【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
みしみしみし。
俺の肋骨が、いま確実に限界へ近づいている。
「あったかーい!お兄ちゃん、ずっとこうしてよう!」
「いや、ずっとこうしてると俺の骨がですね……」
「ヴェーラ、お兄ちゃんのこと気に入った!」
「それは嬉しいんですけど、締め付けがですね……」
みしみしみし。
全然伝わらない。子供に加減という概念を説くのは、どうやら無理な話らしい。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。俺は【体力+1】の男だ。肋骨程度で音を上げるわけには……
「んお゛お゛!?」
いまマジでヤバい音した。【体力+1】とかいうゴミスキルはこういう時には何の役にも立ってないようだ。
「ヴェーラ様、ちょっと交渉をしませんか」
「こうしょー?」
「はい。俺がちゃんとここにいることを約束するので、少しだけ巻くのを緩めてほしいんです」
「……おしごと中はいなくならない?」
「いなくなりません」
ヴェーラはじぃっと俺の目を見つめ、それからおそるおそる尾の力を抜いた。途端に肺がふくらむ。空気ってこんなに美味かったのか。
「ありがとうございます」
「かわりに、ぎゅーはする」
「……まあ、それくらいなら」
ヴェーラは俺の背中に両腕を回し、今度はちゃんと加減した力で抱きついてきた。尾もゆるゆると腰のあたりに巻きついている。骨は折れない。素晴らしい進歩だ。
「お兄ちゃん、いいにおいする」
「匂い……?石鹸の匂いですかね? ありがとうございます」
「ヴェーラ、このにおい好き~」
ラミアは嗅覚が鋭いらしい。俺の匂いが気に入ったということは、とりあえず合格点なのだろう。
しばらくすると、ヴェーラの腹から小さな音が聞こえた。ぐぅ、と。彼女は恥ずかしそうに顔を伏せる。
「おなか、すいた~」
時計を見る。朝ごはんの時間かもしれない。
「朝ごはんにしましょうか」
「うん」
厨房に向かう道すがらも、ヴェーラは俺の手を離さなかった。正確には、尾の先を俺の手首に巻きつけている。
厨房ではドワーフの料理長が大鍋をかき混ぜていた。新人と見るや「お、お前さんが新しいシッターか!人間だろ?飯は別に作ってやるから心配すんな!」と豪快に笑った。
俺の執事服+パンツ一丁の姿を見ても動じない辺り、細かい事を気にしないドワーフのようだ。
いや、なんか顔が赤いから酔っぱらってるだけ……?
「ヴェーラ様、朝食は何を?」
「えっとねぇ……」
ヴェーラは調理台の上に並んだ食材を見渡し、小さな指であるものを指した。
「あれ」
生卵だった。しかも一個や二個ではない。鶏卵より二回りほど大きな、何かの卵が六個。
「ヴェーラ様は毎朝、生卵を三個お召し上がりになるんだ」
料理長が教えてくれた。
「人間と違って火を通すと胃に重いらしくてな。ラミアの子はみんな生で飲むんだ」
「へえ……」
ヴェーラは卵を受け取ると、殻に小さな穴を開け、こくこくと音を立てて飲み干した。三個連続で。一気に。そして口の周りについた黄身を、長い舌でぺろりと拭う。
「おいしー!」
食事の光景としては、なかなかシュールだった。上品な貴族の娘が、生卵をラッパ飲みする。ギャップがありすぎる。
ついでに俺の朝食も出てきた。ドワーフ謹製のベーコンエッグとパン。俺だけ火を通したものを食べるのが妙に申し訳ない。
「あのー、使用人如きがお嬢様と一緒に食事をとっていいんですか?」
「まぁ、いいんじゃねぇのか。俺だって酒飲んでるしよ」
それは駄目だろ。
ヴェーラは俺の皿をじっと見つめ、「それもおいしそー」と言ったので、ベーコンをひとかけら分けてやった。彼女は恐る恐る口に入れ、数回噛んでから飲み込んだが、「……なんか、ざらざらする」と微妙な顔をした。火を通した肉はラミアの舌には合わないらしい。
朝食のあとは、日向ぼっこの時間だ。
エゼルディア邸の中庭は、薬草園と温室に挟まれた日当たりの良い空間だった。ラミアは変温動物なので、こうして定期的に体温を上げる必要があるらしい。
ヴェーラは大きな平たい石の上に尾を広げ、気持ちよさそうに目を細めた。
「お兄ちゃんも一緒に暖まろうね!」
「俺はいいです。人間は日光浴しなくても体温保てるんで」
「だめ。一緒がいい」
これは仕事だ。うん、仕事だ。俺はヴェーラの隣に腰掛けた。石は冷たいが、朝の陽光がじんわりと温めてくれる。
そこへ、リザードマンの使用人が通りかかった。尻尾で落ち葉を掃きながら、俺たちを見て目を見開く。
「お、ヴェーラお嬢様。新しいシッターと仲良くなったのかい」
「うん!お兄ちゃん、あったかい!」
「そりゃよかったな。人間はあったかいだろ」
「うん!」
ヴェーラは尾の先で俺の腕を器用に巻きとり、ぐいっと引き寄せた。おかげで俺は石の上に横倒しになる。
「ちょ、ヴェーラ様」
「こうすると、もっとあったかい~」
彼女は俺にぴったりとくっつき、満足げに目を閉じた。リザードマンは「ははは」と笑いながら去っていく。
俺は仰向けに寝転がったまま、初めてエゼルディア邸の空を見上げた。王都の空は青い。日本と変わらない青さだった。
昼が近づくにつれ、ヴェーラはだんだんと動きが鈍くなってきた。
「……ねむい」
「お昼寝しますか」
「うん……でも、お兄ちゃんも一緒」
これは業務命令である。俺はヴェーラを抱えて部屋に戻り、ベッドに横たえた。彼女はとろとろの目で俺を見上げ、尾をのばして俺の腕を掴む。
「にげない?」
「逃げません」
「ほんと?」
「約束します」
ヴェーラは少し考え、それから俺の胴体にゆるく巻きついた。今朝のように締め上げるのではなく、ぬいぐるみを抱くような力加減だ。彼女は俺の胸に頬を寄せ、深く息を吸った。
「お兄ちゃん、あったかい……」
そこで言葉は途切れ、すぅすぅと寝息が聞こえ始めた。
俺は動けなくなった。いや、物理的には抜け出せるのだが、寝息を立てている子供を振りほどくのは気が引ける。
しかしラミアの子供の体温の低さは想像以上だった。じわじわと俺の体温が奪われていくのがわかる……。
物理的な痛みの他にも、この体温が奪われていく感覚は少しきついな。
「……」
俺は天井を眺めながら、朝の出来事を思い返した。人見知りのお嬢様は俺の体温と匂いで判断し、ものの数分で懐いてしまった。
メディは以前のシッターには中々懐かなかったと言っていたが、体温の低い種族のシッターだったのだろうか?
まぁ、人間でよかったな。
どれくらい時間が経っただろう。
部屋の扉がそっと開き、メディが顔をのぞかせた。
「お嬢様、ご様子を──あら」
彼女は俺とヴェーラの状態を見て、目をぱちぱちとさせた。
メディはしばらく無言で寝ているヴェーラと巻き付かれている俺を見つめ、それから微笑んだ。
「ヴェーラ様がこんなに早く懐くのは初めてです」
「俺、体温だけが取り柄なんで」
「それだけじゃないと思いますよ。この屋敷に初日から適応した人は珍しいです」
珍しいのか……。
「前のシッターは何人か辞めたって言ってましたよね」
「ええ。とあるシッターはヴェーラ様に一日中天井から監視されて、精神的に参りました」
「……監視?」
「ヴェーラ様は人見知りですから、まずは遠くから観察するんです。気に入らないと、いつまでも梁の上から降りてきません」
そういうことか。
俺の場合は梁から降りてくる判断が異常に早かった。理屈ではなく、ラミアの本能が「この人間は大丈夫」と判断したのだろうか?
「とにかく、初日としては上々です。このまま夕方までお願いします」
「了解です」
メディが扉を閉め、這い去っていく。
ヴェーラはまだ寝ている。俺の胸に頬を寄せ、小さな寝息を立てながら。午後の日差しが窓から差し込み、彼女の藍色の鱗をきらきらと照らしていた。
「……まあ、悪くない仕事かもな」
俺は呟き、目を閉じた。
この仕事、給料はいいし……何より戦わなくていい。
勇者としては失格かもしれないが、ベビーシッターとしては悪くない滑り出しだった。
ただひとつ懸念があるとすれば。
「……長女と次女って、どんな子なんだろうな」
末娘がこれなら、上の二人も一筋縄ではいかないだろう。考え始めると少しだけ頭が痛くなった。