※この作品はR-18です。

結構仲の良かった女騎士の遺体を戦場で発見したとき   作:うお

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13.アリシアのステータスは彼方に

あてもなく骨の平原を歩いていると、奇妙なものが視界に入った。

 

家だった。

 

距離は二百メートルほど先。霧のように立ち込める骨粉の向こうに、ぽつんと建っている。この平原で見てきた構造物といえば、崩れた廃墟か、骨で作られたおぞましい祭壇ばかりだった。

 

だが今度は違う。明らかに人が住むために建てられた、きちんとした家屋だ。屋根は三角形で傾斜がついている。壁は石材で組まれていて、窓らしきものまである。一見すると、帝国に建っていてもおかしくない外観だった。

 

「こんな場所に家?」

 

違和感がすごい。骨の平原のど真ん中に、なんで普通の家が建っているんだ。罠か、幻覚か、塔の主の趣味か。

 

「でも、あそこに何かあるなら見逃せない。行くぞ、アリシア」

 

俺は彼女を連れて、慎重にその家に近づいた。

 

正面に立つ。間近で見ると、やはり普通の家だった。ドアは木製で、取っ手は真鍮。窓には曇りガラスが嵌まっていて、中の様子は見えない。

 

壁を触ってみると冷たい石の感触が手のひらに伝わってきた。幻覚じゃない。本物だ。少なくとも、物理的に存在している。

 

「誰かいるか」

 

念のため声をかけてみた。返事はない。当然だ。こんな場所にまともな住人がいるわけがない。

 

俺はゆっくりとドアを押し開けた。蝶番がぎいぎい鳴って、誇りっぽい空気が舞う。

 

中は意外にも整然としていた。小さな家だ。部屋の中央には朽ちた机と椅子。壁際には空っぽの本棚。暖炉には冷たい灰が残っている。

 

かつて誰かがここで生活していた痕跡がある。しかし今はもう誰もいない。住人はとっくに死んだか、去ったかだ。

 

「隠れ家かなんかか?ずいぶん場違いだけど」

 

各部屋——といっても一部屋しかないが、見回して俺は部屋の隅にそれを見つけた。

 

宝箱だ。

 

机の陰にひっそりと置かれている。大きさは両手で抱えられる程度。木材に鉄の補強が施された、オーソドックスな宝箱だった。

 

鍵はかかっていない。蓋の上には埃が積もっていて、長いこと誰も開けていないことがわかる。

 

「宝箱か。この塔に来て、こういう露骨なのは初めてだな」

 

俺は警戒しながら蓋を持ち上げた。何が飛び出してきてもいいように、アリシアを後ろに立たせたまま、自分は半身で構える。蓋は音もなく開いた。

 

中には、小さな箱が一つ。

 

手のひらサイズの木箱で、表面には複雑な魔法陣が刻まれている。

 

一目で高級な魔道具だとわかる造りだった。素材は黒檀だろうか。縁には銀の装飾が施されていて、蝶番にも細工がしてある。

 

「なんだ、これ」

 

慎重に取り出して、蓋を開ける。

 

中身はレンズだった。

 

薄い水晶の円盤が、真鍮のフレームにはめ込まれている。

 

レンズの表面に、かすかに魔力の光が走っていて、見ているだけで目が吸い込まれそうになる。持ち手の部分には古代文字が刻まれていた。

 

「これ、鑑定魔道具か」

 

俺は声を上げた。

 

魔術師なら誰でも知っている。鑑定魔道具——対象の魔力構造や体内魔力を数値化し、表示する魔法の道具だ。王立学院の研究室に一台あるだけで、教官でも気軽に触れない代物だ。それが、こんな小さな携帯型で存在している。これを作れる技術は、今の帝国にはない。失われた古代の魔導技術だ。一級の遺物と言っていい。

 

「すごい。すげえよ、これ。売ったら城が建つぞ。いや、売らない。俺が使う」

 

手が震えた。こんな遺物が、どうしてこんな場所に無造作に放置されていたのか。もしかすると、この家の元の住人はかなり高位の魔術師だったのかもしれない。そして何らかの理由でここを去るか、あるいは死んだ。

 

「とにかく、試してみよう」

 

俺はレンズを手に持って、部屋の中を見回した。まずは机に向けてみる。レンズを通して見ると、何も表示されなかった。普通の机だ。ただの物だ。魔力は感じられないということだろう。次に、本棚。同じく何も表示されない。次に、自分の手のひらに向けてみた。

 

レンズの表面に、光の文字が浮かび上がった。

 

『クロード・ヴァレンタイン / 魔術師(帝国軍) / LV.12 / 魔力値:284 / スキル:基本魔術、索敵魔法、腐敗防止魔法、死体操作術式(初級) / 加護:なし / 状態:軽度の魔力疲労』

 

「おお」

 

俺は素直に感嘆の声をあげた。

 

自分のステータスが数値化されて表示されるというのは、なんとも奇妙な感覚だ。レベルは十二か。思ったより低い。いや、これでも軍では普通くらいだ。魔力値は二百八十四。

 

スキルの欄を見ると、死体操作術式がしっかり記載されている。しかも初級とある。初級でこれなら、上級はどれほどのことができるんだろう。

 

「よし、じゃあ」

 

俺はゆっくりとレンズをアリシアに向けた。

 

彼女は外套を着たまま、じっと立っている。フードの下から金髪が少し覗いていて、閉じられた目はいつも通り静かだった。

 

生きているのか死んでいるのか、見た目だけではもうわからないくらい、彼女の立ち姿は自然だった。

 

レンズが彼女を捉える。

 

光の文字が、浮かび上がった。

 

俺はそれを読んで、息を呑んだ。

 

『アリシア・ヴァイスリッター / 女騎士(元・帝国軍) / LV.31(生前) / 現在LV.― / 主:クロード・ヴァレンタイン』

 

『生前ステータス:HP 1850 / MP 420 / STR 312 / VIT 278 / INT 95 / AGI 224 / DEX 196』

 

『現在ステータス:HP 0(死亡) / MP 依存(主の魔力に依存) / STR 42(死体操作による減衰) / VIT ―(腐敗防止魔法により維持) / INT ―(魂喪失) / AGI 18(主の術式制御による) / DEX 12(主の術式制御による)』

 

『スキル(生前):剣術(上級)、体術(中級)、指揮統率(初級)、守護本能(固有)』

 

『状態:死亡 / 死霊術による疑似動作(術者:クロード)/ 腐敗防止魔法(術者:クロード)/ 魂不在』

 

『固有スキル【守護本能】効果:特定対象への自己犠牲的庇護衝動。生前、最も信頼していた者に対して無意識に発動する。彼女の最後の対象は術者クロード』

 

俺はレンズを握りしめたまま、動けなかった。

 

最後の一文だ。

 

『彼女の最後の対象は術者クロード』

 

これが、彼女のスキルだというのか。

 

守護本能。

 

特定の誰かを、自分を犠牲にしてでも守ろうとする衝動。それがスキルとして彼女に刻まれている。そして、その最後の対象が俺だというのか。

 

「お前は」

 

声が震えて、うまく言葉にならなかった。

 

「お前は俺を守ろうとして、あの戦場で死んだのか……?」

 

レンズ越しに見る彼女の顔は、やはり何も言わなかった。静かに目を閉じて、俺の術式で立っているだけの死体だ。

 

でも違う。この表示は嘘をつかない。これはただの魔道具じゃない。魂の本質すら読み取る、本物の古代遺物だ。このレンズが示していることは、彼女の真実なのだ。

 

「お前、なんで」

 

俺はレンズを下ろして、素の目でアリシアを見つめた。

 

「お前、あの時、俺に言ったよな。『一緒に任務に行こう』って。『俺が守ってやる』って。あれは冗談でもなんでもなくて、本当にお前の本質だったんだな。誰かを守るために生まれて、誰かを守るために死んだんだな」

 

彼女の冷たい頬に手を当てた。何度触れても、冷たいままだった。でも今はその冷たさが、逆に熱く感じる。彼女が俺に残してくれた体温のように思えた。

 

「お前が死んで、俺はお前を穢した。死体を抱いて、好き放題に犯して、それで満足してた。でもお前は、生きてる時から俺のことを——」

 

言葉の途中で、喉がつかえた。涙が溢れたのは久しぶりだった。

 

「ごめんな、アリシア。俺はお前に、何も返せてなかった。お前がくれた優しさにも、笑顔にも、スープにも。全部、受け取るだけで、何も返せないままで。今さらお前を動かして、それで釣り合いが取れると思ってるわけじゃないけど」

 

俺は彼女の両肩を掴んで、額を彼女の額に押し当てた。冷たい。でも、確かにここにいる。

 

「俺は、お前に相応しい男になるよ。この塔の全部を手に入れて、お前が誇れるような、お前が守った甲斐があったと思えるような、そんな男になる。それは約束する。誓う。死霊術師の誓いなんて誰も信じないかもしれないけど、お前にだけは信じてほしい」

 

アリシアの瞼が、ぴくりと動いた。気がした。気のせいだ。

 

死霊術で動かしているだけの彼女が、自分の意思で瞼を動かすはずがない。でも俺は、そう見えたことにした。そう思わせてくれることにした。

 

鑑定魔道具をもう一度持ち上げて、改めて彼女のステータスを見る。

 

『主:クロード・ヴァレンタイン』

 

その文字が、何よりも輝いて見えた。

 

「俺のだ。お前は俺のものだ。生前も、死んでからも。そしてこれから先もずっと……」

 

俺はレンズをしまって、代わりに彼女の身体を抱きしめた。冷たい鎧の感触も、外套越しの細い肩も、ぜんぶ俺の腕の中に収まった。

 

返事はなかった。でも、彼女はそこにいた。それだけで、俺は世界のすべてを持っているような気持ちになれた。

 

「ありがとう、この家の元の持ち主。お前が誰だか知らないけど、最高の置き土産だ。大事に使わせてもらう」

 

俺はもう一度部屋を見回した。他に使えるものはないか探したが、特に何もなかった。宝箱の中には鑑定魔道具だけが入っていたようだ。

 

「よし、出るぞ。アリシア、お前のステータスを見られただけでも、ここに寄った価値はあった。いや、それ以上の収穫だった。俺はお前のことが、今までよりずっとよくわかった。まだ魂がないままだとしても、お前が何者だったかはちゃんとここに刻まれてる」

 

俺はレンズが入った箱を大事に荷物にしまって、ドアを開けた。

 

外は相変わらずの骨の平原だった。灰色の空、果てしない骨の地面、遠くを彷徨うスケルトンの群れ。何も変わっていない。

 

でも俺の目には、世界が少しだけ違って見えた。レンズの効果だろうか、空気の中に漂う魔力の流れがおぼろげに見える気がする。いや、気のせいかもしれない。でも、このレンズは俺の魔力視覚そのものを底上げしている可能性がある。

 

「どこまで役に立つかわからないけど、スケルトンにも使ってみよう。弱点とかわかるかもな」

 

俺は歩き出した。すぐに、近くにいた一匹のスケルトンを見つけて、レンズを向けてみる。

 

『ボーンウォーカー / 下級アンデッド / LV.8 / 魔力値:62 / スキル:骨再生 / 弱点:頭部の魔力核(青白い光)/ 状態:徘徊』

 

「弱点がわかるのか。やっぱりすごいぞこれ」

 

俺は風刃で狙いを定めて、スケルトンの頭部を正確に撃ち抜いた。光が消えて、骨の塊がばらばらと崩れ落ちる。

 

再生はしなかった。弱点を正確に破壊すれば、こいつらは倒せる。今まで運任せだったのが、確実に攻略できるようになった。

 

「これで黒騎士にも対抗できるかもな」

 

俺はレンズを握りしめて、笑った。

 

「見てろよ、アリシア。俺は強くなる。このレンズと、お前のステータスを胸に刻んで、絶対にこの塔を攻略してやる。そしてお前をもっと、もっと自然に動かせるようになる。いつか、お前が自分の足で俺の隣を歩いてくれるように。それが本物じゃなくても、俺には本物に見える。それで十分だ」

 

骨の平原の空は相変わらず灰色で、どこまでも退屈な光景が広がっていた。

 

でも、俺の心は晴れやかだった。彼女のことが、今までよりずっとわかった。それだけで、この先の長い旅を戦い抜ける気がした。

 

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