【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
朝。俺は自分のベッドで目を覚ました。
妙に身体が重い。昨夜、メディに一晩中搾り取られたせいだ。尾で巻きつかれ、説教され、それでいて最終的には彼女のほうが夢中になって──。
ぼんやりと天井を見上げていると、視界の端で何かが動いた。
「おはようございます、あなた」
声のしたほうを見る。
メディが長い尾を床に這わせ、ベッド脇に控えていた。すでにメイド服に着替えている。手には俺の執事服。
「その呼び方、昨夜だけじゃなかったんですか……」
「なぜです?」
メディは小首をかしげた。無表情。でも、尾の先だけがゆらゆらと揺れている。
「妻が朝になったら妻でなくなると思ったんですか」
「そもそも結婚した覚えがないんですけど……」
「ラミアにはよくあることです」
俺は頭を抱えた。そのうち「ラミアにはよくあること」で戦争が起きそうだ。
黙って彼女の動きを見る。彼女は手と尾を器用に使って俺にシャツを着せていく。
ベルトを締め、襟を正し、それから──。
すぅ……。
彼女は俺の首筋に鼻を近づけ、ちろりと二又の舌で舐めた。
「人魚の匂いは、だいぶ薄くなりましたね」
「その確認方法やめてもらえます?」
「では、他の女の匂いを付けないでください」
「……善処します」
「善処、ですか」
メディの目が、すっと細くなった。
「善処では足りません。次に他の女の匂いを付けて帰ってきたら、今度はもっと厳しいお仕置きが必要ですね」
「お仕置きって……」
「尾で巻いて、三日三晩、寝室から出さないで交尾しまくります」
「それ死ぬやつだ!!」
途中で干からびるの確定じゃねぇか。
♢ ♢ ♢
部屋を出て、本邸へ続く廊下に入ると……何人かの使用人たちがいた。
朝の点呼を終えた清掃係、厨房から戻ってきた調理助手、それから──。
「おはようございますっス!」
天井からキリアがぶら下がっていた。
相変わらず無数の脚で梁に張りつき、ポニーテールを逆さに垂らしている。
「おはようございます、キリアさん。朝から天井掃除ですか」
「そっス! ついでにゴキブリも捕まえちゃったっス! 見る?」
「見ません」
キリアは壁を這い降りてきて、俺とメディの真正面に着地した。
そして──。
「んん……?」
くんくん、と。
彼女は鼻をひくつかせ、俺とメディの匂いを交互に嗅ぎ始めた。
「……」
キリアの動きが止まった。
「あれれ?」
もう一度、くんくん。
「タクミさんとメディさん、同じ匂いするっスね」
「……え」
俺はぎくりとした。
「しかもメディさん、尾巻きの匂いがするっス」
「尾巻き?」
「ラミアの女が、番に一晩中巻きついたあとの匂いっスよ。こう、むわっとした匂い。フェロモンっていうか」
「そんな細かい匂いの分類があるの!?」
俺が叫ぶとキリアは笑った。口の端からギザギザの歯がのぞく。
「あるんスよ。虫族だって匂いで色々分かるんス」
キリアは大声で廊下中に響き渡る声を張り上げた。
「ようやく番になったっスよー! タクミさんとメディさん、めでたくご懐妊──じゃなくて、ご成婚っスー!!」
「メディさんが!?」
「ついにやったか!」
使用人たちがわらわらと集まってくる。
リザードマンの庭師がハサミを咥えて這い出てきた。獣人の雑役がぱたぱたと走り寄り、ハーピーの経理係が羽をはためかせて天井近くでホバリングしている。
洗濯室からはケンタウロスの洗濯係が巨体を揺らして現れ、図書室からはフェアリーの司書が羽音を立てて飛んできた。
「番だって!?」
「相手は新人のタクミか」
「人間のくせにやるじゃねぇか」
「でもラミアの番って大変だぜ」
「ああ、一生逃げられないしな」
すげぇ勢いで噂が広がっている!
「待って! 結婚してませんから!」
俺は叫んだが、誰も聞いていなかった。
「メディさん、なんとか言ってください!」
「尾巻きの匂いというのは、少し、恥ずかしいですね」
メディは微かに頬を赤らめて俯いた。
そこじゃねぇだろ。
「はいはい、そこまで。道を塞がないでください」
静かな声が廊下に響いた。
現れたのは銅色の鱗を持つラミアのメイド──アゼルだった。ベテランの風格を漂わせ、尾を優雅にくねらせながら進んでくる。
「朝から騒がしいですね。何事ですか」
「ア、アゼルさん。みんなが俺とメディさんが結婚したって……」
「ああ」
アゼルは軽く頷いた。
「番になったんですね。おめでとうございます」
「なってないです」
「でもみなさん、少し落ち着いてください。正確には、まだ仮番です」
仮番。
その言葉に、ざわついていた使用人たちが少しだけ静かになった。
「仮番?」
「えぇ」
アゼルは俺に向き直り、淡々と説明を始めた。
「ラミアの男女関係には、大きく分けて三段階あります」
「三段階……」
「第一段階は匂い相手。互いの匂いを好み、頻繁に身体を寄せる関係です。人間でいう恋人未満、というところでしょうか」
(匂い相手……そんな緩い関係が一段階目なのか)
「第二段階が仮番。一晩を共に過ごし、眠っているあいだも尾を巻きつけた相手のことです。伝統的には、正式な結婚の候補と見なされます」
つまり婚約者ということか。
俺は昨夜のことを思い出した。
メディは一晩中、俺に尾を巻きつけていた。寝ている間も、ずっと。
いや、ていうか以前もそうされたような……?
「第三段階が正式な番、つまり婚姻です。これには本人同士の宣言と、そして巣を共有する契約が必要になります」
「つまり……俺とメディさんは、まだ結婚していないんですよね?」
「えぇ。まだ正式には」
俺は胸を撫で下ろした。法的には未婚。それならまだ──。
「ただし」
アゼルは続けた。
「メディがあなた以外の男を選ぶことは、ほぼなくなりました」
俺は固まった。
「仮番になったラミアは、強い執着を相手に抱きます。これは本能に近いもので、理性では抑えられません。もう──」
「もう?」
「他の男には目もくれません。尾も巻きません。一生」
「急に責任が重い!?」
俺はメディを見た。彼女は無表情のまま、尾の先だけを満足げに揺らしている。
風俗も辞めてしまうのだろうか。
「……メディさん、最初から仮番にするつもりで?」
「はい」
「説明は?」
「説明したら逃げると思いましたので」
「確信犯じゃねぇか!」
♢ ♢ ♢
俺は厨房の片隅で頭を抱えていた。
ヴェーラの世話が一段落し、ほっと一息ついたところだ。昼食の準備をしているドワーフの料理長が、大鍋をかき混ぜながら酒を飲んでいる。
「どうしたタクミ、浮かねぇ顔だな」
料理長が野太い声で話しかけてきた。
「ちょっと色々ありまして」
「色々? ああ、メディの旦那になった件か」
「仮番です。まだ正式じゃありません」
「仮番も何も、ラミアの女がああなったらもう逃げられねぇよ」
料理長はぐびりと酒をあおり、豪快に笑った。料理中の鍋に酒が入りそうで心配になる。
「ドワーフの結婚だって大変なんだぜ。女房の機嫌を損ねるときゃ、一撃でぶっ飛ばされるからな」
「一撃……?」
「うちの嫁はな、鍛冶場でハンマー振り回してるような奴でよ。新婚の頃、俺が浮気したと思われてハンマーで追いかけ回された」
「浮気したんですか」
「してたんだな、それが」
してたのかよ。
「ラミアの女ってのはな、一度番に決めた相手は死ぬまで離さねぇ。浮気しても、喧嘩しても、それでも離さねぇ。そういう生き物だ」
「……」
「人間からすりゃ重いかもしれねぇが……ドワーフから見れば理想の女房だぜ。それに女遊びも禁止されてるわけじゃねぇだろ。相手が怒らない程度に楽しめばそれでいいのさ」
料理長はそう言って、また酒をあおった。
「そんなもんですかねぇ」
「そんなもんさ。人生ってのは」
なんか深いな……。
浮気してハンマーで追われた男の助言を信じていいのかはよく分からないが……。
でも、完全に間違っているとも言い切れない気がした。
♢ ♢ ♢
夜、俺は自分の部屋で寝転がっていた。
さすがに今夜はメディも自宅へ帰っている。病気の妹もいるし、毎晩こちらへ泊まるわけにはいかないのだろう。
彼女の尻尾がないとちょっと寂しい気もするが、今夜は一人で眠れる。静かな夜だった。
「うっうっ……疲れた」
散々な一日だった。
朝起きたら妻(自称)がいて、キリアに騒がれて、屋敷中に広まって、ラミアの三段階を聞かされて……。
でも。
ここでの暮らしは、にぎやかで、みんな優しくて、俺のことを気にかけてくれる。
異世界に放り出されて、戦力外通告されて、風俗にハマって、それでもなんとか生きている。
(仮番ねぇ……)
俺だってメディのことが嫌いなわけじゃない。
他の男を一生選ばないと言われた重さは怖い。でも、俺のいないところで別の男を選んでほしいかと聞かれれば、それも違う。
(まぁ、仮番だし、結婚じゃないし……いいか)
どうやらドワーフの料理長の適当な人生観に影響されてしまったらしい。
いや、元からか……?
そのときだった。
こんこん、とノックの音。
「タクミさん。起きていらっしゃいますか」
アゼルの声だった。
「はい、どうぞ」
扉が開き、アゼルが這い入ってくる。手には一通の封筒。
「お嬢様からの返信がきました」
「え?」
俺は跳ね起きた。
「もうですか? 手紙を出したのは昨夜ですよ」
「えぇ。先ほど、トレーの下に返事が。こんなに早いのは初めてです」
アゼルの声はどことなく弾んでいた。彼女の手紙にも返事が来たのだろうか。
俺は封筒を受け取った。高級な羊皮紙。でも、俺が出したものとは別の、シンプルな白い封筒だった。
(まさか、こんなに早く返事が来るとは……)
俺の心臓が早鐘を打つ。
(もし上手くいってたら……少しは距離が縮まるかもしれない)
もしかしたら、「これからよろしく」とか「まずは手紙で話しましょう」とか、そういうポジティブな返事かもしれない。
素晴らしい前進だ。やはり手紙のプロに任せてよかった……!
俺は震える手で封を切った。アゼルも、いつの間にか隣で俺の手元を覗き込んでいる。
便箋を開く。
そこには──。
たった一言。
乱暴な、でも達筆な文字で。
『殺してやる』