【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
20.エゼルティアの朝は早い……
エゼルディア家の朝は早い。
まだ陽が昇りきらない薄明のなかで、俺の意識はゆっくりと浮上した。
「?」
なんか、重い。
胸のあたりに重みがある。それに足にも何か絡まっている。布団じゃない。布団はこんなにひんやりしていないし、こんなにすべすべしていない。
「……ん?」
薄く目を開ける。
視界のなかに深緑の鱗があった。俺の胴体に巻きつく長くて艶やかな蛇の尾。さらに視線を上げると、見慣れた無表情の顔が俺の胸に頬を寄せて寝息を立てている。
「んん……おはようございます」
そのうちに彼女の瞼がゆっくりと開いた。縦長の瞳孔が細くなる。
「……おはようございます」
俺が至近距離でそう答えるとメディは尾をきゅっと締めてきた。
「ちょっ、朝から締め付けが」
「すみません。無意識です」
無意識の締め付けが肋骨を狙うメイドってなんだよ。
「ところでメディさん。ここ、俺の部屋なんですけど」
「えぇ、存じております」
「なんでメディさんがいるんです?」
彼女は通勤組だった筈だが……なんで俺の部屋に。
「旦那を起こしに……あぁいえ」
彼女は一瞬、口を押さえ、それからしれっとした顔で言い直した。
「可愛い後輩を起こしに来ただけです」
「いま、旦那って言いましたよね」
「言ってません」
メディはするりとベッドから抜け出した。尾が俺の身体から解かれ、自由を取り戻す。肺がちゃんと膨らむ。
「寝坊助さんを起こしに来たのですが、タクミさんが温かかったので少しくっついている内に眠くなって」
「それで一緒に寝落ちしたんですか……」
寝坊助はどっちだ。
風俗店で彼女と本番エッチしたあの夜以来、彼女の距離感は確実におかしくなっている。
職場では気がつくと尾が巻きついているし、食事の時も一緒だし、俺の部屋に侵入しているし、そして今は旦那呼ばわりだ。
「さぁ、いつまでも寝てないでお仕事の支度をしましょう」
メディはクローゼットから俺の執事服を取り出しながら言った。
「遅れたらお嬢様が悲しみます」
「……それは困るなぁ」
ヴェーラが悲しむのは嫌だ。俺は素直に起き上がった。
「では、お着替えを」
「い、いえ……自分で着ますから。赤ちゃんじゃないから自分で着替えられます!」
「ラミアの尾と手を使えば、人間より三倍早く着替えさせられます」
「三倍の速度で着替える必要あります?」
メディは答えず、するすると俺に近づいてきた。手と尾が同時に動き、俺の寝間着を脱がせにかかる。ボタンが外され、シャツが肩から落ち、新しい白いシャツが差し込まれる。
二又の舌がちろりと空気を舐め、俺の匂いを確認している。
(器用だなぁ……)
あっという間に、俺は完璧な執事服姿に仕上がっていた。初日のようなブリーフ一丁の変態ではない。ちゃんとした執事だ。
「よし、完璧です」
メディは一歩下がり、俺の全身を眺めた。無表情のまま、尾の先だけが満足げにゆらゆら揺れている。
「ブリーフが露出してない。完璧ですね」
「ブリーフ……あぁ、最初の日のことですか」
彼女は呟いた。
「あのブリーフ姿も、なかなか良かったんですが」
「……はい?」
「他の人に見せると思うと嫉妬してしまいますので、ちゃんとズボンを履いてくださいね」
俺は固まった。
初日の「よくお似合いですよ」という言葉は、嫌味ではなかったのか?本心だったのか?
つまり、彼女は俺がパンツ一丁で屋敷を徘徊しているのを見て、本気で「似合っている」と思っていたのか。
「……そっちのが怖いんですけど」
「何がですか?」
「いや、なんでもないです」
「そうですか。──あぁ、それと」
メディは俺を見て言った。
「ブリーフ姿を長時間見せられると、押し倒して交尾したくなるので。仕事中はご遠慮ください」
「こえぇよ!!」
なにを真顔で言ってるんだこのメイドは。
でも彼女の目は本気だった。さすがラミア。執着心が強いとキリアが言っていたが、これは執着というレベルを超えている気がする。
(俺、このままだと本当にメディの旦那にされるんじゃ……)
それはそれで悪くない気もするが、シェリル夫人やヴェーラに知られたらどうなるか分かったものじゃない。
とりあえず、俺はブリーフ一丁で屋敷を歩かないことを心に誓った。
♢ ♢ ♢
午前の仕事はいつも通りだった。
「お兄ちゃん!」
ヴェーラは俺が部屋に入るなり、尾をばたばたさせながら這い寄ってきた。小さな手が俺の膝にちょんと触れる。体温を確認する仕草も、いまではすっかりお決まりだ。
「今日は何する?」
「そうですね、まずは朝ごはんにしましょうか」
「うん!」
彼女は尾の先で俺の手首に巻きつけてきた。最近はこうやって俺を引っ張って歩くのがブームらしい。
(かわいいなぁ……)
薄汚れた心を持つ俺は無垢な彼女を見ているだけで癒される気がする。夜な夜な風俗街に入り浸っている自分が、こんな純粋な子供の面倒を見ていいのかという罪悪感は、まあ……ある。あるんだけど。
「お兄ちゃん、顔がにやけてるよ」
「気のせいです」
「へんなのー」
厨房ではいつものドワーフ料理長が大鍋をかき混ぜていた。ヴェーラは生卵をこくこくと飲み干す。俺はベーコンエッグを食べる。いつもの朝だ。
朝食のあとは日向ぼっこ。中庭の平たい石の上で、ヴェーラは尾を広げて日光浴をする。俺はその隣で、彼女に巻きつかれながら空を見上げる。
「お兄ちゃん、ずっといてね」
「仕事中はいますよ」
「お仕事終わっても?」
「それは……」
夜は風俗に行きたいんだよなぁ。
「……善処します」
「ぜんしょ?」
「頑張るって意味です」
「えへへ、約束!」
約束と言われてしまうと弱い。この無垢な笑顔を見せられると、風俗街に繰り出す自分が薄汚れた存在に思えてくる。
(でも風俗はやめないけどな)
だって楽しいし。
昼近くになるとヴェーラは眠たそうに目をこすり始めた。体温が十分に上がると眠くなるのは、ラミアの幼児の習性らしい。
「ねむい……お兄ちゃん、いっしょ……」
「はいはい」
俺は彼女を抱えて部屋に戻り、ベッドに横たえた。ヴェーラは俺の胸に頬を寄せ、尾をゆるく巻きつける。寝息が聞こえ始めるまで、そう時間はかからなかった。
彼女が眠ったのを確認して、俺はそっと部屋を出た。
廊下で、キリアが天井からぶら下がっていた。
「お疲れ様っス、タクミさん」
「キリアさん、その体勢で休憩ですか」
「そっス。天井からぶら下がるのが一番落ち着くんスよねぇ」
ムカデの生態はよく分からないな。
「今日もお嬢様、すっかり懐いてたっスね」
「まあ、慣れましたね」
「いや~、タクミさんだけっスよ」
キリアは天井からするすると降りてきて、壁に無数の脚を這わせながら言った。
「今までのベビーシッター、みんなヴェーラ様に恐れをなして辞めてったっスからね」
「へぇ……」
「でも、なんでタクミさんだけあんなに懐かれるんスかねぇ」
キリアは首をかしげた。ムカデの身体がくねる。
「もしかしたら、タクミさんは美味しそうな匂いがするのかもっスね」
「美味しそうな匂い……?」
俺は身構えた。このあいだアラクネの風俗店で、ネフィラに「美味しそう」と涎を垂らされたのを思い出す。
「キリアさん」
「なんスか?」
「俺を食べないでくださいね」
「はぁ?」
キリアはきょとんとした。それから、じわじわと顔を引きつらせる。
「え、なに言ってるんスか……もしかしてタクミさん、そういう趣味の変態っスか……?」
「ち、違う!」
俺は全力で否定した。
「俺は食べられたいわけじゃないんです!そういう変態じゃないんです!」
「じゃあなんで急に『食べないで』なんて……」
「いや、美味しそうな匂いがするって言うから」
「それを真に受けて食べないでくださいね?って念押しするのは、どう考えても食われる願望のある変態の発想っスよ」
キリアがドン引きした顔で俺を見た。目がマジだ。本気で引いてる。
どうやら彼女はネフィラと違い、俺に対する食欲はないらしい。
ゴキブリを当たり前のように食べる娘にドン引きされるとは、俺も大概成長したもんだな。
(……でも、本当になんでだろう)
俺はふと思った。
ネフィラは俺に異常な食欲を見せていた。あれは本気で俺を食べたがっていた。キリアは俺を食べたいとは思っていない。
では、あの食欲はなんだったのか。
(俺は本当に美味しそうな匂いがするのか……でも、キリアには効いていないようだし……もしかして特定の相手には美味しそうだと思われるのかな?)
だとしたらヴェーラが懐いたのも、メディが執着しているのも、シェリル夫人が採用時に舌をちろちろさせていたのも、全部美味しそうな匂いのせいなんじゃ……。
【美味しそうな匂い】みたいなスキルでも知らない間に会得したのか?
そんな馬鹿な。ゴミスキルは【体力+1】 だけでお腹いっぱいだ。
(今考えても仕方ないか)
俺は深く考えるのをやめた。
♢ ♢ ♢
夜になった。
仕事を終え部屋で私服に着替えた俺は、いつものように門へと向かった。今日こそ新しい店を開拓しよう。ぽんぽこ亭で仕入れた情報を活かすのだ。
門のそばには、禍々しい鎧を着た巨体が立っていた。
身長は二メートル近い。黒ずんだ鉄鎧に身を包み、兜の奥には肉がない──文字通り、骸骨だ。
眼窩の奥で青白い炎が揺らめき、深夜の街灯のようにぼんやりと周囲を照らしている。
ラストダンジョンの中ボスみたいな風貌だが、彼はエゼルディア家の夜警、ボルン。アンデッド族で、主に夜の門番を任されている。
「よぉ、タクミ」
ボルンが骨の顎をがちがちと鳴らしながら手を上げた。鎧がぎしりと軋む。
「これから風俗街か?」
「えぇ、まあ。ボルンさんは……いつも通り夜勤ですね」
「門番の世知辛いとこだな」
彼は骨の指で兜をこつこつと叩き、ため息の代わりに骨の顎を鳴らした。
屋敷で暮らし始めてから夜に出かけるたび、門番の彼とは顔を合わせていた。
最初は(なんかやばそうな中ボスいる!?)と身構えたものだが……何度か言葉を交わすうちに、すっかり気軽に話せる仲になっていた。
彼は俺と同類……つまり、風俗に人生を捧げているダメ人間(ダメ骨?)の一人だったということを理解するのに時間はかからなかったのだ。
「いいねぇ、俺も夜勤じゃなけりゃ、今から風俗と洒落込むんだがな」
ボルンは眼窩の青い炎をゆらゆらと揺らしながら言った。
「……ところで」
俺は前から気になっていたことを聞いてみることにした。
「アンデッドって、その……どうやって気持ちよくなるんです?」
「ん?」
ボルンの眼窩の炎が、ぴくりと揺れた。
「だって骨じゃないですか。アソコもないし、神経も通ってないわけで」
「おぉ、いい質問だな!」
いい質問か……?
ボルンは嬉しそうに声を上げた。鎧ががちゃがちゃ鳴る。
「まずな、アンデッドの性感は肉体っていうか、魂に直接くるんだ。骨を舐められると、なんていうか……こう、魂の芯がじんじんするっていうか」
「魂の芯……」
「それと骨の振動だ。骨はよく響くんだぜ。特に脊椎。あそこを舌でなぞられると、もう、全身にビリビリきて、立ってられなくなる」
骨の振動。なんかすごい話になってきた。
「最近さぁ、俺は獣人のペロペロにはまっててさ」
ボルンは身を乗り出してきた。骨の顔が急に近づいて、わりと怖い。
「大通りの犬獣人専門店、知ってるか?あそこにワンコちゃんって嬢がいてな、ワンコっていう名前の通り、犬獣人で、性格もワンコみたいに人懐っこくてよ。舐めるのが大好きなんだ」
「へぇ……」
「全身をくまなく舐めてもらうんだが、これが最高でな。骨の一本一本を、ざらざらの舌で丁寧に舐められると、魂が天に昇るかと思うぜ。特に肋骨の内側、あそこはやばい」
肋骨の内側を舐める……。
スケルトンの彼の感性は俺には理解できない。出来るとしたら、俺が死んで骨になった後だろう。
「お前も骨を舐めて貰ったらどうだ?」
「いや……俺、まだ肉がついてるんで」
「ああ、そうか。そりゃ残念だな」
ボルンは心底残念そうに言った。骨にしか分からない快楽がこの世には存在するらしい。
「でもよ、タクミ。人間にも分かる良さもあるぜ、犬獣人は。ほら、あの舌。あれで全身を舐められると、もうな、人間でも気持ちいいと思うぜ?」
ボルンはがちがちと顎を鳴らして笑った。骨が笑うと、さすがにちょっとホラーだ。
「ワンコちゃんは人間の客も結構取ってるぜ。評判いいらしい」
全身をペロペロしてくれる犬の風俗嬢か……確かに気持ちよさそうだ。
「ボルンさんは行かないんですか、今日」
「明日は休みだからそんとき行くさ。お前も一緒にどうだ?」
「……考えときます」
俺は曖昧に答えた。
犬獣人の舌ペロペロ。それはそれで興味がないわけじゃない。全身舐め回されるプレイがどんなものか……多分気持ちよさそうだ。
この世界の風俗にはまだまだ未知の体験が眠っている。
「じゃあ、行ってきます」
「おう。骨を大切にしろよ」
夜の風俗街へ、今日も足を踏み出そう。
♢ ♢ ♢
そんな日が続いたある日のことだった。
「タクミさん、奥様がお呼びですよ」
廊下でメディに声をかけられたのは、ヴェーラの昼寝を済ませた午後のことだ。
「奥様が? なにか俺、やらかしましたかね」
「さあ。でも奥様、機嫌は悪くなさそうでしたよ」
メディはいつも通り無表情で言い、それから尾の先で俺の手首をちょんとつついた。
「あまり奥様にちょっかいかけないでくださいね」
「かけるわけないでしょ。俺が何するっていうんだ」
「さあ。でもあなた、ババァにやたらモテるので」
「奥様をババァって言いました……?今……」
「私は何も言ってません。ラミアにはよくある言い間違いです」
ともあれ、俺はシェリル夫人のいる客間へと向かった。
客間の重厚な扉の前で、深く息を吸う。面接のときと同じだ。いい香りが廊下にまで漂っている。
「失礼します……」
俺は扉を開け、中に足を踏み入れた。
部屋の中央、とぐろを巻いていたシェリル夫人がゆっくりとこちらを向いた。
相変わらず布面積の少ない服装だ。というか、今回は更に少ない気がする。
胸元は深くV字に開き、豊満な乳房が今にもこぼれ落ちそうだった。薄絹越しに、臍も、鎖骨も、肩甲骨も、ぜんぶ見えているに等しい。
(エッチだ……)
心のなかで呟いたが、顔には出さない。俺も大人になったものだ。
「いらっしゃい、タクミ。こっちに来なさい」
「はい、奥様」
俺が近づくと、シェリル夫人の下半身が床を這い、優雅に俺のまわりを一周する。
それから──。
しゅるるるるっ。
「……っ!」
背後から、彼女の長い尾が俺の胴体に巻きついた。面接のときと同じだ。いや、あのときより少しだけ力が弱い。
これは締め上げるための巻きつきじゃない。もっと別の……そう、確認するための巻きつきだ。
夫人の上半身が背後から密着する。薄絹越しに豊満な乳房の感触。冷たい鱗と、人間より低い体温。それでいて彼女の吐息だけは妙に熱く、俺の首筋をくすぐった。
「ふふ……相変わらずね、あなたの体温」
耳元で囁かれる。二又に分かれた舌が、ちろりと首筋をかすめた。
「……っ」
夫人が俺の正面に回り込み、見つめてくる。
いい匂いがした。
もっとこう……深くて、甘くて、大人の女性の芳醇な匂い。美味しそうな匂いとかじゃなくて純粋に、いい匂いだ。
でも。
(──)
不意に、俺は思い出してしまった。
無職三人組の言葉を。
『エゼルディア家の先祖は、戦争で敵味方ぶっ殺しまくったとんでもないラミアの一族なんだ』
『捕まると胴体が真っ二つだ』
『人間の歴史書には蛇蝎の如く忌むべしって書いてある』
(戦争で敵味方無差別に絞め殺した一族の末裔……)
つまり、いま俺の胴体に巻きついているこの尾は、本気を出せば俺の骨を一瞬で粉砕できる生物兵器だということだ。
(まさかこのまま真っ二つにされないよな? 命乞いした方がいいか……? いや待て、まだ俺はなにも悪いことをしてないはずだ……多分……)
俺の身体が、かたかたと震えた。
「タクミ?」
「……っ、はい! なんでしょうか!」
「あなた、震えてるわよ。どうして?」
しまった。バレた。
やばい。なんて言えばいいんだ。「あなたのご先祖様が敵味方ぶっ殺しまくったと聞いたので、自分も真っ二つにされるんじゃないかと震えてます」なんて言ったら……言ったら……!
(想像したくない!)
俺は必死で言い訳を考えた。
嘘をついてはいけない。彼女は嘘を見抜く。シェリル夫人も俺の正直さを評価してくれているのだ。
でも、正直に「ぶっ殺されるかと思って震えてました」と言うわけにもいかない。
(そうだ。半分だけ本当のことを言えばいい)
俺は腹を決めた。
「奥様があまりにもお綺麗で……興奮のあまり震えてしまいました……申し訳ございません……」
嘘は言ってない。綺麗だと思うのは本当だ。俺は嘘を吐かない。一応、勇者だからね。
「あら」
シェリル夫人の瞳が、ぱちぱちと瞬いた。
それから彼女の頬がほんの少しだけ紅潮する。口元がゆっくりと弧を描き、二又の舌がちろりと空気を舐めた。
「まあ……」
彼女は尾の巻きつきをゆるゆると解き、半歩ほど後ろに下がった。獲物を品定めする目ではなく、珍しいものを愛でるような目だった。
「この歳で、あなたみたいな若い子からそんなこと言われるだなんて思わなかったわ」
夫人は長椅子に戻り、優雅に尾をくねらせながら腰を下ろした。
「口が上手いのね、あなた。そんなだからメディもヴェーラも骨抜きにされるのね」
「な、なにをおっしゃってるんですか。俺はただ仕事を……」
「まあいいわ。嘘は言ってないみたいだし」
(よかった……正直に「ぶっ殺されるかと思って震えてました」とか言わなくて……)
自分が生き延びたことを確信した。やったね。
「さて、本題に入りましょう」
シェリル夫人は居住まいを正し、瞳を真っ直ぐに俺へ向けた。
「タクミ。あなたの働きぶりだけれど……素晴らしいわ」
「あ、ありがとうございます」
「ヴェーラがあんなに懐くなんて、初めてよ」
それは知っている。キリアからもメディからも聞いた。
「あの子、かなり人見知りが激しいから……正直なところ、いつか誰かを殺すんじゃないかと思ってたんだけど」
「……はい?」
俺は固まった。
いま、なんて?
誰を誰が殺すって?
「あなたなら安心ね。ヴェーラもあなたのことは気に入ってるみたいだし、殺される心配はなさそうだわ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
俺は思わず声を上げた。
「殺される心配? 誰が誰を?」
「ヴェーラがシッターを」
「そんな話、初めて聞きましたけど!?」
「言ってなかったかしら」
シェリル夫人はきょとんとした顔で首をかしげた。言ってない。絶対に言ってない。
(一番警戒すべきはシェリル夫人じゃなくてヴェーラだったのか……!?)
でも、あんなにいい子なのに。俺に懐いて、毎朝「お兄ちゃん!」と飛びついてきて、おままごとで「お兄ちゃんは私の旦那さんね!」と言ってくるあの無垢な幼女が。
(人を殺す……?)
そ、そんな馬鹿な。
「でも安心して。あなたは大丈夫よ。ヴェーラはあなたのことを気に入ってるから」
夫人はにっこりと微笑んだ。安心できる要素が一つもなかった。
「……はい」
俺は平静を装って頷いた。これ以上この話題を掘り下げると、もっと怖い事実が出てきそうだ。
「さて、そんなあなたに、そろそろ次のお仕事を任せたいと思ってるの」
「次のお仕事?」
「ええ」
シェリル夫人は尾をゆらりと揺らし、長椅子の背にもたれかかった。
「三女のヴェーラの世話には、もう余裕が出てきたでしょう。だから次は……」
彼女はちろりと舌を出し、瞳を細めた。
「二女──セリメラの世話も任せようと思うの」
「……二女、ですか」
これまで一度も姿を見たことがない。名前すら初耳だ。
(よく考えたらおかしいな……?)
なんで屋敷にいるはずなのに、一度も姿を見たことがないんだ?
長女は……学院とやらに行ってるとか聞いた。もしかしたら今は何らかの理由で屋敷には帰ってきてないのかもしれない。学院の寮とかかも。
でも……二女は屋敷に住んでるって話だったはずだ。
なのにどうして姿を見ないんだ。
「奥様、一つ聞いてもよろしいでしょうか」
「なにかしら」
「セリメラ様は、どのようなお方なんでしょう」
シェリル夫人は、にっこりと微笑んだ。
その笑顔が。
なんだか妙に意味ありげで。
「そうねぇ……ヴェーラより、ちょっとだけ難しい子かしら」
──ちょっとだけ。
その言葉が、やけに怖く響いたのは気のせいだろうか。