気が向いた時に更新予定です。
四月。
新しいクラスメイトとの顔合わせ、春休みの思い出話、あるいはこれから始まる一年への期待。
そんなありふれた高校生の喧騒が満ちる中、教室の中心には、必ずと言っていいほど『彼女』の姿があった。
「
窓際の席の近くで、一人の女子生徒が不安げにため息をつく。
その言葉を受け止めた彼女は、読んでいた文庫本からゆっくりと視線を上げ、ふっと涼しげな微笑みを浮かべた。
「そうだね、確かに今回のテストは少し捻った問題が多かったかもしれない。でも、君ならきっと大丈夫だよ」
「えっ……? でも私、本当に数学苦手で……」
「いつも夜遅くまで、綺麗に色分けしたノートをまとめて頑張ってるの、ボク知ってるからね。日々の努力は絶対に裏切らないさ。もし分からないところがあったら、いつでもボクに聞いておいで」
そう言って、彼女は女子生徒の頭をポンと軽く、優しく撫でた。
完璧なタイミング、完璧な声のトーン、そして完璧な紳士的振る舞い。
──
「きゃあああっ!
「優しい! どうしよう、
「ふふっ、大げさだな。ボクはただ、クラスメイトの頑張りを見ているだけだよ」
艶のある綺麗な黒髪のショートカットは、窓から差し込む春の陽光を弾いてきらきらと輝き、涼しげで透明感のあるブルベ肌は透き通るように白い。
身長は百七十四センチメートル。
女子にしてはかなり長身で、すらりとした長い手足を持っている。
そして何より目を引くのが、学校指定のプリーツスカートではなく、スタイリッシュに穿きこなした制服のスラックス姿だ。
低めで、けれどどこか鈴を転がしたような心地よい声で語りかける彼女は、この私立高校における『学園の王子様』として、誰からも憧れられる絶対的な地位を確立していた。
スポーツ万能、成績優秀、誰に対しても分け隔てなく接する爽やかな性格。
非の打ち所がない、完璧な美少女。
いや、彼女の纏うその宝塚の男役のようなオーラは、性別を超越した一つの偶像として、この学校に君臨している。
「……ごきげんよう、
女子たちの輪がスッと割れ、そこから一人の女生徒が優雅な足取りで現れた。
綺麗に切りそろえられた黒髪のロングヘアに、凛とした姿勢。
クラス委員長を務める、
彼女は生粋のお嬢様であり、成績もトップクラス。
そして何より、学園内に非公式に存在する『
「やあ、
「先ほどの委員会での議題について、
「あはは、
「素晴らしいですわ!
「お役に立ててよかったよ。
「っ! あ、ありがとうございますっ! 私、
周囲の女子たちも「
「……相変わらず、
教室の少し離れた席で、頬杖をつきながらぼんやりと窓の外を眺めていた僕──
「あんなの、男の俺らから見ても敵わねえよ。顔はいいし、気配りはできるし、それにあの無駄のない動き。この前の体育のバスケでも、一人でコートを駆け回って無双してたもんな。女子連中が『
「そうだね。まあ、昔からあんな感じだから、もう慣れたよ」
僕は、
僕は
成績も中の上といったところで、クラスの中でも特に目立つことのない、絵に描いたような『普通の男子高校生』だ。
将来の夢は優秀な伴侶を見つけて『専業主夫』になること、という地味な野望を抱いている僕と、あの輝かしい王子様が、単なる幼なじみ以上の関係であることなど、この学校の誰も疑ってはいないだろう。
「お前、あいつと家が近所の幼なじみなんだろ? よくあんなキラキラしたやつと一緒にいて、コンプレックス感じねえよな。俺なら隣に並ぶだけで劣等感で死にそうになるわ」
「コンプレックス、か。……うん、そういうのは特にないかな」
僕は、教室の喧騒の中心にいる
コンプレックスなど、抱くはずがない。
なぜなら、この学校でどれほど彼女が気高く、誰からも憧れられる完璧な存在であろうとも、そのすべては僕の掌の上にあるのだから。
みんなは知らない。
あの凛とした笑顔の下に、どれほど臆病で、不器用で、誰かにすがりつかなければ生きていけない脆い心が隠されているかを。
そして、その弱さをすべて受け入れ、彼女の全てを支配し、コントロールしているのが、他でもないこの僕だということを。
「おっ、
「……」
ふと、教室の中心にいた
その瞳は、周囲の女子に向けているような爽やかで涼しげなものではなかった。
すがりつくような、どこか寂しげで、僕の反応を窺うような視線。
まるで、飼い主に構ってほしくて尻尾を振っている小動物のようだ。
『ねえ、
言葉にせずとも、彼女の瞳がそう語りかけてくる。
学校では「ただの幼なじみ」という他人のフリを徹底するように、僕は彼女に強く言っている。
だから彼女は、僕に親しげに話しかけることも、触れることもできない。
そのもどかしさと、僕に構ってもらえない寂しさが、彼女の心をじわじわと締め付けているのだろう。
……ダメだよ、
学校では、君は気高い王子様でいなきゃ。
僕は、
「あっ……」
僕が視線を逸らした瞬間、
すぐにまた「王子スマイル」に戻り、周囲の女子との会話を再開させたが、僕にははっきりと見えた。
あの表情。
僕に突き放されたことで、彼女は今、途方もない寂しさを抱え込んでいるに違いない。
昼休みの教室という明るい空間で、孤独に耐えながら必死に王子様を演じ続ける彼女の姿を想像するだけで、僕の奥に暗い優越感が広がっていく。
「お、予鈴鳴るぞ。席戻らなきゃな」
「ああ。またな」
僕は教科書を開きながら、誰にも見えないように口角を上げた。
◇◇◇
その日の放課後。
生徒たちの多くが部活動や委員会で校舎に残り、あるいは友人たちと連れ立って帰路についていく中、僕は一人、夕暮れに染まる通学路を歩いていた。
家事全般が得意で、家のことを任されている僕は、部活には入っていない。
今日もこの後、スーパーの特売に寄って夕食の買い出しをしてから帰る予定だった。
「
校門の近くで、
しかし、
「ごめんね、
「あ……いえ、そういうことでしたら仕方がありませんわね。またの機会に、ぜひ」
「うん、また誘って。それじゃあ、気をつけて帰ってね」
そして、駅前の少し人気のない路地裏に差し掛かった時。
「……
背後から小走りで駆け寄ってくる足音が聞こえた。
振り返らなくても、その足音のリズムで誰だかすぐにわかる。
「……お疲れ様。
「うん。だって、
息を切らして僕の隣に並んだのは、
夕日に照らされた彼女の横顔は、教室で見せていたような凛々しく隙のないものではない。
周囲に他の生徒がいないことを確認した途端、彼女の背筋は少しだけ丸くなり、歩き方も、王子様のような堂々としたストライドから、少し内股気味の、そわそわとした小股に変わっている。
「……一緒に、帰ろ?」
「ダメだよ、
「うぅっ。ごめんなさい……」
僕が少し冷たい声で注意すると、
それでも、彼女の歩幅は、無意識のうちに僕の方へと近づこうとしては、「いけない」と自分を律して離れる、というもどかしい動きを繰り返している。
まるで、ご主人の顔色を窺いながら「撫でてほしい」と足元にすり寄ってくる小犬のようだ。
「……今日、昼休みに隣のクラスの女子から、クッキーもらってただろ」
「えっ? あ、うん。手作りだって言うから、一応受け取ったけど……でも、別に特別な話はしてないよ⁉ ただお礼を言って、すぐにカバンにしまっただけでっ」
僕が淡々と事実を指摘すると、
「そう。まあ、君は学園の王子様だからね。愛想よく振る舞うのは悪いことじゃないよ」
「うぅ……
夕暮れの静かな住宅街。
他人の目がある外の世界では、僕はあくまで「目立たない幼なじみ」であり、彼女は「学園の王子様」だ。
だが、二人の間にある見えないヒエラルキーは、どんな場所でも揺るがない。
僕にそっけなくされるたび、彼女の心は不安でいっぱいになり、早く僕に甘えたいという欲求が極限まで高まっていくのだ。
「……帰るよ。今日は君の好きな、ハンバーグを作ってあげる」
「本当っ⁉ えへへ、嬉しいっ」
僕の小さな優しさに、
僕たちは、一定の距離を保ったまま、僕の住むマンションへと歩みを進めた。
◇◇◇
ガチャリ。
僕のマンションの玄関のドアが閉まり、サムターンの鍵が回る、冷たく硬質な金属音が響いた瞬間。
それが、彼女の『
「はぁっ、
ドンッ! と。
ローファーを脱ぐのももどかしく、
「おい、
「だって、だってぇっ! 学校にいる間、ずっと
そして、王子様の象徴とも言える、きっちりと一番上まで留められていた制服のブラウスのボタンを、震える指先で乱暴に引きちぎるように外し始めたのだ。
「暑いっ。こんな窮屈な服、もう着てたくないっ」
バサリとブラウスがはだける。
学校ではサラシやスポーツブラで必死に押し殺し、隠蔽していた、Lカップという規格外の巨大で柔らかなおっぱいが、解放された喜びにブルンッと大きく弾けた。
黒いレースの大人びたブラジャーからこぼれ落ちんばかりの圧倒的な質量。
「はぁっ、はぁっ……
先ほどまで、夕暮れの通学路で一定の距離を保っていた、あの凛とした王子様はもうどこにもいない。
そこにあるのは、ご主人の匂いと体温に当てられ、完全に発情しきった雌猫だけだ。
「……学校じゃ、あんなに涼しい顔をしてたくせに。部屋に入った途端、こんなにだらしない姿になるのか」
「だってっ。ボク、もう王子様ごっこは疲れたの……
僕は、そんな彼女の顎を指先でクイッと持ち上げ、逃げ場を塞ぐようにして見下ろした。
「……教室で僕と目が合った時。僕が視線を逸らしたら、すごく切なそうな顔をしてただろ。あの時、スラックスの下で、どんないやらしいこと考えてたんだ?」
「っ! /////」
僕の冷酷で、全てを見透かしたような問いかけに、
しかし、彼女は目を逸らさなかった。
いや、逸らせないのだ。
僕への絶対的な服従と依存が、彼女に「隠し事」を許さない。
「うんっ。
「……」
「授業中も、ずっと……
王子様の仮面が、音を立てて完全に崩れ落ちていく。
「お願い、
学園の王子様の真実。
彼女は、僕の前でだけ、隙だらけで、どうしようもなく淫らな雌猫だった。
僕たちの、歪で、狂おしいほどに甘い放課後の秘密が、今日もまた、こうして幕を開ける。
最後に更新したのが8年前ですか……
感慨深いですね。
覚えてらっしゃる人はお久しぶりです。