【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
夕暮れ時のエゼルディア邸、門の前。
俺とボルンは組み立て式の簡素な椅子に腰掛け、七輪を囲んでいた。七輪の上では小さな焼き魚がじゅうじゅうと煙を立て、風に乗った脂の香りが門の周辺に漂っている。
「うーん……どうすればいいんだろう……」
俺は手にした小さな杯を傾けながら、深いため息をついた。酒の口当たりがよくてつい杯が進む。
「随分悩んでるじゃないか」
ボルンがからからと骨の顎を鳴らしながら笑った。指で摘まんだ焼き魚を口に運ぶが、骨だけの身体なので咀嚼したそばから食べかすが肋骨の隙間をすり抜けて、ぽろぽろと地面へ落ちていく。
俺はそれを見なかったことにした。
(こんな程度でいちいち突っ込んでたら、俺はこの世界で到底生きていけない)
スケルトンが魚を食べて地面に零すくらい、この世界では日常の延長線上にある。
「セリメラお嬢様のことが、そんなに気にかかるか?」
「そりゃあ気になりますよ。思春期の娘がずっと部屋にこもってるなんて、健全じゃないでしょう」
風俗に通いまくる俺が健全を語る資格があるかはひとまず置いておくとして……彼女の状況は異常だ。
日の光に当たらず、家族とも顔を合わせず、人形だけを相手に日々を過ごす。それが何年も続いている。
それに──。
「このまま人形のふりを続けてたら、俺もコッペリアもそのうちセリメラお嬢様に粉々にされるかも……」
俺はここ数日、人形のふりをしてセリメラの部屋で任務を続けている。ペペロンチーノ二世……温かくて何も喋らない人形として。
彼女に気に入られたのはいい。尾を巻きつけられ、肩に頬を寄せられ、独り言の聞き役になる日々だ。
だが、問題は彼女の尾である。
鉄の箱をぐにゃりとへし折る破壊力を備えた尾が無邪気に俺の身体を叩きつける。
だが、その無邪気さが凶器だった。嬉しくなると蛇の尾でばしばし叩く。抱きしめる力が強すぎて、みしりと肋骨が軋む。
セリメラに悪気はないのに、俺とコッペリアの耐久値はじわじわと削られていった。
コッペリアに関しては、正直なところ全壊してほしい気持ちもある。しかしあいにく意外と丈夫で、一晩経つとケロリとしている。人形のくせに再生能力が高いらしい。
タクミ人形の立場を利用して、セリメラに甘言を弄し「そこの古い人形、そろそろ処分しません?」と誘導できれば最高なのだが……。
(喋った瞬間、殺される……)
人形だから喋れない。口を開いた瞬間にセリメラに尾で処刑されるだろう。
「コッペリア? あぁ、あの人形、まだ動いてるのか……」
ボルンが杯を傾けながら、しみじみと言った。
「あの化け物が、今や思春期のお嬢様の遊び相手ねぇ……まぁ、それも因果応報か」
骨の指が杯を弄ぶ。眼窩の奥の燐光が、ゆらりと揺れた。どうやら彼は、コッペリアのことをよく知っているらしい。
「ボルンさん、コッペリアに詳しいんですか?」
「詳しいっていうか……」
ボルンは骨の手で自分の頭蓋骨をがりがりと掻いた。
「俺が昔、ヤンチャしてた頃に戦ったというか……まぁ、昔の話さ」
ヤンチャ。
たぶん、いま彼が口にした「ヤンチャ」という単語は、現代日本で言うところのヤンチャとは根本的に意味が違うのだろう。
グレーゾーンの不良行為ではなく、真っ黒な殺し合いかもしれない。
「俺ってさ、見た目は……ほら、正義の側っていうか、光の使者って感じじゃん」
……?
俺はまじまじとボルンを見つめた。
フルアーマーに身を包んだ、身長二メートル超の巨大な骸骨。眼窩の奥には青白い燐光。
どちらかと言えば──いや、どこからどう見ても、コッペリアと同じ陣営に属する邪悪な存在にしか見えない。
ゲームだと「クカカカ!」とか鳴き声あげながら勇者を襲ってきそうな敵っていうか、触れた瞬間に戦闘が始まりそうっていうか……。
「そうですね……終盤に出てくるボスっぽい神々しさを感じるというか……ラスボス手前の壁、みたいな感じで……イカしてると思います」
「なんじゃそりゃ?」
ボルンは骨の眉をひそめたが、あまり気にした様子もなく話を続けた。
「まぁ、それはともかく。コッペリアは俺と違ってとんでもない奴でな。手あたり次第に襲う化け物だったんだ」
手あたり次第に襲う化け物。俺はコッペリアの裂けた口を思い出して身を震わせた。
「ど、どうしてそんな危険物を討伐しないんです?」
「討伐しようとしたさ。でもな、討伐隊がみんな──」
(やばい!)
セリメラの相談をしていただけなのに、いま、とんでもなく危険な昔話が掘り起こされようとしている。
コッペリアが何をやらかしたか。どれだけの屍を積み上げたか。
そんな話をうっかり聞いてしまったら、明日からあいつの顔をまともに見られなくなる。
いや、ヤベー奴なのは重々承知しているし、すでにまともに見られてはいないが……これ以上はまずい!
俺の表情筋は正直だから、コッペリアの前に立つたびに「ふ、ふひひ……さーせん……」みたいな変な笑い方で動揺してしまい、あいつの顔が裂ける前に俺の心が裂ける。
俺は慌てて酒瓶を掴んだ。
「あ、そういえばぁ! 言い忘れてたんすけどぉ! この酒、ポンコさんのオススメなんですよ! 空になってるし、さぁもう一杯グイっと!」
「え? お、おう……」
急に話が変わったことに骨の眉をひそめつつも、ボルンは差し出された杯を受け取り、こくんと飲んだ。
焼き魚と同じく、液体は顎から垂れ落ちてそのまま骨盤のあたりを通り抜けて地面に染み込んでいくのだが──。
「うーん……こりゃいい酒だ」
ボルンは眼窩の燐光をぱあっと輝かせた。
「こんな上等な酒を買うなんて、気前がいいじゃないか、タクミ!」
「そうでしょうそうでしょう。ささ、パイセンもう一杯」
俺はボルンの杯に酒を注ぎ足しながら、小さく笑った。
実は先日、給料日だったのだ。それだけじゃない。シェリル夫人が「セリメラの相手をよくやってくれている」と、危険手当──もとい特別手当を上乗せしてくれたのである。
ヴェーラの子守に加えてセリメラの人形役までこなしていることを、ちゃんと見ていてくれたらしい。太っ腹な雇用主だ。
おかげで俺の懐は温かい。ガルナにせびられまくって一時はすっからかんだった財布も、いまは銀貨がじゃらじゃらと音を立てている。
金が入った直後の俺は気前がいい。つい酒も奮発してしまうというものだ。
「しかしお前さん、なんでそんなに必死なんだ?」
ボルンが杯を置き、骨の指を顎に当てた。
「給料さえ貰えれば、あとは適当にやり過ごしてもバチは当たらんだろう。エゼルディアに縁があるわけじゃあるまいし」
「……まぁ、そうなんですけど」
俺は焼き魚をつまみながら、少し考えた。
「部屋にこもって、人形だけを相手にして……そういう生活って、やっぱり寂しいじゃないですか」
あのとき見たセリメラの顔を思い出す。
手紙を捨てたことを「可哀そうかな」と気に病んで、でもどうすればいいか分からなくて、人形に「わたし、どうすればいいのかな」と問いかける。
誰にも届かない声で。
「放っておけないっていうか……まぁ、俺が言うと説得力ないですけど」
風俗に通いまくるダメ人間が、思春期の引きこもり令嬢を心配する。自分でも笑える話だ。でも、そう思ってしまったんだから仕方ない。
「……そうか」
ボルンは骨の手で杯を弄びながら、燐光を細めた。
「だけどよ、タクミ。あんまり気負い過ぎるな」
「え?」
「根深い問題ってのは一朝一夕で治るもんじゃねぇ。それにお前さんが焦ったら、相手にも伝わる。それじゃ本末転倒さ」
ボルンは杯をぐいと傾け、酒を口の奥へ流し込んだ 。
「お前はちゃんとやってるよ。人形としても、ベビーシッターとしても、ちゃんと勤め上げてる。屋敷の連中も評価してる。アゼルも、料理長も、奥様も……」
「ボルンさん……」
「だから、たまには息抜きしろ。人生っていうのはな、肩の力が抜けた時に、案外うまく転がるもんだ。お嬢様だって、そのうち自ずと部屋から出てくるさ。焦ることはねぇ」
俺は黙って杯を見つめた。
ボルンの言うとおりかもしれない。焦ってどうにかなる問題じゃない。セリメラの部屋に通い、人形のふりを続け、少しずつ彼女の声に耳を傾ける。
それがいまの俺にできる精一杯だ。
「……あ、そうだ」
ふと、ボルンが骨の指を鳴らした。
「気分転換に、面白い風俗店を教えてやるよ」
「風俗店ですか?」
「あぁ。お前、スライム族の店には行ったことあるか?」
「いや、まだないです。看板は見たことありますけど」
「スライム風俗館はな、なかなかいいぞ。お前みたいに凝り固まってる人間には特にな」
ボルンは興奮したように語り始めた。
「スライムはな、相手の好みに合わせて自在に変形できるんだ。尻を揉みたい客にはむっちりした尻を、胸に埋もれたい客にはたわわな胸を、細身の脚が好きならつるりとした脚を。注文に応じて、なんだって形にできる」
「へぇ……面白いですね」
スライム……か。たまに風俗街にゼリーみたいな物体がぷよぷよ揺れてるのを見たことがあるが……あれがそうなのかな?
しかし人型になって、しかもそれとエロいことをするって……なんか想像がつかないな。
「場所は風俗街のメイン通りのちょっと外れだ。スライムパラダイスって看板が出てる。値段も手頃で、接客も丁寧だ。試しに行ってみろ。たまには性癖を開拓するのも悪くない」
「……そうですね。今度行ってみます」
もしかしたら気晴らしになるかもな。
俺は七輪の網の上で、こんがりと焼けた魚をひっくり返した。脂が滴り、炭の上で小さな炎が揺らめく。風が薬草園の薄荷の香りを運んできて、煙と混ざり合った。
その時だった。
「あのー」
七輪を囲んで酒とつまみを楽しんでいる俺たちの背後から、声がした。
「何してんスか、アンタら」
振り返ると、そこにはムカデの下半身をくねらせたキリアが立っていた。
「おう、キリアじゃねぇか」
ボルンが気さくに骨の手を上げた。
「キリアさん。どうしたんです、こんなところで」
俺がそう言うと、彼女はさらに眉をひそめた。無数のムカデの脚が落ち着きなく地面を踏み鳴らしている。
ゴキブリを平然とバリバリ咀嚼する女に困惑されるとは……俺たちは相当な絵面を晒しているらしい。
はて、一体なにが……?
「それはこっちの台詞っス! なんで門の前で酒盛りしてんスか!」
あぁ、そういうことか。
たしかに、貴族の館の門前で組み立て椅子を広げ、七輪で魚を焼き、空き瓶を転がしながら杯を傾けるという絵面は……一見するとだいぶおかしい。
しかし、だ。
「キリアさん、時計を見てください」
「はぁ……?」
俺が促すと、彼女は首を傾げながら自分の腕時計に目を落とした。時刻は夕方と夜のちょうど境目。
昼組の勤務が終わり、夜組がまだ動き出す前の、ほんのわずかな空白地帯。
ボルンが骨の指を立てて言った。
「今は昼組が退勤し始める時間……だが、まだ夜組が動き始める前の時間でもある……」
俺が深く頷く。
「黄昏時ってやつですね」
「そうだ。つまり、この僅かな時間は……俺もタクミもフリーなんだ。だからここで酒盛りをしても許される」
自信満々に言い切ったボルンに、キリアはまばたきを繰り返した。彼女の脳内で、いまボルンの詭弁が可否判定されている。
「そ、そうなんスか? 問題ないの……?」
「そう、問題ないんです。俺たちはただ、フリーの時間を使って友人同士飲んでるだけなんですからね」
「問題ない……そっかぁ、問題ないんスねぇ!」
キリアが顔を輝かせた。
俺たちは満面の笑みを浮かべた。
──良かった、キリアが馬鹿で。
仕事外だろうがなんだろうが、貴族の館の門前で七輪を囲んで酒盛りをするのが問題ないわけがない。
今のは単なる詭弁である。仮にシェリル夫人に見つかったら、俺の特別手当は秒で消し飛ぶだろう。
ではなぜ俺たちがこんな場所で飲んでいるのかというと、人間とアンデッドという生活リズムの合わない二者がどうにかして酒を飲みながら話す方法を模索した末に、この黄昏時の隙間を突くという結論に至っただけだ。
友情って素晴らしい。
「じゃあアタシも飲もうかな~!」
「お、いいですねぇ」
「おう、飲め飲め! つまみもあるぞ!」
キリアは七輪のそばに器用にムカデの身体を折り畳んで座り込み、杯を差し出してきた。俺は彼女の杯に酒を注ぐ。黄金色の液体がとくとくと満たされていく。
(参加人数が多いほど、万が一バレた時の責任が分散される……)
俺は内心でほくそ笑んでいた。これでキリアも共犯だ。全員で怒られれば怖くない。
「この酒うめぇ~ッス! あ、ボルン先輩! この七輪でゴキブリも焼いていいっスか?」
キリアがポケットから取り出したのは、まだ足をばたつかせている生きたゴキブリだった。
なぜ常に持ち歩いているのか?なんのために?まさかおやつか?
「ははは、網に乗せたら殺すぞ」
ボルンが眼窩の燐光をぎらりと光らせた。笑っているが、眼窩なので表情が読めない。本気かもしれない。
「えぇ~、ケチ~」
キリアは口をとがらせたが、ゴキブリをポケットにしまった。生きたまま。
ポケットのなかで今ももぞもぞ動いているのかと思うと、俺は彼女のポケットに絶対に手を突っ込まないと固く誓った。
そうして暫く。
酒が進むにつれて、キリアの呂律がだんだん怪しくなってきた。
「タクミィ~♡」
彼女は俺の肩にもたれかかり、ムカデの無数の脚で俺の腕をがっしりと絡め取ってきた。ひんやりとした外骨格の感触と、ちくちくとした脚先の刺激が同時に腕を這う。
「あの、キリアさん。ムカデの身体で巻きつくのやめてもらえますかね」
ムカデの足って毒とかないよな?まぁ、足は大丈夫だと仮定して……ムカデだし嚙まれたらやばいのは明白だ。
キリアのサイズ的に、噛まれた瞬間に即死レベルの毒が回るのは確実だろう。
「タクミってばぁ、最近モテモテっスけどぉ……誰にするんスかぁ?♡」
しかしキリアは酔っぱらっており、俺の心配など知ったことではないらしい。
「メディ先輩とぉ、ヴェーラ様とぉ、セリメラ様とぉ……みぃんな手籠めにしちゃってぇ……ぎゃはは! どんだけラミア好きなんすかぁ!」
「手籠めって、人聞きの悪いですね……」
メディに関してはあながち間違いではないので反論しづらいが、ヴェーラとセリメラに至っては完全に濡れ衣だ。
ヴェーラはただ体温を求めてくる無邪気な幼児だし、セリメラに至っては俺のことを人形だと思っている。手籠めどころか生命体として認識すらされていない。
「そうだぞ、タクミ。色んな女に手を出すのはよくないぞぉ……」
ボルンもだいぶ酔いが回ってきたらしく、骨の指をふらふらと揺らしながら説教モードに入った。
酒はほとんど地面に落ちてるのにどうやって酔ったのかは……考えないでおこう。
「誰か一人にしないとなぁ……ラミアは執着心が強いからなぁ……三人に三方向から尻尾で引っ張られたら、身体が裂けるぞぉ……」
ボルンの口調があまりにも真に迫っていたので、俺は本気で不安になった。
鉄の箱を一発でぐにゃりとへし折る尻尾が三本、それぞれ別の方向から俺を引っ張ったら……想像したくない。骨がバラバラになるどころか、分子レベルで分解されそうだ。
俺はボルンの忠告を、単なる面白くないスケルトン・ジョークだと思うことにした。彼のジョークはスベっているんだ。うん。
「あ、もしかして……別に好きな人がいるとかか?」
ボルンが杯を傾けながら、ずいと顔を近づけてきた。
「えっ……好きな人……?」
キリアの両目が爛々と輝いている。ゴシップの匂いを嗅ぎつけた若者の本能か。
「あ……もしかして……アタシっスか……!?」
「それはないです」
俺は即答した。爽やかなまでの即答だった。
上半身だけ見れば素直に可愛いのだが、ゴキブリを咀嚼する女性は申し訳ないが恋愛対象に入らない。あとムカデの下半身が怖い。
あまり俺を舐めないで欲しい。落ちぶれても俺は勇者なんだ。間違っても一線は越えない。
どれだけ誘惑されても、キリアだけはない。
「そうならそうと言ってくれればいいのに~♡ おっぱいくらいなら見せてあげるッス~♡」
「マジですか!? オナシャス!!」
瞬間的に返事をしてしまった。
(ちくしょう、俺はどれだけ間抜けなんだ!)
おっぱいという単語で態度が百八十度変わった。キリアはない。でも、おっぱいは見たい。風俗に通いまくる男の性だ。こればかりはどうしようもない。
「んふふ~♡じゃあ……もっと飲ませてくれたらぁ、暑くて服脱いじゃうかもっス~♡」
酔いのせいか、それとも薄暗さのせいかのせいか、キリアが妙に可愛く見えてきた。
口の端からゴキブリの足がはみ出ているような幻覚が見えた気がするが、気のせいだろう。きっと気のせいだ。
俺がふらふらとキリアの胸元に顔を近づけた、まさにそのときだった。
「──あなたたち」
「えっ……」
小さくて鋭い声が背後から突き刺さった。
キリアは固まっている。ボルンは眼窩の燐光を一瞬で消し、完全な骸骨に戻っていた。
俺が振り向くと、そこに立っていたのは──。
ちっちゃなゴーストメイド。
幼い少女の姿。白いメイド服を着て、両手を腰に当て、半透明の頬をぷっくりと膨らませて、ぷかぷかと地面から浮いていた。
夜間メイド長だった。
ぱちっ。
七輪の炭が爆ぜる音だけが大きく響いた。さっきまであんなに賑やかだった門前が、嘘みたいに静まり返っている。
「なにしてるのかな?すっごい煙上げて」
彼女の半透明の額に、うっすらと怒りの血管のようなマークが浮き出た。ゴーストにも血管って通ってるんだ。初めて知った。できれば一生知りたくなかったが。
「主犯はボルンさんです」
俺は即答した。大脳を経由する暇すらなかった。
「いや、悪いのはタクミだ」
ボルンも即答した。彼に大脳はないので脊椎反射……いや、骨髄反射……?
「この二人が諸悪の根源ッス」
キリアも即答した。さっきまで酔ってとろけていた顔が、完全な真顔にリセットされている。
互いの指が伸び、互いを指差す。
さっきまで一緒に酒を酌み交わし、「友情って素晴らしい」などと心のなかで感動していたはずなのだが……おかしいね。
夜間メイド長は俯いてプルプルしている。
すごい、うつむいていたら普通は顔は見えないはずなのに、透けているから怒りの表情が丸見えだ。ゴーストの神秘だ。
……なんてしょうもないことを考えてる場合じゃない!
やばい……!非常にやばい!
だけど俺には最強の言い訳があるんだ……!
「夜間メイド長! 今は黄昏時であります! 勤務時間外に何をしても規則には……」
「夜組のシフトがまだ始まってないから問題ないって言いたいの?」
「そ、そうです!」
「じゃあ、私はなんでここにいるの?」
夜間メイド長は懐から小さな懐中時計を取り出した。
ぱかっ。
文字盤が俺たちの前に晒される。
「夜勤開始時刻、とっくに過ぎてるけど」
結構過ぎていた。というか、だいぶ過ぎていた。酒盛りが楽しすぎて、時の流れを完全に見失っていた。
楽しい時間は過ぎるのが早いと言うが、これはもう時間が飛んでいたレベルだ。
「夜間メイド長! 門番であるボルンさんが時間管理を怠ったのが、今回の事態のすべての元凶です!」
「ば、馬鹿野郎! 誘ったのはお前だし、酒もお前が買ってきたもんだろうが!」
「アタシはただ通りかかって誘われただけッス! タクミなんて、アタシの胸チラ目的で酒をガンガン注いできた卑劣なセクハラ野郎ッス!」
「な、なにを言っているんだ君たちは! メイド長! こいつら全員、罪を認めてません! 特にボルンさんなんて反省の色すら見えない! だって顔が骨ですよ! 表情筋がない!」
ギャーギャーと騒ぎ立てる俺たちの声が、夜の門前に響き渡る。
「言い訳しない!!!!」
腹の底から響くような大声が門前に轟いた。
空気がびりびりと震え、七輪の炭が跳ねる。
「門の前でー! 七輪置いてー! 魚焼いてー! 酒盛りしてー! なにが問題ないんですかー!!」
声が物理的な衝撃波みたいになって俺たちを叩きのめす。
「ボルンさん! あなたは門番でしょ! 門番が門の前で飲んでどうするんですか! この門、誰が守るんですか! 泥棒が来たらどうするんですか! 泥棒もびっくりですよ! 骸骨が七輪で魚焼きながら『いらっしゃい』とか言ってたら!」
骨が、がたがたと鳴った。恐ろしい見た目の骸骨戦士が、可愛いゴースト少女の声に完全に怯んでいる。
「キリアさん! あなたもあなたですよ! 仕事中にゴキブリ食うわ、廊下に食べかす散らかすわ、しかも今夜は門で酒盛りまでして!」
「ご、ごめんなさいッス……」
「タクミさん! あなたが元凶でしょう! 特別手当が出たって噂で聞いたけど……すぐ散財する! 風俗に行く! 酒を買う! 若いからって調子に乗ってると、あっという間に人生終わるんだから! 私は何人もそういう若者を見送ってきました! 全員、今はもう老衰で死んじゃったけど!」
最後の言葉はしんみりするところなのだろうか?それとも笑えばいいのか?
──そのあとも、説教はエスカレートの一途を辿った。
昼組の規律、夜組への迷惑、ボルンの職務怠慢、メディとの関係、果ては「若い世代はだらしない」という数百年スパンの総論にまで話は広がった。
長い……。
本当に長い。
ボルンは骨を震わせ、キリアは白目になりつつも手で耳を塞いでいる。
(……にしても)
ふと、目に入った。
説教を受けるキリアの姿。
無数の脚がもぞもぞと動く……のは見ないことにして。白い服越しに、胸がぷるんと揺れている。
(おっぱい……見たかったなぁ……)
その時、視界が白んでいった。
どうやら俺の意識は限界を迎えたようだ。
夜間メイド長の声が、どんどん遠ざかる。
「聞いてるんですか! タクミさん! タクミさん! あ、こら! 起きなさい! 目を開けなさい! ああもう! 倒れるまで飲むなんて、みっともない! この、この──」
最後に聞こえたのは、ため息だったか、怒号だったか。
俺は意識を手放した。