【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
「あはは! 今日はあったかーい!」
ヴェーラと手を繋いで廊下を歩く。小さな尾が、ごきげんそうにゆらゆらと揺れていた。今日も今日とてヴェーラの子守だ。
本日のヴェーラはすこぶる機嫌がよく、元気いっぱいだ。廊下を這う速度も、普段の1.5倍は出ている。
日差しがぽかぽかと暖かいからだろう。気温が上がると途端に活性化するあたり、やはりラミアのベースは変温動物なのだと思い知らされる。
一方、恒温動物である俺はというと、昨夜のコッペリア騒動のせいで一睡もできておらず深刻な寝不足に陥っていた。
おかげでいまも、目の下にうっすらとクマができている。
でも、ヴェーラの前でそんな素振りを見せるわけにはいかない。俺はプロのベビーシッターだ。月銀貨二十五枚分の仕事はきっちりこなす。
「ねぇねぇお兄ちゃん! 今日はアリさんを観察する遊びしよう! 数を数えるの!」
──アリさんの数を数える遊び……?
俺はその言葉を聞き、なんて生産性のない行為だろうと思った。砂漠に落とした水滴の跡を探すようなものだ。
だが。
俺にNOという選択肢はない。
雇い主の子供である以上、お嬢様が「アリを数えたい」と宣えば、喜んで這いつくばるのが俺の役割だ。
でも、それだけじゃない。
ヴェーラは愛くるしい子供だ。俺の体温を「あったかい!」と喜び、昼寝のときは尾を巻きつけて離さず、「お兄ちゃん、ずっと一緒にいてね」と無邪気に笑う。
そんな子の願いを無下に出来るはずがなかった。
「もちろん。いいですよ」
「やったぁ!」
そうして俺たちは中庭に出た。
陽光が薬草園の薄荷や洋甘菊を金色に照らし、温まった石畳からはほのかに土の匂いが立ち上っている。
中庭の隅にはアリの行列ができていた。小さな黒い点が、長い列をなして石畳の隙間を縫うように進んでいる。
俺はその場にしゃがみ込み、ヴェーラも上体を低くした。
「いーち、にーい、さーん……」
ヴェェーラが小さな指でアリを一匹ずつ追いながら、数を数え始める。尾の先がぴこぴことリズムを刻んでいて、なんだか微笑ましい。
「たのしいねぇ」
彼女は本当に楽しそうだった。目を輝かせて、アリの行列をじっと見つめている。
なお、俺は正反対の感想を抱いている。
(たのしい……か……?)
アリを数える。ただそれだけの行為。一匹、また一匹。数えても数えても、アリは列をなしてどこまでも続いている。
子供の感性は、大人には理解できない領域にある……。
もちろん、そんなことは表情に出さない。にこやかな笑顔を保つ。最近は人形より表情を固定するのが上手くなってきたぞ。
その時だった。
ヴェーラが不意に顔を上げ、ぽつりと言った。
「セリメラお姉ちゃんもお外に出ればいいのに~」
(お姉ちゃん……!)
セリメラ。エゼルディア家の次女にして、筋金入りの引きこもり。そして、俺に『殺してやる』という直球すぎる殺害予告を送ってきた張本人。
──好機だ。
俺はなるべく自然な口調で、聞いてみることにした。
「ヴェーラお嬢様。セリメラお嬢様はどんな御方なんですか?」
すると、ヴェーラは顔を輝かせた。
「セリメラお姉ちゃんは優しいんだよ!」
「優しい?」
「うん!セリメラお姉ちゃんはね、虫も殺せないような、とーっても優しいお姉ちゃんなの!」
そう言いながら、ヴェーラはアリの観察に飽きたのか、自身の尾でアリさんの隊列をバシバシと叩き潰し始めた。
バシッ。バシッ。
藍色の尾が石畳を情け容赦なく打つたびに、アリがまとめて天に召されていく。
彼女のしなやかな一撃によって殺戮されたアリの数は、さっきまで二人で数えていた総数を、すでにトリプルスコアで超えている。
「あの、ヴェーラお嬢様。アリさんが……」
「ん? なに?」
「いえ……なんでも」
ヴェーラはきょとんとした顔で首をかしげた。自分が何をしているのか、まったく理解していない。無邪気な大量虐殺だった。
子供は残酷だ……。
俺は心のなかで合掌した。アリたちに安らかなる眠りを。
(しかし……虫も殺せないほど優しい、か)
なのに、俺には『殺してやる』……。もしかして俺は虫以下なのだろうか。
「それにね」
無慈悲に尾を打ち付けながら、ヴェーラはにこにこと無邪気に続けた。
「カルネお姉ちゃんはデコピンで壁を吹き飛ばしちゃうし、凄い魔法も使って色んなものを黒焦げにしちゃうからちょっと怖いけど……セリメラお姉ちゃんはそんなことしないから、だーいすき!」
(ちょっと待て)
目の前の大量虐殺から一転、とんでもない情報が飛び出してきたぞ。
デコピンで壁を吹き飛ばす?
色んなものを魔法で黒焦げ?
なんだい、その災害指定モンスターは。
い、いや。スルーしよう。
なんかもうラスボス感がカンストしている長女の評価が出てきたが、今の俺にはとてもじゃないが処理しきれない。
いまはセリメラの殺害予告だけで、俺の精神的キャパシティは完全に限界を迎えているのだ。
中ボスをすっ飛ばして、いきなりラスボスに突撃するような命知らずの勇者にはなりたくないからな。
まずは目前の脅威から、一つずつ確実に対処していくべきなのだ。
「うーん……もういいや」
ヴェーラは尻尾についたアリの亡骸をぱっぱっと払い、背伸びをして言った。
「アリさんは飽きちゃった。別の遊びしよう!」
「いいですよ、なにをしましょうか」
ヴェーラはしばらく考え込んでから、にぱっと笑った。
「お人形さん遊び!」
「……」
昨夜も、仕事中も、そして仕事が終わった後まで。今日は人形から逃げられない一日らしい。
(これも運命かぁ……)
最悪な運命だな。もう人形とは関わり合いたくないが……。
アリを数えるよりは生産的な一日になることを祈りつつ、俺はヴェーラの小さな手を引いて屋敷のなかへと戻った。
♢ ♢ ♢
夕刻、勤務時間が終わると同時に、俺はそそくさと屋敷を出た。
今日に限って、ヴェーラはお昼寝をしなかった。更に、人形遊びはなかなかにハードだった。
「お兄ちゃんの人形がパパ役で、私の人形がママ役ね!」
ヴェーラは無邪気に続ける。
「それでね、このちっちゃい人形が赤ちゃんでぇ」
結局、夕方まで人形遊びに付き合わされた。
俺の人形は七回結婚し、十二人の子供を育て、三度魔王に殺された。
そのたびに「もう一回!」と言われた。
おかげで頭のなかは人形、人形、人形だ。そしてこれから向かう先も、人形である。
「えーっと……この先か」
俺の手にはコッペリアが描いた簡素な地図。風俗街のメインストリートから外れ、細い路地を何度か曲がった先に、その館はあるらしい。
人形風俗館……。
なんてジャンルの風俗だ。聞いただけで変態感がすごい。でも、セリメラお嬢様と仲良くなるためには必要な一歩なのだ。
人形になる方法を学ぶために、人形風俗のプロから教えを請う。……我ながら意味が分からない。
「ここ、か……?」
辿り着いたのは、古びた三階建ての石造りの館だった。
壁には蔦が這い、窓にはレースのカーテンが掛かっている。看板にはドール・ファンタジアと可愛らしい筆記体で書かれ、その下には小さな人形の絵が描かれていた。
他の風俗店のような派手なピンクの照明はない。呼び込みもいない。静かで、上品ですらある。
(普通に可愛い感じの店じゃないか……?)
俺は少しだけ安堵し、扉を押し開けた。
「いらっしゃいませ~♡」
鈴を転がすような声が迎えてくれた。
館の中はファンシーだった。
壁はパステルピンク。床にはふわふわの絨毯。天井からは小さな星形のランプが無数に吊り下げられ、部屋全体が淡い光に包まれている。
壁際の棚には──。
(に、人形……?)
無数の人形が並んでいた。
手のひらサイズの少女の人形。ドレスを着たもの、メイド服のもの、裸にリボンだけのもの。どれも精巧で、可愛らしい顔立ちをしている。
そして、それらはすべて、ほんのわずかに動いていた。瞬きをするもの。首をかしげるもの。小さな手をふりふりと振るもの。
(生きてる……ドール族だ……)
「お兄さま、初めてのご来店ですね♡」
声の主は、カウンターの奥に立っていた。
年のころは十代後半に見える、可愛らしい少女だった。ふわふわの金髪をツインテールに結い、大きな青い瞳をぱちぱちと瞬かせている。
フリルのついた白いブラウスに、水色のスカート。
コッペリアと違って、人間の少女にしか見えない。
もっとも、ここは人形専門店だ。そう見えるだけで、彼女もドール族なのだろう。
「え、えぇ、まぁ……」
「ようこそ、お人形館へ♡ お兄さまは、本日はどのようなオナホ人形をお使いになりたいので?」
俺は硬直した。
「お……オナホ……?」
「はい♡ オナホ人形です♡」
彼女がぱちんと指を鳴らすと、棚の上の小さな人形たちが一斉にこちらを向いた。
こわっ。
最初に立ち上がったのは、手のひらサイズの黒髪のショートカットの少女だった。小さな赤いドレスを着て、両手を腰に当て、胸を張る。
「あたいは口の穴が自慢だよ!お兄ちゃんのおちんぽ、この小さなおくちでじゅぽじゅぽしてあげるんだから!喉の奥がきゅぅって締まって、おちんぽからザーメンがドピュドピュ出てくるまで離さないよ!」
「しゃ、喋った……!」
小さな人形が喋った。
だけど内容が下品すぎる。手のひらサイズの可愛い顔で「ザーメンがドピュドピュ」とか言うな。
「あたいの口マンコ、評判いいんだからね!客が『もう無理、出ない』って泣くまで吸い続けるんだ!あ、でも顔にかけるのは禁止だからな!ドレスが汚れる!」
意外と現実的なこと言い出したぞ……。
すると今度は、隣にいた銀髪のツインテールの人形がむくりと起き上がった。手には小さな魔法の杖みたいなものを持っている。
「わたくしはお股の穴が三段構造になっておりますの。挿入すると、奥に行くほど狭くなって、おちんぽをぎゅうううって締め付けるんですのよ。壊れるまで使い倒していただいて構いませんし、壊れてもすぐに修復できますので、お兄さまの性欲が尽きるまで無限にパコパコできますわ」
お嬢様みたいな口調でめちゃくちゃ下品なこと言ってる……。
俺がドン引きしていると、お嬢様人形は言い直した。
「あら、パコパコでは品がありませんでしたか? では、『子宮の入り口を亀頭でとんとんノックしながら、最奥で精液をどくどく注ぎ込む、子作りを模した生殖行為ごっこ』と言い直しますわ」
「むしろ生々しくなってるのでは……」
どっちにしろ下品だ。それに……生殖行為ごっこ、と言う辺り無機物であることを理解してしまうな。
今度は金髪のポニーテールの人形が棚の縁に駆け寄ってきて、小さな手をぶんぶん振った。
「あたしはお尻の穴がおすすめ! お兄ちゃん、あたしの小さなケツマンコにおちんぽずぼって入れて、好きなだけ突きまくっていいよ! あ、でもローションは多めに使ってよね。あたし、まだお尻開発されてから日が浅いからさ!」
人形たちは次々と起き上がり、口々に自分の売りをアピールしてくる。
「私はおっぱいで挟めるよ! このちっちゃいおっぱいで、お兄ちゃんのおちんぽ、むにむにって!」
「あたしは脇の下が性感帯! ここにおちんぽ挟んで、すりすりすると気持ちいいんだって! 前に試したオーガさん、すぐに出ちゃった!」
「私は髪の毛でおちんぽを縛れるよ! シュルシュルって巻きつけて、根元からぎゅって! ちょっと痛いけど癖になるって評判!」
(なんだこのカオス……!)
棚の上が、小さな人形たちの売り込み合戦で大騒ぎになっている。手を振り、飛び跳ね、自分の体の部位を指差しながら、次々と下品な言葉を叫ぶ。
市場の競りのようだが……競られているのは魚ではなく、彼女たち自身の穴や胸や舌だ。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺は深く息を吸って、受付嬢に向き直った。
「小さいドール族じゃなくて、普通の大きさのドール族の風俗嬢がいいんですけど……」
コッペリアが俺をこの店に行けと言った理由は未だによく分からない。
でも、多分普通のドールの風俗嬢と会って、身体を重ねて理解しろ……ということだと俺は思うのだ。
その瞬間、部屋全体がしんと静まり返った。
「なぁんだ、あたいじゃ不満なんだ……」
「わたくしでは役者不足ですのね……」
「あたしのケツマンコ、ダメだったかぁ……」
小さな人形たちがしょんぼりと肩を落とした。可愛らしいし、なんだか罪悪感が湧いてくるのだが……単語が下品なのでイマイチ同情しきれない。
しかし受付嬢だけは違った。
「……くすっ」
彼女は口元を押さえて、小さく笑った。
「そうですか。普通の大きさのドール族の風俗嬢がよろしいのですね」
「え、えぇ……悪いんですけど……」
「いいえ、いいんですよ」
「でしたら、こちらへどうぞ。お部屋にご案内しますね」
受付嬢はカウンターから出てきて、俺を館の奥へと案内し始めた。華奢な背中を追って、俺も廊下を進んだ。
廊下は薄暗かった。
さっきまでのファンシーな館内とは打って変わって、照明は落とされ、壁には重厚なカーテンが掛かっている。
足音がやけに響く。カウンターの賑やかさが嘘のような静けさだった。
(なんか、ホラーになってきたぞ……)
さっきの受付嬢の笑い方が、やけに耳に残っている。もっとこう、含みのある、何かを知っている者の笑い方だった。
俺は彼女の後ろ姿を見つめながら歩いた。
「ところで、お兄さま」
廊下の途中で受付嬢が不意に口を開いた。歩きながら、こちらを見ずに。
「お兄さまは、どこでこのお人形館を知ったのですか?」
「え? あぁ……」
俺は素直に答えた。
「コッペリアさんの紹介で」
その瞬間だった。
ぎぎぎぎぎっ。
前を歩いていた受付嬢の首が、百八十度回転した。
身体は前を向いたまま首だけが後ろ向きに回り、俺を見上げている。
「────っ!?」
心臓が止まるかと思った。
「コッペリア……の……?」
彼女はゆっくりと口元を持ち上げた。
「あの子が……紹介を……?」
「あの……」
「そう……うふ……うふふふ……」
「な、なんで笑ってるんですか……?」
怖いんだが。
笑い声が薄暗い廊下にこだまする。
うふふふ、うふふふ。
可愛らしい声なのに反響すると不気味さが五割増しになる。せめて首を元に戻してから笑ってほしい。
「コッペリアったら、この場所を紹介するなんて珍しいこともあるのね」
「は、はぁ……」
「お兄さまのことが気に入ったのかもね?」
気に入られた、のか?
「ニンゲン……コロス……」と言われ、「ゴミみたいなスキルしか持ってなさそうな顔」と言われ、「人形に欲情する異常者サン」と呼ばれたのに?
これが気に入られている状態なのだろうか。だとしたら、嫌われたときはどうなるんだ。
いや、考えるのはよそう……。
「それじゃあ……」
彼女は首をゆっくりと元に戻し、再び前を向いた。
「とっておきの子をご紹介しないとね……」
そう言って、彼女は廊下の突き当たりの扉の前で立ち止まった。
白い木の扉には、花のリースが掛けられている。見た目は相変わらず可愛らしいだ。でも、いまはその可愛らしさが逆に不気味だった。
「どうぞ、お兄さま。お楽しみはこれからですわ」
ぎぃ……と扉が開く。
部屋の中は──。
「おぉ……」
思わず声が漏れた。
そこは、まるでおとぎ話の一幕のような部屋だった。
壁紙は淡い桜色。天井からは無数の小さな星形のランプが吊り下げられ、部屋全体がぼんやりと温かい光に包まれている。
床にはふわふわの白い絨毯。壁際の棚には、色とりどりの小箱や、リボンや、ぬいぐるみが整然と並べられていた。
部屋の中央には天蓋付きの大きなベッド。
ここだけ切り取れば、お姫様の寝室だと言われても信じる。
でも。
「……」
ベッドの上に、誰かが座っていた。
いや、誰かではない。
可愛らしい少女の姿をした、等身大の人形だった。
肩までの銀色の髪。陶器のような白い肌。紫水晶のような大きな瞳。フリルたっぷりの白いドレスを着て、両手を膝の上に揃えて、ちょこんと座っている。
おとぎ話から抜け出してきたような、精巧で美しい人形だった。
コッペリアより少し小柄だろうか。でも、同じような雰囲気を感じる。
その人形が──。
ぎぎぎ、と。
ゆっくりと顔を上げた。
紫水晶の瞳が、俺を捉える。
口が、小さく開いた。
「いらっしゃいませ……お兄さま……♡」
コッペリアとは微妙に違う。もっと、たどたどしい。
そして彼女はドレスの裾をそっと持ち上げ──。
「私のコト……好キナヨウニ……使ッテ……♡」
俺は唾を飲み込んだ。