おっさんず、ダンジョン都市を攻略する 作:おっさん
ギルドの受付で紹介された宿は、ギルド内部の二階と三階部分にありました。
金属製の鍵を受け取り、ギシギシと音を立てる階段を上って指定された百一(101)号室へと向かい。
ドアを開けると、そこには二段ベッドが二つ置かれただけの、殺風景な部屋が待っていました。
「……ここか」
「うわぁ、また随分と質素な……。ここは監獄か何か?」
瑞樹が備え付けられたベッドのシーツを、恐る恐る指先で押します。
その瞬間、瑞樹の顔がさらに曇りました。
「うっそ、これ……煎餅布団だ! 硬いっていうか、地面に寝てるのと変わらない! 寝起きの腰痛は避けられねぇパターンだ、これ!」
可憐な少女の姿で、瑞樹が大げさに肩を落とします。
中身が三十六歳のおっさんであることが、その嘆き方に表れていました。
京助は、どうしようもない現実に深くため息を吐きました。
「文句を言ってもしょうがない。とりあえず腹が減った。下の酒場で食事を試して、その後で演習場に行こう」
京助が部屋を出ようとドアに手をかけた時です。
「あ、ちょっと待って」
瑞樹が急に真剣な面持ちで、京助を呼び止めました。
「悪いんだけど、これから一時間ほど、時間くれないか?」
「うん? なんでまた……」
「ちょっと、いろいろ試したいことがあってさ。自分の新しい体の感覚とか、確認しておきたいんだよ。……この「外見」に関しても、もう少し研究が必要だし」
瑞樹が少しだけ視線を逸らします。
その横顔を見て、京助はハッと気づきました。
この一時間で、存分に「美少女としての自分」を鏡で眺めたり、触ったりして堪能する気だなと。
同じオタクとして、その気持ちは痛いほど分かります。
異世界転生、しかも美少女へのTS。
それをただのデータとしてではなく、物理的な「実体」として手に入れたなら、誰だって確認したくなります。
それは男のロマンであり、業のようなものでした。
「……分かった。一時間後、ロビーで会おう」
京助は多くを語らず、察したことを隠して頷きました。
しかし、背を向けようとしたその時、瑞樹が少しニヤついた顔で声を上げます。
「……きょうちゃん。今の俺の体、見るだけならいいけど。どうする?」
その問いに、京助の心臓が跳ねました。
目の前にいるのは、圧倒的な美少女です。
しかし、中身は数十年付き合いのある、あのむさ苦しい幼馴染のおっさんでもあります。
理性では「見たい」という欲求が渦巻き、脳裏には「いや、中身はおっさんだぞ?」という強烈なストッパーが同時に作動しました。
美しい肢体が脳裏をよぎり、次の瞬間には、前世で見た瑞樹のむさ苦しい顔が重なります。
京助は激しい葛藤に悶え、顔を真っ赤にしながら必死に理性を働かせました。
ここで見てしまえば、別の意味で取り返しのつかない様な気がしたのです。
「……いや、いいや。今はまだ、お互いに慣れるべきだ」
「その割には葛藤が凄かったな」
「……一時間後にな」
京助はそう言い捨てると、逃げるように部屋を後にし、京助は早歩きで階段を駆け下ります。
そして、下の酒場部分となっている場所に一人で机にうつ伏せになり、倒れ込みます。
(よく漫画やアニメで見る描写だったけど……実際に起こるときついものだな)
アニメや漫画などを見て「ガッツリいけよ」と思っていた自分を思い出して、恥ずかしくなりました。
実際に身近に居る人が、いきなり変わると、前の容姿を思い出してしまい、受け入れが難しくありました。
距離を置こうなどは考えませんが、男女間云々でいうと厳しいものがあります。
取り敢えず、「慣れるまでの辛抱かな」と結論付け、気を取り直すことにしました。
☆★★☆☆★★☆
京助は、ギルド一階の酒場スペースにある、椅子に座り込み辺りを見渡します。
その際に注文した「栄養補給ペースト」は、見た目が工業製品のような緑色の粘土で、口に入れると薄めたスープのような味が広がりました。
味のバリエーションが少ないのと、食感が気になりますが、食べれないという事はありません。
(腹の足しになるだけだ。さて……情報収集といこうか)
京助は、隣で酒をあおる大柄な獣人や、端末を弄るエルフの集団に、わざとらしくない程度の距離感で話しかけることにしました。
彼が活用したのは、スキルで習得した『
まるで、人気Vチューバーが配信でリスナーのコメントを拾いながらトークを回すかのようなスムーズさで、会話を繋げることが出来ます。
「いやあ、いきなり転生とか言われても困るよな。刺激が強すぎるわ」
「まったくだ。俺なんか旅行の真っ最中だったんだぜ?」
それから、いろんな人に話しかけました。
大柄のライオンの頭部を持つ人や、よく見かけるトカゲの人やエルフらしき人、様々な種族の人と話します。
そんな調子で会話を重ねるうちに、京助は一つの事実に気づきました。
ここにいる転生者たちの多くは、自分たちと同様、ごく一般的な市井の人々であるということです。
(なるほど)
京助は周囲を見渡します。
そこには、いかにも歴戦の戦士のようなトカゲの人や、鋭い眼光を放つエルフもいました。
ですが、彼らと会話をしてみれば、その本質は「現代社会の人間」と何ら変わりないことが分かります。
戦闘のイロハも知らず、魔物の倒し方も分からない人が大半でした。
「見た目」に騙されてはいけないのだと気付かされたのです。
(神様ってやつは、結構性格が悪いのか、あるいは公平なのか。少なくとも、戦闘慣れしてる人を連れて来ないみたいだ。一層目の加護といい、初心者狩りでも前に起きたのか?)
見た目と能力値が必ずしも一致しない――いや、むしろ、見た目が凄まじい人ほど、実はただの事務員だったりしました。
そんな「不条理な格差」を排除し、なるべく全員が等しく「最初のダンジョン」から経験出来るように、という親切心に何とも言えない感情を抱きます。
(まぁ、過去に何かがあったとしても、それが今の現状になっているのはありがたい)
殴り合いの喧嘩もしたことがない中年親父の二人です。
慣れるまで、他人から関与されないということは、素直にありがたいと思いました。
そこから更に時間が経ち、結果的に言えば、情報収集は実に有意義でした。
京助は会話をしていた、最後に会話をしていたトカゲの人に別れを告げて、立ち上がりました。
異世界にも時計があり、その時計の針が一週し、約束の時間が来たからです。
これから、美少女の皮を被ったおっさんと、格闘家のおっさんの、このアンバランスなバディが、これからこのダンジョン都市を泳いでいくのです。
そんな状況に少しだけ、ワクワクしている京助がいました。
☆★★☆☆★★☆
「よーす。どうだった?」
「……」
「どったの?」
「……いや、なんでもない」
呼び行こうと、階段へと向かうと、上から瑞樹がタイミング良く降りてきました。
彼、もとい、彼女の顔は、何処となく満足そうでツヤツヤとしています。
何をしていたのかと、考えそうになりますが、京助の脳内におじさんの瑞樹が出て来たので、顔を振って必死に止めました。
「あー……食事は何とか食えるかな。種類少ないし、食感も気になるから……早く上に上がりたいかも」
「うぇー……まじかよ」
「情報収集はしといた。ここに居る人の大半が、俺等と似たようなものだったよ」
「きょうちゃんって人との会話得意だっけか?」
「ひでーな。普通に話せるわ。といっても、今回はスキルが役に立った感じだけど」
「あぁ……『
スキル:『
【ランク】:一般補助スキル
【内容】:
相手との会話を、単なる雑談から「心地よい交流」へと変化させるスキル。
強引に聞き出すのではなく、相手が「この人には話してもいいかな」と自然に思えるような、穏やかで柔らかな空気を作り出す。
対話の潤滑油:
種族や身分、立場が異なる相手であっても、その人なりの視点に寄り添った言葉が自然と浮かぶ。
「便利。現世で欲しかった奴!」
「会話って大事だよな」
二人は、スキルの有用性に驚きを隠せませんでした。
「それで食事するか?」
「んー……あまりお腹空いてないし、演習場で魔法試したい」
「分かった。それじゃ、行こうか」
「場所分かってんの?」
「既に情報は揃えてる」
「おー……さすが」
パチパチと瑞樹が拍手をして、讃えてくれます。
それを京助は胸を張り、若干照れくさそうに答えました。
☆★★☆☆★★☆
「案山子だな」
「案山子だ」
二人は、ギルドの喧騒を背に、街の端に位置する「演習場」へと足を運びました。
そこは、まるで巨大なコロシアムを切り取ったような開放的な空間でした。
あちこちに魔法耐性のある特殊な木材で作られた「案山子」が配置され、その前で多種多様な冒険者たちが、己の力を試そうと汗を流しています。
「うわ……すげぇな、ここ。あっちの奴なんて、剣を振るうたびに風の刃を飛ばしてるぞ」
「本当だ。あそこのエルフの娘さんは、指先一つで火球を制御してる……」
京助は驚き、瑞樹が目を輝かせて周囲を見渡します。
金属がぶつかり合う甲高い音、魔法が炸裂する鮮やかな火花、そして冒険者たちの荒い呼吸と笑い声。
そこには、殺伐としたダンジョンの予行演習というよりも、どこかスポーツジムのような、活気ある熱気が満ちていました。
「よし、俺たちも場所を探そう。空いてる案山子はあるかな?」
瑞樹が和服の裾を翻しながら、空いている場所を探して歩き出します。
「さて……」
「……」
「……」
「どうした……?」
そして、空いている案山子の前に来て、瑞樹が両手を前に突き出したまま、動かなくなりました。
その様子を見て、京助は不思議に思い、声をかけます。
「あぁ……ごめん。頭の中でチュートリアルが始まってさ」
「お?」
「魔法の撃ち方とか、そういうのが音声ガイドと共にイメージとして出てくる」
「まじか」
京助が興味深く見ていると瑞樹は、袖を巻くり、片方の手を案山子に向かって伸ばし、指一本だけ立てます。
まるで銃を撃つような恰好です。
「ばきゅん」
「はっ?」
そして、実際に銃を撃った時の音を、口に出してみると、指先から燃える矢が放たれました。
その矢は、まっすぐに進み、「ドンッ」といった衝撃を案山子に与えたのちに燃やしました。
「出来た!」
「今のって『
スキル:『
【ランク】:固有特殊スキル
【内容】:
通常、高位の魔術や複雑な魔術を行使するために必要な「詠唱」を、極限まで短縮、あるいは完全に消去して即座に魔法を発動させる能力。
通常であれば数秒から数十秒かかる詠唱を、思考と同時に完了させる。これにより、戦闘中に敵に隙を与えることなく、畳み掛けるような魔法攻撃が可能となる。
魔力出力の最適化:
詠唱を省く際、術者の体内にある魔力を直接回路に流し込むため、魔力のロスを抑え、より効率的に魔法を具現化できる。
詠唱破棄:
前の
【スキルの利点と注意点】
利点: ダンジョンでの不意打ちや、激しい近接戦闘中でも魔法が使えるため、前衛との連携や、緊急時の迎撃能力が飛躍的に向上します。
注意点: 詠唱による「魔法を安定させる工程」を省略するため、術者の制御能力が低い場合、魔法の威力が不安定になったり、魔力の暴走を招くリスクも孕んでいます。
「そうらしい、実際は口に出さんくてもいいらしいけど。最初は、暴発が怖いらしくて、短い詠唱を推奨された」
「親切だな」
「きょうちゃんもやってみれば?隣空いているし」
「そうする」
魔法を眺めてるのも楽しいのですが、京助もまた、自分の力を試したくなっていました。
といっても、格闘家という現世でも存在した職業である為、そこまで期待は出来ません。
(どこまで動けるかな)
元が、運動不足の体を持つ中年男性です。
格闘経験もなく、喧嘩もしたことがない人物がどうなるやらと思いつつも、案山子の前に立ちました。
ポーン
(うん?)
案山子の前に立つと、そんな音が響き渡りました。
その音は、脳内に直接響くような音です。
・チュートリアルを開始します
(みっちゃんが、言っていた奴はこれか)
・格闘家の場合は、アクティブスキルがありません
(なんだって?)
・演習場にて技の出し方を学び、何度も練習し覚えてください
・同じように動けた場合、スキルと判定され、一定数のSP、もしくはMPを使用され補正と威力の底上げが入ります。
(いきなり、突き放されたな)
先ほど、瑞樹が簡単に魔法を撃てていただけに、これにはがっかりします。
・最初は、崩拳の打ち方からとなります
・動きを理解して貰うために動画を流します
・その後に、自動で体を動かし、体験して貰い覚えてもらいます
(なるほどね。打ち方の動画を流してくれるのか)
チュートリアルのいう通りに、脳内に京助自身が案山子に向かって、崩拳を打ち込んでいる動画が再生されました。
脳内で勝手に繰り返して再生される為、真似て動くのに便利です。
(こんな感じかな?)
・次に体を自動で動かします
・許可を下さい
(許可する……うおっ!?)
許可を出した瞬間に、京助の体は勝手に動きだし、意識だけが置いていかれるような感覚に戸惑いました。
しかし、時間が経つにつれて、便利さに気付きます。
見るのと、実際に体験してみるのには天と地ほどの差がありました。
・次は、実際に自分で動いてみましょう
・もう一度、見本が必要なときは「見本をもう一度」と脳内で話しかけて下さい
・次の技に進む時も同様に、脳内に話しかければ進みます
(分かった。ありがとうございます)
見えないよく分からない相手であるが、礼を言うと一息ついて落ち着きます。
そして、最初は、先ほどの動きをなぞるように、そっと動きました。
次は、もう少し速度を上げて行いました。
最後に、遠慮なく、動き、手を矢のように打ち込みました。
すると大きな音を立てて、案山子が倒れ込みます。
これには、打ち込んだ京助も、驚きでいっぱいになりました。
思ってた以上に威力があったのと、想像以上に爽快で面白かったのです。
京助は、口許が少しばかり緩み、集中して打ち込み始めました。
(疲れた……でも、ここまで体を動かせるといいな)
気付けば、汗だくとなり、疲労によってその場に座り込みます。
ここまで必死に体を動かしたのは、学生時代の時以来でした。
暫く、全力で体を動かした余韻に浸り休みます。
「あっ……みっちゃんの方はどう?」
ぼーと空を見上げていると、瑞樹の魔法の練習音がないことに気付きます。
魔法の練習であれば、大きな音がなる筈ですが、それが聞こえません。
それに気付いて、隣を見てみると……。
「……」
「みっちゃん!?」
そこには地面に寝そべり、なにも言わず虚無の表情で京助を見ている瑞樹が、目に入りました。
それを驚き、一瞬硬直するも、直ぐに駆け寄って無事を確かめます。
「どうした!?何か、気に入らないことでもあった?」
「……」
「それとも、怪我か?」
近づいて、目などを見て意識があることや、息をしているか等、調べて揺するも、反応はありません。
うんともすんとも言わなくなった相棒を前に、どうするかと悩んだときでした。
「何か、あった?」
慌ててる京助を見て、通りかかった人が声をかけてくれたのです。
「魔法の練習をしていたら、この状態に!」
「……なるほど」
その人は、銀髪の髪を無造作に暴れさせている美少女でした。
顔立ちはいいですが、髪に無頓着なのか、手入れをしている様子がありません。
ボサボサのまま、頭にはゴーグルを着けていて、角が二本生えています。
腰などには京助の世界でもあった工具が、顔を見せていました。
他には、京助達にはない、立派なトカゲの尻尾の様なものが腰とお尻の間辺りから生えています。
普段であれば、オタク心が揺さぶられるような美少女との出会いですが、今は、それどころではありませんでした。
「……魔力切れ」
「魔力……ですか?」
「そう……初心者がやりがち。魔力は精神に直結してる……使いすぎると精神が疲労して鬱状態になる」
その美少女は、京助の話を聞いて、瑞樹の状態を確かめた上でそう判断しました。
「どうすれば、いいでしょうか?」
「時間が経てば、戻る。どうしてもと言うなら……MPを回復するアイテムを使用すること。それか、スキルで相手に譲渡出来るものを持っていれば、それを使うといい」
「……そうですか」
「じゃ」
「ありがとうございます」
京助は、手を上げて、ヒラヒラと振り去っていく美少女に頭を下げてお礼をいいます。
そして、未だに動けなくなっている相棒を前に溜め息をついたのでした。