朝になった。といっても万骨平原に朝はない。灰色の空は相変わらずどんよりと垂れ込めていて、時間の感覚だけが俺の中で勝手に朝を告げていた。体内時計だけはまだ生きているらしい。
俺はエルナを呼び寄せて、鑑定魔道具を構えた。まずはエルナのステータスを確認すると昨日と変わらない。
ということは、精気強化は一回の射精ごとに上昇し、時間経過で下がることはないらしい。これはありがたい。
次にアリシアに向ける。
「おお、昨日より色々と増えてる。一晩で二回抱いたから、二つ上がったんだ。これで確定だ。俺の精液は配下の死体を強化する。今のところSTRとAGIとDEXが上がってるな。HPも少し上がってる。他のステータスは魂がないから上がらないのかもしれないけど、戦闘に必要な物理ステータスが上がるなら十分だ」
俺はレンズをしまって、二人の配下を見比べた。アリシアは今日も美しい。金髪が灰色の光を浴びて、死んでいるとは思えない輝きを放っている。エルナはエルナで、魂縛の指輪のおかげで立ち姿に隙がない。
「よし、今日はエルナの訓練をするぞ。せっかく双剣術のスキルがあるんだ。実戦で使えないと意味がない」
俺はエルナに、荷物の中から拾っておいた二本の剣を渡した。嘆き女の洞窟から回収したものだ。錆びてはいるが、まだ切れ味はある。
「持て」
エルナは両手で剣を受け取った。握りを確認して、自然に正眼に構える。さすが元冒険者だ。身体が覚えているのか、魂縛の指輪の制御が精密だからなのか、構えは様になっていた。
「そのへんのスケルトンを一匹、狩ってこい。俺は後ろから見てる」
平原を少し歩くと、すぐに一匹のスケルトンが見つかった。ボーンウォーカーだ。以前レンズで確認したのと同じタイプ。LV.8、魔力値62、骨再生持ち。
「行け、エルナ」
俺が命令を出すと同時に、エルナは駆け出した。
速い骨の地面を蹴って、スケルトンに一気に接近する。スケルトンが反応するよりも早く、エルナの右剣が横薙ぎに振るわれた。肋骨が三本、粉砕されて吹き飛ぶ。
スケルトンが腕を振り回した。エルナはそれを軽く身をかわして、左剣で頭蓋骨を狙う。が、初撃で砕ききれず、スケルトンはまだ動いている。骨が集まって再生を始めていた。
「頭の光だ!魔力核を狙え!」
俺が叫ぶと、エルナはすぐに標的を変えた。両方の剣をクロスさせて、スケルトンの頭部を挟み込むように斬り抜く。青白い光が砕けて、スケルトンはばらばらの骨になった。再生は始まらない。倒したのだ。
「よし、よくやった!」
俺は拍手しながら近づいた。エルナは無表情で俺の方を向いている。呼吸も荒れていない。当たり前だが。
「一撃目は甘かった。それから右の踏み込みが少し浅い。でもAGIとDEXは十分だから、訓練すればすぐに改善できる。お前の生前の戦闘スタイルは速度重視の双剣術だ。今のお前は生前よりSTRもAGIも低いが、それでもスケルトン相手なら問題ない。次は二匹同時に相手させてみるか。でもそれはまた今度だ」
俺はエルナから剣を受け取って、自分の荷物にしまった。それから屍体強化の基礎を取り出して、もう一度ページをめくる。
「本に書いてある強化法と、俺の精気強化はどうやら別物みたいだ。この本の方法は、魔力を直接死体の筋肉や骨に注入して、個別に強化していくやり方だ。時間はかかるけど、細かい調整ができる。一方で俺の精気強化は、交尾によって全身を底上げする。効率はこっちの方がずっといい。ただ、どれだけ伸びるかはまだ未知数だ。どこかで限界が来るかもしれない」
俺はページをパラパラとめくって、気になる項目を見つけた。
「複数死体の連携制御か。これは使えるな」
書かれている術式は、複数の死体を同時に操作する際に、それぞれの連携を最適化するというものだ。今の俺はアリシアとエルナを別々に動かしているが、この術式を使えば、二人が連携して戦えるようになる。例えばエルナが敵を引きつけている間に、アリシアが側面から攻撃する、といった動きだ。
「よし、これを覚えよう。幸い、魔力はあの果実のおかげで潤沢に残っている。塔に入ってからかなり魔力総量も増えた気がするしな」
俺は本を読みながら、術式の練習を始めた。二人の配下を同時に動かして、連携動作をさせる。最初はぎこちなかったが、魂縛の指輪がエルナの制御を助けてくれるおかげで、徐々にスムーズになっていった。
一時間も練習すると、二人が同時に別々の動きをしても、俺の魔力が混乱しなくなった。
「これでだいぶ違うはずだ。エルナが前衛、アリシアが援護と防御。役割分担もできる。まだ黒騎士には遠く及ばないけど、少しずつ戦力は整ってきている」
俺は一息ついて、周囲を見渡した。今日はやけにスケルトンが少ない。いつもならそこら中を彷徨いているのに、今はほとんど見かけない。
何かあったのか。あるいは、俺が強くなったせいで、奴らが避けているのか。
「まあ、戦闘を避けられるならそれに越したことはない。今はまだ基礎固めの時期だ」
俺は荷物をまとめて、アリシアとエルナを連れて歩き出した。今日は少し遠出をして、まだ見ていない場所を探索するつもりだ。
地図には「古戦場」とだけ書かれたエリアがある。黒騎士の門からは離れているが、何か手がかりがあるかもしれない。
一時間ほど歩いたところで、前方の景色が変わった。
骨の平原に、無数の武器が突き刺さっていた。剣、槍、斧、ハンマー。あらゆる種類の武器が地面から生えている。
それらはみな錆びていて、古びていて、中には折れているものもある。そしてその根本には、武器を握ったまま死んだ白骨死体が折り重なっていた。
「ここが古戦場か。大規模な戦闘があったみたいだな。ダンジョンの中で戦闘ってのもよく分からんが……」
俺は武器の間を縫って歩いた。どれも魔力は感じない。ただの鉄クズだ。でもその中に一つ、かすかに魔力を帯びた剣があった。
片手剣で、刃は錆びているのに、鍔の部分に埋め込まれた黒い宝石がかすかに脈打っている。
「これは」
レンズを向ける。
『影喰いの短剣 / 魔道具(レア) / 効果:対象の影を斬ることで、本体のHPに直接ダメージを与える。影を斬られた相手は、HPの大小に関わらず一定の割合ダメージを受ける。ただし、影のない相手や、光源のない暗闇では効果なし。』
「これだ!」
俺は短剣を引き抜いて、高々と掲げた。
「物理攻撃が効かない敵にも、影さえあればダメージが通るんだ。黒騎士のHPは四千二百もある。STRもVITも化物じみてる。でもこの短剣なら、奴の体力を削れるかもしれない。直接ダメージだ。影を斬るだけでいい。俺が接近する必要すらない。エルナかアリシアにこれを持たせて、影を狙わせればいいんだ」
俺は短剣を大事にしまった。今日の収穫はこれだけでも十分だ。
「そろそろ戻るか。明日からはこの短剣の使い方を練習しないといけないな。それからエルナの双剣術の訓練も続ける。やることが山積みだ」
俺たちは野営地に戻った。魔力灯を灯すと、ほっと一息つく。この灯りだけが、この平原で唯一俺の心を癒してくれるものだった。いや、もう一つある。アリシアだ。
「なあ、アリシア。今日もお前を抱くぞ。精気強化、まだまだ足りないからな。何度でも抱いて、一ずつでも上げていく。それでいつか、お前に大剣を振り回せるくらいの力を取り戻させるんだ」
彼女の服を丁寧に脱がせていく。金髪を広げて、白い肌を露わにした。何度見ても飽きない。むしろ見るたびに愛しさが募る。
「俺の愛でお前を強くする。それが俺の生き方だ。この世の誰がなんと言おうと、これが俺の選んだ道なんだ。お前を動かし、お前を強くし、お前と共にこの塔を踏破する。それが俺のすべてだ」
アリシアの冷たい身体に腕を回して、俺はゆっくりと彼女の中に入っていった。冷たい肉壁が俺の熱を包み込む。
何度繰り返しても、この瞬間だけは特別だった。彼女と一つになれる。死んでいても、魂がなくても、俺は確かに彼女と繋がっている。
「愛してる、アリシア。この言葉だけは何度でも言う。言い足りないくらいだ」
俺は夢中で腰を振った。彼女の身体が揺れて、金髪が毛布の上で波打つ。何度抱いても、彼女はいつも新鮮だった。冷たいのに温かい。死んでいるのに生きている。矛盾だらけの存在が、俺にとっては唯一の真実だった。
エルナはというと、今夜は休ませて別の毛布で待機させている。アリシアとの時間は、俺にとって特別だからだ。エルナも大事だが、やはり一番はアリシアだ。
射精の瞬間、いつものようにどくどくと彼女の胎内に熱が注ぎ込まれる。これでアリシアの精気強化はプラスになったはずだ。明日確認しよう。
「おやすみ、アリシア。明日もまた訓練だ。お前とエルナと三人で、もっともっと強くなるんだ」
彼女の冷たい手を握りながら、俺は目を閉じた。