※この作品はR-18です。

つきなき旅路の番いたち   作:水城 真子

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旅路の途中

太陽と月を忘れた塔(スパイア)の洞(うろ)――果てない緑が広がる『繁茂の地』の奥深くで、鋭い断末魔が轟く。巨大な怪鳥が己の血飛沫で濡れた草の上に横たわった。木々の間で羽を休めていた小鳥たちが怪鳥の絶命に慄(おのの)き、次々逃げ去っていく。

絶命した巨鳥を囲って、五人の足音が集まる。戦いの力が秘められた呪符(カード)が顕現し、それぞれが己のため、あるいは仲間のために必要なカードを選んだ。

 

「うむ、皆の者、大儀であった!勝利を喜ぶがいい!」

 

王国から集められた数多の調査隊や冒険者が消えていき、無数の魂が帰らぬ陰気な森に不釣り合いの、朗らかな声。塔の外――もっと言えばスパイアのそびえる惑星プレオンよりも遥か彼方より飛来した王、リージェントが玉座の上で高らかに勝利を宣言した。リージェントの専制に続いて、有機的な緑の地には似合わぬ電子音が響く。

 

「x1F44D(サムズアップの電子音)」

「してネクロバインダーよ、確かこやつ、食えるのだろう?」

 

ネクロバインダーと呼ばれた術師(リッチ)が、相棒であるオスティを撫でながら頷く。

 

「ええ。ビャードニスの肉は火を通せば食べれるわよ。でもあなた、食べなくても平気なんでしょう?」

「前にも言っただろう!この星の文化、歴史、美味珍味に至るまで全て知ることは、太陽の後継者となる余の義務なのだぞ!」

 

周囲の木々に溶け込めるような緑の外套を纏う女――サイレントが今しがた命を奪った鳥へ近寄り、握っていた短剣を刺した。邪魔な羽を毟り、ビャードニスと呼ばれた鳥の腿や胸にナイフを滑らせ、新鮮な肉を採取する。

食料を確保するサイレントを横目に、リージェントはミニオンに指示を出して玉座ごと後ろへ振り返った。足元の草を赤い血で染める戦士、アイアンクラッドを非難するように指を差す。

 

「時にアイアンクラッドよ!貴様、また余の前で不必要に血を流しおったな!」

「x1f630(青ざめた電子音)」

 

スパイアで生まれた機械(オートマトン)のディフェクトが悲し気な電子音を響かせ、アイアンクラッドへ駆け寄る。ディフェクトがアイアンクラッドの腕を取って傷の状態をスキャンする。ディフェクトに痛みの概念はないものの、仲間が傷つく姿を見ると初めて出来た機械の友を思い出してしまい、放っておくことができなかった。

ビャードニスの鋭い嘴で切れた傷口だけでなく、手甲の内側にある手首や掌(てのひら)からも血は流れ出ている。ディフェクトはアイアンクラッドの傷口を押さえ、痛みが飛んで消えるようにと、優しくさすった。

 

「x1f625(悲しい電子音)」

「ディフェクトの言う通りだぞ!人は我らスターリスの民とは違うのだろう!痛みを感じず、傷ついても傷が癒えるというのは知っておるが、必要以上に血を流して我々に無用な心配をかけさせるではない!」

 

リージェントが注意するも、一言も言葉を漏らさぬサイレントと同様に、アイアンクラッドは滅多なことで言葉を発することはない。ディフェクトが止血を施した部分から、肉体を巡る燃える血(バーニングブラッド)が作用し、傷が癒えていく。血が止まったのを確認すると、アイアンクラッドは無言のまま荷物の中から食材を入れる麻袋を取り出し、サイレントの横へ回った。彼女が取り出した肉を袋に詰め、いっぱいになったところで袋を縛り、肩に担ぐ。

 

「もうすぐ繁茂の地の番人と相まみえるわね。この先で休みましょう」

 

ネクロバインダーが、五人を塔へ送り出した古代人(エンシェント)ネオーより預かった地図を広げ、行き先を確認する。

寄生された巨大なカエルを倒し、古の偶像を破壊、森で繁殖し続ける先ほどのビャードニス。強敵(エリート)との戦いの中で多くのゴールドと財宝を集め、各々強力な武器を得ることができ、今のところ旅路は順調だった。

ここは繁茂の地の最奥にほど近い。塔の上へ進むには、繁茂の地の門番と呼べる存在を倒さねば、道は開かれない。それは塔での記憶を持つ者も、忘れてしまう者も、理解していた。

地図の通りに進めば、最後に火を囲める場所に辿り着き、さらに進んだ先で門番が待ち構えている。ネオーの地図には、儀式の獣の姿が記されていた。

五人は地図を頼りに奥へ分け入っていく。小一時間ほど歩き続けると、立ち並んでいた木々が開け、冒険者たちが残した火の痕跡を見つけた。

 

「ミニオンよ!余をそこに降ろすのだ!」

 

ミニオンが指示された――焚火を囲ってちょうど上座になる――場所にせっせと玉座を運び、座したままのリージェントをゆっくり降ろす。

各々が荷物を下ろす間、リージェントは玉座の上で膝を組みながら、先ほど手に入れた肉を袋から出すアイアンクラッドを指した。

 

「して、アイアンクラッドよ!余は、お主が作る煮込みがほしいのだ!皆のためにも、あの煮込みを作るのだ!」

「煮込みって……ああ、シチューのこと?前もそれにしたじゃない」

「あのシチューとやらを食べると、余の力がみなぎるのだ。おぬしらもそうだろう?」

「ま、そうね。否定しないわ」

「そうだろう。そうと決まれば、ディフェクトよ!シチューとやらに必要な材料を集めてくるのだ!」

「x1F44D(サムズアップの電子音)」

「ディフェクト、悪いけど水もどこかで汲んできてもらえるかしら」

「一人では心もとないだろう。余のミニオンも貸し出してやる」

「x1f44c(OKの電子音)」

 

ディフェクトの聴覚ユニットは、水の流れる音を察知していた。荷物の中からバケツを取り出し、ミニオンたちを連れて音のする方角へ出かけていく。

太陽の後継者を名乗るリージェントは五人の中でそのまま王、つまりリーダーだと言って憚らず、アイアンクラッド、サイレント、ディフェクト、ネクロバインダーは等しく臣下と認定されている。臣下を導くのは王の役目なのだとリージェントはあれこれ指示を出し、やることなすことに首を挟んでくるのだが、皆もう慣れ切っていた。

休憩時の食事にしても、王たるリージェントは一切の料理をせず、機械であるディフェクトも料理機能を持ち合わせていないため、必然的にアイアンクラッドかサイレント、ネクロバインダーの三人が料理担当となる。だが以前サイレントの持つ毒がジュースにでも見えたらしいミニオンが誤飲し、間接的にリージェントにも被害を被ったことが原因で、リージェントはサイレントへ料理禁止令を出した。消去法で、炊事番はアイアンクラッドかネクロバインダーのどちらかになる。さらに本人には記憶がないが、以前スパイアを登頂した際、アイアンクラッドが作ったシチューを出したところ、何故かリージェントは大層気に入ったらしい。何かにつけてリージェントがシチューをリクエストすることが多くなり、アイアンクラッドは必然的に料理番を任されることになった。

代わりに茶を淹れるのはネクロバインダーの役目だ。ネクロバインダーは荷物の中から、ビャードニスの巣で拾った古めかしい茶器を出した。相棒であるオスティが平らで大きな石を運んできて、テーブル代わりに置く。ネクロバインダーは大きな手に礼を言い、ポットとカップを並べた。肉体を失う前から携帯している書物を読み返し、繫茂の地で採取できる植物の効能を調べる。疲れに効くハーブティーが作れそうだと、オスティと一緒に調合を始めた。

サイレントだけは料理禁止令を出されているため、焚き木から少し離れた草の上にダガーやナイフを並べて研ぎ澄まし、毒の調合にも取り掛かって念入りに戦闘の準備を行う。

以前訪れた冒険者が残したであろう鍋を見つけ、アイアンクラッドは焚き木の上に乗せた。手に入れたビャードニスの肉をカットしようと、具足(グリーブ)の内側からナイフを取り出す。リージェントからお前は料理番だと勝手に任命されたとき、横で聞いていたサイレントが黙って渡してきたものだ。食材を切り分けた後に彼女へ返そうとしたが、サイレントは首を振って頑なに受け取らないため、アイアンクラッドは自分のグリーブに入れて携帯し、そのまま使わせてもらっている。

 

「x270c(ピースサインの電子音)」

 

得意げな電子音が聞こえて顔を上げる。ディフェクトがたくさんのキノコや山菜、バケツいっぱいの水を抱えて戻ってきた。一緒に出かけていたミニオンが、拾った木の実を得意げに掲げてリージェントへアピールし、アイアンクラッドの元へ駆け寄る。

ビャードニスの肉、集まった食材を食べられる大きさにざっくり切り分けて、アイアンクラッドは鍋に入れた。後は火にかけるだけ――アイアンクラッドは持っていたナイフの刃を、掌に滑らせる。傷口から流れ出た血はすぐさま炎となり、拳の中で燃え盛った。炎と化した血を油代わりに焚き木へ塗り、鍋の底に火を点けた。

 

「お主!それを止めろと言っただろう!」

「x1f4a6(冷や汗の電子音)」

 

自傷行為をリージェントが咎めるとディフェクトが駆け寄ってきて、傷を確かめようと腕をとる。だが、アイアンクラッドはディフェクトの腕をすり抜けて、黙って調理を進めた。

 

「ディフェクトの厚意を無視するでない!」

 

さらにリージェントが玉座に拳を叩きつけながら口を挟むが、アイアンクラッドの耳に響いている様子はない。

彼が契約を結んだ悪魔の支配下にあることは、皆、分かっている。自我が薄く、声を発して自ら主張することも稀な彼にあれこれ口を出しても何も伝わらないのは承知しているが、それでもリージェントは王として、臣下であり皆の頼れる剣であるアイアンクラッドに言い聞かせ続けた。

食材に火が通ったのを確認するとディフェクトが汲んできた水を少しずつ継ぎ足し、アイアンクラッドは木の棒で鍋の中をゆっくりかき混ぜた。ぐつぐつ音を立てて煮えたところで香辛料を足し、温かく芳醇な匂いが辺りを包み始める。

 

「お茶もそろそろ沸くわよ」

「x2764(ハートの電子音)」

「うむ。大儀である!」

 

リージェントが目を輝かせ、玉座の上でそわそわと腰を浮かせる間に、ネクロバインダーは出来上がったハーブティーを人数分のティーカップへ注いでいく。

狩猟道具を外套の内へしまい込んだサイレントが焚き火の横、朽ちている丸太へ腰掛ける。シチューも完成し、アイアンクラッドは湯気の立つ鍋の中身を無言で――ミニオンたちと、そもそも食事できるのか分からないがオスティの分も含めて――ボウルによそう。草の上や丸太に座す仲間にシチューを配ると、アイアンクラッドはサイレントの隣に腰掛けた。

 

「皆の者、よくやった。この先の番人を討つために、存分に英気を養うがよい!」

 

リージェントがシチューの入ったボウルを乾杯の合図であるかのように掲げた。戦闘が続き、空腹を覚えていたアイアンクラッドとサイレントは犬の如き勢いでシチューを頬張り、あっという間に胃袋へ納めた。まだ足りないと思った二人は順に鍋の中身を継ぎ足し、茶も一気に飲み干す。

 

「おかわりあるわよ。要る?」

 

二人とも無言で頷くので、ネクロバインダーはポットに残っているお茶を二人のカップへ注いだ。リージェントも香りを十分に堪能してからハーブティーに口をつけるが、訝しげにカップを見る。

 

「なんだか以前飲んだ茶より味が薄いぞ」

「そう?レシピと同じように作ったのに……茶葉が古かったのしら?」

 

ポットの蓋を開けて中身を確認するが、茶葉は変色していないし、調合したハーブの量も問題なく、ネクロバインダーは首を傾げた。

 

「まぁよい。たまたまだろう。この一杯が、我らの明日の力へ繋がるのだ」

「x1f60a(微笑む電子音)」

 

温かな食事は全身に安堵を染み渡らせる。旅路の記憶を語らえば心に安らぎを灯す。人心地がつくと片付けや戦いの支度を整え、各々が焚火の小さく爆ぜる音を聞きながら微睡みに身を置いた。

 

「……ッ……」

 

突如サイレントは腕を押さえて起き上がる。皮膚の内側を、無数のナイフが突き刺しているような痛み。声には出さずサイレントは舌打ちし、腕に巻いていた包帯を外した。かつて持ち帰った心臓の破片よりもたらされた枯毒が進行し、血を、皮膚を腐敗させ、病の醜悪な臭いが包帯の下から漏れ出している。

サイレントはちらりと仲間の様子を確認した。リージェントはミニオンとともに寝静まり、ネクロバインダーもオスティと寄り添って横になっている。ディフェクトが休んでいる時は機能を最小限にし、コアの輝きが鈍くなるのを観察して知っていた。

首を反対に動かす。火の番を務めるアイアンクラッドが、丸太へ腰掛けたまま焚火に薪をくべていた。異変を目にしても、彼が決して何も言わないのは分かっている。

リージェントたちには、この身に発症した枯毒のことは伝えていない。いつまでも隠し通せるわけではないが、サイレントは仲間には決して告げないと固く決めている――ただ一人、アイアンクラッドを除いて。

サイレントは知っている。心臓の破片を持ち帰ろうと塔を去るとき、頂上で煌々と燃え盛る紫炎を――悪魔の炎を見たことを。アイアンクラッドが何も語らずとも、彼が行使する悪魔の力から、あの日見た炎と同じものを感じ取っていた。霧の国からでも垣間見えた紫炎が、世界を包んでいた病を焼き尽くしたのだと、旅人から聞いたことがある。実際に彼が持つ燃える血が、どんな傷も、病をも、たちどころに癒すのが証明だろう。

再びリージェントたちが深く寝入っているのを確認し、サイレントは音を立てず立ち上がった。座っているアイアンクラッドの正面へ回ると、サイレントは外套からナイフを取り出してしゃがんだ。

火種を調節していた手を止め、アイアンクラッドが当たり前のように腕を出す。サイレントは彼の腕を取り、手甲の内側、露出している手首の位置を確認する。焚火の反射で微かに煌めいたナイフを手首に当てると、サイレントはすーっと刃を走らせた。ぷつりと裂けた皮膚から溢れる真っ赤な血。零れ落ちないうちにアイアンクラッドの傷口に唇を当て、サイレントは血を静かに啜った。

 

「……ッ!」

 

炎を生み出す悪魔の血がサイレントの喉を灼く。呻きかけたが、声を、荒い息を漏らさぬよう両手で口を押さえて耐えた。何度繰り返しても、この灼熱には到底慣れない。

口の中に広がる熱をゆっくり飲み込むと、身体に巣くう痛みが引いていく。アイアンクラッドの腕に残る血を指にとり、サイレントは軟膏代わりに枯毒の上へ塗った。燃える血の力は絶大で、微量でも腕から漂っていた臭気が消え、病の進行が止まるのを感じた。血の効力が弱まれば枯毒は再び進行を始めるだろうが、しばらくは大丈夫だろう。

荒い息を繰り返して口の中に残る熱を冷ましながら、サイレントは思い返していた。スパイアの扉が開かれたと知ってこの地へ舞い戻り、枯毒に効くものはないか王都を彷徨ったときを。薬草や丸薬、呪術に祈祷……藁にも縋る気持ちであらゆる治療を試したが効果は見込めず、進行する病に焦燥が募るだけだった。

最期に大物を狩るという覚悟でスパイアに足を踏み入れれば、何の因果か、再会した。己と同じように、心臓が待ち構えるかつての塔を踏破し、枯毒を絶やした男と。幾度と塔を登る中で悪魔の炎を目の当たりにし、確信に変わる。やがてアイアンクラッドにだけは包帯の下で蠢く病を晒し、炎の恩恵を借りるようになった。

 

――この男が傍にいれば、少なくとも命を繋いでいられる。

 

他の仲間、特にリージェントは何かと口うるさい。これは他言無用の、二人の秘密だった。

サイレントは呼気を整えると、包帯を巻き直して立ち上がり、焚火から離れた。森の影と同化して樹上へ上がり、目を凝らす。離れた場所に林檎がなっている木を見つけた。木から木を渡って近づき、袖から放ったナイフで真っ赤に熟した林檎を二つ収穫した。

外套の下に林檎を納めて来た道を戻り、サイレントは再びアイアンクラッドの横に座る。林檎を取り出して渡そうとしたとき、

 

「アイアンクラッド、そろそろ時間でしょう?変わるわよ」

 

交代のためにネクロバインダーが起きてしまい、サイレントは林檎を外套の中へ再び隠した。これは燃える血の礼であって、皆で分け合うものではないからだ。

 

「あら?サイレント、いつの間に起きてたの?あなたも休みなさいよ」

 

まだ夢の中にいたかったとでもいうような気怠い声で、ネクロバインダーは自分の武器である鎌を傍らに立てかけた。

アイアンクラッドは鎧を脱ぎ、手甲も外して身軽になると、外した装甲を丸太に立てかけて草の上に伏せる。念のためサイレントは仮面越しに地面へ投げ出された彼の腕を窺う。ナイフでつけた傷はとうに塞がっていた。

ネクロバインダーが不審を抱かぬよう、サイレントも横になる。離れていても、背中越しに炎を宿した男の温(ぬく)さを感じた。

行き場を失ってしまった二つの果実を抱きしめると、サイレントは少しだけ丸くなって瞳を閉じた。

 

――…

 

火が朽ちて、乾燥していた空気が瑞々しさを取り戻す。

いよいよ繫茂の地を抜けるときがやってきた。それぞれが身支度を整え激戦の予感に気を引き締める。

 

「さて行き先はどちらだったか……お前たち、地図を!」

 

道を確認するため、リージェントがミニオンに命令する。ミニオンたちが荷物の入った袋を漁り、地図をリージェントの元へ運ぼうとしたそのとき、一陣の風が吹き抜けた。ミニオンの小さな手では地図を抑えこむことができず、風に持ち上げられた地図はそのまま空へと攫われた。

 

「あ!」

「馬鹿者!お前たち!何をしている!!」

 

見ていたサイレントが、ひらひらと空中を舞う地図を地上に落とそうとナイフを投げつける。

だが突如、樹上に現れた黒い影がナイフを弾き落とした。

 

「むっ!何者だ!」

 

リージェントの問いに答える間もなく、影は舞い上がった地図を掴んで懐に収め、木々の中へ消えていく。

 

「地図が……!」

「x1f62e(びっくりした電子音)」

 

既にサイレントは樹へ飛び移って影の行方を追い始めた。

見ていたリージェントが玉座へ拳を叩きつける。

 

「何をしている!お前たち!あれがなければ魔窟も栄光の路も、行くべき方角が分からぬのだぞ!さっさと追いかけるのだ!」

 

リージェントが影の行き先を指で示すと、ミニオンが慌てて玉座を持ち上げ、小さな体をせっせと動かして走り出す。横にいたディフェクトが足のパーツのエンジンを点火し、加速してサイレントの後を追った。アイアンクラッド、ネクロバインダーも武器を手に森を駆ける。

 

「お前たち!逃がすでないぞ!不届き者は余が直々に手を下してくれるわ!」

 

最前を走るサイレントが影へ向かって無数にナイフを投擲するが、腕より太い蔦や顔ほどの大きさがあるキノコに阻まれ、捉えることができない。後に続くディフェクトが樹木ごと盗人を焼き切ろうとレーザーを発射した。対象には当たらなかったが、後ろを走るリージェント、アイアンクラッド、ネクロバインダーの進路を確保するには十分な威力だった。

しばし影を追跡していると、ビーッ、と突然ディフェクトが電子音を放ち、立ち止まる。サイレントが足を止めようとしたとき、飛び移れそうな樹がないことに気づいた。地面に着地して少し歩くと、生い茂っていた木々が消えて急に森が開ける。左右には長く切り立った崖が続いていた。

 

「ここは……?」

「む……塔の中にこんな場所があったのか」

 

盗人の姿はどこにもない。もしや崖から転落したのかと、サイレントは崖の縁から顔を出して見下ろした。靄がかかって視認性は悪いが、広大な水流が谷底を流れているのが見える。ここが繁茂の地の頂上と呼べるなら、下は間違いなく最下層に当たるのではと推測できる落差があった。微かに聞こえる水音は、この高さにいても狂ったように走り流れているように聞こえた。かなりの急流だろう。落下したら助かる高さでないことは、全員が理解できた。

 

「x1faf5(指を差す電子音)」

「む、ディフェクトよ。あれを見ろとはなんだ」

 

ディフェクトが指差す先へ視線を動かす。靄の中に巨大な石造りの橋が浮かび上がっていた。

 

「あの不届き者め、橋を渡って逃げたのかもしれん。お前たち、急ぐぞ!このまま見失ってはならぬ!」

 

リージェントを先頭に、崖に沿って橋の起点を目指した。石橋の端に辿り着くと辺りに人影がないか皆で探すが、繁茂の地で無数に見かけた虫や小動物の姿でさえ一匹も見当たらない。

灰色のくすんだ石橋は、五人が横に並んでも幅に倍以上の余裕がある広い橋だ。長く放置されていたからか、そこかしこにひび割れが走り、大小様々な岩や瓦礫が散乱している。太い橋脚は亀裂が入って変形しているのが窺えた。ところどころは苔むしている。割れた石の隙間からは雑草が、大きな亀裂からは樹木が顔を覗かせ、相当な月日が経過していることを感じさせた。薄く立ち込める靄と瓦礫に阻まれて向こう岸は見えず、この橋がどこまで、どこへ続いているのかも分からない。

 

「地図にない未踏の地、ということか。だがここまで来た以上、もはや進む以外にあるまい。皆の者、行くぞ!」

「待って!」

 

先陣を切って進むリージェントの玉座を、ネクロバインダーの相棒オスティが押さえつけて足止めした。

 

「どうした」

「リージェント、左右を見なさい。見覚えあるでしょう?」

 

言われたとおりにリージェントは首を動かした。欄干の上に等間隔で彫刻が並んでいる。衛兵のように佇む彫刻に目を凝らすと、それは全て繁茂の地で出会った強敵、石の偶像と全く同じ姿をしていた。

 

「x1f630(青ざめた電子音)」

「ここは……石の偶像の巣、と言ったところなのかしら……とにかく、このまま先へ進むのは危険よ」

「お主も見ただろう!地図を盗まれたのだぞ!戻るにしても番人の元へ進む道はもう分からんのだ!よもや盗人が律儀に地図を返しにくるとでも思っているのか?」

「……それはそうだけど……」

「余はあの盗人に力を知らしめねば気が済まぬ!石像は眠って我らに気づいておらんようだ。皆の者、起こさぬように渡るぞ」

 

オスティの制止を振り切り、リージェントは再びミニオンへ指示して玉座を運ばせた。こうなるとリージェントの決意は決して揺るがない。玉座の後ろをついて、四人も欄干に並ぶ石像に注意しながら橋の上を進んだ。

 

「昔、塔のあちこちを見て回ったけれど、こんなところ初めて見たわ。放置されて大分経っているようだけど……」

「そういえば、繁茂の地には血族と呼ばれる者たちがおったな。もしかしたら彼奴(きゃつ)らの拠点があるのかもしれんぞ」

「だとしたら足跡ぐらい残っているんじゃない?さっき地図を盗んでいった奴は本当にこの橋を渡ったのかしら……」

 

後ろへ振り返るが、既に橋の起点は靄の中に消えて見えなくなっている。徒労に終わらなければいいのだが――ネクロバインダーが首を戻したとき、大きな尖塔が見えた。橋と同じ石造りの塔を見上げれば、見張り台が設置されている。前方は蔦の絡みついた巨大な鉄の扉によって道が閉ざされていた。

 

「関所か?にしては誰もおらんようだが」

「調べてみましょう」

 

サイレントが持ち前のフットワークで尖塔の壁を蹴って見張り台へ登る。奥を見通したとき、息を呑んだ。

――橋がない。

否、厳密には違う。目を凝らすと靄の向こう、奥へ続く橋桁がまだ伸びているのが見える。眼下の鉄の扉のすぐ後ろ、道がなくなっているのだが、刃物で切断したように石畳が絶えていた。こんな綺麗に橋が崩落したとは考えにくい。これまでの経験上、何か仕掛けがあるのではないかとサイレントは踏んでいた。

見張りが交代するのに使っていただろう、尖塔の内部へ続く階段を下りる。これまで歩いてきた原生的な風景と異なり、内部はアイアンクラッドやディフェクトの身体よりも大きい鋼鉄で出来た箱が列を作って壁面に並び、見たこともない装置があちこちに取り付けられている。階段を下りても、意味深に点滅を繰り返す機械が奥まで敷き詰められていた。さらに下へ降りようとしたとき、ディフェクトが意思疎通に発する音とは違う、奇妙な電子音が規則的に聞こえてくる。

 

「………」

 

敵対的なオートマトンがいるのかもしれない。ナイフを手に警戒しながら音が聞こえる方へ進む。天板に規則的な凹凸のついた鋼鉄の机が扇状に並んでいる小部屋に出た。機械の左右からは人工的な管が走っている。目で追いかけると、天井から吊り下がっている、自ら光る大きなガラスに管の先が接続されていた。ガラスの表面には単語にならない文字や数字の羅列が表示されている。サイレントには何を意味しているのか判読できない。

ディフェクトなら機械同士、正しい手順で操作できそうだ。敵の気配もないことを確認したサイレントは階段を一番下まで滑り降り、見張りが出入りする扉の施錠を外して開けた。皆を先ほどの機械の前まで案内すると、そうか!と膝を叩いたリージェントがディフェクトを指さした。

 

「ディフェクトよ、お主の出番だ!任せるぞ!」

「x1fae1(任せてという電子音)」

 

ディフェクトが鋼鉄の机の前に立ち、ガラスの文字を読み取ると、指先のパーツで天板の凸凹を一つ押した。光るガラスに文字が一つ、浮かび上がる。机の凹凸はボタンになっており、押し下げるとどうやらガラスに文字が出力されるようだ。

 

「ロック、カイジョシマス」

 

ディフェクトがいくつかの凹凸を押すと、機械のアナウンスが響いた。尖塔全体が急に震えだし、重苦しい音が響き渡る。何事かと一同が武器を構える間に、ガラスに表示されていた文字群が消え、道を遮っていた鉄の扉がゆっくり開く様子が映し出された。

 

「よくやったディフェクト!」

「x270c(ピースサインの電子音)」

「ツギハ、ハシヲ、ツナゲマス。プログラムヲニュウリョクシテクダサイ」

 

揺れが収まるとアナウンスが流れ、ガラスに表示されていた映像が切り替わる。再び表示された意味不明な文字と数字の連なりを解読し、ディフェクトは必要なデータを入力した。

一番大きな凸凹のボタンを押すと、

 

「シンゴウ、ジュシンシマシタ。ハシヲセツゾクシマス」

 

再び尖塔に揺れが走り、ガラスに外の映像が映し出される。

開いた扉の向こう、不自然に途切れた石畳の先端から光が放射された。サイレントが先ほど目の当たりにした橋桁が光に吸い込まれるように奥から伸びてきて、やがて轟音を立てて接続される。

失われていた道が蘇ったことで、気をよくしたリージェントがディフェクトを褒めるが、サイレントは冷静にガラスに映る外の風景を見つめた。

随分大仰な仕掛けだが、一体誰がこんなものを作ったのだろう?

 

「サイゴニ、アノカタノオナマエヲニュウリョクシテククダサイ」

「x2753(疑問の電子音)」

「……あの方?」

 

予想だにしない質問に、一同は固まった。

あの方――位の高い者を示す言い方が気になる。例えば烏の神マザレスを信仰する狂信者たちは、分かりやすくマザレスを象った仮面を身に着けている。手がかりがないか室内を見渡すも、機械の立ち並ぶ無機質な空間があるだけで、何者かを崇拝しているような痕跡は見当たらない。

しばし思案すると、ネクロバインダーが顔を上げた。

 

「まさか……アーキテクト?」

 

五人の共通の敵。このスパイアの頂上にいる男は、ディフェクトを含む全ての機械(オートマトン)を生み出したのだ。このような仕掛けを作るのも容易いだろう。

ディフェクトがアーキテクトの名前を入力する。しかし、聞こえたのは不快なブザー音。

 

「え?違うの?じゃあ一体……」

「あやつでないとするなら……エンシェントではあるまいか?」

 

リージェントの推測に、ディフェクトがネオーの名前を入力した。大きなボタンを押すと、やはりブザー音。違うエンシェントの名前に変えてみるものの、誰の名前でも結果は同じだった。

 

「x1f630(冷や汗の電子音)」

「何故だ?エンシェントでもないのか?」

「ニュウリョクキテイカイスウヲ、チョウカシマシタ」

 

機械のアナウンスが流れた途端、鼓膜を突き破りそうな大音量のサイレンが周囲に響き渡った。

 

「シンニュウシャ、シンニュウシャ」

「シンニュウシャ、ハイジョシマス」

 

部屋の照明が真っ赤に切り替わり、尖塔に危険な緊張が走る。慌てて一同は外に出た。

巨石でも落下したような衝撃を感じて、アイアンクラッドは来た道を振り返った。欄干に並んでいた石の偶像が皆、こちらへ首を向けている。目覚めた石像は眼球なき目に敵意の光を宿して、欄干から石床に次々と着地した。唸るような大きな足音を轟かせ、無数の石像がこちらへ迫ってくる。

 

「こんな数……嘘でしょ!?」

「皆の者!全速力で走るのだ!」

 

侵入者と認定されたためか、開いたはずの鉄の扉が少しずつ閉ざされていく。退路が塞がれるまでに狭くなった扉を潜り抜けて、五人は一心不乱に走った。背後から断続的に響く鉄を穿つ音。アイアンクラッドが後方を確認すると、石像の群れが数の暴力と大きな鎌で大破させ、ぞろぞろと追いかけてくるのが見えた。巨体に似合わず、石の偶像は鹿の如き速さで距離を詰めてくる。

 

「侵入者ども、失せよ」

 

列を成す偶像の先頭が鎌を振り上げた。

最後尾のアイアンクラッドが石像へ向けて炎の障壁を放つ。立ち上る炎が石像の放つ一撃を止め、押し返した。偶像の足が止まっている間に、ネクロバインダーが呪文を唱えて破滅の力をばらまく。体勢を取り戻して再び鎌で斬りつけようとする石像を、オスティが何度も殴りつけた。やがて破滅の力が全身を襲い、石像が粉々に砕け散る。

だが、たった一体倒した程度で列が途切れることもなく、後ろから迫りくる偶像たちは数に任せて炎の障壁を無理矢理突破した。

 

「貴様ら!我々の邪魔をするでない!」

 

リージェントが星の力を駆使して玉座ごと空中に飛び上がり、急降下して敵に重圧をかける。衝撃に石の偶像たちの足がふらついたのを見逃さず、サイレントが無数のナイフを雨のように放った。ディフェクトもガラス細工のオーブの力を展開し、降り注ぐナイフとガラスの破片が石像たちを切り裂いた。

恐らく時間稼ぎにしかならないと、皆が分かっている。攻撃の手が緩んだ隙に橋を駆けるが、走れど走れど、まだ向こう岸が見えない。

 

「ぐぬぬ……まだか!まだ辿り着かんのか!」

「侵入者め、いい加減に止まらんか」

 

石の追跡者が高速の切り裂きを放つ。まともに食らえば真っ二つになる一撃を、アイアンクラッドがどうにか剣で受け止めた。一体の足を堰き止めたものの、アイアンクラッドの横を別の石像が走り抜け、リージェントの玉座に向かって鎌を薙ぎ払う。命中こそしなかったものの、鎌の先端が玉座を支えるミニオンたちの足元を掠め、バランスを崩したミニオンが転倒してしまう。リージェントの乗った玉座が石の上に投げ出され、瓦礫の前で無様に停止した。

 

「貴様!余のミニオンをよくも!」

「リージェント!椅子を下りて!走らないと間に合わない!」

「馬鹿者!このような悪路を余に走れと申すか!それにこのままでは昇降できんのだ!」

 

どうにか偶像へ強打を叩き込んで怯ませたアイアンクラッドが、玉座の上でまごついているリージェントの元へ駆け付ける。無理矢理玉座から引きずり下ろして肩に担ぐと、瓦礫の隙間を縫って急いだ。

 

「お主!もっと丁重に余を運ばぬか!背負い直せ!」

 

うつ伏せ状態のリージェントは暴れてアイアンクラッドの背中を叩くが、この緊急事態に姿勢を直してやるような暇があるはずもなく、アイアンクラッドは無視して走り続けた。

 

「オスティ!その子たちを助けて!」

 

後続の偶像たちへ大振りの鎌を振るい、破滅の力を行使するネクロバインダーが叫ぶ。オスティは突っ伏して動けなくなっているミニオンたちを拾い上げて身体に乗せ、先を行くネクロバインダーを追いかけた。

先頭を切るサイレントが、瓦礫の積もる橋上を駆け抜けながら、ついに橋の先端を視界に捉えた。同時に、向こう岸の欄干にも石像が何体も待ち構えているのを見つけた。このままでは挟み撃ちになる。

 

「x1f630(青ざめた電子音)」

「こやつら、次から次へと……!」

 

アイアンクラッドの肩に捕まりながら、リージェントは襲い来る石像へ向かって、星の力を宿した小さな盾を展開し、足止めする。

前方で待ち構える石の集団相手に、サイレントは外套の中から矢弾(フレシェット)を準備し、渾身の力で投げ放った。矢が前方を塞ぐ石像の頭部を貫く。平衡を失った巨体が後方の石像たちを巻き込んで倒れこんだ。

今だ――身を低くしたサイレントは、石像の足元を高速で滑り抜ける。

 

「逃がさん」

 

石像たちが鎌を振り上げて次々に斬りつけてくる。滑る勢いをバネに、サイレントは短剣を両手に握りしめて石像の間を跳弾した。刃に弾かれて傾く石像の頭をさらに蹴って跳躍し、サイレントはついに橋を越える。

サイレントの後に続いていたディフェクトが雷のオーブを解放し、石像の腕を破壊した。鎌を落とし、攻撃の手が緩んだ隙に、ディフェクトは勢いをつけた腕部で石像を思い切り殴りつけて砕く。彫像が轟音を立てて崩れ落ちる横を加速して一気に駆け抜け、ディフェクトも橋を渡り切った。

前方には再び森が広がっている。このまま木々の中へ身を隠しつつ援護しようとしたが、サイレントは急停止して舌打ちした。樹木たちの間を腕よりも太い茨が何重にも絡みつき、鋭い壁を築き上げている。ナイフで幾度切り刻んでも断ち切れず、目ぼしい効果がない。急いで植物を枯らす毒を調合し、撒き散らす。追いついたディフェクトが茨を焼き切ろうとレーザーを発した。毒の効果で弱った茨のほんの数本が枯れただけに終わる。

サイレントたちが進路を確保する間に、橋上では渡り終えた二人の追跡を諦めた石像たちが踵を返し、残された三人の侵入者を始末しようと猛烈な速さで集い始めていた。

 

「もうすぐよ!オスティ!急いで!」

 

ネクロバインダーが最後尾を走るオスティを気に掛けるも、繰り返し呪術を行使したことで息が上がっており、走る速度に衰えを見せている。

迫る巨像が放った鎌からネクロバインダーを守ろうと、オスティが身体を大きく開いて一撃を受け止めようとした。無残にオスティは切り裂かれ、運ばれていたミニオンたちも石の上に投げ出される。

 

「オスティ!」

 

既にエネルギーを使い果たした今のネクロバインダーでは簡単な召喚の力さえ行使することができない。しかもオスティに気を取られて足を止まる間に、前方から集まってきた石像が隙間なく並んで立ち塞がった。

 

「……まずいわね……ごめんなさい。足を引っ張ってしまったわ……」

「何を言うか!出口はすぐそこだぞ!諦めるでない!」

 

リージェントが鼓舞する間にも、石像たちは距離を詰めてきて、欄干を背に追い詰められる。進路も退路も断たれた中で、リージェントを担いだままのアイアンクラッドがもう一度炎の障壁を放ち、石像たちの進行を食い止めた。後ろの石像たちが前に立ち並ぶ石像を力任せに押し出す。障壁を無理矢理突破した敵が石床を震わせながら近づき、三人を見下ろしてくる。反対の手で剣を構えたアイアンクラッドは、仮面の下で巨像を睨みつけた。

 

「侵入者よ、消え去れ」

「あの方の邪魔はさせん」

 

一体が石像の群れの中から一歩踏み込み、鎌を突き出した。アイアンクラッドが受け流そうとするが、片手では衝撃を逃がせず、鎌の切っ先が肌を裂く。重い一撃に吹き飛ばされないよう、アイアンクラッドはどうにか踏み留まったものの、別の石像が炎の内側へ侵入し、隙をついて追撃をしかけてくる。怯まず、リージェントは襲い来る敵を指差した。

 

「失せよ!行け!ミニオンたち!」

 

足元の瓦礫がリージェントの力で一体のミニオンに変化する。いつの間にか動き回れるようになっていたミニオンたちもリージェントの元へ集い、次々と石像へ飛び掛かった。意図しない反撃に驚き、石の魔物が気を取られている隙に、僅かに力を取り戻したネクロバインダーがようやく召喚の魔術を駆使してオスティを呼び戻す。

こうしている間にも石像が集まり、数の暴力を駆使してアイアンクラッドの炎を足でもみ消した。打開策を探す間もなく、突如足元の石畳に大きな亀裂が走る。打ち捨てられて長らく放置されていた橋は、無数の石像の重みに耐えられなくなってきているのだ。

 

「急がないと……!」

「ならばネクロバインダーよ!先に行け!」

「何言ってるの!」

「余はスターリスのリージェントだぞ!アーキテクトを余の剣で討ち取るまで、敗北などありえぬ!盗まれた地図をなんとかして取り戻すのだ!ちょうどいい、オスティよ!共に行け!行くのだ!」

 

復活したオスティがリージェントの勅命に従い、ネクロバインダーの身体を弾き上げて骨の上に乗せた。

 

「ちょっと……!」

 

オスティはネクロバインダーを振り落とさぬよう欄干に飛び移った。石像がいなくなったことで欄干上が最も手薄になっており、ここを突っ切るのが最も生存率が高いと判断しての行動だった。

 

「逃がさん」

 

一体の偶像が橋と垂直になるように長い鎌を突き出し、オスティを払い落そうと一撃を放つ――はずが、見えない壁でもあるかのように石像の身体は動かず、鎌は橋の外へ投げ出されたまま小刻みに震えるだけだった。

 

「むっ……」

 

石像がようやく気付く。負傷したアイアンクラッドが流れ出る血を操って、縄のように鎌の柄を縛り付けていることに。

攻撃の手が緩んだ隙にオスティが一気に走り抜け、石像の群れを離れた。

 

「二人とも!早く!」

「分かっておる!だが余は退かぬぞ!アイアンクラッド!余を下ろせ!貴様らは我がソヴリン・ブレードの露として消してやるわ!」

「無茶してる場合じゃないわ!橋が今にも崩れそうなのよ!早くこっちへ!」

 

ネクロバインダーが叫んだとき、一体の石像が力任せに獲物を振り下ろす。咄嗟にアイアンクラッドは身体を捻った。直撃は免れたものの、重量を伴う一撃と衝撃波が足元を震わせ、振動が支柱まで波及する。劣化の進んだ支柱は戦闘の衝撃に耐え切れず、深い裂け目が走っていく。間もなく支柱は激しい破砕音を轟かせて折れ曲がった。

 

「アイアンクラッド!早くこっちに!!」

 

ネクロバインダーが身を乗り出して二人を呼ぶ間にも、支柱に引きずられて橋桁も谷底へ向かってみるみる沈んでいく。やがて石と石の継ぎ目が引き裂かれ、凄まじい音を立てて橋が完全に分断した。さらに傾いた支柱は橋桁ごとアイアンクラッドたちの真下にある支柱へと激突し、辺りを地響きの如き振動が襲う。瓦礫やほこりが空中を舞って辺りの空気を濁らせた。取り残されていたアイアンクラッドはバランスを失い膝をついた。橋は谷底めがけて傾き続け、石像たちが次々と落下し急流へと飲み込まれていく。

アイアンクラッドは一瞬の逡巡の後、剣を支えに立ち上がるとその場で身体を思い切り回転させ、遠心力を利用してリージェントの身体を勢いよく投げ出した。

 

「アイアンクラッド!貴様何をする!!」

 

放物線を描いて落下してくるリージェントの身体を、オスティが崖縁すれすれまで身を乗り出して受け止めた。

橋の勾配がみるみる大きくなっていき、石畳が樹木のように枝垂(しだ)れていく。間を置かず、ほとんど垂直に等しい角度となり、立ち上がることのできなくなったアイアンクラッドの身体は川底目掛けて滑り落ちていった。かろうじて残る石床に手をかけようとしてもうまく掴めない。底へ投げ出される直前、アイアンクラッドは瓦礫の隙間へ剣を突き刺してどうにかぶら下がる。

 

「~~~!!!」

 

聞いたことのある声――というより悲鳴――に、アイアンクラッドは頭上を見る。零れ落ちてくる無数の石の礫(つぶて)に紛れて、逃げ遅れていたリージェントのミニオンが三体落下してきた。アイアンクラッドの姿を見つけると剣に、あるいはアイアンクラッドの鎧や腕に震えながらしがみつく。

 

「お願い!アイアンクラッド、なんとかするから持ちこたえて!」

「アイアンクラッドよ!余のミニオンを連れてさっさと戻ってこい!」

 

ようやく茨を排除したサイレントとディフェクトが駆け付ける。サイレントは急いで所持している包帯やロープを全て出して何重にも束ねると、先端にナイフを結んでアイアンクラッド目掛けて投げ放った。

ナイフが風を切って、アイアンクラッドのすぐ上、崩落を免れた石床へ突き刺さる。束ね合わせた縄の先端をディフェクトが手に取り、コアや自分の身体に巻き付けて固定した。サイレントとネクロバインダーが前方でロープをしっかり握りしめ、アイアンクラッドを引き寄せる準備を整える。

 

「x1f44c(OKの電子音)」

 

ディフェクトの電子音を聞いたアイアンクラッドは、身を捻って後ろを振り返る。仲間たちと即席ロープの位置、距離を確認し、アイアンクラッドは片手を伸ばした。届かない。もう少し――爪が食い込むほどの力で柄を握りしめ、アイアンクラッドは己の身体を引きずり上げながら腕を伸ばす。

しかし瓦礫が留まる限界を迎え、アイアンクラッドの刺した剣を道連れに川底へ崩れ落ちていき、伸ばした手は空しく虚空を掴んだ。

 

「アイアンクラッド!!」

 

ネクロバインダーの悲鳴は巻き起こる粉塵の中へ吸い込まれていく。アイアンクラッドとミニオンたちは宙へ投げ出され、一瞬にして奈落の底へと転落していった。

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