確かにそこにある光 作:クルピウス
ガバッと身体を起こし、自分の身体を確認する。呼吸を荒げながらも、乾いた喉が水分を欲している。
「なん、で……」
「ん、ゾロ?」
「ビ、ビル……?」
鈍器で頭を殴られたような、強い衝撃を受けた。そう錯覚するほど、目の前の存在は生きている。
ここはカタリナの前線基地。あちこちから火の手が上がり、すべての戦闘機が撃ち落とされたはずの場所で、確かに死んでいたはずの同級生が、不思議そうな顔でこちらを見つめている。
「おい、ゾロ、大丈夫か?すごい顔してーー」
立ち上がり、近づいてくるビルを、たぶん普段と様子が違う僕を気遣ってくれて、なにかを確かめるように頬に伸ばされた両手を、なんだか怖くて、思わず後退り、壁にドンと背中をぶつけた。
「ーーどうしたんだよ、なんかおかしいぞ?」
息が上がっていくのがわかる。アレは夢だったのかと思いたい。だけど、夢にしては鮮明で、確かに体温を感じて、血の感触も、鉄の感触も、引き金の重さも、全部ホンモノで……
何が起きたのかわからないまま、自分の顔をペタペタと触って、その感覚を確かめる。頭に穴が空いているわけでもなく、僕はまだ、僕としてここに存在している。
浅い呼吸に苦しくなって、背を預けたままずりずりと倒れ込む。その様子を見て流石に焦ったのか、ビルが慌てて近寄ってきて、肩に両手を置き、真っ直ぐに目を見ながら声をかけてくる。
「ゾロ!ゾロ!落ち着いて、ゆっくり呼吸をするんだ!ほら、吸って、吐いて、吸って、吐いてーーー」
言われた通りに、呼吸を整える。震えていた視界が、徐々にその輪郭がハッキリして、確かにそれが現実であることを実感する。
「ビ……ビル……」
「ああ、そうだよ。俺だよ、ゾロ。大丈夫か?落ち着いてきたか?」
「たぶん……ごめん」
「一応、念のために今から医務室の人誰か連れてくるからーー」
離れようとするビルの服に無意識に手を伸ばし、強く握りしめる。彼が視界からいなくなることがどうしようもなく怖くて、どうしてもまだここにいて欲しかった。
「ごめん、待って、ホントに。行かないで、もうちょっとでいいから、ここにいて。」
「ーーーわかった。それで落ち着くなら、ここにいてやる。」
「ごめん、ありがとう。」
「なぁ、どうしたんだよ。怖い夢でも見たのか?」
横に座ったビルが投げかけたその質問に、答えられなかった。自分でもよくわからないから、答えようがなかった。
「怖い……うん、恐ろしい、夢だったと思う。」
それからの日々はいつも通りの日常であるはずだった。
「この後、セクターYに派遣されていた部隊が帰還する予定だ。まだ激戦区にはなっていないものの、アンドルフ軍と牽制しあっていることで、軽微な被害が出ている。帰還する部隊も、程なくしてまたセクターYに戻ることになるだろう。迅速に活躍できるように、最大限治療に励め。」
一言一句、聞き覚えのある台詞。きっとこれをデジャヴと言うのだろう。どこで聞いたんだっけ、と思考が逸れた。
帰還予定は三時間後だけど、編隊が早くて予定より三十分早く到着するんだよな。ブル隊の彼が、折れた足を雑に固定してる患者に肩を貸して歩いてくれてて、手伝えることはないかってしつこく聞いてくれるから、車椅子を持ってきてもらったり、他の患者を運んでもらったりしてーーー
……なんだ、この記憶は。鮮明に覚えている。覚えているはずがない、だってこれは、これから起こることで、今起きたことじゃなくて。
思わず固まった。夢と現実が混同されている現状に、今のこれが夢か現かが判別できない。
ただのデジャヴならそれで済んだのに、これはきっとそういうものじゃなくて。それなら、今から帰ってくる人たちも、数日後には死ぬってこと?最悪の予感が、ゾロの身体を縛り付ける。それと同時に、鉄の味が急に口内に滲んでいく。これはあのときのイメージ、僕が死んだビルのブラスターを口に当ててーーー
そこまで思い出して、吐き気がした。きっと顔面蒼白な自分を見て、班長から心配そうな声がかかる。
「ゾロ、体調が良くないならせめて部隊の到着まで休んでいなさい。」
「すみ、ません。」
「謝る必要はありません。我々は患者を元気付けることも重要ですから、まずあなたが元気にならないと。」
ーーーこれから、みんな死ぬのに……?
どこからともなく聞こえてきたのは絶望した自分の声。それに身体が冷や水を浴びたように、芯から凍えるような感覚が全身の毛をぶわっと逆立てる。
決定的な溝。希望を信じるみんなと、絶望を感じた自分。チラリと視線を動かせば、ベッドで大人しくしている患者の姿。地下の医務室に閉じ込められ、死を待つだけの状態で取り残されて。生を引き伸ばされた結果があれだ。彼は死に際に何を思ったんだろう。
その瞳が、こちらを見つけて微笑みを浮かべた時。何もできないと責め立てられるような、夢の惨劇がこれから起きることへの恐怖ような、ただ直視してはいけないものを見てしまったような。そんな噴き出してくる感情をエンジンに、いたたまれなくなって、医務室から飛び出した。
呼び止める声が聞こえた気がした。無理だよ、僕がそこにいたって何の役にもたてないんだから。
涙でキラキラと歪む視界ではしっかりと前が見えなくて、人とぶつかりながら行く宛もなく走る。ごめんなさいと心の中で何度も唱えながら、どれだけ走ったとしてもいい。ただただ行き場がなかった。
ぐしゃぐしゃになりながら逃げるように走って、辿り着いたのはシミュレーションルーム前。訓練を終えたドーベル隊の面々が、眉を潜めたり、不思議そうにこちらを見てから、道を空けてくれる中を突っ走り、目的の人物に飛びつくように抱きついた。
「ゾロっ!?うわぁっ!」
ああ、まだ暖かい。その安心感が全身を突き刺してくる。抱き止めてそのまま二人で廊下に倒れこむ。左手は頭の裏に、右手は背にそれぞれ回して、そのまま強く抱き締める。
「なぁ、ゾロ、いったいーーー」
ビルが何かを言いかけた。その声が聞こえることも嬉しいのに、苦しい。尋常じゃない様子に諦めたようにビルの手がぽんと頭を撫でてくれる。それがさらに感情を加速させて。
ひたすらに声をあげて泣き喚くゾロになす術もない。こうなった原因が何かはわからないが、休憩室で目を覚ましてから、ゾロは様子がおかしかった。医療班からの評判も良く、勤勉すぎるのが瑕だと言われるほどに努力をしていたようだし、実際に治療処置の手際も良い。精神的に追い詰められていた様子は窺えなかったが、胸中では常に何かと戦っていたのだろうか。
訓練は既に終わっていて、部隊には休息をとるようにと伝えてある。隊員の多くが何事かと目を丸くしていたし、近くの隊員はどうすべきかと狼狽していて、手をヒラヒラと振って解散を促す。それを見て、ちらちらと後ろを振り返りながらも隊員たちは去っていった。
「ゾロ、どうしたんだ?何かあったのか?」
とりあえず言葉をかけてみる。それに反応したかのように、抱き締めてくるゾロの腕に力が入った。
「ーーないで」
「え?」
「いかないでよ、ひとりにしないで」
喚き声に混ざるのは不思議な懇願だった。一体何処に行くんだろう、ゾロの中の俺は。部隊としての出撃予定もまだだいぶ先の話だし、それで一人になれるほどこの基地に人がいない訳じゃない。ゾロと仲良い医療班員もいるし、あまり談笑している姿が見えないとはいえ、患者との仲も良好だと聞く。それにそもそも、基地には常に三から四部隊が駐留するように組まれているはずだ。じゃあゾロは、何をもって一人になる?
「大丈夫、俺はここにいるよ」
そういって頭を撫でたら、落ち着くどころか悪化した。本当に、一体どうしたって言うんだ、この狐は。