廃墟の中で目を覚ました。
床の石の冷たさが背中に染みている。空気は相変わらず湿っていて、かび臭い。
頭上の灰色は朝も夜もなく永遠に薄暗いままだった。時間の感覚が狂いそうになる。
「アリシア、おはよう」
隣に座らせていた彼女の頬に触れる。冷たい。いつもの温度だ。俺は術式を調整して、彼女の顔をこちらに向けさせた。
閉じられた瞼、長いまつげ、ほんの少し開いた唇。寝ているみたいに見えるが、眠っているわけじゃない。死んでいる。
「夢は見なかったか?俺は見なかった。お前の夢なら見たかったんだけどな」
俺は立ち上がって、身体をほぐした。荷物を確認する。食料、水、ポーション。それと、手記と指輪。指輪は昨夜もずっと嵌めっぱなしだったが、特に副作用はなさそうだ。
むしろ、アリシアへの術式が明らかに安定している。
……いいものだ、これは。
「さて、今日も歩くか」
アリシアを立たせて外套を直す。フードの下の金髪がちらりと見えた。埃がついていたので、手で払ってやる。
「綺麗に保つのは大変だな、死体って」
彼女は何も答えない。俺は彼女に歩行の術式を送り、廃墟を出た。
外は相変わらずの骨の平原だった。どこまでも続く白と灰色。遠近感がおかしくなりそうな景色の中で、俺は昨日とは違う方角に足を向けた。
目印は剣が突き刺さった骨の丘だ。あれを基点に、少しずつ探索範囲を広げていく。
一時間ほど歩いた。
骨の地面は平坦なようでいて、ところどころに窪みや盛り上がりがある。窪みの底には古い骨が溜まっていて、盛り上がりの頂上には何かの巨大な骨……おそらく獣の大腿骨が突き出している。
どれもが異様で、不気味で、でもどこか整然としてすらいた。この平原には意図がある。誰かが作ったものだ。自然にできたわけじゃない。
「塔の主って、よっぽど死体が好きだったんだな」
俺は足元の骨を蹴った。
「気持ちはわからなくもない。俺も大概だからな」
そのとき、足元の骨が崩れて俺はバランスを崩した。
「うわっ」
斜面を転がり落ちる。アリシアへの術式が一瞬乱れて、彼女も一緒に崩れてきた。二人分の重みで骨の層が抜けて、下へ下へと滑り落ちていく。
ようやく止まったのは、骨の平原の表層より三メートルほど下だった。
窪みの底だ。周囲は骨の壁に囲まれている。
「いてて、最悪だ」
起き上がって、まずアリシアを確認した。彼女は仰向けに倒れていたが、怪我はない。
死んでいるから怪我も何もないのだが、身体が損傷していないかは気になる。俺は彼女を抱き起こして、服についた骨粉を払ってやった。
「大丈夫か、アリシア。怪我ないか。まあ、ないか。でも気にするんだよ、俺は。お前の身体は俺のものだからな。傷がついたら嫌なんだ」
そして、俺は気付いた。
落ちてきた場所のすぐ横に、手があった。
骨の壁から人間の手だけが突き出している。指は細く、かろうじて腐敗を免れている。
骨の層に埋もれた死体の一部だ。新しい。塔に来てから、せいぜい数週間か数ヶ月。
塔の中の時間が外と違うならわからないが、とにかく他の死体よりずっと新しい。
「……」
俺は骨を掻き分けて、その死体を掘り起こし始めた。手首、腕、肩、そして胴体。骨の破片ががさがさ崩れて、少しずつ死体の全身が露わになる。
女だった。
若い女。二十歳くらいか。黒い髪を短く切っていて、細身の身体にぴったりした革の鎧を着ている。
冒険者か、あるいは盗賊あがりの傭兵か。顔立ちは整っている方だった。死んで硬直した表情は苦痛に歪んでいるが、それでも美人の部類に入る。
死因はわからない。目立った外傷はない。飢えか、毒か、魔力切れか。この塔そのものに殺されたか。どちらにせよ、彼女はここで息絶えて、骨の下に埋もれた。
「かわいそうに。一人で死んだのか」
俺は彼女の遺体を骨の壁から完全に引き出して、平らな場所に寝かせた。
「でも、お前みたいな綺麗な死体が埋もれてるのはもったいないよな」
革の鎧を外す。バックルを一つずつ外して、胸当てを取り、脇の留め具を解く。鎧の下は薄手のシャツだった。汗と埃で汚れている。それも脱がせる。
彼女の乳房が露わになった。大きくはない。アリシアの半分くらいだ。
でも形は良くて、死んでいるのにハリが残っている。塔の乾いた空気が腐敗を遅らせているのか、肌の色もまだ悪くない。紫がかった青白さはあるが、それが逆に死体らしくてそそる。
「いい身体してるじゃないか」
俺は彼女の乳首に触れた。冷たくて、小さくて、でも指でつまむとちゃんと硬さがある。死後硬直はとっくに解けているが、乳首だけは生きているみたいに弾力があった。
「生きてる時に、誰かに揉まれたことあるのか。それともこんなの触られるのは初めてか。どっちでもいいけど、今は俺が触る。文句はないな。お前、もう死んでるし」
俺は彼女の胸をゆっくり揉んだ。アリシアよりずっと小さい乳房は片手で包めてしまう。
指の間に柔らかい肉が収まって、それが心地よかった。親指で乳首をこりこり転がす。何の反応もない。それでいい。
「なあ、アリシア。お前もこっち来い」
術式でアリシアを呼び寄せる。彼女はぎこちなく歩いてきて、俺の隣に立った。
「お前も一緒に見てくれ。俺が別の死体をどうするか、ちゃんと見ててほしい」
俺は謎の女のズボンにも手をかけた。ベルトを外して、下ろす。下着は履いていなかった。
現れる黒い茂み。短く切りそろえられた陰毛が逆三角形に整っている。手入れをしていたんだろう。生前は身だしなみに気を使う女だったのかもしれない。今は死んでいるけど。
脚を広げさせた。まだ硬直が少し残っているのか、簡単には開かない。でも体重をかければ十分に開く。
彼女の性器が露わになった。大陰唇は閉じていて、中は見えない。指で開いてみる。ピンク色の内側、小さなクリトリス、狭い膣口。まだ誰も触っていないみたいにきれいなままだった。
「もしかして処女か。それはそれで勿体ない人生だったな。でも大丈夫だ、俺が最後の男になってやるから」
俺は自分の服を脱いだ。勃っていた。さっきからずっとアリシアの視線を感じながら、別の女の死体を脱がせている自分が途方もなく滑稽で、でもたまらなく興奮していた。
「入れるぞ」
彼女の膣口に亀頭をあてがう。アリシアほどではないが、ちゃんと狭い。死んで乾いているから、少し力を入れて押し込む。
ずぶり、と音がした。肉が裂ける感触。やっぱり処女だったのかもしれない。死んでから処女を奪うとは、我ながら最低の男だ。
「はあ、でも気持ちいい。お前、なかなかいい締め付けだな。アリシアよりは緩いけど、でもこれはこれで悪くない。なにより新しい死体ってのは、それだけで昂ぶる」
腰を動かし始める。彼女の身体は俺の動きに合わせて揺れた。骨の地面の上で、死んだ女の身体ががくがく動く。
乳房が上下に跳ねる。顔は相変わらず苦痛の表情で固定されているのに、その下で俺は快感を貪っていた。
「アリシア、見てるか。俺は今、別の女を抱いてるぞ。でもお前が一番だからな。これはただの息抜きだ。お前は怒らないよな。怒るくらいなら、まず目を開けてくれ。そしたら俺は、お前にだけ捧げるから」
俺は腰の動きを速めた。アリシアは黙って立っている。
外套の下で、彼女は何を思っているんだろう。
いや……何も思っていない。死んでいるから。
でも俺は、彼女が少しだけ嫉妬していると想像した。想像するだけなら自由だ。
「出すぞ、お前の中に出す。誰のものかわからなくなったお前の胎内に、俺のを刻んでやる。それが俺からの弔いだ。悪くないだろ」
一番奥を突いて、射精した。どくどくと精液が流れ込む。彼女の死んだ子宮が、俺の熱で満たされていく。しばらく繋がったまま動けなかった。
ようやく抜いて、立ち上がる。自分の精液が彼女の膣口からとろりと溢れるのを、ぼんやり眺めた。
「ありがとう、名前も知らない女。お前のおかげで、ちょっと元気が出た」
俺は彼女の鎧を元に戻してやった。ちゃんと着せて、胸当てもつける。髪についた骨粉を払って、目の前で手を合わせる。
「成仏しろよ。いや、ここは塔の中だから成仏もできないか。じゃあその辺を彷徨っててくれ。また会ったら、その時はもう一回相手してやる」
それから俺は、彼女の荷物を探した。腰のあたりに小さなポーチがあった。
中には硬貨が数枚と、指輪が一つ。俺がすでに嵌めているのと同じ種類の指輪だ。同じ魔道具。
効力が増すのかと思い、反対の手の指に嵌めてみた。特に変化はない。予備として取っておこう。
そして、もう一つ。折りたたまれた羊皮紙。
広げてみると、それは地図だった。この平原の地図だ。全体は描かれていない。おそらく彼女が探索した範囲だけが記されている。
端の方に「出口」と書かれた場所があった。北西の方角だ。
「出口……?これが二階層への道か。それとも外への出口か。どっちにしても、行ってみる価値はあるな」
俺は地図をしまった。それからアリシアを振り返る。
「お前、さっき俺が別の女を抱いてるの、ちゃんと見てたか。どう思った。何か言いたいことは」
彼女は沈黙している。
「そうか。何もないか。それでいい。お前は何も言わない。だから俺は、お前が許してくれてると思うことにする。本当は怒ってるかもしれないけど、怒ってるならなおさら、声を出してほしいよな」
俺は彼女の手を取った。冷たい指を握る。
「行こう。出口を目指す。まだこの平原を出るわけじゃないけど、でも目標があると違う。お前と一緒に、目標に向かって歩く。それって生きてるみたいだろ」
俺たちは歩き出した。
地図を頼りに北西へ。骨の平原はどこまでも続いていて、でもところどころに変わったものがあった。
白骨化した巨人の肋骨がアーチを作っている場所。無数の頭蓋骨が整然と積み上げられた柱。明らかに誰かが意図して作った構造物だ。
かつてここに誰かがいた。あるいは今も、どこかに。
一時間ほど歩いたところで、前方に動くものが見えた。
スケルトンだ。昨日のとは違う。二体いる。どちらも昨日のより小さい、人間大の骨だ。手には錆びた剣を持っている。
「武器持ちか」
俺は舌打ちした。でも、昨日よりは冷静だった。二体とも動きが遅い。こっちに気付いていないなら、やり過ごせるかもしれない。
「アリシア、静かに」
術式の出力を絞る。彼女の動きが止まり、その場で静止する。俺も息を潜めて、骨の丘の陰に隠れた。
スケルトンたちは、何かを探すように周囲を見回して、それからゆっくりと別の方角に去っていった。
目的があるのか、それともただ彷徨っているだけなのか。どちらにせよ、今は戦わなくて済むならそれがいい。
「行ったか」
俺は安堵の息をついた。
「でもますます気になるな。この平原にはもっといろんな奴がいる。ただの骨だけじゃない。動く骨、武器持ち、それにあの黒い剣。地図に書かれた『出口』も、本当にあるのか。この全部に意味があるなら、誰が何のためにこんな場所を作ったんだ」
答えは出ない。でも俺は、その答えを探すためにここにいるんだ。
「アリシア、進もう」
彼女の手を引いて、また歩き出す。
骨の平原の空は、相変わらず灰色で、光源のない薄明かりが永遠に続いている。
一日なのか一時間なのか、それすらもわからない。でもアリシアが隣にいる。それだけで、俺は進める。
「いつかこの平原を抜けて、二階層に行くんだ。もっと深くて、もっと悍ましい場所かもしれない。でも俺は行くし、お前を連れて行く。覚悟しとけよ、アリシア」
彼女は何も言わない。でも足音だけが、俺の隣でぺたぺたと鳴り続けていた。
遠くで、骨の軋む音がする。また何かが動いている。
この平原は、俺たち以外にもたくさんの住人がいるらしい。生きた住人じゃなくて、動く死体の住人たちが。
俺は地図を握りしめて、北西へ歩き続けた。