水が尽きた。
荷物をひっくり返して確認したが、最後の一滴は昨日のうちに飲み干していた。食料もあとわずかだ。干し肉が一片と、固くなったパンが半切れ。
これで終わり。
「まずいな」
俺は空の水袋を放り投げて、骨の地面に座り込んだ。喉は渇いているのに、不思議と腹は減っていなかった。
塔に入ってから、身体の感覚が徐々に変わってきている。空腹感が鈍い。眠気もあまり来ない。でも水だけは欲する。生き物としての最低限の欲求が、まだ俺を人間の側に繋ぎ止めているみたいだった。
「お前はいいよな、何もいらなくて」
アリシアは今日も立っている。相変わらず無表情で、外套の下から金髪が少し覗いている。
彼女は食べないし、飲まないし、眠らない。文句も言わなければ、喉が渇いたとも言わない。完全で、完璧な存在だ。
「でも俺はまだ生きてるからな。水がないと死ぬ。こんなところで脱水症状で死ぬのはごめんだ」
立ち上がる。地図をもう一度広げた。例の女死体から手に入れた地図には、ところどころに彼女が書き込んだメモがある。その一つに目が止まった。
『黒い木。水がある』
「黒い木、か」
地図によれば、ここから西に半日ほどの場所に記されている。彼女が実際に見たのか、それとも誰かから聞いたのかはわからない。でも行ってみる価値はある。
「行こう、アリシア。喉が渇いて死にそうだ」
俺は彼女に歩行の術式を送り、西へ向かった。
骨の平原を西へ歩く。相変わらず地面は骨で、足を取られる。一歩ごとにぱきぱきと小気味悪い音が鳴った。
周囲には相変わらずスケルトンが徘徊しているが、距離を取れば問題はない。奴らの縄張りも、なんとなくわかってきた。
大きな骨の構造物の周りには近づかない。開けた場所は比較的安全だ。塔に入ってから数日、もうすっかりこの平原の住人みたいな顔で歩いている自分がいた。
一時間ほど歩いた頃、前方の景色が変わった。
骨の平原に、ぽつんと黒いものが立っている。遠目には枯れ木のように見えた。だが近づくにつれて、それがただの枯れ木ではないことがわかる。
木だった。高さは五メートルほど。幹はねじくれて、樹皮の代わりに人骨がびっしりと巻きついている。
枝という枝からは、長い黒髪が垂れ下がっていて、風もないのにゆらゆら揺れていた。葉はなかった。代わりに、枝の先にぶら下がっているのは果実だ。
果実は人の眼球ほどの大きさだった。白く濁った球体で、表面はぬめっていて、中の方にどす黒い核が透けて見える。
十数個ほど実っているが、どれも今にも潰れそうにぶよぶよとしている。木全体から甘ったるい腐臭が漂っていて、鼻の奥がツンと痛んだ。
「これが黒い木か」
俺は木の周りを慎重に歩いた。根元には無数の死体が積み重なっている。古いものは白骨化していて、新しいものにはまだ肉が残っている。
どれも木の根に絡め取られるようにして、地面に縫い止められていた。この木は、死体を養分にして育っているのだろう。
根が死体の中に食い込んで、その養分を吸い上げ、あの果実を実らせている。
「すげえな。生きてるのか、これ」
幹に手を触れる。ひんやりと冷たくて、かすかに脈打っている気がした。気のせいかもしれない。
でもこの木は死霊術の産物であることは間違いなかった。塔の主が作ったのか、それとも自然に発生したのか。どちらにせよ、これはただの植物じゃない。
俺は目の高さにある果実を一つもいだ。手の中でずっしりと重い。表面を押すと、中で液体が揺れる感触があった。匂いは甘ったるいのに、どこか血の匂いにも似ている。
「水があるって地図に書いてあったけど、これは水なのか」
しかし他に水らしきものは見当たらない。根元の死体を見ても、どれも干からびている。
木が水分を全部吸い上げているのだ。そしてその水分は、果実の中に溜まっている。
「飲むしかないか」
俺は果実に齧りついた。皮は薄くて、すぐに破れた。中からどろりとした液体が口の中に流れ込む。
味は表現しがたかった。甘い。でも砂糖の甘さじゃない。腐りかけの果物のような、発酵したような甘さだ。その奥に、鉄の味がある。血の味だ。とろみがあって、喉にまとわりつく。
でも飲み込むと、身体の奥から渇きが癒えていくのを感じた。喉が潤う。細胞が満たされる。水を飲んだ時の何倍もの充足感があった。
「まずくはない……」
俺は一気に果実の汁を飲み干した。空になった皮は、手の中でしぼんで溶けた。跡には何も残らない。
身体が熱くなるのを感じた。胃のあたりからじわじわと熱が広がって、手足の先まで届く。
単なる水分補給じゃない。これは魔力だ。果実の中に凝縮された死体の魔力が、俺の中に流れ込んでいる。
「すごい。これ、すごいぞ。喉が渇かなくなっただけじゃない。魔力が回復してる。それに、なんていうか、頭の中がくっきりするみたいな感覚もある」
俺はもう一つ果実をもいで、今度はゆっくり味わった。やはりうまい。最初は血の味に抵抗があったが、二つ目になると慣れて、むしろこの味を欲するようになっていた。
「アリシア、お前も飲むか。いや、飲めないか。お前は死んでるからな。でも雰囲気だけでも」
俺は彼女を木のそばに座らせて、自分も隣に座った。
三つ目の果実に手を伸ばそうとしたとき、木の根元で蠢くものが目に入った。
死体だ。根に絡め取られた女の死体。まだ新しい。腐敗は浅く、肌の色もそんなに悪くない。
二十代半ばくらいだろうか。茶色い髪が根にからまって、頭が不自然にのけぞっている。装備は軽装で、盗賊か傭兵あがりの冒険者のようだった。胸のあたりに根が突き刺さっていて、ちょうど心臓の位置だった。
「お前も、水を求めてここに来たのか。そして木に捕まった」
俺は彼女の顔に近づいた。死に顔は恐怖で歪んでいる。自分が何に捕まったのか理解した上で死んだのだろう。
気の毒だが弱い者が死に、強い者が生き残るのは摂理だ。
いや、生き残るという言い方は正しくないか。死んでからも終わらないのがこの塔だから。
「でも、お前の身体はまだ使えるな」
俺は根を掴んで引っ張った。根は強靱でなかなか切れない。
風刃の魔法で一本一本切断していく。五本ほどの根を切って、ようやく彼女の身体は解放された。
「よし、こっちに来い」
死体を木から引き離して、平らな場所に寝かせる。根が刺さっていた胸の傷は穴のままだが、血はもう流れていない。とっくに凝固している。
「お前の名前も、何をしに塔に来たのかも知らないけど、せっかくだから有効活用させてもらう。俺に付き合ってくれ」
彼女の服を脱がせる。革の胸当てを外し、シャツを引き裂く。胸が露わになった。彼女の乳房はアリシアほど大きくないが、形は悪くない。死んで硬直した身体は冷たくて、でもまだ柔らかさを保っている。
「なあ、アリシア。俺、あの果実を飲んでから、なんだかすごく昂ぶってるんだ。魔力が回復したせいか、それとも果実に別の効果があったのか」
アリシアは木の根元に座ったまま、閉じた目をこちらに向けていた。俺は彼女に軽く笑いかけてから、新しい死体に向き直った。
女のズボンを下ろす。下着も取る。脚を広げさせた。まだ少し硬直が残っているが、十分に開ける。
彼女の割れ目は、思ったよりきれいだった。この塔に来るまでは、ちゃんと自分の身体をケアしていたのかもしれない。
「お前、生前はどういう女だったんだ。彼氏はいたのか。それとも仕事一筋の傭兵か。まあ、どっちでも関係ない。今は俺が相手だ」
俺は自分のズボンを下ろした。果実の効果か、凄まじく昂ぶっていた。
先端から汁が滴っている。アリシアの前で別の死体を抱くことに、もう罪悪感はなかった。むしろ彼女に見られていることが、興奮を強めた。
「入れるぞ」
彼女の膣口に亀頭を押し当てる。まだ乾いているが、果実の樹液で濡れた指で軽くほぐしてやると、なんとか入った。
「あ、きつい。お前、使われたことあるのか。あるな、少し緩い。でも死んでるからか気持ちいい」
腰を動かす。彼女の身体が揺れる。根に固定されていたせいで身体のあちこちに痕がついていたが、それがかえって扇情的だった。
「お前もこの木の養分になるはずだったんだ。でも俺がもらってやる。お前の身体も、残った魔力も、ぜんぶ俺のものにしてやる」
俺は腰の動きを速めながら、果実をもう一つもぎ取った。動きながらかぶりつく。
汁が口の端からこぼれて、死体の腹の上にぽたぽた落ちた。甘い腐臭と血の味と、性の匂いが混ざり合って、頭がくらくらする。
「アリシア、アリシア、見てるか。俺は今、すごく気持ちいい。お前より気持ちいいわけじゃない。お前は特別だ。でもこいつも悪くない。死体ってほんとにいいよな。抵抗しないし、裏切らないし、ずっと俺のそばにいてくれる」
女の冷たい膣の中で、俺の熱が暴れている。射精が近い。
「出す。お前の中に出す。お前の名前も知らないけど、俺の精液は残るからな。それが俺の挨拶代わりだ」
どくどくと注ぎ込む。彼女の胎内が俺の熱で満たされていく。死んだ女の子宮を生きた男の精液が汚していく。最高の矛盾だった。
「はあ、はあ」
息を整えて、俺は抜いた。白濁が彼女の太腿を伝って骨の地面に染み込んでいく。
木の果実をあと二つ、荷物に入れる。これで当分の水と魔力は心配ない。
「ありがとう、黒い木。それから、名前も知らないお前も、ありがとう」
俺は立ち上がって、アリシアに手を差し伸べた。
「さあ、行こう。水の問題はこれでなんとかなりそうだ。次は食料だけど、まあ果実だけでもしばらく持つだろ」
彼女が立ち上がる。指輪の効果で、動作はますます自然だ。
「それにしても、この果実、食べれば食べるほど俺の中で何かが変わっていく気がする。怖いけど、同時に気持ちいいんだ。もっと欲しくなる。もっと強くなれる気がする。これが禁忌に手を染めるってことなのかもな」
俺は木を振り返った。黒い幹が骨の平原に不気味にそびえている。
また水が尽きたらここに戻ってこよう。いや、水だけじゃない。もっと別の理由で、俺はこの木に惹かれ始めていた。
黒い木を後にして、俺たちは再び北西へ歩き出す。喉は潤い、魔力は満ちている。
身体の奥底で、何かがじわじわと変わっていく感覚があった。それが何かはまだわからない。でも俺はそれを、拒むつもりはなかった。
「なあ、アリシア。俺、この塔が少し好きになってきたかもしれない。ここには俺に必要なものが全部ある。知識も、力も、お前も、それから他の死体も。外の世界よりずっと生きやすいよ」
彼女はもちろん返事をしない。でも彼女の足音は、俺の歩調にぴったり合っていた。それが答えで十分だった。