【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
夜のエゼルディア邸の門の詰め所の壁に、鉄鎧を着た骸骨がもたれかかっていた。
スケルトンの門番、ボルンだ。
いつもは威圧的に立っているが今夜は兜だけを脇に置き、月を眺めていた。
そして彼に話し掛ける人間……つまり俺である。
「と、いうわけなんです」
俺はこれまでの経緯を話し終えた。
手紙を送ったこと。人魚のミレーネに丸投げしたこと。返ってきたのは『殺してやる』の一言だけだったこと。
「ふぅん……セリメラお嬢様のお世話ねぇ……」
ボルンは骨だけの顎をカタカタと鳴らしながら、深く考え込むように言った。眼窩の奥には青白い燐光が揺れている。
ボルンはスケルトンだが……なんとなくお兄さん的な雰囲気を醸し出している。
年齢は数百年らしいし、物腰も穏やかで、相談しやすい。門番として毎晩ここに立っているから、夜に誰かと話したくなったときの話し相手にはちょうどいい。
同性だしな。
……同性だよな?
前に風俗の話をしたとき、犬獣人の風俗嬢にペロペロされるのが好きとか言ってたし、口調からしても男だとは思うのだが……。
「セリメラ様から殺害予告が届いた、と」
「そうなんです……」
「何が書かれていたかは気になるところだが……」
「きっと『お前の鱗をめくって中の柔らかいところに俺の極太ちんぽをねじ込んで、ラミアの子宮を人間ザーメンでぐっちょぐっちょに孕ませてやるぜ……!』とか、そういう変態的なことが書かれてたんです……!」
俺はヤケになって叫んだ。実際はもっと酷いかもしれない。ミレーネの盛る癖とやらが発動して、こんなレベルじゃ済んでない可能性すらある。
「もう俺は変態レイプ予告執事として生きていくしかないんだ……!うぉぉん!!」
よく考えたら、初日からブリーフを見せつけて廊下を歩いていた時点で、すでに変態ブリーフ男として屋敷中に認知されていたような気もするが……それはそれだ。
いまさらレイプ予告魔が追加されたところで、たいして変わらないかもしれない。悲しいことに。
「お前、ずいぶん酔ってるなぁ」
ボルンは苦笑いしながら言った。骨だけの顔で苦笑いするというのも器用なものだ。まさか骨に呆れられる勇者がいるとはな。
「酔うしかないでしょう!!」
ぽんぽこ亭で散々飲んだあとだ。アルコールはまだ身体に残っている。
「でも、この世界は殺害予告を受けるのが普通なんですよね? 無職のろくでなし共が言ってましたよ。だから俺も普通なんだぁ……へへ……」
「普通なわけないだろ」
「え?」
ボルンは骨の指をかたかたと動かしながら、呆れ声で言った。
「少なくとも俺は数百年生きてきて、殺害予告なんざ一度もされたことねぇぞ」
俺の動きが止まった。
「普通のやつはもらわねぇよ、殺害予告なんて」
なんてことだ。やはりぽんぽこ亭に集うろくでなし共は、異常者の集まりだったんだ。ちくしょう、あんな奴らの助言を聞くんじゃなかった。
「ま、まぁそれはそれとして……」
俺は気を取り直して、もう一つ話すことにした。
「それで、手紙を分析して貰ったんです。アラクネの変態……じゃなくて、筆跡鑑定が出来るやつがぽんぽこ亭にいて」
「ほう? どんな分析なんだ?」
「それで分析した結果……殺意38%、怒り42%、空腹10%、興味7%、寂しさ3%って……」
「随分具体的な数値だな……」
ボルンが骨のこめかみをかきかきした。
「こんなの真に受けるべきかどうか分からないですけど……でも、興味7%、寂しさ3%ってことは純粋な殺意じゃないってことですよね……!? まだワンチャンあるってことですよね!?」
俺は縋るような気持ちでボルンに詰め寄った。ボルンはしばし沈黙し、それから静かに言った。
「殺意と怒りが八割もあったら、十分殺す気じゃないか?」
俺は崩れ落ちた。
「もうだめだ……おしまいだぁ……俺はラミアに締め付けられて真っ二つにされるんだぁ……」
地面に突っ伏して泣き始めた俺を見てボルンは骨の肩を竦めた。ガチガチと骨が鳴る。
「でも俺はセリメラお嬢様がそんなに凶暴だとは思わないぜ」
「え?」
俺は涙で濡れた顔を上げた。
「彼女のことを知ってるんですか?」
「俺みたいな夜勤組は、昼の連中よりはセリメラお嬢様と親しいからな」
「どういうことです?」
ボルンは答えず骨の指で自分の顎をカタカタと叩いた。何かを考えているときの癖のようだ。
「説明するよりも実際に見た方が……あ、そうだ」
彼はふと思いついたように顔を上げ、屋敷のほうを振り返った。眼窩の燐光が細くなる。
「お前いつもは風俗帰りに、まっすぐ部屋へ戻るだろ。たまには夜の屋敷を見て回ったらどうだ?」
「夜の屋敷……ですか?」
「あぁ。この時間の屋敷をじっくり歩いたことはないだろう」
深夜まで起きていること自体は珍しくない。だが、こんな時間に屋敷をじっくりと見て回ったことはなかった。
今日はぽんぽこ亭で夕方に酔ってちょっと寝ちゃったから、そんなに眠くはないし……。
「でも、真夜中の屋敷を歩いて何になるんです? どうせ人気もないだろうし……」
ボルンはゆっくりと首を横に振った。
「いやいや、そんなこたぁねぇぜ」
彼は立ち上がり骨の手を門の鉄柵にかけた。
「真夜中の屋敷は……」
声が少しだけ低くなった。
「昼間よりも面白いんだ」
♢ ♢ ♢
俺は深夜のエゼルディア邸の廊下を歩いていた。
壁に掛けられた燭台の炎がゆらゆらと揺れ、石造りの廊下に長い影を落としている。
俺はこれまでも深夜に屋敷を歩いたことはある。何度もある。風俗街から帰ってきて、こっそり部屋に戻るたびに。
でも。
大抵はすぐに自分の部屋に一直線で向かうだけだ。こんな時間に、目的もなく屋敷をちゃんと歩いたことなんて一度もなかった。
「う……なんか怖いぞ」
ぽつりと呟いた声が、やけに大きく響いた。
酔いも醒めてしまった。ぽんぽこ亭でのエールの熱が引いていくと、代わりに背筋をなぞるような冷たい空気が肌にまとわりつく。
明かりはついている。燭台の火はちゃんと燃えている。でも。
(なんだか幽霊でも出そうだな……)
そう思った、まさにその瞬間だった。
ふわり。
俺の目の前を、青白い光が横切った。
「……」
人魂だった。ぼうっと青白く発光する、ちいさな火の玉。ゆらゆらと揺れながら、俺の鼻先数十センチのところを通り過ぎていく。
俺は硬直した。
(なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ)
心のなかで三回唱えた。俺は悲鳴を上げるべきなのだろうか。それとも、俺の脳味噌が見てはいけないものを作り出したことを嘆くべきなのだろうか。
「あら?」
人魂が止まった。
止まった。そして……。
「貴方、昼組の新人さんよね。どうしたの、こんな時間に?」
なんかめっちゃ普通に話し掛けられた。
「え、あ、そのぅ……」
俺はしどろもどろになりながら、なんとか口を開いた。
「実はボルンさんに、夜中の屋敷を見てみろと言われまして……」
どうやら敵意はなさそうだ。
ビジュアル的には知能が存在しない感じの青白い火の玉である。だが、声は普通に知性的で落ち着いた女性の声色だった。
俺は事の経緯を簡単に話した。セリメラお嬢様と仲良くなるために、色々と模索していると。セリメラお嬢様から物騒な返信をもらったことまで。
「あらまぁ……そうだったの。それは大変ねぇ」
人魂はふわりと揺れた。揺れ方に感情が表れているのかもしれない。なんだか落ち着く声だ。
俺はこの時点で、この人魂がゴルドンたち無職四人組とは一線を画した理性的な存在だと悟り、深く安堵した。
「あのう……すいません。俺、入ったばかりで夜の使用人の方々をまだ全然知らなくて……」
「あ、そうだったわね! ごめんね気が利かなくて! 私は夜間メイド長の──」
その時だった。
背後から複数の女性の声が聞こえてきた。
「夜間メイド長~! 今日は廊下が汚れてます!」
「キリアのやつ、ゴキブリの食べかす散らかしまくってるんです!」
「三階の廊下、もう大変なことになってますよ!」
「え?」
俺は振り返った。
そして目を見開いた。
廊下の向こうから、半透明の女性たちが浮かびながらやってくる。白いメイド服を着て、髪をひっつめにし、手には箒や雑巾。身体は透き通っていて、向こう側の壁や燭台の火がうっすらと透けて見える。
ゴーストだ。
たくさんのゴーストメイドが、夜の廊下を掃除している。
「おぉ……」
思わず声が漏れた。
半透明の身体にメイド服。髪型も顔立ちもそれぞれ違うが、みんな若くて可愛らしい女性だ。
彼女たちは宙に浮かびながら、モップや雑巾を手に廊下を掃除している。ゴーストらしく、ふわりふわりと浮遊しながら。
「これが夜の屋敷……?」
凄い幻想的だ。半透明のメイドたちが、ふわふわと宙を漂い、雑巾がけをし、燭台の埃を払い、床を磨いている。青白く発光する彼女たちの姿はとても綺麗だった。
やってることは単なる掃除だけど。幽霊が掃除をしているという事実そのものに感動する。異世界ってすごい。
「うーん、キリアさんも悪気はないから伝えにくいのよね……」
人魂──夜間メイド長が、申し訳なさそうに揺れた。
キリア……お前の食べ残しで夜の使用人たちが迷惑してるようだ。同じ昼組として申し訳ない……。
「あー……俺から言っておきますよ。キリアさんに。こっぴどく叱っときますから」
「ほんと!?」
「え、ほんと!?」
「ほんとですか!?」
反応したのは夜間メイド長だけではなかった。俺の言葉に廊下で掃除していたゴーストメイドたちが一斉に振り返り、ふわふわと集まってきた。
「助かるわぁ!」
「昼組とは時間が合わないから、こういうの伝わりにくいのよね~」
「あと、あんまり文句言うと昼と夜の使用人同士でぎくしゃくしちゃうしね」
「そうそう。気を遣うんだよね~」
半透明のメイドたちが俺を取り囲み、口々に話し掛けてくる。青白い光に包まれて、なんだか別世界に迷い込んだ気分だ。
しかし幽霊の彼女たちも色々と苦労しているようだ。昼と夜の勤務時間が違うから、直接文句を言いにくい。ゴーストだからと言って、感情がないわけじゃない。
「みんな~!」
その時、夜間メイド長がぴしゃりと言った。
「ゴーストが怖い人間さんが多いんだから、気軽に近づかないの!」
「あ……大丈夫ですよ。俺、幽霊のこと怖くないし」
「あら、そうなの? 珍しいわね」
意思疎通できる幽霊は怖くない。だって、話が通じるんだから。
俺のことを食べようとしてきたアラクネのほうが百倍怖い。涎垂らしながら「美味しそう」とか言ってくる女より、人魂のほうがよっぽど理性的だ。
「それに、みんな可愛いし……」
そう、みんな可愛い。
俺が素直にそう言うと──。
「やだぁ! 人間の若い子にナンパされちゃった!?」
「いや、私に言ったんじゃない? 私に言ったのよ!」
「お世辞がうまいわねぇ。最近の若い子ってこうなのかなぁ~」
「八十年ぶりに男の人に可愛いって言われたわ!」
あぁ……これは相当歳がいってるタイプの女性たちだ……。
俺は瞬時に悟った。見た目は若い女性のメイドだが、この反応は完全におばちゃんだ。
若い娘が「若い子にナンパされちゃった!」なんて言うわけがない。これは数百年生きてきた熟練のゴーストおばさま方の、余裕たっぷりの反応である。
「はいはい! みんなサボらないで! お仕事に戻って~!」
夜間メイド長が声を張り上げると、ゴーストメイドたちは「は~い」と一斉に散っていった。箒を手に、雑巾を手に、ふわりふわりと廊下の彼方へ消えていく。
「ごめんね、驚かせちゃったでしょ。それに、キリアさんの件もありがとう。引き継ぎ帳には何度も書いてるんだけど、キリアさん、引き継ぎ帳読まないから……」
引き継ぎ帳の存在価値がないじゃないか。
「いえ、大丈夫ですよ」
どうやら人魂さんは夜組の偉い魂らしい。人魂なのに偉いとは、なかなか面白い。
「でも、大変ねぇ。セリメラお嬢様に内臓まで啜って脳髄引き抜いてぶっ殺してやるぞ、なんて言われるなんて」
「そこまでは言われてません」
急に物騒なこと言い始めた……。
「あ、そうだわ」
夜間メイド長は空中で明滅した。たぶん、思いついたときの仕草なのだろう。人魂なので表情は分からないが、声のトーンが明るくなった。
「貴方、ゴーストとかアンデッドが怖くないタイプの人間さんなのよね?」
「えぇ、まぁ」
「じゃあ、セリメラ様に詳しい使用人がいるの! ついてきて!」
「え、ほんとですか!?」
そんな人がいるとは。アゼルよりも詳しいのだとしたら、何かいいアドバイスをくれたりするかも……?
もしかしたら、手紙の真意を読み解くヒントが得られるかもしれない。殺意38%と怒り42%をどうにかできるかもしれない。
素晴らしい。
夜間メイド長は廊下を進み始めた。俺はその後に続く。彼女の青白い光が眩しい。
いい人だなぁ。
いや、いい魂だなぁ。
そうして連れて行かれたのは、とある一室だった。
「ここにいるんですか?」
「えぇ。まだ待機中だから、この時間はここにいるはずよ」
「待機中……?」
寝てるのかな?
夜間メイド長が扉に近づくと扉がひとりでに開いた。
人魂なのにどうやって扉を開けたのかは分からない。取手に触れた様子はなかった。勝手に開いた。これがゴーストパワーか。
部屋のなかは真っ暗だった。
窓からの月明かりすら入らない。何も見えない。ただ、かすかな空気の動きだけを肌に感じる。
ギギギ……。
「……?」
何か音がするな……。
きしんだ歯車のような、錆びた蝶番のような微かな音だ。
「良かったわ~」
夜間メイド長の声が、暗闇のなかでふわりと揺れた。
「あなたが、化け物みたいな見た目してる化け物でも怖がらない人間さんで」
──なんだって?
化け物みたいな見た目してる化け物?それは単なる化け物なんじゃないのか?
彼女は俺に何を引き合わせようとしているんだ……!?
つーか、そもそも俺は化け物を怖がらないとは言ってねぇ。俺が怖がらないって言ったのはゴーストとアンデッドだ。化け物は対象外だ。
「あ、あの……!? 俺やっぱり帰──」
その時だった。
ぼっ。
部屋の燭台に火が灯った。
夜間メイド長の能力だろうか。青白い炎が部屋の隅々を照らし出す。
そして、俺はそれを見た。
「……人形?」
部屋の中央に、椅子に座った一体の人形があった。
綺麗だった。
陶器のように白い肌。金色の髪は絹糸のように細かく編み込まれている。長い睫毛に縁取られた大きな瞳は閉じられたまま。頬はうっすらと薔薇色に染まり、唇は小さく閉じられている。
メイド服を着ていた。黒と白のエゼルディア家の正装だ。フリルが几帳面に整えられ、襟元には銀のブローチ。
美しすぎて現実味がない。
これのどこが化け物なんだ?
俺は胸を撫で下ろした。化け物っていうから、とんでもないグロテスクな外見で『ニンゲン……コロス……』みたいなことを言うやつが出てくるのかと思った。
だが、目の前にあるのはただの綺麗な人形だ。
「驚かせないでくださいよ。俺はてっきりマジの化け物が……」
その時だった。
ギギギ……。
人形の首が動いた。
「……!?」
ぎぎぎ、と音を立てて人形の首がゆっくりとこちらを向く。
閉じられていた目が、かっと見開かれた。
硝子玉のような青い瞳。それは間違いなく美しかった。美しかった、のだが──。
ぱっくり。
口が裂けた。
耳の近くまで横に、ぐぱりと。
美しい少女の顔が、一瞬で凶悪な裂け口の化物に変貌する。目は極限まで見開かれ、眼が血走り、口のなかには無数の鋭い歯が並んでいる。
口が動いた。
「ニ……ン……ゲ……ン……」
裂けた口から、かすれた声が絞り出された。
「コ……ロ……ス……」