※この作品はR-18です。

結構仲の良かった女騎士の遺体を戦場で発見したとき   作:うお

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4.死体を連れて街を歩くらしい

禁書を読んでから俺は部屋で、アリシアと向き合っていた。

 

「立て」

 

右手をかざす。

 

魔力を込める。

 

彼女の身体に、俺の作った術式が流れ込んでいくのが見えた。

 

光というより、どす黒いもやみたいな、そういう魔力。死霊術の初歩も初歩。魂を呼び戻すんじゃない。ただ死んだ肉に命令を与えるだけの、簡単な術式。

 

ぴく。

 

アリシアの指が、動いた。

 

「……っ」

 

心臓が跳ねる。

 

次に、腕。

 

ガクン、と肘が曲がる。関節から嫌な音がした。死後硬直はとっくに解けてるけど、それでも生きた人間の動きじゃない。がくがく、ぎしぎし。壊れた人形。

 

「立て。立てよ、アリシア」

 

魔力をもっと送る。

 

彼女の上体が、むくりと起き上がった。

 

ベッドの上で、ゆっくりと。

 

首ががくんと揺れて、長い金髪がばさりと広がる。

 

目は閉じたまま。

 

でも、起きてる。

 

「……すげえ」

 

素直に、そう思った。

 

だってアリシアが動いてる。俺の魔法で。俺の魔力で。

 

「ほら、次。立て」

 

彼女の脚が、ベッドから降りる。

 

裸足の足の裏が、冷たい床にぺたりとついた。

 

ぐらり、と揺れる。

 

支えなきゃ、と思って近づいた瞬間、アリシアの身体が前に倒れ込んできた。

 

「うわ」

 

抱きとめる。

 

冷たい。

 

でも、重い。

 

温かくないのに。

 

動いてるのに。

 

胸が俺の腕に押しつぶされて、やわらかく形を変える。

 

「立ったな」

 

俺の肩にもたれかかるアリシア。

 

返事はない。

 

でも、立った。

 

「もう一回やるぞ」

 

今度は慎重に。術式を微調整しながら。

 

彼女の脚の筋肉、関節、骨。全部に魔力を通すイメージ。さっきより細かく、細かく。

 

アリシアが立った。

 

ぐらつかない。

 

まっすぐ。

 

閉じた目のままで。

 

「……はは」

 

笑えた。

 

「立てたじゃねえか、お前」

 

生前は俺なんかよりずっと強くて、ずっと頼りになった女。

 

今は俺の魔力がなきゃ、立つこともできない。

 

なのに。

 

それなのに。

 

「……綺麗だ」

 

口からこぼれた。

 

死んでるのに。

 

動かしてるだけなのに。

 

金髪を下ろしたアリシアは、やっぱり綺麗だった。

 

「歩くぞ」

 

俺は彼女から離れて、二歩下がった。

 

右手を前に。

 

魔力を細かく調整しながら、一歩、足を出させる。

 

右足。

 

ぺた。

 

次、左足。

 

ぺた。

 

ガクガクしない。昨日までの練習の成果だ。

 

ゆっくり。

 

でも、自然に。

 

「いいぞ、アリシア。上手い」

 

死体を褒める俺。

 

もう、客観的に見れば完全に狂ってる。

 

でもいい。

 

アリシアが俺の前で歩いてる。

 

それだけで、胸がいっぱいになる。

 

「これなら、外に出せる」

 

♢   ♢   ♢

 

外套は兵舎の物置から拝借した。

 

誰も使ってない古いやつ。誰も気付かない。陰キャはこういう時、便利だ。

 

ぶ厚い布地で、フード付き。

 

これで全身を隠せる。

 

「着せるぞ」

 

アリシアに外套をかける。

 

まず腕を通して。

 

前を留めて。

 

フードを被せる。

 

金髪は、全部中にしまった。

 

「……これなら」

 

誰が見ても、顔はわからない。

 

「歩け」

 

術式を起動する。

 

アリシアが立ち上がる。

 

外套の下で、一歩、また一歩。

 

ちゃんと歩けてる。

 

外から見たら、絶対にわからない。

 

わかるはずがない。

 

だって、歩いてるんだから。

 

「行くぞ」

 

俺はドアを開けた。

 

兵舎の廊下。

 

誰もいない。

 

いつものことだ。端っこの部屋だし、この時間はみんな訓練か酒場。

 

俺は先に立って、アリシアを歩かせる。

 

彼女は俺の後ろを、ぺたぺた、静かについてくる。

 

廊下の角を曲がる。

 

誰もいない。

 

また角。

 

誰もいない。

 

正門の手前。

 

衛兵が一人、立ってた。

 

「……っ」

 

心臓が縮む。

 

でも衛兵は俺の顔を見て、すぐに興味を失った顔をした。

 

「クロードか。なんだ、出かけるのか」

 

「ああ」

 

「後ろの奴は?」

 

「あー……知り合いだ」

 

俺の後ろで、アリシアはぴたりと止まっている。

 

フードを深く被って。

 

顔は、まったく見えない。

 

「ふうん」

 

衛兵はそれだけ言って、欠伸をした。

 

俺に興味なんてない。

 

後ろの不審な外套の奴にも。

 

陰キャは、疑われない。

 

怪しまれない。

 

だって最初から、存在が薄いから。

 

「行くぞ」

 

俺はアリシアに小声で命じた。

 

彼女はまた、一歩、歩き出す。

 

正門を抜けた。

 

外の光が眩しい。

 

風が吹いて、アリシアの外套の裾が揺れた。

 

誰も、追ってこない。

 

♢   ♢   ♢

 

俺は軍務課に向かった。

 

休暇届を出す。

 

旅に出るには、必要な手続きだ。

 

「二週間の休暇を申請します」

 

カウンターの向こうで、事務官が書類をめくる。

 

俺の顔は見ない。

 

「理由は?」

 

「個人的な旅行です」

 

「ふうん」

 

事務官は判を押した。

 

あっけない。

 

「どうせ魔法の研究とかだろ。クロード、お前そういうのだし」

 

「……まあ」

 

「はいよ、受理。二週間な。延長すんなよ」

 

「わかった」

 

俺は書類を受け取った。

 

後ろで、アリシアが立ってる。

 

ぴたりと。

 

動かない。

 

事務官は一度も、彼女を見なかった。

 

♢   ♢   ♢

 

街に出る。

 

市場の賑わい。

 

果物売りの声。

 

鍛冶屋の槌音。

 

子供の笑い声。

 

全部、俺には関係ない。

 

アリシアだけが、俺の世界の全部だ。

 

「こっちだ」

 

路地に入る。

 

人目を避けて北門へ。

 

北の山脈には屍の塔がある。

 

そこに行けば、もっと深い死霊術の知識が手に入る。

 

アリシアを、もっと人間らしく動かせるようになる。

 

「なあ、アリシア」

 

俺は歩きながら、彼女に話しかける。

 

「お前、今どんな気分?」

 

返事はない。

 

わかってる。

 

でも。

 

「俺はな」

 

路地の影で、俺は立ち止まった。

 

振り返って、彼女のフードに手をかける。

 

少しだけ、めくる。

 

白い頬。

 

閉じた目。

 

変わらない顔。

 

「俺はすごく楽しい」

 

口元が歪んだ。

 

笑えてるのか泣いてるのか、自分でもわからない。

 

「お前が隣にいる。それだけで、楽しい。死んでるのに。動いてるだけなのに。それでも」

 

右手を伸ばして、冷たい頬を撫でる。

 

「俺、多分、今一番幸せだわ」

 

生前は、言えなかった。

 

隣に立つ勇気すらなかった。

 

でも今は。

 

「行こう」

 

フードを戻す。

 

また歩き出す。

 

北門が見えてきた。

 

門の向こうには、街道。

 

その先には、山脈。

 

屍の塔。

 

「待ってろよ、アリシア」

 

俺は呟く。

 

「お前が笑えるようになるまで、俺、諦めないから」

 

彼女は何も言わない。

 

でも、俺の隣を歩いてる。

 

それで十分だ。

 

♢   ♢   ♢

 

北門の衛兵は、俺たちをちらっと見ただけだった。

 

「旅人か?」

 

「ああ」

 

「北の方は最近、魔物が出るらしいぞ。気をつけろよ」

 

門を抜ける。街道に出た。

 

後ろを振り返る。

 

帝国の街が、小さく見える。

 

ここから先は、もう。

 

俺とアリシアだけの旅だ。

 

俺が一歩踏み出す。

 

アリシアも一歩踏み出す。

 

ぺた。

 

ぺた。

 

二つの足音が、重なった。

 

空は曇ってる。

 

風が冷たい。

 

でも俺は、あたたかい気持ちだった。

 

だって、もう一人じゃない。

 

彼女がいる。

 

俺だけのアリシアが。

 

「次にお前が目を開けた時は」

 

俺は街道を北へ歩きながら、言った。

 

「ちゃんと名前を呼んでくれよな」

 

「クロードって」

 

「……それだけでいいから」

 

返事はない。

 

でも、俺には聞こえた。

 

気のせいだ。

 

絶対、気のせいだ。

 

それでも。

 

「……はは」

 

俺は笑いながら、歩き続けた。

 

隣には、俺のすべて。

 

屍の塔まで……歩こう。

 

その果てにあるものが破滅だとしても

 

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