【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
41.友達の値段は銀貨三枚
風俗街は今日も平和だ。
相変わらず看板はピンクと紫に明滅し、呼び込みの声があちこちから飛び交い、酔っ払いが路地で行き倒れている。
平和の定義が日本とはだいぶ異なるが、この街においてはこれが日常なのだ。
「さぁて……今日はぽんぽこ亭にでも行くかなぁ」
俺はそんな通りを、のんびりと歩いていた。最近はメディに絞られまくりだし、性欲ゲージは溜まっていない。
最近は仕事終わりに、ぽんぽこ亭に行っていつものメンバー(無職)と飲むのが日課になっている。
今は夕方だし……そろそろみんな集まっているだろう。
「よぉ、タクミじゃねぇか」
俺が大通りを歩いていると、背後から聞き覚えのある声が飛んできた。
「あ、ガルナさん」
振り返る間もなく、ふさふさの灰色の尻尾が視界の端で揺れた。
ガルナだった。狼の耳をぴんと立て、相変わらずのボサボサ髪で、よれよれの服を着ている。
「おう。これからぽんぽこ亭だろ?一緒に行こうぜ」
「今日は奢りませんよ」
「いいじゃん。おっぱい揉ませてやっからよぉ~」
「……」
それを言われると、俺はいつも財布の紐を緩めてしまう。
だけど、しょうがない。男は女のおっぱいに抗えないのだから……。
そういうわけで、俺とガルナは並んで歩きだす。尻尾がふりふりと俺の膝あたりに当たる。本人的には無意識なのだろう。
しばらく歩いたあと、ガルナがぽつりと言った。
「……相変わらず汚い街だぜ」
「え?」
「住民が汚いと街も汚くなるのか、街が汚いから汚い住民が集まってくるのか……どっちなんだろうな」
(なんだ、今日は妙に哲学的なことを言うな)
俺は素直に驚いた。いつもの彼女なら「酒くれ、酒!」か「若い男のおちんぽとヤりたい」の二択で生きているのに、今日は街の因果律にまで思いを馳せている。
これは何かあったに違いない。
「ガルナさん、道端に落ちてた変なキノコでも食べたんですか?」
言った瞬間、俺の腹に鈍い衝撃が走った。
「ぐえ!」
「タクミ、テメェいい度胸してるじゃねぇか……なんだ、あたしは難しいこと考えちゃいけねぇってのかぁ?あぁん?」
ガルナの拳が、俺のみぞおちにめり込んでいた。
流石は借金取り六人を半殺しにした実績を持つ女である。指名手配は伊達じゃない。
次の瞬間、俺の首に彼女の二の腕が回された。ヘッドロックだ。
「ちょ、なにを……!?」
「お仕置きだ、お仕置き!」
締め付けはそれほど強くない。手加減してくれているのかもしれない。
だが、それよりも重大な事象が発生していた。
──おっぱいが当たっている。
ガルナの胸は筋肉質な身体に不釣り合いなほどふくよかで、それがいま、俺の頭部にむにっと押しつけられている。
(このままでもいいか)
俺は即座に状況を計算し、苦痛に歪んだ表情を作って大げさに痛がる振りを続けた。
「いてぇ……! いてぇよぉ! 骨が折れるぅ! あ、やめなくていいですよ。カーッ、痛いなぁ!」
「どっちだよ」
ようやく解放されると、ガルナは息を吐き、前髪をかき上げた。
そして、さっきの話の続きを語り始める。
「いやな、あたしもこんな汚い街で一生を終えるのかと思ったら、なんか悲しくなっちまってさ」
「……へぇ」
「ほら、あたしって王都のパルメリーゼ通りにいるようなオシャレな女だろ? こんな汚い街にいるべきじゃないっていうかさ、浮いてるっていうか……」
パルメリーゼ通り。たしか王都で一番の高級ブティックやサロンが並ぶ、貴族御用達のオシャレな通りだったはずだ。
「……」
俺はガルナの全身をまじまじと見つめた。
綺麗な顔立ちをしている。それは間違いない。長身で脚も長く、黙っていれば迫力のある美人だ。
でも。
着ている服はよれよれで、ところどころほつれが見える。尻尾の毛は手入れが行き届いておらず、あちこちが絡まっている。髪もぼさぼさで、櫛を通したのがいつなのか見当もつかない。
どう見てもこの薄汚い風俗街に生息する生物そのものだった。むしろ風俗街の化身と言ってもいい。
路地裏で酒をあおっているときの彼女ほど、この街の風景にしっくり馴染むものはない……。
(化粧と身だしなみをちゃんとしたら、化けるんだろうけど)
本人にその気がない以上、どうしようもない。
(……ん?)
ふと、俺は気づいた。
酒瓶を持っていない。酒の匂いもしない。
目は据わっていないし、呂律も回っている。
(素面じゃないか)
珍しい。酔っぱらっていないガルナを見るのは初めてかもしれない。道理でさっきから言動がおかしいわけだ。
「ガルナさん、早く酒を飲まないと。アルコール濃度が下がりすぎて、脳内がおかしな哲学バグを起こしちゃってますよ」
「お前それ、あたしが酔っぱらってねぇと頭のおかしい女になるって言いてぇのか? ぶっ殺すぞテメェ……」
しまった。口に出さなくていいことを言ってしまった。
ガルナの目つきが、野犬のように鋭くなる。
「そ、そういう意味じゃなくて。いつものガルナさんはもっと楽天的っていうか、細かいこと気にしない感じだから」
「……まぁ、そうかもな」
ガルナは意外にも素直に納得し、自分の尻尾を手で梳きながら歩き始めた。
(なんか変だな……?)
俺は歩きながら、隣のガルナをちらりと見た。普段はアルコールで蓋をされている何かが表面に浮かび上がってきているのかもしれない。
将来のことか、もっと別の誰にも言えない悩みか……。
「あ〜、昨日はオナニーしてねぇからムラムラするぜ……おちんぽ欲しい……ちんぽちんぽちんぽ……」
なるほどな。
どうやら彼女は素面+性欲が溜まっているというダブルパンチでおかしくなっているだけらしい。心配して損した。
「ま、いいや。今日はタクミに奢らせて、そのままおっぱい触らせてイカせてもらって、なし崩し的にヤリまくって中出ししてもらうかぁ〜!」
「ちょ、ちょっと……往来のど真ん中で卑猥なプランを叫ばないでくださいよ」
大通りのど真ん中で何を大声で宣言しているんだ。くそ、これだからこのセクハラ獣人と一緒に歩くのは嫌なんだ。
……と頭を抱えかけたが、周囲の通行人は誰ひとりとして気にかけていなかった。
それどころか、すれ違った酔っ払いのオッサンですら、似たような猥語をわめきながら千鳥足で歩いている。
とんでもねぇ場所だな。
♢ ♢ ♢
ぽんぽこ亭まで、もう少しというところだった。
「ぐ、ぐえぇ……! た、助けてくれぇ!」
「……!?」
通り沿いの細い路地から、何かが吹き飛ばされてきた。
小さな影。石畳を三回バウンドし、俺たちの足元でようやく止まった。
よく見ると、それはゴブリンだった。そして、頭には見覚えのあるバンダナが巻かれている。
「ピギーさん?」
「おいおい、何やってんだこんなところで」
俺とガルナが見下ろすと、ピギーは顔を上げ、目を輝かせた。
「タクミに、ガルナ! ちょうどいいところに!」
そう言うが早いか、彼は素早く俺たちの背後に回り込み、隠れるように身を縮めた。
「あいつらが、無実で無垢で善良な市民である俺に暴行を働いてきたんだ! 頼む! 助けてくれ!」
ピギーが無実で無垢で善良な市民かどうかの議論は、一旦置いておくとして……。
俺は彼が震える指で指し示した方向を見る。
「あれは……」
大柄な灰色の象人族。身長は優に三メートルを超えている。太い腕にはスーツの上からでも分かる隆々とした筋肉。立派な牙が口元から伸び、人間一人くらいなら容易く串刺しにできそうだ。
鼻先には小さな丸眼鏡が引っ掛けてあり、器用に帳簿と羽ペンを鼻で掴んでいる。
その背後には、配下らしき強面の異種族たちがずらり。
リザードマンにオーク、屈強な獣人。全員が揃いの黒服に身を包み、いかにも裏社会の住人といった危険なオーラを漂わせていた。
ピギーが叫んだ。
「タクミィ! ガルナァ! こいつらは俺の内臓を狙うヤバイ奴らだ! 頼む、こいつらを返り討ちにして殺してくれ!」
(内臓を狙うヤバイ奴ら……?)
それが真実ならわりとマジでやばいが、殺人を友人に依頼するピギーも大概である。
「人聞きの悪いことを言うんじゃねぇ! テメェ、さっさと借金を返せや!」
黒服の一人、オークの男が怒鳴った。なるほど、こいつらは借金取りか。如何にも悪そうな顔をしている。
でも、叫んでいる内容はきわめて真っ当な債権回収だった。
「どうする、タクミ。ぶっ殺しとくか?」
ガルナがこともなげに言った。
「いや、殺すのは犯罪でしょう……」
(気軽に殺すという単語が出てくるガルナが一番ヤバイやつかもしれない)
ついでに言うなら、彼女自身が指名手配犯であることも忘れてはいけない。
どうして俺の周りにはヤベー奴らしかいないんだ。
「あ、兄貴……あの女、ガルナですぜ」
黒服の一人が象の耳元で囁いた。象の男の耳がぴくりと動く。
「ガルナ……例のイカレ狼か。ちっ、面倒なのに出くわしたな……」
(ガルナ、やっぱり裏社会で有名なのか)
まぁ、借金取り六人を半殺しにすれば、そうなるか。
「で、横にいる人間は?」
「あぁ……あれは確かハズレ勇者です。スキルは【体力+1】っつーゴミ同然の。無視していい雑魚です」
借金取りのチンピラに雑魚扱いされる勇者っている?
異世界に召喚されて、戦力外通告されて、風俗にハマって──その果ての現在地がこれである。
我ながらあまりの底辺っぷりに涙が出てきそうだ。
象の男が、面倒くさそうに長い鼻から息を吐いた。
「なぁ、兄ちゃん、姉ちゃん」
声は意外にも穏やかで、理知的な響きがあった。
「俺らは別に、揉め事を起こしたいわけじゃない。貸した金を返してもらいたいだけだ。そのゴブリンを渡してほしい」
(……おや?)
もしかしたら案外、話が通じる相手か?
身なりもきちんとしているし、理不尽に暴力を振るう感じでもない。
「か、返すって言ってるだろ! 今はたまたま手元に現金がないだけで、そのうち……」
震える声でピギーが叫んだ。
「その言葉、何回目だテメェ……」
象の男が帳簿を鼻で器用にめくる。紙を一枚一枚、丁寧に。
「十一日前に『明日絶対返す』。七日前に『親父が死んだから葬式で使った』。四日前に『親父が生き返ったから祝儀代で金がなくなった』と、ここに記録してあるが?」
なんだその極太ファンタジーな言い訳は。
俺は象人とピギーのやり取りを暫く聞くことにした。
「返せないなら少しずつでいい。仕事も紹介した。返済期限も何度も延長した。利息も一回止めた……なんで、お前は払わないんだ?」
象の男の声には怒りを通り越して、純粋な困惑と悲哀すら滲んでいた。裏社会の闇金業者が、顧客のあまりのクズっぷりに困惑している。
「金がねぇんだよ! 金がないものは返せませーん! ざんねんでしたー!」
象の男は深いため息をつくと帳簿を閉じ、羽ペンと一緒に懐へしまった。
俺とガルナは顔を見合わせた。
「なぁ、タクミ。どうする?」
「う~ん……」
どう客観的に判断しても、借金を踏み倒そうとしているピギーが悪い。このゴブリンを庇う正当な理由が、どこを探しても見当たらない。
やはりこいつを助ける必要はないのでは。この借金取りたちも別に極悪人じゃないみたいだし……ていうか、割とまともだし……。
が──。
「ま、待ってくれぇ!! 友達だろ!? 俺ら、友達だよなぁ!?」
ピギーが俺の脚にしがみついてきた。目にはうっすらと涙が。
いや、涙というより……俺たちが目を離した一瞬の隙に目薬を差したような、不自然な水分の光り方をしている……。
こいつ、嘘泣きスキルまで……?
「とにかく助けてくれ! この借金取りどもをやっつけてくれ! 頼む! 礼はする! 風俗の割引券なら持ってる!」
「いらないです」
ピギーはそれでも俺の脚を離さない。
ガルナが呆れたようにため息をついた。
「はぁ……しょうがねぇなぁ。タクミ、ちょっとだけ付き合ってやろうぜ」
「え、ガルナさん?」
「こいつはクズだけどよ、うちのクズだ」
ガルナはそう言うと、象の男の前に進み出た。尻尾がゆらりと揺れ、両手をポケットに突っ込んだままで。
「おい、象の旦那。話は聞いたぜ。こいつはたしかに借金を返してねぇ。でもよ、あたしらにだって面子ってもんがある」
「……なに?」
「そうだ。クズはクズでも、仲間のクズだ。それをこんなところで大人しく引き渡すのは、あたしがビビって尻尾を巻いたみたいで気に食わねぇ」
ガルナはニヤリと牙を見せた。
気付けば、野次馬たちが集まっていた。
暇を持て余した異種族の風俗嬢や、これから店に向かうはずだったスケベな客たちが、無責任に野次を飛ばしている。
「やれやれー! ぶっ殺せぇ!」
「どっちが勝つか賭ける〜? 私はあの狼のお姉さんに銅貨五枚かなぁ」
「俺は象だ。デカい方が勝つに決まってるだろ」
こんな路上の騒動まで賭け事の対象にするとは、この風俗街に住まう連中はよほど娯楽に飢えているらしい。
「……やれやれ」
象の男は長い鼻を器用に動かして丸眼鏡の位置を直し、目を細めた。
「俺は合理的な男でね。無駄な争いはしたくねぇ」
そして……懐から、キラリと光る銀貨を取り出した。
「何枚欲しいんだ?」
──な、なんてやつだ……!
俺を……俺たちを金で買収しようというのか。こいつは……ハズレとはいえ勇者の誇りを銀貨で踏みにじろうとしている。
馬鹿にするな。勇者が買収されて仲間を売るなんてことが、あっていいはずがない。
ガルナだって、口は悪いが最後の一線はわきまえているはずだ。彼女はクズだが、仲間のクズを見捨てるような真似は──。
「そうだなぁ。とりあえず、銀貨三枚ってとこかな」
「そうか、意外に安いな。ほら」
「へへ、まいど」
……?
おかしいな。
さっきまで俺の隣でタンカを切っていたはずのガルナが、いつの間にか借金取りの隣に移動して、肩を並べて立っている。
いや、見間違いなんかじゃない。
尻尾がご機嫌にぶんぶん振られているし、受け取った銀貨三枚を嬉しそうにポケットへ滑り込ませる瞬間を、俺はこの目でしかと捉えてしまった。
ピギーが震えながら叫んだ。
「ガ、ガルナ……! 見損なったぞテメー! まぁ、見損なうほど元から評価は高くなかったけど!」
こちらの戦力は、戦闘能力皆無の勇者と、おそらく俺以下の戦闘力しか持たないゴブリン。
対して向こうは、見るからに強そうな裏社会の連中と、ガルナ。
これは……。
うん。
これは。
「お、おいタクミ……なんでお前もそっちにいるんだ……?」
あれ?
気がつくと、俺はいつの間にかガルナの隣に立っていた。向かい側にはピギー。
おかしいな、勇者としての俺の固い意志に反して、足が勝手に安全な方へと移動してしまったらしい。
まったく、しょうがない足だなぁ。ちょっと反抗期なのかもしれない。
「お前も銀貨三枚でいいか?」
「ええ、喜んで!」
俺は象の兄貴から、きっちり銀貨三枚をありがたく頂戴した。手のひらに伝わる、確かな金属の重み。
これでぽんぽこ亭の飲み代と、風俗代が賄える。
「まぁ、よく考えたら借金を踏み倒す方が100%悪いですよねぇ」
「だよなぁ。借りた金はちゃんと返す。これが大人の常識ってもんだぜ」
ガルナと俺は芝居がかった口調で頷き合った。ピギーが血涙を流さんばかりの勢いで絶叫した。
「裏切りやがったな! チクショウ! こんなろくでなし共を頼った俺が馬鹿だった!」
俺たちの華麗な寝返りに、周囲の野次馬たちからも一斉に非難のブーイングが飛び交った。
「ばかやろー! 金で解決してんじゃねぇ! ちゃんと血を流して戦えやぁ!」
「つまんねぇんだよ! 盛り上がりに来てんだこっちは!」
怒り狂う野次馬たちから、空き瓶やら果物の芯やらが投げ込まれた。
だが。
「ふんっ!!」
象の男が長い鼻を軽く一振りすると、飛んできた大量の空き瓶や果物の芯が、突風のような凄まじい風圧に巻き込まれて弾き飛んだ。
「ふっ!」
それとほぼ同時に、ガルナの姿がかき消えた。彼女は路地の壁を蹴り、空中で大量の瓶を爪で切り裂き、着地する前にさらに二つを尻尾で叩き落とした。
一連の動作が速すぎて、残像しか見えなかった。
「おいおい、これだけか?もっと投げ込んでこいよ」
「……」
シン、と。静寂が通りを包んだ。
(やばい)
こいつら、想像していたより何倍も強い。ガルナの動きは次元が違ったし、象人は鼻を振っただけで投擲物を無力化した。
(マジで……喧嘩売らなくてよかった!)
俺は数秒前の自分の判断を心から褒めた。いや、正確には俺の足の判断か。
俺の意思はあくまで友達を助けたいという慈愛に満ちた勇者の精神に基づいているが、足が反抗期で勝手に動いただけである。
仕方ないね。
「さて……ピギー。そろそろ真面目に働いて借金を返す時だ……ん?」
象人がそう言った、そのときだった。
パカラ、パカラ、パカラ。
遠くから、石畳を叩く硬い音が響いてきた。一つや二つじゃない。重く規則正しい、幾重もの蹄音。
野次馬たちの空気が変わった。さっきまで賭け事に興じていた連中が、一斉に口を閉ざす。酒瓶を振り回していた酔っ払いが、瓶を背中に隠した。
「この音は……」
黒服の一人が息を呑んだ。
「兄貴、まずいっすよ。アイツらだ!」
「……ちっ」
象人の男が露骨に面倒そうな表情を浮かべた。
「なんだ……?」
俺は周囲を見渡した。野次馬たちの誰かが叫ぶ。
「王国騎士団だ!」
「ヤベェもんを隠せ!捕まるぞ!」
人垣が左右に割れた。さっきまであれだけ混沌としていた通りが、真っ二つに裂けていく。
遠目には騎馬隊に見えた。
だが、馬に跨った騎兵じゃない。
「者ども! 道を開けよ!」
下半身は艶やかな漆黒や栗毛の馬体。上半身は人間。全員が絢爛な銀の鎧に身を包み、手には槍や大盾を構えている。
ケンタウロスだった。
彼らが歩を進めるたび、風俗街のネオンが鎧に反射して輝く。
「ちっ……騎士団かよ。面倒だな」
ガルナがぼやいた。尻尾がゆっくりと警戒の動きで揺れている。
そして──屈強なケンタウロスの騎士たちの中にあって、ひときわ異彩を放つ影が先頭を駆けてきた。
女だった。
金髪を高い位置で一つに束ね、ポニーテールが風にたなびいている。磨き上げられた鎧は他の騎士たちより細身で、胸甲には馬の紋章が刻まれていた。
右手には彼女の身長を優に超える巨大な槍。雪のように白い馬体が石畳を蹴り、風俗街のど真ん中を迷いなく突き進んでくる。
そして──彼女は止まった。
二本の前脚を持ち上げ、巨大な槍を天へ掲げる。
そして、野次馬の声も借金取りの舌打ちも、ぜんぶまとめて薙ぎ払うような声が響いた。
「静まれ! この騒ぎ、ヴァルグラン家が預かろう!」