【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
ヴェーラが目を覚ましたのは、午後の陽が茜色に変わる頃だった。
ラミアの幼児は、身体が十分に温まると長い眠りにつくらしい。メディからそう聞いてはいたが、まさか夕方まで起きないとは思わなかった。
「……お兄ちゃん、まだいる」
「約束しましたからね」
「えへへ」
彼女は寝ぼけ眼のまま俺の胸に顔をこすりつけ、それから名残惜しそうに尾を解いた。どうやら勤務時間はこれで終了らしい。
「じゃあね、お兄ちゃん!明日も来てね!」
「えぇ、必ず」
部屋を出ると、ちょうど様子を見に来たらしいメディと鉢合わせた。
「お疲れ様です、タクミさん。ヴェーラ様が初日からここまで懐くなんて、初めて見ました」
「そうなんですか。なんででしょうね」
「体温か、匂いか。……もしかしたら心の広さ?」
「たぶん体温です」
俺は心が広いタイプではない。風俗に通うために働いている時点で、心の大半は欲望でできている。
「いずれにせよ、助かります。明日もお願いしますね」
夕刻になると日勤の使用人たちが遅番と交代し、それぞれ寮や自宅へ戻り始めた。
「夕食は食堂に用意してあります。住み込みの使用人は日が暮れるまでに済ませてください」
ドワーフの料理長は遅番へ引き継ぎを済ませ、キリアは天井から「お疲れっス~」と手を振ってきた。リザードマンは温室の戸を閉め、ハーピーの経理係は帳簿を抱えて事務室へ。
メディも深緑の尾をくねらせながら玄関の方へ這っていく。
「メディさんは寮じゃないんですか」
「ええ。私は通いですので。では、お疲れ様でした」
彼女はそう言うと、そそくさと門の外へ消えた。
ずいぶん足早だった。いや、足はないから尾早というべきか。なにか私用があるのだろうか。
まあいい。俺は夕食を食べてから、部屋に行こう。
食堂では使用人たちが夕食を取っていた。俺もパンと肉料理を腹に入れ、それから寮の自室へ向かった。
俺に割り当てられたのは六畳ほどの個室だ。ベッド、机、小さなクローゼット、窓辺からは薬草園が見下ろせる。
安宿とは大違いだった。壁は厚く隣の獣人のいびきも聞こえないだろう。朝夕食付き。給料月銀貨二十五枚。
「この部屋、最高だな」
俺はクローゼットを開け、運んでおいた自分の数着の私服を取り出した。明日こそズボンが届くらしいが、今夜は私服で過ごすしかない。
……というか。
「よく考えたら、ズボンは私服でよかったんじゃないか」
ブリーフ一丁で屋敷を歩き回るより、手持ちのズボンを履くほうが百倍マシだった。
そう気づいた瞬間、今日一日の出来事が走馬灯のように蘇った。メディに確認するという発想すら浮かばなかった自分を殴りたい。
俺は私服に着替え、ベッドに寝転がった。
「……」
静かだ。
静かすぎると、余計なことを考えてしまう。
今日一日に見た使用人たちの姿。メディの深緑の鱗、行き交うラミアたちの優雅な尾の動き。
駄目だ。
疲れると性欲が湧いてくる。これはもう生理現象みたいなものだ。
仕事が終わった。給料も入る。夜は自由。
そうなると、行き先は一つしかなかった。
「……よし」
俺は起き上がった。自由時間だ。どこで何をしようが俺の勝手である。
……お嬢様には知られたくないけど。
俺は寮を抜け出し、夜の街へと歩き出した。
◇ ◇ ◇
夜の風俗街は今日も賑わっていた。
魔法の街灯がピンクや紫に瞬き、看板の前では様々な種族の男たちが品定めをしている。オーク、ゴブリン、獣人、人間、リザードマン。空を見上げれば羽を休めるハーピーまでいた。
「今日はどうしようかな……」
俺は通りをぶらつきながら、店先のパネルを冷やかしていく。
エルフ専門店。ドワーフ専門店。獣人専門店。ハーピー専門店。
どの店もパネルの写真は盛られているし、年齢詐称は織り込み済みだ。俺も成人したてという言葉に何の信頼も置いていない。
そんな中、ふと目に留まった看板があった。
「おっ……ラミアの店かぁ」
看板にはラミアの女性たちの写真が並んでいる。舌をちろちろと出したポーズや、尾を優雅にくねらせた姿が強調されている。
「ラミア……」
今日は朝から晩までラミアに囲まれていた。メディをはじめ、屋敷で働くラミアの女性たちは美人ぞろいだった。
鱗の色や体型は様々だが、総じて顔立ちが整っている。ラミアという種族全体が美形寄りなのかもしれない。
「せっかくだから、今日はラミアにしてみるか」
同僚を思い浮かべて風俗に行くというのも少しアレだが……まぁいいだろう。
俺は暖簾をくぐった。
カウンターに座っていたのは、初老のラミア女性だった。髪には白いものが混じり、目尻には皺がある。尾の鱗も艶がやや落ちている。六十代といったところか。
「……!?」
俺は感動した。
だって。
だって……!
「すごい!ちゃんとババァだ!」
「アンタ、ぶっ飛ばされたいのかい!」
受付のラミアは眉をつり上げたが、すぐに得心した顔になった。
「あんたもしかしてエルフやドワーフの店に慣れちゃってるクチかい?」
「まあ……いろいろと」
「あの年齢詐称種族どもと一緒にしちゃ困るね。ラミアは人間と同じ寿命なんだよ。だから見た目通りの年齢だ」
「へぇ……そうなんですね」
「ちなみに私ぁ三十三だ、文句あるかい」
普通に年齢詐称してるじゃねぇか。
「エルフの五百歳ババァにうんざりしてる人間は結構いるからねぇ。うちはそういうのに疲れた客が来るんだよ」
なるほど、見た目と実年齢が一致しているというのもそれはそれで……いいものなのかもしれないな。
「で、どうする?誰にする?」
受付嬢が壁のパネルを指したが、どの写真も妙に修正が入っている。肌が不自然に白かったり、尾の鱗が実物より派手な色に加工されていたり。
この世界にも写真詐欺は存在するらしい。年齢詐称と加工、どっちが悪質かはわからないが。
「うーん……じゃあ、お勧めでお願いします」
「はいよ。じゃあ五号室に行きな」
さて、誰が出てくるか。ランダム指名のスリルを楽しむのも、たまには悪くない。
俺は五号室の扉の前で立ち止まり、軽くノックした。
「は~い♡♡入ってきて~♡♡」
若い女の声だった。甘えた響きがあり、少なくとも受付の女性よりはずっと若く聞こえる。
(当たりか……?)
俺は扉を開けた。
部屋のなかは他の風俗店と似た造りで、薄暗い橙の照明が揺れている。ベッドは広く、壁には無難な風景画。
深緑色の長い尾が窓辺でとぐろを巻き、照明を受けて艶やかに光っている。
上半身は白いブラウス一枚で、細い鎖骨と豊かな胸の谷間が露わだった。顔は小作りで、大きな瞳はアーモンド型、唇は薄く微笑んでいる。
二十歳前後に見える、若々しい美人だった。
でも……。
「わぁ~!♡♡若い人間さん!♡♡わたしのこの……み……」
彼女の声は最後まで続かなかった。
彼女の笑顔が凍りついた。
(……!?)
俺も凍りついた。
深緑の鱗。小作りな顔。
そう、彼女は。
つい数時間前まで、屋敷で澄ました顔をしていた──
「……メディさん?」
そこにいたのはメディだった。