機動戦士ガンダム エロ短編集 女達の地獄の黒史録 作:みなぽん
ドゥー・ムラサメ自伝 ――ボクが知らなかった世界
戦場に行く前の日、ボクはピザを食べた。
それだけのことを、どうして覚えているのか、ボクにもよくわからない。
人間の記憶というものは、役に立たないものばかり残るらしい。作戦の手順や、敵の配置や、モビルスーツの性能については、必要なときに思い出せる。覚えられないことはない。ボクの頭は、そのために調整されている。
だけど、ピザの味は、ずっと残っている。
サイド6、イズマ・コロニー。
アマラカマラ商会の船から降りたボクは、まず空を見上げた。
もちろん、ここに本当の空はない。コロニーの内壁を覆う人工の空だ。計算された青色。雲の形も、太陽の位置も、きっと誰かが管理している。
それでも、空だった。
頭上には白い雲が浮かんでいて、その向こうには住宅の窓が並び、遠くには緑色の丘が見えた。道路には車が走り、駅から出てきた人々が、それぞれの方向へ歩いている。
誰もボクを見ていなかった。
正確には、何人かは見た。
白い髪。痩せた身体。黒いマスク。子供にしか見えない軍人。
でも、彼らはすぐに視線を逸らした。
他人のことなんて、そんなに気にならないものらしい。
ボクはそれを、少し不思議に思った。
研究所では、誰もがボクを見ていた。
体温、脈拍、神経反応。瞳孔の動き。薬剤への反応。ボクが何を見て、何を考え、何に苦痛を感じるのか。
何もかもが記録された。
ボクが自分の身体を動かす前に、誰かがその動きを予測していた。
ここには、そういう人はいない。
みんな、自分のことを考えている。
それが普通なのだろう。
ボクは歩き始めた。
任務の開始時刻までは、まだ時間があった。
*
コロニーの商店街は、妙な匂いがした。
焼いた肉。甘い菓子。洗剤。花。機械油。人間の汗。
それらが混じり合って、どこか温かい匂いになっていた。
ボクはマスクの内側で息を吸った。
ミノフスキー粒子の匂いではない。
でも、嫌いではなかった。
道の向こうに、小さな食堂があった。店先に写真が貼ってある。丸い生地の上に赤いソースとチーズ、いくつかの具材が載っていた。
ピザ。
ボクは立ち止まった。
食事は、必要な栄養素を摂取するためのものだ。研究所では、必要な量と時間が決められていた。味について尋ねられたこともあったが、ボクはいつも、どちらでもいいと答えた。
食べられるものなら、何でもよかった。
けれど、写真のピザは少し違った。
焼き色がついたチーズが、端のほうで固まっている。赤いソースの上に、緑色の葉っぱが載っている。写真なのに、匂いがするような気がした。
ボクは店に入った。
店員のおばさんが顔を上げた。
「いらっしゃい。ひとり?」
「うん」
「お持ち帰り? それとも、ここで食べていく?」
「食べる」
「じゃあ、そこに座ってね」
おばさんは、ボクの顔を見ても何も聞かなかった。
軍人なのか。どこの部隊なのか。どうしてそんなに痩せているのか。どうしてマスクをしているのか。
何も聞かなかった。
それが、なんだか変だった。
ボクは窓際の席に座った。
しばらくして、丸い皿が運ばれてきた。焼きたてのピザだった。
「熱いから気をつけてね」
「うん」
ボクは一切れを手に取った。
チーズが伸びた。
それを見て、ボクは少し考えた。
どうして伸びるのだろう。
いや、理由はわかる。温められたチーズの性質だ。そんなことは知っている。
でも、どうして人間は、わざわざこういう食べ物を作るのだろう。
栄養だけなら、もっと効率のいいものがある。
食べるのに時間がかかるし、手も汚れる。焼きたては熱い。冷めれば味も変わる。
それなのに、人間はピザを作る。
そして、お金を払って買う。
ボクは一口かじった。
熱かった。
少しだけ舌を火傷した。
チーズの塩気と、トマトの酸味。生地の香ばしさ。噛むと、具材から肉汁が出てきた。
ボクはもう一口食べた。
おいしい。
そう思った。
自分が何かをおいしいと思ったことを、わざわざ記録する必要があるのだろうか。
ボクは、もう一切れを食べた。
最後の一切れを口に運ぶまで、ほかのことは考えなかった。
食べ終わると、おばさんが皿を下げに来た。
「おいしかった?」
「うん。おいしかった」
「よかった。また来てね」
また。
ボクは、その言葉を頭の中で繰り返した。
また来る。
明日も、明後日も。
そういうことが、当たり前にできる人たちがいる。
ボクには、明日があるかどうか、わからなかった。
それでも、おばさんはまた来てねと言った。
ボクは代金を支払って、店を出た。
*
猫を見つけたのは、そのあとだった。
商店街から一本外れた路地に、小さな公園があった。ベンチと花壇があって、植え込みの陰に三毛猫が座っていた。
猫。
ボクは足を止めた。
猫は、こちらを見ていた。
丸い目。小さな鼻。白と茶色と黒の毛並み。
かわいい。
そう思った。
研究所にも、ぬいぐるみの猫があった。ボクの私物として認められたものだ。柔らかい布でできていて、抱き締めても抵抗しない。
あれは好きだった。
でも、本物の猫は違う。
耳が動いた。
尻尾が揺れた。
猫は立ち上がると、ボクのほうへ歩いてきた。
ボクはしゃがんだ。
「おいで」
猫は止まった。
「怖くないよ」
猫は、ボクを見た。
それから、くるりと向きを変えて走っていった。
植え込みの向こうへ消えた。
ボクは、しばらくその場所を見ていた。
どうして逃げるのだろう。
ボクは猫を捕まえるつもりはなかった。傷つけるつもりもなかった。ただ、少し触ってみたかった。
それだけだった。
「……嫌われたのかな」
声に出してみた。
答える人はいなかった。
公園の向こうでは、子供たちが遊んでいた。
小さな男の子が転んで、泣き出した。そばにいた母親が駆け寄り、膝についた砂を払ってやっている。
「大丈夫よ。痛かったね」
男の子は、母親に抱きついた。
母親は、その背中を何度も撫でた。
ボクはそれを見ていた。
転んだら、起き上がる。
怪我をしたら、手当てをする。
泣いたら、誰かが抱き締める。
それだけのことだった。
研究所では、転んでも自分で起き上がった。怪我をしたら医療担当者が処置した。泣くことは、検査項目に影響しなければ自由だった。
抱き締められた記憶は、あまりない。
あったのかもしれない。
でも、思い出せなかった。
ボクは自分の手を見た。
細い指。白い肌。関節の浮いた手。
この手で、サイコ・ガンダムを動かす。
指を動かせば、巨大な機械の腕が動く。身体を傾ければ、機体が姿勢を変える。神経を通して伝わる感覚は、時に自分の手足と機体の境目を曖昧にする。
サイコ・ガンダムは、ボクの身体の延長だ。
ボクは、その心臓だ。
だから、ボクが必要なのだ。
そう教えられた。
そして、ボク自身もそう思っている。
昔のことは、どうでもいい。
昔の自分が何をしていたのか、どんな場所にいたのか。誰に会い、誰に傷つけられ、何を失ったのか。
記憶を戻せると言われたことがある。
任務の報酬として、失われた過去を取り戻すこともできる、と。
ボクは断った。
必要ないからだ。
過去が戻ったところで、ボクの身体が変わるわけではない。ボクが強化人間であることも、サイコ・ガンダムの心臓であることも変わらない。
ならば、知らなくていい。そう思っていた。
けれど、その日、公園で母親に抱き締められる男の子を見ていると、ほんの少しだけ考えが変わった。
ボクは、知らないのだ。自分が何を捨てたのか。
それを思うと、頭が猛烈に痛くなった。そして、ある記憶が強烈に思い出される。それは母親に抱きしめられる記憶ではない。研究所の複数の男たちに裸で抱きしめられる記憶だ。正確には複数の男たちと性的な行為を行った記憶だ。
閉鎖空間である研究所の中で、男たちは毎晩のようにボクの部屋に押し掛けた。そして、当たり前のように押さえつけ裸にする。僕には拒否する感情などない当たり前のように、裸にされて、痩せた体を男たちの前にさらす。
そして、次々と男たちが僕の体を嬲る。乳首を舐めて、両足の間にある敏感な部分を指と舌で攻められた。僕の下半身が震えて反応するのを男たちは喜んでいるようだった。まるで玩具のように弄ばれた。そして生殖器に潤滑液が十分に分泌されると、男たちは、先を争って、僕の中に男性器を挿入した。そして息を弾ませながら腰を振った。
その間、僕はずっと無表情のままだった。感じることもなく、抵抗することもできず、ただ体を貸しているだけだった。
今思えば、強化人間として調整されていたからこそ、痛みも快楽も感じずに、ただ機械のように受け入れていたのだと思う。
そのうちの一人は、他の男たちより特に執拗だった。彼は僕の体を隅々まで調べるように触れ意識が朦朧として、下半身が痙攣するまで腰を振り続けた。そして僕が絶頂すると同時に、僕の中に体液を吐き出した。
別の男は時折、ボクに対して優しく話しかけることもあった。「君は特別なんだよ」「大切にしているからね」という言葉をかけられたこともあったが、その意味が理解できなかった。ただ他の男よりも丁寧に僕の体を舐め、少しゆっくりと腰を振るだけだった。そして彼も結局僕の中に体液を吐き出した。その彼に連れられて、僕は研究所の外に出たことがある。脱走と言う行為をしたのだと後から知った。彼は車の助手席に僕を乗せて外の世界を見せた。そして僕の見ている前でティターンズの兵士たちにリンチされた。ボクはその男の優しさも愛情も分からなかったのだと思う。でも、なぜか銃弾を受けて、倒れながら悲しそうな顔で僕を見るその男を見て、僕の目から涙が分泌された。今にして思えば、それは異常な行動だった。ボクの体は、彼の上に覆いかぶさったのだ。そしてボクたちを追いかけてきた男たちは、その彼の見ている前で、僕を裸にして生殖行為を行った。あり果てた荒野のハイウェイの路肩で、太った黒人の男が僕の体を押さえつけ、股を開かせると、そこに自分の勃起した性器を差し込んだ。彼は他の男よりも激しく僕の体を揺さぶり、そして突然の激しい快感で下半身が痙攣したとき、黒人も精液を僕の中に出した。他の4人も次々と僕の中に挿入し、彼に見せつけるように体液を吐き出した。その上で、彼は頭に銃を突きつけられて射殺された。それを、ただ、僕は涙を分泌しながら眺めていた。その行為の意味がわからなかったからだ。
時折夢に見る。夢の中の僕は研究員の彼と見たこともない世界を旅をしているのだ。
⭐️出撃前夜
夕方、ボクは商店街をもう一度歩いた。
食料品店の前では、夫婦が夕飯の相談をしていた。
「今日は魚にする?」
「昨日も魚だっただろ」
「じゃあ、お肉?」
「ピザでも買って帰るか」
ボクは振り返った。
ピザ。
さっき食べたものだ。
あの夫婦は、どちらも疲れた顔をしていた。男のほうは仕事帰りらしく、鞄を持っていた。女のほうは買い物袋を提げていた。
それでも、ふたりは何を食べるか相談していた。
明日の食事ではなく、今夜の食事。
明日の朝も、きっと何かを食べるのだろう。
明後日も。
何でもない日が続いていく。
それが、この人たちの暮らしなのだ。
ボクは、それを眺めながら歩いた。
花屋では、店員が売れ残った花を水に浸していた。文房具店では、小学生くらいの女の子がノートを選んでいた。通りの向こうでは、老人が自転車を押していた。
みんな、普通の人間だった。
特別な能力もない。ニュータイプでもない。戦争のために調整された人間でもない。
ただ、生きていた。
自分の好きなものを買い、自分の帰る場所へ帰っていく。
ボクは、その人たちが少し羨ましかったのかもしれない。
いや。
羨ましいという感情が、どういうものなのか、正確にはわからない。
ただ、胸の奥が少しだけ変だった。
痛いわけではない。
苦しいわけでもない。
サイコ・ガンダムの神経接続による異常反応ではなかった。
だから、放っておいた。
空は夕焼け色に変わっていた。
人工の夕焼けだ。
それでも、きれいだった。
ボクは立ち止まり、しばらく眺めていた。
*
宿泊先に戻ると、部屋には小さなベッドと机が用意されていた。
ボクは荷物を置いた。
ぬいぐるみの猫を取り出し、ベッドの上に置いた。
その隣に座る。
明日は出撃だ。
任務の詳細は、すでに頭に入っている。目標の位置。予想される敵戦力。交戦時の行動。サイコ・ガンダムの性能と、ボクに許された権限。
ボクは少尉だ。
命令を受け、戦場に赴く。
敵を破壊する。
それが仕事だ。
ボクはサイコ・ガンダムの心臓で、心臓が止まれば、機体も止まる。
それだけのことだ。
机の上に、明日の食事が用意されていた。
包み紙の中には、ピザが一切れ入っていた。
店のおばさんが持たせてくれたものだった。
『よかったら、明日食べてね』
紙袋には、そう書かれたメモが添えられていた。
ボクはピザを見つめた。
明日。
その言葉が、今日は何度も出てくる。
明日食べる。
明日会う。
明日も来る。
普通の人間は、明日が来ることを疑わないのだろうか。
ボクはピザを食べず、包み紙に戻した。
それから、ベッドに横になった。
眠る前に、ぬいぐるみを抱き締めた。
柔らかかった。
ボクは目を閉じた。
明日、戦場へ行く。
そのことについて、怖いとは思わなかった。
死ぬかもしれないということも、知っていた。
ボクは強化人間だ。
ボクはサイコ・ガンダムの心臓だ。
ボクは、そういうものとして作られた。
それでいい。
眠りにつこうとするとゲーツ キャパ大尉が部屋に入ってきた
バスク・オム傘下の強化人間部隊の一員であり、自身もまた強化措置を施された強化人間だ。「ドゥー出撃前の最後の調整をするぞ」彼は当然のように、自分のズボンのベルトに手をかけて、股間をむき出しにした。彼の股間は充血して天を仰いでいた。
「しゃぶれ!」短い命令、命令されたら、僕は全裸になり、四つん這いになって喋らなくてはいけない。研究所時代からの、それが僕に課せられたルールだ。
ボクは股間に頭を埋め、ペニスに唇をつけた。強化措置によって、感覚の鈍い口腔の粘膜で、彼のペニスに唇をこすりつけた。
「もっと深くまで咥えろ!全部飲み込んでしまえ」
ボクは唇と舌を使って、唾液を絡ませるように愛撫した。僕は自分の意志でしゃぶってるのではない。僕の頭は命令で、強制的に動いている。口の中にペニスを挿入されるのは、決して気持ちのいい行為ではない。しかし、僕はただ従順にその行為に身を任せるしかない。ペニスの亀頭から根元までを口内で優しく扱き上げ、鈴口から溢れ出す先走りを吸い取り、喉の奥まで使ってフェラチオをする。
「そう、そうだ!そのまま続けて……」
僕は言われた通りに奉仕を続ける。ペニス全体が唾液に濡れて光っているのが分かる。僕は口内の温度で彼のモノが硬くなっていくのを感じた。
やがて、彼が絶頂を迎えたようで、口の中で暴発してしまう。精液が勢いよく流れ込んできた。僕はそれを吐き出さないようにして必死に飲み込んだ。
「四つん這いになって、尻を突き出せ!」僕は細い体で4つになって小さな尻を差し出す。そして彼は僕の小さな生殖器に、人工の潤滑液を塗りむ込んで挿入する。挿入された瞬間、小さな僕の体は浮き上がった。僕はただされるがまま、彼の腰の動きに合わせて、喘ぎ声を漏らすしかなかった。
「あぁッ……ああああ!!んん……んんんんんんん!!」
結合部から卑猥な水音が響き渡る。激しいピストン運動により、結合部からは愛液が滴り落ちていた。やがて射精感が高まっていくのを感じたのか、彼は僕の小さな体を持ち上げて、自分の体に密着させた。そのまま対面座位になる。僕の背中に手を回して強く抱きしめながら腰を打ち付けてくる。肌と肌がぶつかり合う乾いた音が部屋中に響き渡る。パンッパンッという音と共に衝撃が腹に伝わる。
「出すぞ!しっかり受け止めろ!」
そう言うと一際強く突き上げられ、大量の精液を注ぎ込まれた。同時に絶頂を迎え、意識が飛びそうになる。しかし、僕の意思とは関係なく体は跳ね上がり続けてしまう。そんな僕の様子に構わず、さらに二度目の精を放った。
翌日。
コロニーの空は、青かった。
サイコ・ガンダムのコックピットに入ると、いつもの匂いがした。
ミノフスキー粒子の匂い。
ボクはマスクを外し、深く息を吸い込んだ。
好きな匂いだった。
胸の奥が落ち着く。
神経接続を開始する。
機体の感覚が、ゆっくりとボクの身体に重なっていく。
巨大な腕。巨大な脚。装甲の厚み。機体の重さ。
ボクは目を閉じた。
動ける。
いつも通りだ。
『ドゥー少尉、準備はいいか』
通信が入った。
「うん。いつでもいいよ」
『任務を開始する。目標を確認次第、交戦を許可する』
「了解」
サイコ・ガンダムが動き出した。
巨大な機体が、戦場へ向かう。
ボクはコックピットの中で、昨日のことを思い出していた。
ピザ。
猫。
公園で泣いていた男の子。
夕焼け。
どれも、任務には関係のないことだった。
でも、忘れなかった。
それが不思議だった。
やがて、敵機の反応が確認された。
ガンダム。
ボクは目を開いた。
画面の向こうに、白い機体が見えた。
敵。
破壊対象。
ボクは機体を操作した。
サイコ・ガンダムの巨体が動き、火器が展開する。
ガンダムが回避した。
攻撃が空を裂き、遠くの構造物を砕いた。
警報が鳴った。
敵機が接近してくる。
速い。
ボクは機体を動かし、迎撃する。
衝撃。
機体が揺れた。
右腕に損傷。
神経接続を通じて、ボクの右腕にも痛みが走った。
「……っ」
ボクは自分の腕を押さえた。
痛い。
でも、動ける。
まだ戦える。
ボクはサイコ・ガンダムを前進させた。
敵機の攻撃が続く。
装甲が裂ける。警告灯が点滅する。機体の損傷が、ボクの身体に伝わってくる。
ボクは、まだ戦えると思った。
ボクは心臓だから。
心臓は、簡単には止まらない。
けれど、ガンダムは止まらなかった。
何度も攻撃を受け、サイコ・ガンダムの動きが鈍くなる。
視界が赤く染まった。
警報音が重なり、通信が途切れ途切れになる。
ボクは操縦桿を握った。
いや、操縦桿というより、自分の手足を動かしている感覚だった。
逃げるという選択肢は、頭になかった。
命令は、まだ終わっていない。
敵を破壊する。
それが仕事だ。
でも、ふと、思った。
昨日のピザは、おいしかった。
猫は逃げてしまった。
今度会ったら、もう少しゆっくり近づいてみよう。
猫は、急に近づくと逃げるらしい。
そんなことを、ボクは考えた。
次の瞬間、衝撃が走った。
機体の胸部が砕けた。
ボクの身体に、激痛が走る。
息ができない。
視界が揺れる。
サイコ・ガンダムの心臓が、壊れていく。
ボクは胸を押さえた。
「……ああ」
声が漏れた。
痛い。
こんなに痛いのは、初めてだった。
いや、初めてではないのかもしれない。
昔のことは、どうでもいい。
そう思っていた。
だけど。
ボクは、もう一度だけ、コロニーのことを思い出した。
人工の空。
商店街。
焼きたてのピザ。
逃げていった猫。
あの男の子を抱き締めていた母親。
ボクは、あの人たちの暮らしを、もっと見てみたかったのかもしれない。
明日も、あの店は開くのだろう。
おばさんは、またピザを焼くのだろう。
猫は、どこかで眠っているのだろう。
みんな、ボクがいなくても生きていく。
それは、わかっていた。
でも。
「……ピザ」
ボクは呟いた。
通信機から、誰かの声が聞こえた気がした。
もう、よく聞こえなかった。
視界の中で、ガンダムが動いていた。
白い機体。
ボクを倒した敵。
ボクは、その姿を見つめた。
憎いとは思わなかった。
怖いとも思わなかった。
ただ、もう一度だけ、ピザを食べたかった。
それだけだった。
サイコ・ガンダムの機能が停止していく。
警告音が遠ざかる。
ボクの身体から、力が抜けていく。
心臓が止まる。
ボクは、サイコ・ガンダムの心臓だった。
だから、ボクが止まれば、機体も止まる。
それでいい。
そう教えられてきた。
最後に思い出したのは、研究所でも、軍の命令でも、戦場でもなかった。
ピザの匂いだった。
そして、逃げていった猫。
ボクは小さく息を吐いた。
「……またね」
誰に向けた言葉なのか、自分でもわからなかった。
次の瞬間、サイコ・ガンダムは沈黙した。
コロニーの空は、今日も青かった。
どこかの店では、ピザが焼かれている。
公園では、猫が眠っている。
子供たちは遊び、母親たちは買い物をし、誰かが誰かを待っている。
明日も、きっと。
ボクが知らなかった世界は、ボクがいなくなったあとも、何事もなかったように続いていく。
それが、少しだけ。
ほんの少しだけ、うれしかった。