【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
風俗店の暖簾をくぐって外に出ると、外の空気が妙に清々しく感じられた。
空は茜色に染まっている。どうやら、結構な時間をあの部屋で潰していたらしい。
ラフィエルは最後、「また来てね……絶対よ」と、もはや営業トークなのか本音なのか判別不能な台詞を残し、ぐったりしたまま手を振っていた。
彼女の腹には精液がまだたっぷりと収まっているはずだ。いや、溢れてシーツを駄目にしたか。どちらにせよ、俺の【体力+1】が異世界で初めて役に立った瞬間だった。
店を出てしばらく歩くと、見覚えのある影がふたついるのに気づいた。
オークとゴブリンだ。
「お、兄ちゃん!生きてたか!」
オークが手を上げる。隣のゴブリンも驚いた顔で立ち上がった。
「心配したんだぜ。あれから全然出てこねえからよ」
「すんません。ちょっと長居しちゃって」
「……ちょっと?」
ゴブリンが俺の顔をまじまじと見つめる。
「お前さん、いま何時だと思ってる」
「え?夕方ですよね」
「次の日の夕方だ、バカ」
俺は固まった。
「俺、丸一日以上あの店に……?」
「そうだよ。ワシら、とっくに帰って、また来ちまったよ」
オークが呆れたように鼻を鳴らす。豚鼻から息がぶほっと噴き出した。
「兄ちゃん、顔色は妙にいいけどよ。大丈夫か?ババァに精気でも吸われてねえか?」
「いや、むしろ元気です」
「マジかよ」
オークとゴブリンは顔を見合わせ、それから同時にため息をついた。
「人間ってすげえな」
「ある意味、最強だよな」
俺はベンチに腰を下ろし、二人に隣に座るよう促した。オークはどっかりと、ゴブリンはちょこんと腰掛ける。
「あの、ちょっと聞きたいんですけど」
「なんだ?」
「このへんの風俗って、みんなあんな感じなんですか?」
「あんな感じ?」
「見た目は若いけど、実は……って」
「ああ、ババァだらけだよ」
ゴブリンが断言した。
「あの通りはな、別名【婆娼館通り】って言われてんだ。エルフ以外にも長命種が沢山だ。見た目はピチピチの美女だが、中身は全員、人間のひいじいちゃんより年上だ。三百歳が若手とか宣う詐欺店ばっかりってとこだな」
オークが身を乗り出して、声を潜めた。
「気をつけろよ、兄ちゃん。年齢詐称だけじゃねえ。あの通りの奥には、若い男を拉致ってレイプするような、悍ましいババァまでいやがる」
「えぇ……?」
「この前なんて、酔って店を間違えた人間の冒険者がな……三日後、げっそりして路地裏で倒れてた。泣きながら『もう結婚できねえ』って言ってたらしい」
「怖」
「七百歳のハイエルフが二人がかりで逆レイプしてきたそうだ。ワシらゃ寿命が短いから、ああいうのに捕まったら最後だ。命がいくつあっても足りねえ」
戦慄すべき話だが、俺にはどうしてもピンとこなかった。見た目が美少女なのに、何が問題なのか。
合意の上ならね?
「兄ちゃん、顔がニヤけてるぞ」
「いや、なんでもないです」
俺は慌てて表情を引き締めた。
「それより、ちょっと相談があるんですけど」
「いいぜ。どうした」
「俺、異世界から召喚されたんですけど、戦力外通告されて無職で」
「ああ、聞いた聞いた。この街は狭いからな。ハズレ勇者が王都をうろついてるって噂は昨日のうちに広まってたぜ」
「何回目だよ、ってみんな呆れてたよな」
情報流通早すぎないか。
「それで、この世界でどうやって生きていけばいいのかわからなくて。仕事とか住む場所とか、教えてほしいんですけど」
オークは顎の牙をカリカリと掻き、ゴブリンはバンダナを直しながら考え込んだ。
「そうだなあ……この世界は平和だからな。戦う仕事はほぼねえ。魔王もいなけりゃ、ドラゴンも絶滅危惧種で保護対象だ」
「じゃあ、冒険者ギルド的なのは?」
「あるにはあるが、仕事の九割は薬草採取と、迷子のペット探しだ。たまに下水道の動物駆除があるくらいだな。魔獣も最近は数が減って、希少種指定されそうな勢いだ」
平和ボケにもほどがある。
「拠点にするなら、王都が一番いいぜ」
ゴブリンが指を一本立てた。
「人間、エルフ、ドワーフ、獣人、ゴブリン、オーク、全種族が入り混じってる。差別は制度上禁止されてるし、飯はうまいし、仕事もそれなりにある」
「ただし、家賃は高いぞ」
オークが補足する。
「中心部は貴族や大商人が抑えてるからな。種族関係なく若者が一人暮らしするなら、東区か南区だ。東区は獣人が多くて肉料理が安い。南区はドワーフ地区に近いから酒がうまい」
「オークさん詳しいですね……」
「ワシも昔、故郷を出てきて苦労したからな」
彼は遠い目をした。豚面の遠い目はなかなかシュールだ。
「まずは仕事だな。仕事さえあれば、家も決まる」
「どこに行けばいいんです?」
「中央通りに職業斡旋所がある。種族を問わずに紹介してくれる。とりあえず行ってみな」
「助かります」
「礼はいらねえよ。ハズレ勇者ってのは、ワシらからすりゃ笑い話のネタになるが、同情もする」
ゴブリンが笑って言った。
「それに、あの店で丸一日生き延びた男だ。ある意味、尊敬するぜ」
「……それは、どうも?」
俺は立ち上がり、スーツのオークとバンダナのゴブリンに軽く頭を下げた。
「じゃあ、行ってきます」
「おう。健闘を祈る」
「次に風俗行くときは声かけろよ。安全な店、教えてやっからな」
「了解です」
俺は中央通りに向かって歩き出した。
うしろから、オークとゴブリンの会話が聞こえてくる。
「人間って、本当にババァが好きなんだな」
「いや、あの兄ちゃんは特別だ。たぶん、ババァをババァと認識してねえ」
「才能って怖ぇな」
違う。才能じゃない。ただの価値観のズレだ。
でも、まあ、否定はしない。
だって、あのラフィエルとの一戦は正直、人生で一番の体験だった。贅肉も、熟れた匂いも、嘘くさい二十三歳宣言も、全部込みで。
……俺、この世界でやっていけるかもしれない。
♢ ♢ ♢
中央通りは、王都の大動脈だけあって混雑していた。馬車が行き交い、屋台が軒を連ね、様々な種族が入り乱れて歩いている。
獣人の親子、ドワーフの商人、リザードマンの傭兵崩れ、そして人間。みんな普通に暮らしている。
オークが言った職業斡旋所は、通りの中ほどにある石造りの三階建ての建物だった。看板には『全種族雇用支援センター』と達筆で書かれている。
王都の公的機関らしく、入り口には多種族対応の案内板が立っていた。
なかに入ると、カウンターには人間とハーフエルフの職員が座っていて、奥の待合スペースにはドワーフや獣人がちらほらと順番を待っている。
俺はハーフエルフの女性職員の前に座った。彼女は三十代半ばくらいの見た目だが、ハーフエルフの寿命は二百年ほどらしいので、実年齢は八十歳くらいかもしれない。深く考えるのはよそう。
「新規登録ですね。お名前と種族、スキルをこちらにご記入ください」
彼女は羊皮紙の書類を差し出した。俺はそこに「タクミ」「人間」「【体力+1】」と記入する。
「あら」
職員が羊皮紙を見つめて、微かに眉を動かした。
「【体力+1】のみ……?」
「はい」
「勇者召喚の方ですか」
「はい」
「ああ……先日、王宮で戦力外通告を受けたという……」
情報流通。
本当に早いなこの街。
「ご愁傷さまです」
「いえ、もう慣れました」
「そうですか……」
職員は気の毒そうに微笑むと、隣の棚から分厚いファイルを取り出した。
「それでは、タクミ様に合いそうなお仕事を検索しますね。何かご希望は?」
「そうですね……未経験でもできるやつで、給料がそこそこよくて、命の危険がなくて」
「平和な時代ですから、命の危険がある仕事のほうが少ないですよ」
職員はファイルをぱらぱらとめくる。
「……あら、これはどうでしょう」
彼女は一枚の羊皮紙を引き抜いて、俺の前に置いた。
「こちら、どうですか?」
俺はその紙を覗き込んだ。
【求人番号:E-2301】
【職種:ベビーシッター(個人宅常駐)】
【勤務地:王都西区・エゼルディア子爵邸】
【雇用主:エゼルディア家(ラミア族貴族)】
【給与:月銀貨二十五枚+住み込み個室完備+朝夕食付き】
【資格:種族不問。ただし以下の条件を満たすこと】
【・爬虫類型異種族への忌避感がない方】
【・体温が高めの方(ラミアの幼児は人肌で温まる習性があります)】
【・締め付けや圧迫にある程度耐えられる方】
【・できれば子供に巻きつかれても慌てない方】
【備考:当主は王立薬学協会の名誉顧問を務め、王都の調薬・香料産業を一手に担う名家。館は冷気を好むラミアの性質上、常に涼しめ。お子様は三人のお嬢様。長女は王立学院に通う学生。次女と末女はお屋敷でお過ごしです】
ラミア。
蛇人族。
下半身が蛇の、あのラミアだ。
「ラミアの貴族って……」
「エゼルディア子爵家は、調薬と香料で名を成した由緒ある家系です。もともとラミアは嗅覚と舌で成分を判別する能力に長けていて、人間には調合できないような高度な薬を作れるんです」
「へえ……」
「王都の大病院に納めている軟膏や、宮廷で使われる香水の大半はエゼルディア家の製品です。先々代が人間との商路を開いてからは、もう押しも押されもせぬ大店になりました」
なるほど、ラミアの舌は味覚だけじゃなく化学分析にも使えるのか。二又に分かれた舌で空気中の分子を嗅ぎ分ける……そういう生態なのだろう。
「それで、このベビーシッターというのは」
「三人のお嬢様のお世話です。長女は王立学院に通っていらっしゃるので、朝と夕方以降のお相手ですね。次女と末女はまだお屋敷でお過ごしですので、日中も含めてみていただく形になります」
三人。しかも学生から幼児まで幅広い。
「前のシッターは?」
職員は一瞬、天井を見上げた。何かを思い出す仕草だった。
「……五人続けて辞めました」
「五人!?」
「一人目と二人目は、末のお嬢様に巻きつかれて肋骨にヒビです。ラミアの幼児は成人男性より筋力が上でして」
なんだい、それは。
「三人目はお昼寝のときに三姉妹まとめて巻きつかれて、低体温症で三日寝込みました。ラミアは変温動物ですから、人間が長時間密着されると体温をどんどん奪われるんです。三人がかりだと特に」
「なるほど」
「四人目と五人目は……長女様が原因で」
「長女が?」
「学院で何かあったらしく、機嫌が悪いと尻尾で壁に穴を開けるそうです。それを見たシッターが怖気づいて辞めました」
パワー系か?尻尾で壁に穴って……。
「……」
俺は求人票を見つめ直す。
【給与:月銀貨二十五枚】。
破格だ。まだそこまでこの世界の通貨価値が把握できているわけではないが、破格に感じる。
それに……【住み込み個室完備】【朝夕食付き】。住居費と食費が浮く。浮いた金で風俗に行ける。
危険はある。しかしリターンも大きい。
それに、だ。
ラフィエルという五百年もののエルフの膣圧に耐えた俺だ。ラミアの幼児の締め付けくらい、なんとかなるだろう。たぶん。
……壁に穴を開ける長女はちょっと怖いけど。
「……やります」
「え?」
「この仕事、受けます」
職員はぱちぱちと瞬きをした。
「よろしいんですか?」
「はい。体力には自信がありますので」
実際、【体力+1】以外に自信と呼べるものはなかった。だが、いまはそれで押し通すしかない。
「では紹介状をお書きしますね。明日にでも西区のエゼルディア邸をお訪ねください。面接は子爵夫人が直接なさるそうです」
「旦那様は?」
「薬学協会のほうでほぼ毎日泊まり込みだとか。あまり邸にはいらっしゃらないそうです」
「なるほど……」
「それから、ラミアは嗅覚と舌で相手のことを察する種族です。面接では、変に取り繕わず、ありのままで臨んでください。言葉より匂いで判断されますので」
「なんかそれ、余計に緊張するんですけど」
職員はにっこりと笑い、羽ペンを走らせた。封蝋には王都の公印が押されている。
「はい、こちらです。ご武運を」
「どうも」
俺は紹介状を受け取り、斡旋所を後にした。
外はすっかり暗くなっていた。街灯に魔法の灯がともり、夜の王都がぼんやりと浮かび上がっている。
ラミア子爵家のベビーシッター。
異世界で初めての就職面接。
勇者として召喚されたのに、応募先はベビーシッターか。
聖剣みたいのもないし、俺の武器は【体力+1】ただひとつ。
笑えるな。
俺は小さく鼻を鳴らし、紹介状をポケットにしまった。