【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
ぽんぽこ亭の暖簾をくぐって外に出ると、すでに夕方が近づいていた。
風俗街の看板がぽつりぽつりと灯り始め、ピンクと紫の光が石畳をまだらに染めている。
「うぃ~……飲んだ飲んだぁ♡」
俺の右腕には、ガルナががっしりと絡みついていた。
正確には腕を組んでいる。恋人みたいに。いや、恋人というよりは捕獲された獲物みたいなホールドのされ方だ。彼女の二の腕は筋肉質で、振りほどこうと思ってもびくともしない。
密着しているせいで彼女の胸が俺の腕に当たっている。酒の匂いと、獣人特有のむず痒くなるような野生の匂いが混ざって、思考がぼやける。
「ガルナさん、おっぱい当たってますけど……」
「当ててんだよぉ。あ、おまんこも触るか?」
「いいです」
──なんでこんなことになっているかというと。
『坊や、決められないんだったら実際に歩いて見てきなよ。ついでにこの飲んだくれも連れて行きな』
ポンコがそう言って、煙草の煙をふぅと吐き出したのだ。
『自分の目で見れば、案外ぴんとくる店があるかもよ』
確かに一理ある。俺はまだエルフ、ドワーフ、ラミアの三種族しか経験していないし、実際に見ることでなにかが分かるかもしれない。
……という流れで、なぜか俺はガルナと二人で風俗街を歩いている。
「で、あたしの部屋に行くんだっけ」
ガルナがにんまりと牙を見せて笑った。
「しれっと連れ込もうとしないでください」
「え~、なんでだよ~。酒もあるし、ベッドはねぇし、あたしもいるし。三拍子揃ってんじゃん」
ベッドはねぇのかよ。三拍子揃ってないじゃねぇか。
彼女はけらけらと笑い、組んだ腕をさらにぎゅっと引き寄せた。おっぱいがさらに密着する。やめてほしい。いや、それはやめなくていいか。
「ガルナさんの部屋も悪くはないんですけど……今日は風俗の気分だし……」
俺は今日は風俗の気分なのだ。ちゃんと金を払って、プロの技術を味わいたい。ガルナは……魅力的ではあるんだが、彼女の場合なにが起きるかわからない。なにせツケが大量にあるような女だ。無料より高いものはない。
「じゃあ案内してやるよ。このあたりの店ならだいたい知ってるぜ。あ、ポンコさんの紹介状は持ってるな?」
店を出る直前、ポンコが書いてくれた紹介状だ。なんでもこれを見せると大抵の店は割引が利くらしい……。
「えぇ、持ってます」
「よーし、任せとけ。あ、でもあんまり高い店はやめとけよ。紹介状持ってても銀貨50枚じゃきかねぇぞ。金貨になる場合だってある」
この世界の通貨に俺はまだ慣れていないが……大体感覚で言うと、銀貨1枚が日本でいう1万円くらいだ。
で、銀貨100枚で金貨1枚ぶん。つまり金貨1枚で……100万円。
「一回のプレイで金貨?そんなところに行ったら破産しますね……」
「ま、ハイエルフやら始祖やらの上位種がいる超高級店はそれくらいするさ。あたしらみたいな貧乏人には、拝むことすら叶わねぇよ」
ハイエルフはぽんぽこ亭でもちらっと聞いた気がするな。でも、上位種ってなんだろう?
俺が詳しく聞こうとした瞬間……ガルナが叫んだ。
「お!見ろよタクミ」
看板には……。
デュラハン専門店──首を預ける悦び。
「ここはデュラハン専門店だな。アンデッドだけど、比較的初心者向けだ」
「へぇ……」
店先を見ると、そこには美しい女の頭部だけが陳列棚のようにカウンターの上に三つ並んでいた。
それぞれに着飾り、髪型も表情も違う。金髪の勝ち気そうな顔、黒髪のしっとりした顔、銀髪のあどけない顔。
頭部だけなのに、ちゃんと客引きをしているのだ。
「いらっしゃいませ。お兄様方、見学だけでもどうぞ~♡」
金髪の頭がにっこりと微笑んだ。
生首が喋ってる……。
「か、顔だけで客引き……?」
「当たり前だろ。身体は中で仕事してんだよ。こいつら、首と身体を切り離せるんだ」
ガルナがこともなげに説明する。まぁデュラハンだから当たり前なのかもしれないが、俺には刺激的過ぎる光景だ。
「ご希望の娘をご紹介しますので、どうぞ中のカタログを──あぁ~~~っ!!?♡♡」
突然、金髪の頭がびくんと跳ね、蕩けた声を上げた。
「そ、そこ、だめぇ!!! 奥、奥ぅ~~~っ!!!♡♡ あっ、あっ、あっ、ひゃんっ♡♡」
俺は硬直した。
カウンターの上の三つの頭部が、次々と喘ぎ声を上げ始める。
「あぁん♡♡ お客様、お待ちになってぇ……ん゛っ……!!♡♡」
「ひゃうっ♡♡ ご、ごめんなさぁい、いま身体のほうがぁ……あぁっ♡♡ 別のお客様とぉ……んんんっ♡♡」
「ちょ、待っ……あっ、あっ、それ、それやば……イ、イっ……!!!!♡♡」
カウンターの上で、三つの美人の頭だけが、一斉にあらぬ方向を見つめてイキ顔を晒している。口が開き、舌がだらりと垂れ、目はとろんと潤んでいるのに、身体は店内のどこかで別の客を相手にしているのだ。
「……」
俺はドン引きだったが、ガルナは腹を抱えて笑っている。
これが初心者向け?じゃあ上級者向けはどんなとんでもない光景が見られるんだ?
俺は人知れず震えた。
「いいもんだなぁ、身体だけセックスして顔は別のところにいるってのは。あたしもずっとおちんぽで突かれてたいなぁ」
ガルナが目を輝かせて言った。なにを当たり前のようにすごいことを言っているんだこの狼は。
「……行きましょう」
「え~、もうちょっと見てこうぜ。いま三番目の子、身体のほうで何されてると思う?」
俺はガルナの腕を引っ張ってその場を離れた。背後からはまだ、蕩けた喘ぎと「あっ、あっ、いま身体がイったぁ……♡♡ 」という声が聞こえてくる。
「なんだよ~、タクミはデュラハンの気分じゃねぇのか?じゃああたしのおまんこの気分か?」
「どっちの気分でもないかなぁ……」
しばらく歩くと、今度は水の音が聞こえてきた。
見ると、通りに面した店の前に大きな水槽が置かれている。いや、水槽というよりはプールか。
エメラルドグリーンの水のなかを、美しい半裸の女たちが優雅に泳いでいた。腰から下は、きらきらと輝く魚の鱗と尾びれ。
「おぉ、人魚だ……!」
俺は思わず声を上げた。
人魚。本物の人魚だ。初めて見る。
水槽のなかの人魚嬢は、手を振りながら、にっこりと微笑んだ。濡れた長い髪が顔に張りつき、水の滴る肌が照明を受けて真珠みたいに光っている。尾びれは透き通ったエメラルド色で、ひれの先がゆらゆらと水を掻いていた。
「いらっしゃいませ~♡ マーメイドソープでーす♡」
水槽の縁に両腕をかけて、上半身を乗り出してきたのは青い髪の人魚だった。肩から水が滴り、豊かな胸の谷間がくっきりと浮かび上がっている。
「美人だ……」
思わず本音が漏れた。人魚ってみんなこんなに美人なのか?
「お、人魚が気になるのか?」
ガルナがにやにやしながら覗き込んでくる。
「いや、その、初めて見たんで」
「へぇ~。でもよ、タクミ。人魚ってどうやってセックスするか知ってるか?」
「え?」
言われてみれば。
下半身は魚だ。足はない。あるのは鱗に覆われた尾と、ひれだけ。
「ラミアみたいな感じなんですか?」
「まあ、挿入もできるぜ。鱗のあいだにちゃんと穴がある。でもな、最近の人魚で流行ってるプレイは別なんだよ」
「別?」
「人魚が産んだタマゴに、ザーメンぶっかける孕ませプレイだな」
シャケかよ。
「タマゴにぶっかけると、ちゃんと受精するんだぜ。で、子供が産まれたらすぐにパパになれるってわけだ」
なんだそれは……。どこの世界の流行りだ?……異世界の流行りか。
「今日はタマゴにぶっかける気分じゃないからパスかな……」
俺がそう言うと、ガルナは意外そうに耳をぴんと立てた。
「え~? あたしはおすすめだけどなぁ。人魚の子供がすぐに出来てすぐにパパになれるんだぜ。人魚の嬢は子供を男に押し付けるから、親権も安心だ」
「今の話のどこに安心できる要素があったんですか。つーか人魚、子供を押し付けるってそれでいいんですかね。人魚の社会どうなってるんですか」
俺はため息をついて、人魚の店を後にした。水槽のなかの人魚たちはまだ手を振っていた。
美人だった。本当に美人だった。でも、なんかこう、タマゴにぶっかけてパパになると思うと……。
それからしばらく、俺たちは通りをぶらついた。
獣人専門店の前では、猫耳の嬢が気だるげに手を振っていた。ツンデレが売りらしい。ゴルドンの言葉を思い出す。
リザードマン専門店からは湯気が立ち上り、鱗を磨く独特の音が聞こえてくる。
スライム専門店の看板には「本日のおすすめ:ぷるぷるマットプレイ」とあった。
「うーん、どこ行こうかなぁ」
まだ決め切れない……。選択肢が増えすぎて、かえって決められなくなっていた。
「あー!もう優柔不断なやつだな!」
気がつくと、ガルナの顔が間近に迫っていた。
距離が近い。さっきまで腕を組んでいた距離より、さらに近い。
彼女の尻尾が、俺のふくらはぎにさらりと触れた。
「あたしで済ませりゃいいじゃん!」
声はからかうような調子だった。でも、さっきより少しだけトーンが低い。
俺はガルナの顔を見た。
夕闇のなかで瞳がじっと俺を見つめている。狼の耳はぴんと立って、俺の反応を待っている。
「……」
酒の匂い。獣人の体温。筋肉質なのに柔らかい腕の感触。さっきからずっと密着していたせいで、彼女の体温や腕の柔らかさが、妙に意識から離れなくなっていた。
(……あり、なのか?)
店を探し続けるより、ガルナに頼むのも。
いや、待て。
彼女はダメ人間だ。いや、ダメオオカミだ。
酒と博打に溺れ、若い男のチンポとヤりたいと公言し、俺の金で散々飲んでおいて平然としている。
そんな女だ。
でも。
見た目は黙っていれば美人だ。
長身で引き締まっていて、狼の耳と尻尾がむしろ様になっている。笑うと豪快で、人をからかうのが好きで、でも不思議と嫌な気分にはならない。
──そこまで考えて、俺はハッとした。
(いや、なにを真面目に検討してるんだ俺は……!)
ガルナはガルナだ。ぽんぽこ亭で出会ったろくでなしだ。そういう相手に、そういう感情を持つのは、なんか違う。
でも。
(でもなぁ……)
俺がぐるぐるしていると、ガルナは目を細めて、口の端を吊り上げた。
「なんだよ、まんざらでもねぇ顔してんじゃん」
「し、してません」
「してたって。尻尾がぴんぴんに立ってるぜ」
「俺に尻尾はないんですけど」
「そりゃお前、おちんぽのことに決まってるだろ!」
とんでもなく下品な女だなぁ……。
彼女はくすくすと笑った。笑い声が妙に耳に残る。
まずい。なんか本当にまずい流れになってきた。
(もうガルナに頼むか……?)
無料だし。
さっきまで無料ほど高いものはないと思っていたはずなのに、今は無料という言葉が魅力的に聞こえる。
酒と雰囲気で、俺の判断力までおかしくなっているらしい。
(そうだ、別に彼女の誘いを断る必要は……)
「ん?」
そんな俺の視線の先に……何かが入り込んだ。
細い路地の入り口に、白く細い糸が何本も張り巡らされている。糸は路地から建物の上へと伸びていて、風に揺れてきらきらと光っている。
「なんだあれ?」
「タクミ、店なら上だぞ」
ガルナが顎で上を指した。
「店?上?」
見上げる。
そこには……。
「!?」
建物と建物のあいだ、かなりの高さに、巨大な蜘蛛の巣が張られていた。白い糸が幾重にも交差し、中央からは紫色の看板がぶら下がっている。
『アラクネ専門店 女郎蜘蛛の巣』
『捕縛・糸巻き・天井部屋あり』
「アラクネ専門店……?」
アラクネ。上半身は人間の女性、下半身は巨大な蜘蛛という種族だ。キリアがムカデならアラクネは蜘蛛。
「お、アラクネがいいのか?」
ガルナが俺の視線を追って、にやりと笑った。
「アラクネってのは初心者向けじゃねぇぞ」
「え?初心者向けじゃないんですか?」
「そりゃそうだろ。蜘蛛の下半身は好みが分かれるからなぁ」
「へぇ……」
「でもタクミが行くってんならしょうがねぇなぁ」
「え、いやまだ行くと決めては──」
「おーい! 一人入店希望だ!」
ガルナが突然、路地に向かって大声で叫んだ。
「ちょ、ちょっとガルナさん!」
その瞬間だった。
しゅるるるるるるっっ!!!
頭上から極細の白い糸が降ってきた。普通の蜘蛛が張る、頼りない糸とはまるで違う。意志を持っているかのように、糸は俺の胴体めがけて一直線に伸びてくる。
「ぎゃあ!?」
俺が逃げる間もなく、糸は俺の腰に巻きつき、ぎちりと締まった。
「な、なにこれなにこれ!」
「じゃあな~、楽しんでこいよ~!」
ガルナが手を振っている。
次の瞬間、俺の身体は宙に浮いていた。
「うわあああ!?」
糸がものすごい勢いで引き上げられていく。路地の石畳がみるみる遠ざかる。風が耳の横を吹き抜ける。
三階、四階、五階──。
糸に吊り上げられながら、俺は必死で周りを見渡した。
紫色の看板が、すぐ目の前を通り過ぎる。
そして、その下に書かれた小さな文字が目に入った。
『食後の雄喰いは別料金で承っております』
──雄喰い?
おす、ぐい。
雄を喰う。
交尾の後に、食われる……?
「はぁ!?」
俺の声は風にかき消された。