【悲報】異世界風俗、嬢の平均年齢が500歳を超えている 作:フレキシブルコーギー
セリメラの部屋の近くにある控え室で、俺は壁にもたれて座り込んでいた。
今日はセリメラがペペロンチーノ二世を借りに来る日だ。
つまり俺はこれから人形になり、尾で締め上げられ、独り言を延々と聞かされ、最終的に寝かしつけ係まで担当する日である。
「はぁ……」
自然と溜息が漏れた。
「なんデス、その空気が腐るような溜息は」
真正面から苦情を飛ばしてきたのは、部屋の隅で優雅に椅子へ腰かけているコッペリアだ。硝子の瞳が、こちらを睨んでいる。
「雰囲気ガ悪くなるカラ、そういウのやめてほしいんデスけど。せっかくワタシが快適にサボってたのに」
化け物人形に雰囲気が悪くなるって注意される人間の気持ち、ちょっと考えてほしい。
「いいんですよ……どうせ俺は、じきに死にますから」
「はァ?」
コッペリアが興味を引かれたように、身体ごとこちらへ向き直る。
「急に投げやりになりマシタね。どうせ死ぬなら、ワタシが殺してあげマスか?」
とんでもねぇ奴だな。ガルナとは桁が違う危険度だ。
「違います。ヴァルグラン家に目を付けられたんです」
「……ほォ」
「俺、何にも悪くないのに、この国の全軍人を敵に回したらしいんですよ」
俺はかいつまんで事情を話した。風俗街でケンタウロス騎士団が現れたこと。リディアという令嬢がなぜか俺に、とんでもないドスケベ懇願をしてきたこと。
そこから噂が歪んで──。
(もちろん、孕ませ男のことは言わないけどな)
言えるわけがない。信頼していた使用人たちが全員、大人げなく爆笑したのだ。メディですら耐えきれずに吹き出した。
そんな話をこの性格最悪の人形に聞かせたら、どんな地獄の煽りが待っているか想像するだけで鳥肌が立つ。
「──とまぁ、そういうわけで、俺の余命はあと二日らしいです」
「なるホドねぇ……」
コッペリアは背もたれに体重を預け、天井を見上げた。
「ヴァルグラン家。随分と懐かしい名前を聞きマシタ」
「知ってるんですか?」
「ソリャア知ってマスよ」
彼女は人差し指を立てた。
「ヴァルグラン家の先祖は、かつて魔王を倒した勇者パーティの一角。そして……」
彼女は何か遠いものを見るように目を細めた。
「ワタシも、直接会ったことがアリますからね。三百年以上も前の話デスけど」
(おぉ……?)
そういえばこいつは、年季の入った戦闘人形だった。正確な年齢は知らないが、魔王がいた戦争時代から生きている。
つまり彼女の口から語られるのは、噂や伝聞ではなく、本人の体験談ということだ。
「あの馬野郎には、ワタシも煮え湯を飲まされましたヨ」
コッペリアの声のトーンが、一段階下がった。
「勇者を除けば……単体の戦闘力ではおそらく当時の世界最強。正面から剣を合わせたときは、こちらの関節が五か所は吹き飛びマシた」
先祖、思ったよりやべぇ奴だった。
「……その戦闘力、子孫にも受け継がれてるんですかね……」
「さァ。まぁ、先祖より弱くても、常人よりは遥かに強いでショウ」
俺の胃が、また縮こまった。
どうして、あんな厄介なやつに目をつけられてしまったんだ……。
「ワタシはアイツに正面から勝てなかっタ……」
コッペリアの声が、めずらしく平坦だった。
こいつが敗北を素直に認めるとは、正直驚きだ。どうやら勇者と同じくらい、ヴァルグラン家を憎んでいるようだ。
「ダカラワタシは、アイツの一族や縁者を片っ端から捕まえて、生きたまま目の前で──」
「はい、そこまで!」
俺はコッペリアの口を両手で塞いだ。
「もがっ……! もごご……!」
対ガルナ戦で磨いた口封じ奥義が、こんなところで役に立つとはな。
俺はこいつの血生々しい過去を知りたくない。
何を言おうとしたかはなんとなく察しは付くが、絶対に聞いてはいけないやつだ。記憶の奥底に沈めて鍵をかけるべき情報だ。
「もごごごご……!!!」
コッペリアが殺意のこもった目で俺を睨みつけている。瞳が禍々しく輝いた。
くくく……無駄だ。俺の口塞ぎは最強の奥義で……。
次の瞬間。
コッペリアの口が、耳まで裂けた。
「うわっ!!」
俺は反射的に手を引っ込める。直後、指があった場所でコッペリアの歯が、がちんと噛み合った。
(あっぶねぇ……!!!)
あと一瞬でも遅れていたら、指が十本から減っていた。
「オマエ、イキナリなにをスルんですか」
裂けた口のまま、コッペリアが心底不快そうに言った。
「乙女の口を塞ぐだなんて、変態もいいところですネ。これだから人間の雄ハ……」
「乙女を自称するなら、まず口の形状から戻してもらえます?」
本気で噛み千切ろうとしたな、今……。やっぱりこいつは油断できない。
「マァ……」
コッペリアは姿勢を戻し、何事もなかったかのように言葉を継いだ。
「ご愁傷様って感じデスね。今のヴァルグラン家がどういう連中なのかは知りマセンが……お前が串刺しになって路地裏で冷たくなってる姿は、ちょっと見てみたい気も──」
そこまで言って、彼女の言葉がぷつりと途切れた。
「……」
何かを思案しているのか、虚空の一点をじっと見据える。人形の指が、顎をとんとんと叩いた。
「ソウカ……」
「な、なんですか」
「コイツを利用すれバ……」
コッペリアは俺の問いかけを完全に無視し、何やら小声で呟きながら、にんまりと口元を歪めた。
(なんだ……? なにを企んでる……?)
嫌な予感しかしない。
俺が警戒を最高潮に引き上げていると、コッペリアが急にこちらへもたれかかってきた。
「ネェ……♡」
人形の顔が近づく。さっきまで俺の指を食い千切ろうとしていた裂け目が嘘のように、いまは可憐な少女の口元に戻っている。
正直、顔だけなら驚くほど可愛い。
だが俺はこいつの本性を知り尽くしている。見た目に騙されるほど、俺の異世界経験は浅くない。
「コッペリアさん……?」
「ヴァルグラン家なんていうヤベー連中に目をつけられて、大変デスネェ……♡」
彼女はわざとらしく眉をひそめ、悲しみを湛えた声を作った。
「私、タクミのことが心配で、もう気が気じゃナイんデス。こんなに可哀そうなタクミを見てると……胸が、痛くて……」
「え……?」
なんということだ。
こいつが、他人を気遣うような台詞を口にしている。
まぁ。
演技だってことはバレバレだし、悪巧みの前振りにしか聞こえないし、口元がひくひく引き攣ってるし、ついさっきまで串刺し死体が見たいとか言ってたやつの言葉とは思えない。
だが──あえて、乗ってやろう。何を企んでいるのかは知りたい。
「……それで、コッペリアさんは可哀そうな俺の為に何をしてくれるんです?」
俺が真面目な顔で返すと、彼女の瞳が輝度を上げた。餌に食いついたと思ったのだろう。
「私……タクミのためナラバ……なんでも、シテアゲマスよ……♡」
なんでも、と来たか。
この単語が出た時点で、要求のヤバさは確定したも同然だ。
「私が傍にいれば、タクミを守ってあげられるんデス……♡ 刺客が来ても返り討ちにして、一族郎党みんな纏めて挽き肉にしてあげマスし……嫌いな奴がいれば、ソイツの骨の髄までしゃぶり尽くしてあげマス……♡」
コッペリアは上目遣いでそう言った。
本人は媚びているつもりかもしれないが、隠し切れない残虐性がむき出しになっているのがわかる。
「だからぁ……お願いが、ひ・と・つ……あるんデス……」
きた。
「エゼルディア家の屋敷の地下にある魔法陣を……ちょちょいと、壊してきてくれマセン……?♡」
(……地下室? 魔法陣?)
俺はコッペリアの猫なで声を聞き流しながら、脳内で記憶のページを高速でめくった。
そういえば以前、こいつは確か──。
──ワタシがこの屋敷に囚われているのも、エゼルディアの先祖のせいデ。
(なるほどな)
どうせあれだろ。邪悪な存在らしく、例の魔法陣とやらが彼女をこの敷地に縛っているのだろう。
施したのはエゼルディア家の先祖で、効果はおそらく──屋敷外への移動制限。魔法陣を破壊すれば、彼女は屋敷の外へ自由に出られる感じかな。
(いや、それやべぇだろ)
俺は心のなかで即座に結論を出した。
いまはこうして平穏に会話できているが……この人形が危険生物であることは確定事項だ。
「鍵はぁ……おそらく今の当主が持っていると思いマスから……それをちょっと、借りるというか、黙って拝借するってイウか」
こっちの逡巡などお構いなしに、コッペリアは畳みかけてくる。
「地下室にさえ入ってしまえば、あとは簡単デス! 足で魔法陣をぐしゃっとやるだけでオーケー! そうすレば私は、タクミのためだけに生きられる!」
「……俺のために、生きる?」
「ソウソウ! 可哀そうでみじめでいつも誰かに虐められてるタクミを、生涯かけて私が守ってあげマス! 誰にも手出しさせマセン。安心して暮らせるでショウ?」
にこり。
完璧な笑顔だった。無垢な少女の笑顔。これが本性を知らない相手なら、確実に絆されていた。
でも……。
(すげぇ……)
笑顔のはずなのに、邪悪さがダダ漏れだ。本人は隠しているつもりなんだろうけど、俺には悪魔が甘言を弄しているようにしか聞こえない。
(多分、魔法陣を消した瞬間に真っ先に俺が殺されるんだろうなぁ……)
殺戮人形の長年封じられてきた怨念。解放直後の八つ当たりで、真っ先に始末されるのは封印解除を手伝った間抜けな下僕──つまり俺だ。
ホラー映画の定番すぎて、もはや様式美の領域だ……。
「もちろん、やってくれマスよね……?」
コッペリアの指が、俺の胸元に置かれた。爪が心臓の位置を精密にトレースしている。
(もちろん、やるわけない)
断る。全力で断る。
だが──。
(……断ったら、いまこの場で殺される可能性もあるか)
魔法陣の効果がどこまで及ぶのかは知らない。
もしかしたら他者への加害行為全般を禁じているのかもしれない。
一応こいつは屋内をある程度自由に動けているし、エゼルディアの一族に危害を加えていないことからすれば、そういう制約があると考えるのが自然だ。
だが、確信はない。
万が一にも「じゃあオマエは用済みデスねェ」とばかりに口が耳まで裂けて、俺の頭部が人形の胃袋に収納される可能性が、ゼロとは言い切れない。
(う~ん……)
ヴァルグラン家だけでも胃に穴が開きそうなのに、今度は屋敷のなかにも爆弾か。俺の人生、どうしてこうも安息という単語から遠ざかるんだ。
──いや、待て。
(これ、見方を変えれば、チャンスなのでは?)
無論、こんな危険な存在を自由にするつもりは毛頭ない。そんな真似をしたら、異世界の歴史に人類を危機に陥れた男として永遠に刻まれる。
「魔法陣を壊す」という約束をちらつかせて、こいつをうまく誘導できれば。
少なくとも、この屋敷のなかでは、最強クラスのボディガードを手に入れたことになる。
にこぉ……。
目の前には、聖女の微笑みを浮かべたコッペリア。こいつも今ごろ、頭のなかでは悪魔みたいな顔で笑っているに違いない。
利用したあと俺を殺す算段を、楽しそうに組み立てていることだろう。
だがな、コッペリア──。
こっちもこっちで、お前を上手く使ってやる算段をつけているんだよ。
俺は人形に悟られぬよう、口の端だけで小さく笑った。
勇者(戦力外)として、邪悪なる存在にはきっちり罰を与え、運用可能な戦力として制御下に置かねばならない。
「……わかりました。魔法陣を壊せば、いいんですね?」
俺が言い切ると、コッペリアの顔が華やいだ。口元はにっこり、目はくりくり。だけど悪魔が可愛い少女の振りをしているようにしか見えない。不思議だ。
「流石はタクミですネェ! 話がわかる男は好キですよ! 私、思わず惚れちゃいソウデス♡」
ここまで白々しい台詞を聞いたことがあるだろうか。
だが、いい。
そんな小賢しい台詞を吐けるのも、いまのうちだけだからな……。
「でも、ひとつ問題がありまして」
「問題?」
コッペリアの眉がぴくりと反応した。
「地下室の鍵は、シェリル夫人が持ってるんですよね」
「シェリル……ああ、当代の当主デスか。マ、そうでショウねぇ」
「彼女からこっそり鍵を抜くの、不可能に近いです。シェリル夫人、察知能力がとてつもなくて」
これは嘘ではない。
シェリル夫人の感知能力はガチで異常だ。視界に入っていない使用人の動きも、誰がどの廊下を這っているかも、全部把握しているんじゃないかというレベルなのだ。
ラミア族全体の特性なのか、彼女個人の才能なのかは知らないが……とにかく、あの超蛇センサーをかいくぐって鍵をくすねるのは不可能だ。
コッペリアのこめかみが、かすかにひくついた。
「……じゃあ、ドウする気なんデス」
「真正面から奪えない。隠密で盗むのも無理。ならば残された道はひとつです」
「ひとつ?」
「ええ」
俺は腕を組み、重々しく顎を引いた。
「油断させる。それも徹底的に。具体的には……」
一拍。
「──性的に骨抜きにします!」
コッペリアの両目が、これまでに見たことのないくらい細くなった。
「オマエ、いますごく頭の悪いことを言ってマスよ。自覚アリマス?」
こいつに頭が悪いと言われるとは屈辱だ。
しかし、否定できないところが悲しい。自分でも薄々そう思っているが、ここは押し通すしかない。
「……ま、イイでショウ。やり方は任せマス。とにかく鍵さえ手に入れば、手段は問いマセン」
よし、食いついた。ここからが本当の勝負だ。
「ただですね、シェリル夫人相手となると話が変わるんですよ」
「アァン……?」
コッペリアが露骨に不機嫌な声を出す。だが俺はひるまない。
「シェリル夫人を性的に骨抜きにするにしても、ぶっつけ本番はリスクが高すぎる。万が一失敗したら、俺は職も、住居も、給料も、ついでに命も失います」
「……じゃあ風俗にでも行って、練習すレバいいでショウ。得意なんデショ、風俗」
来た。その言葉は予想済みだ。
「それがですねぇ」
俺はわざとらしく天井を見上げ、深い溜息をついた。
「最近ちょっと風俗に行きすぎまして。手持ちが、まったくなくて」
コッペリアの表情が、不自然に固まった。
何かを察したらしい。
「というわけでですねぇ……」
俺はコッペリアからわざと視線を逸らし、悩ましげに首を傾げた。
「練習したくても、肝心の練習相手がいないんですよねぇ。困ったなぁ。無料で、なおかつ少々雑に扱っても壊れないタフさがあって、できれば女性型で、しかもさっき『なんでもしてあげる』なんて親切なことを言ってくれた都合のいい相手でも転がってればなぁ〜」
沈黙。
コッペリアのこめかみのあたりで、何かがピシッと鳴った。明らかにイライラしている。
(くくく……)
いいぞ。もっとイライラしろ。正常な判断力が削がれるまでな……。
「……性的な手段でなくても、鍵を盗む方法くらいあるでショウ」
「そうしたいのは山々なんですが、いかんせん俺ってば役立たずのスキル【体力+1】だけなもので。性的な方面以外、からっきしで。だめだこりゃ。諦めるしかないかなぁ」
「諦める……ッ!?」
コッペリアの声が、すとんと平坦になった。
「ソ、ソレは困リマス。絶対に駄目でス」
彼女は一度、ぎりりと俺を睨みつけた。それから、絞り出すような小声で言った。
「……ワカリマシタ」
「え? なにが?」
「練習台。ナッテやると言ってるんデス」
──やった。
やったぞ!
こんなに上手くことが進むとは……! 自分の才能が恐ろしい……!
「ハァ……」
コッペリアは椅子にどっかりと腰を下ろし、腕を組んだ。硝子の目がぎらぎらと据わっている。
明らかにキレている。今にも噛みつきたいのを必死に堪えている顔だ。
でも、魔法陣を壊してほしいから、怒りを爆発させるわけにはいかないのだろう。
「──デ。具体的に、何をスレバいいんデス」
「……」
俺は目の前にいる、外見だけは可愛い殺戮人形をしみじみと眺めた。
(勇者として、悪には相応の罰を与えねばなるまい……)
今までこいつがどんな悪行を重ねてきたのかは詳しくは知らないが、年貢の納め時だ。
セリメラがこの部屋まで来るまで、まだ時間はある……。
「じゃあ、まずは」
俺は一歩、コッペリアのほうへ踏み出した。
「そのまま、動かないでください」
「……?」
「これから脱がせます」
「ハァ!?!?」
椅子がぎしっと後ろへずれた。コッペリアの表情が、見る見るうちに引き攣っていく。
慌てふためく人形という珍百景に、俺は思わずにやけた。
「練習台になってくれるんですよね?」
「そ、それは……そウですケド……! イキナリ脱がすッテ……」
「じゃあ脱がせますね」
俺は構わず、彼女の胸元へ手を伸ばした。
(さぁ──)
お仕置きの時間だ、コッペリア。