※この作品はR-18です。

かっこいいボクの、かっこわるくて淫らな秘密   作:斑目朔

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王子様の敗北と僕の実力(中編)

 三日間にわたる中間テストの全日程が終了した。

 

 最後の科目のチャイムが鳴った瞬間、二年B組の教室は、文字通り爆発したような歓喜と解放感に包まれた。

 

「うおおおおおっ! 終わったぁぁぁっ‼ これでようやくゲームができるぜ‼」

 

 悪友の漣(れん)が、両手を天に向かって突き上げながら絶叫する。

 

 彼の机の上には、最後まで足掻いた痕跡のある、消しゴムのカスまみれの解答用紙が放置されていた。

 

「真宵(まよい)くん、少しは静かにしなさいな。他のクラスはまだ終わっていないかもしれませんのよ」

 

「いいじゃんか西園寺(さいおんじ)! 解放されたんだぜ⁉ 西園寺(さいおんじ)だって嬉しいだろ⁉」

 

「わたくしは別に……テストは日々の積み重ねの確認作業に過ぎませんから、一喜一憂するようなものではありませんわ」

 

 西園寺(さいおんじ)さんは澄ました顔でそう言いながらも、その表情はどこか晴れやかだ。彼女もまた、今回のテストには並々ならぬ自信があるのだろう。

 

「柊(ひいらぎ)くん、お疲れ様! テストどうだった?」

 

「最後の物理、すっごく難しくなかった⁉」

 

 解放感に包まれた女子生徒たちが、堰を切ったように志穂(しほ)の席へと群がり始める。

 

 志穂(しほ)はテストの疲労を一切表に出さず、いつもの完璧な『王子様の笑顔』を顔に貼り付けて、彼女たちの輪の中心で優雅に対応していた。

 

「お疲れ様、みんな。物理の最後の問題は確かに少し捻ってあったね。でも、落ち着いて公式を分解すれば、意外とシンプルな答えになるんだよ。ほら、あそこの摩擦係数のところなんだけど……」

 

「ええっ、そうだったの⁉」

 

「柊(ひいらぎ)くんすごーい! 私完全に間違えちゃった!」

 

 志穂(しほ)が爽やかに解説を始めると、女子たちはキャーキャーと騒ぎ立てる。

 

 その光景を見ながら、僕はカバンに教科書をしまい、静かに席を立った。

 

 志穂(しほ)が女子の群れ越しに、チラリと僕の方を見る。

 

 僕は彼女に気づかないフリをして、そのまま教室の出口へと向かった。

 

「おっ、翔(かける)。帰るのか? どっか寄ってゲーセンでも行こうぜ!」

 

 漣(れん)が僕の肩に腕を回してくる。

 

「ごめん、漣(れん)。今日はまっすぐ帰るよ。テスト明けで冷蔵庫が空っぽだから、スーパーの特売に寄らなきゃいけないんだ」

 

「うわー、出たよ主夫の鏡! お前マジで高校生じゃねえだろ。……まあいいや、俺は他の奴ら誘って遊んで帰るわ。じゃあな!」

 

「じゃあな」

 

 僕は漣(れん)と別れ、廊下に出た。

 

 背後から、志穂(しほ)が誰かと楽しげに話す声が聞こえてくる。

 

 彼女は『トップ十に入った』と確信し、週末の僕との甘いご褒美セックスを妄想して、最高の気分で浮かれているはずだ。

 

 ◇◇◇

 

 中間テストの終了から数日後。

 

 各教科の採点が終わり、授業ごとに答案用紙が次々と返却されていった。

 

「うおおっしゃあぁぁっ‼ 数学三五点! 赤点回避ィィィッ‼」

 

 教室の隅で、漣(れん)が返却された答案用紙を握りしめ、歓喜の雄叫びを上げていた。

 

 どうやら、僕が貸したノートがギリギリで役に立ったらしい。

 

「真宵(まよい)くん、三五点でそんなに喜べるなんて、ある意味で才能ですわね。わたくしなら恥ずかしくて外も歩けませんわ」

 

「うっせーな西園寺(さいおんじ)! 俺にとってはこれが金メダルなんだよ! そっちこそどうだったんだよ!」

 

「わたくしですか? ……ふふっ、まあ、全教科で九十点台はキープいたしましたわ。当然の結果ですけれど」

 

 西園寺(さいおんじ)さんが、優雅に扇子でも広げるかのような手つきで、自分の高得点の答案用紙の束をトントンと揃える。

 

 クラス中のあちこちで、点数を見せ合っては一喜一憂する喧騒が広がっていた。

 

 僕は自分の席で、返却されたばかりの答案用紙を、誰にも見られないように素早く、しかし丁寧に二つに折りたたみ、カバンの奥深くにしまい込んだ。

 

 チラリと見えた数学の点数は『百点』。

 

 その他の科目も、軒並み九十点台後半から満点を記録している。

 

 今回は、本気で問題を解き潰した結果だ。

 

 もしこの答案の束を漣(れん)や西園寺(さいおんじ)さんが見たら、腰を抜かして驚くだろう。

 

 しかし、僕の目的は彼らを驚かせることではない。

 

 窓際の席では、志穂(しほ)が女子たちに囲まれていた。

 

「柊(ひいらぎ)くん、どうだった⁉ 私、英語ボロボロだったよぉ……」

 

「ボクは……うん、なんとか全部納得のいく点数が取れたよ。みんなのおかげかな」

 

 志穂(しほ)は控えめに微笑みながらも、その声色には、はっきりとした高揚感が滲み出ていた。

 

 僕の方をチラリと見るその視線は、「やったよ、ご主人様。約束、守ったよ」という、飼い主の帰りを待っていた子犬のような、純粋な歓喜と期待に満ちている。

 

 今日の放課後。

 

 一階の昇降口近くの掲示板に、学年の総合上位五十名の順位表が張り出される。

 

 それが、僕が仕掛けたささやかなサプライズの、本当の開示の瞬間だった。

 

 ◇◇◇

 

 放課後の昇降口。

 

 中央の大きなコルクボードの前に、大勢の生徒たちが人だかりを作っていた。

 

 張り出されたばかりの『一学期中間テスト・学年トップ五十』の模造紙を見るためだ。

 

「うわ、今回の一位もやっぱり現生徒会副会長の東条(とうじょう)くんかよ。あの人、やっぱりバケモンだな」

 

「おっ、俺の名前あった! 四八位! ギリギリセーフ!」

 

「いいなー、私あと三点で五十位以内だったのにー!」

 

 阿鼻叫喚と歓声が入り交じる中、僕も少し離れた場所から、壁に寄りかかってその掲示板を眺めていた。

 

 やがて、人波をかき分けるようにして、西園寺(さいおんじ)さん、漣(れん)、そして志穂(しほ)の三人が掲示板の前へとやってきた。

 

「わたくしの順位は……ありましたわ! 学年八位!」

 

 西園寺(さいおんじ)さんが、パァッと顔を輝かせて声を上げた。

 

「おお、すげえじゃん西園寺(さいおんじ)! 一桁台なんてバケモンだな! さすがだわ!」

 

「ふふっ、当然ですわ。……柊(ひいらぎ)様は、いかがですの?」

 

 西園寺(さいおんじ)さんと漣(れん)の視線が、志穂(しほ)に向けられる。

 

 志穂(しほ)は、自分の名前を探すように掲示板の上位へと視線を滑らせ、そして、小さく「あっ」と声を漏らした。

 

「……四位、だね」

 

 掲示板の上段。

 

 そこにははっきりと、『学年四位:柊(ひいらぎ) 志穂(しほ)』の文字が刻まれていた。

 

「四位⁉ 柊(ひいらぎ)、お前すげええええっ‼」

 

「素晴らしいですわ、柊(ひいらぎ)様‼ 四位だなんて、文武両道を地で行くまさに王子様……! わたくし、柊(ひいらぎ)様と同じクラスであることを心の底から誇りに思いますわ‼」

 

「お、大げさだなぁ……」

 

 漣(れん)が志穂(しほ)の肩をバシバシと叩き、西園寺(さいおんじ)さんが両手を合わせて祈るように感嘆の声を上げる。

 

「柊(ひいらぎ)くん四位だって!」

 

「マジかよ、顔も良くて頭もいいとかチートすぎだろ」

 

 周囲にいた他の生徒たちもざわめきと称賛の声を次々に上げ始めた。

 

 賞賛の嵐の中心で、志穂(しほ)は爽やかな笑顔を浮かべている。

 

 しかし、彼女の心の中は、クラスメイトの称賛などどうでもよかったはずだ。

 

「ボクも頑張ったけど、上がいるんだね。一位の東条(とうじょう)くんには、やっぱり敵わないや」

 

 彼女は安心したように息を吐き謙遜するように笑って見せた。

 

 そして、何(・)気(・)な(・)く(・)。

 

 本当に、ただ何気なく、自分より上位の『トップ三』の欄へと、視線を移した。

 

 三位にはA組の生徒。

 

 そして。

 

「…………ふえっ?」

 

 志穂(しほ)の口から、間抜けな声が漏れた。

 

 彼女の顔に張り付いていた完璧な『王子様の微笑み』が、まるで冷水を浴びせられたようにピタリと凍りついた。

 

「どうしたんだよ、柊(ひいらぎ)? 上のやつが知り合いか?」

 

 不思議そうに覗き込んだ漣(れん)も、そして西園寺(さいおんじ)さんも、その順位表の『二位』の欄を見て、カッと目を見開いた。

 

「…………日向(ひなた)、翔(かける)?」

 

 漣(れん)の震える声が、昇降口の喧騒の中にポツリと落ちた。

 

「ひ、日向(ひなた)くんが……学年、二位……? 柊(ひいらぎ)様よりも、上……?」

 

 西園寺(さいおんじ)さんが、信じられないものを見るように、掲示板の文字と、そして離れた場所で壁に寄りかかっている僕の顔を交互に見比べた。

 

 周囲の生徒たちも、その名前に気づいてざわめき始める。

 

「おい、二年B組の日向(ひなた)って……あの地味なやつだろ?」

 

「マジかよ、あいつそんなに頭良かったのか?」

 

「ていうか、柊(ひいらぎ)くんより上じゃん……まぐれだろ?」

 

 驚愕と困惑の視線が一斉に僕に突き刺さる。

 

 僕が壁から背中を離し、作り笑いを浮かべて誤魔化そうとした、その時だった。

 

「──やっぱりお前か、日向(ひなた)」

 

 よく通る、凛とした声が昇降口に響いた。

 

 人混みが自然と割れ、そこから一人の男子生徒が現れた。

 

 整った顔立ちに、知的で鋭い眼光。

 

 生徒会副会長を務め、次期生徒会長候補の筆頭とも目されている。

 

 学年トップの秀才──二年C組の東条(とうじょう) 圭(けい)。

 

「東条(とうじょう)……」

 

 僕は小さくため息をつき、彼を見据えた。

 

 周囲の生徒たちは、学年一位と二位の突然の対峙に、息を呑んで静まり返っている。

 

「中学の時以来だな。俺とお前で、ずっと学年の一位と二位を争っていたのは」

 

「……昔の話だよ」

 

 東条(とうじょう)は、掲示板の二位の欄を指差し、フッと薄く笑った。

 

「えっ……? 東条(とうじょう)くんと、日向(ひなた)くんって……知り合い、なんですか?」

 

 西園寺(さいおんじ)さんが、戸惑いながら尋ねた。

 

 東条(とうじょう)は僕から視線を外し、西園寺(さいおんじ)さんたちに向けてあっさりと答えた。

 

「ああ、中学が同じでね。こいつは昔から、俺にとって唯一のライバルだったんだ。高校に入ってから、こいつがずっと平凡な点数を取り続けているのを見て、手を抜いているのはわかっていた。だが……どうやら、今回、本気を出したみたいだな」

 

「ええっ⁉」

 

「日向(ひなた)が、東条(とうじょう)副会長のライバル⁉」

 

 漣(れん)が素っ頓狂な声を上げる。

 

 周囲のどよめきがさらに大きくなる。

 

「今回の数学のテスト、満点だったのは学年で俺とお前だけらしい」

 

「……よせよ、東条(とうじょう)。前にも言ったが、僕は目立つのは好きじゃないんだ。今回はたまたまだ」

 

 僕は頭を掻きながら、心底面倒くさそうに答えた。

 

「相変わらずだな。次の期末テストも楽しみにしているぞ」

 

 東条(とうじょう)は肩をすくめ、去っていく。

 

 嵐のような東条(とうじょう)の登場と退場。

 

 彼が去った後の昇降口には、奇妙な静寂と、僕を見る全く新しい『畏怖』の入り混じった視線だけが残されていた。

 

「はぁ……」

 

「日向(ひなた)くん、あなた……本当に、能ある鷹は爪を隠す、でしたのね」

 

「翔(かける)、お前……マジでバケモンじゃねえか。なんでずっと黙ってたんだよ!」

 

 興奮する漣(れん)と、底知れぬ警戒心を抱いたような目で僕を見る西園寺(さいおんじ)さん。

 

 僕は適当に彼らの言葉を躱しながら、そして──。

 

 呆然と立ち尽くしたまま、僕を見つめている志穂(しほ)へと、ゆっくりと視線を移した。

 

「……」

 

 志穂(しほ)の顔色は、蒼白だった。

 

 大きく見開かれた黒曜石の瞳が、微かに震えている。

 

 彼女は、自分が学年四位という素晴らしい成績を収めたという事実すら、もう頭から完全に吹き飛んでしまっていた。

 

 彼女の脳内を支配しているのは、たった一つの事実。

 

 自分が必死に、文字通り死に物狂いで勉強して叩き出した全力を。

 

 ご主人様が、いとも簡単に、圧倒的な実力で凌駕し、自分を遥か高みから見下ろしているという現実だ。

 

 僕は志穂(しほ)と視線を合わせたまま、誰にも気づかれないように、口角を微かに吊り上げた。

 

 そして、瞳の奥だけで、彼女に語りかける。

 

『──僕が何者か、これで少しは理解できたか?』

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