※この作品はR-18です。

つきなき旅路の番いたち   作:水城 真子

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あてどなく

揺蕩(たゆた)っていた意識がぼんやりとした光を捉え、光を標(しるべ)に浮上していく。

水の音が聞こえる。ネオーのいる地に戻ってきたのだろうか。俺はまた、死んだのだろうか。

しかし、この、頬を何かが突(つつ)いてくる感じは一体――?

 

「~~~~!」

 

聞き覚えのある、奇妙な声が耳元を騒がせる。だんだん、声を発する何者かが兜に収まりきらない髪を引っ張ったり、露出している肌を押し叩いているのを、アイアンクラッドはおぼろげながら理解した。

 

「~~~~!!」

 

声が一段と大きくなって鼓膜を揺るがしてくる。聞き取れない言葉を叫びながら、声の主はアイアンクラッドの腹の上に乗り、幾度と飛び跳ねた。その衝撃でアイアンクラッドはようやく意識を覚醒し、兜の内側で瞳を開く。ゆっくり首を動かすと、腹の上にリージェントのミニオンが一体いるのが見えた。

 

「!……~~~~!!」

 

目が合ったミニオンは両手を上げ、嬉しそうに飛び跳ねる。アイアンクラッドは小躍りするミニオンを摘まみ上げて脇に下ろし、まだ眩む意識の焦点を合わそうとした。

岩や空気に激しくぶつかる水の音、背中に感じる石と砂利の感触、それから全身を走る激痛――そうだ。自分は、橋から転落したのだ。死んでもおかしくない、むしろ、死んで当然という高さだったのに、何故、生きている――?

 

「~~~~」

 

大丈夫か、とでもいうようにミニオンが覗き込んでくる。同じく転げ落ちたミニオンの身体にも擦り傷のようなものがあるが、怪我らしい怪我は見当たらない。

ひとまず今の状況を確認しなければ――アイアンクラッドは小さく呻きながら、時間をかけて上体を起こした。全身打撲や擦過傷まみれで、腕や腿は何かに激突したのか深く抉れ、骨が見える部分もある。未だに血が流れていた。打ち所が悪かったのか何本かの肋(あばら)が肺に刺さる感覚があり、片足は折れている。

目の前には流れの激しい川が流れていた。どうやら橋から落ちた後、川を流されて運良くミニオンと共に打ち上げられたらしい。辺りを見回すと、橋上で襲い掛かってきた石像の頭や手足、鎌がいくつも流れ着いている。後ろを見れば、赤茶けた列柱が上まで続く切り立った崖が連なっていた。もし自分も皆と橋を渡り切れていれば、今頃はこの崖のずっと先にいたはずだろう。

アイアンクラッドはあらぬ方向に曲がって折れた足を両手でつかみ、無理矢理関節を元に戻した。

 

「……ッ……」

 

燃えるような痛みを感じる。何故だろう。この身に流れる血の力で傷はすぐ癒え、痛みなど感じるはずがないのに。骨がしっかりくっつくよう、しばし足を掴んで固定していると、ようやく血が燃え上がり、傷を元通りに治す。身体中を駆け巡る血によってあちこちにできた傷も塞がっていくが、妙に治りが遅い。燃え上がる血が熱蒸気を生み出し、川の水を吸って重く濡れていた服も乾いた。呼吸を整え、身体が動かせるまでに回復すると、アイアンクラッドは立ち上がった。

 

「………?」

 

もう一度、周囲へ目を配る。

――やはり、変だ。

燃える血のことはもちろんだが、ない。常に自分を見つめる視線のような、どこにいても感じるはずの――聖なる悪魔(ヴァクー)の気配がない。

奇妙な感覚だった。契約を交わしてから、いつ、なんどき、千年以上も炎となって燃え上がる間にも、悪魔の笑い声が己の内に響くことがあったというのに。これほどまでに己を――自我を――さめざめと実感するのは本当に久しぶりのことで、アイアンクラッドは驚きとともに、半ば戸惑いも覚えていた。

本当は橋から落ちた己はもう死んでいるのではないだろうか?失われて久しい夢の中にいるのではないだろうか?悪魔はどこへ消えた?

しばし呆然としているとグリーブから妙な重さを感じ、足元を見下ろす。

 

「~~~」

 

ミニオンが小さな手でアイアンクラッドのグリーブを掴むと、川の上流へ向かって何度も腕を突き出した。あちらへ行け、ということだろうか。

リージェントの力で生み出されたミニオンなら、もしかしたら主人たるリージェントの気配を感じることができるのかもしれない。ネオーの地図を失い、仲間とも別れ、ここがどこなのか、行き先も分からぬ以上、留まり続ける意味などない。

早く仲間たちと合流しなければ――アイアンクラッドはミニオンを連れて、あてどなく川沿いを歩き出した。

 

――…

 

深い樹冠によって光が遮られ、薄い霧の帳に包まれた森は、そこかしこで蝙蝠や梟の鳴き声が響き、夕闇を閉じ込めたような不気味な様相を醸し出している。

橋を渡った四人は道を塞いでいた茨の壁を通り抜け、森の仄暗さに感化されたように重い足取りで歩き続けていた。常に会話や指示を飛ばす饒舌なリージェントでさえ、玉座を失い、座り心地の異なるオスティに掛けているせいもあるのか、ぽつぽつとしか喋らず口数がめっきり少なくなっている。

林立する木々の感覚が広まり、腐葉土の敷かれた平地へ出ると、焼け跡が残る褐色の石を使って組まれたかまどを見つけた。

かまどの周囲に荷物を降ろすと、ディフェクト、ネクロバインダーが小枝や枯れ葉を集め、かまどに敷き詰めていく。サイレントが仕事道具の中から燐寸(マッチ)を出して火を点けた。燐寸を使って火を焚くこと自体が久しぶりのことで、暗い森に打ち捨てられていた枝が湿っているせいもあってか、なかなか火が広がらない。

普段、休憩のために火を熾(おこ)すのは、アイアンクラッドの役目だった。誰に言われるでもなく、彼は自分がやって当然だという風に進んで火の番をしていた。血を流すことに苦言を挟むことはあれど、燃える血の持ち主である彼がいたおかげで、一行が火に困ることはこれまで一度もなかったのだ。

時間がかかったものの、ようやく焚火が燃え上がり、サイレントとネクロバインダーは荷物から鍋を取り出し、ひとまず湯を沸かし始めた。

オスティの上に腰掛けていたリージェントがサイレントを指さす。

 

「サイレントよ、この緊急時だ。余が許す。アイアンクラッドの代わりに、お主が料理を担当するのだ。毒を混ぜぬようにするのだぞ!」

 

――なんで私が。

腹が立った勢いに任せて抗議しかけたが、サイレントは言葉をどうにか飲み込んだ。言葉を口にするということは、狩りによって全てを語ってきたサイレントにとっては敗北を意味する。

 

「……みんな、疲れたでしょう?お茶、淹れるわね」

「うむ。ネクロバインダーよ、頼んだぞ」

 

気丈を振舞っているが、彼女の声は明らかに普段よりトーンが落ちている。とにかく動いていないと、気落ちする一方だ。ネクロバインダーは悲しみを一時でも忘れるように、進んで荷物の中からティーセットを出し始める。

 

「サイレントよ!我らは進まねばならぬのだ!早う動け!」

 

内心で舌打ちしながらも、サイレントは食料品を入れる袋を荷物の中から取り出し、開けてみた。ビャードニスの肉は、儀式の獣との戦いに備えて力をつけようと、皆で食べつくしている。ディフェクトとミニオンが集めた山菜や木の実の余り、後は小さな豆ぐらいしか残っていない。ディフェクトが汲んできた水をポーションの空き瓶にたくさん詰めてあり、水には苦労しないのでスープぐらいなら作れるだろうが……果たしてこれだけで全員飢えをしのげるだろうか。

……考えたところで消耗するだけだ。サイレントは僅かな食料を取り出し、外套から取り出したナイフで食材を小さく切り分け始める。

 

「ところで、リージェント」

「なんだ」

 

茶葉を調合していたネクロバインダーが振り返り、腰に手を当てながら溜息を零す。

 

「いつまでオスティを椅子代わりにしているの」

「仕方なかろう!玉座がないのだ!我が星の力があれば、崩落により流された余の玉座を空間転移によって回収できるはずなのに!しかしこの森、いくら我が星の力を行使しても、ミニオンさえ作ることができん!全く不便極まりない!」

 

リージェントは不機嫌を隠せず、オスティを蹴るように足を踏み鳴らした。

 

「だから、オスティを叩かないでちょうだい。星の力とやらがうまく機能しないのは分かったから。それに私も……オスティの様子が少し変なの」

「何?」

「x2753(疑問の電子音)」

「どこが変なのかって聞かれると説明しにくいんだけれど……なんていうか、召喚の力がうまく機能しないのよ」

「x1f630(困った電子音)」

 

サイレントは、食材を切り分けるナイフの手を止めた。

――ネクロバインダーの言う通り、この森は繫茂の地と何かが違う。

再びナイフを動かしながら、橋を渡った直後を思い返した。道を塞ぐように生い茂るあの茨を駆除しようと、毒を調合したとき。あれはどんな植物もすぐに枯らす、多くの魔物も致死するような猛毒だった。だが毒を空気に当てた瞬間、色が仄かに変わり、カビが混じったような異臭を放って変質してしまった。予想外の事態に、ディフェクトと協力しても駆除するのに時間がかかり、合流が遅れたのだ。

もし、もう少し早く加勢していれば……過ぎたことを考えながら、サイレントは切り分けた食材を手持ちの鍋に入れ、火にかけた。

 

「分かったならリージェント、これ以上オスティを傷つけないで、早く降りて」

「むむ……」

 

代わりの椅子を探して辺りを見回すと、焚火のすぐ近くに立っていたディフェクトがリージェントの傍らに寄ってくる。

膝をつくディフェクトを見て、リージェントはポンと手を打つ。

 

「おお、ディフェクトよ。余の担ぎ人となってくれるか」

「x1F44D(サムズアップの電子音)」

 

リージェントはディフェクトに近寄り、肩に足を伸ばしてまたがる。リージェントを肩車して立ち上がったディフェクトが、明るい電子音を放った。

 

「うむ。玉座を回収できるまで、しばし頼んだぞ」

「x1fae1(任せてという電子音)」

 

オスティがネクロバインダーの元へ戻ると、焚火の上で沸かしていた湯が沸騰し始めた。オスティがかまどの周りへ器用にティーカップを並べる。調合した茶をカップへ注ぎながら、ネクロバインダーは遠くの景色を見るような眼差しでぽつりと口を開く。

 

「……アイアンクラッドは、どうなったかしら……」

 

一同の間に、重い沈黙が下りる。

出来上がった茶をリージェントとディフェクトに振る舞い、鍋をかき回すサイレントの横にもカップを置くと、ネクロバインダーはうつむきながら続けた。

 

「……あの高さじゃ、きっと……」

「フン!あやつなら無事に決まっておる!」

「どうかしら……助からなかったら……」

「湿っぽいことを言うでない!」

「分かってるわよ。もし、力尽きてしまったなら……今頃ネオーのところに戻って、復活していればいいのだけれど……」

「蘇ったとして、あやつはまた余のことを忘れるのだぞ!我慢ならぬ!」

 

リージェントは不満を爆発させ、ディフェクトの肩に当たるパーツをバンバンと音を立てて叩く。振動でカップに入った茶がディフェクトの頭に飛び散るが、我を忘れたリージェントは意に介さない。

皆、あえて口にはしないが、分かっている。ネクロバインダーの言う通り、ネオーの元に帰っていればいい。けれども、容易に想像がつく。ネオーは、アーキテクトの死を一刻も早く望んでおり、再生したとして塔の頂上へ行けというだけだ。もしもネオーの元に帰ったとして、これまでの記憶を失ったアイアンクラッドは一人で別に登頂を始め、すれ違う可能性が圧倒的に高い。それに塔は、姿かたちを常に変える。同じ道を辿る可能性は万に一つもないと言っていいだろう。

――もし、このまま、あの男と二度と巡り合うことがなければ、どうなる?

サイレントは煮えたスープを味見しながら、枯毒を隠す包帯を見つめた。今のところ、あの男の血を塗りつけたおかげで病は大人しくしているが……あまり考えたくない。この身を巡る枯毒で力尽きたことは、まだ一度もないのだ。もしそのときが来たら、果たして……ネオーの力で蘇ることは可能なのだろうか?

 

「我慢ならないのは、みんな同じよ。でも……もうここまで来たら……」

「うむ。進むしかあるまい」

 

リージェントが茶を口にしながら、大きく頷く。

カップを口から離したとき、リージェントはようやく自分が零した茶がディフェクトの頭を濡らしていることに気づいた。

 

「おお、ディフェクトよ、済まぬ。余としたことが……ミニオ――」

 

そこまで口にして、リージェントは言葉を止めた。そうだ。いつも雑務を一手に引き受けているミニオンが一体もおらず、さらに星の力が通用しないために、今は付き従う従者が誰もいないのだ。

 

「ぐぬぬ……ネクロバインダーよ!余にハンカチを!」

「はいはい……」

 

呆れながらも、ネクロバインダーは荷物から布巾やランチョンマット代わりに使う布を一枚出し、リージェントに渡した。

拭き取りながら、リージェントはディフェクトが先ほどから微動だにしていないことに気づく。配られたティーカップを手に、湯気の立つ茶の表面をじっと見つめているだけだ。

 

「ディフェクトよ、どうした」

「ディフェクト、大丈夫?」

 

大丈夫とでも言うように頷く仕草を見せると、ディフェクトはリージェントを背負ったまま、その場にしゃがみこむ。両手でティーカップを持ったまま、立てた膝を抱え、うずくまるようにして座るディフェクトのコアは、彼の元気を表すように弱く、暗い輝きだった。

 

「x1f614(塞ぎこんだ電子音)」

「落ち込むでない、ディフェクトよ。気分が優れぬときは、まず身体を温めるのだ。火にあたるといい。冷めぬうちに茶を飲むのも忘れずにな」

 

リージェントが励ますようにディフェクトの肩を叩く。

 

「案ずるな。あやつは余の……皆の剣だ。必ず戻ってくる」

 

リージェントの言葉に幾分か不安が和らぎ、コアに明るさが戻る。ディフェクトはリージェントにも温まってもらおうと焚火に近づいて、ようやく茶に口を――否、指を浸した。ディフェクトには人間と同じ口はないが、何故か指先に味を判定する機能があるため、食事をするときはカップや皿に指を入れるのだ。

スープが出来上がると、サイレントは無言で鍋の中身を皆に配る。

ディフェクトを挟むようにしてサイレントとネクロバインダーが腰を下ろす。リージェントはディフェクトの頭上へ、いつものようにスープの入った皿を掲げた。

 

「皆の者、ひとまず、よくやった。だが……此度の一件で我らは多大な損害を被った。よいか?皆……今後は誰一人、欠けてはならぬぞ」

 

恒例であるリージェントの号令は、いつになく四人の胸に響いた。

火を見つめていると安らぐ、とよく言うが、今は焚火を見つめていると、いつも火を提供していた男のことを思い出してしまう。

四人は誰も言葉を交わさぬまま、空腹を凌ぐためだけにスープを口にした。

 

――…

 

「~~~~♪」

 

ちょこちょこと軽快なステップを踏みながら、ミニオンがよく分からない鼻歌を交えてアイアンクラッドの前を進む。呑気なミニオンを尻目に、アイアンクラッドは川岸に流れ着いている石像の残骸を一つひとつ調べた。奇跡的に割れていない爆発の小瓶(ポーション)が一個だけ見つかり、懐に納める。得られるものは、情報も、アイテムも、全てかき集めておきたい。力を宿したカードは紛失せずに済んだものの、遺物(レリック)はリージェントたちが持っている荷物にまとめてあり、モンスターと戦闘になったとして今は何の加護も得られない。そもそも、落下したときに己の手足と言える剣が谷底へ消え、身一つで戦うしかないのだが――。

 

「!……♦!?~~~~!」

 

突如ミニオンが岩陰に向かって腕を突き出すと、声を上げて走っていく。何を言っているのかは分からないが、恐らくリージェントのことを示す単語を口にしたことはアイアンクラッドにも分かる。張り出した岩盤の下にミニオンが入り込むので、後を追った。ごつごつした岩の暗がりの中に一箇所、周囲の岩肌の輪郭を浮き上がらせる微かな光があった。

どうやら、この光がリージェントのものに見えるなり、感じるなりしたようだ。光を示すようにミニオンが腕を伸ばすので、近づいてみる。何らかの魔術や儀式に使うまじないを刻んだ浮き彫り細工の、蝋燭立てのような形をした真鍮の台座があり、台座の上には卵状に丸い石が浮かんでいた。石はディフェクトのオーブよりも一回り小さく透明で、何かの力を秘めているのか自ら真っ白な輝きを放っている。

こんな石を見たことがないが……レリックだろうか?アイアンクラッドは仔細に調べようと石に手を伸ばす。だが表面に指が触れた瞬間、石が強烈に発光して指先に灼熱が走り、アイアンクラッドは思わぬ衝撃に手を引っ込める。

――石が、触れるのを拒絶した?

再び、石に触れてみる。しかし石は、ディフェクトが解放するライトニングオーブのような青白い雷(いかずち)を放ってアイアンクラッドの指先を襲い、離した手から煙と小さな火花が立ち上った。

 

「~~~?」

 

どうしたのかと言いたげな声を放ち、興味を持ったミニオンが台座をよじ登る。石の放った電流に気を取られていたアイアンクラッドは、ミニオンを危険から遠ざけようと動くのに一瞬遅れた。だがアイアンクラッドが止めるよりも、ミニオンが石を掴む方が早かった。

――そして、何も起こらない。

 

「!……~~!」

 

アイアンクラッドに向き直り、ミニオンは輝く石を自慢気に掲げて台座の上で何度も飛び跳ねた。

台座を離れたからか輝きは弱まっているものの、ミニオンの小さな手の中にある石は敵意を放つのを止めたように静かだった。

今なら触れることができるかもしれない。アイアンクラッドはもう一度石の詳細を確かめようとするが、触れようとした瞬間に、また石が強烈な光と稲妻を放った。

やはり、自分は石に拒まれている。ミニオンだけは触れることができるようだが、何故だろう?

こういった事態に、知識の豊富なネクロバインダーがいないのが悔やまれる。

踊るように喜びを全身で露わにしながら、石を手に入れたミニオンは台座から飛び降りた。台座を離れたら仕掛けが作動するとか、落ちたら爆発するといった可能性を考慮したが、岩陰を離れてもこれといった変化はない。役に立つのか分からないが、アイアンクラッドはミニオンに石を持たせて様子を見ることにした。

 

「♦~~~~♪」

 

再び川沿いを歩き始めると、ミニオンがまた何かを口ずさみながら、リージェントを示す単語を口にした。レリックか何か分からないが、光る石を土産として持っていくつもりだろうか。

 

「なぁ、何か聞こえなかったか?」

 

アイアンクラッドは急いでミニオンの口を塞いで胸に抱えると、近くの岩を背にしゃがんで身を隠した。

声は仲間のものではない。誰かいる――アイアンクラッドが様子を窺うと、離れた岩陰の向こうに人影が見えた。目を凝らすと、繁茂の地で時折遭遇するルビーレイダーズの一味であることに気づく。

ようやく異変に気付いたミニオンが光る石を懐に抱えて大人しくなった。静かになったミニオンを地面に下ろすと、アイアンクラッドはレイダーズの動向を探ろうと耳をそばだてる。

 

「川の音しかしないぞ。気のせいじゃないか?」

 

弓矢を持つクロスボウレイダーが辺りを見回し、肩を竦めた。

 

「そういえば聞いた?繫茂の地を繋ぐ橋が崩落したんですって」

 

紅一点であるアサシンレイダーが口を開くと、他のレイダーたちが顔を見合わせ、近くに流れ着いている大破した石の偶像を注視するのが見えた。

 

「なんだって?」

「じゃあ、この石像は……」

「ええ。まずいわ」

「ってことは……騎士団に入れてもらうなら今しかないよな?」

「ああ。早くあの方の祝福を授かろう」

「なぁみんな、こんなのを見つけたぞ。こいつがあれば、祝福を授けてくださると思うか?」

 

崖下の影から歩いてきた背の高いブルートレイダーが、仲間に確認するように何かを掲げた。

 

「~~~~~!」

「~~~!」

 

レイダーが持っていたのは、橋から一緒に落ちた残る二体のミニオン。

アサシンレイダーが持っていたレイピアでミニオンを軽く小突く。止めろというようにミニオンが暴れるのを見てアサシンレイダーが面白いわ、と感嘆の声を漏らした。なんとかレイダーの手を逃れようとミニオンたちは手足をばたつかせるが、ブルートレイダーにとっては抵抗にもならない些末なものだった。

 

「なんだろうな、この動く人形」

「珍しいものなら、あの方が喜ぶかも」

「そうだな……よし、そうと決まったら祝福を授かりに行こう」

「その前に、俺の斧がどこかにいっちまったんだ。そこで見つけたのを代わりに持っていっていいかな?」

「騎士として認めてもらうなら、やっぱそれらしい武器もいるだろう。どうせ持ち主は死んでる。行くぞ」

 

レイダーたちが踵を返す様子を窺いながら、アイアンクラッドは一味の一人、アックスレイダーが自分の剣を引きずって歩いていることに気づいた。ミニオンを連れて一味が消える前に、アイアンクラッドは静かに岩陰から岩陰を移動して近づき、先ほど拾ったポーションを一味へ投げつける。爆風が立ち、無防備なレイダーたちがもんどりうって倒れた。

 

「な、なんだぁ!?」

 

レイダーが体制を整える前に、アイアンクラッドはグリーブの内から調理用ナイフを取り出した。刃を手に滑らせながら飛び出して一気に距離を詰め、血を纏いながら血路を開く。衝撃に弾かれたブルートレイダーの手からミニオンが転げ落ちる。

 

「~~~~~!!!」

 

無事を確かめるように、一緒に歩いてきていたミニオンが光る石を抱えながら、二体のミニオンの元へ駆け寄った。

 

「~~~!」

「~~~~!!」

 

皆で抱き合うようにしてミニオンが(恐らく)再会を喜び合っていると、レイダーたちが起き上がって武器を手に構えた。

 

「なんだこいつ!」

「きっと、私たちの贈り物を盗みに来たのよ!」

「待て!こいつ、もう一匹持ってるぞ!」

「奪え!殺っちまえ!」

 

徒党を組んで襲い掛かろうとするも、不意打ちを食らいレイダーたちの息が上がっている。最も体力が低いと睨んだ弓矢を持つレイダーを見据え、アイアンクラッドは間合いを詰めて拳を叩き込んだ。レイダーが慌てて発射した矢は鎧を掠め、アイアンクラッドの拳が兜にめり込む。脳震盪を起こし、クロスボウレイダーはその場にあっけなく崩れ落ちた。

 

「~~~!!」

 

ミニオンたちがアイアンクラッドの足元に結集し、レイダーの持っていた弓矢を示す。アイアンクラッドが矢を拾い上げてリロードすると、一匹のミニオンが射出口に捕まった。引き金を引くと、発射された矢にしがみついたミニオンがお返しとばかりにアックスレイダーに体当たりをしかける。衝撃に吹き飛ばされ、砂利の上に倒れこむレイダーの手から剣が零れ落ちた。

 

「させるか!」

 

トラッカーレイダーが猟犬をけしかけてくる。アイアンクラッドは再び掌にナイフの刃を滑らせた。溢れ出た血を迫りくる犬の顔面に放ち、燃える血の力で猟犬を焼き尽くす。未だ炎の尽きぬ犬を飼い主に投げつけると、レイダーの身体に火が燃え移り、みるみる黒焦げになっていく。

走りながらグリーブの内側へナイフを素早く収納すると、アイアンクラッドは地面に転がる剣の刃先を足で思い切り踏みつけた。砂利を纏いながら柄が浮き上がる。宙に跳ねた剣を見もせずに柄を掴み、アイアンクラッドはアサシンレイダーの繰り出す刺突を躱(かわ)し、鎧ごと叩き斬った。レイダーの兜の下から鮮血が流れ落ち、地面にどさりと音を立てて沈む。

 

「貴様!よくも!」

 

冷静を欠いたブルートレイダーが拳で殴りつけてくるが、もはやアイアンクラッドの敵ではなかった。大振りの一撃は隙だらけで、アイアンクラッドは身を低くして簡単に避ける。頭上のレイダーの脇を目掛け、手甲に乗せた刃をアッパーカットの要領で突き上げた。拳の力も加わって深くめり込んだ刃がレイダーの腕を切断し、千切れた太い脈からレイダーの血が吹き出す。

 

「お、お前!何してくれるッ!!」

 

腕がなくなったことに紛糾するレイダーが唾を飛ばしてくるが、アイアンクラッドは剣を大きく振りかぶって覚めない眠りを与えた。

 

「~~~~!」

「~~~~~~!」

「~~~~♪」

 

ミニオンたちが手を繋ぎあって飛び跳ねた。

勝利を喜び合うように踊り始めるミニオンを無視し、アイアンクラッドはレイダーたちの死体を漁った。男たちから、中身を使い切って空になったポーションの瓶、僅かなゴールド、携帯食といったものが出てきた。戦力を上げるのに目ぼしいカードはこれといって見つからず、レリックは誰も身につけていない。

 

「~~~!」

 

光る石を持っていたミニオンが、これを見つけたと言わんばかりに、踊りながら残りの二体に見せびらかし始めた。

アイアンクラッドはミニオンたちのやりとりを横目に、最後にアサシンレイダーの鎧を剥いだ。こちらも大した装備はないが、血に濡れた巻物が懐に収まっている。

 

「♦~~~!」

「♦~~~~~!!」

「♦~~!」

 

巻物を手に取ると、ミニオンたちがやかましくなり、リージェントの名前を叫びながら急に石を取り合い始めた。どうやら誰がリージェントに石を献上し、自分の手柄にするかで言い争っているらしい。

三体が互いを殴るようにして競っていると、光る石がミニオンの手に弾かれて空中へ舞い上がった。

 

「!!」

 

ミニオンたちが慌てて追いかけるが、零れ落ちた光る石は砂利の上を何度か跳ねると川の激流に飲み込まれてしまい、あっという間に見えなくなった。

 

「~~~……」

 

宝物を失い、ミニオンたちは見るからにしょんぼりとしてうつむき、大人しくなる。

巻物に何が記載されているか確認しようとしたアイアンクラッドは、巻物を広げる手を止めて顔を上げた。

――なんだ?空気が変わった?

アイアンクラッドは川沿いの冷たく湿度の高い空気の中に、微細な変化が起きたことを捉えていた。橋を落ちる前にいた、繁茂の地に広がる草木の濃密な緑の気配が、川沿いの空気に混じり始めたかのような……。

激流に目を向ける。無論、対岸にあるはずの繫茂の地は見えない。何故――?

 

「!」

 

ミニオンたちが何かに気づき、背後の崖に向かって腕を突き出し始める。

アイアンクラッドが振り返ると、そそり立つ崖の一箇所が、水に浮かぶ油膜のようにぐにゃぐにゃと歪み始めていた。赤茶けた崖が棒のように引き延ばされたり、ボールのように丸くなったりを繰り返しながら、やがて歪みそのものが淡い光を放ち始める。

何が起こるのだろうと、ミニオンたちはアイアンクラッドの足元に集まった。すると歪みが眩しい光を放ち始め、驚いたミニオンたちは慌ててアイアンクラッドのグリーブにしがみつき、光から逃れるように身を隠す。

アイアンクラッドが警戒に剣を構えたとき、歪みに稲光のような亀裂が入り、限界まで引き延ばされた崖はもう耐えられないとでもいうように花火のように弾け、次の瞬間あらゆる影をかき消すかのような真っ白い強烈な光が川沿いを包む。

巻物を持つ腕をかざして光を遮ったアイアンクラッドは、辺りの明暗が元に戻ったことを確認してから腕を降ろす。

眼前にそびえていた崖は、消えていた。崖が二つに分かれ、生まれた断崖の狭間には舗装されていない細い道が伸びている。

――道が、隠されていたのか?

 

「~~~?」

「~~~~」

「~~~~!」

 

ミニオンたちが前に出てくると、三体はアイアンクラッドを見上げながらその場で飛び跳ね始めた。あっちへ行こう、とでも言っているように思える。

ミニオンたちの顔を順繰りに眺めながら、アイアンクラッドは思案した。

――もしや、あの光る石によって、道が隠されていたのだろうか?

辺りを一度見回すが、激流と砂利道が広がるばかりで、川沿いを歩き続けても進展はないように思えた。隠された道を進むしかないだろう。

とはいえ、道はどこまで、どこへ、どのぐらい長丁場の旅になるのかは相変わらず分からない。

しばし考えると、アイアンクラッドは握っていた剣を一度地面に突き刺し、レイダーズの死体の近くに屈む。レイダーズの着用していた服を大きく引き裂きながら、アイアンクラッドは並んで立っているミニオンたちを手招きした。

 

「?」

 

剥ぎ取った服の端と端で、拾ったゴールドと巻物を覆って落ちないように包む。アイアンクラッドは左右の端を引っ張り、寄ってきた一体のミニオンに巻き付けると、どこかの国でたすき掛けと呼ぶ結び方できつく縛り付けた。別のミニオンにも、食料を包んだ布を同じように巻き付ける。

レイダーズが持っていたポーションの空き瓶を手にすると、アイアンクラッドは川へ運んで軽くゆすいだ。瓶いっぱいに水を汲んで栓をすると、残るミニオンの身体に縛り付けて運ばせることにした。

 

「~~~?」

「~~~~」

「~~~!」

 

ミニオンたちが顔を見合わせあうが、役割を持ったことが嬉しいのか小さく飛び跳ねる。

アイアンクラッドが地面に刺した剣を回収したのを見ると、出発の合図だと察知したミニオンたちは断崖と断崖の間へ駆けてゆく。アイアンクラッドも三体の後に続いた。

しばらく、アイアンクラッドたちは左右を高い岩壁に阻まれた獣道を進み続けた。ごつごつした石や岩の隙間に僅かな灌木や草が見られ、砂利を敷き詰めた道は地平の先まで伸びているように見える。人か野生動物の往来はあったのか、踏みならされてできた痕跡が見当たり、アイアンクラッドは前を行くミニオンたちの動きにも気を配りながら歩き続けた。

歩けど周囲の風景に明確な変化が見られず、果たして自分たちは進んでいるのかと疑問を抱いたとき、ミニオンたちが立ち止まり、岩肌へ向かって腕を伸ばした。

真っ暗な洞(ほら)があった。ビャードニスの身体もすっぽり入りそうな口を開けており、先ほど歩いていた川沿いよりも冷たい風が内部から漂っている。

 

「~~~~」

 

調べようとでも言っているのだろう。アイアンクラッドは掌に刃を滑らせ、燃える血を手中に灯すと、ゆっくり洞穴へ入っていく。ひんやりとした空気が漂う内部を火で照らしながら歩き回るが、スパイアに無数にある財宝を隠す小部屋ほどの大きさで、どこかへ続いている道は見受けられない。先ほど遭遇したレイダーたちが使っていたのだろうか、枝を集めて焚火をしていた痕跡と灰の臭いが残っていた。

 

「~~~~~~」

 

足元に集まってきたミニオンが、焚火の痕跡を示す。アイアンクラッドは残されていた小枝の束に燃える血を垂らして火を焚く。焚火の周りに集まったミニオンたちが背負っていた荷物を降ろし、火を囲うようにして座り込んだ。どうやら、歩き疲れて休みたいらしい。

先を急ぎたかったが、アイアンクラッドも仕方なく火の前に腰を下ろす。

 

「~~~」

「~~」

「~~~~~」

 

ミニオンたちは何事かを語り合うと立ち上がってアイアンクラッドに近寄ってきた。三体ともアイアンクラッドの内腿に集まって、足を枕にするようにして横たわり、静かになる。

――何なんだ、一体。

アイアンクラッド本人は気づかないが、燃える血の巡る彼の身体は特に温かいことを皆知っている。焚火だけでは、光の当たらぬ洞穴の冷たい空気に身体が震えてしまうので、ミニオンたちはアイアンクラッドで暖をとろうと集結したのだ。

溜息をついたとき、ミニオンに運ばせていた荷物が目に入る。

――そういえば、まだ確認していなかった。

アイアンクラッドはゴールドと巻物が入っていた包みをほどき、巻物を広げて焚火にかざしながら眺めた。

山や谷、滝といった絵図がいくつか描き込まれており、巻物は地図のようだ。レイダーの血で濡れた右側に、細い線が二本引かれているが、途切れていた。付着した血で文字が滲んでいるが、恐らく、橋。これは自分たちがいた、崩落した橋を示しているのではないだろうか?

橋から左へ、蚯蚓(みみず)のようにうねる道の行き先を指で辿っていると、大きな城塞と思わしき絵が描かれていた。絵のすぐそばに『蜃気楼の城』と記されている。

――蜃気楼の城。

アイアンクラッドは思案した。恐らく、橋上の尖塔で聞いた、そしてレイダーたちが口にした『あの方』とやらがここにいるのではないか?レイダーが口にしていた単語も引っかかる。騎士団、というのは、城を防衛している者たちと見当がつくが、『祝福』というのは何だろう。口ぶりから、ミニオンを献上することで何かを授かろうとしていた。アイアンクラッドにとっての祝福は、エンシェントから授かるレリックであったり、強力なカードを指すが、こちらからエンシェントへ何かを捧げるというのは聞いたこともない話だ。悪魔と交わした契約のようなものなのだろうか……しかしレイダーたちが皆、一様に何かを得られるというような口ぶりは、悪魔の契約とも少し違うように思うが……。

ここで思考しても答えが出るはずもない。蜃気楼の城とやらに行けば、全てが分かるだろう。立ちはだかる敵がいるのなら、斬り捨てるだけだ。

それに、橋から城へと通じる道があるなら、アイアンクラッドにとって希望であった。地図の通りであれば、橋を抜けた仲間たちが道を進めば、必ず城を通過するはずだ。

――仲間。仲間は、今頃どうしているだろう。

 

「………?」

 

物思いにふけっていると、火の爆ぜる音に混じって小さな羽音が頭上から聞こえた。

見上げると、桑の実のような色の暗い毛皮を持つ蝙蝠(こうもり)がどこからか一匹入り込み、焚火で淡く照らされる天井の岩肌に留まった。アイアンクラッドが知る蝙蝠という生き物は懸垂姿勢をとって頭を下にぶら下がるのだが、洞に入ってきた蝙蝠は鳥と同じように突き出した岩に留まっている。この洞をねぐらにでもしているのだろうか。変わった蝙蝠だ。

 

「……zzz……♦……」

「……♦……」

「♦……zz……」

 

足元のミニオンたちが寝息を立てながら時々、主人――リージェントの名を口にする。寝言と、火の音だけが小さな洞の静寂を彩った。

こんなに静かな休憩は、いつぶりだろう。いつもあんなに――リージェントが口うるさく声をかけてきて、ネクロバインダーが一挙一動を気にかけ、ディフェクトが電子音を放ちながらまとわりつき、傍で見ているサイレントが仮面の下から無言で話しかけてきて。鬱陶しいようで、心地よい喧騒。

――橋を落ちる前、リージェントが言っていた。ミニオンを連れて戻ってこい、と。

言葉を反芻しながら、アイアンクラッドは手にしていた巻物を地面に置き、足元のミニオンたちを眺めた。

リージェントが倒れると、星の力を失ったミニオンたちも力尽きるのを知っている。裏返せば、ミニオンが生きていれば、リージェントは――仲間はまだ生きているのだ。

ゴールドと巻物を包んでいた布を手に取り、アイアンクラッドはミニオンたちの身体にかけてやった。

橋を落ちる直前、見張り塔の中で見た機械。石の偶像の襲撃。『あの方』とやらがいなければ、仲間たちと別離することもなく、旅は順調に進んでいたのではないだろうか。

思い至ったとき、アイアンクラッドの胸に怒りが湧き上がっていた。

敵は全て剣と炎で屠る。『あの方』とやらも――例外はない。

新たな怒りの種火を胎(はら)の内に燃やしながら、アイアンクラッドは焚火の炎を見つめた。

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