廃教会から、どうやってアリシアを運んだか。
覚えてない。
気付いたら、俺の部屋にいた。
俺の部屋は、兵舎の端っこ。
誰も近寄らない。
隣の部屋は物置だし、上は空き部屋。
……アリシアを隠すには、ちょうどいい。
ベッドの上に寝かせて、腐敗防止の魔法をかけ直す。
これで三回目。
魔力を込めるたび、彼女の肌は腐らない。
「……何してんだろ、俺」
呟いて、笑った。
死んだ戦友を持ち帰って。
死体を抱いて。
それが気持ちよくて。
いや、気持ちいいだけじゃない。
「好きなんだよな、お前のこと」
冷たい頬を撫でる。
返事はない。わかってる。
でも、いると落ち着く。
俺には、もうアリシアしかいない。
生前もそうだったけど、今はもっと。
彼女だけが、俺の全部だ。
俺は何度も彼女を抱いた。
夜になると、隣に寝転んで。
髪を撫でて、キスをして、身体を重ねる。
死体はいつも冷たくて、静かで、でもやわらかくて。
「アリシア」
「お前、生前こんな顔したことあったか?」
もちろんなかった。
いつも笑ってて、怒ってて、走り回ってて。
こんな風に、誰かの腕の中でじっとしてるような女じゃない。
今は動かない。
でもそれが俺にはちょうどよかった。
動かないから、俺を見てくれる。
俺から離れない。
俺だけのアリシア。
「……ごめんな」
俺は彼女の腹の上に精液を吐き出しながら、謝った。
後悔してる。
してるのに、やめられない。
気持ちいい。愛しい。手放せない。
最低なのは、わかってる。
ある日、俺は気付いてしまった。
死霊術。
魔術師として存在は知ってる。
死者を蘇らせ、操る魔法。
帝国では禁忌。
使った時点で死刑。
でも、もし。
もし俺が使えたら。
アリシアを動かせる。
目を開かせて、声を出させて。
歩かせて、笑わせて。
「……そんなの」
無理だ。
できっこない。
第一、バレたら死ぬ。
いや、それ以前に。
死霊術で蘇ったものが、本当にアリシアなのか。
俺は知ってる。
死霊術の概念くらいは、学院で知った。
蘇った死体に魂はない。疑似人格は術者の魔力で作られた、ただの操り人形。
それは偽物だ。
アリシアじゃない。
「……でも」
偽物でも、いいじゃないか。
動けば。
声が出れば。
俺を見て、笑ってくれたら。
それが本物かどうか、俺に区別つくのか?
ついたとして、意味はあるのか?
「……俺は」
声が震えた。
「俺は……アリシアに会いたい」
それから俺は、禁書庫に忍び込んだ。
陰キャはこういう時、便利だ。
誰も俺が何してるか気にしない。
見張りもまともにいない。
古い書物を漁る。
死霊術の記述を探す。
『死者蘇生の初歩』
『傀儡術式とその応用』
『高位死霊術師の事例研究』
どれも禁書だ。
持ってるだけで処刑もの。
でも、俺の手は止まらなかった。
ページをめくるたび、心臓がうるさくなる。
できる。
理論上はできる。
俺の魔力なら、たぶん足りる。
問題はむしろ、制御の方だ。
動かすだけなら簡単。
でも、自然に、人間らしく動かすには、膨大な魔力と精密な術式がいる。
「……今の俺じゃ、無理か」
ガキの作りかけの操り人形みたいに、ガクガク動くだけ。
それじゃあ、アリシアじゃない。
俺は、もっと深く学ぶ必要があった。
この国で、死霊術を極めるには。
一つしか方法がない。
『屍の塔』。
北の山脈にある、伝説の死霊術師が遺したとされるダンジョン。
そこにはあらゆる死霊術の知識が眠ってるって、禁書に書いてあった。
もちろん、誰も行ったことはない。
行って帰ってきたやつもいない。
ただの噂話だ。
でも。
「……行くしかないか」
俺は呟いた。
アリシアの顔を見る。
相変わらず、静かに目を閉じてる。
「お前のためだ」
俺は、そのための力を手に入れる。
国にバレたら処刑?
死霊術師はこの世の敵?
どうでもいい。
アリシアがいない世界に、価値なんてない。
アリシアがいるなら、世界が敵でもいい。
「待ってろよ、アリシア」
俺は彼女の額に口づけた。
「次にお前が目を開けた時は……」
それが本物か偽物かなんて、もう関係ない。
俺がアリシアだと思えば、それでいい。
「死霊術……獲得してやる」
行き先は屍の塔。
アリシアを連れて行こう。
だって、いないと寂しいから。