一度だけ後ろを振り返ってしまった。

 

ゼノスは、まだそこにいた。

いつものように、泰然と、静かに。ただルカの後ろ姿を見送っていた。

追おうとはしない。引き留めようともしない。

ただ闇の中に佇むその圧倒的な背姿が、何故だかルカの瞳には、ひどく悲しく、孤独に震えているように見えて仕方がなかった。

 

そしてルカは、この時はまだ、何も知らなかった。

 

この別れの後、毎夜のように夢の中で、ゼノスの広い背中に涙を流すことになるということを。

自らの心にぽっかりと空いてしまった、二度と埋まることのない硝子の穴の正体を――。

その本当の意味を、未だ何一つ知らないまま、ルカは仲間たちと共に、赤く染まる帝都の闇へと駆け出していった。

 

 

 

 

―第四章 「美しいままで」 に続く―

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