四月中旬。
新学期が始まってから少し経ち、ようやく新しいクラスの空気にも慣れ始めた頃。
うららかな春の陽光が差し込む二年B組の教室は、朝のホームルーム前だというのに、いつもとは違う異様なそわそわとした熱気と喧騒に包まれていた。
その理由は明白だ。
今日は、全校生徒を対象とした春の一大行事──『身体測定』が行われる日だからである。
「おう、
「おはよう、
自分の席で文庫本を開き、目立たないモブ男子としての日常を静かに消費していた僕の元へ、友人の
彼は僕の机の前に立つなり、自分の頭の上にスッと平手を当て、そのまま僕の頭頂部へとスライドさせてきた。
「どうよ? 俺、春休みでまた一センチ伸びたんだぜ! これで百七十一センチ! もうお前とほとんど変わらねえだろ!」
「そうだね。僕はずっと百七十二センチから変わってないから、そろそろ抜かされるかもしれないな」
僕は適当に相槌を打ちながら、微笑んで見せた。
高校二年生の男子にとって、身長というのはアイデンティティに関わる死活問題らしい。
しかし、彼の視線はすぐに僕から外れ、教室の窓際──朝の陽光を一身に浴びながら、何人もの女子生徒たちに囲まれて談笑している『彼女』へと向けられた。
「……でもさぁ?」
「ん?」
「やっぱあいつには、勝てる気しねえよな」
「あいつ?」
「
艶やかな黒髪のショートカット。透き通るような白い肌。
そして、女子指定のプリーツスカートではなく、スタイリッシュな制服のスラックスをすらりと穿きこなす長い脚。
低めで心地よい声で女子たちと話すその姿は、この学校における絶対的な偶像、『学園の王子様』そのものである。
「あいつがもし男だったら、絶対に隣に並びたくねえよな。女子だからまだ許せるけどさ」
「そうだね。
僕は、
……敵わない? 君たちは何も知らないだけだ。
クラスの誰もが憧れ、遠巻きに見つめる気高き王子様。
彼女と僕が幼なじみであることすら、知っているのはごく少数。
そして何より──あのスタイリッシュなスラックスの下、男装の麗人という完璧なシルエットを保つためのブラウスの下に、どんな淫らでだらしない秘密が隠されているかを。
僕の前でだけ見せる、どうしようもなく甘えん坊な本性を。
「……ん?」
僕がぼんやりとそんなことを考えていると、教室の入り口付近から、ひときわ優雅で凛とした足音が近づいてくるのが聞こえた。
「皆様、ごきげんよう。そして
綺麗に切り揃えられた黒髪のロングヘアを揺らし、優雅な所作で現れたのは、クラス委員長を務める生粋のお嬢様、
彼女は
「おはよう、
その爽やかな微笑みに、周囲の女子たちが「きゃあっ!」と小さく身悶えした。
「ええ、風紀委員としての仕事がございますの。……本日は、全校一斉の身体測定の日。女子の部につきましては、この
「へえ、それは頼もしいね。でも、あまり気張りすぎないようにね」
「いいえ! これは重大な使命なのです!
そのあまりにも熱烈な忠誠心に、周囲の女子たちも「さすが委員長!」「私たちも
「あ、あはは……ありがとう、
一見すると、いつもの微笑ましい『学園の王子様とファンクラブ』の光景だ。
しかし、僕は見逃さなかった。
ふと、
目が合ったのは、ほんの一瞬。
だが、その瞳の奥には、僕に対する強烈なパニックとSOSのサインが、明確に浮かび上がっていた。
『ど、どうしよう
声にならない彼女の悲鳴が、僕の脳内に直接響いてくるようだった。
無理もない。
彼女が最も恐れているのは、自分の身体の秘密がこの学校で露呈してしまうことなのだから。
彼女のあの細身でスタイリッシュな制服の下には、女子高生としては完全に規格外の、暴力的な質量を誇る『Lカップ』の巨大なおっぱいが隠されているのだ。
普段は、スポーツブラと分厚いサラシを使って、息が止まるほどギチギチに胸を潰し、その上から少し大きめのシャツを着ることで、なんとか『細身の男子』のシルエットを保っている。
だが、身体測定となれば話は別だ。
体操服一枚にならなければいけないし、何より胸囲を測る時に、不自然に膨らんだ胸や、それを隠すためのサラシの存在がバレてしまう危険性が極めて高い。
今朝の
……自業自得だね。誰に頼まれたわけでもないのに、王子様なんて面倒な仮面を被り続けるからそうなるんだよ。
僕は、助けを求める
『せいぜい頑張って、最後まで王子様を演じ切ることだね』
僕の冷たい無言のメッセージを受け取った
◇◇◇
そして、昼休み直前の四時間目終了後。
全学年の身体測定がようやく一通り終わり、校内が少しずつ昼食の準備で騒がしくなり始めた頃。
僕は一人、人気のない旧校舎の三階にある、普段は全く使われていない物置代わりの空き教室に足を運んでいた。
ここは、僕と
窓の外から、中庭で遊ぶ生徒たちの声が遠く聞こえてくる。
教室の中は埃っぽく、積み上げられた古い机や椅子の影が、床に長く伸びていた。
僕は窓際に寄りかかり、腕を組んで静かに『その時』を待っていた。
──ダッ、ダッ、ダッ、ダッ!
廊下の奥から、切羽詰まったような、慌ただしい足音が近づいてくる。
ガチャァッ!!
バタンッ!!
空き教室のドアが乱暴に開かれ、そして弾かれたように勢いよく閉められた。
同時に、内側の鍵がカチャリと掛けられる。
「はぁっ……はぁっっ……し、死ぬかと……思ったぁっ……」
そこに立っていたのは、額にびっしりと汗を浮かべ、肩を激しく上下させて荒い呼吸を繰り返している
体操服姿の彼女は、ドアに背中を預けたまま、ズルズルと力なく床にへたり込んだ。
「お疲れ様、
「ど、どうだったじゃないよぉっ……! はぁっ、はぁっっ……!
彼女の顔色は明らかに悪く、唇の端が少し青ざめているようにすら見えた。
「バレないようにってっ……今朝、サラシを限界までっ……ギチギチに巻いてきたからっ……深呼吸ができなくてっ、途中で何度も、目の前が真っ暗になってっ……本当に、倒れるかと思ったんだからぁっ……」
「でも、バレなかったんだろ?
「うぅっ……
完璧なプロポーションを維持するための、涙ぐましい、そして滑稽なまでの努力。
学校中の誰もが憧れる存在が、僕の前でだけ、こんなにも惨めで無防備な姿を晒している。
その圧倒的なギャップが、僕の胸の奥にある暗い支配欲を心地よく満たしていく。
「……仕方ないな。ほら、立って」
僕は呆れたようにため息をつき、
「う、うんっ……」
「後ろを向け。少し緩めてやる」
僕が絶対的な主導権を持って命じると、
僕は彼女の体操服のシャツの裾を掴み、一気に胸の高さまで捲り上げた。
「ひゃっ……!」
露わになった
透き通るような白い肌には、その凶悪な質量を隠すため、何重にも、これでもかというほどきつく巻き付けられた白いサラシの布が、皮膚に深く食い込んでいた。
少し動くだけで布が擦れ、赤い痕ができている箇所もある。これではまともに呼吸ができるはずがない。
「……バカだな、お前は。こんなにきつく締めたら、疲れるのも時間の問題だろ」
「だってぇっ……そうしないと、膨らみがわかっちゃうんだもんっ……」
「じっとしてろ。解くから」
僕はサラシの固く結ばれた結び目に指をかけ、ゆっくりと、布のテンションを確かめながら解き始めた。
何重にも巻かれた布が、少しずつ緩んでいく。
その過程で。
布の隙間から覗く、
「ひゃんっ……!! ♡」
その瞬間。
「……おい。こんなところで大きな声を出すなよ」
僕は解きかけのサラシを握ったまま、
「すぐ外を、
「ひぅっ……! あ、あぁっ……ごめんなさいっ……でもっ……」
サラシが少しだけ緩んだことで、今まで限界まで押し殺されていたLカップの凶悪な重みが、一気に重力に従って下へと落ち、体操服のシャツの中でたわわな存在感を主張し始めている。
息がしやすくなったはずなのに、
「……だって、
僕の指先が肌に触れただけで、彼女の身体は異常なほどの敏感さで反応してしまう。
僕というご主人様に触れられることへの恐怖と、それ以上の抗いがたい快感。
彼女の身体は、完全に僕の支配下に落ちている。
「
そして、誰にも聞かれないように、消え入るような甘い声で淫らにおねだりをしてきた。
「……ねぇ、
学校という檻の中で、必死に被り続けている王子様の鎧。
それを脱ぎ捨てて、ただの雌猫に戻れる時間を、彼女は狂おしいほどに待ち望んでいる。
僕は彼女のその蕩けた表情を見下ろし、小さく鼻で笑った。
「……ああ。と言いたいところだけど」
「えっ……?」
「今日はちょっと、放課後に先生から頼まれた用事があってね。家に帰るのが少し遅くなるんだ」
「そ、そんなっ……じゃあ、今日の放課後は……お預け……?」
途端に
僕はそんな彼女の様子に満足しつつ、ズボンのポケットから銀色の鍵を取り出した。
そして、普段の彼女が取り巻きの女子たちによくやっているような──少しだけキザで、スマートな『王子様』の所作を真似て、彼女の手を取った。
「……だから、先に僕の部屋に入って、待ってていいよ」
僕は
「ベッドの中で全裸になって、僕を待つんだ。……僕の可愛い、お姫様」
「っっっ……!! /////」
僕の不意打ちの『イケメンムーブ』と、スペアキーを渡されるという絶対的な信頼と支配の証。
学校でどんなに王子様としてチヤホヤされても、彼女の心臓を本当に撃ち抜くことができるのは、世界で僕ただ一人だけだ。
僕は緩めすぎたサラシを、呼吸ができる程度の適度なきつさに再び結び直し、体操服の裾を下ろしてやった。
「うんっ……♡
埃っぽい空き教室の静寂の中。
彼女の胸の奥で、そして僕の胸の奥で、放課後の密室に向けたドロドロとした熱い欲望が、静かに、しかし確実に燃え上がり始めていた。
細々と書いてます。
30話くらいまで続ければいいなぁと。