おっさんず、ダンジョン都市を攻略する 作:おっさん
「テンプレかな」
「異世界転生だろうな」
何処までも続く白い景色に、二人の男性はそう口にしました。
一人目の男性は、眼鏡を掛けた中年のおじさんです。
二人目は、特にこれと言って特徴のないやっぱり、中年のおじさんであります。
二人共に何が起きたのか、把握しきれず。
目の前にある光景をぼーと眺めているだけです。
それを眺めているのは、二人だけではありませんでした。
数十人ぐらいの、人々が不思議そうにあちらこちらへと視線を飛ばしています。
「スキー旅行だったよな?」
「まぁ……あまり滑れないし、温泉旅行ともいうがな」
中年おじさんの二人は、互いに最後の記憶を確認しあいました。
記憶をたどれば、「どこかに遊びに行こうぜ」という何時もの誘い文句に乗っかり、温泉行って美味しい物が食べたい、ついでにスキーとかやって運動不足を解消でもしようとなっていた旅行の途中です。
バスに乗り、のんびりと今期のアニメの話やゲームの話、少々愚痴の入る仕事の話など、様々な話をしていたと記憶をしています。
「取り敢えず……死んだっぽい?」
「そうなるのかなー……いつも通り、飯屋行って終わっておけばよかったか?」
「あー……すまん。余計な事を言ったばっかりに」
特徴のないおじさんが、そういうと、眼鏡のおじさんは悲しそうに顔を下に向け、謝罪します。
今回の旅行を計画したのは、眼鏡のおじさんだった為に、罪悪感に押しつぶされそうになりました。
「あー……攻めたつもりじゃなくて、何となく口に出たというか」
「……すまん」
「まー……確かに気になるアニメとかゲームもあったし、親を残してきちまったけど」
「……」
「でも、まぁ……兄弟は居るし、ついでに言えば、俺等は二人して未婚だった訳で幸いと言うかな」
「……」
「俺も旅行に乗った側だし?ただ、死んだだけじゃないからさ。どうしてもというなら、あっちでも親友でいてくれや」
「……おぅ」
特徴のないおじさんは、目を泳がせながらも、必死に言葉を考えて慰めました。
実際、特に何も考えずに、口から出てしまった言葉で、責任を問う発言ではなかったのです。
それを必死に伝えれば、眼鏡のおじさんも、ある程度は納得して、落ち着きを取り戻しました。
「それで、これは一体何だと思う?」
「さぁな……死に際に見ている夢か……デスゲームじゃないよな?」
「デスゲームに巻き込まれる中年親父とか、死亡確定じゃねーか」
少しも状況が読めない中、二人は冗談を言い合い、少しだけ精神を回復させていきます。
「取り敢えず……あの人の発言待ちじゃないかな?」
「そうだよな。てか……あれってエルフだよな」
「リアルエルフの画像から、そのまま抜き出しましたって感じのな」
そう言って、二人は、自分達以外の人々が群がっている方向へと目を向けました。
すると、そこには、一人の耳の長い、人形のような美しさを持つ女性が、椅子に座って仕事をしていました。
そんな彼女の周りを、比較的若い人々が、「どうなってる!?」「何とか言えや!」「家に帰して!」などなど、好き勝手いっています。
まだ、その人のせいと決まってはいないのですが、この非日常な空間に対して、エルフ耳を持つ女性は、違和感がなく溶け込んでいるように思えてしまう。
それが、人々があの女性に駆け寄って、説明させようとしている状況です。
中年のおっさん達が、参加していないのは、積極的に動くのが面倒なお年頃であるからでした。
「……っ!?」
「!!」
状況が動いたのは、それから数分後です。
エルフ耳の女性の手が止まり、彼女は顔を上げ口の端に指を当てると、反対側の端までぐいっと引っ張りました。
まるで「口にチャックしろ」と言わんばかりです。
しかし、その瞬間、その場に居た全員の口にチャックが出現し、誰もが口を開けなくなりました。
そして、エルフ耳の女性は無言のまま、手を上げてから、それを振り下ろしました。
「……そういうことか」
「……あぁ、死んだのは確定なのね」
その瞬間、口からチャックが消えて、皆が皆、この状況を強制的に分からせられました。
脳内にどうしてこうなったのか、これからどうなるのかが、鮮明に記憶されたのです。
「さて……どうする?」
「どうすると言われても、一択しかないけどな」
結果的に言えば、中年のおじさん達含め、ここに居る人々、全員が死んでいました。
原因は、旅行の最中に乗っていたバスの転落事故です。
冬の道路にタイヤを取られて、大型バス同士の衝突と崖からの転落。
それが、原因の全てです。
そして、ここの空間は、死に際の狭間であり、ここで二択の選択を迫られることとなりました。
一つ目は、このまま死に、現世でいう地獄にて沙汰を待つ。
この選択肢を選んだ場合は、今までの人生の罪を清算し終えた後に、そのまま輪廻に取り込まれます。
二つ目は、神々の遊びに付き合うことです。
神々が作り出した「ダンジョン世界」に赴き、彼等に観察されながら、暮らすというもの。
世界の全てが、ダンジョン都市となっている場所で、ラストダンジョンを踏破を目指します。
踏破すれば、その時の能力値の十分の一を引き継いで、好きな世界に転生させて貰えるという特典もつきます。
特に話し合いせずとも、二つ目の選択肢を選びました。
二人共に、天国ではなく、地獄行きだろうと、何となく察していたからです。
別に悪事を働いた訳ではありませんが、一生懸命生きてきたともいえない人生。
悪人ではないが、根っからの善人という訳でもない二人。
だからこそ、選択肢は一つだけでした。
「前衛と後衛、どっちがいい?」
「選んでいいのか?」
「まぁ……詫びと言うか、何と言うか……お前の趣味に付き合うよ。好きにやってくれや。俺がサポートすっから」
「別に気にしなくてもいいっていったのにな」
「俺が気にする」
「そうか……なら好きにやらせてもらうわ。取り敢えず、殴られるのも嫌だし後衛で」
「分かった。なら、前衛でもするかな」
こんな異常な事態ですが、中年のおじさん二人は冷静でした。
周りは、嘆き、あるいは呆けてしまっているという混乱の最中、二人は腰を落として座り込み、これからについて話し合います。
二人共にオタクであり、こういったラノベやアニメなど、そういう文化もあるということ知っていた為、話が進みます。
(さて、前衛だけど……どうしようかな)
眼鏡のオタク中年おじさん――
これも、先ほどのエルフ耳の女性に、植え付けられた記憶にあったものです。
最初に与えられるスキルポインで、ある程度の初期設定が可能でした。
(取り敢えず……視力を良くしとかないと。眼鏡がなくて死にました。なんて、情けないし)
京助は、既に取る技能をいくつか考えていました。
まずは、自分の視力の回復。
ダンジョン内部でモンスターと戦う事を想定すれば、足かせとなる視力を良くしなければ始まりません。
(次は、年齢かな。……って年齢を変えると三十ポイントも使うのか……肉体の年齢だけなら、十ポイントか……肉体年齢でいいかな二十歳にしてと)
その次が、肉体年齢でした。
このままの姿でも行くことが出来ますが、三十台のおっさんの体で冒険は無謀です。
朝起きると、体が不調。
夕方になると、体が不調。
夜になると、体が不調。
中年のおじさんになると、特に理由がなくても、不調が付きまとうのです。
実際に年齢を若くも出来ましたが、そちらはポイントが高く、妥協します。
(職業は、格闘家で中身の振り分けは、中国拳法六割の古流柔術四割かな)
京助は、最初の職業に格闘家を選択しました。
もちろん、運動不足の体を持つ京助に格闘経験などがある訳もなく、格闘家の中身のスキルの振り分けは、漫画やアニメの知識に基づいたものです。
(格闘六割、武器二割、
次に選択したのは、才能の振り分けです。
これも、漫画やアニメを参考にしたものにしました。
魔力と気の融合って強そうじゃないか?という考えの基に作成します。
(あとは、スキル……と)
ここまで選択すると、最初に貰った「百のポイント」の内、視力の回復で「十ポイント」、年齢により「十ポイント」が消費されています。
残りのポイントで「二十ポイント」が減り、残り「八十ポイント」となりました。
ここからが、本番です。
ポイントを使って得られるものが、便利なアイテムやスキル、性別から顔の整形など、盛りだくさんとなります。
「うーん」と腕を組みながら、ポイントの調整をしつつ、あれでもない、これでもないと考えます。
この時間が、もっとも楽しい時間ともいえます。
「みっちゃんは、スキルとかアイテムとかってどうする?」
暫く考えた後に、もう一人の中年――
瑞樹なので「みっちゃん」というあだ名は、幼馴染であった幼少期の頃の名残を、そのまま持ってきたものです。
本人は「女性に間違えられるんだよなー」と愚痴りつつも、笑っていました。
「んー……スキル全振り。アイテムは持ってかない」
「なるほど……了解」
念の為に、相方に何を選ぶかを聞いてみると、そんな答えが返ってきました。
内容も聞こうと思いましたが、瑞樹は「内緒、楽しみに待っとけ」とだけいって笑うだけなので、諦めました。
『
スキルを見ていると、お決まりのようなお約束が並んでいます。
(『
選ぶ項目の多さに、目を回します。
それでも何とか、形を整える事に成功しました。
(こんなもんかな)
名前:
性別:男性
年齢:三十六歳(肉体年齢二十歳)
種族:人間
職業:格闘家(中国拳法六割、古流柔術四割)
ステータス(才能):格闘六割、武器二割、
スキル(パッシブ):『
スキル(アクティブ):『
持ち物:『ポータブル温泉キット』
所持金:一万クレド
(『
「終わったか?」
「おぅ、終わった。俺はこうしたけど……被ってないよな?」
「えーと……」
ここまで決めた後に、先に終わらせていた瑞樹に京助は、自分の選らんだステータスを見せます。
何故かは、分かりませんが、見せてくれないので、被りが無いかを確認してもらいました。
しばらく、瑞樹はステータスを眺めた後「問題なし」とサムズアップで答えます。
「それじゃ、あっちでな」
「あぁ、じゃあな」
すべてを終えると、二人は、手を上げて挨拶をして、一瞬の別れを告げました。
そして、二人同時に「完了」の画面を押すと、その場から消えました。
☆★★☆☆★★☆
「うおっと!?」
京助の意識が浮上し、再び光を浴びました。
唐突に放り出されて、京助は、足の裏に地面の感触を味わいながらも足がもたつきます。
前のめりになりそうなところを、足を踏ん張り、バランスを取ると、一息つきました。
「はぁ……本当にファンタジーだ」
地に足がつき、視線が合うと、京助は口をポカーンと開けて驚き、感動しました。
目の前に広がっているのは、まさに異世界ファンタジーの教科書を現実の風景へと昇華させたような街並みでした。
空を突くような尖塔を持つ石造りの建造物が所狭しと立ち並び、街路の床には使い込まれた石畳が敷き詰められています。
建物から立ち昇る煙はどこか甘い香りを漂わせ、頭上を巨大な飛竜のような何かが優雅に横切っていきました。
しかし、何よりも京助を驚かせたのは、そこを行き交う通行人の多様さです。
石畳を歩く人々は、人間だけではありませんでした。
道行く人の中には、しなやかな尻尾を揺らす猫耳の獣人や、頑強な鎧を纏った巨躯の猪人が豪快に笑いながら歩いています。
端の方では、鮮やかな鱗を持つトカゲ人間が、何かを取引しているのか細い指を器用に動かしていました。
さらに、先ほど「死に際の狭間」で見たような、神秘的な雰囲気を纏うエルフたちが、まるで日常の一コマであるかのように軽やかな足取りで買い物を楽しんでいます。
「すげぇ……。ここ、完全に地球じゃないな。てか、眼鏡なくても、よく見えるの最高だな」
街の看板に書かれている文字は、見たこともない複雑な記号の羅列ですが、不思議と脳がそれを「共通語」として理解させてくれます。
歩いている住人たちの服装も、中世ヨーロッパ風の質素な服から、煌びやかな刺繍が施された魔法使いのようなローブ、さらには革鎧を剥き出しにしたワイルドな装備まで、実に多種多様です。
周囲の住人は、突然現れたおじさん――京助に対し、ちらりと視線を向けることはあっても、驚きもしません。
この街では、彼のように別の世界から転移してきた人間が、当たり前のように受け入れられていました。
(ああ、そうか。ここが神々の作り出したダンジョン都市……)
京助は、かつてゲームやアニメのスクリーン越しに見つめていた異世界の景色の中に、自分が物理的に存在していることに、改めて震えるような興奮を覚えました。
腰の不調も、眼鏡なしでの視界のボヤけもありません。
二十歳の肉体は、この街の空気を吸い込むだけで、これまでにないほど生き生きと躍動しています。
「……で、みっちゃんはどこだ?」
京助は周囲を見回しました。
しかし、どれほど目を凝らしても、特徴のないはずの親友の姿は見当たりません。
「……」
「うわっ!?」
その時でした。
ふわりと、自分の右側の裾に、何かが触れる感覚がありました。
「え?」
京助が視線を下に向けた瞬間、心臓が跳ね上がりました。
そこにいたのは、艶やかな黒髪を真っ直ぐに伸ばした、赤目の少女でした。
年齢で言えば小学四、五年生といったところでしょうか。
人形のような整った顔立ちで、じっと京助を見上げています。
「――っ!?」
京助は、まるで火に触れたかのように飛びのきました。
前の世界で、オタク仲間と交わしていた会話が脳裏をよぎります。
『世間ってのは、中年のおっさんが子供に近づいただけで、即座に犯罪者扱いしてくるもんだ』『冤罪で人生詰むのが一番の恐怖』。
その過剰なまでの防衛本能が、京助の身体を反射的に動かしました。
「ご、ごめん! 」
京助は顔を青ざめさせ、まるで爆発物から距離を取るかのように数メートル後ろへ飛び退きました。
周囲の通行人――トカゲ人間の商人やエルフの親子――が、異様な動きを見せた京助を怪訝そうな目で見つめています。
京助は両手を頭の上にあげて、全力で「自分は無害である」ことをアピールしながら、冷や汗を流しました。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は誘拐犯じゃないし、不審者でもない! どうか通報だけは……っ、冤罪だけは勘弁してくれぇ!」
その挙動不審ぶりは「社会の荒波に揉まれた中年」そのものでした。
赤目の少女は、そんな京助のあまりの取り乱しように、ニヤっと笑いました。
「へ?」
「あっはっはっは!」
「あれ……え?」
「よぉ、その様子だと、しっかりとTS出来たみたいだな!」
「……えぇー、ま、まじかよ」
少女がお腹を抱えて、笑いだし、ニヤニヤと笑う様子を見て、京助は気付きました。
「ふふん、ドヤッ」
「……何してんの、みっちゃん」
その少女こそが、自分の幼馴染にして親友で相棒であること。
「癖に走ってみた!」
「ヘケッ!!」
堂々とそんなことをいう瑞樹に、京助は愕然とし、その場に両手をついて倒れました。
無理もない事です。
異世界に行ってみれば、幼馴染が、「
☆★★☆☆★★☆
――異世界。その言葉が持つ甘美な響きは、かつての二人にとって「現実逃避」の合言葉でした。
しかし今、その現実は、あまりにも容赦なく、そして突飛な形で柏木京助の目の前に広がっていました。
「……まさかのTS!」
京助は、ガクリと膝をついたまま、呆然と目の前の光景を見つめました。
黒髪ストレートロング、陶器のような白い肌、そしてルビーのように鮮やかな赤目。
どう見ても十歳前後にしか見えない美少女。
それが、この異世界における「相棒」の姿です。
「いやぁ、ステータス設定の時にさ、『外見のカスタマイズ』っていう項目があったろ? あれ、ポイント次第でどこまでいじれるか試してみたんだよ。そしたら、なんとまあ見事に決まったね!」
少女――高橋瑞樹は、和服姿でひらりと裾を翻し、くるりと一回転して見せました。
その動きは、かつての中年男性のそれとは似ても似つかない、軽やかで優雅なものです。
「『癖に走ってみた!』って、お前……!おっさんと幼女の組み合わせとか、通報案件だかんな! 俺なんてさっき、通報されるんじゃないかと、冷や汗で全身ビショビショになったんだぞ!」
「あはは、ごめんごめん! いやあ、きょうちゃんが予想通りの反応をしてくれたからさ。こっちの世界なら、こういう外見でも実年齢を証明する手段くらいあるだろうし、何よりさ……」
瑞樹は悪戯っぽく赤目を細め、一歩ずつ京助へと近づいてきます。
「可愛いは正義だろ?」
「……お前なぁ」
京助は立ち上がり、服についた埃をパンパンと叩きました。
「それでどうよ?和風なミステリアス美少女になってるか?」
「あぁ……なってるよ」
「まじかよ。すげー……転生最高だな。鏡、鏡ないか!?」
好きな姿になれた瑞樹は、テンションが爆上がりし「うひょー」と奇声をあげて、ガラス窓に駆け寄っていきました。
そんな元男を見て、京助は、最初の時に感じていた、責任感や罪悪感がなくなっていきました。