【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
糸が切れた。
俺の意識の糸ではない。文字通り俺を吊り上げていた蜘蛛の糸が、ぷつりと音を立てて切れたのだ。
「うわっ!?」
俺は床に落下した。といっても床にも糸が敷き詰められており、衝撃はない。
「……ここは?」
見上げると、そこは高い天井の木造建築の中だった。
梁が縦横に走り、白い糸が張り巡らされている。壁という壁には蜘蛛の巣がびっしりで、部屋全体がぼんやりとした乳白色に包まれていた。
受付らしき台は木ではなく分厚い糸で編まれている。天井からは等間隔に白い繭が吊り下げられていた。
なんか中に人影のようなものも見えるような気が……?
(これ、待合用のソファとか……? 死体とかじゃないよな……?)
壁に貼られた料金表も紙ではなく蜘蛛の巣に直接、糸で文字が編み込まれている。
『基本コース(交尾・口淫・手淫):銀貨三枚』
『SMコース(拘束・糸巻き・天井吊り):銀貨五枚』
『プレミアムコース(上記+繭パック+巣上プレイ):銀貨七枚』
『雄喰い(部分):銀貨十枚~』
恐ろしいことが書いてはあるが……料金表があるだけマシか。他の店はそもそも料金表すら怪しいし。
「いらっしゃいませ」
その時だった。頭上から声が降ってきた。
凛としていて落ち着いた、それでいてちょっとだけ冷たい声だ。
見上げると──。
「!?」
天井の梁から一本の白い糸がするすると垂れてくる。その糸からひとりの女がゆっくりと降りてきた。
まず目に入ったのは、彼女の下半身だった。
黒く艶やかな巨大な蜘蛛の身体。八本の脚がしなやかに動き、糸を伝って空中を自在に降りてくる。
腹部は丸くふくらみ、暗紫色の模様が浮かんでいる。脚の先は鋭く尖っている。
でも。
上半身は驚くほど美しい女だった。
黒髪を後ろで固く束ね、銀縁の眼鏡をかけている。肌は透き通るように白く、顔立ちは知的で整っている。
服装はきっちりとした白いブラウスに、黒のタイトスカート──ではなく、蜘蛛の腹部に合わせて仕立てられた黒いチュニックだ。襟元には銀のブローチ。どこからどう見ても、ちゃんとした受付嬢の身なりだった。
これまで入ったどの店とも違う。
(ここ、まとも……じゃないか?)
いや、さっきまで糸で吊り上げられて拉致同然に連れてこられたわけだが。
いやいや、でも雄食いとかいう猟奇的なメニューがある店だぞ。そんなわけない……!
「本日はどのようなご用件でしょう?」
アラクネの受付嬢は、眼鏡の奥の目をじっと俺に向けた。
「ご用件って……ここ風俗店ですよね?」
思わず変な声が出た。
風俗店に来てご用件もなにもないだろ。一も二もなく性欲処理に決まっている。それ以外の用件で蜘蛛の巣に来る客がいるっていうのか。
……いや、待て。
雄食いがあるじゃないか。俺はあれが交尾とセットだと思っていたが……。
「もしかして、雄喰いだけが目的の客とかもいるんですか……?」
俺が恐る恐る聞くと、受付嬢は表情をまったく変えずに答えた。
「えぇ。いらっしゃいます」
いらっしゃるのかよ。
「例えばスライム族の男性は、身体を溶かされながら食べられることに恍惚を覚えますし、虫族の男性も、捕食される行為そのものを生殖の延長と捉える傾向があります」
「へ、へぇ……」
なんて変態種族なんだ。俺は変態種族に生まれなかったことを天に感謝した。
「人間の男性でも、たまにおちんぽだけを食べてほしいと仰る御方は来ますね」
人間も十分変態種族の仲間入りしてるじゃねぇか。
「おちんぽだけ……」
「えぇ咥えて、甘噛みして、そして最後の瞬間に恐怖で射精するんです。変態ですね」
変態ですね、じゃないんだよ。
俺は正常だ。たぶん。いや、風俗にハマってる時点でどうかと言われるとアレだが、少なくとも食われることに興奮するタイプの変態ではない。
「あ、あの……絶対に食べないでくださいね。俺は食べられることで性的興奮を覚えるタイプの変態ではないので」
「承知いたしました」
受付嬢はうなずき、糸で出来た書類らしきものに、さらさらと何かを書き込んだ。
「雄喰い、×……と」
よかった。ちゃんと通じる人だ。いや、人じゃなくてアラクネだけど。
ほっと胸を撫で下ろした俺を見て、受付嬢は淡々とした口調で付け加えた。
「我々としても、雄喰いは面倒なのであまりしたくないのですよ」
「え? そうなんですか?」
「えぇ。流石に命を奪わないように少し食べるだけなので」
少し食べるだけ。
なんだ、そうなのか。てっきり頭からばりばりいかれて殺されるのかと思った。さっきサキュバスにレイプされて死んだという話を聞いたばかりで、警戒しすぎてたようだ。
なんだ、少しだけなら安心……でもないな。やっぱり安心できねぇ。
「それに、不味そうな男に食べてくれと言われても嫌なんですよね」
おぉ、意外と好き嫌いがあるのか。
(……待てよ)
俺はふと、気になった。
「……俺は美味しそうですか?」
「……」
受付嬢が無言で俺を見つめた。
眼鏡の奥の無機質な視線が俺の全身を舐め回すように動く。
首筋、肩、胸、腹、そして股間のあたりで一瞬止まった。
彼女の口元から、つぅ……と一筋の涎が垂れた。
「ご安心ください。お客様はめちゃくちゃ不味そうです。食べたら死ぬくらい不味そうです。だから食べませんよ」
「なんで涎垂らしてるんですか」
「これは涎ではなく、アラクネの生理的な分泌物です」
つまり涎じゃないか。
彼女は無表情のまま、するりと涎を手の甲で拭った。そして何事もなかったかのように、糸で編まれた書類を俺の前に広げる。
「では、こちらにご記入を」
「……はい」
俺はまだ若干引きながらも、書類に目を通した。
そこには、びっしりと項目が並んでいた。
『糸アレルギーの有無』
『蜘蛛への恐怖症の有無』
『高所恐怖症の有無』
『閉所恐怖症の有無』
『繭の中での睡眠可否』
『身体を逆さにされても平気か』
『拘束による圧迫感の許容範囲(弱・中・強・超強)』
『天井からの吊り下げ経験の有無』
『糸で目隠しされた場合の心拍数上昇許容値』
『過去に捕食されかけたトラウマの有無』
「おぉ……」
俺は思わず声を漏らした。
「こんなにちゃんとした問診票みたいなの、初めて見ました」
「当然です」
受付嬢は胸を張った。胸、結構あるな。いや、いまはそうじゃない。
「当店は他の薄汚い店と違って、王国の正規店ですので」
「正規店……なるほど」
つまり、違法な店や無法な店ではないということか。風俗街のなかにもちゃんとした店はあるんだな。
……ただ、だ。
正規店とやらは、客をいきなり糸で釣り上げて拉致するものなのだろうか。あと、いまも受付嬢は俺のことをじっと見つめながら、涎を垂らした口元をぬぐっている。
正規店なんだよな?
ともかく、俺は渡された糸筆で、分かる範囲の項目を埋めていった。
「では、簡単な身体検査をさせていただきます」
受付嬢はそう言って、するすると俺の手首に細い糸を巻きつけた。
ひやり。
糸は細いのに驚くほど丈夫で、それでいて肌触りはさらさらしている。
「これは何を……?」
「脈拍、体温、発汗、筋肉の緊張度合いを測定します。安全なプレイのための事前チェックです」
「へぇ……すごいですね」
「はい。あと嘘もわかります。アラクネの糸は相手のわずかな動揺も感知するので。なので正直にお答えください」
そう言うと彼女は、真顔のまま質問を投げてきた。
「拘束への興味はどの程度ですか」
「とくにないですけど」
ぶるぶるぶるぶるっ。
手首の糸が、小刻みに震えた。
受付嬢は無表情で書類にサラサラと何かを書き込む。
「はい、嘘。変態クソマゾ野郎、と……」
なんでだよ。
「ちょっと待ってください 。いま自分で糸を震わせませんでした?」
「震わせてません。お客様の深層心理が糸をここまで震わせているのでしょう」
ぜってぇ嘘だ。
受付嬢は俺の抗議を完全に無視して、さらに質問を続けた。
「縛られた状態での射精経験は?」
「だから、そういうのはないです」
ぶるぶるぶるぶるっ。
「はい、あり。変態ドスケベマゾ野郎、と……」
「さっきから俺の意思と関係なく糸が震えてるんですけどそれは……」
更に問診は続く……。
「緊縛されたい願望の強さを十段階で」
「ゼロです」
ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるっっっ!!!
糸が今までにないほど激しく震えた。
「はい、十。緊縛願望最大値。今すぐ縛られたいドスケベ下品変態クソマゾ豚、と……」
「もう好きに書いてください……」
俺は諦めた。どうせこの女、最初から俺の回答なんて聞く気がないのだ。
その後も、彼女は真顔で下品でドスケベな質問をいくつも投げかけ、そのたびに糸が勝手に震え、俺の意思とは無関係に評価が積み上がっていった。
最後に、彼女は「安全確認です」と言って、俺の身体に糸を数本巻きつけた。
「少しだけ締めます」
ぎゅっ……。
「これくらいはどうです?」
「平気です」
「では、逆さ吊り」
「え?」
次の瞬間、俺の身体はふわりと宙に浮き、天井からぶら下がる形になった。
「うわっ!?」
逆さまだ。頭に血が上る。服の裾がめくれて腹が出る。恥ずかしい。
しかし──
「……? 人間としては、感じがおかしいですね」
受付嬢が手首の糸をじっと見ながら、小さく眉を動かした。
「どういうことです?」
「生体反応の変動が小さすぎます。普通の人間なら脈拍と血圧がもっと大きく乱れるはずですが、あなたは……」
彼女は眼鏡を押し上げ、じろりと俺を見た。
「もしかして、普段から糸を巻き付けながら生活している本当の変態の御方でしょうか」
「違います」
本当の変態ってなんだよ。つーか俺は変態じゃないって言ってるだろ。この女、さっきから俺を変態扱いする気満々だな。
でも……なんでだろう。
(もしかして【体力+1】の効果か……?)
単純な体力増加じゃない。回復力、あるいは環境適応能力みたいなものかもしれない。ラミアの締め付けに耐えられたのも、エルフの搾精に耐えられたのも、もしかするとこのスキルの副次効果で……。
(いや、まさかな)
たかが+1だ。そんな大層なものじゃない。
受付嬢はしばらく俺の数値を記録していたが、やがて糸を解き、俺を床に降ろした。
「通常コースでは物足りない可能性がありますね……」
「え?」
彼女は腕を組み、なにかを考えるように眼鏡を指で押し上げた。
「じゃあ、どうしましょうか?」
「ご安心を。コースは私が調整します」
彼女は書類をぱたんと閉じ振り返った。
「それで……俺を担当する人は誰になるんです?」
彼女はちらりと俺を振り返り、眼鏡の奥の黒い瞳を細めた。
「私です。受付を担当しております、ネフィラと申します」
「え? 受付の人が担当するんですか?」
「えぇ。こんな美味しそうな人間を、他の者に渡すわけには……」
ネフィラはハッと口を押さえた。
「あぁいえ、なんでも」
なんだい今の呟きは。
さっきまで不味そうだと言い張っていた女が、何を言っているんだい。
(でもまあ……正規店なら大丈夫だろう。多分。メイビー。そうであってくれ)
その時、俺はポンコから貰った紹介状を思い出した。
「あの、すいません。これ……」
俺はポケットから紹介状を取り出した。煙草の匂いが染みついた、よれっとした紙だ。
「ポンコさんからです」
ネフィラは紹介状を受け取り、目を通した。
一瞬、彼女の指が止まった。
「これは……」
「どうかしました?」
「なんと、ポンコ様のお知り合いの方でしたか」
「ポンコさんのこと、知ってるんですか?」
「もちろんです」
ネフィラは顔を上げ、真剣な表情で俺を見た。
「彼女を怒らせれば、この風俗街では生きていけませんからね」
急に不穏なこと言い出したぞ。
もしかしてポンコさんはヤバい奴なのか?
いや、人を平然と猟奇的な拉致監禁変態扱いする辺り……普段からそういう猟奇的な思想に染まっているんだろうなとは思ってたけれども。
「あの、ポンコさんって……」
「それ以上はお聞きにならないほうがよろしいかと」
何それ怖い。何を隠してるんだ一体……。
「それにしても……ポンコ様のご紹介なら食べられませんね……チッ」
「いま、なにか不穏な言葉と舌打ちが聞こえたような気が」
「空耳でしょう。それよりも、ポンコ様のご紹介ですので基本料金から二割引となります」
彼女はすました顔で眼鏡を押し上げて話題を逸らした。この女、さっきから俺を食べる前提で話を進めてないか……?
「では、お部屋にご案内します。こちらへ」
ネフィラは蜘蛛の脚で廊下を進み始めた。俺は彼女の後ろを歩きながら、あらためて彼女の下半身を眺める。
不思議と嫌悪感はなかった。
キリアのムカデのような下半身もそうだったが、この世界に来てから、人間以外の身体を見てもキモいと思わなくなっている。慣れだろうか。
「こちらです」
彼女が立ち止まったのは、廊下の奥の大きな扉の前だった。
扉もまた、木ではなく分厚い白い糸で編まれている。ネフィラが手をかざすと、糸がするすると解けて音もなく開いた。
「どうぞ」
中に足を踏み入れた瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
「へぇ……これがアラクネのプレイルームか……」
部屋全体が巨大な蜘蛛の巣だった。
壁も天井も、床さえも無数の白い糸で覆われている。天井からは無数の繭が吊り下げられ、淡い照明を受けてゆらゆらと揺れていた。
部屋の中央にはハンモックのように張られた大きな巣があり、それがベッド代わりらしい。
部屋の隅には様々な形の拘束具が置かれている。といっても革や金属ではなく、すべて糸で編まれたものだ。
そして妙なことに、部屋全体に甘い香りが漂っていた。麝香のような、蜂蜜のような、それでいてどこか青臭い不思議な匂い。
(すげぇな……)
他の風俗店とはスケールが違う。
「気に入っていただけましたか」
ネフィラが背後で言った。
「えぇ、すごいで──」
言葉が途切れた。
しゅるっ。
俺の右腕に白い糸が巻きついた。
「……!?」
左腕にも糸が絡む。さらに腰、太もも、足首。一瞬のうちに、俺の全身は糸で雁字搦めにされていた。
「な、なにを……」
ネフィラが、すぐ目の前に立っていた。
蜘蛛の前脚の二本が、俺の腰を左右から挟んだ。彼女の顔がすぐ近くに迫る。
さっきまでの事務的な表情は消えている。頬はうっすらと紅潮し、薄く開いた唇からは、ほのかに甘い吐息が漏れていた。
「さぁ、お客様……」
声が違う。
さっきまでの凛とした受付嬢の声じゃない。もっと低くて甘くて、耳の奥にねっとりと絡みつくような声だった。
「私の巣で……天国に連れて行ってあげます……♡♡♡」
蜘蛛の脚が俺の身体をぐいと引き寄せる。
眼鏡越しの瞳が数センチ先で潤んでいた。白い肌。黒い瞳。薄く笑った唇。
甘い匂いが、さらに強くなった。
脳みそがじんじんする。身体は全然動こうとしない。
でも……言わなくちゃならないことがある。
それは……。
「あの──」
俺は、なんとか声を絞り出した。
「なんです……?♡」
そして、俺は言った。
「涎、めっちゃ垂れてますよ」