風俗街と言うとスラムのような場所を想像していたが、思ったほど猥雑ではなかった。清潔なストリートはビジネス街のようだった。歩いているのが、みな素晴らしいほどの美人であること以外は一切風俗街の気配を感じさせなかった。
街の中枢部に「パルダリウム」と書いてある店舗がある。私は、裏口からその店に入った。守衛に話をすると、電話口と同じ声の持ち主の女性が私を出迎えた。
「こんにちは。前に連絡をいただいた方ですね。パルダリウムへようこそ。街一番の在籍数、あなたにぴったりの嬢が見つかりますよ……って、挨拶はする必要ないですよね。店の決まり文句なんです。準備はできています。さっそくですが、検査を始めましょう」
それから、更衣室で白いゆったりとした衣服に着替えさせられる。曇ったガラス板で仕切られた部屋に招かれ、私は座席のひとつに座った。
「ご存じかと思いますが、当店で使用する義体は男性の性接待を目的とする接客用アンドロイドです。法令上、接続前に検査が必要です。とはいえ、あなたの場合はA種の基準を満たしているので、心配はありませんが」
「どのような検査をするのですか」
「まずは面接をした後、それから義体の接続が上手くいくか実際にやってみての確認となりますね」
「面接もやるんですね」
「もう始まってます! まあ、この結果でどうといったことはありません。肩に力を入れずリラックスしてください。まず志望動機は……」
「言いにくいですが、ふだんフリーランスで、最近都合がつかなくなってしまって……。あとは、ふだんの仕事が活かせるかと思い、志望させていただきました」
「いえいえ。それくらいの志望動機が意外と都合が良かったりします。ふだんの仕事というのは、エンジニアの方なんですね」
「はい、システム面の維持をしてます」
「なるほど。珍しいですね」
「この仕事は、要はシステムの維持と同じと聞いてきたのですが、私のような人は珍しいでしょうか」
「あっ、当社の如月がそのようなことを言ってましたか?」
如月は、パーティで会った責任者の名前だ。
「はい、学際的にもよく似ていると」
「まあそうですね! ただ、あの人は比喩が好きなんです。専門知識は要りません。割と手軽なバイト感覚の人も多いです。これまでいた人の中だと、主婦、芸術家、学生さんなんかもいました」
「本業に活かせないか……少し期待していたところはあるかもしれません」
「それはもう、是非活かしていただければ」
「いまも、他に私のような人が働いているんでしょうか」
「そうですね〜何人かおります」
そのあと、女性は質問を続けた。私はそれに淡々と応え続けていった。ふだんの住居、交通経路、自分の思う長所、短所、またそれが発揮された経験、どの質問も面接ならありがちな普通のものだった。
女性経験の有無を問われたときは少し面食らった……。しかし、それも冷静に答えた。
「これで面接は終わりです。問題ありません。差し支えなければ、初期接続に行きましょう。ガラス板の向こう側をご覧ください」
曇っていたガラス板が透明になる。向こう側に、ゲル状のマットの上に寝かされている女性義体がある。
衣装の類いを何ひとつ身につけてない生まれたままの姿だった。肌は美しく照明に反射して白く輝いている。
肩まで伸びた栗色の髪は照明を柔らかく反射し、胸元は規則正しく上下している。
「第五世代接客用義体、M-34系列。ユニ社の最新型です」
「人間に、そっくりですね……」
「有機率としては6割くらい。骨格や制御系は機械なんですよ」
私は頷いた。知識としては知っていたが、実際に観察したのは初めてだった。ましてや、これから自分が入ることなんて想像もしなかった。
「触れてみますか?」
「えっ。触っても大丈夫ですか」
私は狼狽したが、彼女は笑った。
「これからあなたの身体になるんです。触るくらいできなくてどうするんですか」
女性が認証を行うと、扉が静かに開いた。
私は隣の部屋へ入り、マットの傍らへ立つ。
近くで見ると、さらに現実味が増した。
皮膚には細かな産毛まで再現され、指先の色味にもわずかな血色がある。
人間ならあるであろう歪みやしみがないことが人間からかけ離れた存在であることを唯一示している。
「腕を握ってみてください」
「……」
暖かい。
「体温も人気の要素なんですよ」
「では接続前に軽く説明します」
私は義体から少し離れた。
「A種接続では、意識の主体はあなたです。ただし、義体側には身体制御を補助する下位システムが存在します。歩き方や姿勢維持、生理的な反射などですね」
「完全に自分で動かすわけではないんですね」
「それは人間も同じですよ」
なるほど、と納得する。
義体に限らず、システムというのは全般的に、利用者が直接触るのは上位層だけで、下では大量の自動処理が動いている。
その構造は確かによく似ていた。
「ただ異なるのは、義体の独特な構造を補助するための機能もあるところですね」
「と、いうと……」
「水平歩行を補助するためのバランサー、滑らかな動きを実現するための内部ユニット。挙げればキリがありません。あとは人格OSがあることでしょうか」
「それは知っています……その類いがなければ、バランサーも内部ユニットも動けません」
「そのような機能もあるのですが、主観としては別に重要な意味付けがあります」
「役割」「機能」ではなく「意味付け」と彼女があえて言ったのが気になった。
「意味付けですか」
「……口で説明しにくいですが……体験した方が早いですね」
「そうですか。楽しみにしてます」
「もう一つ」
女性は少しだけ真面目な表情になった。
「義体に接続するのは、身体の感覚を作り直す行為です。元の自分の身体とは思わないでください。システムの補助もあるから、無理に自分でやり切ろうと思わないでくださいね」
「それでは、隣のブースに横たわっていてください。手は横に置いて力をあまり入れないでください」
彼女の言った通りにすると、ブースの蓋が閉じて前が見えなくなった。暗闇になって、唯一青く光る線が一本だけ走っていた。
アナウンスの音声が聞こえる。
『スタートアッププログラムを開始します』
柔らかい無機質な声が響く。
もう始まるのか。ブースの中は、暗いが暖かく快適だった。
『M-34 50295A 待機解除。同期を受け付けます』
その瞬間、肺から強制的に空気が押し出された。まるで、急にみぞおちを殴られたようだった。
耳鳴り。
振動がする。
そして、視界が徐々に白くなっていった。