【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
「うわぁぁぁ!」
俺は叫び声とともに飛び起きた。
心臓がばくばくと早鐘を打っている。冷や汗が背中を伝い、指先がわずかに震えていた。
「こ……ここは……?」
見慣れない部屋だった。
「あぁよかった! 目覚めたのね!」
青白い光が視界に飛び込んできた。夜間メイド長だ。
人魂が心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。人魂に表情があるのかは分からないが、声のトーンからして心配してくれているのは伝わってきた。
「人魂さん……俺は……」
「あなた、気絶しちゃってたのよ」
気絶。
なぜだ……?
そうだ。
俺はとんでもない化け物みたいなのに襲われそうになって──。
「ナニか、恐ろしいモノでも見たんデスカねぇ」
声がした。女の声だ。
「化け物トカ……?」
「そう、化け物……」
俺は額に手を当て、まだぼんやりする頭で必死に記憶を手繰り寄せた。
そうだ。俺はさっき、とんでもない化け物に襲われそうになったんだ。
「『ニンゲン……コロス……』みたいなことを言うマジの化け物を見て……その、恐怖のあまり気絶して……」
「そレハ怖いデスネェ……」
「えぇ、怖い……ん?」
俺は横を見た。
そこには美しい人形が座っていた。
金の髪。青の硝子の瞳。メイド服を着て、行儀よく椅子に腰掛けている。口は閉じられ、睫毛は長くて……。
「ぎゃあ!!! 化け物!!!」
俺は叫び、反射的に一番近くにあったものに抱きついた。
それは夜間メイド長だった。
当然、人魂なので物理的な実体はない。俺の腕は青白い光のなかをすり抜け、自分自身の胸を抱く羽目になった。
「人魂さん!! 化け物です!! 助けてください!!」
こんな人魂に助けを求める勇者がいるだろうか。でも、こわいものは仕方がない。幽霊より化け物のほうが怖い。これは比較の問題だ。
「あらあら、急に抱き着いてくるなんて最近の若い子は積極的ね……」
夜間メイド長の声が、突然甘くなった。
「でも、だめよ。まずはお付き合いから始めて、次は手を握って、それからキスをしてから……そ、それから、結婚式を挙げて……うふ……うふふ……きゃあ♡」
何を言ってるんだこの人は。
「化け物? ドコニいるんデス?」
人形が首をぐるりと三百六十度回転させながら、部屋を見回した。
化け物はお前だぞ、と俺は心のなかで叫んだ。
でも、口には出さなかった。そんなことを言った瞬間に、頭からばりばりと食べられそうだからだ。
俺は命を大事にする勇者なんだ。
「え、えっと……人魂さん」
俺は自分の胸を抱きしめたまま言った。
「この化け物……じゃなくて、人形は……?」
「あらごめんね。紹介が遅れちゃった」
夜間メイド長は、さっきの結婚妄想をぱっと切り替え、いつもの落ち着いた声に戻った。
「この子はコッペリア。戦争の時に作られたドール種族なの」
「ドール種族……」
人形の種族なんているのか?無機物なのに、意識があるのか……?
「たまに見た目が怖くなるし、人間のことを殺そうとする本能が出ちゃうけど……戦争が終わってからは人間を襲ったことはないから安心してね」
今の情報を聞いて、どう安心していいか俺は分からない。
見た目が怖くなる。殺そうとする本能。戦争が終わってからは襲ってない。
じゃあ戦争中は襲ってたのか?そもそも本能なら抑えようがなくないか?
俺は人知れず震えた。
俺は恐る恐るコッペリアを見た。彼女は首を元に戻し、いまはおとなしく椅子に座っている。
口は閉じられ、指は膝の上で組まれている。
見た目は可愛らしい、美しい人形だ。
今は。
「本当に俺を襲わないんですよね……?」
コッペリアは、ぎぎぎと首を縦に振った。
「安心シテクダサイ。ワタシは無差別殺人などシマセン」
「よかった……話の通じる人形なんですね」
俺はほっと胸を撫で下ろした。ちゃんと会話が成立する。無差別殺人はしない。理性がある。
さっきのは、その、なんだ、ちょっとした本能というやつで──。
「勇者だけを選別して殺シマス」
俺の動きが完全に停止した。
勇者だけを選定して……殺す?
なんで?
「エエ。勇者は絶対に……コロス……」
「ちょ、ちょっと待っ──」
その瞬間だった。
コッペリアの顔が再びぐぱり、と裂けた。さっきと同じだ。耳の近くまで裂けた口。見開かれた青い硝子の目。顔だけじゃない。身体もだ。腕が逆方向に曲がり、指がありえない角度にねじれ、背骨らしきものがぎぎぎと軋みながらせり上がる。
グロすぎる。
「コロス……ユウシャ……コロス……」
俺が戦慄していると、夜間メイド長がそっと耳打ちしてくれた。
「コッペリアはね、戦争の時に勇者と戦って負けたの。それからすごく勇者のことを恨んでて……」
「そんな八つ当たりみたいな……」
「ドール種族って執念深いから」
コッペリアの裂けた口が、低く唸るように言葉を紡ぐ。
「アノ勇者にハ、攻撃が通じなかっタ……物理も……魔法も……毒も……全部無効化シテ……」
声が、かすかに震えている。
「挙句……ヤツが聖剣を一振りしたダケデ……ミンナ……コロサレタ……」
俺は唾を飲み込んだ。
自分も勇者だ。無論、大昔の勇者とは別人だ。スキルは【体力+1】だけだし、聖剣なんて持ってないし、攻撃を無効化するチート能力なんて皆無だ。俺のスペックはゴミ同然である。
でも。
いまの口ぶりだと、コッペリアは勇者全般に憎しみを抱いている。個人じゃなくて、勇者そのものを……。
「──オマエ」
不意に、コッペリアが首をぐるんと回し、俺の目の前に顔を寄せた。硝子の目が数センチ先でぎらりと光る。
「オマエ、勇者ジャアリまセんヨネ?」
心臓が跳ねた。
俺は咄嗟に口を開く。自己防衛本能が、大脳を完全にバイパスして口を動かした。
「モ、モチロン。ワタシ、勇者チガウ。ただの子守。戦闘能力ゼロのゴミデス……」
なぜ俺まで人形みたいな喋り方になっているんだ。恐怖は人間から文法を奪うらしい。
「戦闘能力ゼロ……?」
「ゼロデス。限りなくゼロ。ゼロを下回ってマイナス。文句ナシノ戦力外デス」
「フゥン……マァ……確かニ」
コッペリアの顔が、ぱん、と元の美しい人形に戻った。
「ナンかゴミみたいなスキルしか持ってなさそうな顔シテルシ、オマエみたいな雑魚が勇者ナ訳ナイカ……」
どんな顔だよ。【体力+1】の顔か?
いや、実際に【体力+1】しか持ってないんだが。図星すぎて何も言い返せない。
「ソレニ、オマエ……なんか下半身がダラシなイ顔してマス」
下半身の顔ってなんだよ。 俺の下半身には顔なんてついてねぇよ。
「きっと風俗通いで下半身がゆるんだんデショウネェ」
図星だった。風俗で下半身がゆるみまくってる自覚はある。
なんで分かるんだこいつは。
「ま、いずれにせヨ。オマエが勇者でなイなら、ワタシはオマエを殺しマセン。安心シナサイ」
「そ、そうですか。どうも……」
俺は平静を装ったが、内心は冷や汗ダラダラだった。
(バレてない……バレてないよな……?)
シェリル夫人は俺が勇者だと知っている。でも、彼女が言い触らしている感じはない。
雇い主として、使用人の経歴をわざわざ他の使用人に話したりはしないのだろう。
(……いや、待てよ?)
俺が勇者だということは、結構広がってるんだよな?
風俗街の連中にも広がるくらいだ。ゴルドンもピギーも知ってた。王都の情報網は異常に早い。「ハズレ勇者が王都をうろついてる」って噂は、召喚直後に出回っていた。
幸い、コッペリアは夜専用の使用人だし……昼の噂話が入ってきにくいのだろう。俺が勇者だということをまだ知らない。
でも、いつかは知る可能性がある。
その時は──。
(逃げるか)
いざとなったらゴルドンとかピギーに押し付けよう。借金取りにも物怖じしない彼らはきっと俺の肉壁になって、殺人人形にも立ち向かってくれるはずだ。
「それで……ですね」
俺は話を変えることにした。これ以上の勇者の話題を続けるのは危険だ。
「俺、セリメラお嬢様と仲良くなりたくて……人魂さんが、コッペリアさんはセリメラ様に詳しいって言うので」
「アア、セリメラお嬢様」
コッペリアの声のトーンが、わずかに柔らかくなった気がした。
「セリメラ様ハ、ワタシヲ気ニ入ってイマス。彼女は、ワタシが人形ダト思ってイマスカラ」
「……え?」
「ドール種族だとバレずに、ただの人形だと思われてマス。だから気に入られてイルノデス」
なるほど。セリメラお嬢様は人形が好きで、コッペリアのことを生きた人形……ドール種族ではなく、ただの無生物の人形だと思っている。それで気を許している、と。
でも、ドール種族ってこの世界じゃ当たり前の存在なんだよな?普通ドール種族だと疑うような気もするが……。
「セリメラ様は、人間には話せないことを、ワタシには話しマス」
「人形だと思っているから?」
「ハイ。人形は驚かず、哀れまず、余計な助言もしまセン」
セリメラは誰かに話したいけど、話せないことを抱えている。それを打ち明ける相手として、無生物の人形を選んでいる。生き物相手だと気を遣うから。反応が怖いから。
だから、喋らない人形が好きなのか。
「じゃあ……俺がどうやってセリメラ様と仲良くなればいいか、なにかアドバイスを……」
「簡単デス」
コッペリアは細い指を立てた。陶器のように白く美しい指。さっきまでありえない方向に曲がっていた指だ。
「オマエモ人形にナレバイイノデス」
「は?」
「セリメラ様は人形が好キ。人形になれば、セリメラ様も心を開ク。簡単デショウ?」
俺は絶句した。
人形になれ。
俺が?
人間が?
どうやって?
なんでそうなる。
「ワタシが人形になる方法を教えてヤリマス。アァ、その前ニ……」
「いや、あの……」
「ココニイケバイイデス」
コッペリアはそう言うと、メイド服のポケットから一枚の羊皮紙と羽ペンを取り出した。ぎぎぎと音を立てながら、器用に何かを描き始める。
しばらくして、彼女は羊皮紙を俺の前に差し出した。
「これは?」
見ると、そこには王都の簡素な地図が描かれていた。風俗街の位置、エゼルディア邸の位置。
そして、風俗街の外れにある一角に、ぐりぐりと丸が描かれている。
「人形風俗館デス」
人形風俗館。
人形。風俗。館。
単語は全部わかる。でも、その三つが並ぶと意味がまったくわからない。
「人形風俗館って……その、人形がいる風俗店ってことですか?」
「ソウデス」
「人形の風俗嬢がサービスを?」
「ソウデス」
「なんのために?」
「物分かりガ悪いガキでスネ。コレ以上聞いたら殺スぞ」
コッペリアの口が割けたので、俺は口を閉ざした。
どうやら戦争の後、人間を襲わない設定は嘘らしいな。その証拠に、多分俺がこれ以上聞いたら普通に襲ってくる雰囲気を醸し出している。
絶対、今も普通に路地裏で人間食ってるだろ……。
(しかし、人形の風俗店って……)
俺は異世界でいろんな風俗を見てきた。
エルフ、ドワーフ、ラミア、アラクネ、人魚。種族ごとにプレイはまったく違った。驚きは慣れている。これもその延長線上に違いないのだが……。
その瞬間だった。
ぼっ。
俺の背後で、青白い炎が膨れ上がった。
「ふ、風俗ですって!?」
振り返ると、夜間メイド長が激しく明滅していた。さっきまでの落ち着いた声はどこへ行ったのか。人魂がぶるぶると震え、光の色が青から赤みがかった紫に変わっている。
「まさかあなた、風俗なんて行くつもりなの!?」
「ち、違います! 俺が行きたいって言ったんじゃなくて、コッペリアさんが──」
「不潔! 最低! 変態!」
俺の弁明を遮り、夜間メイド長が激しく点滅する。ちかちか眩しい。
「人形に欲情する異常者! 綺麗なお人形の胸やお尻を眺めて、撫で回して、球体関節の隙間にまで興奮するつもりなのね!」
罵倒の解像度が高すぎる。どういうことだよ。
「もう知りません! 勝手に人形といやらしいことをしてなさい! 動かない人形相手に腰ヘコヘコしてればいいのよ!」
「ちょ、待って……」
「最低!」
夜間メイド長は最後にそう吐き捨てると、紫がかった光の尾を引きながら壁の向こうへ消えていった。
扉すら使わなかった。
「……」
静寂が訪れた。
燭台の炎がゆらゆらと揺れ、部屋の中に長い影を落としている。さっきまであんなに賑やかだったのに、いまは俺とコッペリアだけだ。
俺は紙を持ったまま、呆然と壁を見つめていた。
いつの間にか、コッペリアが俺の隣に立っていた。冷たい手がぽん、と俺の肩に置かれる。
「デハ、人形に欲情する異常者サン。頑張ってクダサイ」
「……」
何を頑張れというのだ。
コッペリアは満足げに頷くと椅子に戻り、元の美しい人形の姿に戻った。口は閉じられ、手は膝の上で組まれ、硝子の目は虚空を見つめている。
窓の外はまだ暗い。
だが、あと数時間もすれば夜が明ける。朝になれば、ヴェーラが起きる。着替えさせて、朝食を食べさせて、遊び相手をして──いつもの仕事が始まるのだ。
そして仕事が終わった後……俺は謎の風俗に行く。
何故、こんなことに……。