※この作品はR-18です。

つきなき旅路の番いたち   作:水城 真子

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交錯するとき

盗まれた地図の行方を追って、野を、山を越え、四人はさらに色とりどりの草花が絨毯のように敷き詰められた高原を越えようとしていた。遭遇した騎士団を蹴散らし、彼らが休憩に使っていたであろう茅葺屋根の東屋(あずまや)を見つけると、四人は腰を下ろすことにした。東屋の外を出れば、高原は下る一方。蜃気楼ではなく本物の城が眼下に見えており、城内で激しい戦いは避けられないと判断した四人は、最後の休憩を取ることにしたのだ。

木組みのテーブルの中央に鍋を置き、サイレントは購入した米と共に、残り少ない山菜とキノコを煮込んで雑炊を作った。テーブルの上座に腰掛けるリージェントが、雑炊の入ったボウルにスプーンを入れて掬い上げ、中身を訝し気に見つめる。雑炊を口にすると、途端にしかめっ面になって席から身を乗り出し、サイレントへ指を突きつける。

 

「サイレント!なんだこれは!味がないぞ!こんなもので待ち受ける戦いの渦中に身を投じれると思っておるのか!」

 

――うるさい。黙って食え。

テーブルの一番隅に腰掛けたサイレントはぶつぶつと文句を垂れるリージェントを無視し、作った雑炊を胃の中へかきこんだ。

濃い味付けでは満腹感は得られるが、食事に満足して動くのに時間がかかってしまうし、染み付いた匂いは狩猟において不利になる。突如の襲撃や不慮の事故が起きても咄嗟に動けるよう、サイレントは料理をわざと薄味にして作るのだが、狩人として染みついた料理の癖がリージェントの癪に障るらしい。

 

「余はアイアンクラッドが作る、あの煮込みを食したいのだ!お主だって作れるだろう!」

「あれは郷土料理みたいなものだから……サイレントには作れないわよ」

 

向かいに腰掛け、文句一つ言わず雑炊を食べるネクロバインダーの言葉を聞いて、怒りを引っ込めたリージェントが首を動かす。

 

「む……郷土料理とはなんだ?」

「ああ……スターリスの人って食べなくてもいいから、そういう概念ないのね……。土地の風習、歴史とも関わりが深い、地域の食文化ってことよ。つまりあなたがいつも食べたがるアイアンクラッドのシチューは、アイアンクラッドが生まれ育った土地や一族から継承して作ってる料理ってこと」

「あやつでないと作れんのか?」

「少なくとも、味についてはそうでしょう。見よう見まねで私たちが作っても、全然違うものになるわよ」

 

リージェントの隣に座って雑炊の中へ指を入れていたディフェクトが、ネクロバインダーの解説に感心したような電子音を鳴らす。

――お前、そもそも食わなくていいんだろう。文句があるなら食うな。そもそも、あの男が作るのは……。

食事を咀嚼するサイレントの頭に、ふと現れる、不在となった男。

――あの男がいなくならなければ、私はこんなことせずに済んだのに。あの男がいなくなったせいで、私は……。

スプーンを握る手に力がこもり、サイレントの胸に沸々と、苛立ちが募っていく。

雑炊を胃に収めると、サイレントは叩きつけるようにスプーンを置き、空になった皿をそのままに立ち上がった。

 

「サイレント?」

 

ネクロバインダーが声をかけてくるが、身振りで哨戒に出ると説明し、サイレントは無言で三人の元を離れた。

東屋を離れて高原の頂きまで歩く。眼下に聳える城がよく見える芝生が突き出た場所へやってくると、サイレントは風雨の侵食によって扁平に削れた岩の上に腰掛けた。

一度深呼吸すると、柔らかな風が吹き抜けて髪や外套を微かに揺らす。漂う青葉の香りで胸を満たせば、ささくれだった気分が多少宥められた。

気を落ち着かせたところで、サイレントは仮面越しに包帯の巻かれた腕を見つめた。

 

「………」

 

例えば、女には月のものが備わっている。それが近くなれば胸が張ったり、肩がこったり、身体の変化によって察知できるものだ。同じようにサイレントは身体の、特に腕に違和感を覚え始めていた。血管の中に見えない針があって、時間が経つにつれて一本、また一本と増えて流れ、時折体内に突き刺さるような――枯毒が、身の内で自己主張を始めようとしている証拠だ。

包帯から目を逸らすと、サイレントは外套の中へ手を入れる。取り出したのは、繫茂の地で手に入れた、真っ赤に熟した二つの林檎。

非常食として一つを外套へ戻し、もう一つの林檎を手にしながら、サイレントはもう一度東屋のある方角へ振り返った。三人は、誰も追いかけてきていない。

手の中にある赤い重みを見つめる。この林檎を捨てることは、いつでも出来たはずだ。今だって哨戒で見つけたフリをして二つとも三人に渡せば、それで終いだ。空腹も少しは紛れるし、飯がどうのこうのとうるさいリージェントも少しは黙るだろう。

――邪魔になるだけだ。捨てろ。こんなもの捨てるんだ。

サイレントは手首を反転し、掴んでいる手中の果実を、岩の下に広がる草むらへ向けた。

狩りの邪魔になる。荷物になるだけだ。こんなものは……己に言い聞かせて手放そうとするが、手に接着してしまったかのように林檎が離れない。

――もう、渡すべき男は、いないのだから。

林檎を握りしめるサイレントの手が、微かに震えた。枯毒のせいではない。

どうして手から離れない。否、離すことができない。サイレントは眉を寄せ、真っ赤な林檎を睨む。

手放せないのは何故か、本当は分かっている。鮮やかな赤い色彩がどうしても呼び起こしてしまうからだ――男の炎を。男の面影じみた赤い重みを捨てたら、あの男との関わりを自ら断ち切るのと同じではないか。言葉はなくとも確かな繋がりがあったのに、あの男と共有した時間が、何もかもなかったことになるのではないか。

――何故、そんな馬鹿なことを考えている。

自問して、自答は明らかだ。この身に巣食う枯毒という不浄を祓えるのは、あの男の炎だけ。

サイレントは握りしめていた林檎を一旦、腰掛けている石の上に置いた。枯毒を隠す腕の包帯を解き、病の進行を確かめる。まだ少しだけ、塗り付けた男の血が枯毒を押さえつけていた。

だがもう血が得られぬのであれば、もはやこの身は、枯毒に貪られて死という真の静寂へ滑り落ちていくだけ。これは勘だが、サイレントは枯毒で命を落としたとき、ネオーの祝福を得られないだろうと察知していた。次に訪れる死は本当の死であり、ディフェクトやネクロバインダー、リージェントとも別れを意味することになる。

――これが最期の狩りになるのかもしれない。

まだ、ネオーの地図を盗んだ騎士団との交戦が待ち受けている。『あの方』とやらを仕留めるまで、持ち堪えてくれればいいが……。

狩猟の悔いが残らぬよう包帯を再び腕にきつく巻き、サイレントは傍らに避けてあった林檎を再び手に取って胸元に寄せる。

――アイアンクラッド。お前は今、どこにいる。ネオーのところか?もう私たちを置いて塔を登り始めているのか?激流に記憶を全て流して私たちのことは忘れたか?それとも……。

林檎に話しかけるなんて、いよいよ枯毒に頭までやられたのだろうか。返事などあるはずない。己が狩りでしか物事を語らぬように、あの男もまた、言葉ではなく、剣と炎だけで全てを語るのだから。

 

「サイレント、ここにいたの」

 

サイレントは背後に迫る彼女に見えぬよう、林檎を外套の中に戻した。

座っていた岩から立ち上がり、振り返ればネクロバインダーと、まとめた荷物を背負うオスティだけでなく、ディフェクトと、ディフェクトの肩にまたがったリージェントもついてきていた。

 

「お主、こんなところで何をしておる」

「……心配して、考え事でもしたくなったんでしょう。風に当たりたかったのよ」

「心配?」

「何も言わなくたって、サイレントもアイアンクラッドのこと、心配してるのよ」

 

同じ女だからだろうか、こういうときネクロバインダーの鋭さには舌を巻く。

横で聞いていたディフェクトが、アイアンクラッドの名前に反応してネクロバインダーを見つめた。彼女から目を逸らすと不意に肩を落とし、足元の草を見つめるようにうなだれる。

 

「む……ディフェクトよ、どうした」

 

リージェントが覗き込むが、ディフェクトは考え込むようにうつむいたままだった。コアの光も、彼の心を表すように仄暗い影を落とし始める。

 

「ディフェクト?」

「……465249454E4420495320474F4E45DA」

 

サイレントは、ネクロバインダーもリージェントも、電子音ではなく、彼にしか分からない言語を発したディフェクトを凝視した。

ディフェクトはその場で足踏みする素振りを見せながら、指と指の先端をくっつけては離すのを繰り返し始めた。

 

「57484552452049532048453FDA……4920414D204C4F4E454C592E……」

「……友がいなくなって寂しい……どこにいるのだろう……か」

 

掠れたような音声で話すディフェクトの言葉を訳し、リージェントが腕を組む。スターリスから飛び出したときに乗ってきた宇宙船は、ディフェクトが話す機械言語と似たプログラム言語を使用して稼働しており、リージェントはディフェクトの言葉がある程度理解できた。

リージェントの翻訳に頷いたディフェクトは、視覚ユニットから液体を滲ませる。

千年前、かつての塔を登っていた頃にも、今はいない男を見かけたことがあった。アイアンクラッドは忘れてしまっただろうが、ほんの一時、彼と一緒に塔を登ったことが微かにメモリーに残っている。その頃から、血には血を、とばかりに男と、男と相対する者全てが血化粧を施していた。傷だらけなのに、登頂を続ける己のコアが損傷し歩けなくなると背負ってくれた。自己修復を試そうと無防備になっているときには、襲い来る魔物から守ってくれたことも、朧気に記憶している。

ディフェクトには痛みという概念は理解できても、痛みそのものは分からない。けれど、フロウ――初めて出来た機械の友と別れて、コアの奥に不可視の亀裂が走り、奇妙な歪(ひず)みが生まれる感覚を覚えた。彼の傷を、傷から流れる血を見ると、コアに生まれた歪みが何かを叫ぶように震え出してしまう。

いつも己を含めて、みんなを守って。千年前と同じように傷だらけになる男はもう、傷ついてほしくないのに。けれどアイアンクラッドは、恐らく自分たちを先に助けようとして、激流に飲み込まれてしまった。

皆の言う通り、ネオーの元へ戻っていたとして、このまま先ずっと、一人で塔を登り続けることになってしまったら、誰が彼の痛みを救ってやれるのだろう?

――ボクハモウ、トモダチ、ウシナイタクナイノニ。

 

「ディフェクト……そういう気持ち、一人で抱え込んじゃ駄目よ」

 

ネクロバインダーが慰めるようにディフェクトの身体を抱きしめ、あやすように肩を撫でる。

ディフェクトは身を震わせ始め、堪えていた涙を視覚ユニットから流し始めた。リージェントが背にいるのも構わずしゃがみこむと、泣きつくようにネクロバインダーの細い骨の腕を手にとって頭を寄せる。

 

「57494C4C2049204E45564552205345452048494D20414741494E?49532049542042454341555345204920434F554C444E275420534156452048494D?」

「お主がアイアンクラッドを助けられなかったから、もう会えない?それは違うぞ、ディフェクトよ。思いつめるでない」

「……助けられなかったのは……私たち……みんなの……責任よ」

 

ネクロバインダーはディフェクトを慰めようとしたが、声が上擦って震えてしまった。

 

「私も……私も、寂しいわ……」

 

ネクロバインダーもまた、口には出すまいとしていたが、ディフェクトにつられて秘めていた心細さを吐露してしまうと、骨だけになった胸に熱いものが込み上げてきた。

塔で生まれ塔で育ち、両親と巨人の友がいて、愛に満ち溢れた日々。当たり前のように存在した日常が、一瞬で奪われた無力で幼い時。全てを失った怒りと復讐心は無限に燃え盛るものの、いつまでもアーキテクトをこの手で葬ることのできない焦燥は募る。

――お父さん、お母さん、私のせいで……ごめんなさい。

癒せぬ孤独と哀しみに、呑まれてしまいそうなときがなかったといえば、嘘になる。けれど仲間の前で、泣けなかった。泣けずにいた。気にかけるオスティの前でも、大丈夫だと振舞っていた。

以前に塔の頂上を目指す途中、幾度目かの休憩をしていたときのことだった。

――お父さん、お母さん……お願い、私を見守っていて……必ずあいつを殺すから……必ず……あいつを殺せるように……私、もっとしっかりしなくちゃ……。

火の番をしていたネクロバインダーは、色褪せてしまった幸福を思い出しながら、鎌をきつく握りしめて身を震わせた。己に復讐を言い聞かせながらも、暗い感情が旅に支障が出そうなほど、胸を覆い尽くそうとしていた。鎌を握る手と反対の手でスカートの裾を握りしめながら、頭痛を催すような激しい感情の波を凪に近づけようとした。故にネクロバインダーは、目の前の焚火が消えかけていることに気付かなかった。

いけない、と自分が薪を手にする前に、火へくべる手があった。火の番を変わろうとしていたアイアンクラッドが、焚火を見つめながら一言だけ喋ったのを今でも覚えている。

――泣きたいなら、泣け。

数えるほどしかない、彼の自我が鮮明であったときの、ほとんど奇跡のような一瞬。

ぶつけるべき相手から跳ね返されるたび膨れていく、行き場のない怒り、焦燥、哀しみ。凝(こご)って渦を巻いていた感情がたった一言で氷解すると、瞳のない眼窩から生まれた熱い雫が頬骨を伝っていく。ネクロバインダーはアイアンクラッドの袖を借り、皮膚のない骨だけになった顔を埋めて咽び泣いた。

そこにいるだけで、死んでしまった父の逞しい背中に守られているような安心感があったのに、彼はいなくなってしまった。仲間が一人いなくなるという重みと痛み。もしかしたら――この先の城で、それ以上のことが待ち構えているのではないだろうか。

揺れる仲間の様子を見て、リージェントはディフェクトの頭上から三人の顔を順繰りに見据えた。

 

「心配など要らぬ。余は信じておるぞ。あやつが必ず戻ってくると」

「……あなた、まだ本気でそう思ってるの?」

「なんだ、お主。ピグマリオンを知らぬのか?」

「……ピグマリオン?」

 

博識なネクロバインダーが首を傾げたのを見て、リージェントは目を何度も瞬いた。

 

「スターリスの民は皆、知っておるぞ。他者からの期待や信念が、人の行動や成果に影響を与えることを、スターリスではピグマリオンと呼んでおるのだ」

「……戻ってくるって信じていれば、その通りになるってこと?」

「だから余は信じるのだ。太陽の後継者として当然のことよ」

「x1f929(目を輝かせて大喜びする電子音)」

「そうだ、ディフェクト。我らがあやつを望めば、あやつも我らを望む。だから、お主も信じるのだ」

 

縮こまっていたディフェクトが視覚ユニットをキラキラと輝かせると、背筋を伸ばして立ち上がった。リージェントは心配ないとでも言いたげに頭上で微笑む。

――信じていれば叶うなんて、綺麗事じゃないか。

横で聞いていたサイレントは胸の前で腕を組み、足先で地面を踏み鳴らした。

いつもあれこれ指示してやかましく、口うるさくて。面倒ごとだって全部ミニオンに任せて、王族らしく汚れ事を嫌うために、旅の最初は血を見ることさえ、プレオンに生きる者は野蛮だと散々に評価していたくせに。なのに、ここにいないあの男の剣捌きを目の当たりにすると、心臓の破片を手に入れた千年前からあの男を知るサイレントを差し置き、皆の剣だ盾だと自分が一番よく見てきたように評価して。悪魔によって抑制された自我が戻らないか試すように、男にあれこれ口を挟んで付きまとっているのも、サイレントはよく知っている。

常に命のやり取りの中心に身を置くサイレントにとって、何よりプレオンという血に彩られた世界を知らず、どこかズレた常識や理想を論ずるリージェントは、腹立たしいリーダーでもあった。

だが死を間近に感じ取っているサイレントにとって、普段なら腹の足しにもならない綺麗事が、今は手に取る価値があるように感じられた。土を小刻みに踏む足を止め、サイレントは組んでいる腕の包帯を見下ろす。

――どうせ、枯毒の足音はすぐそこまで迫ってきている。信じようが信じまいが、己に降りかかる結末に差異はない。なら……。

 

「サイレント、ネクロバインダーも、信じよ。アイアンクラッドは戻ってくる。太陽の後継者たる余が断言するのだ。間違いなどないぞ」

 

リージェントがディフェクトの頭上で胸を張る姿勢を見せながら、二人にも後押しする。こういう不確かで理由のない、けれど因果律さえも己の采配で捻じ曲げ、黒を白に変えてしまうような毅然とした王らしい振る舞いに救われてきたのもまた、サイレントにとって揺るがない事実だった。

――そう。死という結末に差異はないなら、一つでもあった方がいい。最期に足掻けるために。一矢報いるために。この手に握る刃を振るうのに必要な、確かな理由と希望が。

サイレントが組んでいた腕を下ろしたのを見て、リージェントは眼下で待ち受ける巨城へ首を動かす。ディフェクトも城を中央に据えるように向き直り、ネクロバインダーが隣に並ぶ。

 

「さて……いよいよ城に乗り込むときがやってきたな」

「ここまで長かったけど……やっとご対面ね」

「x1f4aa(気合を入れる電子音)」

「あの方とやらの剣を拝ませてもらおうではないか。皆の者、参るぞ」

 

リージェントの声を合図にディフェクトが歩き出し、ネクロバインダーが一歩後ろを行く。外套の内側で寄り添い合っている二つの林檎の重みを感じながら、サイレントも続いた。

高原を下りながら、サイレントは枯毒に塗(まみ)れた腕を握りしめる。仮面の奥に潜む瞳に殺意を秘め、高原の下に聳える城を睨んだ。

――アイアンクラッド。お前から貰った寿命(いのち)でもって、騎士団とやらを狩り尽くす。

 

いよいよ城壁の前に辿り着いた四人は、聳え立つ城を見上げる。砂岩や大理石を白く滑らかに磨き上げ、美麗を誇る広大な城は、完成までにどれほどの歳月を要したのだろうか。城を堅固する石造りの城壁は、巨体を誇るエンシェントたちを誰一人通さぬような高さを持ち、左右へ首を動かしても果ては見えず、城というより要塞だった。城内の治安のためか、外郭と内郭それぞれの城壁の手前には堀が掘られ、渡るために木製の跳ね橋が設置されている。跳ね橋は現在、外郭と内郭の門の間で直角に折れ曲がっていた。門の外防備(バービカン)は、頂上に歯のような形の突起が等間隔に並び、石落とし用の穴やアロースリットが設けられ、見張り台や稜堡(りょうほ)から鎧姿の騎士たちが武器を手にこちらを見下ろしている。

外防備の入口は、魔物の群れや侵入者が攻め込むのを拒むかのように、すれ違うのがやっとな狭さだ。侵入者を防ぐために作られた金属製の格子戸の下では、槍を持った騎士が二人立っている。二人の騎士を囲むようにして、どうにかここへ辿り着いたであろう、塔の外より派遣された調査隊や冒険者と思わしき装備の者たちが、自慢の財宝を手に押しかけているのを、四人は遠巻きに観察した。

 

「あの方に、ぜひこの品を……!」

「俺を、どうか騎士団の一員に……!」

 

あの方とやらは、随分人気者らしい。詰め寄る冒険者たちの行列を見渡していたネクロバインダーは、入団を希望する人間たちに混じって、フライコニドや絞蛇といった魔物までもがレリックらしきものを抱えて列をなしていることに気づく。人間は怯えて逃げ出す素振りもなく、モンスターたちも襲う素振りはない。

 

「魔物まで……騎士団に?あの方とやらが討伐しているんじゃなかったの……?」

「それに見ろ。あれは……魔窟や栄光の路にいる強敵だぞ」

 

ディフェクトにまたがっているために高い位置を見通せるリージェントは、上層で蜂の大軍をけしかけてくるエントマンサーが冒険者たちに紛れている姿や、魔法を操って一行を苦しめてくる騎士のギャングといった強敵を見つけ、訝し気に目を細めた。

 

「ここは繫茂の地を渡った先に広がっていたはずだ。何故彼奴(きゃつ)ら、下の層におるのだ?」

 

疑問を口にしたリージェントがエントマンサーを注視していると、人間を押しのけて騎士団の前に進み始める。人ごみの中から蜂の巣穴と化している左腕が垣間見えたとき、リージェントはエントマンサーの鎧が微かに光ったことに気づいた。

 

「?」

 

異変を察したディフェクトも、光をスキャンし調査した。結果、相似している。水門で騎士団との攻防を繰り広げダイナソアとやらと交戦したとき、騎士が操るのに使っていたであろう白い石の輝きに。

 

「……アノカタニ……」

「うむ。通れ」

 

騎士が譲るように道を開け、カタコトの言葉を紡いだエントマンサーが当たり前のように城内へ入っていく。続くギャングたちも何かを懐から出して騎士に見せると、見張りの騎士は頷いて城へ通した。

 

「ま、待ってくれ!俺も、あの方に、これを捧げたい……!」

 

城内へ入る魔物たちを見て、冒険者と思わしき男が騎士へ駆け寄り、持っていた布袋からレリックを取り出して掲げた。離れていても四人には分かる。男が両手で握りしめているのは、魔物たちと交戦する際、防御(ブロック)の力を授けてくれるホーンクリートだ。

旅の道中で時折見かける財宝だが、二人の騎士は冒険者の身体を槍で勢いよく払いのけ、蹴躓(けつまず)いた男は尻もちをつく。衝撃で手放したホーンクリートが鈍い音を立てて地面へ転がった。

 

「あの方は、このような平凡な財宝は好まぬ。貴様、さっさと失せろ」

「ううっ……」

「祝福を賜りたいというのであれば、相応の力を差し出せ!あの方の、我らの時間を無駄にするでない!」

「ここに集まった貴様ら全員同じか?平凡な財宝ばかりはもううんざりだ!力なき者は去れ!さもなくば……」

 

騎士の一人が、槍の石突で地面を二度叩いた。すると城壁を巡回している見張りの騎士たちが頭上に集まり、アロースリットから弦を引いた矢尻を覗かせた。これ以上価値なき物を提示するなら、いつでも狙い撃つという警告だ。

 

「強行突破したところで、あの数の騎士団を相手にするのは無理そうね……こっちが消耗するだけだわ」

「x1f625(困った電子音)」

「うむ……仕方あるまい……騎士を納得させられるレリックを提示して、穏便に通してもらうとしよう」

 

四人は騎士団の目に入らない近くの木陰まで離れ、オスティが運んでいた荷物袋を下ろして開けた。繫茂の地で集めたレリックの中で譲ってもよさそうな、あるいは騎士が通行を許可してくれそうな価値あるものはないか確認する。だが宝箱や強敵(エリート)を倒したときに得たレリックは、騎士に詰め寄る大体が似たものを持っていた。

 

「………」

「サイレント、それは……」

 

ネクロバインダーは、サイレントが荷物袋の奥から取り出したものに気づいて声を上げる。ネオーから授かった護符(タリスマン)。

ネオーは、地図とともに常に旅の助けになる祝福を授けてくれる。これは元々、アイアンクラッドがネオーから賜ったものだ。授かった祝福を身につけると仄かに光るのだが、持ち主である男がいなくなったことで、タリスマンは役目を終えたように輝きを失ってしまい、荷物の肥やしになっていた。

持ち腐れているも同然。それに、エンシェントであるネオーの祝福なら、きっと――サイレントがタリスマンを握りしめると、レリックを吟味していたリージェントが首を左右に振る。

 

「いや、余がネオーから受け取った祝福を渡そう。ディフェクトよ、余の祝福を取るのだ。タリスマンは戻せ」

「x1f44c(分かったという電子音)」

 

ディフェクトは言われるまま荷物袋に入っていた鉛の文鎮を取り出す。サイレントの手にあったタリスマンをそっと取り上げると、ディフェクトはまた荷物袋の奥へ収納し、袋の口を閉めた。

何故、と問いかけるようなサイレントの視線を感じ取ったのか、

 

「言ったはずだ。あやつは必ず戻ってくると」

 

と、リージェントは断固とした口調で続けた。

――あの男の代わりに自分の祝福を売り渡すような真似をするなど、馬鹿なことを。だが……。

サイレントは無意識に外套の中へ腕を入れ、林檎の表面に指先を這わせる。馬鹿なことをしているのは、同じ、か。

 

「これで通してくれるかは分からないけど……やってみるしかないわね」

「x1f4aa(やってみようという電子音)」

「では、参るぞ」

 

他の冒険者たちに見つかると奪われてしまうかもしれない。危険を考えたディフェクトは辺りに冒険者の姿がないか改めてスキャンしてから、自分のマントの内側へ文鎮を隠しこむ。

まとめた荷物をオスティが背負ったところで、四人は再び城門へ近づき、集った人々の波をかき分けていく。

 

「そこの者たち、我らを通せ」

 

舌打ちする者や横入りするな、と罵声を浴びせてくる者を無視し、四人は槍を持つ兵士たちの前へ進み出た。

門番を務める騎士たちが、うんざりした様子を見せながら石突で地面を何度も叩く。

 

「なんだ、貴様ら。祝福を賜りたいのならば……」

「私たち、これをあの方に捧げたいの」

 

ネクロバインダーが周囲の冒険者たちの動向に気を配りながら、ディフェクトへ視線を走らせる。頷いたディフェクトはマントの中から鉛の文鎮を取り出し、騎士へ見えるよう目線の高さに提示した。

途端に、槍で地面を叩く騎士たちの手が止まり、後ろの冒険者たちの間でざわめきが起こる。

 

「むっ……それは……」

「貴様ら一体どこで……」

「これは、復活の母たるネオーから授かった祝福よ」

「……ネオーの祝福だと?」

 

騎士たちが顔を見合わせる。

 

「どうだ?貴様ら、このスパイアで大いなる力を持つエンシェントの顔を拝んだことはあるか?彼らの祝福を見たことはあるか?貴重であろう?お主らの長にこの財宝を捧げよう」

 

有無を言わさぬようディフェクトの頭上からリージェントが力強く演説し、なおも続ける。

 

「これを捧げるために、我らは長い旅をしてきたのだ。祝福を捧げる代わりに、あの方とやらへ謁見を申し出たい」

 

リージェントは騎士たちへ指を突きつけて主張する。

やりとりを眺めていた冒険者たちのざわめきが引いていき、ひそひそと声を潜めながら誰もがディフェクトの手の内にあるレリックへ注目した。

祝福目当てに冒険者が暴動じみた騒ぎを起こしたり、騎士たちから突き返された場合に備え、サイレントはすぐに短剣を放てるよう外套の内に手を忍ばせた。ネクロバインダーも警戒に鎌を握りしめながら、オスティに背後を監視させる。

しばし騎士たちがレリックを見つめ、四人との間に静寂が流れる。

――騎士が動かない。やはり、駄目か?

サイレントがナイフを握りしめたとき、騎士たちが槍を握りながら城壁の左右へ動く。一人が城内へ顎をしゃくった。

 

「よかろう。通れ!」

「うむ。それでよいのだ。皆の者、行くぞ」

 

背後から恨めしそうな冒険者や魔物の呻き声が聞こえるが無視し、ディフェクトがコアに寄せるようにして文鎮を抱え、騎士の横を通り過ぎる。サイレント、ネクロバインダーも騎士の顔色を窺いながら足早に城門を通過し、四人はついに城へと足を踏み入れた。

跳ね橋の前に立っていた見張りの騎士が内郭へ続く橋を下ろし、四人が橋を渡ると、再び跳ね橋が上げられた。退路を塞がれたが、四人にとっては『あの方』とやらと戦う決意がさらに固くなるだけだった。

聳え立つ城を見上げながら、四人は城内の敷地へ続く緩やかな登り坂を上がった。内郭の門を潜り抜けると、芝生や草花に彩られた緑溢れる庭が広がっている。純白の大理石と金を贅沢にあしらい、精巧な装飾の行き届いた左右対称の、均整が取れた尖塔型の美しい城が、いよいよ四人の眼前に現れた。

広大な庭を真っ直ぐ歩き続け、騎士の姿や剣を模した浮彫に、金や象嵌(ぞうがん)細工が施された立派な正面扉が見えてくる。傍に立っていた二人の見張り番が扉を引いて重々しく入口が開き、城内から現れた数人の騎士が四人の前に歩み寄ってきた。

 

「あの方へお会いしたいというのは貴様らか」

 

騎士たちの中で唯一褐色のマントを羽織り、白銀の鎧には他の騎士と違って組みひも状の細かな紋様の装飾が施された男が、四人の顔を見回す。騎士の中でそれなりに地位があるであろう男が一歩、ディフェクトの前に近づいた。

 

「捧げ物をもう一度見せろ」

 

ディフェクトが鉛の文鎮を差し出すと、マントを羽織った男が祝福を両手で掴み上げた。

 

「万が一にも偽物であれば容赦せん。ここで待て。あの方に見せ、話をつけてこよう」

 

文鎮を手にしたままマントの男が踵を返し、城内へ消える。残った騎士団の一員が手にしている剣や槍をいつでも振り回せるように握りしめ、四人を見張る。

 

「それにしても……財宝集めは下っ端の独断なんかじゃなく、騎士団長の命令で行っている感じじゃない?」

「そのようだが……気になるな。何故、騎士団の連中は、ネオーから渡された地図を盗んだのだ?あれは塔の上に行くための地図……こやつら、上へ行く素振りはないというのに」

「何かに必要なんでしょうけど……あの方とやらに会えば、きっと分かるはずよ」

 

騎士の動向に注意を払いながら、彼らに聞こえぬようネクロバインダーとリージェントが小声で言葉を交わす。

二人のやりとりを耳にしながらサイレントは城を見回し、巡視しているであろう騎士たちの数や装備、人員配置を確認し、万が一のための脱出ルートを思案した。ディフェクトも美しい城に目を奪われて眺めるフリをしながら、辺りを見回して隅々をスキャンする。

やがて見張り番が再び扉を開き、マントを羽織った男が現れる。もう手中に文鎮はない。

 

「あの方から謁見のお許しが出た。お前たち、こちらへ」

 

騎士たちに囲まれながら見張り番の横を通り過ぎ、城内へ足を入れる。

城内は外壁同様に、全てが純白の大理石で出来ていた。騎士に連れられるまま、四人は正面の長い廊下を進む。廊下は月桂樹を模した柱が等間隔に並び、アーチのかかった壁面には騎士を模した立像が配置されていた。サイレントは騎士たちを仕留めた後のことを考え、立像の数や間隔、所々に飾られている絵画や装飾品の配置を覚える。

やがて吹き抜けに出る。正面にはダイナソアと交戦した際に見た白く輝く石がいくつも埋め込まれた巨大な扉があった。大扉の手前にはアーチ状の階段があり、上へ続いている。階段を上がっていく騎士たちに四人も続いた。階段の手摺も栄華を主張するように花や穀物を描いた細工がなされている。

長く高い階段を上がりきると、正面には金の細工が施された大扉。頭上には何かの葉を描くように石細工の細い桟がはめ込まれていたが、代わりにこちらには白い石が埋め込まれていない。

 

「報告いたします。ネオーの祝福を捧げたいという者たちをお連れしました」

 

マントの男が扉の前で声を張った。四人を連れて来た騎士たちが扉の左右に散り、ゆっくりと押し開ける。

いよいよだ――四人はそれぞれの武器を携えつつ、騎士たちと共に入場した。

扉の下を潜った四人は、素早く室内を見回した。内部には、既に報告を聞きつけた騎士たちが何十人と集まって左右へ整列している。天井から見事なガラス細工のシャンデリアが下がり、柱に等間隔で据え付けられたランプ、磨かれた大理石の床。舞踏会を開いてもまだ余裕があるような広大で豪奢な空間――ここは大広間のようだ。

何より目を引くのは最奥。十二段の低い階段の最上は、祭壇だろうか。白く光り輝く石が、白銀で出来た正円の台座に祀られ、浮遊している。水晶のような太い六角柱の周囲に、階段状に折り重なるようにしていくつも結晶が山なりに生まれ、石は複雑な凸凹面を持っていた。

人間大はあるであろう水晶を祀る祭壇の前に、一人、男が立っている。ディフェクトの肩を掴むリージェントの指に自然と力がこもった。リージェントは瞳を細め、祭壇の前に立つ者を真っ直ぐに睨みつける。

これまでに見た白銀の騎士たちと真逆の、夜闇を秘めたかのような黒曜石の精巧な鎧を全身に纏う、大柄の武人。繻子(しゅす)でできた刺繍を贅沢に縫い込んだ膝までを覆う黒いマントが目立つ。先ほど騎士のギャングたちを見たが、彼らと同様に栄光の路で遭遇するメカナイトと同じか、それ以上の背丈がある。黒地に直線を組み合わせた金細工が映える大兜(グレートヘルム)を被った騎士団長の、指まで覆うガントレットの中には、先ほど手渡した文鎮が鎮座していた。反対の手には、白い石を柄の中心にはめ込んだ身の丈に近い大剣を握って脇に提げている。刀身に無花果(いちじく)と、ここからでは窺えないが何かの言葉を記したと思われる彫刻。鍔には狼の装飾、柄頭には房飾り(タッセル)が垂れており、房の先端には雄牛を模した銀の石が付けられ、聖剣と呼ばれるにふさわしい見事な意匠が施されていた。

 

「復活の母から授かったという祝福、か……興味深い」

 

騎士団長の前まで進んだ四人が立ち止まると、眼前の男は身に纏う鎧の如き、硬質で低い声を響かせた。

大兜が横へ動き、すぐさま四人をここまで連れてきた褐色のマントを羽織る男が横に控える。騎士団長は持っていた文鎮を男に渡した。

 

「宝物庫へ運べ」

「はっ!」

 

返事とともに、騎士の何人かが整列する集団の中から進み出てきた。文鎮が入るような乳白色の宝石箱を一人の騎士が携えてやってくると、文鎮を中へ収納して一礼し、大広間を出ていく。

運ばれていく文鎮の行方を、広間の扉が再び閉ざされる最後まで見届けてから、リージェントは眼前の男へ向け、指を突き出した。

 

「余は太陽の後継者たるリージェント。こちらに控えるのは我が臣下であり、友であるディフェクト、ネクロバインダー、それからサイレントだ。貴様、名を名乗れ」

「無礼な!」

「貴様!なんて口を利く!」

 

控えていた騎士たちが次々に武器を抜き取り、広間に一瞬で緊張が満ちる。だが黒曜石の鎧を纏う長が、手で押し止めるように宥めると、騎士たちはすぐさま武器を収めて綺麗に整列し直した。

 

「よせ。人に名を訊く場合は、自ら名乗るのが礼儀。彼らは礼儀に則ったまでだ」

 

リージェントの主張を受け入れた騎士団長が一歩、前に出てきた。

 

「我が名はマレブランケ。この聖剣と共に祝福を授けしエンシェント」

「……エンシェントですって?」

 

広間に満ちる緊張と裏腹に、素っ頓狂な声を上げたネクロバインダーは、サイレントやディフェクト、リージェントの顔を窺う。皆、首を左右に振った。

ネオーや、旅路の中で出会うエンシェントたちからも、マレブランケの名を口にする者は誰もいなかったはず。プレオンに伝わる伝承や大いなる力を持つエンシェントを祀り上げる類の御伽噺をいくつも知っているが、ネクロバインダーが知る限りではそのような名前を持つ者はいない。

 

「あなたのようなエンシェントがいるなんて、聞いたことがないわ」

「マレブランケ、か。覚えたぞ。我らは、貴様に献上されたであろう地図を返してもらいに来た」

「地図?……ああ、ネオーが塔の頂上を目指す者にのみ授けるという……この地図のことか」

 

マレブランケが懐から何かを取り出して掲げる。ディフェクトが念を入れてスキャンするが、マレブランケの手中にあるのは、まごうことなくネオーから授かった地図だった。

 

「既にその手にあるのだな。それは我らの旅に必要なものだ。返却を願おう。貴様らの手には余る品だぞ」

「……それは出来ん相談だな」

「なら貴様、エンシェントだと言ったな。大いなる力を持つエンシェントだと言うなら、何故レリックを与えるのではなく、集めている。騎士や、魔物にまで命じて集めさせているだろう!」

「……知る必要などない」

 

リージェントが鋭い口調で迫るが、大兜が首を振るように左右へ小さく動き、マレブランケは握っていた地図を再び懐の奥へしまいこんだ。

 

「特に、これから死にゆく者にとって」

「……何ですって?」

「祝福を目当てにここまでやってきたのだろう。その前に、お前たちが我が祝福にふさわしいかどうか……試そうではないか」

 

マレブランケが四人を見据えながら三歩下がる。

騎士たちの中から現れた影が、マレブランケの前に進み出てきた。先ほど城壁を通って中へ入っていった、エントマンサーだ。左腕の蜂が出入りする巣穴から、白い石の輝きが明滅しているのが分かる。

 

「……まさか、ダイナソアみたく操っているというの……?」

「ほう。ダイナソアと交えたというのか。ますます面白い。では、太古の魔物を退けたという貴様らの実力を拝ませてもらおう」

 

マレブランケが室内を見渡すと、集まっていた騎士たちが整列したまま壁際へ寄り、広間は即席の闘技場へと生まれ変わる。

サイレントが抜き放ったダガーを両手に握りしめ、ディフェクトがオーブを浮かべて戦闘態勢を取る。ネクロバインダーも鎌を握りしめて構え、オスティもすぐさま飛び掛かれるよう身を低くした。

 

「我らがそのような魔物相手に敗北すると思っているのか。負けはせん」

 

リージェントも煌めく星屑(スター)を手中に集め、眼前のエントマンサーを睨んだ。

先に動いたのはエントマンサーだった。持ち歩いている杖を掲げ、パーソナルハイヴを放つ。空いた足元へ素早く入り込んだサイレントが足払いを仕掛けた。サイレントの足を避けようとエントマンサーがふらついたのを見逃さず、ネクロバインダーが対象を無理矢理化膿させる呪文を放って弱らせた。

体勢を整えたエントマンサーが咆哮を上げながら、巣穴に潜む無数の蜂の群れを解き放ち、襲い掛かってくる。脱力が深く効いたことで、襲い来る蜂は弱り切って四人にまとわりつく程度に終わる。オスティが弱った蜂を殴って床に叩き落とし、援護するようにディフェクトがレーザーを放って蜂の大軍を駆除した。攻撃の隙が生まれ、ディフェクトが暗黒の力を持つダークオーブをスロットへ浮かべるのと同時に、リージェントはテラフォーミングを身に宿す。

音もなくエントマンサーの背後へ回り込みながら、サイレントは外套に隠してある毒入りのフラスコを抜き出して投げ放った。毒の臭気に気を取られているエントマンサーへ天罰の呪文を放ったネクロバインダーが、立て続けに鎌を突き出して破滅の呪文を当て、逃げ場を塞ぐ。

こちらへ振り返ったエントマンサーの真正面から、リージェントが活力を宿した天の力を降り注がせた。弱ったエントマンサーを星の力が貫き、衝撃で身体が宙に浮く。無防備になったところへ、ディフェクトが育ったダークオーブを解放(デュアルキャスト)して衝突させ、エントマンサーを空中から床に叩きつけた。

持っていた杖がカランと音を立てて床を転がり、エントマンサーはマレブランケの足元で突っ伏したまま動かない。

倒れた魔物を見下ろすマレブランケが、ふむ、と感心した声を上げた。

 

「なるほど。ネオーの祝福を得て塔を登り続けるアセンダーであること……間違いはないようだな」

「我らを試したのか、マレブランケ!」

「フフ、よくぞここまで参ったな。我が祝福に最もふさわしい生贄たちよ」

 

――生贄?

マレブランケが放った言葉に耳を疑いながらも、サイレントは両手の短剣を握りしめ、黒き獲物を真っ直ぐ見据える。

マレブランケが持っていた大剣を、力尽きたエントマンサーの身体に突き刺した。エントマンサーを刺したまま剣を易々持ち上げたマレブランケは、邪魔で用はないとばかりに四人へ向かって剣を払い、魔物を投げ捨ててくる。

ディフェクトが飛んでくる魔物の死体を腕部で払いのけたとき、眼前からマレブランケの姿は失せていた。

疾(はや)い――気配を察知してサイレントは即座に後ろへ振り返る。既に背後へ回り込んだマレブランケは、両手で握りしめた聖剣を振り下ろしていた。

 

「……ッ!」

 

サイレントは咄嗟に両腕を頭上で交差させ、剣をダガーで弾く。だがマレブランケの岩をも斬り裂くような重い一撃はサイレントの身体を後ろへ弾き飛ばし、ナイフをいとも簡単にへし折った。水門で戦ったダイナソアの咆哮のような、骨まで伝わる激しい振動が腕を伝う。さらに剣が外套をなぞった箇所から血が流れ落ちてきた。

 

「サイレント!」

 

腕に残る痺れにサイレントがすぐに動けぬ状態だと見抜いたネクロバインダーが、急いで虚脱の魔手を唱えてマレブランケへ放つ。だが、鎧に当たった途端、熱した鍋に落とした水滴のように呪文が蒸発した。

鎌を握りしめながら、ネクロバインダーはマレブランケの纏う鎧を忌々しげに睨みつける。

 

「……その鎧……アーティファクトの力を宿しているわね……!」

 

ふっ、と鼻で笑う声が、大兜の奥から漏れ出た。

 

「我が一振りに耐えたか。さすがは復活の母に選ばれた者よ」

 

負傷したサイレントを庇うようにディフェクトが前へ出る。ディフェクトの肩にまたがっていたリージェントも身を乗り出し、マレブランケの兜へ向けて指を突きつけた。

 

「不意打ちなど武人として愚の骨頂!マレブランケよ、それでもエンシェントだというのか!その性根、余の剣で叩き直してやろう!」

「ほう……リージェントと言ったな。剣を扱うというなら、貴様の剣を見せてみるがいい」

 

余裕を見せているのか、マレブランケは剣を下ろして構えを解いた。

リージェントはソヴリン・ブレードを顕現させる呪符(カード)から力を引き出す。だが橋を渡ってから――マレブランケの領地へ訪れてから続く沈黙は、未だにリージェントを蝕み、剣は、剣を運搬するミニオンでさえも広間に現れなかった。

 

「どうした?」

「くっ……!」

「ネオーの祝福を得た者なら、我が剣についてこれると思ったのだが……臆したか?」

「誰が臆するものか!余を愚弄するでない!」

「剣を扱うというなら、剣で語るがいい」

 

リージェントへ言い残すとマレブランケは地を蹴り、一瞬でネクロバインダーの懐に入り込んだ。反応が遅れたネクロバインダーは防御する間もなく、剣の柄を思い切り腹へ打ち付けられる。

 

「うっ……!」

 

骨を砕かんばかりの力によってネクロバインダーの身体は弾き飛ばされた。あまりの力に鎌を手放してしまい、勢い余って地面に激突しかけるが、オスティが慌てて駆け付け、ネクロバインダーを抱き留める。

 

「貴様……!」

「x1f620(怒った電子音)」

 

ディフェクトが走り、マレブランケとの距離を詰める間にリージェントが輝きの一撃(シャイニングストライク)をぶつけて、怯ませようとした。しかしマレブランケは火の粉を払うように、簡単に星の一撃を弾く。再び剣が振り下ろされる前に、ディフェクトが飛び掛かる。勢いをつけたディフェクトは無効(ヌル)の力を腕部に宿して殴ろうとしたが、マレブランケは突き出された腕を簡単に見切り、逆に掴み取って天井付近まで軽々と持ち上げた。またがるリージェントごと二人を勢いよく床に叩きつけ、蜘蛛の巣状に大理石の床が抉れる。二人が床に倒れると、星屑やパーツを繋ぎ合わせる細かな螺子(ネジ)が辺りに散乱した。

 

「ぐッ……!」

「リージェント!ディフェクト!」

 

腹部を押さえ、オスティに支えられながらネクロバインダーがようやく起き上がる。近くに転がる鎌を手にする前に、悠々と近づいてきたマレブランケがネクロバインダーの手を踏みつけ、ほうきでごみを払うようにオスティを剣で弾き飛ばした。

 

「どきなさい……っ!」

 

ネクロバインダーは痛みに喘ぎながらも、踏みつけられていない手中に負の波動を集め、至近距離でマレブランケに当てる。一刻も早くアーティファクトを剥がし、全員の攻撃を通すために――だがマレブランケに効いている様子はまるでない。

ようやく激しい痺れが抜け、折れたナイフを捨てたサイレントがファントムブレードの力を身に宿し、外套に忍ばせていた暗器をマレブランケへ投げ放った。ネクロバインダーを踏みつけながら、マレブランケは容易く刃を剣で弾く。サイレントはなおも広間を飛び回るように跳躍しながらナイフを放ち、マレブランケをネクロバインダーから離して引き付けようとした。

ナイフで攪乱しながら徐々に近づき、マレブランケのマントに隠れるように着地したサイレントは、一気にフィニッシャーを仕掛ける。

刃を埋めようとしたそのとき、サイレントは腕に強烈な痛みを覚え、無意識に足を止めてしまった。

 

「どうした?怖気づいたのか?」

 

振り返ったマレブランケが剣で横っ腹を殴りつけてくる。回避は間に合わず、重い一撃を諸に食らったサイレントが床に打ち付けられ、石ころのように転がった。

――こんなときに……枯毒が……!

痛みに構わず起き上がろうとしたとき、マレブランケと自分の間に持ち歩いていた林檎が一つ、外套から零れ落ちていることに気づく。

手を踏みつけていた足を離し、マレブランケはそのままネクロバインダーを思い切り蹴って部屋の隅まで転がした。骨のどこかにヒビでも入ったのか、ネクロバインダーの苦悶が聞こえる。

次はサイレントの息の根を止めようと、マレブランケが近づいてくる。足元の異物にも気を留めないマレブランケはそのまま林檎をグリーブで踏みつけ、ぐしゃりと簡単に潰した。

サイレントは目を見開いた。平べったくなった林檎がグリーブの下から現れたとき、目の奥が、喉が、指先が燃えるように熱くなって煮えたぎる。

もしも――もしもリージェントが言ったように、万が一にも男が戻ってくるならば渡そうと、秘めていた希望。それが呆気なく形を失い、男の不在――すなわち死を改めて宣告され、サイレントの中にある感情の糸が一つ、ぷつりと音をたてて切れた。

――マレブランケ!お前が……お前がいなければッ!

防御も何も考えなかった。無我夢中だった。ただただ身体中を巡る激情に任せて飛び出した。全身に走る枯毒の鋭い痛みにも構わず、サイレントはナイフを両手に握りしめ、燃え滾る怒りを秘めた金切り声を叫びながら立ち向かう。

――私たちは失わなかったんだッ!あの男をッ!

 

「無駄だ」

 

鼻で笑う素振りを見せながら、冷静を欠いたサイレントの右手にあるナイフを剣で払い落とすと、マレブランケはなおも懐へ入って攻撃を仕掛けようとするサイレントの鳩尾へ拳をめり込ませる。急所へ深く入った一撃にサイレントはもう一本のナイフを手放してしまい、頽(くずお)れると床に血を吐いた。寒さを覚えたように身体が震えるのは、痛みではなく、枯毒が身体の内側で騒ぎ始めているからだ。

――く、そっ……あの男が……いれば……こんな、ことには……ッ。

 

「既に雌雄は決しているも同然だというのに、まだ戦うつもりか?」

「思い上がるなッ!貴様を倒すまで、我らは倒れぬッ!」

 

ふらつきながらも、どうにか身を起こしたリージェントが星屑を手中に集め、ガンマブラストを放つ。マレブランケが剣を突き出し、光り輝く星の軌道をずらした。ガンマブラストが無人の天井へ吸い込まれていくと、無防備なリージェント目掛けて聖剣を振り下ろす。

肌を裂く寸前でリージェントの前にディフェクトが駆けつけ、シャドウシールドを纏いながら腕部を頭上に掲げ、聖剣の一撃をどうにか受け止めた。

 

「その輝き……オートマトンか。アーキテクト殿を、我々を守るための存在である貴様が何故人間の味方をする?」

「x1f620(怒った電子音)」

 

至近距離で睨み合う間に、マレブランケの聖剣がシャドウシールドの膜を簡単に斬り裂き、ディフェクトを両断しようと襲い掛かる。ディフェクトは掲げた腕部パーツにプログラムやいくつものシステムを起動して防御の力を集め、マレブランケの刃を素で受け止めた。刃によって削れたボディからケーブルが剥き出しになり負傷するが、コアを、背後のリージェントを守るために、ディフェクトは強行突破して攻撃に転じようと踏ん張る。腕に力を込めて刃を押し返そうとしたが刃はどんどん食い込む一方、このままではディフェクトはコアごと破壊されてしまう。

 

「ディフェクト!もうやめてッ!コアが壊れたら……!オスティ!」

 

骨が変に曲がって動けず、息を切らすネクロバインダーの声に、体勢を整えたオスティが全速力で走る。よろけているリージェントの身体を急いで弾いてずらすと、ディフェクトのボディに巻き付いている布地を引っ張った。後ろに引っ張られて下がるディフェクトの代わりに前に出て、刃を受け止めたオスティは粉々に砕け散った。

 

「x1f621(激怒の電子音)」

 

怒りに駆られて集中力を欠いたディフェクトはシステムを起動し、視覚ユニットに膨大なエネルギーを集める。

 

「ディフェクト、よせッ!」

 

リージェントの制止を振り切り、ディフェクトはチャージしたハイパービームを射出した。

まともに食らえば塵と化す莫大な電気の束を、マレブランケは仰ぐように剣を振るって一刀両断し、一足飛びに跳躍してディフェクトの眼前へ迫る。傍らにいたリージェントが咄嗟にディフェクトの足へ飛びつき、ずらしたことでコアへの直撃は免れたものの、ビームの反動によって棒立ち状態になっていたディフェクトの肩のパーツへ、マレブランケの刃が深くねじ込まれた。マレブランケが刃を抜き取るとディフェクトの肩に大きな穴が空き、動作プログラムに異常をきたしたディフェクトはふらりと傾いて床へ沈む。

 

「我らは貴様に敗北などせぬ……!」

「何度繰り返そうが無駄なことよ」

 

星の力を集めて攻撃に転じようとしていたリージェントへ一瞬で詰め寄ったマレブランケは、大砲の如き勢いをつけた蹴りを入れた。いつも盾となってくれるミニオンも男もおらず、リージェントは星屑を床にばらまきながら無様に転がる。身をへこませるほどの強烈な一撃に声を上げることもできず、リージェントは腹を押さえてうずくまったまま動かなくなった。

 

――駄目だ……ここで、倒れるわけには……奴の首を、落として……狩らなければ……。

 

片肘をつきながら上半身を起こしたサイレントは、戦意だけを頼りに這いつくばった。

 

――奴に……償わせてやるんだ……ッ。

 

転がるナイフを手に取ろうとしたとき、既に傍らへやってきていたマレブランケがナイフを蹴って弾く。痛みに堪えつつ、サイレントは血を零しながら仮面越しにマレブランケを睨み上げ、次のナイフを取り出そうと外套の中へ手を忍ばせる。

 

「戯れは終わりだ」

 

見下ろすマレブランケが、剣の腹でサイレントの顔を殴打した。身の内で主張を繰り返す枯毒の痛みも相まってサイレントは動けず、床に伸びる。仮面が破損しなかったのは、ほとんど奇跡だった。

兜を上げたマレブランケは、広間に控えていた騎士たちを見渡しながら続ける。

 

「お前たち、この者共を捕らえろ」

「はっ!」

 

マレブランケの命に従った騎士たちが、呪いの力を秘めた黒い手枷を持って俊敏に動く。息があろうと、体力を大きく奪われた四人はされるがまま、手枷を後ろ手にかけられる。

騎士たちに引っ立てられた四人はマレブランケの前へ跪かせられ、朦朧とした意識の中、大理石の床を見つめた。

 

「……皆、平気、か……?」

「x1F915(不調を訴える電子音)」

「……ええ……な、んとか……」

 

リージェントの声は掠れ、いつもの威勢も元気もなかった。ディフェクトのコアの輝きは今にも消灯してしまいそうなほど弱く、ネクロバインダーも息をするのがやっとだった。サイレントも、どうにか首を縦に動かすのが精いっぱいだった。

 

「ふむ。贄にするには充分なほど体力を削いだだろう。早速儀式の準備に取り掛かるとしよう。この者たちは独房へ運んでおけ。逃がさぬよう交代で見張るのだ」

「はッ!」

 

囲い込む騎士たちに四人は無理矢理立たせられ、引きずられるようにして広間の外へ歩かされる。

 

「フフ……いよいよ――時が来た。我らの力を知らしめるときが来たのだ」

「ああ……!マレブランケ様……!」

「我らはあなたさまについていきます……!」

「マレブランケ様!万歳!」

 

広間に満ちる、マレブランケへ捧ぐ歓声。

痛苦の最中、四人は騎士たちの熱狂を背に受け止めながら、城の何処かへと連行されていった。

 

――…

 

神が一刀を振り下ろしたのではないかと思うほどに深く裂けた渓谷が、見渡す限り続いていた。白や灰、珊瑚のような淡い色彩の岩々を積み上げ、丸っこい岩の隙間から斑に覗く鮮やかな緑を生やす谷底には、馬が疾走する蹄音(あしおと)が絶え間なく反響する。

騎士団から奪った灰色の馬にまたがり、城へ向けて全力で飛ばしていたアイアンクラッドの身体へ、野風が吹き付けた。不意にアイアンクラッドは後ろへ振り返る。

 

「………?」

 

――今、声が聞こえたような……気のせいか?

背後には抜けて出た密林の姿はとうになく、地に伏せさせた白銀の鎧を纏う騎士の一行も既に見えない。

振り向いたついでに、騎士団が食料などを詰めて馬の腿に提げさせていた赤茶のサドルバッグに目を移す。バッグの中で馬に揺られているミニオンたちが、頬杖をつくような姿勢で顔を覗かせ、大自然の景色を堪能していた。

 

「~~~♪」

「~~♪~~♪」

「~♪~~~♪」

 

ミニオンたちは騎士団の荷物に入っていた、木の実をまぶして堅焼きにしたクッキーを頬張りつつ、またよく分からない鼻歌を口ずさみ始めた。

アイアンクラッドは進路へ視線を戻し、手綱を握りしめながら、奪った鞭を馬の身体に打って駆り立てる。応えるように馬がいななき、砂埃を撒き上げながら大地を蹄で力強く蹴りつけた。

荒々しい馬の気配に怯えて、木々の隙間から顔を出していた小鳥や栗鼠(リス)といった小動物が、葉や枝の内側へ隠れていく。馬上から騎士団や魔物の襲撃を警戒して、周辺を見回したアイアンクラッドは、先に広がる険しい山道の先に見えた、辺りの岩々とは違う尖った白っぽいシルエットに、眼を凝らした。

――あれは……。

指先ほどの大きさだが、辺りに威容を振りまく城。間違いない。あれこそが蜃気楼の城――。

駆り立てる馬が時折、苦し気に頭を振って喘ぐ。

もう少しだ――首筋へ縋るようにして馬をなだめながら、アイアンクラッドはようやく視界に収めた目的地へと急ぐ。

谷から山あいへ入り、城の姿を目印に傾斜のついた道を走り抜け、いよいよ城の全貌が明らかになる頂き付近まで駆け上ると、アイアンクラッドの視界に白い光が飛び込んでくる。

――あの光は……間違いない。

光の元へ馬を走らせると、己の背丈の何倍もある砂岩で出来た城壁が聳え、騎士団が出入りするのに使っているであろう半円形をした鋼鉄製の巨大な両開き扉が見えてきた。扉の前で馬を下りると、アイアンクラッドはミニオンたちをバッグから外へ出し、提げていた剣を握りしめる。疲労を覚えているはずだというのに馬は何かを恐れているのか、アイアンクラッドたちが下りたのを確認すると何処かへ走り去っていった。

扉には白く輝く石が装飾としていくつか埋め込まれており、扉の中央から乳白色の光の波を定期的に放ち、アイアンクラッドたちを阻んでいた。中へ入ろうとアイアンクラッドが手を触れると、扉に広がる白い波が激しい雷を放射し、身体を仰け反らせる。

ミニオンたちが片方の扉の下に整列し、三体で協力して開けようと力いっぱい鋼鉄の表面を押した。しかしミニオンの腕力で体重の何十倍もある鋼鉄が動くはずもなく、三体は地面にぺしゃりと滑り落ちてしまう。

 

「~~~……」

 

せっかくここまできたのに――ミニオンたちが落ち込んだような声を出し、地べたにうずくまる。

――直接触れなければ平気なはずだ。なら、やはり、俺がやるしかない。

アイアンクラッドはしゃがみこむと、地面に座り込むミニオンを二体、右の手甲にしがみつかせた。一体を左の手で掴むと、ミニオンたちには申し訳ないが、三体を緩衝材に扉へ押し付け、アイアンクラッドは腕と手に全体重をかけて扉を押す。

 

「……くっ……」

 

足を踏みしめながら押していると、グリーブがめりこみ地面が抉れた。

アイアンクラッドは深呼吸してから息を止め、もう一度ミニオンごと体重をかけて扉を押しやる。やがてびくともしなかった扉がギギ、と鈍い蝶番の音を軋ませ、扉と扉の間に微かな隙間が生まれた。

もう少し――軋んだ音を立てながら徐々に扉の隙間が大きくなり、地を蹴って一歩前に進む。己の腰が通れそうな大きさにまで広がったところで扉の輝きが弱まり、アイアンクラッドは掴んでいたミニオンたちと共に扉の内へ身を滑りこませた。

扉が鋼鉄の重みであっという間に閉まり、元通りになると、再び乳白色の淡い光を放ち始めた。扉から目線を外したアイアンクラッドは城内に目を配るが、壁付けの燭台に数本の蝋燭が灯されている程度で、明かりとりの窓もなく、内部は重く息苦しい空気に満ちており薄暗い。

背後の扉が放つ白い光で、薄らと左の柱に松明が刺さっているのを見つけた。アイアンクラッドは剣に手を滑らせる。燃える血を使って松明に火を点け、手に取った。大理石で出来たアーチ状の柱が奥まで続き、葉や渦巻きを模した彫刻や装飾が浮かび上がる回廊が暗闇に伸びているが、人気はない。

ふと羽音が聞こえ、頭上に松明を掲げた。灯火によって天井付近に蝙蝠のシルエットが浮かび上がる。葡萄酒のような赤紫色の体毛を持つ蝙蝠はアイアンクラッドたちをその場に残して翼をはためかせ、まるで巣に帰ってきたかのように迷いなく回廊の奥へ飛んでいき、闇の中へ消えた。

――あの蝙蝠、いつの間に……まさかここまで、ついてきたのか?

 

「♦ーー!!」

「♦!♦!!」

「♦~~~~~!!」

 

騎士がいないと分かったミニオンたちが、飛び跳ねながらリージェントの名前を叫ぶ。主人の姿を求めてアイアンクラッドの前を歩き始め、アイアンクラッドも進路を火で照らしながら回廊を進んだ。

仲間はたどり着いたのだろうか。既に城を通ってどこか去ったのだろうか――慎重に歩を進めながら、アイアンクラッドは城内の天井、床、柱の裏など隅々を火で照らし、四人の痕跡が残されていないか調査する。

最初の角を曲がった時、ミニオンたちが不意に立ち止まって辺りを見回し始めた。

 

「……♦?」

 

リージェントの名前を口にするミニオンが、妙にそわそわと落ち着きなく足踏みする。

――何を感じた?リージェントに何かあったのか?

だがミニオンたちがいよいよ何かを感じたということは、近くにいるはず――アイアンクラッドは手がかりを求めて城内を進む。回廊が下り始め、進んだ先にまたも鋼鉄の扉が見えたが、こちらには白く光る石は埋め込まれていない。

苦もなく押し開けると、回廊よりもさらに暗く、天井の低い空間が広がり、血や糞尿、何かの腐敗臭が濃密に立ち込めていた。冷たい闇の中で松明をかざすと、光に怯えるように鼠やゴキブリが這い回り、石造りの広い空間にミニオンも潜れない鉄格子をはめ込んだ小部屋がいくつも並んでいる。アイアンクラッドが歩くと、石畳を踏み締めるグリーブの金属音が暗闇の中で不気味に反響した。最も手前にある格子の中へ火をかざす。壁には鎖のついた手枷に足枷、ペンチ、鋸(のこぎり)といった道具がぶら下がっており、いくつかの道具には血糊が付着していた。壁だけでなく床や天井にまで乾いて茶色くなった血飛沫の跡が残っている。

牢獄か――隣の鉄格子へ移動し、奥を覗き込む。騎士団が何らかの理由で捕らえたであろう冒険者や魔物の死体が転がっており、腐ったまま打ち捨てられ、血肉から蛆が湧いていた。別の牢獄を覗くと白骨化した死体が堆(うずたか)く積まれている。

 

「~~~……」

「~~…」

「~~……~……」

 

ミニオンたちは足元を這いずり回る虫や不快な死の風景に怯え、アイアンクラッドの身体へひっついてよじ登り、避難した。

人がすれ違えないほど狭い通路をさらに進むと、拷問部屋と思わしき一室。壁に幾人も残したと思われる救いを求めて引っ掻き、剥がれた爪の血痕が目立つ空っぽの牢屋。腹を捌かれ内臓が腸詰肉のように垂れ下がる真新しい死体が吊られている牢まで、アイアンクラッドは手がかりを求めて一つひとつ調べる。四人の姿がないことに安堵すると、アイアンクラッドは別の扉を見つけ、人の気配がないことを確認してから開けた。

再び蝋燭が灯る薄暗い廊下を見回すアイアンクラッドは、奥に螺旋階段があるのを見つけて進む。

 

「………」

 

何度も襲い掛かってきた騎士団の姿は、やはり見当たらない。ここを根城にしているはずなのに何故――疑問に思いながらも、階段の下から上を覗き込む。蝋燭の量が増え、頭上は明るい。松明を持っていては目立つと思い、近くの壁に松明を残し、アイアンクラッドは剣を手に警戒しながら階段を登った。

螺旋階段を登りきると、右手に装飾の施された大理石の壁が続き、左手に格子のはめ込まれた窓が続く広い廊下に出た。窓の外からは光が射しこみ、窓越しに外を覗くと、よく手入れされた芝や花が植えられた広大な緑の庭園が広がっている。庭には水を湛えた池もあり、鴨や鯉が優雅に泳いでいる姿がここからでも窺えた。庭を挟んで反対側にも長く続く回廊が伸びており、城壁を繋ぐようにいくつもの円筒形の塔が立ち並んでいる。自分たちがいるのは、どうやら地下牢に繋がる塔の一つのようだ。

連中は、あの方とやらはどこだ。仲間はいるのか――窓の外や回廊に注意を払いながらアイアンクラッドは城内を進む。

廊下に扉が均等に配置され始め、アイアンクラッドは視界に入る中で一番大きな黒檀製の扉の前に立ち、押してみる。施錠はされておらず、扉は簡単に開いた。煉瓦を敷き詰めたような赤茶けた石床を踏み締めて中に入ると、新しい漆喰の塗られた部屋には、蠟燭をいくつも繋げたシャンデリアや火の消えた暖炉と調理用の囲炉裏、白いクロスが敷かれた長机、テーブルを彩る立派な燭台と中身が何も入っていない積み上げられた皿――食堂のようだ。部屋の反対に赤い絨毯の敷かれた細い廊下が伸びていた。

廊下を進むと道が枝分かれしていたが、アイアンクラッドは白く輝く石がはめ込まれた扉が奥にあるのを見つけた。道を進んで立ち止まる。先ほどの鋼鉄の扉よりは小さいが、浮彫細工の施された扉の表面を眺めると、はめ込まれている石の量が増していた。

ミニオンたちに協力してもらい、アイアンクラッドは再び扉を押し開けて中に入りこむ。換気されていないのか埃っぽい空気がアイアンクラッドを出迎えた。

――ここは宝物庫、だろうか。

磨かれた白い石床を踏み締めながら辺りを見回すと、勇敢な騎士の姿を描いたと思わしき細密画(ミニアチュール)や陶磁器を飾っているキャビネットがいくつも据え付けられ、刺繍や宝石などの装飾が施された冠やドレスが通路に飾られている。壁面には辺りの大自然を描いた絵画が額縁に収納されて並んでいた。

 

「~~~~♪」

 

色とりどりの光を放つ財宝に目を奪われたのか、ミニオンたちが散り散りに走り始める。

ここで時間を潰しているような余裕はない。ミニオンたちを捕まえようと手を伸ばすがすり抜け、財宝に誘われるようにどんどん奥へ走っていく。

ミニオンを追いかけ、財宝の飾られている通路を進んでいくと、一際大きい部屋に出た。部屋の最奥には一枚、アラベスクの細工が美しい額縁に入った、天井ギリギリの高さまである巨大な絵が飾られている。

――ここが行き止まりか?

部屋の左右に道がないことに気づき、アイアンクラッドはミニオンを探して室内を見回しながら前へ進む。

アイアンクラッドは、絵画を見上げた。価値の分かるであろうリージェントやスキャン機能のあるディフェクトなら絵の素晴らしさが分かるかもしれないが、アイアンクラッドは芸術のことなど一切分からない。

正面には、恐らく絵画のタイトルが記されたと思われる金のプレートがはめ込まれていた。

――E……L……I……後の文字は掠れており分からない。

プレートの上には例の白い小さな石がはめ込まれており、周囲には手垢らしい汚れが目立つ。

見回すように絵をもう一度眺めると、中心に描かれている、光のヴェールを纏ったような美しい女性がアイアンクラッドの目を引き付ける。絹の如き滑らかな金の髪は膝下まで豊かに伸びており、縫い目のない白い衣に身を包んだ女は空中で祈るように両手を組み、跪いている。何より目立つのは、女の背から生えている、眩い白さを持った六枚の天使の翼。翼を生やす女のすぐ上には、鮮血の如く真っ赤なマントを身に纏い、精巧な鎧を身につけた男が天高く剣を掲げる様子が描かれていた。

 

「………」

 

――これはもしや、戦神と、戦女神を描いているのだろうか。

戦神。武の神や軍神とも呼ばれ、武勇を、あらゆる戦に勝利をもたらすという、アイアンクラッド一族に――ヴァレーガードやウインドウォーカーといった敵対部族の間にも――代々伝わっていた存在。

六枚の天使の翼をもつという戦女神は、戦神に選ばれた者の前に現れ、神の力を授けるにふさわしい存在かどうか、戦士の魂を見極めるという。戦神の身許へと導くという戦女神が、かつてアイアンクラッド族の前に一度現れたことがあると言われ、女神が持つ翼の数や特徴を口伝で伝えてきた。

武の神に、戦女神に選ばれた者が剣を振るえば、永遠の勝利がもたらされる。故に、痛みを克服し剣を磨けと、一族の長老や、己に剣や槍、盾といった武器の扱いを叩き込んだ先人たちが皆、口にしていた。武功を認められ、神に選ばれた兵士なら、この永遠に続くような戦に終止符を打てるのだ、と――。

だが敬虔に神を信じた友は、己の横で息を引き取った。神に選ばれようと、英雄になろうと勇ましく剣を手にした一族は、戦場で散ってしまった。

――神など、沈黙するしか能がない。

一人、また一人と増えていく一族の死体を見つめながら、血濡れた拳を爪が食い込むほど握りしめたことを今でも覚えている。思えば、それが悪魔との契約へ――永遠の過ちへ踏み出す一歩だった。

しかし何故、ここに戦神たちを描いたであろう絵が?そもそも戦神たちの伝説を知る、血で血を洗う戦争に身を投じていた者など、もういないはず。『あの方』とやらは、この絵をどこで手に入れた?

 

「~~~♪」

 

いつの間にか一体のミニオンが自分の身体をよじ登ってきていた。捕まえる前に、目の前のプレートにはめ込まれている白い石へ向かってジャンプする。壊そうと思ったのだろうが、ミニオンの身体が石にぶつかると、カチリ、と音を立てて押し込まれた。

突如絵画が壁から離れ始め、中心に描かれた戦神と女神を軸に絵画が回転し始める。白い石はどうやら、隠し扉を開けるスイッチだったらしい。

 

「~~~♪」

「~~♪~♪」

 

他のミニオンたちもやってきて、開いた扉の隙間から中へ入り込んでいく。絵画の扉が直角にまで開くと、アイアンクラッドも隠し部屋へ入り込んだ。

半円形の小部屋は、幾何学的な模様を描く大理石の床が続き、天井は漆喰が塗られて壮麗な部屋だった。据え付けられたランプの灯りによって金箔の施された宝箱や、精巧な寄木細工、彫刻が施された柱といった豪奢な内装が浮かび上がる。絵画を飾る壁に沿って、ここに来るまでにいくつも見た、光る石を祀る蠟燭立てに似た台座が並んでいる。台座の上には白い石ではなく、黄金に輝く財宝が飾られていた。アイアンクラッドは部屋の中央に三つ並ぶ、宝を飾っているらしい左側のガラス棚の前へ立った。何故か塔を登る際に見かけるレリックが飾られているようだった。ヴァジュラや燭台、繁茂の地で拾ったのとそっくりなティーセット――随分レリックが飾られているが、何故こんなところに……。

 

「~~~♪♪」

 

部屋の最奥、繊細な浮き彫りを施した金細工の祭壇天蓋(キボリウム)の中で、ミニオンが嬉しそうに飛び跳ねる。据え付けられた三段の階段を上がると、中央に白い繊細なレース素材の布で覆われた黒檀製の祭壇卓があった。卓上には等間隔で白磁の高杯(たかつき)が陳列し、高杯の中心に財宝が祀られているようだった。黄金色に輝く印章や見事な真珠、装飾が施された紫色の小箱、魔物か何かの鋭い爪、金属製の小さな笛……どこかで見たことがあるような気がする。アイアンクラッドが思案する間に、高杯の一つに供えられていた金の指輪をミニオンが手に取り、お宝を見つけた喜びにくるくると回転して踊り始めた。

アイアンクラッドはミニオンが掲げる、金に輝く指輪を手に取った。平らな表面に繊細な刻印が施された黄金の指輪を、あらゆる角度から眺めてみる。何かの力を感じる……それに、この指輪も、なんだか見覚えがある……俺は、これをどこで見たのだろう……。

 

「~~~~!」

 

足元にやってきた一体のミニオンが背負っていた布包みを降ろし、アイアンクラッドへ向けて両手を伸ばしながら、ぴょんぴょん飛び跳ねる。指輪がほしいらしい。リージェントへの土産にでもするつもりだろうか――宝飾品に興味のないアイアンクラッドは、ミニオンへ手渡した。受け取ったミニオンは布包みを広げ、騎士たちを倒すがてら、ここまでにかき集めたゴールドの中へ指輪を大事そうにしまう。

 

「~~~♪」

 

指輪を見せてきたミニオンの横に、ガラス棚を漁っていた別のミニオンがやってきて、見てみて、というように財宝を頭上に掲げて飛び跳ねる。

アイアンクラッドはそれを視認したとき、反射的にミニオンの手から財宝を奪い取った。

――間違いない。これは……囁きのイヤリング……。

一瞬アイアンクラッドは総毛だち、耳飾りを砕きかけたが、疑問が沸いてきた。

何故これがここに?――それに、よく見ると、己を支配する悪魔、ヴァクーが祝福として授けるイヤリングよりも二回りほど小さい。耳飾りをランプへ当たるように掲げてみるが、緋色の輝きを放つヴァクーのイヤリングとは違い、この耳飾りは時間が経過して固まった血のような、濁った色をしていた。

――ただの装飾品か?……しかしよく似ている……。

 

「~~~!」

 

足元を見下ろす。棚から持ってきたミニオンが、アイアンクラッドのグリーブをぽかぽかと叩いていた。既に自分の背負っていた布包みを降ろして広げている。

アイアンクラッドはもう一度耳飾りを確認する。本物の耳飾りが放つ強力な悪魔の力は感じられない。ただの装飾品なら無用だ――アイアンクラッドは手を伸ばすミニオンへ耳飾りを放った。キャッチしたミニオンがその場でくるりと回転する。

 

「~~~?」

「~~~」

「~~~!」

 

煌めく耳飾りの輝きに魅入られたのかミニオンたちが集まり、イヤリングを見つけたミニオンの肌を引き延ばして、せっせと二つの輝きを対称に装着する。

 

「/////」

「~~~♪」

「~~♪~~♪」

 

耳飾りを装着したミニオンがどうだ、とでも言うように腹を突き出して得意げなポーズを見せる。アイアンクラッドはミニオンの挙動を確認したが、これといった変化はない。やはり見た目がよく似た、ただの装飾品らしい。

なおもミニオンが部屋中の財宝を漁り、背負ってきた各々の布包みに入るだけ詰め込んでいく。アイアンクラッドは兜ごしにこめかみを手で押さえながら、溜息をついた。

――呑気に宝探しをしている場合じゃない。

 

「~~~~」

「~~」

「~~~~~」

 

やがてアイアンクラッドの足元へ集まり、ミニオンがぱんぱんに膨らんだ包みを指さしながら見上げてくる。荷物を縛ってくれ、と言っているらしい。

時間を無駄にするわけにはいかず、呆れながらもアイアンクラッドは重たくなった包みをミニオンたちの身体に縛り付けた。財宝によって肥え太ったミニオンたちがこれ以上宝飾品やレリックに気を取られて離れぬよう、鎧を繋ぐベルトに無理矢理挟み、アイアンクラッドは足早に宝物庫を出た。

再び回廊の先へ進むと、廊下の交差部に突き当たる。右にも左にも道が伸びており、どちらへ進むか瞳を往復させたとき、チチチ、とどこかで鳴き声がした。

今のは、蝙蝠の――剣を手に辺りへ視線を巡らせるが、例の蝙蝠の姿は見当たらない。

その場で一周するようにアイアンクラッドが回廊を見渡したとき、絨毯の敷かれた左手の回廊から足音が聞こえてくる。見つからぬよう、廊下の壁に背をつけて潜むと、騎士の話し声が聞こえてきた。

 

「あいつらも馬鹿な連中だな。あの方に敵うはずないのに」

「ま、財宝を献上してくれただけ良しとしよう。あの方なら、こいつは後で使わせてくれるだろうさ」

 

へへ、と笑い声を上げたのと同時に、アイアンクラッドは騎士たちの兜と喉当ての隙間に刃を入り込ませて首を刎(は)ねた。切断面から血を噴きながら死体が廊下へ倒れ込み、騎士の一人が手に持っていた乳白色の宝石箱が転がり落ちる。

 

「~~♪」

 

財宝らしきものを目の当たりにしたミニオンたちが、ベルトをすり抜けて宝石箱の周りに集まる。

これを先ほどの宝物庫へ持っていくつもりだったのだろう。ミニオンたちが中身を確認しようと宝石箱を開けた。途端に、見覚えあるものが視界に飛び込んできて、アイアンクラッドは目を疑った。

――これは確か……鉛の文鎮?

 

「♦!」

「♦!!」

「♦!♦!」

 

箱から文鎮を取り出したミニオンたちが、本物かどうか隅々確認する。アイアンクラッドもしゃがみこみ、ミニオンの手から文鎮を取り上げ、仄かに光るレリックを観察した。

――間違いない。これはリージェントがネオーから授かった祝福。

 

「♦!!!」

 

主人の痕跡を見つけたミニオンたちが我を忘れ、持ち主であるリージェントの名前を繰り返しながら、騎士たちが歩いてきた廊下を逆走するように突っ切る。

待て、大声を出しながら走るな――慌てて文鎮を懐に収め、三体の後を追いかけるが、アイアンクラッドが追い付く前に騎士たちが回廊へぞろぞろと姿を現す。

 

「なんだ、この人形は」

「待て、この人形……我らの財宝を、イヤリングを身につけているぞ!?」

「あら、こんなときに鼠ちゃん?ちょうどいいものがあってよかったわ……こちらへいらっしゃい」

「~~~!!」

 

廊下の奥に現れた、プリーツが入った膝を覆う灰色のスカートを履き、白銀の胸当て(キュイラス)を装備してレイピアを腰に提げている女騎士が、手に持っていた鉄製の鳥籠を下ろして正面の蓋を開けた。突然囲まれ、ミニオンたちは驚きに立ち止まろうとするが、三体の足を騎士の一人が蹴り飛ばした。宙に浮いたミニオンたちが勢い余ってつんのめり、自ら飛び込むかたちとなって鳥籠の中へ転がり込むと、女騎士は即座に鳥籠の蓋を閉じる。

 

「~~~!?」

「おい、あの男、盗人か!」

「侵入者だ!殺せ!!」

 

現れた騎士たちがアイアンクラッドを見つけると武器を引き抜いて構え、立ち塞がる。

 

「お前、あの方に報告しろ!」

「はッ!」

「~~~~!!!!」

 

命令された女騎士が鳥籠を抱えて廊下の奥へ消える。助けて、というようなミニオンの悲鳴も遠ざかり始めた。

アイアンクラッドは剣や槍、斧といった武器を手に襲い来る騎士を片っ端から斬り捨て、あるいは炎で焼き払う。血の海へ騎士を沈めて廊下を駆けると、先ほどミニオンがつけていた耳飾りの鈍い輝きが視界の隅に捉えられた。

 

「お前たち、排除しろ!」

「侵入者を生かすな!」

 

アイアンクラッドはミニオンたちを見失わぬよう、視界に入った騎士たちをねじ伏せながら追いかけるが、前方だけでなく、後方からも騎士の小隊が陣形を組んで囲い込んでくる。

そこを退(ど)け――攻め入ってくる騎士を相手に、アイアンクラッドは剣を振りかぶりながら荒廃の力をカードから引き出した。呼び出された彼方からの遠吠えにより、格子ごと窓ガラスが弾け飛び、地を揺るがす衝撃に吹き飛んだ何人かの騎士が、破損した窓から外の庭へ悲鳴を上げながら勢いよく落下していく。遠吠えのもたらした轟音に平衡感覚を失い、ふらつく騎士たちの身体へ致命傷となる刃を埋(うず)めて、アイアンクラッドは騎士を一人残らず血溜まりへ寝かせた。

鎧や兜を返り血で染めながら、アイアンクラッドは息を荒げつつ辺りを見回す。籠を持った女騎士が見当たらない。

――どこへ行った。このまま見失ってはならない。ミニオンたちはどこに?仲間は?

 

「~~~~!!!!」

 

ミニオンの叫び声がどこかから、まだ聞こえる。声の方角を頼りにアイアンクラッドは城内を駆け抜けた。仲間の姿がないか騎士たちが開け放った扉の先へ目配せしながら、城壁と城壁を繋ぐ別の塔に入る。

ミニオンの悲鳴が微かに聞こえてきた。外の庭からだ――アイアンクラッドは塔の上下を繋ぐ階段を駆け下り、草深い庭へ飛び出す。芝を踏みつけながら、中心にある一際背の高い尖塔型の宮殿へ走っていく女騎士の後ろ姿が見えた。

 

「お前たち……そいつを……殺せッ!」

 

彼方からの遠吠えをまともに食らって落下したものの、運よく息を残していた一人の騎士がクッションになった草むらの中からよろよろと立ち上がり、血に塗れながら叫んだ。

女騎士を追うアイアンクラッドの四方八方を取り囲もうと、城壁内にいた騎士が何十人と獲物を手に駆けつけてくる。走りながらアイアンクラッドは頭上で剣を振り回して旋風刃を放った。高速で振り回される剣から三日月状の鋭利な風刃が庭園中に飛び、騎士たちを鎧ごと斬り裂く。前方から襲い掛かってくる騎士へ、怒り任せに握った拳をめり込ませて地面に打ち倒すと、アイアンクラッドは芝生の土を巻き上げながら女騎士とミニオンたちを追いかけた。

 

「伝令!伝令よ!」

 

一足早く宮殿へたどり着いた女が、巨大な扉の前に立っていた二人の見張りへ声を上げ、手中の籠を掲げて見せた。慌てて見張りが蔦に似た装飾が目立つ銀色のドアハンドルを引いた。扉の左右にあるドアノッカーに拳大の白い石がはめ込まれており、扉を包む石の輝きが陽光を反射したように一際強い。

女騎士が駆け込み、見張りがすぐさま扉を閉ざす直前、アイアンクラッドはもう一度刃を振り回した。巻き起こる旋風で見張りの身体を空中高く巻き上げ、閉まりかけた扉の隙間からアイアンクラッドは宮殿の内へ滑り込む。

床の大理石を踏む、カツカツとした具足の音が前方に伸びる廊下から聞こえた。女の足音を追いかけると吹き抜けが現れ、左右にアーチ状の階段。見上げると、女騎士が階段を上がりきり、金の細工が施された大扉へ向かって走っていくのを視認する。

一足飛びに階段を駆け上がると、ちょうど女騎士が扉を開け放ち、中へ駆け込んでいく。

 

「マレブランケ様!ご報告が!」

 

女の声と同時に、アイアンクラッドも反動で閉まりかけた扉を蹴破るようにして中へ飛び込んだ。

集っていた鎧姿の騎士たちが女のために中央を開ける。アイアンクラッドはさっと室内の隅々へ目を配り、最奥の白い水晶の前へ立つ、一際背の高い城主と思わしき男の後ろ姿を見据えた。

男は祈るように石へ向かって大剣を掲げており、白い水晶の光が大剣に吸い込まれていく。よく見ると、柄の繊細な細工の中心にも、白く輝く石がはめ込まれており、共鳴しているように思える。やがて月光を秘めたかのように、剣が怜悧な光を宿すと、武人が掲げていた剣を脇へゆっくり下ろした。

 

「我らの悲願が叶うという、このときに……何事だ」

 

雷鳴にも似た低い声を響かせながら城主がゆっくりと振り返る。黒地に金細工が映える大兜の奥から、己を睨みつけるような鋭い視線を感じ、アイアンクラッドは柄を握る手に力をこめた。

 

「マレブランケ様。この色無き人形を使って、祝福を奪おうと盗人が忍び込んだようです」

 

階段の下で女が跪き、抱えていた鳥籠を掲げた。大兜が僅かにうつむき、閉じ込められているミニオンたちを見つめる。兜越しにも恐ろしい威圧感を感じ取り、檻の中のミニオンたちが震えながら身を寄せ合う。

――マレブランケ。こいつが城の主……『あの方』か。

剣を握りしめて最奥へ進もうとするアイアンクラッドの周囲を、武器を構えた騎士たちが取り囲む。

 

「マレブランケ様の御前だぞ!」

「貴様、膝をつけ!」

「お前たち、下がれ」

 

マレブランケが騎士たちを見回しながら命を下す。騎士はすぐさま武器を下ろし、広間の隅へ下がって控えた。ミニオンたちを入れた籠を持つ女騎士も、黙って命令に従う。

 

「~~~~!!!」

 

追いついたアイアンクラッドを見て、籠に閉じ込められたミニオンたちが格子を握りしめ、助けを求めるように叫んだ。

途端にマレブランケの兜がミニオンへ動き、怯えたミニオンたちは小さな手で口元を押さえ、黙りこくる。

 

「祝福目当てに忍び込んだということか。だが……」

 

言葉を切ると、マレブランケが剣を手に、祭壇を一段一段、ゆっくりと降りてくる。

 

「その返り血、我が配下を随分斬り捨ててきたのだろう。ただの盗人ではないようだな」

 

階段を下りたマレブランケがグリーブの音を響かせながら、真っ直ぐにこちらへ歩み寄ってくる。

 

「先ほどの連中では、我が剣が満たされん――盗人よ。剣を扱うのであれば、死ぬ前に我が余興に付き合ってもらおうか」

 

広間の中心でマレブランケが立ち止まり、己の兜の前に大剣を掲げる。兜の奥から、誘うような視線を感じた。

アイアンクラッドもまた、血に濡れた剣を握りしめ、前へ出る。殺意を漲らせながら前へ進むアイアンクラッドの足が何かを蹴り、グリーブとは違う金属音を響かせた。

足元に一瞥する。刃の折れたナイフ。

――サイレントの、ナイフ?

アイアンクラッドは目を見開き、硬直した。瞳を動かす。大理石の床にぽろぽろと残っている青い星屑。機械の螺子(ネジ)に白い骨片。どれもこれも、アイアンクラッドには見覚えがある。

怒りが一瞬で全身を焦がした。

殺す――燃え上がる怒りを糧に床を蹴り、アイアンクラッドは一瞬で間合いを詰めて斬りかかる。

マレブランケが刃を刃で受け止め、鍔迫り合いする。睨み合いながら、僅かに左へ動いたマレブランケが剣を弾いて水平に刃を薙ぎ払った。首を捉えようとする刃を上体を後ろに反らせて避けたアイアンクラッドへ、さらにマレブランケが下から斬り上げてくる。迫る剣を弾いたアイアンクラッドへマレブランケはすかさず一歩踏み込み、刃で一刀両断しようと斬りかかってきた。一撃を払って刃の進路をずらしたアイアンクラッドの首を捉えようと、マレブランケが素早い刺突を放つ。軌道を見切ったアイアンクラッドは身を捻り、二の腕すれすれを通過する刃を素早く弾いて、脇から腕を裂くような斜線を刃で描く。一歩引いて避けたマレブランケに迫ったアイアンクラッドは、柄頭(ポンメル)をマレブランケの鳩尾を狙って叩き入れた。鎧の厚さにまるで効いている様子はなく、再び刃が食らいつく前にアイアンクラッドは素早く後ろへ下がってマレブランケの間合いの外へ出る。

 

「ほう。我が剣に応える者がいるとは……」

 

マレブランケがどこか期待を秘めた声を上げ、切っ先を膝より低い位置に下ろし、アイアンクラッドを誘うような下段の構えを見せる。

マレブランケの太刀筋は、これまで斬り伏せてきた騎士団の稚拙な剣捌きとは比べ物にならない、熟練の動き。

――その剣で、仲間を屠ったのか?

剣を構え直し、アイアンクラッドは怒りを秘めた瞳でマレブランケを睨む。

 

「盗人、いや、戦士よ……その程度か?」

 

アイアンクラッドは剣を握る手に瞳を動かした。先ほど二の腕を捉えようとした切っ先によって、肌が深く切れており、手甲を伝った血が指先まで濡らしている。流れ出る血が止まる気配がない。

――血が燃えない……治らない……?

違和感を覚えつつも、アイアンクラッドは溢れる血ごと、剣を強く握りしめる。

――だから、何だ。殺せば、それでいい。

己の攻撃を誘うマレブランケの望み通りに踏み出したアイアンクラッドは、あえて攻撃に転じず、わざと一撃を空振りさせる。すぐさまマレブランケが首へ走らせる一撃を地に伏せながら剣で弾いたアイアンクラッドは、弾いた衝撃を利用して床上を半円に滑り、背後へ回り込む。

 

「むっ……」

 

片足を軸にすぐさまこちらへ振り返ったマレブランケが攻撃へ転じる前に、アイアンクラッドは素早く地を蹴って下から上へ斜めに剣を斬り上げた。マレブランケの剣が切っ先を弾いて逸れている僅かな一瞬に、アイアンクラッドは己の剣を返して一太刀を放つ。鎧へ食らいつく寸前に剣で弾いたマレブランケが踏み出し、お返しとばかりに暴風を伴った突きを入れてくる。小手で弾いて刃の軌道を逸らすと、アイアンクラッドはそのまま片方の拳を握り、すれすれの距離で身を引いて戻るマレブランケの剣を上から殴りつけた。

床へ押し出されるようにバウンドする刃を制御できず、マレブランケの動きが止まる一瞬でアイアンクラッドは懐に入り込み、一閃を放つ。胸と腰の間、鎧の継ぎ目を破壊しようとしているアイアンクラッドの意図を瞬時に見抜いたマレブランケは、即座に剣を胸に抱えるように引き寄せて一閃を防御する。マレブランケはすぐさま次の刃を水平に走らせた。しゃがんで避けたアイアンクラッドは休む間もなく振り下ろされる重い一撃を頭上で払いのける。腕を斬り落とそうと下から迫る刃を、アイアンクラッドは身を捻りながら飛び退き、再び間合いを取る。

身を引いたマレブランケも間合いを計るように剣を突き出して構えながら、アイアンクラッドを見据えつつ円を描くように横歩きする。アイアンクラッドもまた、剣を構えて次の一手を警戒しながら、マレブランケの歩調に合わせて動き、向かい合う姿勢を崩さない。

互いに、飢えた刃を食らいつかせようと無言で威嚇する。

均等な速度で床を擦る二人の具足音だけが広間へ響き渡った。緊迫した空気が広間を覆い尽くしていき、成り行きを見守る騎士がごくりと唾を呑む音まで、耳にはっきりと聞こえた。

 

「素晴らしい太刀筋だ」

 

機を窺うマレブランケが足を止め、アイアンクラッドもぴたりと立ち止まる。

アイアンクラッドの耳に、己の鼓動が血沸く音が聞こえる。殺意と共に芽生える、千年以上も前、一族と共に、永劫に続くとも思われた闘争に身を投じていたときに憶えた高揚。緊張。

 

「殺すには惜しいものよ。我が剣の飢えを満たしてくれそうだ」

 

小さく笑うマレブランケが一息に間合いの中へ踏み込んでくる。刃を刃で受け止め、鍔迫り合いしながら、アイアンクラッドは踏み込んで至近距離に詰め寄り、膝打ちを繰り出した。マレブランケが片腕を使って攻撃を押し止め、刃の勢いが失せたところへアイアンクラッドは剣を弾き、乱撃を高速で見舞う。アイアンクラッドの攻撃を順番に剣で弾いたマレブランケが、再び笑い声を上げ、剣の舞踏を見せつけてくる。アイアンクラッドもまた、剣で応えた。

互いが踊るように刃を交え、重なり合う剣と剣が名もなき闘争の旋律をしばし謡った。

いつしかマレブランケの優雅な剣捌きだけでなく、排除するべき闖入者であるアイアンクラッドの獰猛でしたたかな太刀筋に見惚れ、広間に集まった騎士の面々は感嘆の吐息を零す。

 

「~~~~!!!!」

 

負けるなというような、応援するような、ミニオンたちの叫び声が響く。

 

「うるさいわね、鼠ちゃん。黙ってなさい」

 

女騎士が不機嫌そうに提げていたレイピアを手にして、格子の隙間からミニオンたちを突き刺し、黙らせようとする。

 

「~~……」

 

深くは刺さっていなかったが、ミニオンが痛みに涙ぐんだ声を上げた。無意識に、アイアンクラッドの足がミニオンの方向へ動く。一瞬、意識の逸れたアイアンクラッドへ、好機と見たマレブランケが猛烈な一撃を振りかぶってきた。咄嗟に剣で弾くが、マレブランケの剣は体勢を崩したアイアンクラッドの動きをさらに封じようと足へ動く。切っ先が腿を易々と捉え、アイアンクラッドが止まらぬ血を流し始める。マレブランケは後ろへ下がると、

 

「あのような力なき人形が、それほど大事か?」

 

床を勢いよく蹴って跳躍し、月を描くような太刀を浴びせてくる。勢いのついた豪剣をどうにか刃で受け止めるが、アイアンクラッドは後ろへよろめく。幾度目かの鍔迫り合いになり、マレブランケが戦の興奮を隠さずアイアンクラッドの兜へ、己の大兜を寄せてくる。

 

「腕を認め、仕えるべき主がいてこそ、戦士は戦の中で輝くというもの……あのような人形がまさか主とでも言うまい?」

 

アイアンクラッドの剣を弾いたマレブランケが、回転しながら円を描くように大剣を振り付けてきた。腿の痛みに踏ん張ることができず、剣で受け止めたアイアンクラッドの身体は勢いよく弾き飛び、壁に深くめり込む。抉れた壁からパラパラと石の破片が零れ、アイアンクラッドの身体に降りかかった。

 

「……かはっ……」

 

骨は折れていないが、衝撃で剣を手放してしまった。肘をつきながら痛みに燃える身を起こし、咳き込みながら落ちた剣を探す。周囲にいた騎士が懐から零れた鉛の文鎮を拾うのが見え、さらに別の一人が己の剣を蹴って弾き飛ばした。

 

「盗人風情が調子に乗るな!」

「祝福は渡さんぞ!」

「貴様、いい加減にしろ!」

 

周囲の騎士たちが我慢できず間に入り込み、口々に叫びながらアイアンクラッドを数人がかりで押さえつける。

 

「止せ。私の獲物だぞ」

「しかし、マレブランケ様……!」

 

腕や足を押さえられながらも、アイアンクラッドは騎士を力づくで払い除けて立ち上がろうとした。

――殺せ。殺すんだ。敵は殺す。全て……。

取り押さえられながらも暴れるアイアンクラッドの耳に、扉の開く音が聞こえた。広間へ現れた一人の騎士がマレブランケの前に早足で進み、膝をつく。

 

「マレブランケ様。報告いたします。準備が整いました」

 

報告を聞くと、戦意を漲らせていたマレブランケが剣を下ろして構えを解き、部下を見下ろす。

 

「ついに、か……ネオーの祝福を得た連中は、どうだ?」

「仰せの通りです。独房から出せば、いつでも贄として捧ぐことができます」

 

――ネオーの祝福……仲間が?贄?仲間が、生贄?一体何の?

状況が把握できず、怒りに駆られるアイアンクラッドは、押さえつける騎士の手を払いながら、どうにか上体を起こす。騎士の面々は数の暴力でアイアンクラッドを押さえつけ、拳を放とうとする腕を掴んで後ろに引っ張ると、枷を嵌めて地に無理矢理伏せさせた。

 

「貴様、それ以上動くな!」

「さもないと……ふふ、あなたのペットたち、痛い目に合うわよ?」

 

アイアンクラッドが顔を上げると、籠を持った女騎士が視界の中心へやってくる。手にしているレイピアの先端をこれ見よがしに、格子の隙間に入れたり抜いたりを繰り返す。

ミニオンたちはすっかり怯え、レイピアが届かぬよう籠の中心に集まって固まっている。

こちらが投げつけたり、うまく使役すれば頑丈なミニオンは武器になるが、ミニオンそのものには戦う力はない。それにここでミニオンが力尽きれば、リージェントもまた――思い至ったアイアンクラッドは、不本意ながらも抵抗するのを止め、荒い呼吸だけ繰り返す。

ミニオンが生きている以上リージェントは、仲間はまだ生きているのだろうが、騎士たちの会話から、生存は時間の問題であるように感じられた。

 

「そう。それでいいのよ」

「さて、それは我らのものだ。人形よ、返してもらおうか」

「ほら、鼠ちゃん。聞こえなかった?そのイヤリング、渡しなさい」

 

これ見よがしに女騎士がレイピアで籠をガンガン音を立てながら叩くと、イヤリングをつけていたミニオンは慌てて赤い輝きを外し、檻の外へ投げ捨てる。

 

「それでいいのよ、鼠ちゃん」

 

褐色のマントを羽織った男が床に落ちたイヤリングを拾い上げて懐に収めた。

 

「その人形は地下牢にでも放っておけ。後で処遇を考えよう」

「かしこまりました」

 

マレブランケへ一礼した女騎士が、アイアンクラッドの眼前にしゃがみこみ、わざとらしく手の中の籠を近づけ、左右に振り動かす。

 

「ほら、鼠ちゃん。飼い主様とはここでお別れよ。あなたたちはいいところに連れて行ってあげるわ」

 

ミニオンたちは女騎士を恨めしげに見上げる。

先ほど訪れた地下牢には、虫や拷問された死体といった不快極まりない汚れたものしかなかった。

あんなところに行きたくない――女騎士から目を逸らすと、籠に身体を押し付けるように集まったミニオンたちは、格子の隙間からアイアンクラッドへ小さな手を伸ばし、涙ぐみながら助けを求める。

 

「~~~~!!!!」

「~~~!!!!」

「~~!!~~~!!!」

「お別れは済んだかしら?寂しいなら、これは一緒に持って行ってあげるわ」

 

女騎士が一瞥すると、体躯の大きな男の騎士がアイアンクラッドの剣を拾い上げた。

 

「さ、行くわよ」

「~~~!!!!」

 

尾を引く切実な叫びを上げながら、檻に詰められたミニオンたちが騎士の手で連れ去られていく。女騎士の後ろに己の剣を手にした男も続き、二人が広間を出ていくのをアイアンクラッドは唇を嚙みしめながら見送るしかできなかった。

アイアンクラッドを見下ろしながら、褐色のマントを身につけた男がマレブランケの顔色を窺う。

 

「マレブランケ様。この盗人、いかがしましょう?」

「……我が剣についてくる戦士の命を奪うのは惜しいものがある。まだ利用できそうだ」

「では……」

「我らの悲願はもはや目の前に来ているのだ。時が惜しい。隊長よ、その者は預ける。殺さなければ、後は何をしようが構わん。任せよう」

「はっ!」

「ありがたきお言葉……!」

 

周囲にいた騎士たちが皆、マレブランケに深々と頭を下げた。

マレブランケが再びアイアンクラッドの前にやってくると、持っていた剣を喉元へ突きつけてくる。

 

「戦士よ。また会おう」

 

剣を引っ込めたマレブランケは、騎士団の面々が開け放った扉から悠々と出ていく。

黒いマントが視界から消えた途端に騎士たちが扉を閉め、アイアンクラッドの周りへ集まって取り囲み、見下ろしてくる。

褐色のマントを羽織る隊長と呼ばれた男が、アイアンクラッドの前へ進み出てきた。

 

「マレブランケ様のお慈悲に感謝するがいい。あの方は多忙なのだ。代わりに我々が……死よりも恐ろしいものを教えてやろう」

 

自信たっぷりに男が宣言すると、騎士たちが癇に障る不敵な笑い声を響かせた。

アイアンクラッドは、ただ黙って宣告を受け止め、怒りを秘めた拳を握りしめることしかできなかった。

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