乙女ゲー世界はモブにもヒロインにも残酷で厳しい世界です BITTER END ROUTE 作:氷破 熾央漓(ひば しおり)
修学旅行の公国襲来で愛するカーラを喪ってから六年後
カーラが残してくれた愛娘のキアラを生き甲斐としてきたリオン
そんなリオンがオリヴィアに向けた提案
それは――
「リビア。良ければキアラの母親になってくれないか?」
夜、寝る前のひと時。茶を嗜みながらの歓談を楽しんでいたリオンとオリヴィア。
リオンの発したその言葉にオリヴィアの顔が一瞬強張り、だが直後何時もの柔和な笑顔に戻る。
「私なんかで良ければ何時だってキアラちゃんの母親【代わり】お受けしますよ」
「いや、違うんだ。代わりじゃなくて本当の――」
「リオンさん」
遮る様に発せられたその声にリオンがオリヴィアの顔を見ればそこには愁いを帯びた微笑が。
「そうだよな……。自分以外の女を想い続けてる男の妻なんかに、なりたくないよな……」
「違うんです! そうじゃないんです! リオンさんがあの人を、キアラちゃんのお母さんを、カーラさんを今も大切に思い続けてるのは尊いと思ってます。そういう何時までも消えない一途な想い……そういうリオンさんだから……私も今でもリオンさんのこと……好きです」
「リビア……」
「リオンさんもキアラちゃんも好きです。大好きです。キアラちゃんのお母さんに、リオンさんの奥さんになれたらそれはとっても幸せな事だって分かります……」
「だったらこの申し出――」
「だからこそダメなんです。その幸せは本来カーラさんが享受すべきだった幸せ……。カーラさんを死なせてしまった私が享受する訳には行かないんです……」
「カーラを救えなかった事を言ってるのか? だとしたらそれは違う。若しあの場に他の回復魔法の使い手が居たとしても結果は同じだったはずだ。それどころかリビアが居たからこそ最後の別れの言葉を交わせたし、キアラだってこの世に生を受けることが出来たんだ」
「違うんです! 違……うん、です……」
溢れ出す胸の内を抑えきれないように零したリビアのその双眸には溢れそうな程涙が溜まっていた。
(ごめんなさい……アンジェ。私、破ります。最後まで絶対秘密にすると誓った約束……)
オリヴィアは心の中でアンジェリカに謝罪する。
彼女の心は隠し続けることにもう耐えられなかった。
そうして話した。あの日アンジェリカと話したのと同様に自身の声に宿る力のこと。
両親から使ってはいけないと言われてた力。
それなのにあの日使ってしまったこと。
そしてこのことは自分とアンジェリカだけが知ってるという事。
話してる間中オリヴィアは顔を上げることが出来ずずっと俯いたまま話し続けた。
話し終わった後も顔を上げれずにいた。リオンの顔を見るのが恐ろしかったから。
真実を知ったリオンからどのような怒りと失望の視線を、言葉を浴びせられるのかを思うと恐ろしくて顔を上げられなかった。
きっともう今迄の様に親しみを込めた愛称のリビアと呼んではくれないだろう。それどころかこうして出会うことも許されないだろう。
だが同時に覚悟も決める。きっとリオンから決別の言葉を突き付けられるだろう。
いや、それだけでは済まされないかもしれない。
大切な人を奪ったとその責を求められてもおかしくはない。
その時はこの命すらも差し出そう。
そうして俯いたまま返答を待ち続けるオリヴィアの耳に届いたリオンの声、それは――
「リビア、よく話してくれた。辛かったろう今まで隠し続けてたのは」
オリヴィアは驚きで顔を上げる。それはもう呼んでくれないと思ってた【リビア】と呼んでくれた事。語り掛けてくれた声がとても優しかったこと。
そして顔を上げた視線の先のリオンの顔もとても優しく微笑んでくれていた。
「なん……で、どうして……。私のせいでリオンさんの大事な人を亡くしたも同然なんですよ!? わた……しが、憎くないんですか……? 罰したいと、思わないんですか!? 大切な人を奪ったも同然の私を……」
「憎い……か。憎めないよ、リビア。君は今までずっと言えず溜め込み続けて来たんだろこの六年間。辛かったろアンジェ以外の誰にも言えなかったのは。俺も分かるからさ誰にも言えずに溜め込み続ける事の辛さ。俺たちもそうだったから。俺もカーラも……。そんな俺が君を責める事なんて出来ないよ……」
「それ……でも、それでも……私は、罰を……! 償いを……」
振り絞るように発した言葉は最後の方は擦れて声になっていなかった。
「償い、か。確かにリビアの言い分に沿うのなら、君は償わなければいけないのかもしれないな。そしてその償いの為に罰せられるのを望んでいる……」
リオンのその言葉はオリヴィアには処刑宣告の様にも聞こえ、その一方でようやく肩の荷が下りる思いを感じる。
「だけど、今更そんなことしたって何もならないし余計に不幸を、罪を重ねるだけだよ」
リオンの言葉にオリヴィアは思わず俯いていた顔を上げる。何を言われたのか理解できないといった表情で。
「君を処罰したからと言ってそれでカーラが戻ってくるわけじゃない。それどころかカーラが残してくれた大事なキアラを悲しませるだけだ。キアラがどれだけ君に懐いているかは十分に理解してるはずだよね? リビアが居なくなったらキアラがどれだけ悲しむか。アイツの忘れ形見であるキアラを悲しませたら、君は、それこそカーラに顔向けできない。そう思わないか?」
「そ、それでも……。それでも、償いたいんです……」
「じゃあ、その償いとして捧げてくれないか? 残りの人生の時間を、俺とアイツの娘のキアラの為に。誰よりもキアラに近くで、側でこの子の幸せのために尽くしてほしい。そしてその為にはリビア、君自身も幸せになってもらわなくちゃならない。だってそうだろ? キアラも自分を育んでくれる母親が幸せそうじゃなきゃ幸せだって思えるわけ無いからさ」
「それは……」
オリヴィアは言葉を続けることが出来ず、只々涙を溢れさせる。
「話にのめり込み過ぎてたかな。時間ももう遅い。今夜はこれでお開きにしようか」
「リオンさん……」
「さっき言ったこと、胸に留めておいてくれ。今夜はゆっくり休んでくれ」
言いながらリオンはティーカップやポットなどの茶器をトレーに乗せ、後片付けを始める。
貴族ならば片付けなどは普通メイドなどに任せるもの。だが、元が貧乏貴族の妾腹という立場だったリオンは人を使うのを苦手としてたのもあり自身で行うことも多い。
また、こうした片付けまでも含めてお茶の時間という意識もあってのことだろうか。
「それじゃぁまた明日。おやすみ、リビア」
「ハイ……、おやすみなさいリオンさん」
リオンに見送られリビアは客間の扉をくぐる。
ベッドに身を横たえながら思い返す。先ほど迄のリオンとの会話を。
何時かは向き合わねばならぬと覚悟してた問題。
それに対し返された答えはあまりにも優しかった。優しすぎた。それ故逆に胸が痛かった。
そうしてベッドの中で思いを巡らせながらも気付けば眠りに落ちていたのだった。
明けて翌朝。オリヴィアは館の主であるリオン達と共にテーブルに着席していた。
リオンの娘キアラにせがまれ、隣り合わせで座って食事をとるオリヴィア。
「あ、キアラちゃん。口元にソースついちゃってるわよ」
「ありがとうリビアおねえちゃん」
リビアがテーブルナプキンで口元を拭ってあげるとキアラは嬉しそうに顔を綻ばせる。
二人仲睦まじい様子を見詰めながらリオンは目を細める。
「本当にキアラはリビアのこと好きだな」
「うん! キアラ、リビアおねえちゃんだいすき!」
「ありがとう。私もキアラちゃん大好きよ」
キアラがリビアに笑顔を向けるとリビアも笑顔で返した。
そうして三人での和やかな朝食の時間は過ぎていった。
朝食も済まし一段落着くとオリヴィアはキアラに手を引かれ共に子供部屋へ入って行った。
二人を見送ったリオンは領主としての仕事に取りかかり執務机で書類に目を通すのだった。
そしてどれくらい時間が経っただろうか。
席を立ち休憩がてらに子供部屋に足を運ぶ。
「リビアに絵本読んでもらっているのか? キアラ、その話本当に好きだよな」
「うん。キアラこのおはなし、リビアおねえちゃんによんでもらうのがいちばんすき」
キアラはオリヴィアの膝の上で絵本を読み聞かせてもらいご機嫌の表情だった。
そんな二人を微笑ましく見つめるリオンはオリヴィアに語りかける。
「リビア、今日も泊まっていくか?」
「そうしたいのは山々なんですが今夜は用事が約束がありまして」
「えー? リビアおねえちゃん、こんやはおとまりしてくれないの?」
オリヴィアの返事にキアラは残念そうな声を上げるとオリヴィアは「ゴメンね。また来るから」と宥めるように返事をする。
「キアラ、リビアにも用事があるんだから我が儘言っちゃダメだぞ」
「はーい、おとうさん。あ~あ、リビアおねえちゃんずっとおうちにいてくれたらいいのにな~」
「キアラはリビアにずっとお家に居て欲しいのかい?」
「うん! リビアおねえちゃんがいつもおうちにいてくれたらキアラうれしい!」
「それじゃリビアにお願いしてみるか? お母さんになって、って」
リオンが言うとキアラは笑顔を輝かせ、オリヴィアの方に振り返り問い掛ける。
「リビアおねえちゃんがキアラのおかあさんになってくれるの!? そしたらいつもずっとおうちにいてくれるの!?」
リオンの提案とキアラの問い掛けにオリヴィアは目を丸くする。そして期待に満ちた眼差しを向けて来るキアラの顔を見詰めながら考え込み思い出す。昨晩のリオンと交わした会話を。
リオンから提示されたキアラの母親に、延いてはリオンの妻になって欲しいと言う頼み。
それはオリヴィアにとって願ってもない事であったが応じるのを躊躇わせるものでもあった。
その理由、それは今はこの世にいないリオンの妻になる筈だった女性でありキアラの実の母でもあるカーラに対する申し訳なさ。そして幸せになる事への罪悪感。受け入れれば幸せを感じながらも常に罪悪感に苛まれるだろう――いや、それならば構わない。真に恐れるのは罪悪感を感じる気持ちすら失われる事。
そんな思い悩むオリヴィアの脳裏に昨晩リオンと交わした会話が蘇る。
――じゃあ、その償いとして捧げてくれないか?
――残りの人生の時間を、俺とアイツの娘のキアラの為に。
――そしてその為にはリビア、君自身も幸せになってもらわなくちゃならない。
リオンから求められたそれは、償いと呼ぶにはあまりにも優しすぎた。受け入れることに後ろめたさを感じずにはいられない程。
だがそんな後ろめたさも言ってしまえば自分の気持ちの問題。
それは決してリオンとキアラの願いを無碍にしてまで優先すべきものではない。
「キアラちゃん、私がキアラちゃんのお母さんになってもイイの?」
「うん! リビアおねえちゃん! キアラのおかあさんになって!」
オリヴィアの問いかけにキアラは満面の笑みで答えた。
「じゃあ……これからは私のこと、おかあ……ううん、リビアママって呼んでくれる?」
オリヴィアは一瞬お母さんと呼んでと言おうとし、言い直した。それは【お母さん】という呼び方は実の母であるカーラだけが受けられる呼び方で自分に向けられるべきではないと思ったから。
「うれしい! ありがとうリビアママ!」
満面の笑みで抱き付いて来たキアラを受け止めオリヴィアも笑顔で抱きしめる。
そんな二人をリオンはまとめて優しく抱きしめる。
「ありがとうリビア。キアラと俺の想いに応えてくれて」
リビアは胸に抱きしめたキアラと、そして包み込むように抱きしめてくれるリオンの二人の温もりに幸せと、同時に申し訳なさを感じながらも心を決める。
償いの為、そして何よりも自分を想ってくれる大切な人達に報いる為にこれから生きていこう、残りの人生を捧げようと心に誓うのだった。
THE END
最後までお読みいただきありがとうございました。
実を申しますと本来ここ迄、穏やかで救いのあるエンディングにする予定ではありませんでした。
当初はカーラ死亡後、オリヴィアから話を聞いたアンジェリカが真相を秘密にするよう懇願したところで幕となる予定でした。
ですが思いの外、救いのある展開望む声が多く、私自身もその後の展開が思いついたので相成りました。
更に申しますと、この物語は本来もっと残酷で絶望的で救いのない話で、そこから毒気や露悪的要素を排除し調整したVerです。
本来の絶望Verは現在pixivの方で連載中です。因みに其方でのオリヴィアはガッツリ黒化ヤンデレ化の道を進んで救いありません。ご興味のある方は其方もどうぞ。