※この作品はR-18です。

かっこいいボクの、かっこわるくて淫らな秘密   作:斑目朔

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王子様と机の下の密約(前編)

 五月中旬。

 

 連休中の浮ついた空気は完全に消え去り、二年B組の教室も、朝からどこかピリピリとした、特有の緊張感に包まれている。

 

「……なぁ翔(かける)。お前、数学のノート貸してくれよ。俺、連休中に遊びすぎちゃって、マジで授業の内容が頭から抜け落ちてんだよ」

 

 休み時間。

 

 僕が自分の席で参考書を眺めながら、シャープペンシルを無意識に回していると、友人の真宵(まよい)漣(れん)が、頭を掻きむしりながらやってきた。

 

 彼の机の上には、赤点が確定しそうな絶望的な空欄だらけのプリントが散乱している。

 

 彼が連休中、どこで何をしていたのかは知らないが、少なくとも机に向かってカリカリと勉強していたわけではないことだけは確かだ。

 

「いいけど、漣(れん)。僕のノートより、志穂(しほ)のノートを借りた方が分かりやすいんじゃないか? 彼女、数学は学年でもトップクラスの成績だし。字も綺麗だから読みやすいだろ」

 

「バカ言え。あいつの周り見てみろよ。女子のガードが固すぎて、俺ら男子が近づける隙なんて一ミリもねえよ。うかつに声かけたら、親衛隊の女子たちに八つ裂きにされちまう」

 

 漣(れん)が顎でしゃくった先──窓際の一番日当たりのいい席では、我がクラスが誇る『学園の王子様』こと柊(ひいらぎ) 志穂(しほ)が、何人もの女子生徒たちに囲まれていた。

 

 彼女の周りだけ、ピリピリとしたテスト前の重圧とは無縁の、ふんわりとした薔薇色の空気が漂っているようにすら見える。

 

「柊(ひいらぎ)様、この応用問題の解き方なのですけれど……ここから先の展開が、どうしても分からなくて。公式を当てはめても、答えが合わないのですわ」

 

 クラス委員長である西園寺(さいおんじ)さんが、綺麗に切り揃えられた縦ロールの髪を揺らし、頬をほんのりと染めながら志穂(しほ)にノートを差し出している。

 

 志穂(しほ)は、少しだけ困ったように、けれど誰をも包み込むような優しさを込めて微笑むと、自分のシャープペンシルを取り出して、西園寺(さいおんじ)さんのノートにさらさらと流麗な文字で数式を書き込み始めた。

 

「ここはね、麗香(れいか)。この公式をそのまま当てはめるんじゃなくて、先に因数分解して形を整えてから代入するんだよ。ほら、こことここが打ち消し合うから……こうすれば、すっきり解けるでしょ?」

 

「あっ……! 本当ですわ! さすが柊(ひいらぎ)様、説明がとてもお上手で分かりやすいです。私、一人で悩んでいたのが馬鹿みたい……」

 

「そんなことないよ。麗香(れいか)はいつも真面目にノートをとっているから、基礎がしっかりできている。だから、ちょっとした発想の転換だけで、すぐに解けるようになるんだよ」

 

 志穂(しほ)が爽やかに微笑みながら褒めると、西園寺(さいおんじ)さんは両手で熱くなった頬を押さえ、うっとりとした表情を浮かべた。

 

「もったいないお言葉ですわ……それにしても、連休明けで皆様お疲れの様子なのに、柊(ひいらぎ)様は相変わらず完璧でお美しいですね。お休みの間も、しっかりと予習復習をなさっていたのですね」

 

「ふふ、ありがとう麗香(れいか)。連休中はね、親戚の家で可愛い子猫の世話をしていてね。その子猫がすごく甘えん坊で大変だったんだけど、すっかり癒やされたから、頭も冴えているんだよ」

 

 志穂(しほ)が「子猫」の話をすると、周囲の女子たちが「きゃあっ!」「柊(ひいらぎ)くんが子猫の世話とか、尊すぎる……!」「その子猫になりたいっ!」と一斉に黄色い悲鳴を上げた。

 

 窓から吹き込む初夏の風が、志穂(しほ)の短い黒髪をサラリと揺らす。

 

 その姿は、一幅の絵画のように完成されていた。

 

「すげえよな、あいつ。マジで完璧超人だぜ。顔が良くて、運動神経抜群で、頭も良くて……おまけに子猫の世話までしてるなんてよ。俺らみたいな凡人とは住む世界が違うわ。なんで同じクラスにいるのか不思議なくらいだぜ」

 

 漣(れん)が心底感心したように深いため息をつく。

 

「そうだな」

 

 僕は、無表情のまま相槌を打ち、視線を自分の参考書へと戻した。

 

 ……可愛い子猫、ね。

 

 志穂(しほ)の言葉の裏にある真実を、この教室で知っているのは僕だけだ。

 

 連休中、彼女はどこにも行っていない。

 

 親戚の家になんて行っていない。

 

 ずっと僕の部屋で、服を全て没収され、首輪だけをつけられて、四つん這いでよだれを垂らしながら僕のおちんぽを求めて泣き叫んでいたのだ。

 

 ふと、顔を上げた志穂(しほ)と、一瞬だけ視線が交差した。

 

 彼女の瞳が、ほんの一瞬だけ、本当に一瞬だけ、子犬。

 

 ──いや、飼い主にすがりつく『雌猫』のように熱く濡れた色を帯びて僕を見た。

 

 しかし、彼女はすぐにスッと視線を外し、再び西園寺(さいおんじ)さんたちに向けて完璧な『王子様の笑顔』を作り直した。

 

 ……無理してるな。

 

 僕は静かにシャーペンを回しながら、彼女の僅かな異変を的確に見抜いていた。

 

 GWの連休中、心身ともに完全に僕に従属し、快楽の海に溺れきっていた彼女。

 

 そこから突然、学校という「他人の目」がある空間に引き戻され、しかもテスト前という重圧の中で『王子様』を演じ続けなければならない。

 

 僕に数日間触れられていないという身体的な飢餓感と、期待に応え続けなければならない精神的なプレッシャー。

 

 彼女の爽やかな笑顔の裏側で、その二つの感情がギリギリのバランスで鬩ぎ合っているのが、手に取るようにわかった。

 

「……翔(かける)? おい、聞いてんのか?」

 

「えっ? ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてた。ほら、ノート、ちゃんと写せよ」

 

「おっ、サンキュー! これで赤点は回避できるぜ!」

 

 漣(れん)は僕から受け取ったノートを自分の席へと持っていく。

 

 僕は再び窓際の『王子様』へと視線を向けた。

 

 彼女の限界が来るのは、今日か、明日か。

 

 どちらにせよ、僕が手を下すまでもなく、彼女は自分から僕の用意した檻へと転がり込んでくるはずだ。

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