偶然だった。
生活に十分な仕事を常々頂いているが、相手先の避け得ない事情で数ヶ月ほどの休暇ができてしまった。
大きな穴を埋めるほかの仕事先も特になく、数ヶ月暇になってしまった。フリーランスの悪いところである。
もうひとつ偶然のあったことに、普段のシステム保守業務とは違う仕事のお誘いを昔いただいていた。
昨年の秋ごろ、懇意にしている仕事先の関係で、義体技術の有識者が集う会食パーティーに参加したことがある。
会には豪勢な料理が並び立ち、界隈では有名な論文の執筆者、大手企業の開発部門の重役、新鋭気鋭のベンチャーの社長などが現れてきた。
会の至る所で盛んな議論が交わされ、それは面白かった。
その中で私は義体企業の維持部門の責任者の人と話し合っていた。彼は雄弁闊達に技術について話し、多少ざっくばらんなところがあるが、総じてとても気持ちの良い人だった。
その人は最初こちらが話し始めた技術のことについて持てる限りの知識を使って話していたのだが、互いにアルコールに酔ってくると流石に話が本筋からずれてきた。
話がいくつか転々としたのち、それから、自分が知る珍しい業務形態の話となった。
彼は資料を突き出した。
「これが保守業務ですか……?」
「ああ、そうだね。君がふだんやっていることと本質的には同じことだ。障害対応と定期メンテナスさ」
「……しかし、用いている方法が違うように思えます。カウンセラーのようじゃないですか」
「まあ、それはそうだよ。学際的にもとを辿れば、初期の生成AIの分析手法に由来するようなのだが、言いくるめれば精神科医の仕事のようだろう。しかし、この仕事において君は精神科医的な知識は持つ必要がないと言えるな。単に、君だけがあればいい」
「ははは……そう言われると、人間の意思を生体部品として扱っているような気もしますね」
「人類が意思をパーツのように扱うようになってから随分と経つが、一般的な理解はまだ得られてないようだ」
意識が単に電気信号の総合にすぎない、とわかって随分と経つ。身体から意識のみを移したり、あるいはコピーして人を増やすというのも技術的には可能となった。
最初は「人の意識の本体はどこにあるのか」「意識を増やした場合、その人は二人存在するのか」などの哲学的議論が盛んになったが、結局、「だからこそ肉体を大切にしよう」という流れに落ち着いた。
人の意識を無為に改変したり、許可なく移したりするのは良くないのだが、肉体を大切にするその限りにおいて、法制度の範囲内でそれを行うことは普通にされている。
「まだ一般的ではないですかね……? 昔と比べると、ずいぶん自由度が増しました」
「そういうことではない。それがこの仕事の問題なんだ。いまだに嫌悪感を抱く人も多い」
「まだ理解できていないのですが、これはどういう仕事なのでしょうか」
「おお、すまないね。説明する。要するにこの仕事の中心は、義体を動かすことだな。君にはA種接続の適性があったね?」
「ええ、はい。高度な操作には、A種の接続が必要なこともありますから」
このとき、私は業務用の水没機械(特殊な液体に満たした状態でのみ用いられる機械の呼称)に接続して、情報の更新を行うときのような仕事のイメージを想像していた。
「素晴らしい。十分すぎる」
ところが、彼が次に説明した内容は、それとは全く異なることだった。
「接客用シリカメイトに接続し、ただ彼女たちと同じように生活してくれるだけでいいんだ。それがその仕事の全てだ」
接客用という言葉が宙に浮いて現れる。この言葉は、単に事務所のカウンターやレストランで注文を取っている"接客"をタスクとする義体全般を指すことにも使われるが、ある種の文脈においては生々しい響きを持っていた。
男性の性接待である。
男性をもてなし、性行為を行い、気持ちよくなっていただく、そういう行為をタスクとする義体。それが接客用義体である。
パーティー会場から駅ひとつ離れたところに義体風俗街があった。そこには、人間の女性がひとつも含まれていない紳士のための店がたくさんある。
「ははは……そんな仕事があるなんて、驚きですね」
彼が話した仕事の背景は、おおむね以下のようなものである。
現在、義体の多くはAIによって動かされている。人の意識は相対的に高コストであるためである。加えて、思想として人間の身体に入っている意識こそが「良い」とされる社会通念上の問題もあった。
彼が問題にする義体風俗店も同様にほとんどがAIによって稼働している。AI技術の発展によって、それはほとんど「実用」に足る振る舞いを見せるのだとか。
「実際、人の意識マップとAIの内部構造にそこまで変わりはないからね」
AIと人間の意識の違いの大きな部分は、「個体感」を持っているかいないかである。人間は自分が肉体を持ちその肉体から離れることがないという前提のもとで意識が構築されている。どんな赤子から意識を確認しても同じ傾向がある。
人間のテクストの学習から知恵を獲得したAIは、そのようなものを持たない。少なくとも先天的には、「個体感」……はっきりとした身体感覚、「我」に結びつくプライド、感情移入の能力がない。
「すると、人間がやっているのよりもっと下位のレイヤーでそれを後付けることになるわけだね。義体用AIの身体が人格依存性を持つのもその一環だ。初期に接続した身体とそう簡単には切り離せないようになっている。人間が自由な身体を得たのとは真逆だ。あとは感覚信号に工夫したり、身体を常に意識させるようなプログラムにしたりするわけだ。……だがね、それでも不十分なんだ」
「集団が忘れる」。その人はそう表現した。個別に身体を持ち自我を与えたはずのAIの集団は、同じ生活を繰り返していると、集団が個体の集まりであったことを忘れてしまうらしい。
「そうするとさまざまな面で不便だね……記憶の混同、性格の混乱、一度そうなったところを見たことがあるけど、愉快なものじゃないよ」
「はあ……」
「そこで、だ。人間を同種の個体としてコミュニティに入れてやる。人間は確かに身体感覚を持っている。元々持っていた身体感覚で、新しい身体の感覚を話すわけだよ。それだけで十分なんだ」
「なんというか、驚きの話ですね。これまでそのような話を聞いたことがありませんでした」
「極めて心理的な部分に近い話だからね。君の業務とは方向性が違うから仕方ないさ。しかし、君は適任だと思うよ」
「ははは……いま、忙しくて手をつけられなさそうですが」
「じゃあ暇になったら連絡をしなさい。本当に人手が足りないんだ」
渡された連絡先は、近所の義体風俗街の店舗のものだった。電話に女性の声が出て、「義体接続の業務を行いたいのですが」と尋ねる。
女性は私の名前を尋ね、聞くと納得して「承知しました」と言う。しばらく保留音がなる。
業務内容に興味があったわけではない。生活の問題と、偶然と、なんとなく、だった。
技術的関心は少しだけあった。コミュニティの維持という観点から、テクノロジーを考えたことはなかった。
しばらく待ったあと、女性は適性検査の日時を指定してきた。全ての人に受けてもらうようになっている、接続適正の確認のための検査らしい。