【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
二日目、三日目とベビーシッターの仕事には順当に慣れていった。
ヴェーラの子守は驚くほど簡単だった。彼女は俺の体温と匂いをすっかり気に入ってくれたらしく隠れたりはしない。
俺が部屋に行くと「お兄ちゃん!」と飛びついてくるし、言うこともちゃんと聞く。おままごとに付き合わされて、「お兄ちゃんは私の旦那さんね!」という台詞を屋敷中で連発されるくらいで業務に支障はなかった。
ちなみにメディは相変わらずだった。口調は「通常の業務距離です」の一点張りだが、気がつくと尾が俺のどこかに巻きついている。
今日も襟を直され、肩の埃を払われ、廊下ですれ違うたびに尾の先が俺の手首をちょんと触っていく。
本人は無表情のままなのだが、キリアが天井からそれを見て「ひゅ~」と口笛を吹き、メディに睨まれていた。
そんなこんなで、初めての休日がやってきた。
月銀貨二十五枚の仕事に休日があるのは素晴らしい。俺は使用人寮の自室で、朝からごろごろと過ごしていた。
「タクミさ~ん、休日はどこへお出かけなんスか~?」
声がしたので振り返ると、いつのまにか部屋の隅で、キリアがムカデの身体を丸めてくつろいでいた。
彼女が入室した記憶がないのだが……どうやら開けていた窓から、外壁と天井を伝って入り込んだらしい。
「キリアさん、今日って勤務日じゃないんですか」
「そっスけど、休憩中なんで」
「休憩中に俺の部屋に来る意味は……」
「え~、タクミさんと話すのも休憩のうちっスよ」
キリアは人懐っこい性格で、初日からずっとこの調子だった。二日目にはもう「親友」と呼んでくる始末である。悪い気はしないが距離の詰め方がムカデだけに速い。
「ところでキリアさん」
「なんスか?」
「口からゴキブリの脚、出てますよ」
「え?あー、ごめんっス!さっきお掃除のついでに捕まえたやつだ!」
キリアは恥ずかしげもなく口元に手をやり、ぽろりと出てきたゴキブリの脚を摘まみ上げた。それをもう一度口に放り込み、ごりごりと咀嚼する。
ごりごり。
ごりごり。
「……」
俺は無言で天井を仰いだ。彼女の種族にとってゴキブリは害虫であると同時に食事でもある。
異世界だ。文化の違いは尊重されるべきだ。でも、女の子がゴキブリを咀嚼する音を至近距離で聞かされるのは、やはり慣れない。
「キリアさん、人前でゴキブリ食べるのって恥ずかしくないんですか」
「え?なんで恥ずかしいんスか?掃除してたら腹も減るし、もったいないから食べるのが普通っスよ」
「普通なんですか……」
「普通っスよ。タクミさんも食べる?」
「遠慮します」
文化の違いには、互いに踏み込まないほうがいい領域もあるらしい。俺はこの話題をこれ以上掘り下げないことにした。
「それで、さっきの質問っスけど」
キリアは床に散らばったゴキブリの破片を手際よく口に放り込みながら、改めて俺に向き直った。
「休日、どこ行くんスか?」
「そうだな……風俗街にでも行こうかなぁ」
「ぶほっ!!」
キリアは咀嚼中のゴキブリを勢いよく噴き出した。黒い破片が俺のベッドに向かって飛散する。
「ぎゃあああ!!!噛みかけのゴキブリが!?!?」
「タクミさん、なに恥ずかしげもなく言ってんスか!変態!不潔!すけべ!」
「いやいや、風俗に行くって言っただけでそこまで言われます!?」
「当たり前っスよ!どこの世界に『休日は風俗街としゃれこむかぁ~』なんて堂々と言うやつがいるんスか!」
いや、そんなおっさんみたいな口調じゃなかっただろ。つーかゴキブリの残骸をなんとかしてくれ。
「ここにいるでしょう、俺が」
「開き直らないでほしいっス!」
キリアは顔を真っ赤にしていた。ゴキブリを咀嚼している姿は平然と晒すのに、風俗の話題には過剰反応する。この落差はなんなんだ。
キリアはまだぶつぶつと「風俗なんて……しかも堂々と……」と呟いている。転がったゴキブリの残骸を拾い集めながら、ちらちらと俺を上目遣いで見てくる。
「……で、タクミさんって、そういう店によく行くんスか」
「まあ、暇な時は。もしお金と時間があったら毎日行きたいですね」
「毎日!?人間ってそんなに性欲強いんスか!」
「俺が強いだけかもしれないですけど」
「胸張って言うことじゃないっス!」
キリアは深いため息をついた。それから、ごにょごにょと口ごもりながら、思い切ったように顔を上げる。
「あの、タクミさん。ひとつだけ聞いていいっスか」
「なんですか」
「メディさんとは、その……したんスか」
俺は一瞬、言葉に詰まった。
「な、なんでそう思うんです」
「だって、ここ数日のメディさん、あからさまに尾巻いてたし。それに、鱗の艶がなんていうか、こう、いい感じになってるっていうか……」
「鱗の艶でわかるんですか」
「わかるんスよ。ラミアは交尾すると鱗が綺麗になるんス。代謝が良くなるらしいっス」
生物学の新知識だった。でも、いまはそれどころじゃない。
「……まあ、その」
「したんスね」
「はい」
キリアは数秒の沈黙のあと、破裂するように笑い出した。
「あっはははは!マジっスか!あのメディさんが!同僚と!」
「声がでかい!」
「いやー、これは今月一番のスクープっスよ!あ、でも誰にも言わないっス。メディさんに殺されるから」
「そうしてください。俺も殺されたくない」
キリアはひとしきり笑ったあと、にやりと口の端を吊り上げた。ギザギザの歯がずらりと覗く。笑顔なんだろうけど、やっぱりちょっと怖い。
「でも、タクミさんが風俗に行くってことは、メディさん以外の女ともやるってことっスよね」
「まあ、そうなりますね」
「わかってるんスか。ラミアの女は執着心が強いんスよ。メディさん、いまは取り繕ってるけど、タクミさんが他の女と寝たのを知ったら、どうなるか」
「どうなるんです」
「さあ?私、ラミアじゃないから詳しくは知らないっスけど……なんか、こう、絞め殺されるんじゃないっスか?」
「絞め殺される……」
「ラミアの尾の締め付け、舐めちゃダメっスよ。特に嫉妬に駆られたラミアはヤバい。私は掃除中に見たことがあるっス。昔、旦那が浮気したラミアの料理人が、旦那を三ヶ月入院させたのを」
なん……だと……。
「タクミさんがそうならないことを祈ってるっス」
キリアはそう言って、呆れたように肩を竦めた。
「じゃあ、私は掃除に戻るっス。休日、楽しんでくださいっス。死なない程度に」
「……どうも」
キリアは壁を這い上がり、天井伝いに廊下へと消えていった。無数の足音が遠ざかっていく。
俺はベッドの上に散らばったゴキブリの破片を片付けながら、キリアの言葉を反芻していた。
絞め殺される。
ラミアの執着。
……いや、流石にそこまではされないだろう。仕事中はあんなに冷静だし、俺が風俗好きなのは知っている。それでも、今のところ何も言われてはいない。
たぶん。
おそらく。
きっと。
そうであってくれ。
俺は自分に言い聞かせながら、部屋を出る支度を始めた。
♢ ♢ ♢
俺は私服に着替え寮を出た。
風俗街までは歩いて近い。昼間の王都は夜と違って落ち着いた雰囲気だが、あの一画だけは時間帯に関係なく、ピンクや紫の看板が怪しく瞬いている。
さて、今日はどの店に入ろうか……。
「そういえば……」
以前ここで知り合ったゴルドン、ピギー、ヴァラーの無職三人組が妙な酒場の名前を口にしていたな。
風俗街じゅうの噂と情報が集まる店──ぽんぽこ亭。
あの三人の溜まり場という時点で、まともな店ではなさそうだ。だが、この街の事情を聞くにはちょうどいいかもしれない。
店の場所までは聞いていなかったが、せっかくの休日だ。風俗街を見物しながら探してみることにしよう。
まず、ハーピー専門店の呼び込みが聞こえてきた。
「いらっしゃいませー!ただいま羽繕いプレイが人気でーす!」
見上げると店の三階の窓からハーピーの女性が身を乗り出し、翼をはためかせながら客引きをしていた。彼女の翼は美しい瑠璃色で、人間の俺が見ても見惚れるほどだ。ただし、その横の看板にはこうある。
『飛びながらのプレイは別料金・高所恐怖症の方お断り』。
「……飛びながらって、どうやるんだ?」
想像がつかないが、きっと想像の斜め上をいくのだろう。異世界の性技は奥が深い。
通りをさらに進むと、リザードマン専門店があった。看板には『温浴プレイ自慢の店!全身鱗磨き付き!』と書いてある。リザードマンは変温動物のようで、温かい湯につかりながらのプレイが好まれるらしい。店の前では爬虫類系の男性客が数人、しっぽをゆらゆら揺らしながら順番待ちをしていた。
その隣はケンタウロス専門店。入り口が異様に広い。料金表には『体格差による割増料金あり・体重制限二百キロまで』と但し書きがある。
「二百キロ……ね……」
一角を曲がると、スライム族が出入りする店があった。看板には『形を選べる!お好みの容姿に変形可能!』と書いてある。
横の小さな注意書きには『ただし変形が解けると元のゼリー状に戻ります。予めご了承ください』
「うーん……面白そうだけど……」
俺は一つひとつの店を冷やかしながら、ゆっくりと通りを歩いた。目的は風俗に入ることじゃない。ぽんぽこ亭を探すことだ。
だが、風俗街の路地は入り組んでいて、何回か来ているのに迷いそうだ。
「ぽんぽこ亭、どこだ……?」
メイン通りは何度か歩いたが、裏路地へ入るのは初めてだ。
案の定、二つ目の角を曲がったところで方向が分からなくなった。
裏路地はメインストリートよりずっと薄暗く、壁に立てかけられた看板が傾き石畳のあちこちに水たまりができている。
(さ、酒くさい。昼間なのに酒くさい……!)
さっきから、行き倒れみたいに路地の隅で寝ているゴブリンを三人ほど見かけた。風俗で使い果たしたか、酒で潰れたか。
どちらにせよろくでなしだ。
「……ん?なんだあんた、迷ってんのか?」
声がした。
一人の女がだらしなく座り込んでいた。
灰色がかった銀の髪を無造作に肩へ垂らし、頭にはピンと立った狼の耳。腰の後ろからは ふさふさした灰色の尾が、だらりと石畳の上に投げ出されている。
(獣人……?)
長身で、引き締まった筋肉質の身体つき。目つきは鋭く瞳が路地の薄闇でぎらりと光っている。
この世界の獣人は、人間の見た目に耳と尻尾が生えた姿をしているようだ。
黙っていれば近寄りがたい美人──だが。
「あ゛~……クソねみぃ。二日酔いだ。最悪」
彼女はがりがりと頭をかき、欠伸を噛み殺しながら立ち上がった。尻尾がぱたぱたと石畳を叩く。目つきは悪いのに、動きは妙に間抜けだった。
「人間か?珍しいな、こんな裏路地まで来るやつは」
「ええ、まあ。ちょっと酒場を探してまして。ぽんぽこ亭って酒場、知りませんか」
「あ゛~?ぽんぽこ亭?」
彼女の狼耳がぴくんと立った。
「偶然だな! あたしもいまから行くとこだ!案内してやるよ、ついてきな!」
「え?いいんですか?」
「当たり前だろ。こんなとこで迷子になってるやつ見つけて、放っとけねえって。あたしはガルナ。よろしくな」
差し出された手を握り返す。硬くて節ばった手だった。握手の力が強い。けっこう痛い。
まぁ、ドワーフの詐称ロリほどではないけど。
「俺はタクミです、よろしく」
「タクミか!人間のくせにぽんぽこ亭なんてディープなとこ探すとは、見かけによらずツワモノじゃん。よし、あたしについてきな!」
彼女はずんずんと歩き出した。背が高い。見上げる形になる。後ろ姿を眺めていると、ふとガルナが振り返って笑った。
「このあたりの店はな人間にはちと刺激が強すぎんだよ。大通りにもエルフとかドワーフの店あっただろ?人間は大体あっち行くし、あのババァどもは人間の若いツラ見ると目の色変えてっから、相性がいいんだ。逆にチヤホヤされたいならアリだが」
「詳しいんですね」
「風俗情報だけは一丁前さ」
彼女は早足で路地を進む。尻尾がふりふりと揺れていて、なんだか犬の散歩をしている気分になってきた。
「ガルナさんって、普段はなにを?」
「普段?日雇い。でもすぐクビになる」
「なんでです?」
「喧嘩とぉ、博打とぉ、借金とぉ……色々あってクビになるんだよなぁ~」
なるほどな。ろくでもない輩・その四のようだ。
まぁこんな場所にいる時点で分かってたけどね。
「いまは更生したつもりなんだけどな。酒と博打はやめられねえし、気に入らねえやつ見るとついカッとなっちまう。女だってのにガラ悪くて悪かったな」
「あー……ガルナさんって、ぽんぽこ亭の常連なんですか」
「おう。常連つうか、もはや住んでるレベル。週七で行ってる。まあ、最近ツケがかさんでてよ。もうツケでは飲ませないって言われてんだけど、毎回誰かに一杯たかってる」
ヤバイ奴じゃねぇか。
「ツケ、いくらくらいあるんです」
「えーと……銀貨で……三十枚くらい?」
「三十枚!?」
「酒場のツケと博打の借金で、財布の中身は年中空っぽだ。しょうがねえだろ。ストレス溜まるんだよ、元不良には社会が合わねえ」
彼女は悪びれもせずに言った。ダメ人間もここまで来ると清々しい。
「ついでに言うとよ」
ガルナは金の瞳をぎらりと光らせ、にいっと牙を見せて笑った。
「あ~……昨日も負けたし、酒は美味くねえし、そろそろ若い男のおちんぽとヤりてえなぁ~」
「……は?」
俺は足を止めた。彼女は平然とした顔で続ける。
「あたし、好みは若い人間の男なんだよな。肌つやがいいし、精力あるし、何回でもできるしよ。このあたりの人間の風俗は高いんだよな~。あ、でもタクミみたいなのでいいんだけど」
「な、なに言ってるんですか」
「なにって、ヤりてえって話だよ。あんた、若いし硬そうだし、何発くらいできんの?」
「し、知りませんよ、そんなの!」
「照れんな照れんな。女がそんな話してんだから、男なら堂々としてろ」
俺はドン引きだった。
こいつ、いまなんつった。若い男のおちんぽとヤりたい、と。美人なのに。黙っていれば美人なのに。口を開くと駄目な方向に一直線なタイプのダメ人間だった。
いや、そりゃ俺だって女からそんなことを言われて嬉しくないわけではないが……。こんな場所で出会った、さらに言えばさっき出会ったばかりの女にそういうことを言われたら困惑する。
「あ、ついでに言うと、あたしアナル弱いから、そういうとこ責められんの好きだぜ。おまんこの締め付けも自慢だしさぁ。あ、今ここで試してみる?」
「試しません!!」
「ちぇー、つれねえな」
彼女はけらけらと笑った。歯牙にもかけていない。
距離感が壊れている。間違いなく壊れている。それでいて嫌な気分にならないのは、彼女の根っこに悪意がまったくないからだろう。
元不良で無職で酒と博打でツケ三十枚、若い男のおちんぽとヤりたいと公言する──全部が駄目なのに、不思議と憎めなかった。
「ほら、着いたぜ」
彼女が顎をしゃくった先に、ひときわ古びた木造の建物があった。
看板には筆でぽんぽこ亭。タヌキの置物が入口の両脇に二体、こけしのように並んでいる。暖簾は酒でしみだらけで、中からは怒鳴り声と笑い声と、なにやら賭け事の掛け声が混ざって聞こえてきた。
「ま、入れや。お前のおごりだ」
俺のおごりかよ。
「案内してやったんだからよぉ、当たり前だよなぁ?」
まぁ、おごるくらいならいいか……。
ガルナは暖簾をくぐった。俺も後に続く。
店内は薄暗く、木のテーブルが所狭しと並んでいた。壁には風俗店の広告札や名刺、割引券が無秩序に貼り付けられている。客層は無職三人組と大差ない。
酒を片手に店の噂を語る者もいれば、卓上で博打に興じる者もいる。まさにダメ人間の坩堝だ。
俺も同じメンバーになると思うと涙が出てきそうだが……風俗情報の為だ、しょうがない。
「お、タクミ!来たか!」
奥のテーブルから聞き覚えのある野太い声が飛んできた。ゴルドンだ。隣にはピギーとヴァラーもいる。
「おうおう、ちゃんと生きてたか!」
「ラミアの屋敷で絞め殺されたかと思ったぜ!」
「よく来たなぁ!今日は飲むぞ!」
無職三人組は上機嫌で手を振っている。ゴルドンはガルナの姿を認めると、あきれたように鼻を鳴らした。
「お前、ガルナと一緒に来たのか。」
「厄介なのに捕まっちまったなぁ」
「厄介なのとはなんだテメェ。噛み殺すぞ」
そのやり取りを聞いて、ガルナが俺の想定より更に厄介な存在だと悟った。今更気付いても遅いけどね。
ガルナは当然のように三人の隣に腰を下ろし、「いつものくれぇ!」と店員に注文する。俺の金だと思って気軽に注文してくれるな。
「まあ、このオオカミは放っておいて……タクミ、今日はゆっくりしてけよ!」
ピギーが椅子を引いてくれる。俺は素直に腰を下ろしエールを注文した。ガルナは隣で出てきたジョッキを一気に半分ほど飲み干し、「ぷはぁ~」とだらしない声を上げている。尻尾がぱたぱたと床を叩いていた。
「それで、どうだ。ラミアの屋敷は」
ゴルドンが身を乗り出す。
「なかなか……いろいろありまして」
「まぁ無事で何よりだ。……で、今日はどの店に行くんだ?」
「まだ決めてないです。情報があったら教えてほしいんですけど」
俺がそう言うと、四人は顔を見合わせ、にやりと笑った。
「よしきた。ここからが本番だ」
「ぽんぽこ亭の真骨頂、見せてやるぜ」
「風俗街の生き字引、ここにありだ!」
「あたしも協力してやるよ。女目線の情報も役に立つだろ!」
さぁ、ろくでなしたちの実力を見せて貰おうか……。