※この作品はR-18です。

【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている   作:フレキシブルコーギー

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40.全部、俺

服を着終えてプレイルームを出ると、バルグレディウスがぷるぷると隣に並んだ。

 

「手、繋ぐ……」

 

無表情のまま、彼女の小さな手が俺の指に触れた。オーダーシートはもう彼女の身体のなかにない。

 

「えぇ、どうぞ」

 

俺が指を開くと、彼女は無言で俺の人差し指を握った。握る力が最初より、ほんの少しだけ強い気がした。

 

「あ、お帰りなさーい♡」

 

受付ロビーに戻ると、ぷるりんがカウンター越しに手を振った。その後ろには他のスライム風俗嬢たちが数人、ぷるぷると寛いでいる。

 

壁から半身だけを突き出してだらけている者もいれば、床のゼリーと同化して顔だけ浮かべている者もいた。

 

休憩中だろうか……?

 

「……ん?」

 

ぷるりんが俺たちの様子を見て、首を傾げた。

 

「将軍……じゃなくて、ぴろりんちゃん。なんだかお兄さんとラブラブですねぇ……」

 

「ん……」

 

バルグレディウスは短く返事をした。

 

「あれれ? オーダーシート入ってないのに、手ぇ繋いでる」

 

「っていうか、なんか舌ペロッて出てません?」

 

別のスライム嬢が指摘した瞬間、バルグレディウスは口を閉じ、舌を引っ込めた。

 

……アヘ顔の名残がまだ残っていたらしい。無意識に舌が出てしまうあたり、身体のほうはまだわからせの余韻を引きずっているようだ。

 

(大丈夫だよな? 千年以上失ってた表情の代わりにアヘ顔が定着しました、とかじゃないよな……?)

 

もし万が一そんなことになっていたら、全責任は俺にある。

 

孤独を抱える(多分)長命種の顔面をアヘ顔で上書き保存した男として、歴史に悪名を刻むことになってしまう。

 

「……」

 

でも今の彼女は無表情だ。大丈夫だろう。たぶん。

 

「じゃあ、俺はそろそろ」

 

「はい、ありがとうございましたぁ♡ また来てくださいねぇ」

 

ぷるりんが頭を下げる。他のスライム嬢たちも手を振ったり、触手を揺らしたり、壁から半身をにゅるりと出して見送ってくれたりした。

 

俺は店の出口に向かいながら、ふと振り返った。

 

バルグレディウスは立ったまま、俺を見ていた。

 

無表情だった。

 

でも。

 

無表情のまま、べーっ。

 

また、舌だけがちろりと出ていた。

 

「あ、将軍が変顔してる〜!」

 

「かわい〜♡」

 

「シート入ってないですよね?」

 

「入ってないねぇ……あれ、もしかして自発的?」

 

他のスライム嬢たちがわらわらと集まってきて、バルグレディウスを揉みくちゃにしている。

 

彼女はされるがままになっていた。でも、舌だけはまだ引っ込んでいない。

 

(……将軍、か)

 

アヘ顔の後遺症なのか、それとも千年間失っていた表情を、彼女なりに取り戻そうとしている不器用な第一歩なのか。

 

俺は小さく笑い、スライムパラダイスをあとにした。

 

 

 

♢   ♢   ♢

 

 

 

外はすっかり夜になっていた。

 

風俗街のメインストリートは昼間よりずっと活気づいている。ピンクと紫の看板が一斉に明滅し、石畳の上を色とりどりの光が這い回る。

 

通りの両側からは客を呼び込む女たちの甘ったるい声が飛び交い、酒場の前では酔っ払いが肩を組んで笑い、少し離れた建物の二階からは何をしているのか考えたくもない声まで聞こえてくる。

 

昼間だって十分に騒がしい場所だったが、この街は、日が沈んでからが本当の始まりだ。

 

「……」

 

俺は雑踏のなかを歩きながら、ふとバルグレディウスの言葉を思い出していた。

 

『スライムはね、かたちが違っても、性格が違っても、環境が違っても……全部わたしなの』

 

全部、わたし。

 

メスガキみたいに俺をからかっていたのも、母性を発揮して甘やかしてきたのも、最後に無表情を見せたのも。

 

バルグレディウスにとっては全部同じ自分なのだという。

 

正直、俺にはまだよく分からない。

 

けれど。

 

(……ペペロンチーノ二世は、どうなんだろうな)

 

ふと頭に浮かんだのは、セリメラの前で人形として座っている自分の姿だった。

 

あれは仕事のために仕方なく演じているだけ。普通に考えれば、あんなものは本当の俺じゃない。

 

……はずなのだが。

 

思い返してみると、人形のふりをしている時間そのものを、俺はそこまで嫌っていなかった。

 

もちろん、彼女の巨大な尾が直撃して物理的に命の危険を感じることも多々あるし、できればもう少し精密人形(※俺)を大切に扱っていただきたいところなのだが……それとは別に、彼女の部屋で独り言に耳を傾けている時間は、不快ではなかった。

 

捨ててしまった手紙のことを密かに後悔している声。

 

人形相手だからこそ漏らした、誰にも言えない弱音。

 

「わたし、どうすればいいのかな」と、絶対に答えなんて返ってくるはずのない無機物に投げかけていた、問いかけ。

 

あの言葉を聞いていたのは、ペペロンチーノ二世だったのか。それとも、俺だったのか。

 

そこまで考えて、自分でもよく分からなくなった。

 

(あれも全部……俺なのかな?)

 

ヴェーラと中庭でアリを数える自分も。メディに尾を巻かれる自分も。ぽんぽこ亭でろくでもない無職連中と酒を飲む自分も。風俗街で年齢詐称ババァに翻弄される自分も。

 

(【体力+1】 持ちのハズレ勇者としてこの世界に呼ばれた自分も……)

 

──全部、俺か。

 

まだしっくりは来なかった。

 

でも……。

 

(ペペロンチーノ二世だけが、偽物ってわけでも……ないのかもしれないな)

 

それくらいなら、なんとなく分かる気がした。

 

そのときだった。

 

雑踏の中に一際目立つ、瑠璃色の翼をたたんだハーピーの姿が視界に飛び込んできた。

 

雑貨店の軒先で、彼女は自分の身体よりも遥かに巨大なリュックを背負い、なにやら真剣な顔つきで店頭のロープやランタンを物色している。

 

「えーっとぉ……後、必要なものは……」

 

(……どこかで見たような)

 

「ん?」

 

「あっ」

 

振り返ったハーピーと目が合った。

 

(あ、あいつは……!)

 

間違いない。俺を騙したハーピーだ。

 

カフェで散々奢らせておいて「初見じゃ絶対見つけられない」と嘘をつき、空の上で吐きそうになって俺を道連れにしかけ、最後は「いい勉強になったね〜♡」と飛び去ったギャルハーピーである。

 

「か、金返──」

 

「お兄さん!♡♡ ちょうどいいとこに来たじゃ〜ん♡♡」

 

「ぐぇっ」

 

言い終わるより早く、彼女は翼を広げて弾丸のように突っ込んできた。

 

問答無用で抱きつかれ、視界が瑠璃色の羽毛で埋まる。そして固く引き締まった貧乳が、俺の鼻柱へクリーンヒットした。

 

痛い。クッション性ゼロである。こいつの胸は防具じゃない、打撃兵器だ。

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

「アタシさぁ〜、今買い物してるんだよね〜♡ お兄さん、買い物に付き合ってくれない?♡」

 

「は? な、何言ってるんですか。それよりも俺は──」

 

絶対に許さない。財布をカモり、空で危うく落としかけ、路地にゲロまで残して飛び去った罪は重い。

 

こうなりゃとことんやったる。まずは金を返させて、それから一言ガツンと文句をぶち込んで──。

 

 

 

♢   ♢   ♢

 

 

 

「あ、これなんかイイんじゃないです?」

 

俺は店先に並ぶアクセサリーの一つを指差していた。

 

「あ、ホントだ、めっちゃイイ~♡ お兄さん、センス良すぎ!♡ お礼にちゅーしてあげる♡」

 

ちゅっ♡

 

ハーピーが背伸びして俺の頬に軽く唇をつける。

 

「えへへ〜♡」

 

可愛いなぁ……。

 

(……はっ! 俺は一体なにを……!?)

 

気がつけば、俺はハーピーと一緒に夜の風俗街をぶらつき、あれこれ商品を手に取っては「これいいじゃん」「それはやめとけ」とやり取りをしていた。

 

並んで歩き、店先を覗き込み、時々彼女が嬉しそうに翼をぱたぱたさせる。どう見てもイチャラブショッピングだ。

 

ギャルハーピーのペースに完全に呑まれている。さっきまで怒り心頭だったのに、いつの間にか一緒に買い物を楽しんでいる自分がいる。

 

(ぐっ……悔しいけど、めちゃくちゃ話しやすいんだよな)

 

騙すし、調子もいい。でも、感情はそのまま顔と態度に出る。だからなのか、こいつといると変に気を遣わなくて済む。

 

「あ、これもカワイー♡♡ ねぇおばさん、これいくら?」

 

ハーピーが雑貨店のカウンター越しに声をかけた。店の奥には、アルラウネの女店主が腕を組んで座っている。

 

下半身は巨大な花のつぼみと太い蔓が複雑に絡み合っており、上半身だけ見れば二十歳前後のモデル風美女なのだが……。

 

「あぁん? それは高いよ。銀貨5枚だ」

 

女店主は気だるげに吐き捨てた。

 

「はぁ!? 高すぎじゃない!?」

 

「いやなら他あたんなよ。アンタみたいな小娘がアタシと交渉しようなんざ五百年早いんだよ。カーッ、ペッ!!」

 

店主は吐き捨てるように床に唾を吐いた。

 

……いや、唾じゃない?粘度のある甘い花の蜜だ。床に垂れた蜜から、なんとも香しい匂いが漂ってくる……。

 

ハーピーは「小娘ってなにさー!」と翼を逆立てているが、店主は一切動じない。

 

ハーピーを小娘と切り捨てるあたり、このアルラウネの見た目が若いのもただの罠で、実年齢は数百年単位のババァなのだろう。

 

まぁ、傍から見れば同年代の若い女同士が言い争っているようにしか見えないのだが……。

 

(はぁ、しょうがない)

 

このままじゃ買い物が終わりそうにない。ハーピーは明らかにこの商品を気に入っているし、店主は店主で頑固そうだ。

 

俺は一歩前に出た。

 

「お姉さん、この商品いくらです?」

 

「あぁん? このハーピーの連れかぁ?」

 

店主が俺をじろりと睨む。目つきは怖いが、花の甘い香りがふわりと漂ってきて、なぜかあまり威圧感がない。

 

「まけてやらないよ!アタシはガキが嫌いなんだ!」

 

ガキ、ねぇ。

 

地球でとっくに成人を迎えている俺を『ガキ』呼ばわりする、どう見ても若い女。

 

違和感しかないのだが……。

 

「そこをなんとか。お姉さん、若くて綺麗ですし、いいところ見せてくださいよ」

 

「はぁ? 樹齢600年の私が若いだって?」

 

樹齢600年。

 

(なるほど、植物系は樹齢で数えるのか)

 

でも、そんなことは今はどうでもいい。

 

「いやいや、マジで若いですよ。俺から見たら完全に同年代か、年下に見えます。あ、ちなみにこれ、今ストレートに口説いてますからね」

 

「はぁ? 口説く? アタシを?アンタみたいな若造が……?」

 

店主が明らかに動揺し始めた。花のつぼみの部分が、かすかに綻び始めている。

 

「樹齢600年でも、見た目はこんなに若くて綺麗じゃないですか。それに、花の香りもすごくいい匂いで……正直、ずっと嗅いでたいくらいです」

 

「な、なに言って……」

 

「アルラウネの女性って、みんなこんなに綺麗なんですか? それともお姉さんが特別?」

 

「ばっ……馬鹿言うんじゃないよ!」

 

店主のつぼみが、ぱあっと花開いた。花びらが何枚も重なり、鮮やかな桃色が露わになる。

 

「あぁもう!なんで開くの!」

 

彼女は慌ててつぼみを閉じようとしたが、開いた花は言うことを聞かず、むしろ俺の言葉に反応してさらに綻んでいく。

 

(よし……効いてる!)

 

別に嘘を言っているわけじゃない。本当に若くて綺麗に見えるのだ。樹齢600年と言われても、俺にとって実年齢より見た目のほうがずっと重要である。

 

「蔓の巻き方もすごくセクシーだ……。花びらも鮮やかだし、ずっと見てられますね」

 

「しょ、しょうがないねぇ……」

 

蔓がもじもじと絡まり、開いた花びらが落ち着かなさそうに小さく揺れた。

 

「若い男に……そんな風に直球で褒められたら……仕方ない……っ。特別に、銅貨5枚で持っていきな!」

 

(いきなり安くなったな!?)

 

銀貨5枚から銅貨5枚。銅貨100枚で銀貨1枚だから、実に百分の一の価格だ。あまりの値引き幅に思わず声が出そうになった。

 

「その代わり、また来ておくれよ」

 

彼女は花びらを恥ずかしそうに閉じながら言った。

 

「えぇ、用がなくても来ますよ。お姉さんと話したいし」

 

「ば、馬鹿! こんな熟したおばさんに、真顔でそんなこと言うんじゃないよ……っ!」

 

店主は完全に照れていた。俺は銅貨5枚をカウンターに置き、商品を受け取った。

 

「じゃ、行きましょうか」

 

「……」

 

ハーピーが口を開けて呆然としている。翼もぴたりと止まり、まばたきすら忘れているようだ。

 

夜の通りに戻る。

 

「じゃあ、はい。これが欲しかったんでしょう」

 

俺がハーピーに小さな包みを手渡すと、彼女はそれを見つめてから、顔を上げた。

 

「すごい! すごいすごい! お兄さん、すごいじゃん!♡♡ 惚れたわ〜!♡ 今までどうでもいい男だと思ってたけど惚れたぁ♡♡」

 

ハーピーが勢いよく飛びついてきた。道行く酔っ払いがこっちを見てにやにやしているが、そんなことは気にしない。

 

今までどうでもいい男だと思ってた、とはなかなかに脳みそ直結のストレートな暴言である。

 

まぁ、スルーしよう。怒ってたらキリがないからな。

 

彼女は俺の腕に抱きついたまま、興奮冷めやらぬ様子でキャッキャと翼を震わせた。

 

「あんな頑固な植物ババァを速攻で落として値切らせるなんて! ねぇお兄さん、もしかしてババァが大好きな特級変態なの!?」

 

「ぶっ飛ばすぞコラ」

 

 

 

♢   ♢   ♢

 

 

 

「さーてと、必要なものは集まったし……そろそろ行こうかな〜」

 

大通りをぶらつき、あれこれ買い物を済ませたあと……不意にハーピーがそう言った。

 

「え?行くって……」

 

彼女の背中の巨大なリュックを改めて観察してみると、詰め込まれているのは大量の干し肉などの保存食、羊皮紙の地図、そして厚手の布地の束。

 

ただの街ぶらショッピングにしては、あきらかに重装備すぎる。まるで長旅の準備だ。

 

「どこに行くんです?」

 

「これから南方の大陸に行くの! 帰ってくるのは……半年後かな〜」

 

「えっ」

 

あまりにも軽い調子で言われて、俺は一瞬言葉が出なかった。

 

「は、半年も? なんで? ていうかハーピーってみんな半年いなくなるんです?」

 

「まさかぁ。一年中同じところにいる子の方が多いよ。私らみたいに渡りをするハーピーだけ♡」

 

彼女は翼をぱたぱたさせながら、こともなげに言った。

 

「私らみたいな渡りハーピーは暖かいところが好きなんだ。 だから冬のあいだは南方、夏になったらこっちに戻ってくるの」

 

どうやらハーピーにも、渡りをする連中と一年中同じ土地で暮らす連中がいるらしい。

 

「そうですか……」

 

別に長年の付き合いがあるわけじゃない。知り合ってまだ一日も経っていない。

 

カフェで飯を奢らされ、空で吐かれかけただけの関係だ。

 

なのに……あっさりと半年会えないと言われると、胸のあたりが妙にざわついた。

 

ほんの少しだけ、打ち解けて仲良くなりかけた気がしていたからだろうか。

 

「今日はぁ、お兄さんとも会えたし、こんな可愛いアクセも安く貰えたし……ありがとね、お兄さん♡」

 

彼女はアクセサリーを嬉しそうに眺めながら、翼を広げた。街灯の光を反射して、羽毛が美しく煌めく。

 

「……」

 

彼女が羽ばたく直前。俺は気になったことを聞いてみた。

 

「……その、寂しくないんです? 半年もいなくなったら、知り合いとかにも会えなくなるのに」

 

「え? 寂しいに決まってんじゃん!」

 

あっさりと返ってきた。

 

「仲良くなった友達に半年も会えないんだよ? 超寂しいよ」

 

「じゃあ……嫌じゃないんです?」

 

「んー……」

 

ハーピーは首を傾げた。

 

「寂しいけど、別に悪いことじゃないじゃん。また帰ってくるしさ」

 

彼女の声には、気負いもなければ強がりもなかった。事実を、そのまま口にしているだけ。

 

ハーピーはばさばさと翼を羽ばたかせ、地面を蹴った。

 

身体が浮き上がる。大荷物を背負ったまま、信じられないほど軽やかに。さっきまで隣で歩いていた小柄な姿が、空に浮かぶ。

 

「じゃあね、お兄さん……あれ?」

 

そのとき、彼女は俺の表情を見たのだろう。空中で動きを止め、少しだけ考える素振りを見せたあと──。

 

「お兄さん」

 

「……はい?」

 

「今度会った時は……」

 

夜風が吹き抜け、彼女の髪と翼が月明かりを浴びてきらめいた。

 

「ヤラせてあげる♡」

 

「……!」

 

「あはは! お兄さん、やっぱりその顔が似合う!♡ じゃあね〜♡♡」

 

そして、彼女は翼を大きく広げ、夜の空へと舞い上がった。

 

あれだけの荷物を抱えているのに、羽ばたきは少しも乱れない。

 

「なんだよ、それ」

 

俺は彼女が夜空の向こうに消えるまで、ずっと見上げていた。

 

「……」

 

静かになった。

 

さっきまでの賑やかさが嘘みたいに、俺のまわりには夜風だけが吹いている。大通りは相変わらず騒がしいのに、なぜか自分の周囲だけがぽっかりと静かだった。

 

それにしても……。

 

(俺、どんな顔してたんだろ?)

 

バルグレディウスのように無表情だったのか。それとも、間抜けな顔か。

 

あのハーピーがわざわざ「ヤラせてあげる」と言うくらいだから、よほど変な表情を浮かべていたのだろう。

 

分からない。

 

でも──。

 

「ま、全部俺だしな」

 

口に出してから、思ったよりもしっくりきて、俺は一人で小さく笑った。

 

俺は再び歩き始めた。足は風俗街の出口へ向かっていた。

 

煌々と輝く魔導看板の下を抜け、客引きの女たちの声を背中に聞きながら大通りを進んでいくと、やがて店の数が減る。あれだけ騒がしかった歓声や笑い声も少しずつ遠ざかっていく。

 

それでも時々、背後から大きな笑い声が風に乗って聞こえてきた。どこの誰が何に笑っているのかは知らない。

 

でも、なんとなく……騒がしさが今夜はいつもより心地よく感じられた。

 

(寂しくても、離れても……別に悪いことじゃない……か)

 

あのハーピーは、本当に何でもないことみたいに言っていた。

 

半年も会えないのに。

 

この街で知り合った友達も置いて、何百キロだか何千キロだか知らない土地まで飛んでいくくせに、それを別れだとは思っていない。

 

また戻ってくる。

 

だから、それでいい──。

 

「……」

 

セリメラの顔が浮かんだ。

 

俺が知っているセリメラは、ほとんどいつもペペロンチーノ二世に話しかけている。

 

人形なら勝手にいなくならない。ずっとそこにいるし、何を話しても否定してこないし、自分から離れていくこともない。

 

その点だけなら、たしかに生きている人間よりずっと安心できるのかもしれない。

 

でも。

 

(……いつか)

 

人形じゃない俺でも。

 

セリメラと普通に話せる日が来るんだろうか。

 

「……」

 

まあ。いま考えてもしょうがないか。

 

そのときはそのときだ。

 

俺は頭を掻いて、歩く速度を少しだけ上げた。

 

「帰ろう」

 

……。

 

数歩歩いてから、俺はふと足を緩めた。

 

(帰る、か)

 

自分で言った言葉なのに、帰るという響きだけがやけに耳に残った。

 

いつから俺は、エゼルディア邸へ戻ることを「仕事場へ戻る」ではなく「帰る」と考えるようになったんだろう。

 

使用人の仕事は割と大変だ。

 

セリメラの前では人形にならなきゃならない。

 

コッペリアは怖い。

 

メディはしょっちゅう俺に尾を巻いてくる。

 

心休まる場所かと言われれば、たぶん全然違う。

 

それなのに。

 

(嫌じゃないんだよな)

 

どうやら俺は……あの屋敷での暮らしを、結構気に入っているらしい。

 

そうして夜風に吹かれて歩くこと暫く。

 

門に着くと、ボルンが手を上げて出迎えてくれた。

 

「おう、タクミ! 風俗帰りか?」

 

「あ、ボルンさん。行ってきましたよ、スライム風俗」

 

ボルンの骸骨の眼窩の炎が点滅した。

 

「おぉ!? 早速か!? で、どうだった?」

 

「そうですね……」

 

俺は少し考えて、胸のうちをそのまま口にした。

 

「俺は全部俺で、寂しいことは別に悪くないって感じ……ですかね」

 

ボルンが固まった。眼窩の炎も止まっている。骨の指が何かを考えているかのように、カチカチと動く。

 

そして、ぽつりと言った。

 

「お前は何を言っているんだ」

 

 

 

♢   ♢   ♢

 

 

 

俺は自分の部屋の前まで来て、ドアノブに手をかけた。

 

「疲れた……」

 

今日は疲れた。ハーピーと一緒に空の散歩をして、千年超えのスライムと交わって、風俗街のおばちゃん相手に値切りをして……久しぶりに中身の濃い休日だったかもしれない。

 

でも。

 

「……ただいま、って感じだな」

 

そう思った。

 

そして扉を開ける。

 

「おかえりなさい、あなた」

 

メディがいた。彼女は無表情で俺を出迎えてくれた。

 

「ただいま」

 

俺は反射的に、そう返していた。

 

さて、今日はもう疲れたから眠ろうかな。ペペロンチーノ二世は悪いけど今日はお休み……。

 

「……って、なんでいるんですか!?待ってたんですか!?」

 

メディは答えない。その代わり、するする床を這って俺に近づいてくる。

 

チロ。

 

「……?」

 

チロチロ……。

 

匂いを嗅がれている……?

 

(……嫌な予感がする)

 

「メディさん?」

 

彼女の二又の舌が、首筋、襟元、そして頬のあたりをかすめる。俺の身体に染みついた匂いを、ひとつひとつ丁寧に拾い上げていくように。

 

そして、目を細めて言った。

 

「今日は……スライムの女と……ハーピーの女の匂いがしますね……ふぅん……そっかぁ……」

 

(なんで分かるんだよ!?)

 

俺の身体は移動型の匂い日記か何かか。

 

「まさか、一日に二人も女と遊んできたんですか?」

 

「ち、違います!」

 

俺は即座に否定した。が、次の瞬間、自分の口が余計なことを喋っていた。

 

「スライムは風俗ですけど、ハーピーはプライベートでイチャイチャしてただけっていうか……」

 

一拍。

 

「……なお悪いですよね? 舐めてるんですか?」

 

メディの目が、更に細くなった。

 

(自爆した……)

 

俺は自分の言語機能を呪った。

 

ぐるん。

 

「ぐぇっ!?」

 

足首から一気に巻き上がってくる。蛇の尻尾が俺の胴体を幾重にも取り巻き、ぎちりと締まった。抵抗する間もなく捕獲された。

 

「ま、待ってください! 話せば分かります!」

 

「話す?何を?」

 

「俺は……俺なんです!」

 

「は?」

 

「風俗に行く俺も俺だし、人形になってる俺も俺だし、ハーピーとイチャイチャしてる俺も──」

 

「はぁ」

 

「全部、俺なんです!」

 

俺の決死の主張を聞いたメディは、怪訝そうに眉をひそめた。そして呆れたように吐き捨てる。

 

「そりゃそうでしょう。だから、その無節操なあなたに怒ってるんですけど」

 

(……あれ?)

 

今日一日かけて得たはずの悟りが、一ミリも通用しない。

 

でもよく考えたらそうだ。俺は俺に決まってる。俺は何を言っているんだ。

 

(だ、だめだ!ここで怯んだら負ける!)

 

追い詰められた俺の大脳皮質は、今日得た第二の教訓を必死に絞り出した。

 

「そ、そうだ! 寂しいのだって悪いことじゃないんですよ!」

 

「え?」

 

「会えなくなっても、また帰ってくればいいんです! だから俺が他の女のところに行っても、最後にはこうして帰って……」

 

言ってから、気づいた。

 

(……あれ?)

 

待て。

 

いまの言い方、なんかまずくないか?

 

「他の女のところに行っても、最後にはこうして帰ってくる」なんて、執着心の強いラミアの前で言ったら──。

 

「……」

 

沈黙。

 

ぎゅう、と尾の締め付けが一瞬だけ緩んだ。

 

「えーっと……」

 

メディの頬が、ほんの少しだけ赤くなった気がした。

 

「……最後には、私のところへ帰ってくるんですね」

 

「いや今のはそういう意味じゃ──」

 

ぎゅうううう。

 

「ぎゃあああああ!!」

 

締め付けが、さっきの倍になった。痛い。肋骨がみしみし鳴っている。

 

でも──なんだろう。メディの顔は怒っているのに、口元がほんのわずかに緩んでいる。怒りと嬉しさが、三対七くらいで混ざっている。

 

「そうですねぇ」

 

メディの尾が、俺の腰にもう一周巻きついた。

 

「……え」

 

メディが上半身を寄せてくる。

 

「とにかく……たっぷり『わからせ』てあげないといけませんね。今夜は干からびるまで中出ししてもらいますから……♡」

 

「そ、そんな……!?」

 

窓の外では、白い月が王都を照らしていた。

 

遠くの風俗街は、まだ眠る気配もなく、夜空の端をぼんやりと明るく染めている。半年後には、あのハーピーも戻ってくるのだろう。

 

明日になれば、俺はまたヴェーラの世話をして、セリメラの部屋ではペペロンチーノ二世になる。

 

そして今夜は──。

 

「メ、メディさん……! もう出ません! 許してぇ!」

 

「駄目です。あと十回は中出ししてもらいますから……♡ ん……♡ そこ、もっと奥まで……♡」

 

明日もきっと、ろくでもない一日になる。

 

それでもいい。

 

明日もまた──エゼルディア家の朝は早い。

 




ここまで読んでくれてありがとうございます♡(⩌ˬ⩌)

この話で第二章が完結です! 次話からは新章が始まります。

まだまだ続くので、よければ見てね♡Ր ´◕ ̫◕˶` Դ

登場人物もかなり増えてきたので、第一章・第二章それぞれの終わりに登場人物紹介のページを作りました。

「誰だっけこいつ……」となった時などに、覗いてみてください。(少しだけネタバレ注意)
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