乙女ゲー世界はモブにもヒロインにも残酷で厳しい世界です BITTER END ROUTE 作:氷破 熾央漓(ひば しおり)
豪華客船のアンジェリカの部屋。
オリヴィアに見守られながらアンジェリカが目を覚ます。
「リビア……? 公国軍はどうなった!? 他の生徒たちは無事か!?」
開口一番、直ぐに状況確認のため問いかけた。
オリヴィアはアンジェリカの求めに応じ状況を説明する。
リオンのパルトナーとロストアイテムにより危機を脱したことを。
公国の伯爵の悪足搔きでモンスターの暴走に巻き込まれ此方の生徒に多くの重傷者が出たこと。
それでも公国軍襲撃という大惨事を思えば被害は驚くほど軽微だった事。
そしてリオンのお陰で船と生徒たちが助かったにも拘らず、皮肉にもリオンが最も護りたかったであろう筈のカーラだけが助からなかったこと。
リオンの悲しみがいかばかりかを思いアンジェリカは言葉を失う。
「私の……せいです。私がリオンさんに助けてなんて言わなければ……」
「リビア。そんなこと言わないでくれ。偶々そうなっただけで君が悪いわけじゃ――」
「いいえ! 私のせいです! 私はリオンさんが好き。リオンさんに振り向いてもらえないのはイヤ……。だけど、リオンさんが悲しむ姿を見るのはもっとイヤ! それなのに私のせいでリオンさんをあんなに悲しませてしまった……。私が助けてなんて言ったから……」
「自分を責めるなリビア。さっきも言ったが偶々――」
「違うんです!」
アンジェリカの慰めの言葉を遮るように叫び声を上げたオリヴィア。
「アンジェ、これを見てください」
オリヴィアが手をかざしてみせると魔力により光り輝くシールドが発現する。
「本当はあの程度のモンスター相手ならリオンさんに助けてもらわなくても自分で身を護れたんです。なのに、リオンさんに頼ってしまった……。物語の騎士様みたいに私を助けて欲しかった。リオンさんが私の騎士様ならいいのにって思ってしまった。あれほど言われてたのに。子供の頃から、一番の願い事は口にしてはいけない、って」
「どういう事だ?」
「私、小さい頃から本当に心の底からの願いごとを言うと、どんな願い事でも聞いて貰えたんです。だから両親に言われたんです。一番の願い事は口にしてはいけない、って」
その言葉にアンジェリカは何か気付いたような表情を見せる。
「私の、あの時の、一番の願い事はリオンさんに私だけの騎士様になって助けて欲しいってことだったんです。リオンさんには婚約者が居るから私よりソッチを優先するって分かってたのに、そうして欲しくないって思っちゃったんです。私を……私だけを助けて欲しい、って。そんなこと思うのも口にするのもいけないのに。それなのに助けて、って言っちゃったんです。そのせいで、リオンさんは……リオンさんは……」
「リビア!」
自らを責める様に紡がれるオリヴィアの言葉をアンジェリカが遮るように声を上げた。
「その話、リオンには勿論他の誰にも話してないよな!?」
アンジェリカの問いにオリヴィアは頷く。
「そうか……。なら約束してくれ。その話は一生誰にも話さないと。私も墓場までもっていくと誓う。だから……」
オリヴィアの話にアンジェリカには思い当たる節があった。
それは一学期の終わりにアンジェリカが引き起こした決闘騒ぎ。
決闘自体は代理人を買って出てくれたリオンのお陰で終始有利に進み最終的には勝ちを収められた。
だがそれでも王子の目を覚ましてやりたいというアンジェリカの望みは叶わず、王子を誑かした張本人のマリエを道連れにしようとまで彼女は思い詰めていた。
そんなアンジェリカの心を思いとどまらせたのはオリヴィアの言葉で声だった。
その言葉は声はアンジェリカ自身のみならず決闘場の多くの観衆にまで響いた。
だからオリヴィアの言う自身の声の力が本当だと分かってしまった。
「で、でもアンジェ……私は」
「お願いだ。頼む」
真剣な真っ直ぐな瞳のアンジェリカの懇願にオリヴィアは断ることが出来ず頷くことしか出来なかった。
オリヴィアが頷くとアンジェリカは彼女を抱きしめる。
そして心の中で詫びる。
(すまないリビア……君から謝罪の機会を奪ってしまって。そしてリオン……カーラ。私を許せとは言わない。でもリビアを恨まないであげてくれ。私のことは許さず恨んでくれてもいい……。だから……)
この話が、真相がリオンに伝われば、リオンはオリヴィアを許さないかもしれない。最悪手にかけようとするかもしれない。
それだけはアンジェリカには耐えられない事だったから。
そして月日は流れる。
――六年後、リオンの治める浮島、その中心に立つ彼の邸宅を訪れる人影が。
嘗てのあどけなさは抜け、当時はショートボブカットの亜麻色の髪は今は肩甲骨に届くほどの長さに。
ドアをノックするとたどたどしくも元気な足音がドアの向こうから響いてくる。
「いらっしゃい! リビアおねえちゃん!」
ドアを開けて現れたのは齢五つの可愛らしい幼い女児。
紺色の長く美しい髪は母親譲り。黒玉(ジェット)の様な黒い瞳は父親譲り。
女児の後ろを付いて現れるのはこの屋敷の主で女児の父親――リオン。
リオンは来客の女性――オリヴィアに「いらっしゃい」と笑顔で歓迎の旨を伝える。そしてオリヴィアの胸に抱かれた花束に気づくと彼女もそれに応える様に花束を差し出す。
リオンが花束を受け取ると、両手の空いたオリヴィアに向かい女児は抱っこをせがみ、オリヴィアもそれに笑顔で応え抱き上げる。
「よく来てくれたねリビア。花束もありがとう。活けたらすぐお茶を淹れるから、それまでキアラの相手してくれるか?」
オリヴィアが「勿論です」と答えると女児――リオンの娘キアラは嬉しそうにオリヴィアに抱き着く。
リオンが二人に先立ち居間兼応接間の扉をくぐると花束をサイドボードの上の花瓶に活ける。
サイドボードの上は故人を偲ぶメモリアル・スペースとなっていた。
そこにはかつてリオンが愛した――いや今も愛し続ける女性で、キアラの母親でもある、カーラの遺影が飾られていた。
時間を再び公国の襲撃に遭った時に戻そう。
カーラの、愛する女性の死を受け止めきれず、船の自身の部屋で彼女の亡骸を抱きしめたまま涙を流し続けるリオン。
そんな彼に向かいルクシオンが語り掛ける。
『マスター、私の本体の船に移ってください』
「……ルクシオン。何のつもりだ。俺が今、どんな気持ちでいるか分からねぇのか……? カーラを喪った俺の気持ちが!」
『マスターがカーラをどれだけ大切に思ってるか理解してるつもりです。なればこそマスターには移ってもらいたいのです。彼女の亡骸も共に』
「一体何を言ってるんだ……?」
『今この場ではハッキリとした断言はできません。ですがここに留まり続けていれば本当に手遅れになってしまうかも知れません』
悲しみと絶望で思考もままならぬリオンであったが、ルクシオンの声にどこか切実な思いを感じ立ち上がる。カーラの亡骸を抱きかかえたまま。
ルクシオン本体に降り立ったリオンは、船の中の一角、医療ルームに通される。
過剰戦力とも言えるほどの強さを持った巨大飛行船、それがルクシオンの本体だが、その本質は宇宙移民船。
強力な武力も、未知の敵と遭遇した時それに対抗し、乗船する人々を護るためのものであった。
当然人々の健康と命を護るための医療設備も整っていた。
現代を超える科学力を誇った旧文明の粋を凝らした医療ルームのベッドにカーラの亡骸が横たえられていた。
「一体どういう事なんだ!? まさか……」
リオンの口から「助かるのか!?」との言葉が漏れそうになるも、その言葉を発せられなかった。そうであればどれだけ良いかと思いつつも、完全に絶命してるのを理解しており、口にして否定されればより深い絶望に突き落とされるのが恐ろしくて。
『完全に絶命した命を蘇らせる術はありません。ですが彼女に宿ったもう一つの命は未だ助かるかもしれません。いえ、助けねばなりません』
ルクシオンの言葉にリオンは驚きの表情を浮かべる。悲しみに染まった瞳に僅かな希望の光が灯る。
『はい、カーラは身ごもってました。カーラとマスターの間の子供を』
「俺とカーラの子供……。でも折角授かった命も……」
『ええ、本来なら母体であるカーラと共にその命が潰えていた筈でした。ですがか細くはありますが確かな生命の鼓動が確認できます。奇跡としか言いようが――いえ、これは微弱な魔力が包み込み護っているかのような?』
ルクシオンの言葉にリオンの脳裏に思い出されるのは、オリヴィアの回復魔法をかけていた姿。あの時カーラの命は助からないと言いながらもかけ続けてくれてた。実際その時の回復魔法はカーラの命を救えなかった。
だがその時の魔法がささやかな奇跡を、一縷の希望を繋いでくれたのではないか。
確証はない。だが、リオンにはそう思えてならなかった。
リオンはカーラの亡骸の手を握りながら涙を溢れさせ心の中で呟く。
(ありがとう、カーラ。俺との間に愛し合った証を、命を残してくれて……。そして、リビアもありがとう……)
『ですがマスター、このまま手を打たなければ折角生き延びた胎児の命もやがて消える運命です』
ルクシオンの言葉にリオンの表情が強張る。直後平静さを取り戻そうとする様に瞳を閉じ、そして顔を上げルクシオンに視線を送る。
「ルクシオン。ここに連れて来たって事は手があるんだろ?」
それは希望と確信が入り混じったような声。
『ハイ。私に備えられた医療設備の中には人工子宮もあります。母体に問題が生じた場合でも代わりに胎児を育み成長させることが可能な。ですがその為には――』
リオンはルクシオンの言葉の続きを察してか苦しそうに表情を歪め俯く。そして一呼吸置いて顔を上げるとカーラの亡骸に向かい語り掛ける。
「カーラ……ゴメン、これ以上お前の体を傷付ける様なことはしたくないけど……どうか許してくれ。お前の中の……お前が残してくれた命の為に……」
そして視線をルクシオンに向けると意を決して口を開く。
「ルクシオン、頼む」
『分かりました。彼女に宿った命は必ず助けてみせます。その上で摘出の際にカーラに入れるメスは最小限にとどめるよう努めましょう。応えてみせますマスターの願いに。私のすべてを賭けて』
ルクシオン本体の医療設備により胎児が摘出され人工子宮に移された後のカーラの亡骸。そんなカーラの亡骸に向かいリオンは再び申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「カーラ……。お前の――俺たちの子は俺が命に代えてでも無事育て幸せにしてみせる。それと、ゴメン……。本当なら直ぐにでもお前を弔ってあげたいけど……」
彼女の遺体は本来はコールドスリープ用に使われる医療カプセルに収められている。
それは今しばらくは彼女の死を秘匿する為。
電子機器により冷気で管理された亡骸は朽ちることは無くまるで眠っているように見える。それでも決して目覚めることのないカーラの姿に再び涙が込み上げてくる。
母体が死亡しても胎児を助け育む人工子宮など今のリオン達が住む世界の技術を超え過ぎてる為に秘匿せねばならず公になど出来ない。
その為カーラの死は伏せ、かろうじて助かったが何時その命が尽きるとも知れない状態で面会謝絶と偽ることに。その為のカプセルによる遺体の保存。
彼女が残してくれた命が本来の出産予定日に達するその時まで。
やがて彼女の残してくれたリオンとカーラの子供が無事誕生を迎える。カーラの面影を感じさせる愛らしい女児だった。そしてそれに合わせ、母体は出産に耐えられず亡くなったという体で、ようやくカーラを弔い送ることが出来たのだった。
その後もリオン達を待ち受けていたのは決して平坦な道ではなかった。
命の危機、それどころかリオン達の生きるこの世界の存亡さえも危うくするほどの危機にも見舞われた。
だがそんな困難も乗り越えてきた。乗り越えられた。それは護るべき大切な者が居たから。
カーラの残してくれた命。愛した人との間に授かった最愛の娘。
彼女の為にとリオンは戦った。戦うことが出来た。
愛娘の生きる世界を、未来を護る為に、と。
そうして手にした穏やかで平和な日々。
そこに最愛の女性であるカーラが居ない事に当然寂しさ悲しさはある。
その寂しさ悲しさを埋めてくれたのもまたカーラが残してくれた愛娘のキアラだった。
夜、遊び疲れはしゃぎ疲れてかベッドで安らかな寝息を立てる愛娘を見詰め髪を撫でるリオンの顔には優しく穏やかな表情が浮かんでいた。
「今日もキアラと一緒に遊んでくれてありがとうなリビア」
「お気になさらないでください。私もキアラちゃん大好きですし、一緒の時間とっても楽しかったです」
「キアラもリビアの事大好きだからな。寝る時間になるまで付き合わせちゃってすまなかったね。夜も遅いから今夜は泊って行ってくれ」
そう言ったリオンの声と表情には感謝が滲み出ていた。
母親の居ない男手一つで育てることになった愛娘だったが、周囲の人々にも愛され大切にされすくすくと育っている。その中でも特に世話を焼いてくれた一人がオリヴィアだった。
「キアラはすっかりぐっすりだけど、俺たちが寝るには未だ少し早いかな。茶でも淹れるから座って待ってて。美味そうな菓子もらったんだがブランデー入りでキアラには食べさせられないヤツでな。だから大人のお茶の時間と洒落込もうか」
「はい。御馳走になります」
そうして二人茶を楽しみならが他愛ないおしゃべりに興じる。
会話も弾む中、リオンが心無し真剣味を帯びた声を発する。
「リビア。良ければキアラの母親になってくれないか?」
後編に続きます。
当初の予定よりも安らかで救いのあるエンディングになりそうです。