※この作品はR-18です。

かっこいいボクの、かっこわるくて淫らな秘密   作:斑目朔

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王子様と机の下の密約(後編)

「お待たせいたしましたわ。……あら?」

 

 その直後。

 

 書架の向こう側から、分厚い参考書を何冊か抱えた西園寺(さいおんじ)さんが戻ってきた。

 

 少し遅れて、「ぷはぁー、生き返ったぜ!」と缶ジュースを片手にした漣(れん)も歩いてくる。

 

 西園寺(さいおんじ)さんの足音が聞こえた瞬間、志穂(しほ)は僕の指をパッと口から離し、一瞬にして背筋を伸ばし、姿勢を正した。

 

 そして、顔に浮かんでいた『発情した雌猫』の熱を完璧に消し去り、いつもの涼しげで知的で、誰もが憧れる『学園の王子様』の顔へと切り替えたのだ。

 

「おかえり、麗香(れいか)。いい参考書、見つかった?」

 

「ええ。柊(ひいらぎ)様に教えていただいた単元の、さらに応用問題が載っている問題集がありましたの。よろしければ、一緒に見ていただけませんかしら?」

 

「もちろんだよ。ボクも復習になるしね」

 

 志穂(しほ)は西園寺(さいおんじ)さんが広げた分厚い問題集を覗き込んだ。

 

 二人の距離が近づき、志穂(しほ)の綺麗な横顔が西園寺(さいおんじ)さんのすぐそばに寄る。

 

 西園寺(さいおんじ)さんは、その端正な横顔を間近で見て、またしても顔を真っ赤に染めていた。

 

「ここの図形問題なんだけど、補助線をここに引くと分かりやすいよ。ほら、こうやって三角形を作れば……」

 

「あっ……なるほど! そういうアプローチがありましたのね! 私、公式にばかり気を取られて、図形の性質を見落としておりましたわ。柊(ひいらぎ)様、本当に素晴らしいです!」

 

「あはは、麗香(れいか)ならすぐに気づくと思ったよ」

 

 完璧な笑顔。

 

 完璧な声のトーン。

 

 誰も、彼女がたった数秒前まで、机の下で僕の指をしゃぶり、涎を垂らしながら中出しを強請っていたことなど、微塵も気づいていない。

 

「おっ、俺にもその問題教えてくれよ! 全然わかんねえ!」

 

 ジュースを飲み終えた漣(れん)が、志穂(しほ)のノートを覗き込んでくる。

 

「いいよ、真宵(まよい)くん。ここはね、ここの角度が同じになるから……」

 

「うおー! すげえ! 一発で理解できた! 柊(ひいらぎ)、お前マジで教師になった方がいいんじゃねえの⁉」

 

「それは買い被りすぎだよ。ボクはただ、自分が理解したことを伝えてるだけだから」

 

 志穂(しほ)は謙遜しながらも、とても機嫌が良さそうだった。

 

 普段なら、この息の詰まるような『王子様』の演技に疲弊しているはずなのに、今の彼女はどこか生き生きとして、内側から溢れ出るようなエネルギーに満ちている。

 

 その理由は、他でもない。

 

 僕が出した『トップ十に入ったらご褒美』という密約が、彼女のモチベーションを限界まで引き上げているからだ。

 

 早く勉強を終わらせて、テストを完璧に乗り切って、ご主人様にめちゃくちゃに犯されたい。

 

 その猛烈な熱が、彼女の脳をフル回転させ、難解な数式を次々と解き明かさせていく。

 

「……日向くんは、どこまで進みましたの?」

 

 ふいに、西園寺(さいおんじ)さんが僕に話を振ってきた。

 

 僕は自分の開いている、ごく平均的なレベルの問題集を指差した。

 

「僕は、この基礎問題を一通り終わらせたところだよ。あとは間違えたところを復習するくらいかな」

 

「そうですの。日向くんはいつも、可もなく不可もなくといった成績ですわね。もう少し上を目指してみてはいかがかしら?」

 

 西園寺(さいおんじ)さんは、悪気はないのだろうが、どこか見下したような響きを含んでそう言った。

 

 漣(れん)も「翔(かける)は器用貧乏だからなー」と笑っている。

 

「僕は平均点が取れれば十分だからね。あまり目立つのも好きじゃないし」

 

 僕が適当に躱していると、志穂(しほ)がスッと身を乗り出してきた。

 

「そんなこと言わずに、一緒にやろうよ、翔(かける)。ほら、この応用問題、一緒に解いてみない?」

 

 志穂(しほ)が、自分のノートを僕の方へと押しやってくる。

 

 クラスメイトを気遣う、優しい王子様としての振る舞い。

 

 だが、その瞳の奥には、「ボク、こんなに頑張ってるよ! 褒めて!」という、僕に対する強烈なアピールが込められていた。

 

「ありがとう、志穂(しほ)。でも、僕は基礎を固めてからにするよ。君たちのハイレベルな勉強には、ちょっとついていけそうにないからね」

 

 僕は苦笑いを作って、志穂(しほ)の提案を丁寧に断った。

 

 志穂(しほ)は一瞬だけ「うぅ……」と不満げな顔をしかめそうになったが、すぐに「そっか。無理に誘ってごめんね」と爽やかに微笑んだ。

 

 そして。

 

 机の上では完璧な優等生を演じている志穂(しほ)だが、机の下では、彼女の制服の裾から覗く素足の先端が、僕のふくらはぎをスリスリと、蛇のように這い上がってきていた。

 

 ……本当に、懲りないな。

 

 僕は表情を変えず、自分の靴の先端で、志穂(しほ)のすねを軽く「コツッ」と押し返した。

 

 志穂(しほ)はビクッと足を引っ込め、顔をほんの少しだけ赤く染めて、慌てて問題集に視線を落とした。

 

 僕は、平然と自分のノートに数式を書き込みながら、机の下でまだ微かに震えている志穂(しほ)の足の熱と、指先に残る彼女の唾液の感触を感じていた。

 

「……ふふっ」

 

 僕は誰にも見えないように、口角を少しだけ上げて微笑んだ。

 

 窓の外では、秋の夕日がゆっくりと沈みかけ、図書室の静寂の中に、鉛筆の音だけが心地よく響き続けていた。

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