ヤンデレ魔族と没落貴族のヤバい生活♡~旦那様の体液が全部媚薬でごっくんしたらみんな狂ってイっちゃうんです~ 作:有のよいち
宿に戻り、ソファで少し休むことにした。しばらく僕たちは黙ったままだったけれど、それがとても心地よかった。
ベッドのシーツが取り替えられ、お部屋はすっかり掃除が済んでいた。甘く爽やかな香りがする。テーブルの上にガラスのポットに入ったポプリがおいてあった。見回してみると、ランプの下に花束が、ベッドの上に薔薇の花びらが飾られていた。
ポットの側に『連泊されるお客様へ』というメッセージカードが添えられていた。お部屋の飾りは宿からのおもてなしだと分かった。カードには他に、ラズの喜びそうなサービスが書いてあった。
「見て、ラズ。湯船に浮かべる薔薇をご用意しております、だって」
「ほんとですか!? わああ……素敵です♡」
驚いたり、うっとりしたり。ころころ変わる愛くるしい表情から目が離せない。僕の視線に気がつくと、また顔を伏せてしまう。少し身を硬くしている気がした。
恥じらっているというより、緊張しているようだった。
「お風呂にしようか」
「……はい♡」
ラズが身を寄せてくる。僕はラズを抱き上げた。急なことで目をまんまるにしている。けれどもやはり、すぐに顔を反らしてしまった。
脱衣所に、カゴに入った色とりどりの薔薇の花びらがあった。それを見ると、ラズは「わああっ!」と歓喜の声を上げ、翼を羽ばたかせた。
そのままカゴを持って浴室に飛んでいくと、さっそくお湯を張り、湯船に花びらを投げ入れていった。その無邪気な様子に、僕は顔をほころばせずにはいられなかった。
「見てください旦那様、お花がいっぱいのお風呂ですよ! 早く入りましょ♡」
僕がにっこり笑って頷くと、ラズはさっきまでの様子が嘘のように、さっと服を脱ぎ捨てて、僕の服まで脱がしていった。手を取ってぐいぐいと湯船へと誘いもした。
目を細め、少女がお花畑で戯れているかのように、ラズは終始楽しそうだった。お湯といっしょに花びらを掬っては、うっとりと目を閉じ、香りを確かめていた。
「いい香りだね」
「はい、とっても。この香り、好きです。……旦那様の匂いには、全然かないませんけど♡」
突然顔を近づけてきて、そんなことを言う。ドキッとした。もしこれが計算された行動だとしたら、僕は一生ラズに翻弄され続けるのだろうと思った。むしろそうであって欲しいとさえ思った。
お風呂でもラズは体を求めてくる——心の準備はしてあったけれど。
肩にお湯をかけ合ったり、抱き合ったりはしたけれど、意外にもそれ以上は踏み込んでこなかった。僕から求めるのを待っているのかと思ったが、特にほしがるような素振りも見せなかった。
「素敵なお風呂でした♡ お花にいっぱい囲まれたお湯に、旦那様とゆったり浸かれるなんて、本当に恋人みたいで……」
「僕たち、もう恋人でしょ」
「そうなんですけど……。なんか、うれしすぎて実感がわかないっていうか……ラズにもよく分からないです♡」
それは僕も同じだと思った。お互い、好きという気持ちに嘘はない。求め合って、確かめ合って、愛し合って。それでもまだ、出会ってからわずかな時間しか経っていない。
急に関係が進んだせいなのか、夢を見ている感覚が抜けずにいるのかもしれない。おそらくラズも同じ感覚なのだろうと思う。けれども、偽りなんてひとつもない。素直に気持ちをぶつけ合えている。
これが運命ならば、きっと進展は自然なことだ。
けれど、なぜか今夜は、ラズの雰囲気が違って感じる——。
幸せな日々の訪れがあまりに唐突すぎて、それで不安を感じているとしたら、僕も同じだ。ラズも同じなんだろうか。いや、予感がする。それとは違う不安が、ラズの心の中に渦巻いているような。
——その予感は、的中した。
バスタオルを巻いただけの姿で、ふたり並んで、ベッドに座る。ラズは伏し目がちに、床に落ちている薔薇の花びらを眺めていた。表情だけでなく、体も硬く閉ざしているように見えた。
肩をきゅっと竦め、僕の方を見ようとしない。押し黙ったまま、しばしの時が流れた。僕は待った。同じように、床に散らばっている薔薇の花びらを見つめながら。
そして、ラズは重い口を開いた。
「旦那様にまだ……お伝えしていないことが、あるんです」
瞳の色が、暗く沈んだように思えた。鮮やかなアメジストの瞳に、闇が滲んでいくかのようだった。僕は、おそるおそる返した。
「それは何だい? どんなことでも聞くよ。僕はラズの、恋人なんだから」
「旦那様……」
ようやく僕と目を合わせてくれた。ラズは眉を寄せ、目尻をひどく下げていた。唇をきゅっと噛みしめ、じっと見つめてくる。
「不安なんだね……。それを話すと、今の関係が変わってしまうかもしれないって」
「……はい」
「安心して、ラズ。何を聞かされても、僕は君を嫌ったりしないよ。だって、君はとても心が澄んでいて、素直で、やさしくて、すごく魅力的な女の子だから」
「…………」
「君と出会って、僕は変わった。毎日、心が満たされているんだ。何度も何度も、僕は君に助けられた。心まで救ってもらったんだ。だから、今度は僕の番」
「そんなこと……ありません。だって、救われたのは……わたしのほうで」
こらえていたのか、ラズの頬に、すっと雫が滴り落ちていった。それは滾々と溢れ、やがて滝になった。
「ゆっくりでいいよ。どうか、恐がらないで。全部受け止めるから」
「……ひっく…………だんなさまぁ。……でも、こわいよぉ」
僕は両手で、ひたすらやわらかく、ラズの頬を包んだ。指を伝ってくるラズの涙は、とてもあたたかくて、とてもきれいだった。不安がまだ体の中にあるというのなら、そのまま全部流れ出してしまえと、強く願った。
「絶対離れないって、約束するよ。もし僕が約束を破ったら、魔法でも何でも使って僕を一生どこかに閉じ込めて、ラズの好きにして構わないから」
「うう……。だんな……さまぁ…………」
手首を猫のように丸めて、涙を必死に拭っている。その仕草に胸が締めつけられる。僕はまた両手でラズの頬を包み、ふんわりと唇を重ねた。