さよならコブラツイスト 〜美墨なぎさと弟・亮太〜 作:黒沼むつみ
候補を絞り込むのは意外と簡単だった。
あとは通えばいい。
部活帰りに自転車を飛ばして店をいくつか回り、遠くから眺める。
・・・今日も見つからない。
こんなこと非効率的だ。
直接なぎさに聞けばあっさり教えてくれるかもしれない。
でも、教えてくれなかったら?
「もしも」の想像が、じりじりとぼくを
けれどあっさりその日は訪れた。
金曜日の夜。
駅ビルの一階、大通りに面したテナントに、
三角巾をつけたなぎさがガラス張りの空間に立っていた。
桜吹雪みたいに
手首を返すと一斉にたこ焼きが向きを変え、
焼き上がった端から次々と箱に整列していく。
まるで
出撃を待つ、積み上がっていくパックたち。
なぎさの統率する世界。
・・・かっこいい。
こんなことができるなんて知らなかった。
赤い前掛けがまぶしい。
あれがぼくのお姉ちゃんなんだぞ─そう叫びだしたいのをこらえる。
友達の家に泊まるから、と親に携帯で連絡を入れた。
むっちゃんに口裏を合わせてもらったし、実際に泊まりに行くなら嘘じゃない。
なぎさに会ってから行くだけだ。
突然。心臓が氷水に浸かるような感覚。
なぎさの後ろに、同じ制服のあいつがいた。
背の高い、短髪の、日に焼けたあいつ。
──同じバイト先。
なぎさの統率するパックの群れがあいつの手によってレジで次々さばかれていく。
共同作業。息のあったコンビ。完璧なユニゾン。
そんな単語が頭をかすめる。
真っ黒な気持ちが足元から染み出していく。
何かを話している。
なぎさが笑う。
どうしよう。一緒に帰ったりしたらどうしたらいいんだろう。
最悪の予想が首をもたげ足元にからみつく。
深海に引きずり込まれる。
ひざが笑いだす。
でも、今見つかったらまずい。
近くのファーストフードに飛び込んだ。
窓際の席からなぎさが働いてるのが見える。
暖かいはずなのに、ホットココアをすすっても歯の根が合わない。
あいつを視界に入れないようになぎさだけを見つめる。
ぼくだけに効く
こんなのは嫌だと祈ったからか、なぎさが引っ込んだ。
・・・出てこない。
結構な時間が経った気がする。
やる気のない店員の礼を背に受けながらファーストフードを飛び出す。
たこ焼き屋のレジにはいない。
ガラス張りの中にもいない。
見失った。
・・・あいつも見つからない。
店員に聞くしかないのかそれともまた別の日に出直すか
迷い始めたその時、目に入った。
見覚えのあるベローネ学院の制服。
なぎさが歩いている。
鼻歌なんか歌いながら駅の方へ歩いていく。
振り向きもしない。
チャンスだ。
ついていけばいい。
家がわかればいつでも会いに行ける。
でも。
なぎさが離れていく
軽トラで去っていった背中。
駅で見かけた背中。
なぎさ
なんでそんな楽しそうなんだよ
なんでぼくから離れていくんだよ
こっち向いてよ
なぎさ
振り向きもしない。
「なぎさ!!」
届かない。
駅へ向かう繁華街は騒がしくて
簡単にかき消される。
駆け寄る。
あの背中に。
「なぎさ!!!」
「うわ亮太じゃん。びっくりした。
大きな声出さないでよ。部活帰り?」
久しぶりなのに、ついこないだ会ったみたいなテンション。
背が高くなった気がする。
・・・胸も大きくなった気がする。
それからいい匂い・・・いや、ソースとマヨネーズの匂い。
ぶら下げたパックのたこ焼き。
ずっと会いたかったという言葉を飲み込む。
なんて言ったらいいんだろう。
あいつは誰いやそういうことが聞きたいんじゃなくていまどこに住んでるかわかればそれならついていけばよかったのにしゃべることを決めとけばよかった
「どしたの?」
首を傾げるなぎさが。
こんなにすごかったっけ。
まつ毛の向こう、こぼれ落ちそうに輝く瞳。
お腹の底が熱くなる。バラ色の唇。
お姉ちゃん。
「亮太?」
「ぼくと結婚してよ!」
暴発だった。
ダメだ。
なんで言ってしまったかわからない。
もうおしまいだ。こんなところで。
血が昇る。顔が熱い。
視界がぐにゃぐにゃする。
なぎさは半開きの口のまま固まっていた。
「その・・・いいじゃん、ねえ、なぎさ!」
「ちょっと落ち着いて、何言ってるのあんた」
「だ、だってなぎさが行っちゃうから その・・・」
「いや今帰るとこだし」
「ずっといっしょにいてよ!!」
自分の裏返った声が、やけにはっきり聞こえた。
周囲がザワつきだす。
ねえ何あれ
「亮太!ちょっと!」
首根っこをつかまれて引っ張られた。
ひとたまりもなかった。