大広間を出た女騎士に連れられるまま、檻に詰められたミニオンたちは、暗くて狭くて嫌なものしかない地下牢へ連れていかれるという不安から、縮こまって膝を抱えて震えていた。
(~~…)
(~~~…)
(……~~……)
女騎士だけでなく、アイアンクラッドの剣を持って後ろをついてくる図体のでかい騎士にも何かされそうで、ミニオンたちは声を潜めて話す。
――どうしよう、折角ここまで来たのに……。
――陛下はどこにいるんだろう……。
――これからどうなってしまうのだろう……。
怯える間に、女騎士がアーチ状の階段を下りきって、左へ歩いていく。先ほどは気づかなかったが、どうやら白い石のはめ込まれた巨大な扉がある吹き抜けには、階段の左右に宮殿のどこかへ続く廊下が伸びているようだった。廊下の突き当りで女騎士がまた左に曲がり進んでいくと、今いる場所よりもさらに薄暗い廊下と、城壁と城壁を繋ぐ塔へ続く道とに分かれているのが見える。
女騎士が城壁へ続く廊下を曲がったときだった。
「……あなたたち……今度は私たちを……どこへ……!」
「我らを生贄など……余は認めんぞ……!」
「何だ?抵抗するなら、もう少し痛めつけてもいいんだぞ?」
……今の声は、ネクロバインダーと……陛下!?
ミニオンたちは檻の中で振り返り、声の方角――反対側に続く廊下を見据えながら身体を押し付けて集まる。格子を握りしめながら三体は力の限り叫んだ。
「♦!!」
「♦ーーーー!!」
「♦~~~~~~!!」
陛下!と口々に叫び、狭い檻の中で気づいてもらおうとする。向かい側の暗い廊下の隅に、かろうじて騎士の集団が見えた。
あそこに陛下が……!
もう一度ミニオンたちはリージェントの名を呼ぶが、ちょうど女騎士が別の角を曲がってしまい、そこにいるであろう主人の姿を捉えることはできず、声も遠ざかっていく。
「ちょっと、さっきからうるさいわよ。静かにしなさいって言ってるでしょう!」
女騎士が立ち止まり、またレイピアで檻を叩いてくる。耳を傷めるような金属音に驚き、檻の中で尻もちをついたミニオンたちは、これ以上嫌な思いをしないよう仕方なく黙り、檻の中央に座り込んだ。
「もう、キーキーうるさいったらありゃしないわね」
「どうせ行く方向は同じだし、あいつらと一緒にしちまったらどうだ」
「……それもそうね。あっちの牢は臭くて行くのは嫌いだもの」
後ろの男の提案に女騎士が同調し、再び籠を手に歩き始めた。
やがて突き当たりに地下へ続くであろう階段が見えてくる。城へ訪れたときに螺旋階段を上がって城壁へ出たが、同じような螺旋階段を女騎士が下りていく。一段一段下りていくごとに薄暗くなっていくが、一番下に降りても松明がところどころに壁にかけられているおかげで幾分か明るい。騎士たちが、さっきの地下牢と違うところに連れていくようなことを話していた。真っ暗で嫌な思いをしなくて済むかもしれない――膝を抱えるミニオンたちは少しだけ安堵した。
だが、女騎士がたどり着いた場所の風景を見たミニオンたちは、もしかしたら真っ暗で虫がいっぱいいて、嫌な臭いのする牢屋の方がまだマシだったのでは、と思った。
半円形になっている球技も余裕で出来そうな広い石造りの部屋は、ここへ訪れるまでに騎士が歩いた廊下同様に、松明と蠟燭が壁にかけられていて先ほど地下牢で見たのと同じような細い格子がはめ込まれた房が、壁側にいくつも並んでいる。半円に並ぶ牢屋を監視するように、部屋の中心には長方形の古ぼけた木製テーブルと椅子が置かれている。
何より奇異なのは牢屋のほとんどに、既に先客がいることだ。塔のもっと上で遭遇する強敵、騎士のギャングを筆頭に、リビングシールドやカエルの騎士、寄生されたプリズム、岩を背負ったボウルバグなどなど、牢に収容されているのは例外なく魔物だ。
(~~?)
(……~~~……)
(~~……)
――こんなに魔物がいるなんて……。
――大人しくしているみたいだけど……。
――襲われたらどうしよう……。
籠の中でミニオンたちが震えている間に、男の騎士が運んできたアイアンクラッドの剣を、部屋の中央にあるテーブルに置く。
「こいつらレリックを集めて戻ってきたばかりだから、空いてないわね」
「あそこのニビットと一緒に入れておいたらどうだ」
女騎士が言われた通り、中央のテーブルから見て一番右端にあたる牢屋へ歩いていく。先客として、既に繫茂の地で見かけるニビットが牢屋の隅で丸くなっていた。薄暗い牢屋の中で、身体が仄かに白く光っているのがよく分かる。
男の騎士が牢の扉を開けた。ニビットは扉が開いたことにも気付かぬ様子だ。ミニオンたちが女騎士の手で籠から出されると、手足をばたつかせて抵抗するが、巨躯の男に財宝を詰め込んだ背中の布包みを簡単に剥ぎ取られる。男が布包みを中央の古ぼけたテーブルの上に放り投げると、ミニオンたちは乱暴に投げ捨てられた。二度、三度と石床の上で跳ねて転がる間に、女騎士がどこからか鍵を持ってきて施錠してしまった。
鍵をスカートのポケットに入れた女騎士がレイピアを片手に見下ろしてくる。
「さて、鼠ちゃんたち。各地から結界が壊れた報告が入っていたけれど、色無きあなたたちの仕業でしょう?あの戦士に命令されていたとはいえ、マレブランケ様がせっかくお造りになったものを破壊するなんて……どういうつもりかしら?」
「どうもこうもない。ミニオン連中にマレブレンケ様の素晴らしさが分かるわけない」
「そうね。なんにせよ、祝福をかすめ取ろうとするなんて、お行儀の悪い子」
――結界?結界って何?色無き者?
ミニオンたちは顔を見合わせるが、何のことを言われているのか分からない。何かを喋るとまたいじめられそうで、ミニオンたちはただ黙って騎士を見上げるしかできなかった。
「ここで大人しく反省していなさい。マレブレンケ様のお慈悲に感謝しなさいな」
女騎士と体躯の大きい男の騎士が踵を返し、中央のテーブルへ移動する。二人の騎士は早速、検分のためにミニオンたちが集めた財宝たっぷりの布包みを開けた。ぎっしり詰められていた財宝がテーブルの上に広がって、松明の火の下でキラキラ輝く。女騎士が大きな溜息をつき、兜をミニオンたちへ動かした。
――絶対こっちを睨んでる……!
ミニオンたちは冷や汗混じりに、女騎士から慌てて視線を逸らす。
「宝物庫からこんなに盗んだなんて……!」
「はは、まぁ寸前で取り返せたんだ。仕訳して戻すとしよう」
男の騎士が、入口に積み上げられていた木箱を二つ持ってきてテーブルに置く。女騎士と巨躯の男がレリックや宝石といった財宝を一つひとつ確認すると、何かの基準で箱に分けていくのを、ミニオンたちはただ見ているしかできない。
(~~…)
――陛下に献上しようと思ったのに……。
落ち込んだミニオンたちは身を寄せ合ってその場に座り込み、背中を丸めた。
三つあった包みの内、最後にゴールドの入っていた布包みを男の騎士が開けた。財宝を分けて現れた黄金の山に、男の騎士がおお、と声を上げ、かき集めたゴールドを数枚手に収めて女騎士に見せる。
「見ろよ。ゴールドもこんなにあるぜ。ははは!こんだけ集まってれば、いいもん食えるな」
男の騎士が欲を宿した笑い声を上げながら、懐にゴールドを忍ばせる。
「これだけあれば、しばらく不自由しなさそうね。儀式が終わったら、みんなで山分けしましょうよ」
「そうだな!んじゃ、これは後のお楽しみってことで」
ゴールドの入っていた包みだけはそのままに、男の騎士が金色に彩られた山の頂上をポンポンと叩く。女騎士は財宝を仕分けする手を止めて、木箱に蓋をした。
宝物庫へ戻そうと騎士が木箱を抱えたとき、地下牢の外から鎧姿の騎士が二人入ってきた。
「おい、お前たち、それを片したらこっちを手伝え」
「捕まえた連中は見世物にしていいって許可が出た。レリックを持ってきた連中が城壁の前にわんさかいるだろう。あいつらを城内へ入れろ」
……捕まえた連中って……陛下が見世物?
顔を見合わせたミニオンたちは立ち上がり、重々しい扉まで駆け寄ると身体をべったり押し付け、格子を握りしめながら集まった騎士たちを観察する。
「分かった。こいつを戻したらすぐに行く」
「マレブランケ様は?」
「儀式のために、今は
「ああ、やっとこの時が来るのね……」
騎士たちの会話に、ミニオンたちは身をぷるぷると震わせた。
――太陽の後継者たる陛下を生贄にするなんて、なんてことをするんだ!
――しかも今度は見世物?
――マレブレンケめ、許さない!
ミニオンたちは握りしめていた格子を手放し、互いの顔を見て、確かに頷く。
――陛下をお助けしなければ!
「魔物たちはどうする?」
「儀式とやらが終わってからでいいだろ。まぁ騎士のギャングには、また後でレリックを探しに行ってもらうとしてそのままでいいな……そこのリビングシールドとカエルの騎士は、警備に使えそうだ。出せ」
「了解」
女騎士がポケットから鍵を出して放り投げると、受け取った男の騎士が栄光の路で見かけるリビングシールドとカエルの騎士が収容されている牢の施錠を外した。魔物は騎士たちを襲う素振りもなく、大人しく牢の外へ出てくる。よく見ると、騎士の一人が人間の拳大はある白い石を持っており、その光に吸い寄せられるように魔物が動いていた。
一人の騎士が魔物たちを外へ連れ出す間、ミニオンにとって憎き仇となりつつある女騎士が、コツコツと足音を響かせながら近づいてくる。
「この鼠、どうする?さっきからうるさいし、私さっさと処分したいんだけど」
「はは!マレブレンケ様が後で考えるって言ってたし……儀式が終わってからでいいだろう」
はぁ、と大きな溜息をついた女騎士が、
「いい?後で戻ってきたら、あんたたちは魔物の餌にしてあげる。楽しみにしてなさい」
と高飛車に宣言し、牢の前から去っていく。
ミニオンたちは格子の前に集まり、騎士たちの背中を恨めし気に睨んだ。
すぐに騎士たちが地下牢を去り、扉を閉ざす。間もなく、ゴト、と扉に何かが当たる音がした。このスパイアを陛下と共に上がり続けていろんな仕掛けを見聞きしてきた。今の音は、恐らく、外から
「~~?」
「~~……」
「~~~」
いじめてくる騎士がいなくなり、ミニオンたちは固まって声を掛け合って相談する。
魔物たちがうぞうぞいっぱいいる牢屋に、閉じ込められてしまった。頼みだったアイアンクラッドとは離れ離れになり、頑丈な身体を持つだけでは、図体のある魔物たちに太刀打ちできる術などない。
けれど、さっきの騎士が、否、ここへ来るまでに何度も見かけた白い石。騎士は魔物を白い石で操っているみたいだったが、もしかしたら白い石をうまく使えば、自分たちも魔物を操れるのかもしれない。魔物を操って鍵を開けてもらうとか、牢を壊してもらえば、外へ出られる。
ミニオンたちは改めて牢の格子越しに、他の房へ収容されている魔物たちの姿を観察する。どの魔物も、やはりどこかしらに白い石をはめているのか光っているように見えた。
改めてミニオンたちは振り返り、牢の奥で丸くなっているニビットに注目した。ニビットにはめ込まれている石を抜き取れば…!
そこまで思いついたミニオンたちだったが、いざ実行しようとニビットへ歩み寄る足を止め、たじろいた。
陛下の華麗な攻撃であっさり草に伏してしまうニビット。けれどミニオンたちだけで相手するには、今も別の牢屋で大人しくしている強敵、騎士のギャング相手にストライクと
――それでも、やるしかないのだ!
――陛下がおっしゃっていたのだ!
――もっとがんばる!我々も、もっとがんばって陛下を助ける!
もっとがんばる、を合言葉に、リージェントとの再会を夢見るミニオンたちは小さな拳を握って奮起し、牢屋の中を見回した。
石を抜き取ったら、きっとニビットは制御を失って暴れ出すだろう。ミニオンの小さな手で殴りつけてもニビットの身体にダメージが通るようには思えない。何か武器を……!
見える範囲で武器になりそうなのは、小石ぐらいだろうか。他にも何か使えるものがないか上から確認しようと、一体のミニオンが格子をよじ登ってみた。ミニオンのわずかな体重にも耐えられぬほど脆くなっていたのか、天井付近にある一本を掴んだ時、ぽっきり折れて落下する。下を調べていたミニオンがキャッチした。小さいが先端が鋭く、これは武器になるだろう。
格子に上ったミニオンが下りてくる間、別のミニオンが松明の火が届かない暗がりに、切れて落ちたらしい太い鎖の一部を見つけた。これで思い切り殴りつければニビット相手に昏倒させることもできるかもしれない。
鎖が落ちている場所を見上げると、鎖をひっかけていたらしい木製のウォールフックが見える。しかし高くて届かない。二体が協力して足場となり、一体が上に乗ってジャンプする。フック部分にギリギリ届き、しがみつくと、相当朽ちていたのかバキッ、と音を立てて剥がれ、ミニオンたちはボールのように転がり落ちた。
「~~…」
起き上がったミニオンのすぐそばに、ウォールフックに使われていた木材が落ちていた。拾って先端を観察すると、鎖を引っ掛けるのに使っていただろう太い釘がいくつか刺さっている。格子の一部と同様、この部分で叩けばニビット相手にも通用する立派な武器だ。
それぞれ武器になるものを手に入れることができた。早速行動開始だ――三体はそれぞれの武器を手に、ニビットを囲むと刺激しないようゆっくり近づいた。白い輝きを頼りに、ニビットの身体のどこに石がはめ込まれているのか探す。鎖を持ったミニオンが背中側に回り込むと、尾から最も光が強く放射しているように思えた。
「……~~?」
準備はいいか?――三体は頷き、武器をきつく握りしめる。
鎖を持ったミニオンがニビットの尾へにじり寄る。石を抜き取ろうと手で触れると、驚いたのかニビットが尾を払い、振り返ってきた。眠りを妨げられて怒ったかのように、ヤッ!と唸り声を上げながら鎖を持つミニオンへ前足を突き出してくる。爪が刺さって痛い。鎖を持ったミニオンはひっくり返ってしまう。
「~~!」
「~~~!」
背中ががら空きになったニビットへ、格子の一部と木材を持ったミニオンが駆け寄り、ぽかぽかと腹や尻尾を叩いた。驚いたニビットが再び振り返り、今度は二体のミニオンを斬り裂こうと襲い掛かる。思い切り爪が食い込み、二体はじんじんする痛みに震えた。
「~!~~!」
二体の攻撃の手が止まる間、もう一度鎖を持ったミニオンが武器を振り回してニビットをぽこぽこ叩く。
怯んだニビットが前足で殴るのを止め、三体の顔を見回しながら威嚇してきた。
まずい。威嚇した後のニビットは、攻撃が強くなっているのだ。
「~~~!!!」
かくなる上はミニオンで総攻撃だ!三体は自分の持っている武器を力いっぱい振り回した。ニビットも負けじと鋭さを増した爪を三体へ振りまく。
小さき者同士の戦いは、ミニオンに軍配が上がった。日頃リージェントの玉座を持ち上げ、塔の最下層から頂上までを運びきる頑丈な身体を前に、一体しかいないニビットは体力をどんどん削られ、石床へ突っ伏したのだ。
「~~!!」
「~~~!!」
「~!~~!!」
武器を手にミニオンはその場で飛び跳ね、あるいは踊り、勝利を祝う。
ニビットに大量に引っ搔かれてボロボロだったが、それでも勝った!陛下を救う大きな第一歩だ!
勝利の舞を踊り終えると、もう一度ニビットの尾を調べ、はめ込まれている石を慎重に抜き取る。ニビットをたくさん叩いたが、皮膚の深くにはめ込まれた石は無事だった。さっきの騎士が持っていた石より小さいが、とにかくこれを使えば突破口が開けそうだ。
――でも、どうすれば操れるんだろう?
「やはり、ここにありましたか」
石を眺めて思案しているミニオンたちの耳に、何者かの声が届く。次いで、薄暗い室内にぱたぱたと羽音が響いた。
ミニオンたちは石を手に、牢の扉へ歩いて音の在処を探る。どこから入ってきたのか分からないけれど、赤紫色の毛並みを持つ蝙蝠が、中央のテーブルへ翼をはためかせながら悠々と近づいてくる。
――あの蝙蝠、見たことある気がする。そういえば、アイアンクラッドとこの城へ来る道中に何回か見たことあるような……?
蝙蝠は迷いなく、テーブルに置かれてそのままになっている、ゴールドが入った布包みの上へ降り立つ。翼を閉じると蝙蝠は足で器用にゴールドを掴んで、辺りに投げ捨て始める。
「~~!!」
「~!」
「~~~~!!!」
何をする!ダメ!それは脱出したら陛下へ持っていく財産!と、ミニオンは檻の中で抗議の声を上げた。
「これは貴方たちのものではありませんよ。異星の王の従者たち」
ミニオンに一瞥もくれず、蝙蝠は流暢に喋りながら、集めたゴールドの山をかき分けていく。蝙蝠の声は、なんとなく、どこかで聞いたことがあったが、ミニオンの記憶力では誰なのかを思い出すことができない。
そのとき、ミニオンは思いついた。喋ることができて、陛下のことも知ってるみたいだし、蝙蝠は賢そうだ。檻を開けてもらえないだろうか?
「~~~~~!!」
檻の格子に顔を張り付けながら、助けて、と声を上げる。蝙蝠は全く聞こえない様子で、ゴールドの山の中から宝物庫で見つけた金の指輪を取り出す。松明の灯火の下で、ミニオンたちの目には蝙蝠が笑ったように見えた。蝙蝠は金の指輪を口に咥えると、空中に放り投げる。
「~~~!!!」
「私に命乞いせずとも、どうせあれが来るでしょう」
翼を動かして空中に飛び上がった蝙蝠は、落ちてきた金の指輪を足でキャッチする。
「~~?」
――来る?あれって、一体何が?
ミニオンの問いかけに応えず、蝙蝠はただ、チチ、と鳴き声を漏らした。足に握りしめた輝く指輪へ一瞥し、ようやく蝙蝠が指輪と似ている金色の、四つもある瞳をミニオンへ向けて見下ろしてくる。
「私の本命を探す前に……指輪を見つけてくれた礼ぐらいは、まぁ、一応言っておきましょうか。奴隷だけでは、出来損ないの宝物庫には入れませんでしたからね」
「~~~!!」
「~~~~!!」
「~~!!」
――指輪のことはいいから、お願い!開けて!
――お願い!ここから出して!
――陛下を探しに行かないと!お願い!
ミニオンたちは蝙蝠へ向かって、口々に懇願した。
蝙蝠は翼を動かしてその場に留まりながら、扉の方へ四つの瞳を向けた。
何か考えているように思える。なんだか宝物庫で見つけた指輪を探していたようだし、お礼に助けてくれるかもしれない……!
「本命も、どうせあそこでしょうし……結局まだ貴方たちも、あれと一緒に働いてもらわないといけませんねぇ」
黙っていた蝙蝠が独り言を口にすると、扉から目線を逸らし、指輪を見下ろした。
クク、と聞いたことのある笑い声を上げた蝙蝠が、再びミニオンたちに光る瞳を向けた。
「あれが来たら、礼拝堂へ行きなさい」
――レイハイドウ……?
――どこ?
――でも、そこに陛下が?
蝙蝠が口にした場所に、ミニオンたちは顔を見合わせ合う。
「最も、それまで生き延びていられれば、ですが」
チチチ、と嘲笑うような鳴き声を上げると、指輪を手に入れた蝙蝠の姿が、水に落ちたインクのように薄まって消えてしまった。
――消えちゃった……。
――お礼に助けてくれたっていいのに!
――でも、陛下がいるところは分かった!
早くここを出て、レイハイドウ、とやらへ向かわなければ!
ミニオンたちは手に入れた石へ再び目を落とす。団子状になって高いところに石を掲げたり、上下左右に振ってみたり、石を手に牢の中を走ったり、いろいろ試したが特に変化がない。
ニビットと戦った疲れもあり、隣の牢屋と隔てる壁を背もたれに休憩すると、石の輝きが強まった。突然のことに驚いて壁から離れると、足元でざくざくと何かを掘るような音がして、こちらへ近づいてくる。石床が大きく盛り上がって、ボコッという音と共に床材が弾けたと思えば、穴から魔物が姿を現した――魔窟にいるトンネラーだ。
「……!」
手元の石がまだ強い光を発しており、トンネラーを見れば、甲殻に覆われた細い首が共鳴するように光り輝いている。何が正解だったのか、原理はよく分からないけど、ひとまずトンネラーを操ってこちらの牢屋に連れてくることができたらしい。
試しに、ミニオンたちはトンネラーの前で石を動かしてみた。石を牢の隅へ動かすと、トンネラーが再び地面に潜伏し、動かした方角へ移動して床上に現れる。
――これだ!トンネラーに牢屋の外へ繋がる穴を掘ってもらえばいいんだ!
「全く、はしゃぎたてる馬鹿な連中の誘導だなんて……嫌になっちゃう」
「まぁいいだろ。マレブレンケ様にとって一世一代の儀式なんだろ?客は多い方がいいさ」
「!」
聞き覚えのある声にミニオンたちは振り返る。
――まずい、騎士が戻ってきてしまった!
トンネラーが自分たちの牢屋にいるのが見られたらバレてしまう。再びトンネラーに石を向け、元いただろう隣の牢屋へ動かすと、魔物は大人しく掘り進めた穴を戻っていく。一体がトンネラーを戻している間、二体のミニオンが倒れたニビットの身体を押して、トンネラーが掘った穴の手前に置き、痕跡が見えないようにした。トンネラーが戻ったと思われるタイミングで、白い石を倒れているニビットの尻尾の内側に置いて隠した。
何事もなかったようにして三体は牢の中心に座り込み、皆で震えているように見せかけると、コツコツと靴音が響き、ちょうど女騎士が牢の前にやってくる。
「あら、ちゃんと反省してるみたいね。いつ餌にしてあげようかしら……」
女騎士の後ろから歩いてきていた、先ほどの体躯の大きい男の騎士がテーブルへ首を動かすのが見えた。
「おい、お前……見ろ!ゴールドが漁られてる!」
「何ですって?」
女騎士も振り返り、テーブルへ駆け寄る。
先ほど蝙蝠が指輪を見つけたときに漁ったままになっており、男がしゃがんで床に散らばったゴールドを拾い集める。男の手中にある何枚もの金貨を見て、女騎士がミニオンのいる牢屋を含め、室内を見渡した。
「そんな……一体誰が……!?」
「お前たち!大変だ!」
驚く女と男の間に、白銀の鎧を纏う騎士たちが剣や槍といった武器を手にして、何人も地下牢へ駆け込んでくる。
「今度は何?騒がしいわね」
「隊長が……!」
「何?」
「とにかく来てくれ!こっちだ!」
言われるまま、騎士たちが地下牢の外へバタバタと走って出ていく。何があったか分からないが、扉の施錠もせずに慌てて出ていったのはミニオンたちにとって幸運だった。
――今のうちに……!
急いでミニオンは隠していた石を取り出し、一旦トンネラーを自分たちの牢屋へ招き寄せる。現れたトンネラーの前に石を掲げ、施錠された扉の方へ動かした。トンネラーは忠実に穴を掘り進め、地下牢の中心にあるテーブルの下まで穴を掘って姿を現す。
――よし!これで脱出できる!
トンネラーがまだテーブルの下でじっとしており、ミニオンたちは石を使って違うところへ穴を掘らせ、魔物を退けようとした。しかし、石を掲げて動かしてみてもトンネラーが動かない。
「……~~……?」
もしかして、距離がある程度離れると動かせないのかも……?
だが既に光明を見出した。時間がない。早くレイハイドウにいる、陛下のところへいかなければ!
ミニオンたちは石を抱えてトンネラーが掘った穴へ潜り込む。石の仄かな輝きを頼りに、真っ暗な長い穴を泥まみれになりながら進んだ。
やがて先頭にいたミニオンが頭をぶつけてしまい、頭上に石を掲げて確認した。トンネラーの下半身らしきものが見える。
「~~~!!」
石を振るように動かし魔物をテーブルの外へ追い出そうとするが、トンネラーは動かない。三体で協力してトンネラーのお尻に引っ付き、押し上げようと踏ん張った。石を上下に振るとトンネラーが少しだけ上に動き、僅かに床から浮き上がったのを見て、ミニオンたちは目いっぱい頭突きする。衝撃でトンネラーが穴の外へ転がり出て、頭上に仄かな松明の灯火が見えた。
――やった!脱出できるぞ!
穴を順番に這いだしたミニオンたちは、ニビットの身体から手に入れた石を置き、転がって動かないトンネラーをテーブルの外へ押しやると、近くに置かれている椅子をよじ登った。椅子の背もたれからテーブルの上にジャンプし、地下牢を見回した。魔物たちは自分たちの脱獄を見ても、これといって関心を示さず大人しくしている。
テーブルには、アイアンクラッドの剣がそのまま置かれている。先ほどニビットを倒したときに使った武器は牢に置いてきたため、武器として使えそうなものは、室内を見渡す限りこれしかない。それに、どこに行ったか分からないけど、アイアンクラッドを見つけて渡せば、いじめてくる騎士たちなんて一網打尽にできるのだ!
一体が剣の柄を持ってみる。陛下のソヴリン・ブレードも、ぎゅぎゅっと星の力が凝縮されていて重いけれど、アイアンクラッドの剣はそれよりも重い。三体で協力し、柄、刃の根本、刃先と分担して持ってみる。
――よし!これで陛下を助けに……!
「くそッ!おい、お前!魔物たちを呼んで来い!!」
「分かったわ!」
騎士の叫び声が扉の向こうから聞こえてきた。次いでカツカツと甲高い足音を響かせて騎士が地下牢へ戻ってくる。自分たちをいじめてきた女騎士が、先ほど魔物を操っただろう白い石とレイピアを手に姿を現した。目線が合うと、女がわざとらしい大きな足音を立てながら、テーブルへ近づいてくる。
「やっぱりゴールドを盗んだのはあんたたちの仕業ね!この鼠がッ!」
「!!!」
女騎士の叫びを聞きつけたのか、後ろから体躯の大きい騎士も駆けつけてくる。その手には主たるリージェントが座する玉座と同じぐらい大きな
「あんたたちは今すぐ魔物の餌にしてやるッ!」
男がミニオンの姿を見つけると、入口近くの壁に据え付けられていたレバーを下げた。途端に牢屋の施錠が全て外れ、ずんずん迫る女騎士が光る石を頭上に掲げる。一斉に魔物が牢を出て、こちらへギラつく目を向けてきた。
――まずい!早く逃げないと!
あたふたするミニオンたちだったが、アイアンクラッドの剣の重さに素早く動けず、テーブルの周りを牢を出てきた魔物たちがさっと囲い込んでくる。見通しのいいテーブルの上に逃げ場はなく、後ろからやってきた騎士のギャングたちが、ミニオンたちの身体を掴んで順に持ち上げた。
「~~~~!!!」
アイアンクラッドの剣が手から滑り落ちてしまい、大きな音を立てながら女騎士の前に落ちる。騎士が後ろへアイアンクラッドの剣を蹴り飛ばすと、レバーを下ろした男も女のすぐ隣へやってきた。
「人形ごときが我らに楯突くとはな……!」
巨躯を誇る男がハンマーを背に担ぐ。こんな大きなハンマーで叩きつけられたら、間違いなく自分たちは潰れて、影も形もなくなって死んでしまう。
逃げ出したくても騎士のギャングの大きな腕の中では手足をばたつかせるしかできず、もはや小さなミニオンたちに打つ手はなかった。
「……♦……」
――ああ、陛下……せっかくここまで来たのに……。
――このまま陛下と再会することは叶わず、我々は消えてしまうのでしょうか……。
――せめて、最期に一目、陛下にお会いしたかった……。
ミニオンたちは、リージェントのように勇ましく戦える術を持たぬ自分たちを呪いながら、ギャングの手の中ではらはら涙を零した。
「さっさと死ね!鼠がッ!」
女騎士がレイピアを振り上げる。
死を覚悟したミニオンたちだったが、突如女騎士の持っているレイピアが視界から消えた。それからすぐ、カラン、という金属音。
何が起きたのか騎士も、ミニオンも分からず、足元から響いた音の在処を見下ろす。
松明の炎の下、レイピアが――よく見ると女騎士の肘から先も、一緒に床へ落ちていた。
「……私の……手、が……?」
突然のことに脳がついていけず、女騎士がゆっくりと振り返る。だが背後の存在を視認する前に、今度は首が
ミニオンたちは涙に濡れた目で、崩れ落ちる女の背後のいた存在を捉える。先ほど騎士が蹴り飛ばした剣の持ち主が――女の腕を、首を斬り落としたアイアンクラッドが、立っていた。ミニオンたちは命を繋いだ事実に、また号泣した。アイアンクラッドが騎士を蹴散らして、自分たちを探しに来てくれたのだ!
「~~~~~!!」
「~~~~~~!!!」
「~~~!!」
アイアンクラッドに向かって、ミニオンたちは手足をばたつかせながら精一杯、助けて!、と叫んだ。
「き、貴様、どうやって……!?」
巨躯の男が攻撃に転じる前に、アイアンクラッドは男の首根っこを怪力で掴み、ハンマーごと壁に勢いよく投げる。アイアンクラッドの怒りを丸ごと受け止める形となり、叩きつけられた途端、男はぐしゃりと音を立てて鎧ごと果実のように潰れた。
「おい!魔物の増援はまだか!」
地下牢へ何人かの騎士がなだれ込んでくる。
振り返ったアイアンクラッドが拳を握ると、自身の周囲に松明よりもさらに真っ赤に燃え上がる炎の玉がいくつも生まれ、空中をふわふわと浮遊する。アイアンクラッドが生み出した鬼火を放つと、地下牢はあっという間に騎士の、魔物たちの葬儀場となり、一人残らず火葬された。
騎士のギャングたちも容赦なく炎に飲み込まれ、地下牢のあちこちで結界を生み出す石が零れ落ちると、ミニオンたちも石床へ落下する。鬼火が消え去ったところで起き上がると、近寄ってきたアイアンクラッドが自分たちを見下ろしていた。
「……お前たち……」
「!!!」
ミニオンたちはハッと息を呑む。
アイアンクラッドが――喋った。我らが主である陛下にさえ、滅多なことで口を利かないのに、喋った。
唇が動き、さらに何か言おうとしたように見えたが、結局口を閉ざし、アイアンクラッドは背を向ける。
ミニオンたちが生きているなら、リージェントは、仲間は命を繋いでいる。だが猶予はもうないだろう。
――今は、無事を喜び合っている暇などない。すぐに仲間を見つけないと……。
「~~~~!!!」
待って、と三体は必死にアイアンクラッドのグリーブにしがみついて足止めする。アイアンクラッドが何事かと立ち止まり、振り返った。
陛下の元へ行かなければ!
さっき……そう……言葉を喋る蝙蝠が言っていたところ……。
えーと、うーんと、えっと……。
「レイ!」
「ハイ!」
「ドウ!」
三体は手分けしてプレオンに通じる単語を頑張って口にした。
アイアンクラッドに伝わっただろうか?既にプレオンに馴染んで流暢に喋る陛下に比べると幾分発音が悪い。
でも伝えなくちゃ。伝えないと、陛下の御身が危ないのだ!
「レイ!」
「ハイ!」
「ドウ!」
もう一度、三体は順番に大きな声を上げた。
普段はリージェントにしか分からぬ星の言葉しか喋らないし、喋れないが、そんなことは言っていられない。陛下の命がかかっているのだ。プレオンの言葉を口にするのは、ミニオンにとっては陛下に投げつけられたり、陛下を庇うよりも労力がかかることだったが、ミニオンたちは息を切らしながらアイアンクラッドのグリーブにまとわりつき、縋るように見上げた。
アイアンクラッドは、ミニオンを見下ろしながら、ただ黙っていた。
――やっぱり駄目だろうか……拙い自分たちの声では伝わらないだろうか……。
しばしの後、アイアンクラッドが口を開き、
「……礼拝堂」
と、プレオンの正しい言葉で言い直した。
伝わった……!アイアンクラッドに伝わった!
ミニオンたちが首をぶんぶん上下に動かして頷くのを見据えながら、アイアンクラッドは思案した。
大抵このような要塞ともいえる城は、中央の宮殿が城主の居住地であり、同時に大広間や――礼拝堂が隣接されていることが多い。アイアンクラッドは、ふと、大広間の下にあった、過剰なまでに白い石を――悪魔の言う、結界の施された、堅牢な扉を思い返す。
己の剣を、ミニオンたちを探しに来たのは、やはり間違いではなかった――やがてアイアンクラッドは三体の顔を順に見回すと、回収した剣を肩に担ぐ。
「……行くぞ」
ぶっきらぼうだが、アイアンクラッドはミニオンたちに呼びかけ、踵を返し迷いなく歩き始める。
「~~~!!」
「~~~~~~~~!!」
「~~~~~~!!」
ミニオンたちは喜びを表現するかのように飛び跳ねながら、すぐ後ろを走ってついていく。
出ていく前に、いじめてきた女騎士の身体を腹いせにぽこぽこと順番に拳で叩いていった。
地下牢を出てみれば、あちこちで鎧を纏う騎士団員たちが倒れていた。誰も息をしておらず、城内は嘘のように静まり返っていた。既に、怒りに満ちたアイアンクラッドの手で、誰一人残らず倒されたのだ。アイアンクラッドがいれば、百ミニオン力なのだ。
前を歩くアイアンクラッドのグリーブが反響する音を聴きながら、ミニオンたちはただ祈っていた。
陛下、どうか無事でいてください、と。