※この作品はR-18です。

光の軍医 ルカ   作:時野彼方

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本編『光の軍医ルカ』の裏側で繰り広げられていた、ゼノスとルカの濃密な日々を描く短編集。決して交わるはずのなかった二人が重ねた、歪な愛欲の爪痕。


番外編 R18

光の軍医ルカ 番外編 短編集(本編に収まらなかったエピソードとか甘すぎて没ったエピソードとか)

 

 

 

番外編1 背徳の報せ

静寂が支配する私室に、衣類が擦れる微かな音と、熱を帯びた荒い吐息だけが妖しく響いていた。

 

豪奢な寝台の上、ルカは大きく脚を開かれ、ゼノスの巨大な身体の下に組み敷かれていた。すでに数十分に及ぶ執拗な愛撫によって、ルカの白い肌は熟れた果実のように薄紅く火照り、紫水晶の瞳は涙で潤んでいる。

ゼノスの逞しい指先が、ルカの花弁に指を差し込み内部をかき混ぜ、溢れ出る愛液をシーツへと滴らせていた。

 

「ん……っ、あ……もう……やめ…ろっ」

「まだ始まったばかりだ、ルカ」

 

ゼノスが邪悪に微笑み、ルカの細い腰をさらに高く持ち上げようとした、その時だった。

部屋の外から、躊躇いがちな、けれど緊迫した足音が近づき、重い扉の向こうから声が響いた。

 

「――失礼いたします! 皇太子殿下、前線の戦況について緊急の御報告に参りました!」

 

ハッと、ルカの身体が恐怖で完全に硬直した。部屋を覆う魔力障壁は、ゼノスの意志一つで外の声を遮断も透過もできる。今、外にいる兵士には、中の気配が微かに伝わっているかもしれないのだ。

 

「う……あ、離し……っ」

 

羞恥のあまり、顔を真っ赤に染めたルカが必死に身をよじって抵抗しようとする。しかし、ゼノスはその華奢な手首を一本の手で容易く組み伏せ、寝台のヘッドボードへと縫い付けた。

そして、扉の向こうへ向かって、平然と冷徹な声音を放った。

 

「入れ。……そのまま、そこで報告せよ」

 

「――っ!? バカな、やめろ……ッ!」

 

ルカの悲鳴のような拒絶の声は、ゼノスの大きな手に乱暴に塞がれ、籠った音へと変えられた。

ガチャリと扉が開き、一人の帝国兵が部屋へと足を踏み入れてくる。寝台の周りは豪奢な天蓋の帳で遮られているとはいえ、すぐ数メートル先には、自分たち以外の「他人の目」が存在しているのだ。

 

「は、報告いたします。現在、同盟軍の第三軍が西側の防壁へと接近中……」

 

兵士が緊張した声で戦況を読み上げるなか、天蓋の内側では、淫らな羞恥プレイが開始されていた。

 

ゼノスは、ルカの口を塞いだまま、もう片方の手で、ルカの両腿を限界まで大きく割り開いた。そして、兵士の声が響き渡る静寂のなかで、あえて激しく、容赦のない指使いでルカの最奥を抉り始めたのだ。

 

「んんぅ……ッ!! ん、ふぅーーっ!!」

 

声を出せば、外の兵士にすべてが知れ渡る。

だが、他人がすぐそこにいるという極限の恐怖と精神的屈辱は、ルカの脳内麻薬を異常なほどに分泌させ、肉体の感度を何倍にも跳ね上げていた。

指が、最も敏感に開発された一点を強烈に、何度も、執拗に突き上げる。

 

「……また、敵の補給路の遮断については……」

 

兵士の淡々とした報告の言葉が耳に入るたび、ルカの身体はビクビクと激しく跳ね上がった。

ダメだ、こんなところで、他人の気配の前で、イかされてしまう。人間としての尊厳が、陵辱され、書き換えられていく。

ルカは涙をボロボロと溢れさせながら首を振り、拒絶するようにゼノスを見つめた。だが、ゼノスはルカの絶望に満ちた表情を、歪んだ歓喜に濡れた金の瞳で見下ろし、さらに指の速度を速め、深く、深く、内壁を内側から掻き回す。

 

「んぐ、ぅぅ――ッ! あ、ん、んんーーーっ!!」

 

逃げ場のない快楽の暴力。

兵士が「以上であります」と報告を終え、敬礼する気配が伝わったその瞬間、ルカの肉体は限界を迎えた。

 

激しく腰を突き上げ、指先を硬直させながら、ルカはゼノスの手のひらの中で、凄まじい絶頂へと叩き落とされた。

塞がれた口から「んあぁ!うぁぁ……っ!」と掠れた絶頂の喘ぎが漏れ、ルカの震える花弁からは、シーツを派手に濡らすほどの淫水が、ドクドクと勢いよく吹き出した。他人の気配を感じながらの絶頂は、ルカの身体を狂わせ、何度も、何度も、痙攣するように肉体を波打たせる。

 

「……下がれ」

 

ゼノスが短く命じると、兵士は不審に思いながらも、深く一礼して部屋を出て行った。バタン、と重い扉が閉まり、再び完全な静寂が戻ってくる。

 

口元から手を離されたルカは、シーツに顔を伏せ、ハァハァと激しく呼吸を乱していた。

腰は未だに快楽の名残でピクピクと震え、自らが盛大に吹き出した愛液の海の中で、ただただ絶望の涙を流している。

 

「ふ……。他人の前で、これほどまでに淫らに鳴き、潮を吹くとはな。お前は本当に、底の知れない卑しい器だ、ルカ」

 

ゼノスは満足げにそう呟くと、ぐったりと自失したルカの太腿を再び乱暴に掴み、今度は己の巨大な熱を、容赦なくその最奥へと突き立てた。

 

「あ、あぁぁ――っ……!」

 

ルカは、もう拒絶する言葉すら見つけられず、ただゼノスから与えられる次の快楽の波へと、自ら溺れていくしかなかった。

 

 

 

 

番外編2 「調教」

夜の静寂に包まれたゼノスの私室。ルカは寝台の上で一人、狂おしい快楽と屈辱の渦に身を悶えさせていた。

 

「あ……く、ぅ……ッ、……うぅッ!」

 

ルカの細い両腿は限界まで割り開かれ、足首をベッドサイドから伸びる革ベルトで固定されていた。白く細い太ももの間にある熟れた花弁の最奥には、不気味に鈍い光を放つ黒い魔道玩具が深く、深く埋め込まれている。

帝国の最新技術によって作られたその異形は、ルカの内壁を容赦なく抉るように激しく振動し、絶え間ない快楽の波を脳へと直接送り込んでいる。

 

あまりの熱さに耐えかね、ルカは涙をボロボロと溢れさせながら、自らの手を下腹部へと伸ばした。最奥で狂ったように震えるそれをつまみ、引き抜こうと指先をかける。

だが、その瞬間、玩具に施された魔道の回路がルカの指先を拒絶するように弾いた。そればかりか、引き抜こうとする抵抗を感知した玩具は、さらに吸い付くようにしてルカの最奥へと自ら潜り込み、肉壁を内側から強く、執拗に突き上げ始めたのだ。

 

「ぬ、抜けない……っ、嘘、あぅっ、うあぁ!!」

 

自分では決して外せない、魔道の呪縛。

その様子を、寝台から少し離れた長椅子に深く腰掛けたゼノスが、じっと見つめていた。

昏い情欲にまみれた黄金の瞳。獰猛な肉食獣が獲物の断末魔を楽しむかのような冷酷な美しさを湛えた面容で、ゼノスは片手に小さな魔道端末を握り、指先でその呪わしいスイッチを弄んでいる。

 

「無駄な足掻きをするな、ルカ。それはお前のエーテルと肉の熱を吸って、より深く根を張る。決して引き抜くことはできん」

「く……ッ、あ、んっ!うぅーーーッ!!」

 

会話を遮るように、玩具の振動が一段と跳ね上がった。

もっとも敏感に開発された一点を、容赦のない速度と硬さで抉られ、ルカの白い身体が大きく弓なりに頻える。ビクビクとつま先が痙攣し、限界まで引き絞られた弦のように肉体が硬直していく。

視界が白く染まり、目を見開いて凄まじい絶頂の波へ叩き落とされる――その、まさに一瞬手前だった。

 

カチリ、と硬質な音が部屋に響く。

ゼノスが手元のスイッチを押した瞬間、ルカの最奥で狂っていた玩具が、嘘のようにピタリと動きを止めた。

 

「は……っ、あ、ハァ、ハァ……っ」

 

絶頂の頂へ上り詰める直前で、ハシゴを外されたような凄まじい喪失感。行き場を失った熱がルカの脳内を暴れ回り、あまりの苦しさにルカはシーツに顔を埋めて喘いだ。身をよじり何とか狂おしい絶頂の波をやり過ごす。

だが、息を整える暇は与えられない。

 

カチリ、と再び音が響く。

「――っうあ、あぁぁぁあッ」

 

再び最奥で暴れ始めた玩具の暴力に、ルカは弾かれたように腰を跳ね上げた。先ほど溜め込まれた熱がそのまま引き継がれ、瞬時にしてまた絶頂の寸前へと押し上げられる。

 

ダメだ、狂ってしまう。イかせてほしい。もう屈辱でも何でもいいから、この苦痛から解放してほしい。

ルカの脳は完全に快楽の奴隷と化し、涙に濡れた紫水晶の瞳が、無意識にゼノスを求めて彷徨う。そして、またしても絶頂の瞬間に、玩具は無慈悲にその動きを止めた。

 

「う、あ……ハァ、ハァ いやだ、もう、やめてくれ……ッ!」

 

そんな残酷な寸止めを、数回も繰り返された頃には、ルカの精神は完全に崩壊していた。

シーツを涙とよだれで濡らし、子供のように声を上げて泣きじゃくりながら、自失した目でゼノスを見上げる。腰は快楽の残滓でピクピクと痙攣し、自らの意思ではどうすることもできない。ただただ、最後までいけない絶望的な苦痛に、美しい顔を歪ませていた。

 

ゼノスは長椅子からゆっくりと立ち上がると、大柄な影でルカの視界のすべてを覆い尽くすように、寝台へと近づいた。

泣き叫ぶルカの顔を冷徹に見下ろし、低い、絶対的な声音を言い放つ。

 

「最後までいきたかったら、その口で、俺に求めてみせよ。お前が何を欲しているのか、正確にな」

 

ルカはぐっと唇を噛み締めた。

敵国の皇太子に、自ら「イかせてほしい」と乞うなど、絶対したくない。耐えなければならない。これ以上、この男の都合の良い玩具にされてたまるものか……。

だが、肉体を支配する飢餓感は、ルカの理性など容易く踏み躙っていった。

熱い。苦しい。頭の芯が、割れそうに疼いて破裂しそうだ。最後までいけないという拷問のような苦痛が、ルカの全身の神経をズタズタに引き裂いていく。

 

「……てくれ…………」

「聞こえんな」

 

ゼノスがわざとらしく魔道端末に指をかける。またあの地獄が始まる。それだけは、もう肉体が拒絶した。

 

「して、くれ……」

 

ルカは顔を真っ赤に染め、羞恥と絶望に塗れた小さな声で、ぽつりと呟いた。

ついに、完全なる陥落だった。

 

「俺に、どうしてほしいのだ」

「最後まで、い……」

 

プライドを裂かれ、涙ながらに乞うたルカの姿に、ゼノスの黄金の瞳が、一気に凶暴な歓喜の火を灯した。

「よく言った」と低く睦むと、ゼノスはスイッチを押して魔道の力を切り、ルカの最奥から黒い魔道玩具を容赦なく引き抜いた。刹那の解放感にルカが息を呑む暇もなく、ゼノスは己の獰猛に猛り狂った巨大な熱を、ルカの最奥へと一気に、根元まで突き立てた。

 

「あ、あぁぁッッ!!」

 

玩具とは比べ物にならない、圧倒的な質量と質量が内壁を割り広げ、ルカの叫びが響き渡る。

ゼノスはルカの細い腰を強引に掴むと、壊すような勢いで激しく、何度も、何度も腰を打ち付け始めた。パンパンと淫らな音が室内に鳴り響き、ルカの身体はシーツの上で激しく揺さぶられる。

 

「あっ!あっ!うぁぁ! あぁぁ!!」

「もっと啼け」

 

極限まで焦らされ、開発し尽くされたルカの肉体は、ゼノスの容赦のない一撃ごとに、狂ったような快楽を爆発させた。

やがて、ゼノスがルカの最奥を強烈に突き上げ、その身の内に熱い精をドクドクと叩きつけたその瞬間――

ルカの肉体もまた、限界を遥かに超えた凄まじい絶頂へと達した。

 

「いっあ!あ、あぁぁぁぁあああ!」

 

ルカの絶頂の叫びが、閉ざされた部屋の壁に、そして冬の帝都の静寂へと激しく響き渡る。

ルカの身体は弓なりに硬直したまま、何度も、何度も痙攣するように波打ち、熱い蜜が迸る。視界が完全に真っ白な快楽の光に染まるなかで、ただゼノスの圧倒的な熱の中に沈んでいくのだった。

 

 

 

 

番外編3 高熱の夜

帝都に冬の気配が忍び寄る。

 

窓の外を吹き抜ける風は日に日に冷たさを増し、朝晩は白い息が薄く漂うほどになっていた。石造りの宮殿は夏には涼しいが、季節が傾き始めると途端に冷えを溜め込む。厚い壁も高い天井も、温もりを閉じ込めるより先に、人の体温を静かに奪っていくようだった。

 

そんな帝国の季節の変わり目に、ルカはまた倒れた。

原因は、ひとつではない。

 

もともと捕らわれてからというもの、食事は以前よりずっと細くなっていた。

軍医としての癖なのか、何かに集中すると食事を後回しにする悪癖も抜けず、書き物をしていれば昼を忘れ、考え込んでいれば夜もまともに食べない。

加えて、眠りも浅かった。敵地であるという緊張。そして毎夜のようにゼノスに組み敷かれ、抱き潰される。

散々喘がされ、ようやく解放されてその時は疲労で目を閉じても、夜半に何度も目が覚める。深く眠れないまま朝を迎え、そのまま平気な顔で一日をやり過ごす――そんな無理が、祟らないはずがなかった。

 

 

その夜、ゼノスがルカの部屋を訪れたのは遅い時間だった。

扉を開けると、灯りは落とされ、寝台の脇に置かれた小さな燭台だけが揺れている。部屋の奥、白い寝台の上で、ルカは毛布にくるまったまま横たわっていた。

 

息が、荒い。苦しげに上下する肩。額に張り付いた青い髪。毛布の端から覗く頬は、熱に浮かされたように赤く染まっている。

ゼノスは寝台の傍らへ膝をつき、ルカの額へ手を伸ばした。触れた途端、はっきりと分かる尋常ではない熱さに目を細める。

 

「……さむ……」

 

かすれた声だった。毛布を握る指先は熱いくせに、身体は小さく震えている。熱に浮かされて寒気まで来ているらしい。ゼノスは短く息を吐くと、外で控えていた侍従へ、湯と薬、そして清潔な夜着を用意するようすぐに命じた。

ゼノスは再びルカへ視線を戻した。夜着は汗で湿り、首元に張りついている。

 

「熱がある」

「寝れば、治る……」

「治っていないからこうなっている」

 

ルカはうるさそうに眉をひそめた。熱で頭が回らないのだろう。

 

「湯殿へ行く」

「……動ける……から……自分で……」

 

言い終わる前に、起き上がろうとした身体がぐらりと傾く。ゼノスはその華奢な背を支えた。

 

「平気な者は、寝台でうなされてはいない。それとも、侍女を呼んでお前のその身体を洗わせ、着替えさせるか? 他の者に見られてもいいのか」

 

低く落ちた声音に、ルカの肩がぴくりと揺れる。

誰にも触れさせてこなかったこの両性体の身体。他人に見られるのは絶対に嫌だった。汗に濡れ、熱で朦朧として、まともに立つことすらできない。そんな姿を他の誰かに見せるくらいなら――そう考えた瞬間、自分が何を選ぼうとしているのかに気づいて、ルカはひどく嫌な顔をした。

 

ゼノスは静かにルカの身体を抱き上げた。不意に視界が高くなり、ルカが息を呑む。熱で弱った身体は反射的にゼノスの首元を掴んだ。

 

「……おろ、せ……」

「暴れるな。黙っていろ」

 

湯殿はすでに整えられていた。

広い石造りの室内に、湯気が白く立ちこめている。侍従たちが退き、広い湯殿には二人きりになった。

 

ゼノスはルカを長椅子へそっと下ろしたが、座った途端にルカの身体が傾いた。すかさず伸びた腕が肩を支える。ゼノスはそのままルカの前にしゃがみ込み、夜着の紐へ手をかけた。

 

「……待て。……自分で、脱ぐ……」

 

結び目を探すルカの指先は震えていた。熱のせいか、それとも羞恥のせいか。ようやく解いたと思った頃には息が上がっている。その有様を見ていたゼノスは、抵抗の余地も与えずルカの手をそっと外した。

 

「もういい。お前は熱でまともに立ってもいられん」

 

ゼノスの指が、夜着の襟をゆっくりと左右に開いていく。

汗を吸って湿った薄い布が、しっとりとした肌から静かに剥がれてゆく。冷たい空気が触れた瞬間、ルカは小さく身を竦めた。

 

「さむ……」

「すぐ終わる」

 

ゼノスは夜着を肩から滑らせ、ルカの双腕を滑り落とす。湯気の中に、熱で火照った白い肌が少しずつ露わになっていった。

浮き出る薄い鎖骨、汗に濡れたゆるやかに膨らむ胸元、そこから続くしなやかな脇腹。男としてはあまりに細く、線の柔らかい腰つきは、熱のせいでほんのりと艶やかな赤みを帯びている。

 

夜着が完全に引き下ろされ、ルカの身体が湯気に晒された。太腿の付け根に隠された、男のものでもあり女のものでもある、形の整った花弁にゼノスは目を細める。

ルカは俯き、羞恥で耳まで真っ赤に染め上げながら、長い睫毛を激しく震わせた。毎夜のようにゼノスに暴かれ、玩具のように扱われている身体だというのに、こうして熱でぐったりとした状態で、ただ見つめられ、脱がされるだけの一方的な行為は、また異なる質の羞恥となってルカの胸を焦がした。

 

「……見るな」

「無理な命令だな」

 

ゼノスは金の瞳を細めてその肉体を見つめ、ルカの膝裏と背に腕を回して再びその細い身体を抱き上げた。

そのまま、ゆっくりと湯へ足を踏み入れる。

 

あたたかな湯が肌を包み、張りつめていた身体から少しずつ力が抜けていく。熱を持った皮膚には、湯の温度がちょうどよかった。ゼノスはルカを浅い段へ座らせ、自分はその前に膝をつく。逃がさないように、片腕はずっとその細い背中を支えたままだ。

 

湯を含ませた布が、まず額に触れた。あたたかな感触にルカは目を閉じる。

汗を拭われ、濡れた青い髪をかき上げられる。その手つきは、驚くほど丁寧だった。いつも乱暴に組み敷かれる時の激しさはどこへ行ったのか、まるで壊れものに触れるように、慎重に、静かに肌をたどっていく。

 

「……そんなに、丁寧にしなくていい」

「動くな。大人していろ」

 

布は首筋を滑り、柔らかな肩を伝い、汗で冷えた背へと回る。

湯に濡れた青い髪が頬へ張りつき、ゼノスの指がそれをすくい上げる。毛先から滴る水が鎖骨を伝い、胸の膨らみへと落ちるたび、ルカはくすぐったそうに身を縮めた。

 

布が肩から腕へ、そして滑らかな胸元へと下りてくる。ルカはたまらず、ゼノスの手首を掴んだ。頭がクラクラする。その手を止めたいのか、掴まりたいのか、自分でも分からない。

 

「……もう、いい……」

「よくない。汗で濡れている」

「……恥ずかしい」

 

ぽつりと落ちたその本音に、ゼノスの手が一瞬だけ止まる。

 

「散々身体を開かれているのに、今更なんだ」

「こういうのは……嫌だ。……全部だ」

 

弱った時にこんなふうに世話を焼かれることも、熱でまともに抵抗できないまま、されるがままの自分も。そして、その相手がゼノスであることも。

ゼノスはしばらく何も言わなかった。ただ、自分の手首を掴むルカの指先を見下ろし、それからそっとその手を外して、自分の肩へ置く。

 

「なら、せめて自分の身体を支えていろ。倒れられる方が面倒だ」

 

ぶっきらぼうな言い方だった。けれど、これ以上ルカが羞恥で身体を強張らせないように、支える口実を与えたのだと分かる。

ルカは呆れたように、けれど少しだけ救われたように息をついた。もう考えるのも面倒になり、言われるままゼノスの分厚い肩へ片手を置く。湯気の向こうで、金の目がじっとこちらを見ていた。

 

そのまま、残りも静かに洗われた。

首筋を、腕を、背を。ゼノスの手は終始落ち着いていて、必要以上に何かを確かめるような触れ方はしなかった。なのに、だからこそ余計に、触れられるすべての場所が熱く意識されてしまう。

やがて髪まで丁寧に湯で流される頃には、ルカはもう半分ほど夢の中にいるようだった。気持ちいい、と悔しくも思ってしまう。

 

「眠るな。まだ終わっていない」

「……ねむい……」

「寝台で寝ろ」

 

湯から上がる時も、ルカは自分で歩けなかった。

濡れた身体を厚い布で包まれ、抱き上げられる。髪を拭かれ、清潔な夜着を着せられる間も、ルカはもうほとんど目を開けていられない。

こんな風にすべてをこの男に委ねるのは本来なら耐えがたいはずなのに、今夜は抗う気力が残っていなかった。羞恥はある。情けなさもある。けれど、それ以上に身体が重く、熱に蕩けていた。

 

寝台へ戻され、清潔な寝具の上に横たえられる。ひんやりした布が額に乗せられ、苦しかった熱が少しだけ和らいだ。

ゼノスが薬を持ってくる。ルカは目を閉じたまま首を振った。

 

「……いらない。にがい……」

「子供か、お前は。なら尚更飲め」

 

結局、上体を起こされ、背を支えられたまま薬を口に含まされる。苦い、と顔をしかめたルカに、すぐに水が与えられた。

 

「ちゃんと飲んだな」

「……えらそうだな」

「皇太子だからな」

 

掠れた声で文句を言いながらも、ルカはそのままゼノスの胸元へ額を預けた。自分から寄りかかったことに気づく余裕もないほど、熱に浮かされている。

ゼノスはそのしぐさに一瞬だけ動きを止めたが、すぐにその青い頭を片手で支え、もう片方の手で背をゆっくり撫でる。

 

「寝ろ。今度食事を抜いたら、二度と見逃さん」

「病人に、ひどいな……」

「お前に倒れられると退屈でつまらぬ」

 

低く言いながら、ゼノスはルカをそっと寝台へ戻した。毛布を肩まで引き上げる。

ルカはうっすら目を開け、ぼやけた視界の中でゼノスを見上げた。

 

「今夜はここにいる。だから寝ろ」

 

ルカの睫毛がゆっくり伏せられる。傍にいると言われたことが、ひどく静かに胸へ落ちてきた。

 

ゼノスの指が、前髪を梳く。その手は、先ほど湯殿で身体を洗った時と同じように、妙なほど丁寧だった。そして、熱の残る額へそっと唇を寄せる。ゼノスにしては珍しく、触れるだけの、短い口づけだった。

 

「眠れ、ルカ」

 

その声を最後に、ルカの意識はゆっくりと深い眠りへ沈んでいった。

冬の始まりの帝都の夜は冷たかったが、寝台の中だけは不思議とあたたかかった。

 

薄れゆく意識の底で、ルカはぼんやりと思う。

看病されていることも、全部ひっくるめてひどく悔しい。悔しいのに、額に残った熱と、髪を撫でる手の感触だけが、どうしようもなく優しかった。

 

それが、何よりも困るのだった。

 

 

 

 

番外編4 軍医ルカの食事事情

ルカは、食事に頓着しない。

 

――というより、正確には、自分の空腹を後回しにする癖がある、と言った方が近かった。

 

もともと軍医として前線を駆けていた頃からそうだった。

怪我人が運び込まれれば食事の手を止め、熱を出した兵がいれば眠る時間を削り、夜明け前まで処置を続ける。ようやく一息ついた頃には、冷えたスープと硬くなったパンが机の端に残っているだけ――そんなことは、ルカにとって珍しくもなかった。

 

それが帝国に囚われた今も、形を変えて残っている。

 

誰かを治療する必要はない。戦場に立つこともない。

それでも、ひとたび本を読み始めたり、考え事に沈んだりすれば、食事の時間などあっさり頭から抜け落ちる。運ばれてきた料理がそのまま冷え、湯気を失い、最後には侍女に下げられていくことも、一度や二度ではなかった。

 

そして、それを最初に問題視したのは、案の定――ゼノスだった。

 

その日も、ルカは昼食をほとんど手つかずのままにしていた。

 

窓際の卓上には、白い皿に盛られた温野菜と、薄く切った肉、まだ柔らかなパン。

帝国の料理は味付けが濃いものも多いが、最近はルカの口に合うよう厨房に指示が出ているのか、比較的あっさりしたものが選ばれている。どうやら本気で「食べさせる」ために調整されているらしいと知ってからは、余計に居心地が悪かった。

 

もっとも、居心地が悪かろうが何だろうが、食欲が湧かなければ意味はない。

 

ルカは窓辺の長椅子に腰かけたまま、本を膝に広げていた。

視線は文字を追っているようで、実際には半分ほどしか頭に入っていない。外の空は薄曇りで、帝都の尖塔の向こうを風が流れていく。静かすぎる午後だった。

 

扉が開いた音に、ルカは顔を上げる。

 

現れたのは、銀盆を持った侍女ではなかった。

 

白い外套を肩にかけた長身の男が、いつものように、まるでここが自分の領域であることを疑いもしない足取りで室内へ入ってくる。

 

ゼノスはまず、窓辺のルカではなく、その手前の食卓を見た。

 

それだけで、ルカは嫌な予感がした。

 

「……何だ」

 

先に口を開いたのはルカの方だった。

問いというより牽制に近い声音だったが、ゼノスは気にした様子もなく卓へ歩み寄る。視線が皿の上をなぞり、ほとんど減っていない料理と、手をつけられた形跡のないスープの器を順に確認する。

 

そして、短く言った。

 

「食っていないな」

「別に、お前に報告する義務はない」

「報告を求めた覚えはない。事実を言っただけだ」

 

淡々と返され、ルカは眉をひそめた。

ゼノスは皿の脇に置かれたフォークを指先で持ち上げ、元の位置に戻す。その仕草が妙に静かで、逆に落ち着かない。

 

「腹が減っていない」

「嘘だな」

「嘘じゃない」

「ならば、なぜ先ほどから三度も腹を押さえた」

 

ぎくり、とルカの肩がわずかに揺れた。

 

確かに、空腹感がまったくないわけではなかった。朝もほとんど食べていないのだから当然だ。けれど、それを指摘されるのは腹立たしい。しかも、そんな細かい仕草を見られていたこと自体が気に食わなかった。

 

ルカは本を閉じ、むっとした顔でゼノスを見上げる。

 

「見ていたのか」

「見える場所にいた」

「……趣味が悪い」

「お前ほどではない」

「何で俺が」

「腹が減っているくせに食わず、冷えたものを平然と口にする。十分に悪趣味だ」

 

あまりにも当然のように言われ、ルカは返す言葉に一瞬詰まった。

 

最近のゼノスは、ルカの眠りが浅ければ気づき、咳をすれば眉を寄せ、食事を抜けばこうして文句を言う。いったい何がしたいのか、ルカには本当に分からなかった。

 

「いらないなら下げさせる」

 

ルカはそっぽを向いて言った。

「どうせ後で何か摘まめば済む」

「摘まむ、だと」

 

その言い方が気に障ったのか、ゼノスの声がわずかに低くなる。

 

「菓子か果実で済ませる気か」

「……悪いか」

「悪いな」

 

即答だった。

ゼノスは椅子の背に片手をかけたまま、じっとルカを見下ろす。妙に退かない圧がある。

 

「お前は食に興味がなさすぎる」

「別に、飢えているわけじゃない」

「そういう話ではない」

 

低い声が、ひどく真面目だった。

「空腹を覚えるまで放っておく。空腹を覚えても後回しにする。口に入るものなら何でもいいと考える。……それでは、いずれ身体が先に音を上げる」

「大げさだな」

「大げさかどうかは、過去のお前に訊け」

 

その一言に、ルカは黙った。

 

戦場にいた頃の自分を、ゼノスは直接知らない。

だが、寝台に伏せたルカが熱でうなされ悪夢や戦場での夢を見ていた夜、半ば夢の中でこぼした言葉を、彼は思いのほか覚えていたのかもしれない。

“まだ平気”“後で食べる”“この人の処置が先”――そんな断片を。

 

ルカは視線を逸らし、窓の外を見た。

 

「……癖みたいなものだ」

 

ぽつりと落ちた声は、自分でも思っていたより小さかった。

 

「前線では、食べられる時に食べる、なんて綺麗にいかない。ひとり診て、次が運ばれてきて、また次が来て……気づいたら半日過ぎてることもあった。食事を優先して、その間に手遅れになる人がいたら嫌だった」

 

言いながら、ああ、これは言い訳だとルカ自身が分かっていた。

 

もちろん本当にそういう現場だった。

だが今は違う。もう戦場ではない。誰かが目の前で血を流しているわけでもない。

それでも食事に手が伸びないのは、半ば習慣で、半ば――自分の身体を大切に扱うことに、どこか慣れていないからだ。

 

沈黙が落ちる。

 

ゼノスはしばらく何も言わなかった。

やがて、静かに椅子を引く音がした。ルカが振り向くと、彼は食卓の前に腰を下ろしている。まるでここで長期戦をするつもりだとでも言うように。

 

「……何の真似だ」

「お前が食うまでここにいる」

「は?」

「一口でいい。まずはそれを食え」

 

顎で示された先には、まだ湯気の名残を保ったスープがある。

ルカは呆気にとられてから、すぐに眉を吊り上げた。

 

「子供扱いするな」

「子供のような真似をしているのはどちらだ」

「俺は子供じゃない」

「知っている。だから命じている」

 

ゼノスはそう言うと、何でもないことのようにスプーンを手に取った。

まさか、と思う間もなく、そのままスープをひと掬いし、ルカの方へ差し出してくる。

 

ルカは目を見開いた。

 

「……何をしている」

「口を開けろ」

「開けるわけあるか!」

「なら自分で食え」

「そういう問題じゃ――」

「冷めるぞ」

 

真顔だった。

冗談でやっている顔ではない。だから余計に始末が悪い。

 

ルカは耳まで熱くなるのを感じた。こんなもの、屈辱以外の何物でもない。帝国の皇太子に、まるで病人か幼子のように食事を勧められるなど、悪夢にもほどがある。

 

「……お前は、本当に、何なんだ……」

「それはこちらの台詞だ、ルカ」

 

ゼノスはスプーンを持ったまま、わずかに目を細めた。

 

「お前は自分の身体を軽く見すぎる」

低く落ちた声に、先ほどまでの押し問答とは違う重みが混じる。

 

「傷つけば平然と立ち、熱があっても隠し、食事を抜いても何事もない顔をする。お前にとっては、それが当たり前なのだろう。だが俺は気に入らぬ」

 

ルカは思わず息を止めた。

ゼノスの金の瞳が、真正面からルカを射抜いている。

 

「お前の命も、身体も、最初から使い潰していいものではない」

その言葉は、不意打ちだった。

叱責でもない。侮辱でもない。

ましてや、獲物を惜しむような残酷な響きでもなかった。

 

まるで、誰かが当たり前のことを教えようとしているような――

そんな声音だったから、ルカは返事を失った。

 

使い潰していいものではない。

 

そんなふうに言われたことが、あっただろうか。

仲間たちはもちろんルカを大切に思ってくれていたし、無茶をすれば叱ってくれた。けれど、こんなふうに、まるで自分の身体の価値を言い聞かせるように告げられたことは、ひどく少ない気がした。

 

ルカは視線を落とす。

 

白い卓布の上で、スープの表面がかすかに揺れていた。

そこに映る自分の顔は、ひどく困ったような、子供じみた顔をしている。

 

「一口だけだぞ」

 

しばらくして、ルカはぼそりと言った。

ゼノスは何も言わない。

ただ当然のようにスプーンを差し出したまま、こちらを見ている。

 

「だから、その……それを寄越せ。自分で食べる」

「断る」

「は?」

「お前は隙を見て皿ごと遠ざけるだろう」

「しない!」

「信用がない」

「誰のせいだと思ってるんだ!」

 

結局、言い争いの末に折れたのはルカの方だった。

 

ゼノスの手からスプーンをひったくるように奪い取り、乱暴に一口飲む。

温かいスープが喉を落ちていく。塩気は控えめで、野菜の甘みが思ったより優しかった。空腹だった身体に染みる感覚が悔しい。

 

「……ほら、食べたぞ」

「足りん」

「一口って言っただろ」

「それは始まりの話だ」

「勝手に増やすな」

 

ルカが睨んでも、ゼノスは涼しい顔でパンの皿を押しやってくる。

それがあまりにも自然で、まるで以前から何度もこうして世話を焼いてきたかのようだった。

 

「肉も食え」

「今スープを飲んだばかりだ」

「だからどうした」

「順番ってものがあるだろ……」

「知らぬ。腹に入れば同じだ」

「雑すぎる……」

 

ぶつぶつ文句を言いながらも、ルカは結局パンに手を伸ばした。

ちぎって口に運ぶと、焼きたての名残がまだ少しだけ残っている。ゼノスはそれを見て、ようやく満足したのか椅子の背に深くもたれた。

その様子が妙におかしくて、ルカはパンを噛みながら顔をしかめる。

 

「……何でそんな満足そうなんだ」

「お前が食っているからだ」

「答えになってない」

「俺には十分だ」

 

さらりと言われ、ルカはまた言葉に詰まった。

 

どうにも、ゼノスが時折見せるこういう部分には調子を狂わされる。

ベッドで乱暴に組み伏せてくる獰猛さを知っているのに、今こうして目の前にいるのは、ルカがきちんと昼食を取るかどうかを見張っているだけの男だ。

 

おかしい。どう考えても、おかしい。

けれど。

 

「……お前も食べればいいだろ」

 

気づけば、そんな言葉が口をついていた。ゼノスがわずかに眉を上げる。

 

「何だと」

「さっきから俺が食べるのを見てるだけじゃないか。気味が悪い。自分の分くらい持ってくればよかっただろ」

「必要ない」

「必要ある。人にばかり食え食え言うくせに、自分はまともに食べてるのか?」

 

半ば意趣返しのつもりだった。

だがゼノスは少し考えるように目を伏せ、それからあっさりと答えた。

 

「……忘れることはあるな」

「……あるのか」

「執務が長引けば」

 

ルカは思わず額を押さえた。

「俺に説教できる立場じゃないだろ……」

「俺は飢えても死なん」

「死ぬだろ!」

 

思わず声が大きくなる。

ゼノスは一瞬だけ目を瞬かせ、それから、ほんの僅かに口元を緩めた。

 

「そう怒鳴るな」

「怒鳴るに決まってるだろ……。自分のことを棚に上げて、人にだけ食えって……」

「ならば次からは、お前が俺に言えばいい」

「は?」

「食え、と」

 

あまりに自然な返しに、ルカはぽかんとした。

 

「……何でそうなる」

「お前が食い、俺も食えば問題はない」

「問題の整理が雑だぞ……」

 

深いため息が漏れる。けれど、もう先ほどまでのような険しさはなかった。

ルカは皿の上の肉を切り分けながら、小さく肩を落とす。

 

「……分かったよ。食べる。だから、お前も少しは自分の身体を大事にしろ」

「捕虜が皇太子の俺に命令か」

「忠告だ」

「なら聞く義理はないな」

「この……」

「だが」

 

ゼノスはそこで一度言葉を切り、ルカの手元に視線を落とした。

白い指先が、ナイフとフォークを持ってきちんと食事を進めているのを確かめてから、低く続ける。

 

「お前が言うなら、考えてやる」

 

その声音はひどく静かで、けれど不思議な熱を孕んでいた。

 

ルカはそれ以上何も言えず、ただ誤魔化すようにスープへ視線を戻した。

耳の奥が熱い。こんなやり取りに慣れてしまうのはまずい、と頭では分かっているのに、胸のどこかがほんの少しだけ緩んでしまう。

 

温かなスープをもう一口飲む。その向かいで、ゼノスはようやく満足したように椅子から立ち上がった。

 

「全部食え」

「見張るのか」

「必要ならな」

「いらない」

「そうか。なら、後で皿を確認する」

「子供扱いするなって言ってるだろ……!」

 

抗議の声を背に受けながら、ゼノスは扉の方へ向かう。

だが、手をかける直前にふと足を止め、振り返らないまま言った。

 

「ルカ」

「……何だ」

「次に食事を抜いたら、夕飯も俺がここで見ている」

「なっ……」

 

返ってきたのは、低く短い笑いだけだった。

 

扉が閉まる。

静かになった部屋の中で、ルカはしばらくその扉を睨んでいたが、やがて深々と息を吐いた。

視線を落とせば、まだ半分以上料理が残っている。

 

「……本当に、何なんだ」

呟きながら、パンをちぎる。

けれど先ほどまでとは違って、もう喉は拒まなかった。温かなスープも、柔らかな肉も、少し塩気の強い野菜も、きちんと“食べもの”として身体に入っていく。

そしてルカは、そんな自分に少しだけ困ったように眉を寄せた。

 

――敵国の皇太子に昼食を監督される捕虜が、どこにいる。

 

だが、少なくともここにひとりいるらしい。

 

ルカは最後に残っていたスープを飲み干し、冷めかけた皿を見下ろした。不本意ながら、少しだけ胃が落ち着いている。

その事実が癪で、そして、ほんの少しだけ――

 

嫌ではなかった。

 

 

 

 

番外編5 甘いものは別腹

ルカは少食だ。

これはもはや、ゼノスの中で疑いようのない絶対的な事実として定着していた。

 

朝は放っておけば、軽く淹れた茶とわずかな果実だけで済ませようとする。

昼は昼で、本を読んでいれば平然と一食を食べ損ねる。

夜になれば「今日はあまり身体を動かしていないから」と、もっともらしい妙な理屈をつけては自ら量を減らそうとする。

こちらが少しでも目を離せば、皿の上の肉だけを器用に残し、申し訳程度に口をつけた野菜とパンだけで「ちゃんと食べた」と主張する始末だ。

挙げ句の果てに、本人には食事を抜いているという自覚がほとんどないのだから、余計に始末が悪かった。

 

だが、そんなルカにも、ひとつだけ分かりやすい弱点があった。それをゼノスが知ったのは、本当に些細な偶然からだった。

 

その日、ルカは珍しく朝から机に向かって書き物をしていた。

卓上には羊皮紙が何枚も広げられ、その脇には開きっぱなしの分厚い医学書とインク壺、それから何やら薬草の名前や調合の比率を書きつけたらしい走り書きが乱雑に並んでいる。おそらく、戦場を駆けていた軍医としての習性なのだろう。帝国に囚われ、自由を制限された身であってもなお、彼は治療法や薬効の整理という行為を止めようとはしなかった。

 

昼近くになって、給仕の侍女が食事の載った銀盆を運んできたが、ルカは案の定、そちらにほとんど注意を払わなかった。

 

「ルカさん、お食事をこちらへ置いておきますね……」

「ありがとう。あとで食べるから、そこに置いておいて」

 

侍女の遠慮がちな声に、ルカは紙面から顔も上げずにそっけなく答える。

――あとで食べる。

その“あとで”という言葉が、どれほど信用ならないものであるかを、最近では仕える侍女たちも嫌というほど熟知していた。困ったように視線を泳がせた彼女は、扉の近くに音もなく立っていたゼノスをちらりと仰ぎ見る。ちょうど執務の途中で様子を見に顔を出したらしいゼノスは、その視線だけで状況をすべて察したようだった。

 

「置いていけ」

 

低く短く命じると、侍女は救われたように深く一礼し、静かに部屋を下がっていく。

重厚な扉が閉まったあとも、ルカの手元からはさらさらとペン先が紙を擦る音だけが、昼下がりの静かな部屋に寂しく流れていた。

 

ゼノスはしばらく黙ってその横顔を見ていたが、やがて音もなく食卓へ歩み寄った。今日の昼食は、柔らかく煮込まれた鶏肉と根菜のスープに、薄く切ったパン。そして、皿の端には小さな焼き菓子が二つ、ちょこんと添えられていた。表面に細かな砂糖が薄くまぶされた、実にあっさりとした素朴な菓子だ。

ゼノスはその菓子に一瞬だけ目を留めると、すぐにルカの方を振り返った。

 

「食え」

「あとで」

「今だ」

「今は無理だと言っているだろ。……もう少しで考えがまとまりそうなんだ。今手を止めたら忘れてしまう」

 

苛立ったように返すルカの声は、しかし半分ほど上の空だった。

完全に書き物に意識を奪われている時の顔だ、とゼノスは思う。眉間に少しだけ綺麗な皺を寄せ、長い睫毛を伏せ、白い指先が忙しなくペンを動かしている。

 

ゼノスは食卓の皿を一瞥した。

 

「ならば、せめて一口でも腹に入れろ」

「あとでって言っているだろ。しつこいな」

「お前の『あとで』など、一切信用できん」

「何でだよ……」

「昨日も同じことを言って、結局皿の上の肉を丸ごと残した。一昨日はスープを半分しか飲まなかったな」

「……っ。覚えていなくていいところばかり、妙に正確に記憶してるな」

「当然だ。お前は放っておくと、すぐに食うことを放棄する」

「なら放っておいてくれ」

 

あまりにも容赦のない即答に、ルカはついに耐えかねてペンを止めた。

不機嫌さを隠そうともせず顔を上げ、机越しにゼノスをキッと睨みつける。

 

「俺は、病気の患者じゃない」

「ならば、まともに食事を取って見せろ」

「……最近そればっかりだな」

「最近のお前が、そればかりだからだ」

 

完全に平行線で、会話がまるで進まない。

ルカは心底うんざりしたように細い肩を落としたが、こうなったゼノスが簡単には引き下がらないことも、これまでの監禁生活で嫌というほど思い知らされていた。このまま放置しても、どうせ後で皿の減り具合を執拗に確認される。最悪の場合、無理やり顎をつかまれ口移しでスープを流し込まれるのがオチだ。

それだけは、何が何でも避けたかった。

 

「……分かったよ」

 

ルカはしぶしぶといった様子で立ち上がると、机を離れて食卓へと歩いていった。

いかにも面倒くさそうな顔で椅子に腰掛け、まずはスープの器を手に取る。二口、三口と温かい液体を喉へ流し込む。そこでようやく、肉体が少しだけ空腹のシグナルを思い出したのか、張り詰めていた表情がわずかに緩んだ。

ゼノスは何も言わず、その向かいに立ったまま、その一挙手一投足を見下ろしている。

 

「そんなに監視しなくても、ちゃんと食べるから向こうへ行け」

「見ているわけではない」

「じゃあ何だよ」

「お前が正しく栄養を摂取しているか、確認している」

「同じことだろ……」

 

ぶつぶつと不満を溢らしながらも、ルカはパンを小さくちぎり、鶏肉を少しずつ口に運んでいく。

そこで、ふと皿の端に置かれた焼き菓子が、ルカの視界に飛び込んできた。小ぶりの、丸い菓子。表面に薄くまぶされた砂糖がきらきらと光を反射し、全体が綺麗なきつね色に焼き上げられている。帝国の菓子にしては酷く素朴な見た目だが、バターの芳醇な香りがほんのり甘く漂っていた。

 

ルカの紫の瞳が、ほんの一瞬だけ、吸い寄せられるようにその菓子の上に留まる。

そして、何事もなかったかのような澄ました顔をして、肉の皿へと視線を戻した。

 

――本人は、完全に隠し通せたつもりだった。

 

「それが、気になるのか」

「っ……!?」

 

あまりにも鋭い不意打ちに、ルカは危うく手に持っていたフォークを落としかけた。

 

「……何の話だ」

「菓子の話だ」

「別に、気にしてなんてない」

「さっきから、二度ほど熱心に見たな」

「見てない」

「三度目だ」

「数えるな、趣味が悪い」

 

ルカの白い耳の裏が、じわりと赤く染まっていく。

ゼノスはそんなわかりやすい反応を見つめながら、ゆっくりと、愉しげに黄金の瞳を細めた。

 

「……なるほどな」

「何がだ」

「甘いものは、まともに食うのだな」

 

言われた瞬間、ルカは世界で一番嫌なものを見るかのように、もの凄く苦い顔をした。

 

「……それがどうした」

「肉や野菜よりも先に目がいく程度には、それを好むらしい」

「……たまたまだ、そんなの」

「そうか」

 

ゼノスはあっさりと頷いた。

だが、その素直さが逆に怪しい。ルカが警戒を強めるよりも早く、ゼノスの大きな手が伸び、皿の端の焼き菓子をひとつ、指先で摘み上げた。

 

「なら、これは俺がもらうことにしよう」

「待て!」

 

反射的に、ルカの手が伸びる。

ゼノスの無骨な指先と、ルカの白く細い手が、皿の上のわずかな空間でほとんど同時にピタリと止まった。

 

あと数ミリで互いの肌が触れ合いそうな距離。ルカはそこでようやく、自分がどれほど必死に手を伸ばしてしまったのかに気づき、体面を失って固まる。

ゼノスは無言のまま、皿の上のルカの手と、その赤くなった顔を交互に見つめた。

 

「……たまたま、ではなかったようだな」

「ちが、これは……!」

「何だ」

「その、食事のあとに、ちゃんとデザートとして食べようと思ってただけで……!」

「今すぐ他者に取られると、酷く困る程度には欲しいわけだ」

「うるさい!」

 

ゼノスが満足そうに口元をほんの僅かに釣り上げる。

大声を上げて笑ったわけではない。けれど確かに、この世界のすべてに退屈していた怪物がいま、目の前の小さな存在を心底「面白い」と思って眺めているのが分かった。

ルカは敗北感にまみれながら、恨めしげにゼノスを睨みつける。

 

「……返せ」

「断る」

「さっきからそればっかりだな、お前は」

「面白い獲物を見つけたからな。簡単には手放さん」

「人を珍獣みたいに言うな」

 

焼き菓子を指先で弄びながら、ゼノスは椅子の背に片手を置いて、傲慢にルカを見下ろした。

 

「少食で、食に頓着せず、放っておけばすぐ食事を抜く軍医が、菓子を取られそうになった瞬間だけこれほど素早く手を伸ばす。十分に珍しい光景だ」

「珍しくない! 普通だ!」

「そうか。ならば、それを俺に証明してみせろ」

「……どうやって」

「先にその肉を食え。スープも飲み干し、パンも一切残すな。それができたら、これはお前に返してやる」

 

言っていることの精神年齢が、完全に幼子をあやす親のそれだった。

ルカはあまりの呆れと怒りで顔をしかめたが、ゼノスは一歩も引く気配を見せない。しかも、彼が焼き菓子を持つ手を少し高く上げてしまったせいで、座っているルカがそれを力ずくで取り返すのは物理的に不可能だった。立ち上がって奪おうと思えばできなくはなかったが、そんな子供じみた真似をしたら、余計にこの男を喜ばせるだけであることは目に見えている。

 

「……最低だな、お前は」

「褒め言葉として受け取っておこう」

「褒めてない」

「なら、さっさと食え」

 

ルカは深く、深く息を吸い込み、そして諦めたように吐き出した。

そして、もの凄く不満そうな顔のまま、皿の上の肉をナイフで手荒に切り分ける。

 

「食べればいいんだろ、食べれば」

「そうだ」

「絶対楽しんでやってるだろ……」

「否定はしないな」

「最悪だ……」

 

毒づきながらも、ルカはきちんと食事を口へと運び続けた。

スープを飲み、肉を咀嚼し、パンをちぎる。

最初は完全に「焼き菓子を人質に取られたから」という極めて不本意な理由だった。しかし、温かい食事が次々と胃に落ちていくうちに、冷え切っていた身体が内側からじんわりと落ち着いていくのが自分でも分かった。認めるのは死ぬほど悔しかったが、やはり肉体は明確に飢えていたのだ。

 

ゼノスはその間、食卓の脇に佇んだまま、余計な口を挟むことなく静かにその様子を見守っていた。ただ、ルカの手によって皿の上が空になっていくのを、どこか満足げに確認している。

 

やがて最後の一口を飲み込み、ルカはカタンと音を立ててフォークを置いた。

 

「……これで満足か」

「まだだな」

「全部食べたろ」

「野菜の切れ端が、一切れ残っている」

「細かい……」

「これを返してほしいのだろう?」

 

ゼノスがわざとらしく、ひらひらと指先で焼き菓子を揺らしてみせる。

ルカは思わず唇を噛んだ。なぜ自分がたかが小さな菓子一つのために、ここまで必死になり、敵の皇太子に振り回されているのか、自分でもまったく訳が分からなかった。甘いものが好きなのは紛れもない事実だが、これではまるで、餌を前にして芸をさせられている獣のようではないか。

 

それでも、結局は皿の上の小さな野菜の欠片まで、きれいに残さず片付けた。

ルカがそれを完全に口に入れ、咀嚼し終えたのを見届けてから、ゼノスはようやくその大きな手を下げて焼き菓子を差し出した。

 

「ほら、約束だ」

「……最初から返す気があるなら、最初から奪うなよ」

「よく食った。その褒美だ」

「俺は犬じゃない。ミコッテだ、一応……」

「食を終えるたびにこの種の菓子が必要だと言うなら、毎食厨房に用意させることを考えてやってもいい」

「いらない! 結構だ!」

 

口では激しく抗議しながらも、ルカの細い指先は、差し出された焼き菓子をしっかりと受け取っていた。

その際、二人の指先がほんの少しだけ触れ合う。すぐに離れたはずなのに、ゼノスの持つ独特の皮膚の熱が妙に残る気がして、ルカは慌てて視線を斜め下へと逸らした。

 

焼き菓子を、サク、と一口齧る。

軽い音と共に、口の中でほろほろと優しく解ける生地。中から素朴で、けれど濃厚な甘みが広がっていった。砂糖の強烈な甘さではなく、どこか幼い頃の記憶を呼び起こすような、温かくて懐かしい味がする。豊かなバターの香りと、小麦本来の素朴な風味。それが思った以上に自分の好みのど真ん中だったため、ルカは無意識のうちに、ほんの少しだけ耳を動かし、目を細めていた。

 

その、あまりにも分かりやすい変化を、ゼノスが見逃すはずもなかった。

 

「美味いか」

「……べつに。普通」

「そう言う割には、顔が酷く緩んでいるが」

「緩んでない」

「そうか」

「……何だ、その勝ち誇ったような顔は」

「別に」

 

明らかに「極上の面白いものを見た」という顔を隠そうともしていない。

ルカは二口目を口に運び、咀嚼しながら、むっと不満げに頬を膨らませた。

 

「言っておくけど、俺だって毎日甘いものばかり食べてるわけじゃない」

「だが、それを特別好むのは紛れもない事実のようだな」

「たまに、気が向いた時だけだ」

「なら、その『たまに』を、これからは毎食後に用意させよう」

 

さらりと当然のように告げられて、ルカは咀嚼を止めて瞬きをした。

 

「食事をまともに、完食した日だけ、その菓子を付けさせるという条件だ」

「何でそんな、犬の調教みたいな条件制になってるんだよ」

「明確な餌があった方が、お前という生き物はよく動く。極めて合理的な判断だ」

「だから、俺は犬じゃない!ミコッテだ」

 

いくら声を荒げて抗議しても、ゼノスはまるで意に介さない。むしろ、本気でこれがルカの健康管理における最高に合理的な名案だと思っている節があるのが、最高に腹立たしかった。

 

「嫌ならば、菓子という餌がなくとも、毎食きちんと残さず食えばいいだけの話だ」

「そういう問題じゃないだろ……」

「いや、俺にとっては大いなる問題だ」

「問題にするな……」

 

ルカは半ばうめくように項垂れながら、残りの焼き菓子をもう一口で口に放り込んだ。

悔しいが、美味しい。悔しいが、身体が喜んでいる。

そして何より一番悔しいのは、その「美味しい、嬉しい」という素直な感情のすべてを、目の前の男に完全に完璧に見抜かれていることだった。

 

ゼノスはしばらくの間、ルカが口いっぱいに菓子を含んで咀嚼する姿を、飽きることなく眺めていたが、やがてぽつりと静かに口を開いた。

 

「……次からは、二つに増やして用意させてもいいな」

「何で勝手に増やすんだ」

「一つでは、お前には明らかに物足りなさそうだからだ」

「足りる! これで十分だ」

「そうか。ならば、食後に一つ。午後の茶の席に一つだ」

「人の話を聞け……」

 

とうとうルカは、残った焼き菓子を片手に持ったまま、勢いよく椅子から立ち上がった。

これ以上この男と同じ空間にいたら、どこまで都合よくからかわれ、調子を狂わされるか分かったものではない。せっかく集中して落ち着いていた昼の空気が、完全にゼノスの都合の良い遊び場に塗り替えられてしまっている。

 

「もういい。俺は向こうの長椅子で食べるから、お前は早く出ていけ」

「逃げるのか」

「逃げる」

「素直に認めるのだな」

「うるさい!」

 

ルカは焼き菓子を大切に片手に握りしめたまま、さっさと窓辺の長椅子へと避難していった。

背中にゼノスの重々しい視線が突き刺さるのを感じるが、絶対に振り返らない。これ以上あの大柄な体躯と黄金の瞳を直視したら、また何を言われるか分かったものではなかった。

 

長椅子に深く腰を下ろし、焼き菓子の最後のひとかけを口に入れる。生地が舌の上で溶けていく甘さを噛み締めながら、窓の外を見つめた。帝都の広大な空が、淡く白く霞んでいる。

 

しばらくして、背後で再び、静かに椅子を引く木製の音が響いた。

ゼノスが未だにこの部屋を出ていっていないことに気づき、ルカは長椅子の背越しに不機嫌そうに眉をひそめる。

 

「……何だよ。まだ用事があるのか」

「確認だ」

「何の確認だよ」

「菓子だけを食べて満足し、またまともな水分も摂らずに書き物に戻らんかどうか、だ」

「戻る、今すぐ」

「なら、茶も一緒に飲め」

「飲まなくても大丈夫だ」

「喉が渇くだろう。その菓子は水分を奪う」

「……本当に、最近そればっかりだな」

 

呆れ果てたように吐き捨てると、背後のゼノスは、少しだけ長い間を置いた。

そして、からかいの色を完全に排した、低く静かな声音で答えた。

 

「お前は放っておくと――すぐに自分という存在を、一番後回しにするからだ」

 

その声の響きには、ルカを揶揄う意図など一切含まれていなかった。ただの純然たる事実として、ルカの身を案じるような響きが、そこには確かにあった。

ルカは焼き菓子の優しい甘さがまだ残る口の中で、何とも言えない、複雑で切ない顔をした。

 

腹が立つ。調子が狂う。どうしようもなく、困る。

けれど、そのどれとも少しだけ違う、不思議な、柔らかな熱のようなものが胸の奥底にトツトツと残っていく。

敵国の、世界を恐怖に陥れるはずの皇太子に、自分の甘いものの好みまで正確に見抜かれ、管理される日が来るなんて、かつての戦場では想像したこともなかった。

 

窓の外をじっと見つめ、ルカは他者に聞こえないほどの声で、ぼそりと呟いた。

 

「……次は、果実のタルトがいい」

 

零れ落ちた自分の声に、他ならぬルカ自身が一番驚き、目を見開いた。

(――しまった)

と思った時には、もうすべてが遅かった。

 

背後から、低く、短い、愉しげな笑い声が室内に響き渡る。

 

「……覚えておこう」

「今のはなしだ! 今すぐ忘れろ」

「無理だな。明確な要望だ、厨房に伝えさせる」

「最悪だ、本当に……」

 

顔を真っ赤に染め上げ、怒りで尻尾まで震わせんばかりに振り返るルカを見て、ゼノスは珍しく、はっきりと、満足げに唇の端を釣り上げて笑っていた。

そのあまりにも整った、かつ凶悪な美しさを持つ男の笑顔に、ルカはますます顔をしかめて視線を逸らすしかなかった。

 

けれど、不思議と本気で彼を拒絶する気にはなれなくて、結局は焼き菓子の残り香を誤魔化すように、手元の茶杯へと口をつけた。

温かな茶が喉を滑り落ちていく。部屋の空気は穏やかで、窓から差し込む陽光も酷く柔らかかった。

 

自分が捕虜という囚われの身だという事実は、何一つ変わらない。二人が相容れない敵同士であるという現実も、何一つ動いてはいない。

それでも、こうして誰かに「食べろ」と強要され、好みの甘味を見抜かれ、ほんの少しだけ悪戯っぽく笑われる昼下がりが、いつの間にか、ルカの歪な日常の一部になりつつあった。

それが彼にとって、良いことなのか、それとも破滅への一歩なのか、今のルカにはまだ分からなかった。ただ、次に運ばれてくる菓子が本当に色鮮やかな「果実のタルト」だったらどうしようと、ほんの少しだけ期待してしまった自分自身が、無性に癪だった。

 

ルカは茶杯の縁に唇を寄せたまま、誰にも聞こえないくらい小さな声で、呪文のように呟いた。

 

「……本当に、最悪だ」

 

けれど、その唇から溢れた呟きは、先ほどまで口の中に残っていた甘い菓子の余韻のように、どこまでも柔らかく、熱を孕んでいた。

 

卓を挟んだ向かい側で、ゼノスはそのルカの様子をじっと見つめていたが、やがて、その黄金の瞳に昏く、熱い欲望の火が灯るのを隠そうともしなかった。

ゆっくりと椅子から立ち上がった大柄な身体が、長椅子のルカへと近づいていく。

 

「……何だ」

「俺も、甘いものが食べたくなった」

「だったらお前も厨房に――」

 

言いかけるルカの言葉は、強引に差し込まれたゼノスの大きな腕によって遮られた。

驚く間もなく、ルカの身体は羽毛のように容易く宙へと抱き上げられる。抗議の声を上げる間さえ与えず、ゼノスはルカを腕に抱いたまま、迷いのない足取りで奥の寝室へと向かった。

 

「な、何を……降ろせ!」

「断る」

 

寝台へと乱暴に、抵抗を封じる絶妙な力加減で組み敷かれ、視界がゼノスの長い金髪と、圧倒的な体躯で覆い尽くされる。

ルカが息を呑んだ瞬間、容赦なくその唇が奪われた。

 

激しく、貪るようなキスの隙間から、先ほどルカが口にした焼き菓子の、あの甘く香ばしい香りがふわりと鼻腔をくすぐる。ゼノスはその甘さを自らの舌で直接確かめるように、ルカの口内を執拗に、深く、蹂躙していった。

 

「ん……っ、ふ……あ……」

 

息が詰まり、ルカの指先がシーツを固く握りしめる。

ゼノスはルカの衣服を大きな手で乱暴に割り開き、その白く繊細な身体を余すところなく視線と指先で堪能し始めた。

その触れ方は、時に熱を孕んで狂おしいほどに甘く、時にルカが声を上げて震えるほどに激しく、貪欲だった。

 

窓の外の薄曇りの光が遮られた閉ざされた空間で、ルカはゼノスの腕の中で、ただ彼から与えられる圧倒的な熱と、甘い菓子の残り香の渦の中に、深く、深く溺れていくのだった。

 

 

 

 

 

番外編6 甘い果実酒

その夜、ルカは珍しく空腹を覚えていた。

昼間の軍議が長引いていたのだろう。ゼノスが私室へ戻ってきたのは、いつもより遥かに遅い刻限だった。

だが、ルカにとってはそれが好都合だった。顔を合わせる時間が短い方が気楽だし、何より、ここ数日はどうにもゼノスとまともに目を合わせづらかったのだ。

 

昨夜なんかは情事のあとに自然に抱き寄せられ、そのまま腕の中で眠ってしまったのだ。それを思い出すだけで、腹立たしさと共に胸の奥が妙に熱くなる。

(……最悪だ。ガードが緩んでいる…しっかししろルカ)

ルカは小さく毒づき、卓の上に並べられた夕食へ視線を落とした。

 

今夜の品書きは、白身魚のソテーに温野菜、やわらかな鶏肉の煮込み、香草の薄型パン、それに果物を使った冷たい前菜。帝国の料理は味が濃いものが多いが、最近はルカの体調や好みに合わせてある程度調整されており、露骨に食べづらいと思うことは減っていた。

それがまた癪だった。捕虜に対する配慮などではない。明らかに、ゼノス個人の偏執的な執着がそこに混じっているからだ。

 

「食わぬのか」

 

不意に低い声がして、ルカは弾かれたように顔を上げた。

いつの間に着替えたのか、ゼノスは黒の軍装ではなく、私室用の薄手の衣服を纏っていた。長い脚で椅子を引き、卓の向かいへと腰を下ろす。

 

「食べる」

「なら早くしろ。冷めるぞ」

「お前に急かされる筋合いはない」

「空腹ならなおさらであろう」

「……何で知ってるんだ」

「顔に書いてある」

「嘘だろ」

「本当だ」

 

当然のように言い切られ、ルカは嫌そうに眉を寄せた。だが、腹が減っているのは事実だったため、それ以上は言い返さずにナイフを手にする。温かいスープを口にし、魚へ手をつけた。空腹のせいか、今夜はいつもより素材の味が鮮明に分かった。

ゼノスはそんなルカの様子を、昏い黄金の瞳で見つめながら、手元の杯を傾けている。

濃い赤紫の液体が、燭台の火を受けて艶やかに揺れていた。

 

「……それは酒か」

「酒だ」

「そうか」

「飲むか?」

「いや、飲まない」

 

ルカは視線を逸らした。酒には興味がないし、正確には避けている。昔、リムサ・ロミンサで仲間に勧められて一口だけ飲んだことがあるが、その時も顔が熱くなって妙に頭がふわふわした記憶がある。自分は酒に弱いのだと、その時に理解した。

だから今夜も、ゼノスの杯には関心を示さなかった。

ゼノスはルカが鶏肉を切り開いてる間に、給仕の侍従に指示を出すと、侍従は一礼し銀盆を手に席を外した。

 

食事が半ばほど進んだ頃、給仕の侍従が新しい硝子の器を運んできた。

丸みを帯びた透明な器に、薄い琥珀色の液体が注がれている。中には細かく刻んだ果肉と、氷代わりの冷えた石が沈んでいた。柑橘と蜜の甘い香りがふわりと立ちのぼる。

 

「……これは?」

「果実酒だ」

 

ゼノスが答えた。ルカは器から漂う香りに気を取られていた。甘い。かなり甘い。見た目もほとんど果汁のようだ。酒というより、どこかの菓子店で出される冷たい甘味水に見える。

 

「酒っていうか……果物水じゃないのか、これ」

「そう思うなら飲んでみればいい」

 

言い方が妙に引っかかった。ルカは少し目を細めたが、器を持ち上げて匂いを確かめても、やはり甘い果実の香りしかしない。警戒するほどのものには思えなかった。

 

「……本当に酒か?」

「一応な。かなり飲みやすいはずだ」

 

(なら別に大丈夫か……)

そう思って、ルカはひとくち口に含んだ。

冷たい。そして、驚くほど口当たりが良かった。柑橘のさわやかな酸味と、熟れた果実の凝縮された甘さ、そこへほんの少しだけ香辛料の余韻が重なっている。喉を通る時にふわりと熱が残る気もしたが、強い酒特有の刺激ではなく、身体が内側から温まる程度のものだった。

 

「……おいしい」

 

思わず本音が呟きとなって漏れると、ゼノスの唇がゆるく弧を描いた。

 

「そうだろうな」

「これなら普通に飲める」

「ほう」

「何だよ、その顔は」

「いや」

 

ゼノスはそれ以上何も言わなかった。ルカは少しだけ身構えたが、器をもう一度口元へ運ぶ。甘くて冷たくて、食後の口直しにはちょうどいい。気づけば、果肉ごと半分近くを喉に流し込んでいた。

 

異変が起きたのは、その頃からだった。

何だか、身体が妙に熱い。

 

「……ん」

 

ルカは器を置き、首元へ手をやった。暖炉の火が強いのかと思ったが、そうでもない。むしろ今夜の帝都は少し冷えるくらいだ。なのに、頬のあたりがじわじわと熱を帯びていく。

 

「どうした」

「別に……」

 

答えながら、ルカは自分の声が少しだけ緩んでいることに気づき、ハッとした。

頭も、ほんのりぼうっとする。眠いわけではない。意識ははっきりしているのに、世界の輪郭だけが少し柔らかくなったような、不思議な感覚だった。

ルカは卓の上の器を見た。まだ半分ほど残っている。

 

「……これ、本当に果実水じゃないのか」

「違うと言ったはずだ」

「でも、全然酒っぽくない」

「そういう酒だ」

「……ずるいだろ」

「何がだ」

「酒ってもっと、分かりやすく酒の味がするものじゃないのか」

「お前の中の酒の基準が狭すぎる」

 

からかうような聲音で言われて、ルカはむっとした。悔しくて、残っていた果実酒をもうひとくち煽る。甘い。やっぱりおいしい。だが飲み下した途端、今度は胸の奥から強烈な熱が広がった。

 

「……あ」

 

視界が少しだけ揺れた気がした。ルカは瞬きをして、姿勢を正そうとする。だが頭の芯がふわふわとして、うまく力が入らない。

 

「おい」

 

ゼノスの声が、さっきより近く聞こえた。

 

「ルカ」

「……何だ」

「どこまで飲んだ」

「どこまでって……半分、くらい……?」

「それだけでこうなるか」

「こうって、何だ」

 

問い返したつもりが、語尾が妙に甘く崩れた。

自分でも驚く。いつもならこんな締りのない声は絶対に出ない。ゼノスもそれに気づいたらしく、じっとこちらを凝視していた。

 

「……お前は」

「何だ」

「酒に弱いのか」

「弱く、ない……と思う」

「思う、か」

「普段から飲まないからな……」

「飲んだことは」

「ある……一回くらい」

「その時はどうだった」

「何か、あったかくなって……よく覚えてない」

 

言いながら、ルカは眉を寄せた。何だか上手く考えがまとまらない。言葉を選ぼうとすると、途中でふわりとほどけて霧散してしまう。熱い。頬も耳も熱いし、胸のあたりも落ち着かない。

ゼノスが静かに立ち上がった。

 

「……ルカ」

「何だ」

 

器へ伸ばしかけていた手が止まる。

 

「酔っているな」

「酔ってない」

「酔っている」

「よ、ってない……って」

「舌が回っていない」

「回ってる……」

「回っていない」

 

ルカはむっとして、明確に反論しようとした。だがその前に、ゼノスが大柄な身体を寄せて器をあっさりと取り上げてしまった。

 

「返せよ」

「もう飲むな」

「まだ残ってるのに」

「駄目だ」

「けち」

 

ぽろりと出た我が儘な言葉に、ルカ自身が一瞬で固まった。

(今、自分は何を言った……? けち? 帝国皇太子に? 憎き宿敵に? しかもこんな、拗ねた子供のような声で――!?)

何を言っているんだ俺は、と急に恥ずかしくなって顔を伏せた。けれど熱のせいか、その恥ずかしさすらどこか現実味がなく、鈍い。

 

「……変なことを言ったようだ」

「言ったな」

「忘れろ……」

「断る」

「それとも、飲ませた方が醜態を見られるか」

ゼノスは取り上げた杯から残りを口にふくみ、ルカの顎に指をかけた。

 

「なにを……んっ…」

唇をふさがれ、甘い果実酒が喉を静かに流れてゆく。ルカの紫の瞳が小さくゆれる。

ゼノスは残りのわずかな果実酒を飲み干した。

「確かに甘いな」

 

ルカは口移しで果実酒を飲まされても、抵抗する気力もなく椅子の背に身体を預けた。姿勢を保つのが少ししんどい。まぶたも重くなってきた。けれど眠いというより、身体の芯から力が抜けていく感覚に近い。

ゼノスが卓を回り込み、ルカの目の前に立った。

 

「立てるか」

「立てる」

「本当にか」

「……たぶん」

「駄目だな」

「駄目じゃない」

 

言い返し、意地になって立ち上がろうとした瞬間、ルカの視界が大きく歪んだ。

足が完全にもつれ、身体が前へ傾く。床へ倒れる、と反射的に身構えたが、その前に強靭な腕がルカの細い腰をがっちりと支えた。

 

「っ……」

 

片腕であっさり抱き止められ、ルカはその厚い胸元へ額をぶつけるような格好になる。ゼノスの体温と、強烈な存在感が鼻腔を突いた。

 

「だから言ったのだ」

「……うるさい」

「歩けるか」

「歩ける……」

「嘘だな」

「嘘じゃない……」

 

だが、声にまるで力がない。ゼノスはルカの様子に黄金の目を意味ありげに細めた。小さく息を吐くと、そのままルカの肩を抱くようにして支え、歩き出した。

 

「寝台へ行く」

「何で……」

「面白そうだからだ」

「面白そうって何だよ」

「お前が、今以上に素直になる」

「……素直じゃない」

「いや、かなりなっている」

「なってない……」

 

ルカは必死に抗議したつもりだったが、その言葉の半分くらいはゼノスの胸に吸い込まれて消えた。足元がおぼつかない。ゼノスに支えられていなければ、まともに歩ける気がしなかった。悔しいのに、身体が言うことを聞かない。

 

寝台まで辿り着くと、ゼノスはルカをマットレスへと腰掛けさせた。だが、座った途端に今度は視界がぐらりと揺れる。ルカは反射的に何かを掴もうとして、目の前にあった黒い衣の裾をぎゅっと握りしめた。

 

「……う、目がまわる……」

「離すなとは言わんが、引くな」

「……引いてない」

「かなり引いている。それとも誘いか」

「……何の誘い…だれの…」

 

自分ではもうどう返答しているのかすら分からなくなっている。

 

「ならば、」

 

ゼノスはルカに裾を引かれるまま、覆いかぶさるように前に倒れ込みながら、ルカの身体をシーツに押し付けた。

 

「うっ……あ」

 

ルカはぼんやりした頭で、至近距離にあるゼノスを見上げた。いつも通りのはずなのに、今夜はその端整な面容が妙に近く、酷く綺麗に見えた。

暗がりに光る金の目。長い睫毛。整いすぎた鼻筋。薄い唇。衣服の上からでも分かる、たくましい腕。

(何を考えているんだ、俺は……!)

慌てて頭を左右に振ると、ぐわんと激しい眩暈が襲ってくる。次の瞬間、顎へ大きな指がかかり、そっと上を向かされた。

 

「ルカ」

「……何」

「酔っているお前も、美しい」

「うつくしく、ない……」

 

ゼノスはしばらく、ルカの火照った艶のある表情を見つめたまま黙り込んでいた。それから、ひどく静かな、だが逃れられない声音で告げる。

 

「今夜は覚悟しろ」

「……何を」

「その顔で啼いて俺を愉しませろ」

「いや…だ、ねむい、寝かせろ……」

「断る」

 

ゼノスはそう言うと、ルカの身体をまさぐりはじめた。

ルカは眉をしかめて身じろぎしながら、フロントのボタンを外していくゼノスの指に手を重ねる。だが上手く言うことを聞かなかった。

 

「んっ…離せ……」

「断る」

 

ゼノスはルカの抵抗を容易く外し、慣れた手つきで衣服をすべて引き剥がした。

燭台の光の下に露わになる、白くマシュマロのように柔らかな小さな乳房。それをゼノスは大きな手のひらで押し潰すようにして揉みしだいた。形の良い乳首をそっと指先でつまみ上げられると、ルカの身体の中にピリリと電流のようなものが走る。

 

「ふう……んっ」

 

こぼれる甘い吐息。ゼノスは円を描くようにその周囲を舐め、先端を強く吸い上げた。ルカは切なそうに声を漏らし、背を反らせる。ゼノスは雪のようなルカの白い素肌に次々と熱いキスを落とし、赤い華を咲かせていった。

 

ルカは半分眠そうに身じろぎしていたが、眠気より快楽のほうに神経が向き始めたのか、紫の瞳をうるませ枕に頭をこすりつけるように悶えた。

ゼノスの舌はゆっくりと下半身へ降りていき、震える脚の付け根を舐め上げてから、その中心に秘められた花弁を一枚ずつゆっくりとなぞり始めた。

 

「ああっ……んんっ……!」

 

ルカのひと際高い喘ぎ声が部屋に響いた。ゼノスの舌はルカの花びらの形を追うように、じっくりと時間をかけて動いていく。時に敏感な花芯を啄むように口に含んで舌先で転がすと、花芯の先端がぷっくりと蕾のようにふくらみ、甘い蜜がトロリと溢れ出した。

 

「あっ、あ……あつい……」

「いつもより反応がいいな」

 

ゼノスの声が低く響く。更なる快楽に導くように、舌先でルカの花芯をぐりぐりと押し潰しては、時折きゅっと歯を立てて甘噛みして、ルカの腰をビクンビクンと跳ねさせた。

 

「あっ!……んっ……やめっ……あぁ……!」

 

喘ぎ声が上ずっていく。そこばかり舌で執拗に嬲られたルカはたまらず、脚の間に埋まるゼノスの美しい金の髪を掴んだ。

ゼノスが顔を上げると、ルカは頬を紅潮させて唇をふるわせている。紫の瞳は涙で潤み、呼吸を乱しながら顔をふるふると左右に振っていた。

濡れそぼる花弁に指を入れると、肉壁は異物感にきゅっと締まり、指の関節を曲げると内蜜が分泌され淫らに指に絡みついて、まるでこれから行われる注挿に備えているかのようだった。

指を二本に増やす。ルカはいやいやと首を振りながら指をゆびをのみこみ、掠れた喘ぎを漏らしながら唇をわななかせた。

 

ゼノスの黄金の瞳が細められる。

 

「ふっ…」

ゼノスは指を引き抜くと衣服を脱ぎ捨てて自身の滾る欲望を解放し、震える華奢な腰をがっちりと掴むと、猛り狂った自らの熱をぐいと押し当て、そのまま一気に最奥まで打ち込んだ。

 

「うあぁっ! あぁぁ……!」

 

ルカは悲鳴のような声をあげながら、びくびくと身体を跳ねさせた。

ゼノスは腰を大きくグラインドさせ、ルカの内部に自らの存在感を刻み込む。

「あ、う、あっ!あぁっ!」

浅い呼吸を繰り返すルカの、ツンと尖った乳首を潰すようにつまんで引っ張る。すると、泣き声にも似た甘い喘ぎ声とともに、内側の絡みつく肉壁がきゅっとゼノスのものを強く締めつけた。内部はいつも以上に熱く、蕩けるようにゼノスのものを受け入れている。

 

「……ん、ハァ、ッ、あ、あッ」

ルカはシーツを破れんばかりに掴んで快楽を逃がすように悶えた。

ゼノスはルカの膝裏を抱えてさらに脚を開き、深く強く腰を叩きつける。

「待っ、て、深い!いや、あぁっ!あっ!あうっ!」

 

ゼノスが腰を深くまで突き入れるたびに、ギシギシと寝台の軋む音と、粘膜同士が激しく擦れあう卑猥な水音、ルカの切なそうな鳴き声が室内に響きわたり、部屋はシルクのこすれる音と荒い息遣いで卑猥な空気に包まれた。

やがてゼノスは低く咆哮のような息を吐き、細い腰を逃げられないように固定すると、根元まで強く腰を打ち付け、ルカの中に熱い精を注ぎ込んだ。

同時にルカも大きな波に飲み込まれる。

 

「は、あっ!あっ! うぁ!あぁぁ!」

 

ルカは紫の目を見開き、叫び声をあげながら尻尾の毛を逆立て、背中を何度も大きくしならせた。

 

ゼノスがゆっくりとペニスを引き抜くと、力の抜けたルカの脚の間から、白濁と愛蜜が混ざり合った液体がとろりと太ももを伝って流れ落ち、シーツを濡らした。

ゼノスはその様子を見下ろしながら、未だ消えぬ情欲に満ちた黄金の目で、ルカの姿をじっくりと観察した。

 

ぺたりと折りたたまれ小刻みに震える猫耳、うっすらと紅潮した白い肌、上下する小さな乳房、ツンと立った乳首、開ききった花弁がひくひくと蠢くたびに奥から逆流し、光を放つ卑猥な白濁と愛蜜。

ゼノスはそんなルカの姿にしばらく釘付けになっていた。

 

ゼノスのペニスは、吐精直後でもなお凶暴に猛り、そそり立っている。

 

「今夜のお前はやけに……そそる」

 

ゼノスはそのまま、熱い猛りをルカの秘部へと再び押し当てた。湿り気を帯びた入り口に、ぐちゅりと音を立てながら再度挿入する感触が広がる。

 

「や、あぁっ……!」

 

眠りに落ちかけていたルカは、びくりと背を反らし、すっかり花開いた花弁でゼノスのものを深く咥え込んでいった。

「あっ…ぁぁ…も、もう……あっ!……かん、べん、してくれ…」

「今夜は眠るのは諦めろ」

「なん、……うっ、あ、あぁっ!」

 

ゼノスの情欲は全く冷めることなく、外の空が白むまで、ルカの美しい身体を貪欲に貪っていくのだった。

 

翌日、頭痛で目覚めたルカは、酒に酔って口走った恥ずかしい発言も、ゼノスの裾をとっさに握った記憶も飛んでいた。

ただ、寝台と自分の身体の惨状を見て、何かやらかしでゼノスを煽ったらしいことだけはほんのり片隅にのこっており、シーツを身体に巻いて頭を抱えた。ゼノスの姿は部屋にはなく、机には冷たすぎない温度の水差しが置かれていた。

 

 

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