※この作品はR-18です。

陸仁王物語   作:fire-cat

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第3話 ものや思うと

 寛代子が雨の中へ飛び出し雅忠と山に慣れた家従達が、彼女の後を追いかけた後、激しい嵐の中、避難小屋に残されたのは陸仁と誓子、陸仁の身辺を守る数名の護衛のみとなった。

 

「殿下。我々は入り口に控えております。何かございましたら直ちにお呼びください。六条殿、殿下をお頼みします」

 

 そう言い残し護衛たちが壁向こうの入り口を固める中、薪ストーブの火だけが、パチパチと二人の輪郭を浮かび上がらせていた。

 

「若宮様、お召し替えを。このままではお風邪を召してしまいます」

「そういう其方も震えているではないか」

 

 陸仁が羽織っていた上着を脱ぎ、誓子の肩に掛けた。

 

「これは……?」

「其方に風邪をひかせては、私が家令と雅忠に殺されてしまうからな。……お、これならよいな」

 

 陸仁は自らの着替えを手にすると、室内を振り返った。

 

「そこの隅で着替える。幸い私の体に合う物があった。乾くまではこれでいよう」

「お召し替えのお手伝いを……」

「こらこら。妙齢の娘がそのようなことを言い出すな。私が本気にしたらどうする気だ」

「そ、それは」

 

 顔を赤らめ返事に困る誓子に、

 

「そこまでいうなら手伝って貰おうか」

 

 と、隅に移動した陸仁が自身のシャツに手をかけた。

 同時に、誓子が慌てて身体を反対に向けた。

 

「お、お許しを」

「そら。やはり其方には無理であろう」

 

 笑いながら着替える陸仁。

 

(まだまだ愛らしいものよ。あの様子では身内の他に親しい男はおるまい。……さて誓子にも合う服があればよいが)

 

 着替えを終えた陸仁が、誓子に手頃な大きさの上下を探し始めた。

 

(ああ、これなら良いな。少し大きいだろうが小さいよりはましだ)

 

 物置の隅に埋もれていた一着を見つけると、鼻を近づけ臭いが酷くないか確認する陸仁。

 

(問題ないな。これなら良かろう)

 

「やれやれ。やはり濡れたままの服では冷えるな。其方も着替えたらどうだ。そこで見つけた服だ。誰が着たかはわからぬが臭いはない。服が乾くまで少しの間我慢しろ。この大きさなら十分だろう」

 

 濡れた身体を震わせている誓子に、陸仁は自らの懐から取り出した仕立ての良いハンカチを差し出し、声をかけた。

 

「はい。ですが……」

 

 視界を遮るものが無い部屋を見回し、誓子が躊躇いがちな声を上げた。

 

「ああ、そうだな。其方は未婚の女性だ。私の様に其処らで着替えて肌を見せる訳にはいかぬな」

「はい……」

 

 顔を赤らめ、恥ずかしげな声を上げる誓子。受け取ったハンカチで首筋や顔の水滴を手早く拭うと、名残惜しそうにそのハンカチを陸仁に手渡した。

 

「ならば……。おお、そこの物置で着替えればよいではないか。少々手狭だがそこの荷物を出せば幾分かは広くなろう。出した箱は目隠し代わりの壁にしてしまおう。他の荷物は上に積み上げてしまえ」

 

 陸仁は護衛を呼び、ともに素早く物置の雑多な荷物を運び出すと、誓子が着替えを行える僅かな空間を作った。

 

「これで如何だ」

 

 護衛と共に重い木箱や荷物を動かした陸仁は、わずかに上気した己の額の汗を拭うため、誓子から受け取ったばかりのハンカチで無造作に顔や手を拭うと、そのまま無造作に懐のポケットへと滑り込ませた。

 

「……では。我らはこれで」

「ありがとうございます、若宮様、皆様」

「早く着替えろ。私も離れる。其方の服は人目につかぬように干すのだぞ」

 

 護衛が一礼して立ち去るのを見届け、陸仁は少し離れた薪ストーブの傍らへと歩みを進めた。

 薄暗い物置に入り、立て付けの悪い木扉を閉めた誓子は、小さく息を吐く。手渡された着替えは、どこかの登山者が残していった実用本位の乾いた衣服だったが、それを身に纏うだけで、じわじわと体温が戻ってくるのを感じていた。

 しかし、着替えを終えて出てきた誓子の姿を見た瞬間、陸仁の目がわずかに細められる。

 成人男性用の無骨な衣服は、158センチの誓子の体躯には十分な大きさだった。だが、あまりにも大きすぎた。

 ぶかぶかに余った襟元は、濡れて肌に張り付いた黒髪とともに、かえって彼女の白く華奢な鎖骨を露わに引き立てている。

 なにより、厚手の生地越しでも隠しきれない、間も無く十八歳を迎える瑞々しい肉体の輪郭──引き締まった細いウエストと、そこから豊かに張り出す胸元の膨らみが、男物の無機質な衣服の歪みとなって生々しく浮かび上がっていた。

 普段の端正な「宮家の女官」としての装いからは想像もつかない、無防備で扇情的な姿がそこにあった。

 

「……若宮様?」

 

 陸仁の視線に気づき、誓子は本能的な危うさを察知して一歩後退りする。だが、そこは彼女が先ほど着替えに入った狭い物置だった。

 背中が、冷たい板壁と──陸仁が先ほど親切心から並べた、重い木箱の壁に当たって止まる。

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 ガタ、と鈍い音が響いた。

 

 その瞬間、正面に立つ陸仁の双眸に、電撃のような戦慄が走るのを誓子は見た。

 雑多な荷物を退かして少しでも広く、そして安心して着替えられるようにと作ってくれた、あの優しい目隠しの壁。それが今や、己の退路をミリ単位で塞ぐ「檻」へと変貌してしまったことに、目の前の若き主君もまた、同時に気づいたのだ。

 彼が自らの手で完成させてしまった、逃げ場のない完璧な密室。

 主君としての合理的な配慮が、最悪の形で男の欲望のお膳立てになってしまった──それを悟った陸仁の漆黒の瞳から、一瞬にして「若宮」としての怜悧な光が消え失せる。代わりにギラリと剥き出しになった、飢えた男の熱い影が、誓子の視界を完全に覆い尽くした。

 

「誓子。やはり、まだ震えている」

「いえ、これは……寒さのせいでございます」

 

 嘘だった。彼女を震わせているのは、寒さではなく、すぐ目の前にある陸仁の熱い呼気と、その漆黒の瞳に宿る、隠そうともしない情熱だった。

 陸仁は黙って、小屋の隅に畳まれていた分厚い毛布を取り上げると、それを誓子の頭からそっと被せた。それはまるですべての身分や、彼女が頑なに守ろうとする「礼儀」という名の鎧を、力ずくで覆い隠してしまうかのような挙動だった。

 その瞬間、彼の指先が、毛布越しに誓子の肩のラインに触れる。衣服の下の彼女の確かな温もりと、震える呼吸の音が、陸仁の理性を激しく揺さぶった。

 二人の間に、言葉にならない重苦しい、そして濃密な沈黙が流れる。外の雨音だけが、二人の境界線を狂わせるように鳴り響いていた。

 

 ──ガタ、と立て付けの悪い木扉が、陸仁の頑強な体躯に押されて微かに鳴った。

 

「若宮、様……っ」

 

 頭から毛布を被せられ、視界を奪われた暗闇の中で、誓子は引き絞るような声を漏らした。

 誓子のその怯えた声に、陸仁がハッとした様子で頭を強く振った。

 

(……今、私はこの狭い檻の奥で、彼女に何をしようとしていた?)

 

「すまない。些か錯乱していたようだ」

 

 陸仁がそう言って一歩身を引くと、誓子は大きな毛布に包まれたまま、物置の狭い入り口でおずおずと俯いていた。その不格好なほど健気な姿に、陸仁の胸の奥の尖った熱が、じわりと切ない愛おしさに変わっていく。

 陸仁は小さく息を吐くと、毛布の上から誓子の手首を優しく掴み、物置の影からストーブの前へと彼女を促した。

 

「……まだ冷えている。こちらへ来い。これ以上、其方を震えさせるわけにはいかない」

 

 手首をつかんだときに身体を強張らせた誓子の様子を見た陸仁は、ストーブの前に誓子を座らせると、自分用に、畳まれていたもう一枚の毛布を広げ、誓子をこれ以上怯えさせない様に離れたところに腰を下ろした。

 陸仁は、しばらく黙って薪ストーブの炎を見つめていた。

 

「誓子」

 

 陸仁が、静かに誓子の名を呼んだ。

 

「先ほどはすまなかったな。其方を怯えさせてしまった」

「……どうかお気になさらずに、若宮様」

 

 誓子は俯いたまま、だが遮るもののない至近距離で、震える声を絞り出した。

 

「私は、若宮様に寄り添いたい。ずっとそう願って参りました。ですから……怯えてなど、おりません」

 

 それは、身分という鎖に縛られた彼女が、生涯で自身に一度だけ許した、命がけの我が儘のような告白だった。

 

「……若宮様は、私のことを……どのようにお思いなのでしょうか」

「……誓子が思っているのと、同じだ」

 

 誓子の肩が、小さく震えた。

 

「若宮様……私は、臣下の娘にございます」

「知っている。それでも、お前がいい」

 

 その言葉は、かつて父である慶仁が澄子に告げた「代わりなど求めていない」という言葉と、どこか同じ響きを持っていた。

 

「……若宮様。そこはお寒いでしょう? そんなに遠くにいらしては、風邪を召してしまいます」

 

 誓子は、まだ血の気が引いている端正な顔に微かな笑みを浮かべつつも、陸仁を隣に招くと、二人の肩をひとつの毛布で包み込むようにして密着させ、陸仁の冷えた身体へと微かに震えながらもその身を寄せた。

 誓子の行為は純粋な、命がけの信頼だった。

 だが、その行為に陸仁が息を呑んだ次の瞬間、誓子は自らの見通しの甘さを骨の髄まで思い知ることになる。

 陸仁自身が気が付いたときは、ぶかぶかの男物を纏った彼女の華奢な肩を、強く引き寄せていた。

 狭い毛布の内で、二人の肌の温もりがダイレクトに混ざり合う。

 陸仁に強く引かれた衝撃で、誓子の座った姿勢がわずかに崩れていた。陸仁はその瞬間、溢れる衝動を抑えきれぬまま、毛布ごと彼女の身体をすんなりと腕の中に抱え上げ直した。

 

「……若宮様」

「黙っていろ」

 

 不意に視界が浮き上がり、誓子が小さく息を呑む。陸仁はそのまま立ち上がり、愛おしい重みをきつく抱きしめたまま、数歩で背後の物置の入り口──あの完全な暗がりへと踏み込んだのだ。

 

 ガタ、と二人の背中が並べた木箱に当たり、鈍い音を立てる。

 

 ストーブの淡い光すら届かない、完全な闇。自らが作った目隠しの「檻」の最奥へ彼女を降ろした瞬間、陸仁の大きな手が有無を言わさず誓子の顎をすくい上げた。重なる熱い唇が容赦なく彼女の甘い呼気を奪い去り、誓子の頭の中は一瞬で真っ白に弾け飛んだ。

 確かに「誓子が思っているのと同じだ」と言ってくれた。両想いになれたのだと、青ざめながらも幸福に震えていた。だが、二十一歳の健康な男の「同じ」が、これほどまでに獰猛で、熱く、理性を狂わせるほどの欲望を孕んでいるとは、十八歳に満たない世間知らずな女官である彼女には想像もつかなかったのだ。

 陸仁の大きな手が、毛布の内で誓子のウエストの細い曲線へと滑り落ち、引き締まった腰をさらに自分の方へと強く、強く密着させる。

 

「細いな。いくつなのだ」

 

 不意の問いかけに、誓子は一瞬、陸仁が何を尋ねているのか分からず、驚きに目を見開いた。衣服の上からでも容易に掴めてしまいそうな己の身体の細さに、若き主君が純粋な疑問を抱いているのだと気づいた瞬間、猛烈な羞恥が襲う。

 

「……じゅう、なな、にございます……。この冬で、十八に……」

「ふっ。ごまかすな。いつから同じ時を過ごしておると思っておる。そなたのおしめすら替えたことがあるのだぞ。年齢や誕生日など昔から知っておるわ。年齢を訊いているのではない」

 

 陸仁は低く掠れた声で遮ると、抱きしめる手のひらにさらに力を込める。

 

「……この腰の細さはいくつかと聞いておるのだ」

 

 重ねて耳元で囁かれたあまりにも即物的な問いに、誓子はカッと頭に血が上るのを感じた。

 女官としての衣服に隠された己の具体的な肉体の数値を、まさか殿下の口から、このような密室で問い質されるなど夢にも思わなかったのだ。

 陸仁の大きな手のひらが、衣服の厚い生地をものともせず、彼女の衣服をくっきりと凹ませるほどの強さで、57センチの細いウエストの曲線をなぞり、確かめるようにきつく抱きすくめる。

 

「……ご、ごじゅう、なな……にございます……っ」

 

 これ以上触れられたくない一心で、誓子は涙目で蚊の鳴くような声で数値を白状した

 陸仁はそのあまりにも華奢な数字に、驚いたように一瞬だけ手の動きを止め、それから掌の内でその引き締まった肉の薄さをじっくりと確かめるように、さらに深く指先を食い込ませた。

 

「私は女子のことはよく知らぬが、皆それ程細いのか?」

 

 問いかける陸仁に誓子の顔が赤く染まる。

 

「……他の方のことなど、私に分かるはずがございません……」

 

 誓子は、陸仁の胸に顔を埋めるようにして、蚊の鳴くような声を絞り出した。衣服越しに伝わる彼の骨太な体躯の熱さに、眩暈がしそうだった。

 

「ただ……若宮様にそのように強く触れられますと、本当に、壊れてしまいそうでございます……」

 

 その初々しくも、己のすべてを委ねるような言葉は、陸仁の胸の奥にある独占欲をさらに激しく煽った。しかし同時に、彼女が口にした「壊れてしまいそう」という掠れた響きが、彼の暴走しかけた理性を辛うじて踏みとどまらせる。

 

「壊しはせぬ。だが……これ以上、私を試すような真似はするな」

 

 陸仁は低く掠れた声で囁くと、誓子の細い腰を抱きしめる腕の力を、愛おしさを込めて少しだけ緩めた。それでも、彼女を完全に手放すことはせず、その額や目元、そしてまだ熱を持ったままの唇に、今度は慈しむような優しい口づけを何度も落とした。

 壁向こうとは言え、すぐ数メートル先には護衛たちがいる。声を漏らして、気づかせるわけにはいかない──その極限の背徳感が、二人の境界線を狂わせるように鳴り響いていた。

 誓子は恥ずかしさと、生まれて初めて触れる男の熱の強さに泣きそうになりながら、声を殺すために陸仁の逞しい肩口に深く顔を埋め、その首筋に縋るようにきつく歯を立て、彼のシャツを指が白くなるほどに強く掴みしめるしかなかった。

 肩口に走った鋭い痛みが、陸仁の脳裏で危うく均衡を保っていた理性の鎖を決定的に叩き切った。

 

「……っ、誓子」

 

 低く、掠れた男の唸りが暗がりに落ちる。一線を越えてはならないという主君としての誇りが、彼女をこれ以上壊すことを禁じている。ならばせめて、この女の肉体の、誰の目にも触れぬ最深部に、自分が紛れもない最初の男であるという証拠を刻みつけたかった。

 陸仁は男物の上着の襟元を強引に割り開くと、露わになった彼女の白く華奢な鎖骨から、さらにその奥、薄いキャミソールの布地越しに双丘が肉を押し上げる極限の境界線へと、荒々しく唇を押し当てた。

 ──あ、と思わず声を上げそうになり、誓子は愕然とした。

 声を殺すために必死に噛みついていた彼の逞しい肩口が、衣服を割り開く陸仁の動きによって、物理的に遠ざかってしまったのだ。唯一の「防音壁」を失った彼女の素肌に、男の容赦ない熱い呼吸が直接吹き付けられる。

 声を殺して震える誓子の、剥き出しの細い首筋から、肌着の薄い布地越しに触れる驚くほど柔らかく熱い胸元、そして腹部の曲線にいたるまで、貪るように何度も熱い口づけが落とされ、激しく吸い上げられていく。

 それだけでは、二十一歳の男の、理性を狂わせるほどの渇きは到底収まらなかった。陸仁の大きな手が、誓子が穿く男物のズボンの合わせ目を容赦なく割り、その下にある、彼女が頑なに守っていた境界線の内側へと滑り込む。

 肉が最も柔らかく熟れた太腿の付け根の白皙の素肌に、貪るように何度も熱い口づけが落とされ、激しく吸い上げられていく。

 

「う……あ……っ」

 

 思わず漏れ出た己の艶っぽい声に、誓子は驚愕して両手で口を覆った。しかし、その行為すらも陸仁にとっては無防備な誘惑に過ぎなかった。

 

「……声を殺せ。護衛に聞こえるぞ。それとも、見られたいのか?」

「ひ……っ、そのような、意地悪を……っ」

「意地悪ではない。お前があまりにも、男を狂わせる身体をしているのが悪い」

 

 陸仁の指先が、男物のズボンの隙間から、さらに奥の秘められた曲線へと深く分け入る。

 その豊かな肉付きの、手のひらから溢れんばかりの存在感に、彼は小さく息を呑んだ。

 

「腰は驚くほど細いというのに……ここは、随分と肉がついておるな。誓子、お前は普段、制服の下にどれほどの不埒な肢体を隠しているのだ」

「若宮様……! お、お戯れを……っ、そのようなこと、お答えできません……っ」

「答えよ。聞かねば、手が止まらぬぞ。……いくつだ」

 

 耳元で囁かれる低く掠れた命令に、誓子は羞恥の限界を迎え、涙を浮かべながら顔を背けた。だが、腰を穿つ手のひらの容赦ない愛撫が、彼女の頑なな唇を割らせる。

 

「……は、ちじゅう……ろく、で、ございます……っ。お放し、ください……」

「八十六、か。なるほど、この手に余るわけだ」

 

 陸仁は低く愉しげに応じると、男物のズボンの隙間から覗くその豊潤で肉厚な臀部の弾力を大きな掌でひとしきり乱暴に揉みしだき、己の強欲な痕跡を刻みつけるように深く愛撫した。

 しかし、彼の渇きはそれだけでは到底収まらない。腰の細さと、そこから爆発的に広がる肉付きの対比に完全に理性を狂わされた陸仁は、次なる獲物を求めるように、その大きな手を這い上がらせた。

 ズボンの合わせ目から引き抜かれた男の熱い手が、今度はぶかぶかの男物シャツの胸元へと潜り込み、衣服越しでも隠しきれなかった、もう一つの柔らかな実りへと有無を言わさず押し当てられる。

 

「う、……あ、っ……!」

 

 容赦なく掌の内で押し潰される圧倒的な質量と、その頂点の尖り。下半身から上半身へと一瞬で移った苛烈な刺激に、誓子は背中を壁に打ち付け、驚愕の声を漏らした。

 せめてその手から逃れようと身をよじるが、陸仁はさらに深く指先を食い込ませ、手のひらから溢れんばかりの重みをこれでもかと愛撫し、彼女の思考を完全に奪い去っていく。

 

「この見事なふくらみはいくつだ」

「……っ、いや、もう……っ」

 

 涙を浮かべて首を振る誓子だったが、頂点を弄る陸仁の指先が、容赦のない熱を伴ってぐっと深く圧迫を加えた。脳髄を直接灼かれるような快感の波に、頑なだったはずの唇が、なかば強制的に割らされてしまう。

 

「こ・の・見事なふくらみはいくつだ」

「……は、はちじゅう……ご、で、ございます」

 

 陸仁の瞳にさらに深い熱が灯る。彼は誓子を壁に押し当てたまま、これ以上は誤魔化しが利かないところまで彼女を暴くべく、その大きな手で少しずつ、だが確実に衣服を剥ぎ取り始めた。

 陸仁の手が、誓子の男物の衣服の襟元へと伸びる。その手指は驚くほど冷静に、しかし有無を言わさぬ確実さで、一番上のボタンから順に、一つずつ、ゆっくりと外していった。

 陸仁の指先は、細心の注意を払っていた。彼女を愛おしむあまり、その繊細な肌を傷つけぬよう、また、彼女が「宮家の女官」として頑なに守ってきた最後の理性を、優しく、しかし残酷に融かすように。

 パチン、と小さな衣服の爆ぜる音が暗闇に響くたびに、誓子の肌に冷たい夜気が触れた。

 陸仁の手指が、誓子の胸元を覆うベージュのキャミソールの滑らかな布地を捉えた。

 襟元から覗かぬよう深くV字に開かれたそれは、淑女の慎み深い嗜みを示す上品なレースがあしらわれた実用的な品であった。陸仁はその布地に指をかけると、有無を言わさぬ手つきで、細い肩ひもを片方ずつ腕の外側へと滑り落とし、滑らかな肌着のすべてをその白皙の肌から滑り下げていく。男の容赦のない指先に抗う術もなく、彼女の慎みが剥ぎ取られていく。

 

「若宮、様……見ないで。お願い、いたします……っ!」

 

 無骨な男物の衣服と、実用的なベージュの肌着。その外層を退けた奥から現れたのは、カップの上辺やアンダーバストに繊細な花をあしらったケミカルレースでその美しい輪郭を気高く縁取った純白のブラジャーだった。

 抜けるように白い肌の上に、くっきりと立体的な白い花の彫刻を浮かび上がらせ、背中の開いたドレスや薄手のトップスを美しく着こなすための、華族の娘らしい至高の美意識が詰まったその純白は、しかしこの逃げ場のない暗闇の中では、かえって陸仁の征服欲を狂わせるだけの歪な果実でしかなかった。

 陸仁はその布地の中心に、冷たい指を触れた。

 指先が捉えたのは、生真面目な彼女の衣服の奥に隠されていた、白いブラジャーの──左右のカップを正面で繋ぐ、中央の小さな留め具だった。

 陸仁の強い指先は、暗闇の中で寸分の迷いもなくその中心を捉え、パチン、と冷酷な音を響かせて、彼女の最後の施錠を正面から無慈悲に弾き開けた。

 前面の施錠を外された布地は、有無を言わさぬ力で左右へと一気に割り開かれ、木漏れ日の下で焦がれ続けた白皙の双丘と桜桃が、何一つ遮るもののない無防備さで暗闇の中に完全解放された。

 ひやりとした夜気が、初めて男の目に晒された最も敏感なふくらみの頂点を打つ。

 

「若宮様、もう……もうおやめください……私、恥ずかしゅうて、死んでしまいます……っ」

 

 誓子の泣き顔を無視するかのように陸仁はそして唯一残されていた最後まで彼女の最奥を護る薄い布地へと指をかけ見せつけるようにゆっくりと、しかし決してその生地を損なわぬよう剥いでいった

 すべてを露わにされた己の姿に、誓子は羞恥の極限に達し、顔を両手で覆って激しくすすり泣いた。ストーブの微かな光が、物置の隙間から彼女の完璧なまでの曲線──引き締まった57センチの腰から、豊潤に丸みを帯びた85センチの臀部へと続く、芸術的な輪郭を闇の中に浮かび上がらせる。

 陸仁の理性の鎖は消滅しかけていた。

 彼はひざまずくようにして、その最も肉厚で、白く熟れた臀部へと顔を寄せた。

 

「お前が死ぬことは許さぬ。私の腕の中で、私のものとして生きろ」

 

 言い落とすと同時に、陸仁はその豊かな臀部の柔肌に、容赦なく自身の唇を押し当てた。

 乾燥中の衣服に翌朝着替えれば誰の目にも留まらない、だが紛れもなく彼女の最も官能的な聖域を、飢えた獣のように何度も、深く、痣になるほどの強さで口づけられ、誓子の口から甘く切ない、耐えきれない悲鳴のような息が漏れた。

 

(だめ、誰かに聞こえてしまう──!)

 

 パニックに陥った誓子は、せめて自分の手で口を覆おうとした。しかし、その逃げ出そうと身をよじる彼女の細い手首を、陸仁の大きな五指が容赦なく掴み、頭上の板壁へとみしりと軋むほどの力で縫い止めた。翌朝、赤紫の痣となって残るであろうことが容易に想像できるほどの、苛烈な独占欲の現れだった。

 手首をしっかりと固定され、物理的な防音の手段をすべて奪われた誓子は、完全に狂おしい拷問の中に突き落とされていた。最も声が出てしまいそうな場所を容赦なく攻め立てられながら、自らの意思で声を殺し続けなければならない。

 誓子は涙目で陸仁のぶ厚い胸板に顎を引いて必死に顔を押し付け、それでも漏れ出しそうになる吐息を堰き止めるために、自身の柔らかい下唇をちぎれんばかりにぎゅっと噛みしめようとした。

 その行為に気づいた瞬間、重ねられた陸仁の唇によって喉の奥へと押し戻された。陸仁は誓子の片手首を解放し、己の片手で彼女の涙に濡れた頬を包み込むとそのまま彼女の額に己の額をぴったりと押し付けた。

 

「すまない、私が悪かった……。だからもう自分を傷つけるな。声を出すのが怖いなら、俺を噛め。いくらでも俺にぶつければいい……」

 

 耳元で囁かれる、掠れた、だがどこまでも優しい若宮の懇願。

 その言葉に、誓子は溢れそうになる涙とともに、ようやく力を抜いた。

 陸仁は再び、彼女の手首を縛っていた五指の力をそっと緩めた。

 自由になった誓子の白い両腕は、もはや彼を拒むためではなく、溢れる涙を隠すように彼の逞しい首筋へと回され、しがみつく。

 どれほど深く熱い吐息を重ねられても、衣服の内側でどれほど狂おしく肌の最奥を侵されようとも、誓子はもう、この男を拒むことなどできなかった。これほどまでに獰猛な欲望を向けられながら、その根底にあるのが、自分を傷つけまいとする破滅的なまでの優しさだと知ってしまったから。

 ともすれば誓子のすべてをこのまま貪り尽くしそうになる本能の衝動を、陸仁はそれらの「目立たぬ場所への痕跡」を刻みつけることでどうにか外へと排出し、辛うじて残った主君としての誇りで、暴れ狂う自らの肉体を縛り付けた。

 肌着も下着も取り払われ、完全に露わになった彼女の清らかな最奥。あと一歩でも衝動に身を任せて進んでしまえば、すべてが終わる。人間としての、そして皇族としてのすべての誇りを失い、彼女の純潔をここで泥に塗れさせ、その命がけの信頼を汚すことになる──。

 この一線だけは、何があっても越えてはならない。その最後の矜持だけを頼りに、陸仁は瀕死の理性を振り絞り、血を吐くような思いで己の本能の首輪を締め上げ続けていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 陸仁の情熱が理性を保ちつつも荒れ狂っている頃。

 

 ──小屋の入り口近く。

 吹き付ける風雨を遮るため、重い木扉を内側から支えながら、数名の護衛たちが低い声で言葉を交わしていた。外は未だ激しい嵐が猛威を振るい、視界を奪っている。

 

「……おい。随分と静かだが、殿下はどちらにいらっしゃる」

「さっき荷物を引き出した奥の物置の方じゃないか? 六条の嬢ちゃんに奥の着替えの場所を譲って、ご自身は手前で休まれているのだろう」

「六条の嬢ちゃんは?」

「そういえば……物置から出てきた気配がないな。中で疲れ果てて眠ってしまったか?」

「そうかもな。夜学と女官の二足の草鞋はきついだろうからな」

「中に入って様子を見るか?」

「馬鹿を言え。着替えていたり、お休みになられていたら最悪だろ。俺たちがのぞき見した犯罪者になっちまう。何より、殿下が同じ空間にいらっしゃるんだ、万が一の不調があればすぐに我々に声をかけられる。殿下がいらっしゃるから大丈夫だ」

「それもそうだな。我々は外の警戒と、女王殿下の救助を待つことに集中しよう」

 

 

 彼らは忠実に宮家の盾として入り口を固め続けた。

 その背後、ほんの数メートル先の薄暗い物置の奥で、自分たちが全幅の信頼を寄せる若宮が、飢えた獣と化していることを露ほども知らずに。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 真夜中、時針が午前一時を回った頃。一度は小康状態を保ちかけていた大自然の牙が、さらに禍々しい狂気を伴って、小屋へと襲いかかった。

 ピシャァァァン!! と、鼓膜を直接引き裂くような落雷の轟音が炸裂し、古びた小屋の床板が激しく震動する。

 

「おいっ。今のは大きかったぞ。殿下たちの様子が気になる」

「ああ。何事もなければよいが」

 

 入り口を固めていた護衛たちが色めき立ったその時、物置の薄暗がりから、着替えを終えて久しいはずの陸仁が、静かに姿を現した。

 

「殿下!」

「何事だ。あまり大声を出すな」

 

 陸仁の声はいつものように冷徹だったが、心なしか息が荒い。護衛のひとりが慌てて頭を下げた。

 

「はっ。この急な雷雨、殿下と六条様はいかがお過ごしかと……」

「誓子が嵐に怯えておってな……ようやく先程、寝付いたのだ」

「六条様が、でございますか?」

「幾ら普段は気丈とはいえ、誓子はまだ十八にもならぬ少女だぞ」

「左様でございました。六条様はこの冬で十八を迎えるのでありましたな」

「忘れておりました。この雷鳴、怯えるのも無理はありませぬな……」

 

 護衛たちが納得の表情を浮かべたその瞬間、一筋の獰猛な稲光が小屋の窓を突き抜けた。白日のごとく照らされた若宮の輪郭。その刹那、護衛の一人が陸仁の首筋に走り出た生々しい赤紫の痕跡に気づき、ヒッと息を呑んだ。

 

「──っ、殿下、その御首の痕は……!」

「やはり気が付かれたか……。ここから先は内密の話だ」

「はっ」

 

 その厳かな声調に、護衛たちの表情が一気に改まる。陸仁は自嘲気味に首筋へ指を這わせた。

 

「誓子に喰われた」

「そ、それは……まさか、男女の、まぐわい、という……?」

「そんな色気のある話ではない」

 

 陸仁は吐き捨てるように言い、呆れたように首を振ってみせた。

 

「先ほどの雷鳴で起きだして、私を母の六条夫人と間違えてな。そのまま寝ぼけて抱き着いて激しく震えるものだから、背を叩いて宥めていたのだ。そこへあの落雷だ」

「ああ……余程恐ろしかったのでございますな」

「あまりに強くしがみついて離さぬゆえ、これ以上はいかんと力づくで剥がそうとしたのだがな、却って錯乱させてしまった。その時に噛まれたのだ。今は落ち着いた様子で寝ておるが……」

「それはそれは……殿下もお優しいことで。しかし、生真面目な六条様のこと、主君への無体を気に病まれるのでは」

「だから誓子には決して言うなよ。全てはこの雷雨と寝ぼけたゆえの余興だ。……それとな。外に桶があったであろう。あれに雨水を汲んで参れ」

「かしこまりました。ですが、何故に……?」

「誓子の香が移った。このまま放っておけば雅忠に嗅ぎつけられ、何を言われるか分からん。下手をすれば我が父と家令に殺されてしまうではないか」

 

 若宮の、いかにももっともらしいボヤキに、護衛は同情を禁じ得ず苦笑した。

 

「誓子にも私の匂いがついているだろうが、そちらは私ではどうにもならん。これ以上誓子に触れるわけにもいかん。どうしたものか……」

「寛代子殿下をお頼りになられては如何でしょうか。何かいいお考えを頂けるのでは」

「そうするか」

 

 主君の身辺の潔白を微塵も疑わぬまま、護衛は外の激しい雨の中から、桶いっぱいの冷たい水を汲んできた。

 

「殿下、水をお持ちいたしました。これでよろしいでしょうか」

「おお、大儀であったな。……ん? 蚊がおるな。後で蚊よけをしておく。匂いが強くなるが心得ておくように」

「承知いたしました。では我々は引き続き入り口にて警戒いたします。何かあれば直ちに」

「うむ、ご苦労。──ああ、そうだ」

 

 引き返そうとする護衛の背に、陸仁は極めて淡々と声を掛けた。

 

「二人が戻って来たら、必ず小屋に入れる前に今の事情を説明するのだ。其方らもまぐわいと間違えかけたのだ。外にいた二人に見られれば、間違いなく誤解されようからな」

「……! はっ、確かに左様でございますね。心得ました。若宮様の名誉のためにも、我々から六条殿と寛代子殿下にはしっかりと申し伝えます」

 

 護衛の姿が壁の向こうへ完全に消えたことを確認し、陸仁は手に入れた水を物置の傍らに置くと、再び薄暗い最奥の檻へと戻った。

 

「さて、誓子」

 

 その声に、身を竦めながら大人しくしていた誓子の身体に震えが走った。

 

「こちらに参れ」

 

 動かない誓子を抱き寄せ、陸仁はみずから床に仰向けになる。

 その上に彼女を同じく仰向けに重ねるようにして組み敷いた。男が下、女が上となり、互いに天を仰ぐ『撞木反り』の体勢。

 腰の抜けた誓子は、背中から直に伝わる主君の逞しい肉体の熱と、完全に自由を奪われた背徳感に身を震わせる。陸仁は下から彼女の身体を強固に抱きすくめ、剥き出しになった白皙の鎖骨から、豊かな胸元の膨らみへと両手を滑らせ、手荒に、しかし確実な独占欲をもってその実りを蹂躙していく。

 撞木反りに誓子を抱いた陸仁が誓子の胸をまさぐりながら耳たぶを甘噛みしたその時

 

「ひ、っ……あ、あ、若宮、様……っ」

 

 誓子の口から、自分でも予期しなかったほど、甘やかに蕩けた声が漏れ出た。

 自身から漏れ出たその声の淫らさに、信じられぬ思いと羞恥を覚え、誓子は顔を林檎のように赤く染める。

 

「ほう。そなたも、ここが弱いと見える」

 

 すべてを察した陸仁の唇に酷く愉しげな笑みが浮かんだ。ここからは、もう誰の邪魔も入らない。

 陸仁は逃げようと身をよじる彼女の細い首筋を容赦なく抑えつけると、羞恥に激しく脈打つ小ぶりな耳たぶへと唇を寄せ、逃がさぬように前歯で深く、きゅうと肉を割り込むように甘噛みした。

 

「う、あ……っ!?」

 

 それは脳髄を直接灼くかのような、あまりにも鮮烈な快感の電撃だった。背後から容赦なく与えられる愛撫に、誓子の頭の中は一瞬で真っ白に弾け飛ぶ。

 だが、陸仁の強欲はそれだけでは収まらない。甘噛みの痛みに身悶えする彼女の耳の輪郭を熱い舌先でねっとりと濡らし、そのまま、無防備に晒された耳穴の奥へと、濡れた舌を深く、深く、蹂躙するように突き入れた。

 

「──ッ、は、ぁ、んく、っ……!」

 

 物理的に声を出す手段を常に奪われたわけではない。

 だからこそ誓子には恐ろしかった。

 鼓膜のすぐ傍で鳴り響く男の低い喘ぎと、脳の髄まで直接掻き回されるような淫らな水音に、誓子は最大の悲鳴を喉の奥で押し潰す。

 胸を荒々しく揉みしだかれ、耳の最奥を濡れた舌で執拗に穿たれる二重の拷問。極限の背徳感と、生まれて初めて知る強烈すぎる快楽の波が、未だ処女である誓子の身体を容赦なく狂わせていく。

 耐えかねた悲鳴がその唇から零れそうになるたび、背後から伸びた陸仁の冷たい手のひらが、彼女の口元を優しく、しかし強固に覆い塞いだ。

 唇を傷つけぬよう細心の注意を払われたその愛撫の拘束は、彼女に自身の歯で唇を噛みしめる自傷の抵抗すら許さない。

 

「ん、う……く、つ……」

 

 だが、男の執着が限界を超えた瞬間、その冷たい手のひらが不意に外される。

 ようやく息がつけると誓子が微かに口を開いたその隙を、陸仁は逃さなかった。今度は男の熱い唇そのものが、滑るように彼女の頬を這って、開かれたばかりの小さな口元を強引に吸い塞いだのだ。

 時には冷徹な手のひらで、時には狂おしい唇で。

 交互に訪れる容赦のない閉塞に、悲鳴はすべて熱い呼気となって肉の内側へと力ずくで押し戻される。ただ耳の奥で鳴り響く男の低い喘ぎと、自身の口元を塞ぐ肉の隙間から、情けないほど甘やかに蕩けた鼻息が漏れ出すばかり。

 五感のすべてを陸仁の質量で蹂躙され、下腹部から突き上げる熱い衝動に誓子は、もう抗えなかった。

 

「あ、だめ、頭が、おかしく、なっ……ぅ、あ!!」

 

 身体を弓なりに強張らせ、誓子は暗闇の中で一度目の絶頂へと強制的に叩き落とされた。ビクビクと小さく痙攣し、熱い吐息を漏らす彼女の身体を、しかし陸仁は解放しなかった。

 一度の絶頂でさらに感度が跳ね上がり、狂ったように熱を帯びた耳穴へ、二度、三度と容赦なく追撃の舌が突き入れられ、胸元を蹂躙する手のひらの圧迫が強まる。

 

「いや、もう、お許し……っ、あ、ん、あぁっ!」

 

 波が引く間もなく襲いかかる快楽の暴力に、誓子は声を殺すことすら忘れ、ただ主君の腕の中で何度も、何度も果てさせられていった。

 

 

「……っ、はあ、はあ……っ」

 

 暗闇の中、陸仁の荒い呼吸だけが響く。彼は誓子の首筋に額を押し付けたまま、強張る身体をこれ以上ないほどに震わせ、動きを完全に止めた。

 限界だった。男としての欲望は未だ狂おしいほどに彼を突き動かそうとしていたが、それ以上に、己を信じてすべてを投げ出したこの愛おしい少女を、これ以上傷つけるわけにはいかなかった。

 

「……若宮、様……?」

 

 不意に止まった熱の嵐に、誓子が涙に濡れた瞳を弱々しく開く。

 陸仁は何も言わず、ただ深く、深く、一度だけ大きなため息をついた。そして、そっと誓子を下ろし立ち上がると、震える手で、自らの手で剥ぎ取った純白のブラジャーを引き寄せた。

 そのフロントの留め具を優しく、しかし確実にパチンと留め直した。

 ひやりとした夜気に晒されていた双丘が再び包み込まれ、次いでベージュの肌着の肩ひもが、彼の大きな手によって丁寧に彼女の華奢な肩へと戻されていく。

 その手のひらは、先ほどまでの獰猛さが嘘のように、壊れ物を労るような慈しみに満ちていた。

 

「すまない……。やはり、私はどうかしていた」

 

 陸仁は低く掠れた声で呟きながら、男物の大きな衣服を彼女の身体に羽織らせ、ボタンを一つずつ、自らの理性を留めるようにしっかりと嵌めていった。ズボンの合わせ目を整え、彼女の肌が完全に隠されたのを見届けてから、ようやく陸仁は誓子の身体を大きく包み込むようにして、先ほどの分厚い毛布を上からそっと掛け直した。

 すべてを隠し終えたとき、陸仁は彼女の手首を掴んでいた自らの手を離し、その場に崩れ落ちるようにして誓子の膝元に額を突いた。

 

「……ここまでしておきながら、身勝手な男だと蔑むがいい。だが、誓子……お前をここで、引き返せぬ泥沼に引き摺り込むことだけは、どうしてもできなかった……」

 

 主君としての、そして一人の男としての、これが限界だった。

 毛布に包まれた誓子は、まだ衣服の奥に残る熱い痕跡の疼きを感じながら、自らのために本能をねじ伏せた若き主君の、乱れた黒髪をそっと両手で包み込んだ。その手のひらから伝わる温もりだけが、嵐の夜の、二人だけの確かな真実だった。

 

 

 午前二時を過ぎても外の嵐の雨音は、なおも激しく小屋の屋根を叩いている。しかし二人は、互いの肌に残された熱い痛みの余韻だけを確かな道標として、限界の境界線の手前で、静かに寄り添いながら夜明けを待った。

 昨日着ていた自分たちの登山着はすっかり乾いていた。

 ボタンは一つ残らず正確に留め直され、濡れていた誓子の髪も、手櫛できれいに梳かされている。鏡のない薄暗がりの中、互いに「いつも通り」の完璧な主従であり、女官である姿へと、一寸の乱れもなく戻し合っていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 早朝の濃い霧に覆われた避難小屋に、ようやく一行が到着した。

 真っ先に駆け寄った護衛のひとりが、雅忠の広く逞しい背に背負われ、痛む足首をかばうようにしている寛代子の姿に気づき、ハッと息を呑んだ。

 

「──寛代子殿下! 御足を痛められたのですか!?」

「ええ、大したことはないわ。少し挫いたの。それより、お兄様と誓子は?」

「はっ、お二人ともご無事で中にいらっしゃいます。……ただ」

 

 護衛は声を潜め、恐縮の極みといった面持ちで、寛代子を背負う雅忠を見上げた。

 

「六条様、大変申し上げにくい不始末がございまして……。実は若宮様から、二人が戻られたら事前に事情を説明しておくようにと厳命されておりましてな。夕べの激しい落雷の際、誓子様が激しく錯乱され、殿下をお母上である夫人と見間違えてしがみつかれたのです。殿下は暴れる誓子様を宥めようとされたのですが、その際、首元を深く噛まれたとか。仮にも主君に無体を働いたとあっては生真面目な誓子様が気に病むゆえ、他言無用にと若宮様は仰せでしたが……」

「……妹が、若宮様に、そのような不敬を……」

 

 雅忠の顔が、驚愕と困惑で強張る。あの気丈な妹がそれほど錯乱し、主君に怪我を負わせるような真似をしたという事実に衝撃を受けつつも、雅忠は主君のあまりにも寛大な配慮に、深い感謝を覚えた。

 しかし、護衛の報告はそれだけでは終わらなかった。

 

「若宮様は『外にいた二人に見られれば、衣服の乱れから要らぬ誤解を招きかねん』と、我々へ事前に説明を回すよう直々に仰せられたのです。……ああ、それと、夜明けごろから蚊が多くなりましたゆえ、小屋の中はかなり蚊よけの香を焚き染めております。匂いがきつくなっておりますが、ご承知ください」

「……心得た。伝えてくれて感謝する」

 

 雅忠は重々しく頷き、背中の寛代子の重みを捉え直しながら、小屋の重い扉を押し開けた。

 扉を開くと同時に、寛代子は緊張の面持ちで真っ先に二人に声をかけた。

 

「お兄様、誓子!」

 

 その声に、二人が木箱の陰から顔をのぞかせ、姿を現した。

 

「そこにいたのね。本当に申し訳なかったわ、私の我が儘のせいで……!」

「……いや、気にするな。其方も無事で何よりだ。と言いたいが、足をどうかしたのか?」

 

 陸仁は、いつもの精悍で冷徹な、しかしどこか物憂げな表情のまま、妹の足元へ視線を落とした。雅忠の広く逞しい背から降ろされ、痛む足首をかばうように立っている寛代子を純粋に案じる兄の目がそこにある。

 

「ええ、山道を降りているときに暗闇の中で転んで挫いてしまったの。でも、救助隊の方に固定していただいたから大丈夫よ」

 

 二人の元に近づき、頭を下げる寛代子。

 その背後で、六条雅忠の誠実そうな瞳だけが、鋭く二人を観察していた。

 護衛の言葉とは裏腹に見たところ二人の衣服に乱れもなければ、肌の露出もない。ストーブの熱で朝までにはすっかり乾いたのであろう、昨日着ていた登山着をそれぞれ端正に着こなしている。見た目も、立ち振る舞いも、何一つとしておかしなところはない。

 だが、雅忠の目は誤魔化せなかった。

 二人が寛代子の呼び声に応じて出てきたのは、あの物置の奥の、木箱に囲まれた狭い空間からだった。すでに衣服も乾き、嵐も去った朝の光の中でなお、あえてあの身を寄せ合うような檻の暗がりに留まり続けていたという事実──それだけで、昨夜二人の間に張り詰められていた境界線が、いかに危うく融解しかけていたかを物語るには十分だった。

 いつもなら不遜なほど堂々としている若宮が、雅忠と目が合った瞬間に、ほんの一瞬だけ神妙に視線を逸らし、それから──一人の女性を守り、生涯を共にする覚悟を決めた男の、微塵も退かない瞳でこちらを見据え直した。自らの意志で妹の手を強く握りしめた者の佇まいがそこにあった。

 雅忠は何も言わず、物置の傍ら、ストーブのすぐ近くに干されていた陸仁の上着へと歩み寄った。一晩中火の側にあったその上着には、爆ぜた薪の黒い煤が薄く付着している。

 

「若宮。上着に煤が」

 

 雅忠がその煤を払った。

 その上着を手に取り、陸仁の肩に掛け直す体(てい)で近づいた、その瞬間──雅忠の動きが、凍りついた。

 陸仁がいつも通り不遜に顎を引いた際、襟元からわずかに覗いた首筋の根元に、小ぶりな、だがはっきりと赤紫に充血した「歯痕」が、生々しく浮かび上がっていた。

 

(……やはり、護衛の言った通りか。だが──)

 

 声を漏らさぬよう、何かに必死に耐えるために、誰かがそこに強く噛みついたとしか思えない、言い逃れの出来ない決定的な痕跡。それが「恐怖による錯乱」などという可愛いものではないことくらい、昨夜同じようにして愛する女の理性を狂わせ、その肌に自身の痕を刻みつけた雅忠には、一目で看破できた。

 雅忠の顔から、一瞬にして血の気が引く。幼馴染として、あるいは未来の主君として誰よりも信頼している若宮への敬意と、生真面目な妹を案じる兄としての強烈な感情が、その胸の中で激しく火花を散らした。雅忠は震える指先を隠すように手早く煤を払うと、あえて周囲の護衛たちには聞こえぬような低い声で、陸仁の耳元へ言葉を落とした。

 

「……若宮様。麓に戻りましたら、後ほど『二人きりで』お話があります」

 

 陸仁は、その低く響いた一言の意味を即座に理解した。

 

「ああ。……分かっている」

 

 自分の首元の痕に気づかれたのだと悟った陸仁は、いつもの不遜さを綺麗に引っ込め、一人の男として、親友に対してこれ以上ないほどの「居心地の悪さ」と神妙な面持ちを浮かべるしかなかった。親友の信頼を裏切ってしまった事への申し訳なさと、それでも誓子を離さないという静かな決意が、その横顔を酷く大人びて見せる。

 雅忠はそれから、若宮の背後でおずおずと佇んでいる妹へと視線を向けた。

 誓子は兄の鋭い視線に緊張で身体を強張らせ、無意識に、衣服の袖口を少し引っ張って「手首」を隠した。

 妹のその微小な拒絶の仕草を見ただけで、雅忠にはすべてが分かった。

 そこにも生々しい痕があるのだろう。昨晩、若宮の強い指先が拘束し、刻んだであろう、言い訳の立たない痕が。

 

「誓子」

 

 雅忠は、いつもの生真面目な兄の顔に戻って、誓子の頭にぽんと手を置いた。

 

「風邪はひいていないな?」

「……はい、お兄様。私は、大丈夫です」

「母上が心配して待っているだろう。早く帰ろう」

 

 誓子はほっとしたように小さく息を吐き、手早く服の裾を払った。

 妹にはどこまでも優しく、しかし若宮には一人の男として堂々とケジメを求める──そんな雅忠の様子に一瞬だけ目を細め、陸仁は深く息をついた。

 

 一方、寛代子はその張り詰めた男たちの視線の交錯を、最も冷徹に、そして最も深く理解していた。

 二人が並んで出てきた場所、兄の妙に神妙な面持ち、あるいは誓子の赤く染まった耳たぶと、隠された手首。それらを目に留めた瞬間、寛代子の胸を突いたのは、無邪気な好奇心などでは断じてなかった。

 

(……お兄様、貴方もなのね)

 

 自身の衣服の下には、狂おしく刻まれた無数の痕跡がある。

 一線を越えたにせよ越えなかったにせよ、あの高潔でお堅い兄が、自分と全く同じように、この嵐の夜に理性を狂わせ、身分違いの臣下を強欲に貪り尽くそうとしていた。その「同類の匂い」を察知した刹那、寛代子の胸の奥で、ぞっとするほど妖艶な、暗い歓喜が燃え上がった。

 

(……まあ。お兄様もずいぶんと神妙なお顔をなさるのね)

 

 寛代子はそっと口元を隠し、誰にも気づかれぬよう、微かに微笑んだ。それは祝福というよりも、同じ深淵に足を踏み入れた兄への、酷く冷ややかで、しかし絶対的な共犯の笑みだった。二人の未来の困難をすべて見通した上で、彼女はそれ以上の無粋な追及は一切せず、くるりと救助隊の方を向いた。

 

「さあ、みなさん。お兄様方も無事でしたし、一刻も早く麓へ戻りましょう」

 

 その背筋は、完璧な皇族の気高さを取り戻しながらも、衣服の下で擦れる雅忠の痕跡の痛みに、密かに、甘く震えていた。

 

 

 

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