※この作品はR-18です。

結構仲の良かった女騎士の遺体を戦場で発見したとき   作:うお

21 / 23
21.アリシアに救われる

糸が全身に巻きついて、身動きが取れない。

 

視界は白く閉ざされ、呼吸すらままならない。冷たい糸が喉に食い込んで、毒の痺れが腕から肩へと広がっていく。逆さまに吊るされたまま、俺は必死に意識を繋いでいた。

 

ちくしょう。どうすればいい。

 

風刃を放とうにも、腕が糸に縛られて狙いが定まらない。エルナはどうした。隣でもがいている気配はあるが、彼女も糸に巻かれて剣を拾えていない。

 

アラクネイアの脚が近づく音がする。八本の脚の先にある人間の指が、べたべたと糸を叩きながら近づいてくる。やがて糸越しに、彼女の顔がぼんやりと見えた。裂けた口が笑っている。三つの目が、繭になる俺をじっと見下ろしている。

 

まずい。

 

あの消化液をかけられたら終わりだ。

 

そのときだった。

 

どん、と鈍い衝撃が響いて、アラクネイアの身体が横に吹き飛んだ。

 

「なにが——」

 

俺にかかった糸がゆるむ。視界が開ける。逆さまのまま、なんとか状況を把握しようと目を凝らした。

 

そこに立っていたのは。

 

「アリシア……!?」

 

外套は脱げていて、金髪が乱暴に揺れている。閉じられた目はいつものままだ。でも彼女は、細い腕で、アラクネイアの側面を全力で殴りつけたのだった。死体のはずの身体で、信じられない速度で。

 

「giiiiiーーー!?」

 

アラクネイアは壁の糸にぶつかって、八本の脚をばたつかせている。不意打ちだったとはいえ、あの巨体を吹き飛ばす威力だ。生前のアリシアならともかく、今の彼女のSTRで出せる力じゃない。

 

(どうして動いてる……?。俺の術式はお前に待機を命じてたはずだ。それに、その動きの速さはなんなんだ……!?)

 

アリシアは答えない。答えられるはずがない。でも彼女は確かに俺の前に立っていて、その右手は腫れ上がっていた。全力で殴ったせいだ。死体の身体に無理をさせた証拠だった。

 

「エルナ!今のうちに抜けろ!」

 

俺は風刃で自分の糸を切り裂いて、地面に落ちた。受け身もろくに取れず、骨の地面に背中を打ちつける。息が詰まる。

 

でもそんなことを気にしている場合じゃない。エルナも剣を拾って、糸を斬り裂きながら着地した。

 

俺たちは三人、並び立った。エルナが前衛で双剣を構える。俺は後ろで風刃を準備する。そしてアリシアが、俺の右隣に立っている。外套もなく、薄手の服だけで、それでも彼女は俺を守るように半歩前に出ていた。

 

生前と変わらない立ち姿だった。

 

いや、生前よりずっと頼もしく見えた。

 

「行くぞ!」

 

俺の号令と同時に、エルナが駆けた。アラクネイアはすでに立ち直っていて、八本の脚のうち二本を振り回して迎え撃つ。

 

エルナはそれをかわしながら接近し、脚の関節を狙って斬りつけた。外骨格に阻まれて浅い。でもひるませるには十分だ。

 

俺は風刃を三連射した。狙いは彼女の三つの目だ。一発目はかわされ、二発目は脚で防がれた。三発目が額の第三の目をかすめて、黄色い体液が飛び散る。アラクネイアは声にならない叫びをあげて、口から紫色の糸を吐き出した。

 

「エルナ、下がれ!」

 

エルナはバックステップで糸を回避した。でもアラクネイアの攻撃はそれだけじゃなかった。

 

脚の関節から無数の指が伸びて、エルナの腕を掴もうとする。エルナは片方の剣で指を切り落としたが、もう片方の腕に糸が絡まった。

 

「くそ、アリシア!」

 

アリシアはすでに動いていた。

 

彼女の脚が地面を蹴る。その動きは生前に匹敵する速さだった。アラクネイアの横腹に回り込んで、腫れ上がった拳で関節の外骨格が剥がれた部分——剥き出しになった腐肉の隙間——を思い切り殴りつける。

 

どごっ。

 

「giiiiii!!!!!」

 

拳が肉にめり込んで、アラクネイアが苦悶の声をあげた。脚の一本が力を失って、ぐにゃりと折れる。エルナの腕から糸がゆるんだ。

 

「今だ、エルナ!」

 

エルナは解放された腕で剣を握り直し、アラクネイアの胴体——女の部分に斬りかかった。腹の裂け目から垂れる糸の根元を狙って、双剣をクロスさせて斬り抜く。

 

ぶちぶちと嫌な音がして、腹の裂け目から黄色い体液と無数の小さな仔蜘蛛の卵が溢れ出た。アラクネイアは絶叫した。それでもまだ死なない。残った脚で俺たちを薙ぎ払おうとする。

 

「エルナ、影喰いの短剣だ!」

 

エルナは短剣を抜いて、アラクネイアの足元に落ちる濃い影を斬りつけた。一度、二度、三度。直接ダメージが蓄積して、彼女の動きが目に見えて鈍る。HPが削られている証拠だ。

 

アリシアが追撃した。彼女は地面に落ちていた仔蜘蛛の死体を掴んで、アラクネイアの顔面に投げつける。ただの嫌がらせじゃない。アラクネイアが顔を庇った隙に、エルナが脚の残りを斬り落とした。八本あった脚は、もう三本しか機能していない。

 

「とどめだ!」

 

俺は渾身の魔力を込めて、最大出力の風刃を放った。狙いは彼女の細い首。アラクネイアはかわそうと身をよじったが、残った脚ではもう思うように動けない。風の刃が彼女の首を捉えた。

 

「gaaaaaaaaa!!!!」

 

裂けた口から、最後の悲鳴が上がる。

 

そして糸紡ぎ女アラクネイアは、巨体をぐらりと揺らして、どさりと倒れた。八本の脚はすべて折れて、人間の指も力を失ってだらりと広がっている。三つの目はまだ見開いているが、その輝きは急速に消えていった。

 

「はあ、はあ、はあ」

 

俺は膝に手をついて息を整えた。エルナは剣を収めて、無表情のまま俺を見ている。彼女もかなりのダメージを負っている。左腕が腫れ上がり、脇腹にも裂傷があった。

 

そしてアリシア。

 

彼女は立っていた。でも、さっきまでの俊敏さはもうなかった。腕はだらんと垂れて、動きは術式による最小限のものに戻っている。まるでさっきの戦闘が嘘みたいだった。

 

「アリシア、大丈夫か。見せてみろ」

 

俺は彼女に駆け寄って、身体を調べた。右拳は潰れていた。骨が折れて、皮膚が裂けている。それだけじゃない。脇腹にもアラクネイアの脚で薙がれた傷がある。肋骨が二本、いや三本折れているかもしれない。それから左肩も外れていた。無理な動きをした証拠だ。

 

「ボロボロじゃないか、お前」

 

俺は彼女を抱きしめた。冷たい身体が、今は少しだけ温かい気がした。気のせいだ。

 

「なんであんな動きができたんだ。まるで生きてるみたいに。いや、生きてる時よりも速かったかもしれない。俺の術式はお前に待機を命じてたのに、お前はそれを無視してここに来て、あの化物をぶん殴った。そんなこと、死体にできるはずがないんだ」

 

アリシアは何も言わない。

 

「もしかして、お前の中にまだ何か残ってるのか。魂はないはずなのに。でも、俺がピンチだったから。お前は俺を守るために、自分を壊すことも厭わずに——」

 

そこまで言って、俺は言葉を詰まらせた。

 

レンズで見た彼女の固有スキル、守護本能。あれは生前だけのものじゃないのか。死んでからも、彼女の身体のどこかに刻まれていて、俺が危険に陥ったときにだけ発動する。

 

そんなことがあり得るのか。死霊術の理論では説明できない。魂のない死体に、そんな判断力や自己犠牲の意思が宿るはずがない。

 

でも、起こった。今、確かに彼女は俺を救った。

 

「ありがとう、アリシア。お前はすごいよ。やっぱり俺にはお前が必要だ。エルナも大事だけど、でも最後の最後で俺を救うのは、いつだってお前なんだな」

 

俺は彼女の傷ついた身体をそっと地面に寝かせて、応急処置を始めた。と言っても大したことはできない。肩をはめ直して、折れた指をできるだけ元の位置に戻して、包帯を巻く。死体だから痛みはないはずだが、それでも俺は丁寧に扱った。

 

「後でちゃんと治すからな。屍体縫合の道具も、どこかで手に入れないと」

 

俺がアリシアの手当てをしているあいだ、ふと視界の端に映ったものがあった。

 

倒れたアラクネイアの死体だ。

 

戦闘中は気付かなかったが、こうして見ると彼女の上半身……女の部分は、グロテスクなのに妙に整っていた。青白い肌、豊満な乳房、くびれた腰、そして長い脚の代わりに生えている八本の蜘蛛脚。倒れている姿勢のせいで、彼女の股間がはっきりと見えた。

 

人間の女と同じものがそこにあって、しかもこちらを向いている。

 

どくん、と心臓が跳ねた。

 

「まさか、こんな相手にまで欲情するのか、俺」

 

でも身体は正直だった。戦闘の昂ぶりが別の昂ぶりに変わっていく。アラクネイアの死体はまだ新しい。

 

腐敗防止の魔法がかかっているわけじゃないが、塔の中の特殊な環境が腐敗を遅らせている。

 

「エルナ、アリシアを見ててくれ。ちょっと、やることがある」

 

俺はふらふらとアラクネイアの死体に近づいた。近くで見ると、彼女の身体は戦闘で傷ついてはいたが、女の部分はほとんど無傷だった。裂けた口はだらりと開いて、毒々しい紫の糸が溶けかかっている。でもそれ以外は、ちゃんと人間の女だった。

 

かつて彼女も人間で、屍の塔に挑み、そして腐爛の聖女リゼリアとやらに捕まって改造された哀れな存在だ。でも今は、ただの肉塊だ。俺のものだ。

 

「お前、綺麗な身体してるよな。上半身だけだけど」

 

俺は彼女の乳房に手を伸ばした。青白い肌は予想以上に柔らかく、冷たさが手のひらに心地いい。乳首の代わりについている目玉はもう動かず、ただの水晶体になっていた。気にしなければ普通の女の胸だ。

 

「でも、こうして見ると悪くない。アリシアやエルナとはまた違うタイプだけどな。この肌の冷たさも、お前の身体がぐちゃぐちゃに混ざった造形も、なんか、そそる」

 

俺は彼女の下半身……蜘蛛の胴体の付け根にある人間の股間に目をやった。大陰唇はふっくらしていて、閉じていても存在感がある。周囲の皮膚は青白くて、血管の跡が透けて見えた。

 

俺は自分の服を脱いだ。さっきからずっと昂ぶっていて、先端から汁が滴っている。

 

「アリシア、エルナ、見てるか。俺は今、敵だった女を犯すぞ。どう思う。ドン引きか。でも俺はこういう男なんだ。許してくれ」

 

俺はアラクネイアの股間に手を当てて、大陰唇をそっと開いた。中はきれいなピンク色だった。腐敗もなく、しっとりとした感触。まだ死んで間もないからか、あるいはアンデッドだからか。

 

「入れるぞ」

 

彼女の膣口に自分のモノをあてがって、腰を押し込んだ。

 

ずぶり。

 

中は冷たくて、狭くて、でもアリシアやエルナとは違う未知の感触があった。改造されてなお、この部分だけはちゃんと女のままだ。

 

「ああ、気持ちいい。お前、生前はどんな女だったんだ。きっと人間の頃はモテたんだろうな。なまじ顔が綺麗だから、なまじ身体がいいから、いろんな男に言い寄られて、でも冷たくあしらってたんだろう。そんな女が、今は死んで俺に犯されてる。悪くないよな、この展開。お前も本望だろ、ちゃんと弔ってやるから」

 

俺は腰を動かし始めた。アラクネイアの巨体が揺れる。折れた脚のがらくたがガサガサ音を立てた。蜘蛛の胴体からはまだ消化液が漏れていて、ぽたぽたと音を立てている。そんな中で俺は一人、快感に浸っていた。

 

「アリシア、やっぱりお前が一番だ。でも時々、こうやって違う相手を抱くのも悪くない。お前のためにも必要なんだ。俺が他の死体で発散すれば、お前に優しくできるだろ。それは理屈に合わないか。でもそういうことにしておいてくれ」

 

俺はアラクネイアの乳房を両手で揉みしだいた。この冷たい肉の感触が、俺をどこまでも昂ぶらせる。

 

「出すぞ。お前の中に出す。お前が誰のものだったか知らないけど、腐爛の聖女だか何だか知らないけど、今は俺のものだ。受け取れ……!」

 

どくどくと精液が彼女の胎内に注ぎ込まれる。アンデッドの身体が俺の熱を受け入れて、かすかに痙攣した。気のせいか。でも確かに、彼女の身体が少しだけ動いた気がした。

 

「はあ、最高だった。ありがとう、アラクネイア。安らかに眠れよ。いや、もう死んでるか」

 

俺は彼女から抜いて、服を着直した。

 

「ん……?なんかあるな。腹の裂け目が……?」

 

それから彼女の腹の裂け目に手を突っ込んで、卵を探った。仔蜘蛛の卵がいくつも手に触れたが、どれも小さくてぐずぐずに潰れている。でも一番奥に、琥珀色の卵があった。

 

どくん、どくんと脈打っている。

 

俺はそれを慎重に取り出した。手のひらに収まるくらいの大きさで、膜越しに中で何かがのたうっているのが見える。

 

でも仔蜘蛛じゃない。もっと人間に近い、小さな胎児みたいな形だった。

 

「これはただの蜘蛛の卵じゃないな。もしかしたらアラクネイアが特別に育ててた何かかもしれない……」

 

卵は俺の体温でさらに脈動を強めた気がした。気のせいかもしれない。でも、なんだか俺に懐いているみたいだ。

 

荷物の中にしまおうとしたが、あまりに冷たい場所に置くとダメになる気がして、ポケットに直接入れた。どくんどくんと鼓動が太ももに伝わってくる。

 

「よし、用は済んだ。戻るぞ、二人とも」

 

振り返ると、エルナがアリシアを支えて立っていた。エルナの顔は無表情だが、なんとなく呆れているように見えた。アリシアも、閉じた目がいつもより冷たい視線を向けている気がする。

 

「なんだよ、その顔。っていうか、お前たちは顔に表情なんてないだろ。気のせいだ。絶対気のせいだ」

 

俺は言い訳しながら、アリシアを抱き上げた。傷を負った彼女を歩かせるのは気が引ける。俺の腕の中で、彼女は冷たくて軽くて、でも確かに存在していた。

 

「アリシア、今日は本当にありがとう。お前のおかげで助かった。お前がどうしてあんなに動けたのか、まだわからない。考えても答えは出ないかもしれない。でも、俺は信じることにした。お前の中にまだ守護本能が残ってるって。死んでもなお、お前は俺を守ろうとしてくれるんだって」

 

彼女の冷たい頬に自分の頬を寄せた。

 

「俺はもっと強くなる。お前が無理しなくてもいいくらい、俺が強くなる。次はお前を危険な目に遭わせない。絶対だ」

 

アリシアは何も言わない。でも俺の腕の中で、彼女は静かに身を預けていた。それで十分だった。

 

俺たちはアラクネイアの巣を後にした。後ろから、崩れゆく糸の迷宮がかすかに軋む音が聞こえた。主を失った巣は、じきにこの平原の一部に還るだろう。

 

でも、俺のポケットの中の卵だけは……まだ生きていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。