【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
俺は一つ咳払いをして、コッペリアの部屋の扉をノックした。
「ドウゾ」
中からかすかな声が聞こえた
俺は息を吸い、扉を開けた。部屋の中央には椅子。そして、コッペリアはその椅子に人形のように座っていた。
両手を膝の上に揃え、背筋を伸ばし、硝子の青い目は虚空を見つめている。
裂けた口も逆方向に曲がった関節も、いまはどこにもない。綺麗なだけの無垢な人形だ。
……見た目だけは。
「人形風俗館に行ってきました」
俺は前置きなしに切り出した。眠いし、長話をする元気はない。
「へぇ」
コッペリアの首が音を立ててわずかに傾いた。
「カリオペという方に会って。それで、色々と話して遊んで」
「……カリオペに」
コッペリアの声が、ほんの少しだけ揺れた。気のせいかもしれない。彼女の顔は相変わらず無表情で、硝子の目は何も映していないように見える。
「カリオペさんと姉妹だって聞いたんですけど」
コッペリアの動きが、ぴたりと止まった。
「カリオペが……ソウ言ってたんデスか」
彼女の声が、急に冷たくなった。さっきまでの棒読みとも違う、もっと深いところから響くような声音だった。
「カリオペは元気デシタか」
「えぇ。まぁ、関節油が切れかけてましたけど」
「あの姉は、昔カラ手入れが雑なんデス」
姉。
その言葉が妙に人間くさくて、俺は少しだけ驚いた。ドール族の姉妹関係は人間のそれとは違うとカリオペは言っていたけど、いまの「姉」には、たしかに妹のような響きがあった。
「カリオペは、私と違って優しいカラ」
コッペリアは窓の外を見つめながら、静かに言った。
「勇者に姉妹を皆殺しにサレテも、恨んでナイ。私は許せなカッタ。今デモ、ユウシャという存在が憎イ」
コッペリアは自分の手を見つめた。陶器のように白い両手を開いたり閉じたりする。
「ソリャア、私モ天使を殺シテきたカラ、オアイコって言われレバそういウコトデスケド……」
……天使?
こいつ、今なんて言った?……天使を殺した……だと?
「デモ、戦争ナンダシ殺すノハ仕方ないシ、殺さレルのも仕方ないってイウカ、現場の人間からすレバお互い様デショウ? デモ、ソレは分かってるけど心の整理が付かないってイウカァ」
天使と戦争ってなんだよ。お前は悪魔軍にでも所属してたのか?
昨夜の化け物じみた外見や言動を思い出せば、こいつが邪悪な軍勢の先陣を切って神の使いと殺し合いをしていたと言われても、「まあ、そうだろうな」とは思うが。
(この話を掘り下げるのは危険すぎる……! )
なんだかこれ以上聞いたらやばいことになりそうなので、俺は慌てて話を戻すことにした。
「と、ところで!人形のフリをしたいんだけど、どうすればいいですかね!?コッペリア先生!」
俺はわざとらしく声を張り上げた。話題をそらすためでもあるが、わりと切実でもあった。
セリメラの部屋に行く前に、最低限の人形スキルを身につけておかないと。
「……先生?」
コッペリアの首が、音を立ててかくんと傾いた。
「ワタシが……先生……?」
彼女の声が、さっきまでの怨念じみた重低音から変化した。語尾がかすかに浮き上がっている。
表情こそ変わらないが、背筋だけがわずかに伸びた。
「えぇ、そうです。人形のプロは先生しかいませんから」
本音を言えば、こんな殺戮兵器ではなく、優しくてエロいカリオペの個人レッスンを強く希望したいところなのだが……。
流石に彼女を風俗街からテイクアウトするわけにもいかないので、今は目の前のモンスターを全力でヨイショするしかない。
「フン」
コッペリアは腕を組み、得意げに鼻を鳴らした。
「シカタナイですねェ。ソンナに言うなら、特別に教えてヤリマス」
(すごい乗り気だ)
これは間違いなく、機嫌が良くなっている。先生と呼ばれて嬉しいらしい。
……意外とチョロいのでは?
コッペリアは壁際に置かれていた予備の椅子を引きずり、自分の椅子の隣へ並べた。
「では、まずは姿勢からデス」
コッペリアは俺の正面に立ち、自分の身体を指で示した。
「背筋を伸ばシテ」
「はい」
「肩の力を抜イテ」
「はい」
「その間抜けな顔面をヤメテ」
「人間の顔を間抜け呼ばわりしないでくれます?」
「事実デス。間抜けな顔が間抜けと言われて怒るのは、間抜けの証拠デス」
なんだそれは。理屈になってないだろ。でもコッペリアは至って真面目な顔で腕を組んでいる。硝子の目は冗談を言っているようには見えなかった。
「とにかく、顔から余計な表情を消シテ。あなたの顔は間抜けすぎマス。視界に入るだけで不快指数が跳ね上がルというか、純粋にイライラしてクルっていうカ……」
「指導の範疇を超えて、ただの悪口になってません?」
それ以上文句を言うと練習が進まないので、大人しく口を閉じた。
顔から表情を消す。無になる。俺はいまから量産型タクミ・ドールだ。
彼女は俺の周りを一周し、値踏みするようにじろじろと眺めまわした。
「ウーん……」
「な、なんですか」
「なんカ違ウんデスよねぇ」
「違う?」
「もっと人形らしくですネ……あァ、ソウだ。呼吸を完全に止めてクダサイ」
「そんなことできるわけないだろ!」
俺の即答に、コッペリアは首をかくんと傾げた。こういうときの仕草だけは妙に可愛らしいから困る。
「コッペリア先生、あのですね、人間は呼吸を完全に止めたら死ぬんですよ」
「知ってマスよそんなコト。馬鹿にシナイデくれマス?」
知っていて命じたなら、演技指導の顔をした完全な殺意である。
ナチュラルに生物学的な死を要求してくるこの殺戮ドールを先生と呼んだのは、やはり致命的なミスだったのかもしれない……。
「とにかク、もっと根性を出しテ。中途半端な真似をしたら、一瞬で見破られて殺サレマスよ」
「え? 殺される……?」
俺の手がぴくりと動いた。
「ちょっと待ってください。セリメラ様って虫も殺せないような優しい方なんですよね?」
「虫は殺せナイでショウね」
「じゃあ人間も──」
「人間は殺せると思いマスよ」
「どういう価値観やねん!」
虫より人間のほうが殺しやすいと思っているのか。それとも虫は殺す価値もないが人間は殺す価値があるということか。どちらにせよ、俺の命が危うい。
「とにかク、真面目にヤっテくだサイ」
「……はい」
一時間ほどみっちりと人形指導を受けたあと、俺はぐったりと床に座り込んでいた。
息を殺し、表情筋を死滅させ、関節の可動域を制限する。精神と体力がゴリゴリと削られていく。
人形のフリをするというのは、想像を絶するほどカロリーを消費する重労働だった。徹夜明けの身体にはキツすぎる。
「まぁ、ソレでいいデショウ」
「ご、合格ですか?」
「及第点デス。アトは実戦で慣れてクダサイ」
実戦で慣れろとはどういうことだ。本番一発勝負か。落ちたら死ぬのか。
「思春期デスカラネェ。扱いの難しいお年頃デス。ミスをしたら殺されマスヨ」
思春期、関係あるかなぁ。
ただでさえ扱いが難しい年頃の令嬢に、勝手に人形のふりで近づいたとバレたら、そりゃあ怒るだろうが……。
でも、だからといって即・殺害は飛躍しすぎじゃないか。普通の思春期はそこまでいかない。
俺がそんなことを思っていた時だった。
不意に、コッペリアが呟いた。
「セリメラさまは化け物ヘビ野郎の血を引く御方ですからねぇ。あの歳でとんでもなく強いし……」
「えっ?」
いま、なんて言った?
「化け物ヘビ野郎……?」
「エェ。化け物一族デス。あの一族はみんな頭がおかしイ。正気の沙汰とは思えなイ。ワタシがこの屋敷に囚われてるのも、エゼルディアの先祖のせいで──」
(ちょっと待て)
俺は心のなかでストップをかけた。
顔が裂けて、首が百八十度回転して、関節が逆方向に曲がって、「ニンゲン……コロス……」と唸るコッペリアが──化け物呼ばわりしているだと?エゼルディア家を……。
(それもうラスボスだろ……)
エゼルディア家の戦争の話を思い出す。以前、風俗街でゴルドンたちが言っていたような……?
「ち、ちょっとコッペリア先生? その話、俺の死活問題に関わるのでもう少し詳しく──」
その時だった。
しゅるるるる……。
廊下の向こうから、鱗が床を擦る音が聞こえた。
「!」
蛇の尾を引きずるような、優雅でいてどこか不気味な音。
昼間、ヴェーラが廊下を這うときの音とも、メディが掃除をするときの音とも違う。
もっとゆっくりで、もっと静かで、それでいて空気を張り詰めさせるような──。
「……! セリメラさまが来マスヨ!」
コッペリアの声が、突然切迫したものに変わった
「早く息を止メテ!心臓モ止メテ!」
「死ぬだろうが!?」
こんなくだらないやり取りをしている場合じゃない!
扉の向こうから、鱗の這う音がどんどん近づいてくる。
俺とコッペリアは同時に部屋の中央に飛び戻り、即席の人形ポジションについた。
背筋を伸ばし、両手を膝の上に揃え、息を限界まで浅く抑える。コッペリアの隣で、完全に動かない人形になりきっていた。
(頼む……バレないでくれ……)
俺は必死に祈った。
コッペリアの言う化け物というのが本当ならば、俺は間違いなく殺される。
【体力+1】ではどうにもならない。+1000くらいあればワンチャンあるかもしれないが、あいにく俺のスキルは+1だ。
ぎぃ……。
扉が開く。
俺の視界の端に、長い尾が映った。深い漆黒の鱗……シェリル夫人とも、ヴェーラとも、メディとも違う。
闇を溶かしたような、光を吸い込むような黒。
尾はゆっくりと床を這い、部屋のなかへと入ってくる。
そして──。
「?」
黒い尾の動きが止まった。
長い黒髪。病的なまでに白い肌。縦長の瞳孔。歳のころはヴェーラよりずっと上だ。線の細い身体つきで、指先までしなやかだった。
化け物どころか……そこにいたのは線の細い……一人の美少女だった。
(……普通の可愛いラミアの少女じゃないか)
俺は息を呑んだ。心臓が跳ねるのを必死で抑える。
人形だ。俺はいま人形だ。
心臓は止まっているし、呼吸もしていない……。
なお、実際にはどちらも元気に稼働中だが、誰がなんと言おうと俺は人形なんだ。
「……?」
彼女──セリメラは俺をじっと見下ろしていた。
長い睫毛が一度、ゆっくりと瞬いた。二又の舌が、ちろりと空気を舐める。
そして。
彼女は口を開いた。
「新しい……人形……?」