【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
エゼルディア邸での初出勤の朝。
蛇の家紋が刻まれた鉄門をくぐると、玄関先には深緑の鱗を持つラミアのメイド……面接のときに巻きついてきたメディが待っていた。
「おはようございます、タクミさん。本日からよろしくお願いします」
「おはようございます。よろしくお願いします」
「まずは制服にお着替えを。こちらへ」
使用人区域の控え室に通される。
「こちらがタクミさん用の制服です」
メディが差し出したのは、深い紺色の執事服だった。上着、白いシャツ、ベスト。サイズを見るかぎり問題はなさそうだ。
……と思ったのだが。
問題が大いにあった。
「メディさん、ズボンがないんですが」
「そのことなんですが……」
彼女は額に手を当て、深いため息をついた。
「発注の時に別の種族と間違ってしまってズボンが届かなかったんです。すみません、今日のあいだは上だけで過ごしてください」
別の種族と間違った……?
確かにズボンやスカートを履かない異種族もいるかもしれないが、俺のどこをどう見たら下半身の衣服がいらない種族に見えるんだ。
いや、それよりも……
「……上だけで働けと?」
「私のミスだとバレたら減給されるので、タクミさんの趣味ということにしてくれます?」
なるほど。彼女は自分のミスを俺に押し付けてるらしい。
いきなり最高の先輩を持って、早速逃げ出したくなるが……我慢だ。
給料のためだ。風俗にいくお金の為だ。
「埋め合わせは後でするので。では、お着替えください」
彼女は部屋から出ていき、一人になった俺はしぶしぶ着替えた。
上はぴったりとした執事服。白いシャツに紺のベスト、銀のボタン。なかなか様になっていると思う。
我ながら異世界の執事も悪くない。問題は下半身だ。
鏡を見る。
「……」
そこには、上半身は執事、下半身は白いブリーフという男が立っていた。腿は丸出し。ふくらはぎも丸出し。パンツ一枚の間抜けな姿。
完全に変態じゃねぇか。
「戦力外の勇者って、ここまで落ちぶれるんだな……」
俺は呟き、控え室を出た。
部屋の前で待っていたメディが俺の姿を見た後、目を逸らしながら言った。
「よくお似合いですよ」
嫌味か?
「これで屋敷を歩くの、恥ずかしいんですけど。通報されませんよね?」
「大丈夫です。私からみんなに話を通してるので。事情は理解してくれてます」
マジか……?ミスだとバレたらまずいんじゃないのか?
(なんか変だな)
「では、行きましょう」
館の内部は、面接のときよりずっと広く感じられた。
廊下は迷路のように入り組み、所々に香炉が置かれて薄荷と麝香の煙を揺らめかせている。
擦れ違う使用人たちはほとんどがラミアで、下半身の蛇をくねらせながら優雅に移動していた。彼らの鱗が石床を擦る音は、さらさら、しゅるしゅると不思議なリズムを刻んでいる。
なお、すれ違う使用人たちは俺の変態的な恰好を見て一様に驚愕していた。俺は彼等の反応を見て確信した。
──話なんて通してねぇな。
つまり俺は勤務初日から変態ブリーフ人間だと認識されたわけだ。
最高の職場ポジションが確定したので涙が出そうになるが、堪える。
「こちらの左手が厨房です。料理長はドワーフで、色々な種族の食事も作れます。使用人の賄いも彼が作ってくれるんですよ」
「ドワーフ……ですか」
「右手は洗濯室と物置。その奥が使用人寮です。タクミさんのお部屋もあちらになります」
なるほど、館の東側が使用人区域か。俺は案内されながら、ラミア以外の種族の使用人もちらほらいることに気づいた。
「ラミアの貴族って、もっと排他的なのかと思ってました」
「エゼルディア家は先々代から実力主義ですから。種族は問いません。きちんと働ける人間なら、ちゃんと──」
そのとき、天井からかすかな物音がした。かと思うと、すさまじい速さで柱を駆け下りてくる影がある。
「メディさーん!おはようございますっス!」
飛びつくように現れたのは、若い女性の使用人だった。亜麻色のポニーテールにそばかすの散った顔立ちで、年のころは二十歳前後。人懐っこい笑顔が印象的だ。
だけど……
「……!?」
腰から下は長大なムカデだった。暗褐色の節に分かれた外骨格と無数の脚が、壁から床までを一瞬で移動する。
「キリア、あんたまた持ち場を抜けたの」
「ち、違うっスよ!ちょっと休憩……っていうか、新しい人きたから挨拶しようと思って!」
キリアと呼ばれたムカデの使用人は、俺を認めると「お、新人っスね!よろしくっス!」と手を振ってきた。鋭い歯が口の端からのぞいているが、態度は完全に気のいいバイトの姉ちゃんだ。
「今度の使用人は人間に見えるのに、ズボンを着ない種族なんスねぇ!」
彼女は俺の下半身を見て言った。ブリーフを露出してる謎の生物だと思ってるらしい。
変態よりはマシか?
「この子はキリア。清掃と害虫駆除を任せています。足が速いので広い館でも一人で回れるんです」
「害虫って……ゴキブリとかですか」
「そっス!見つけたらバリバリいっちゃうっスよ。あ、今度食ってみる?」
顔は可愛いのに、ゴキブリをバリバリいっちゃう感じか……。
そっか……。
「遠慮します」
「遠慮しなくていいのにー」
「キリア、持ち場に戻る」
「は、はいっス!すんません!」
メディの静かな一言で、キリアは脱兎ならぬ脱ムカデの勢いで壁を這い上がり、天井を走り去っていった。
「元気な人ですね」
「ええ。仕事も早いんですが、集中力が続かなくて」
メディは淡々と言い、再び這い出した。
俺達も再び歩き出す。
廊下の先で色んな種族の調理助手が鍋をかき混ぜているのが見えた。庭師が窓の外で植木を剪定している。
多種族の使用人たちがそれぞれの仕事をこなす屋敷は、小規模ながら一種の独立した社会に見えた。
やがてメディは三階の突き当たり、小さな花の飾りが掛けられた扉の前で止まった。
「ここが末のお嬢様、ヴェーラ様のお部屋です。タクミさんの最初のお仕事は、お嬢様の子守りです」
「具体的には?」
「ラミアの幼児は体温調節が苦手で、人肌を好みます。誰かに巻きついて温まります。以前のシッターは肋骨にヒビが入りました。以上です」
以上です、じゃないだろ。
「どんなお子さんなんです?」
「内向的で、人見知りが激しい方です。三姉妹のなかで一番だと思います」
メディは淡々と言うと念を押すように付け加えた。
「知らない人にはまず懐きません。以前のシッターたちも、結局懐いて貰えませんでした。単なる体温補給としてしか見て貰えなかったようで」
「へえ……気難しいですね」
「では、よろしくお願いします」
メディが這い去っていくのを見送り、俺は小さく息を吐いた。
人見知りの子供。一週間かけてゆっくり距離を縮めればいい。
小さい子とはそういうものだろう。気楽なものだ。俺はそっと扉をノックした。
「ヴェーラ様、おはようございます。今日からお世話になります、タクミです」
返事はない。
「……ヴェーラ様?」
やはり返事はない。
俺はそっと扉を開けた。壁紙は淡い藤色、窓辺には小さな造花。ベッドの上にはレースの枕と大きなぬいぐるみ。だけど肝心の住人の姿はどこにもなかった。
「ヴェーラ様、いますか?」
ベッドの下、カーテンの陰、クローゼット。全部確認したがいない。トイレだろうか。それとも、人見知りが激しすぎて俺が来る前に逃げたか。
……まぁ、よく考えたらブリーフ丸見えの男が部屋に入ってきたら人見知りじゃなくても逃げ出すか。
そのとき、天井の梁のあたりでかすかな衣擦れの音がした。
「ん?」
見上げる。
太い木の梁に、藍色の細い尾がくるりと巻きついている。尾の先だけが、ぴくぴくと小さく震えながら、俺の動きを追っている。
間違いない、彼女が例のお嬢様だろう。
「あのぅ」
声をかけると、ひょいと小さな顔が覗いた。ふわふわした藍色の髪。ラミアの少女は梁に尾を巻きつけて逆さにぶら下がりながら、じぃっと俺を観察していた。
「……だれ」
小さな声だった。
「私はタクミといいます。今日からヴェーラ様のお世話を」
「しらない人」
「ですよね、初めましてですから」
ヴェーラはそれきり口を閉ざし、梁の影にすっと顔を引っ込めた。尾だけがまだ見えている。警戒されている。人見知りとは本当らしい。
「無理に降りてこなくていいですよ。俺はここに座ってますから」
変に近づくと余計に怖がるだろう。シッターとは忍耐だ。
時間をかけて、ゆっくり──
しゅるるるる。
梁の上で尾が動く音がした。
しゅるるるるるるる……。
尾が梁から解かれ、するすると壁を這い降りてくる。
「え?」
「……あったかい」
ヴェーラは床に降りると俺のほうへと這い寄ってきた。
「お兄ちゃん、あったかい」
「え、あ、はい。人間はラミアより体温が高いらしいので」
「……さわっていい?」
「どうぞ」
小さな手が、俺の膝にちょんと触れた。
三秒後。
「あったかーい!!」
ぎゅるるるるるるるっっ!!!
彼女は俺の体温を確認した瞬間、両腕と尾で俺の胴体に飛びついてきた。遠慮も加減もなにもない。藍色の尾がぎちぎちと巻きつき、みしりと肋骨が鳴る。
「ぐあぁぁぁ!?」
力が強すぎる……!?
「ひ、人見知りじゃないんですか……!?さっきまで知らない人って……!」
「いま知った!!だから知らない人じゃない!だから大丈夫!」
知ったからもう知らない人じゃない。なんというか、理論は通っている。通っているけど、人見知りの定義を根本から履き違えている。
「お兄ちゃん、きょうからお世話してくれるんでしょ!」
「しますけど……加減、してもらえると……」
「だめ!!!あったかくして!!」
みしみしっ。
これが……異世界のベビーシッターか……。